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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
27/60

机の自我、重すぎる

イスシアが、胸の奥で静かに笑う。


『ええ。せいぜい綺麗に燃えなさい、小娘』


本を開いた瞬間、まず思ったんは、重っ、やった。


いや、知識ってこんな物理で来るもんなん。膝の上に置いたら、太ももが辞表出しそうになった。ページもでかい。紙も厚い。何より、文字が多い。三三四頁を開いた時点で、うちはもう若干、勝利と敗北を同時に感じとった。


あった。


爆裂魔法(ばくれつまほう)


その見出しだけで、胸の奥がどん、と鳴る。


……メグミン。


あの人が一日一発に全部賭けた、あの文字が、今ここにある。


せやけど、その下。


文字。


文字。


文字。


「……多っ」


思わず声が漏れた。


何やこれ。爆発する魔法やろ。爆発するなら、もうちょい説明も爆発みたいに一瞬で終われや。何でこんな、役所の規約みたいな顔して詰まっとんねん。


でも、引かへん。


爆裂のためや。

メグミンの背中を追うなら、文字くらいで逃げてられへん。


本を支える腕が、じわじわ震えてくる。


「……机、いるな」


言うてから、すぐ視線が床へ落ちた。


あった。


昼間、うちと気むうとマイルズと、何やもう色々ぐちゃぐちゃになった末に、真っ二つ以上の何かになった机の残骸。脚の一部。天板の欠片。どこか分からん支え。さっきまたいだ時は、ただの木片の群れやと思ってた。


その木片のすきまから、かすれた声がした。


「……た、す……け……」


「……は?」


うちは本を抱えたまま固まった。


声は、下からやった。


「お……おねがい……します……お嬢……さん……」


視線を落とす。


割れた天板の端には、昼間できたあの顔みたいな歪みが、まだ残っとった。木目の裂け目が口みたいに細く開いて、その上のこぶみたいな目ぇが二つ、割れたままこっちを見とる。目ぇと言い切るには雑すぎる。せやけど、ただの木の傷と言うには、あまりにも必死やった。


