爆裂あるやん
そのあと、マイルズに「お掛けください」と促されて、うちらは長机の前へ戻された。
で、始まった。次は実技やのうて、座学やった。
嫌な予感しかしいひん。
マイルズは黒板の前へ、いつも通り無駄なく浮く。あの大きさでそこ立たれるだけで、空気だけ急に「授業」になるんが腹立つ。
「では、お嬢様方。防御の基礎に続き、本日は魔法の系統についてご説明いたします」
「うわ、急に眠そうなん来たな」
「まだ始まっておりませんが」
「始まる前からもう気配が眠いねん」
「気のせいでございます」
マイルズは本を一冊開いた。
「魔法にはいくつかの分類法がございますが、まず用途で大別されます。攻性、防御、生成、干渉、維持補助――さらにその内側で、火熱系、水理系、生態系、地圧系、広域系といった系統に分かれます」
「……うん」
「返事だけは上々ですね」
「中身はまだ来てへん」
せやけど、正直そのへんから先は、もうだいぶ危うかった。
攻性がどうとか、防御がどうとか、系統がどうとか。
間違ってへんのはわかる。わかるけど、全部「ちゃんとしてる人向け」の話や。
こっちはさっきまで、夢も浪漫もない茶色い補助外套で心を折られてたんやぞ。そこからの復帰戦が、魔法の品揃え説明会て。流れ悪すぎるやろ。
だんだん、マイルズの声が一枚の板みたいになっていく。
「――そして、攻性に特化した術式の中には」
まだ続くんか、と思った、その次やった。
「“爆裂魔法”と呼ばれるものも存在いたします」
がばっと顔を上げた。
「……は?」
「危険性が高く、扱いも極めて不安定であるため、通常は」
「今の、もう一回」
「ですから、爆裂魔法は」
「そこやなくて!! それや!! うち、それ習いたい!!」
マイルズがぴたりと黙る。
横で、気むうの指先がページの端から離れた。見る先は本やのうて、うちやった。
「おすすめいたしません」
「何で」
「不安定だからです」
「そこがええんやろが」
「よくございません」
「一番ヤバそうなんが一番ええに決まっとるやろ!」
「その価値基準を、まず改めてください」
「せっかく異世界まで来て、何でそこで急に無難なん選ばなあかんねん!!」
マイルズは本を持ったまま、声色ひとつ変えへん。
「爆裂魔法は基礎を飛ばして触れる類のものではございません。まずは安定した術式から段階的に学ぶべきです。近縁の攻性術式なら、より扱いやすいものもございます」
「近縁とかいらん」
「要ります」
「いらんて」
「要ります」
腹立つ。
めちゃくちゃ腹立つ。
あるんや。
爆裂魔法、ほんまにあるんや。
で、あるくせに今はあかんて何やねん。見せるだけ見せて閉めるん、一番あかんやろ。
マイルズはもう何事もなかったみたいに説明へ戻っとる。
「――では分類の続きですが」
戻れへんのは、こっちのほうやっちゅうねん。
うちは机の上の本へ目を落とした。さっき開いてたページの右端に、系統名の横から細い数字が伸びとる。参照先や。ほな、あるやろ。爆裂魔法の項目。あるに決まっとる。
うちはそっと指を滑らせた。
気むうの本のほうが、うちより少し見やすい位置に開いとる。横から手を出すと、気むうは一瞬だけこっちを見た。
「……神い」
「しっ。今ええとこ」
「……顔が、終わってる」
「ええやろ、今そこやねん」
半ば引き寄せるみたいにして寄せると、気むうは無言で手を離した。止めへん。止めへんけど、助けてもくれへん顔やった。そういうとこだけ冷静やな。
系統名の列を追う。
あった。
《爆裂魔法》――三三四頁。
「よっしゃ」
ぱら、とめくる。
途中の頁が二、三枚まとめて滑って、危うく行き過ぎかけた。戻す。探す。あった。
《爆裂魔法》
うちは思わず姿勢を正した。
下に説明。
読む。
説明:爆発する魔法。
「……雑っ」
声が漏れた。
何やねんその説明。
もっとあるやろ。終焉の火がどうとか、天を裂く災厄がどうとか。そういうの一切なしで、爆発する魔法。終わり。役所の備品説明か。
せやのに、その雑さのせいで余計に目ぇ離されへん。
