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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
26/60

赤い本を盗みに

「ひっ……!」


喉から変な音が漏れた。両手で口を押さえる。あかん。今ので寿命三年くらい飛んだ。ほんまにやめろや。心臓をおもちゃにすな。


『その程度で震える子が、爆裂なんて言うのねぇ』


頭の奥で、イスシアがゆるく笑う。


「ビビらすなや……! 今、王様帰ったとこやぞ……!」


『知ってるわよ。ずいぶん楽しそうに盗み聞きしていたもの』


「楽しそう言うな。こっちは命懸けや」


『命懸けの顔で笑いを堪えてたわねぇ』


うるさい。

見られとる。

脳内に住まれるって、こういうところが最悪や。


『で?』


イスシアの声が少しだけ近くなる。


『止められたから、盗みに来たん?』


「盗みちゃう。自主学習や」


『言い方だけ綺麗にしても、だいぶ盗みやねぇ』


「うるさい。あの毛玉が爆裂はダメって閉じたんや。せやから、うち一人で覚えたる」


『一人で?』


「お前もおるけど」


『数に入れてくれるんや。光栄やこと』


「ほな帰れ」


『いやよ。面白そうやもの』


赤い気配が、胸の奥で機嫌よう揺れた気がした。


『止められたものを、夜中に裸足で取りに来る。しかも理由が、爆裂。……ええ顔するやん、小娘』


「褒めとる?」


『半分くらいは』


「残り半分は」


『呆れとる』


「正直やな」


『うちは薔薇(ばら)やからね』


「関係あるんかそれ」


イスシアは答えへんかった。ただ、奥でくすっと笑う。


『やるなら綺麗にやりなさい。半端な爆裂ほど見苦しいものはないわ』


「言い方怖いねん」


『難しいんやないのよ。危ないだけ』


「説明だけで嫌な汗出るんやけど」


『出しときなさい。少しは慎重になるでしょ』


ならへんかもしれん。

でも、今は黙っといた。


うちは棚の影から出て、ようやくブーツを履いた。もう王もマイルズもおらん。図書室はまた静かや。静かすぎて、さっきまでの会話がほんまにあったんか怪しくなる。


足元に、割れた木片が転がっとった。


昼間、うちがやらかした机の残骸や。板の端、脚の一部、何かの支え。あれだけ堂々と授業用の顔してたくせに、今はもうただの木片の群れやった。


……すまんな。


いや、悪いのはうちだけやない。たぶん。魔法も悪い。座学も悪い。マイルズもまあまあ悪い。


心の中で雑に供養して、うちは残骸をまたいだ。


奥の棚へ向かう。


前に見た本。あの赤い革の分厚いやつ。マイルズが閉じたやつ。爆裂魔法の頁があるやつ。


せやけど、暗い。


目を凝らしても、背表紙の文字がほとんど読めへん。窓の外から入る光も弱いし、燭台も落ちとる。こんなん探せるか。スマホのライト――


……スマホないんやった。


またや。

何回スマホ失ってること思い出させんねん、この世界。


『灯りくらいなら作れるわよ』


イスシアが呆れたみたいに言う。


「いや、ケータイないって今」


『だから、そのケータイという板のことは知らないけれど。灯りくらい、自分で作りなさいな』


「……できんの?」


『その程度なら、あんたでも届くわ』


その程度。

腹立つ。

でも、できるんやったらやる。


うちは手を前へ出した。昼間やったのと同じ。皮膚のすぐ外。指先のまわり。そこに薄くまとわりついとる流れを探す。


あった。


服を作った時より細い。バリアより軽い。けど、ちゃんとおる。眠そうな虫みたいに、指の外側をゆっくり回っとる。


「これを……光にすんの?」


『燃やしたら棚ごと終わるわよ』


「今それ言う必要あった?」


『派手好きやから、念のため』


「派手好きやけど、今は捕まりたない」


『ほな、光るだけでええわ。火にするほど余裕ないやろ』


「言い方」


でも、やる。


丸くて、明るくて、邪魔にならんもの。


そう思った瞬間、スマホのライトと懐中電灯とコンビニの天井灯が、頭ん中で最悪の合体をした。


あかん。

今の絶対あかん。


けど、流れはもう手のひらへ寄ってきとる。


ぽん、と音がした。


次の瞬間、手の上に白い光が生まれた。


「うわっ、まぶしっ!」


目が死んだ。


明るい。明るすぎる。近い。アホか。人間の目は光そのものに弱いんやぞ。誰やこんな近距離に太陽出したやつ。


うちや。


『……基本的ではあるわね』


「褒めてへんやろ、それ」