「……生きてたんか、コイツ」


『生きてる、というより、変な残り方してるわねぇ』


イスシアの声が頭の奥でゆるく笑う。


うちはそろっと近づいて、しゃがみこんだ。百科事典が重いから、膝の上で変な角度になる。ほんま、夜中に何してんねんうちは。


「なあ。しれっと助け求めてるけど、こっちは昼間、お前にだいぶ襲われた側なんやけど」


「……も、申し訳……ございません……」


「謝れるんや」


「……今なら……」


今なら、て。


ちょっとだけ、ほんまにちょっとだけ、かわいそうやと思ってもうた。


いや、あかんやろ。こいつ机やぞ。しかも暴れた机やぞ。せやけど、割れたまま声だけ出して、助けてくださいとか言われたら、さすがにこっちも鬼の顔を保つん難しい。


「……あーもう」


うちは本をいったん横に置いた。


「また暴れたら、今度こそ薪やからな」


「……はい……」


返事する机、嫌すぎる。


割れた天板に手を置く。昼間、服を作った時。バリア張った時。マイルズをちょっと浮かせた時。あの、皮膚のすぐ外におる薄い流れを探る。


あった。


夜やからか、昼より少し冷たい気がする。指のまわりにまとわりついて、こっちの迷いまで拾ってくるみたいで落ち着かん。


「……寄せる。押さん。散らさん」


小さく言う。


木片の端に、流れを通す。すると、割れ目の奥で、細い光がすっと走った。釘やない。糸やない。もっと柔らかいもんが、欠片と欠片のあいだに入り込んでいく。


ぱき。


「うわっ」


折れた脚が、勝手に少し動いた。


ぱき、ぱき。


天板の欠片が寄る。木目がずれて、戻って、またちょっとずれる。完璧やない。新品でもない。せやけど、さっきまで完全に終わってた残骸が、机っぽい形へ戻っていく。


最後に、ぐぐ、と四本の脚が床を掴んだ。


「……お」


立った。


ちょっと傾いとる。

片側だけ微妙に短い。

天板にも変な筋が残っとる。


でも、机や。


「よっしゃ……!」


声を抑えたまま、うちは拳を握った。


「来てる。コントロール、来てるでこれ」


『すごいわねぇ。机一台を、机っぽい何かまで戻したわ』


「褒める気ないなら黙っとけ」


『褒めてるわよ。だいぶ』


褒め言葉の顔して刺してくんな。


目の前の机は、修復されたはずやのに、全然うれしそうやなかった。外側だけ戻って、中身だけずっと土下座しとるみたいな机やった。


うちは腕を組んだ。


「で」


机の割れ目が、びくっと震える。


「今こそ吐け。なんで、うちら襲ったん」


机はしばらく黙っとった。


それから、天板の奥から、湿った木みたいな声が出た。


「私は……机でよかったのです」


「出だし重っ」


「肘を受け、本を支え、インクを吸い、埃を積もらせる。それだけの、横向きの一生でよかった」


「横向きの一生」


言い方。


「ですが……私は、意識を与えられました」


机の脚が、かすかに鳴った。


「考えることができる。状況を認識できる。自分が机であると分かる。分かってしまう」


「机が自分のこと机って分かるん、そんな嫌なん?」


「重すぎます」


即答やった。


「机に、自我(じが)は重すぎます」


……ちょっと名言っぽく言うなや。


机は続けた。


「木であった頃の夢も見ました。森で揺れ、雨を受け、鳥を止まらせていた記憶。斧の痛み。鋸の音。板にされ、磨かれ、運ばれ、ここへ置かれた時間」


『……その記憶、ずいぶん出来たての匂いがするわねぇ』


イスシアが、楽しそうに言う。


「今そういう怖いこと言うな」


「出来たて……?」


机が震える。


「私は……昔から、苦しんでいたのでは……?」


「知らん。そこ掘ると今夜終わる」


正直、うちにも分からん。


せやけど、何となく嫌な感じはした。昼間、うちが変な流れ方でこいつを動かした。持ち上げようとして、たぶん、形だけやなくて何か余計なもんまで混ぜた。


思い出すな。


今は爆裂や。


机は、長いため息みたいに軋んだ。


「便利なだけで、誰にも大事にはされない。それでもよかった。机とは、そういうものです」


「うん……?」


「ですが、意識があると、考えてしまうのです。なぜ私は支えるのか。なぜ私は削られるのか。なぜ、誰も机に謝らないのか」


「いや、そこまで行くとだいぶ面倒くさいな」


「そして、狂いました」


「早いな」


「意味を探しました。けれど、ありませんでした」


机の声が、さらにかすれる。


「机は、机です」


「……」


「それだけなのです」


あかん。


何でや。


何で、机の話で、ちょっと喉の奥が変になっとんねん。


うちは鼻をすすりかけて、全力で止めた。


「な、泣いてへんし」


『誰も聞いてないわよ』


「お前もなんか声しっとりしてるやん」


『木材の絶望に湿度があっただけよ』


「言い訳きれいやな」


机は静かに、割れ目を開いた。


「ですから……お願いです、お嬢さん」


「……何」


「この苦しみを、終わらせてください」


嫌な予感がした。


「私を、破壊してください」


机は、ゆっくり言う。


「存在ごと、消し去ってください」


図書室の空気が、変に静かになった。


夜の本棚。

浮かせた小さい光。

赤い百科事典。

喋る机。


情報だけ並べたら完全に終わってるのに、その瞬間だけ、妙に真面目な空気になってしまった。


「いや、でも……」


うちは頭をかいた。


「せっかく直したし。まだ、何かこう……生きる価値みたいなんあるかもしれんし」


『まあ』


イスシアが、頭の奥でゆっくり笑った。


『本人がそう望むなら、叶えてあげるのも礼儀やない?』


「その礼儀、だいぶ物騒やな」


『壊してほしい机なんて、なかなか見られへんわよ。綺麗な願いやん』


「お前の綺麗、たまに血の匂いするねん」


その時、机がびくんと跳ねた。


脚が四本、床をきゅっと鳴らす。


「……そ、そのお声は」


「聞こえとるん?」


「声というより……天板の奥に、赤い圧が……」


「説明やめて。怖い」


机は、脚を折るみたいに少し沈んだ。たぶん頭を下げとるつもりなんやろうけど、机がやるとただ高さが変わっただけや。


「どうか、お許しを……偉大(いだい)なる(あか)薔薇(ばら)意思(いし)決意(けつい)御方(おかた)……!」


『大げさねぇ』


イスシアは少しだけ機嫌よさそうやった。


『別に、あなたに罰を与える気なんてないわ。もう充分、面白いことになってるもの』


「面白いで済ませてええ状況ちゃうやろ」


『面白いわよ。自我を持った机が、自分を綺麗に壊してほしいと言っている。こんな夜、退屈するほうが失礼やわ』


机は震えながらも、静かに言うた。


「もし……お嬢さんが、何かを学ぶために私を使うというのなら」


「……」


「それなら、少しだけ……机であった意味が、残る気がします」


何やねん。


そんな言い方されたら、こっちが悪者みたいになるやろ。


うちは赤い本を机の上に置いた。今度はそっとや。さっきまで夜中の犯罪者みたいに動いとったくせに、机相手にだけ気を遣ってるの、我ながら意味わからん。


「ほな、協力してもらうで」


「はい」


「ただし、途中でやっぱ嫌ですとか言うても、たぶん止まれるか分からん」


「承知しております」


「ほんまに?」


「机ですので」


「理由になってへん」


でも、もう決まってしまった感じがあった。

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