下へ目を落とす。
ランク表記は、はっきりせえへん。注記も曖昧や。
そのくせ、後ろには術式頁だけちゃんと続いとる。
一つ目。
SPELL No.641 ── ファイアクラッカー
「うるささなら、うちのほうが勝っとるわ」
次。
MAGIC SPELL No.644 ── トレント・オブ・マインズ
「……何か強そうやけど、ちゃう」
さらにめくる。
最後の頁。
**FINAL SPELL No.646 ── エクスプロージョン**
「――これや!!!!」
そこだけ、文字の立ち方が違うた。
別に文字は最初から文字やったはずやのに、そこだけ勝手に前へ出てくる。
雑な説明も、半端な注記も、もうどうでもようなった。
読む。
一気に読む。
手のひらに球体を形成し、十分な充填ののち、大規模な――
ばんっ。
本が目の前で閉じた。
「うわっ!?」
「申し上げましたよね」
マイルズやった。いつの間にか、すぐ横まで来とる。
「爆裂魔法のことはお忘れください、と」
「忘れるわけあるか!! 今めっちゃええとこやったんやぞ!!」
「だから止めたのでございます」
「何でや!」
「今のお嬢様に、これ以上そこを読ませるのは危険だと判断いたしました」
「どんな判断やねん!!」
マイルズは本をすっと取り上げて、元の位置へ戻した。
「授業中です」
「そっちが先に誘惑してきたんやろが」
「用語の説明を、そのようには呼びません」
「うちにはそうやった」
マイルズは一拍だけ黙って、それからきれいに言う。
「以後、爆裂魔法の語は本日の講義から除外いたします」
「権力の使い方が汚い!」
でも、もう遅い。
遅すぎる。
一回見てもた。
名前も見た。
頁も見た。
FINAL SPELL No.646 まで見てもた。
そんなもん、もう頭から離れるわけないやろ。
マイルズは黒板の前へ戻った。何事もなかったみたいな顔で。
「……では。次に、エネルジアについてです。基礎でございますので」
「落差が事故やねん。今うち、基礎どころやないんやけど」
「お嬢様の事情は存じません」
「存じろや」
せやけど授業は普通に進む。
「エネルジアとは、術式の基礎となる流れそのものを指します。量の把握には測定単位があり、最小単位から順に」
はい終了。
うちの脳、そこで強制ログアウトした。
爆裂魔法がある。
しかもファイナル。
しかも六四六。
何やその、最後まで行ったやつしか触ったらあかん感。最高やんけ。
ほんで、そんなもん見せられたあとに、単位の話へ戻れとか無理に決まっとるやろ。
もう授業が邪魔やねん。
さっきまでただ眠かっただけやのに、今はちゃんと腹立つ。あの頁の続き読ませへんまま、平然と数字の話しとるこいつが腹立つ。
気づいたら、うちの意識はマイルズの説明やのうて、マイルズ本人のほうへ向いとった。
あいつ、よう見たら、物に触れんでも本を動かしとるんよな。
浮いとるし。
板も本も、しっぽも手も使わんと位置ずらしとる時あるし。
……待てよ。
「……神い」と、気むうが小さく呼んだ。
「聞いてへんやろ」
「聞ける顔、してへん」
「聞けるわけないやろ、今」と、うちは返した。
マイルズはまだ続けとる。
「――なお、術者ごとに保持量と出力傾向には偏りがありまして」
よし。
うちは机の下で、そっと指先に意識を寄せた。
衣装を作った時と同じ。
さっきバリアを張った時とも似とる。
皮膚のすぐ外にある、あの薄い層。そこへ触る。
押さへん。寄せる。
ほな、来た。
だったら、あとは向きだけや。
うちはこっそり、マイルズのほうへ手を向けた。
頭ん中で何て言うか一瞬迷って――
「……ほれ」
それだけで十分やった。
マイルズの身体が、ふわっと浮いた。
「……はい、ここで測定器を用いますと」
まだ気づいてへん。
少し上がる。
さらに上がる。
「個々の保持量をですね、比較的正確に」
まだや。
「……あの」
気むうの声が、ちょっとだけ低くなる。
「高い」
「――え?」
そこでようやくマイルズが止まった。
自分の位置を見下ろす。
床が遠い。
