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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
22/60

机、起きるな

マイルズは、授業を完全には死なせる気がなかった。


いや、さっき「本日の座学はここまで」とか言うてた。言うてたけど、あれはたぶん怒りやなくて判断や。これ以上ちゃんとした講義は無理。せやから最後に必要なとこだけ畳んで終わらせる。そういう顔やった。


黒板の前で毛並みを撫でつけ直して、さっき何も起きてへんかったみたいな声を出しとる。ようやるわ。三メートル上まで浮かされて本まで喰ろうたやつの平静ちゃうやろ、それ。


「……では。講義としては終えますが、保持量(ほじりょう)について一点だけ補足いたします」


補足するんや。


うちは頬杖ついたまま、机の木目を見てた。

話なんか、もう全然入ってこん。

爆裂魔法の頁を一回でも見てもた時点で、こっちの中では授業はほぼ焼け跡や。せやのに向こうは、最後の最後まで単位だの傾向だの保持量だの。ようそんな灰みたいな話へ戻れるなと思う。


横では、気むうがまだ口元に指を当てとった。笑うてへん顔や。笑うてへん顔やけど、肩だけたまに妙な震え方する。まだ引きずっとる。


「――一般的には、防御系(ぼうぎょけい)に適性のある者ほど流れの保持が安定しやすく」


知るか、と思う。


防御。保持。安定。

さっきから出てくる言葉、全部しょぼい。

こっちは今、六四六の続き以外、だいたいどうでもええねん。


マイルズの声が、また板みたいに平たくなる。

聞いてるふりだけはする。せやけど、目は勝手に机へ落ちる。


長机。重たい。真面目そう。

いかにも授業用って顔しとる。

この部屋ん中で、いちばん「ちゃんとしてます」みたいな面しとるのが妙に腹立った。さっきまであんだけぐちゃぐちゃやったのに、お前だけまだ普通の机の顔なんかい。


手ぇが、机の端に触れた。


木は冷たくも熱くもない。ただ、ちゃんと固い。

その普通さが、余計に腹立つ。


(かみ)い」


気むうが小さく呼んだ。


「……何」

「その顔、ろくなこと考えてない」

「失礼な。八割くらいは未来のことや」

「残り二割が事故」

「十分夢あるやろ」


気むうはそれ以上言わんかった。

止めへん。けど、目ぇだけはこっちを見とる。あいつ、こういう時だけ変に勘がええ。


変形(へんけい)

衣装を作るんとも、物を浮かすんとも少し違う。

でも元は同じやろ。寄せて、留めて、形を押し直す。

どうせ魔法なんやし、ちょっとくらい派手なほうへ転べや。そういうとこやぞ。


マイルズはまだ喋っとる。


「――なお、野生環境において自立生存が可能な個体は、最低でも一定以上の保持量を要し」


数字。

基準。

測定。

そんなもんで世界が動くなら、もっと可愛げあるやろ。


うちは息をひとつ吐いて、机の中へ流れを通した。

押し込むんやなくて、木の形を内側からずらすみたいに、そっと。


最初は、何も起きへんかった。


……あれ。


もう少しだけ流す。

指先から、薄い膜みたいなんが木の中へ染みる。机の奥で、何かがゆっくり向きを変える感じがした。固いはずの木が、ほんの一瞬だけ、布みたいにたわむ。


木が、かすかに震えた。


……いける。


脚の長さが、ほんの少しだけ伸びる。

板の端が、じわっと持ち上がる。

よし、そのままや。できるやん。ほら、やっぱりできるやん。もうちょい。あと少しだけ――


ぴし、と鳴った。


「……あ?」


机の側面に、細い線が入っとった。


ひび、というより、継ぎ目でもない場所が勝手に裂けたみたいな線やった。

木目のあいだを、見えへん爪でなぞったみたいに、浅く、長い。


そこが、持ち上がる。


うちは指先に力を戻した。止めたかった。

せやのに遅い。流れがもう、中で変なふうに噛んどる。


ふくらみが、もうひとつ。


「……ちょ、待って」


木が鳴る。

ぎ……ぎ、と、湿った関節みたいな音。

板の表面が内側から押されて、木目が寄る。逃げる。裂ける。

そこへ無理やり、顔の順番だけが生まれてくる。


まだ顔やない。

でも、顔になる場所だけ先に決まってしもたみたいで、見てるだけで喉が詰まる。


目ぇやった。


「っ、うわ」


描いたんちゃう。

浮かんだんでもない。

木のほうが勝手に、目の場所を思い出したみたいにそこへ寄っとる。片方のまぶたが重そうに持ち上がって、机の顔がこっちを見る。


瞬きした。


口まで割れた。


板の真ん中が裂けるみたいに開いて、声が滲む。


「…………誰だ」


低い。

深いとこで擦れた声やった。

長いこと重さの下に押し潰されてたもんが、今ようやく起きた、みたいな声。


うちは椅子を蹴るみたいに立ち上がった。

横で、気むうも一歩引く。椅子の脚が床をこすって、やけに大きい音を立てた。


背中の真ん中がひやっとする。


「なにこれ」

「……姉ちゃん」

気むうの声が、さっきより低い。


机の顔は、ゆっくり周りを見た。

まずうち。

次に気むう。

最後に、黒板の前で言葉を切ったマイルズ。


木の口が、ぎり、と軋む。


「誰が……我が静けさを……平らなものと思うた」


「は?」


意味わからん。

意味わからんのに、怒ってるんだけはようわかる。


次の瞬間、机が跳ねた。


ドンッ!!


四本脚が床を叩く。

長机やのに、生きもんの踏み鳴らし方やった。椅子が一つ弾かれて倒れる。板面がぐらりと傾く。


「っ、な」

マイルズの声が一拍遅れる。

「……何をなさっているのですか」


「うちに聞くなや!!」


机はもう一度、床を打つ。

ドンッ。ドンッ。

木のくせに、怒気だけはやたら生々しい。


「重ねるな。積むな。擦るな。

 我を、ただ置くための顔にするな」


「机のくせに尊厳がうるさいな!?」


思わず漏れた。その瞬間、机の目ぇがこっちを剥いた。あ、あかん。


向きが変わる。


ロックオンされたんは、マイルズやった。

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