『褒めるところを探している最中よ』


「探すな。見つけろ」


『ほな、その小さい太陽を部屋の隅に投げなさい。手元に置くから眩しいのよ』


「最初から言えや……!」


うちは目を細めたまま、光の玉を掴む――掴めるんかこれ、と思ったけど、手の外側に引っかかる感じがあった。軽い。熱くはない。けど変に存在感だけある。


「ほな……太陽、シュート」


小さく呟いて、部屋の隅へ放る。


光は壁にも天井にもぶつからず、ふわっと浮いた。棚の影が一気に薄くなる。赤い革、黒い革、青い布張り、金の文字。今まで闇に沈んどった背表紙が、ずらっと顔を出す。


「……おお」


見える。

見えるやん。


『最初からそうすればよかったのに』


「今したやろが」


『遅いという意味よ』


「性格悪」


『知ってるわ』


そこから、ようやく本探しが始まった。


赤い革。

分厚い。

金文字。


たしか、棚の上から三段目やった気がする。いや四段目かもしれん。マイルズがしっぽで取ってたから高さの感覚がバグっとる。あいつ浮くから信用ならん。地面に住んでる人間の目線で置けや、本くらい。


背表紙をひとつずつ追う。


その途中で、棚の上のほうにあった薄い本が、ばさっと羽ばたいた。


ページを翼みたいに開いて、鳥みたいに二回だけ空中を泳ぐ。背表紙の金文字が、暗がりで変に光った。


「……は?」


目ぇが合った気がした。


いや、本やろ。

目ぇどこやねん。


薄い本は棚と棚の隙間へすうっと飛んでいって、途中でぱたんと閉じた。そのまま、何もなかったみたいに消えた。


……見なかったことにした。


今は爆裂や。世界のほころび一冊ぶんに構っとる場合ちゃう。


背表紙を追い直す。


魔導構造基礎(まどうこうぞうきそ)

違う。


自律家具発生例じりつかぐはっせいれい安全処理(あんぜんしょり)

見たくない。今はほんまに見たくない。


魔法大百科(まほうだいひゃっか)


「……あ」


あった。


赤い革。金の文字。昼間見たのと同じ重さ。棚の奥に、何食わぬ顔で収まっとる。


うちは両手で引っ張った。


重っ。


本が棚から抜ける。腕が少し沈む。何やこの重量。知識って物理で殴ってくるタイプなんか。


けど、出た。


うちは本を抱えたまま、思わずにやける。


やばい。

来た。

来てもうた。


頁。

三三四。

爆裂魔法。

FINAL SPELL No.646。


「見つけた……」


声が勝手に漏れた。


その瞬間、イスシアが言う。


『探すくらいなら、魔法で済んだのに』


「……は?」


うちは本を抱えたまま固まる。


「使えたん?」


『棚の記憶を辿るなり、名前で引くなり、いくらでもあるわよ』


「先言えや!!」


『あんた、楽しそうに探してたもの』


「楽しそうちゃうわ! 必死や!」


『同じような顔してたわよ』


腹立つ。

めちゃくちゃ腹立つ。


うちは本を抱え直して、光の下へ戻る。割れた机の残骸の横を通る時、木片の影が少しだけ伸びた。気のせいかもしれん。今は気のせいということにする。これ以上、物にまで構っとれるか。


「ほんま、この国、魔法に頼りすぎやろ。何でもかんでも魔法で済ませて、よう飽きへんな」


『飽きてるわよ』


イスシアは、なんでもないことみたいに言うた。


『便利すぎるものは、すぐ退屈になるの』


『だから、手でやる。歩く。探す。書く。壊す』


『遠回りしてる時だけ、生きてる気になる子もおるわ』


「……言い方、だいぶ嫌やな」


『違う?』


うちは本の表紙を撫でた。


革の手触りが、指に残る。

重さが、腕に残る。

自分で探して、自分で引き抜いた感じが、ちゃんと身体の中にある。


「……いや」


少しだけ考えて、口の中で言う。


「ちょっと分かるわ」


『何が?』


「ボタン一個で終わったら、勝った気せえへん時あるやん」


『勝ち負けなん?』


「うるさいな。探して、引っ張って、重ってなって……そっちのほうが、うちがやった感あるやろ」


『……やっぱり、あんた面倒くさい子やわ』


「褒め言葉の形、どこ置いてきたん」


『中身は褒めてるわよ』


「信用できへん褒め方やな」


でも、悪い気はせんかった。


うちは赤い本を抱えて、光の下に座り込む。


夜の図書室。

盗んだ時間。

頭ん中の赤い薔薇。

腕の中の魔法大百科。


そして、あの頁。


三三四。


うちは息をひとつ吸った。


「ほな……開けるで」

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