ほんで、ゆっくりこっちを見る。早いな。
「……なぜでしょう」
さらに、じわっと上がる。
「なぜ、私が高いのでしょう」
「知らんのかい」
「知らん顔すな、神い様」
「いや、そっちも結構すぐ当てに来るやん」
もう三メートルくらい行っとる。
ちっさい毛玉が黒板の前で変に高い位置におるせいで、絵面が終わっとる。
「下ろしてください」
「頼み方が事務的すぎるねん」
「下ろしてください」
「もうちょい何かあるやろ」
「神い様」
「はいはいはい!」
うちが指先の力を抜くと、マイルズの身体はすとんとは落ちず、途中でふわっと減速して、ぬるい感じで着地した。どうやらこの城、最低限の事故防止機能くらいはあるらしい。変なとこだけ気が利いとる。
マイルズは一回だけ乱れた毛並みを整えた。
ほんで、何事もなかった顔を作ろうとして――作りきれてへんまま、言うた。
「……では、授業を続けます」
「続けるんや」
「今の件は、全員忘れてください」
「命令形やん」
「少なくとも、私の前で蒸し返すのはおやめください」
「だいぶ傷ついとるな」
「気のせいです」
横を見ると、気むうが口元へ指を当てとる。
笑うてへん顔や。笑うてへん顔やけど、視線だけがさっきよりちょっと下を向いとる。その向け方でだいたいわかった。
マイルズは咳払いひとつして、無理やり講義へ戻る。
「……さて。単位についてですが、最小単位を基準に、保持量は段階的に換算されます」
よう戻れるな。逆に偉いわ。
「術者によってはインケ単位、さらに上位単位で扱う者も」
あかん。
また始まった。
せやけど今度は、さっきよりもっとあかん。
一回浮かせてもうたせいで、うちの中の“授業壊してええかも”が、かなり育ってしもた。
しかも原因は全部、あの頁や。爆裂のとこ閉じて、何もなかったみたいに単位だけ読まされるとか、そんな綺麗に戻れるわけあるか。
マイルズが棚のほうへ寄る。
本を一冊取るためや。
その背中を見た瞬間、うちの頭ん中で何かが決まった。
「神い」
また気むうやった。
「今の顔、終わってる」
「知るか。そっちが閉じたんやろが」
うちは机の上の薄い本を一冊だけ、ほんの少し浮かせた。
一センチ。二センチ。
向きを合わせる。
「――これを用いれば、数値の推移を視覚的にも」
今や。
ばごっ。
「っ、あ゛」
綺麗に入った。
本はマイルズのてっぺんに命中して、そのまま床へ落ちた。
沈黙。
うち、真顔。
気むう、手で口元押さえたまま俯く。
マイルズだけが、ゆっくりこっちを振り向く。
「……神い様」
「何ですか」
「今のは事故でしょうか」
「心当たりが多すぎて、どの事故か絞れへんな」
「正座なさいますか?」
「急に学校の罰則出してくるやん」
「それとも、廊下にお立ちになりますか」
「治安はちょっと持ち直したな!?」
マイルズは本を拾い上げ、ぱたんと閉じた。
「本日の座学は、ここまでにいたします」
「え、勝った?」
「敗北を前提に話さないでいただけますか」
「じゃあ何なん」
「これ以上、講義が成立せぬと判断しただけでございます」
そう言い切った時点で、たぶんちょっと負けとるやろとは思ったけど、そこは言わんどいた。
気むうがようやく顔を上げる。
まだ無表情に近い。近いけど、さっきよりほんの少しだけ肩のこわばりが抜けとる。
マイルズはしっぽで本を抱え直して、いつもより一拍遅れて言うた。
「なお、爆裂魔法は引き続き禁止です」
「最後にもう一回刺してくるなや」
「釘は何本でも打ちます」
「うっわ、絶対そのうち折ったる」
「そういうところです」
「何がや」
「禁止が増える理由でございます」
うちは机に頬杖をついて、ふんと鼻を鳴らした。
禁止されればされるほど、燃えるもんは燃えるんや。
ほんで今、うちの中でいちばん燃えとるんは、どう考えてもあれやった。
FINAL SPELL No.646――エクスプロージョン。
忘れろ言われても、もう無理や。
見つけてしもた時点で、終わりや。
もうこっちも、知らんふりなんかできるわけないやろ。




