神罰の斧
「……なぜ私を」
「いちばん置きそうだからであろう」
「選定基準が雑すぎますね!?」
言い終わる前に、机が突っ込んだ。
どごっ。
速っ、と思う間もなく、前脚が浮く。
長机が前のめりに跳ねて、そのまま真正面からマイルズへぶち当たった。毛玉の身体がきれいに吹っ飛ぶ。
「うわあああっ!?」
バンッ!!
壁にぶつかって落ちる。
落ちたとこで、マイルズがようやく声にならん息を吐いた。
「っ、が……」
「マイルズ!」
「生きてる!?」
「生きております……! 現時点では……!」
机はまた脚を鳴らした。
ぐるり、と板面が回る。顔がこっちを向く。さっきよりだいぶ機嫌が悪い。
「次」
「次て何やねん!!」
うちは反射で手ぇを前へ出した。
流れを寄せる。掴む。浮かす。
とにかく止めな、ほんまにまずい。
机の脚が床を離れる。
五センチ。十センチ。
「……よし!」
持ち上がる。
いける、と思うた。
でも、重い。
ただ重たいんやない。
中に変な意志が噛んどる。木の形そのものが反発しとるみたいで、流れの掴みどころがずるずる滑る。留まらへん。
「気むう! なんかやって!!」
「なんか、って」
「そういう時の、静かに強いやつ!!」
気むうはもう立ち上がっとった。
でも、すぐ撃たへん。
うちのほうも、マイルズのほうも見てへん。目ぇだけ、ずっと机に置いたままやった。あの回り方を、怖がるんやなくて、どこか待っとるみたいに見てる。
その一瞬で、机が暴れた。
ぶおん、と板面がねじれて、うちの保持を振り切る。
脚が空中でばたついて、そのまま落ちる。
「っ、あかん!」
ドゴンッ!!
床へ着地した反動で、机が横へ滑る。
長い脚が椅子を薙ぎ払う。本が落ちる。棚の上の紙束がばさっと崩れる。
「お嬢様方、伏せてください!!」
マイルズが壁際から叫ぶ。声だけはまだ整っとるくせに、だいぶ切羽詰まっとる。
「今さら命令口調に戻るなや!!」
机がまた来る。
今度はこっちやった。
板面を振りかぶるみたいに持ち上げて、そのまま体当たりしてくる。机やのに、猪みたいな殺意しとる。意味わからん。
「うわっ!」
避けきれへん。
肩からぶつかった。身体が横へ吹っ飛ぶ。後ろの扉へ背中が当たって、みしっと嫌な音がした。
「っ、い……!」
「神い!」
気むうが一歩出る。
でも机はもうそっちを向いとる。
「貴様ら」
木の口が裂ける。
「敬意がない」
「机に何期待しとんねんお前は!!」
叫び返しながら、うちはもう一回、指先へ流れを集めた。
火。
とにかく火。
爆裂は無理でも、火くらいは出るやろ。出ろ。
ぼっ、と小さい火が手のひらに乗る。
「くらえ!」
叩きつけるみたいに投げた。
火は机の顔面に当たる。じゅっと音がして、端のほうを少し焦がす。
机が、止まる。
「……効いた?」
「いいえ」
マイルズの声が飛ぶ。
「それ、ぬる火です」
「ぬる火!?」
「温いだけで芯まで入っておりません!!」
「最悪の通知やな!!」
机は焦げたとこを一瞬しかめて、それからさっきより本気で怒った。
板面がぶれた。
脚が回る。
長机そのものが、ありえへん勢いで回転し始める。
「ちょ、待っ」
待つわけなかった。
横回転した板の端が脇腹へ入る。
息が抜ける。視界がぶれる。今度こそ骨いったかと思うた。
「神い!」
「平気……ちゃう……!」
気むうは、その時もううちを見てへんかった。
机だけを見とる。
さっきからずっと、こっちが騒ぐたびに一人だけ違うとこへ沈んでいくみたいな顔で。
止め方を知っとるんやなくて、止める場所が来るのを待っとる。そんな感じやった。
その手に、石が集まっとる。
最初はただの塊かと思うた。
せやけど違う。柄。刃。重み。
全部、石。ごりっとした灰色の斧が、両手のあいだで形になる。
「え」
うちの声より先に、マイルズが息を呑んだ。
机はまだ回っとる。
気むうは一歩だけ踏み出した。静かに。
斧を持ち上げる。腕が震えとる。重いんやろ。でも下ろさん。
「……そこ」
小さい声やった。
机がちょうど、回転の向きで刃の前へ自分から入ってくる。
その瞬間、気むうが振り下ろした。
ガンッ。
鈍い音やった。
でも、その一発で全部止まった。
机の真ん中に、斧が深くめり込んどる。
一拍遅れて、ぴし、と亀裂が走った。
板面の中心から、脚の付け根まで。
顔が歪む。目がぶれる。口が何か言いかける。
「…………」
言う前に、割れた。
ズドン、と重い音を立てて、机の左右が床へ落ちる。
斧が刺さったまま、ようやく動かんようになる。
静かになった。
紙の落ちる音だけが、遅れてぱらぱら聞こえる。
うちは床に片手ついたまま、しばらく息しかできへんかった。
「……悪魔か」
と、うちが言うた。
「……神罰に近いですね」
と、壁際でマイルズが言うた。
気むうは斧を握ったまま、肩で息しとる。
顔はいつものままに近い。近いけど、耳の下だけちょっと赤い。力みすぎたんやろか。
ほんの一瞬、誰も喋らんかった。
それから。
「……っ」
最初に漏れたんは、気むうやった。笑いを堪える息みたいなん。
うちの喉もそこで引きつる。
あかん、と思った時にはもう遅い。
「……っ、ふ」
「……ふふっ」
「アハッ……あははっ……!」
気むうがとうとう俯いた。
うちは腹押さえて前屈みになる。
壁にもたれたままのマイルズまで、「ふ、ふふ……」と口元を押さえて肩を震わせとる。
「いや……っ、あかんやろ今の……!」
「神い様が、机に何をなさったのか後ほど必ず伺いますが……!」
「順番おかしいやろ! 今その顔で言うなや!!」
「最初に吹っ飛んだの、そちらですからね……!」
「お前やろが!!」
気むうがようやく声をこぼした。
「……二人とも、うるさい」
言いながら本人がいちばん止められてへん。
それが余計にあかんかった。
笑いながら、うちは床の向こうを見る。
真っ二つの机。斧。散った本。乱れた椅子。
めちゃくちゃや。授業どころやない。
でも――と思う。
この城、やっぱり頭おかしい。
部屋を並べて、図書室を分けて、単位まで決めて、何もかもちゃんと管理してる顔しとるくせに、触り方ひとつずれたら机が怒って牙剥く。
意味わからん。せやけど、意味がないわけでもない。
そこがいちばん質悪い。
「……基礎の授業でこれなん」
そう言うたら、また笑いがぶり返した。
ほんで、笑いながらも、うちはもう決めてた。
――六四六まで、絶対行ったる。




