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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
21/60

爆裂あるやん

そのあと、マイルズに「お掛けください」と促されて、うちらは長机の前へ戻された。


で、始まった。次は実技やのうて、座学やった。


嫌な予感しかしいひん。


マイルズは黒板の前へ、いつも通り無駄なく浮く。あの大きさでそこ立たれるだけで、空気だけ急に「授業」になるんが腹立つ。


「では、お嬢様方。防御の基礎に続き、本日は魔法の系統についてご説明いたします」

「うわ、急に眠そうなん来たな」

「まだ始まっておりませんが」

「始まる前からもう気配が眠いねん」

「気のせいでございます」


マイルズは本を一冊開いた。


「魔法にはいくつかの分類法がございますが、まず用途で大別されます。攻性(こうせい)防御(ぼうぎょ)生成(せいせい)干渉(かんしょう)維持補助(いじほじょ)――さらにその内側で、火熱系(かねつけい)水理系(すいりけい)生態系(せいたいけい)地圧系(ちあつけい)広域系(こういきけい)といった系統に分かれます」

「……うん」

「返事だけは上々ですね」

「中身はまだ来てへん」


せやけど、正直そのへんから先は、もうだいぶ危うかった。


攻性がどうとか、防御がどうとか、系統がどうとか。

間違ってへんのはわかる。わかるけど、全部「ちゃんとしてる人向け」の話や。

こっちはさっきまで、夢も浪漫もない茶色い補助外套で心を折られてたんやぞ。そこからの復帰戦が、魔法の品揃え説明会て。流れ悪すぎるやろ。


だんだん、マイルズの声が一枚の板みたいになっていく。


「――そして、攻性に特化した術式(じゅつしき)の中には」

まだ続くんか、と思った、その次やった。


「“爆裂魔法(ばくれつまほう)”と呼ばれるものも存在いたします」


がばっと顔を上げた。


「……は?」

「危険性が高く、扱いも極めて不安定であるため、通常は」

「今の、もう一回」

「ですから、爆裂魔法は」

「そこやなくて!! それや!! うち、それ習いたい!!」


マイルズがぴたりと黙る。


横で、気むうの指先がページの端から離れた。見る先は本やのうて、うちやった。


「おすすめいたしません」

「何で」

「不安定だからです」

「そこがええんやろが」

「よくございません」

「一番ヤバそうなんが一番ええに決まっとるやろ!」

「その価値基準を、まず改めてください」

「せっかく異世界まで来て、何でそこで急に無難なん選ばなあかんねん!!」


マイルズは本を持ったまま、声色ひとつ変えへん。


「爆裂魔法は基礎を飛ばして触れる類のものではございません。まずは安定した術式から段階的に学ぶべきです。近縁の攻性術式なら、より扱いやすいものもございます」

「近縁とかいらん」

「要ります」

「いらんて」

「要ります」


腹立つ。

めちゃくちゃ腹立つ。


あるんや。

爆裂魔法、ほんまにあるんや。

で、あるくせに今はあかんて何やねん。見せるだけ見せて閉めるん、一番あかんやろ。


マイルズはもう何事もなかったみたいに説明へ戻っとる。


「――では分類の続きですが」

戻れへんのは、こっちのほうやっちゅうねん。


うちは机の上の本へ目を落とした。さっき開いてたページの右端に、系統名の横から細い数字が伸びとる。参照先や。ほな、あるやろ。爆裂魔法の項目。あるに決まっとる。


うちはそっと指を滑らせた。


気むうの本のほうが、うちより少し見やすい位置に開いとる。横から手を出すと、気むうは一瞬だけこっちを見た。


「……神い」

「しっ。今ええとこ」

「……顔が、終わってる」

「ええやろ、今そこやねん」


半ば引き寄せるみたいにして寄せると、気むうは無言で手を離した。止めへん。止めへんけど、助けてもくれへん顔やった。そういうとこだけ冷静やな。


系統名の列を追う。

あった。


《爆裂魔法》――三三四頁。


「よっしゃ」


ぱら、とめくる。

途中の頁が二、三枚まとめて滑って、危うく行き過ぎかけた。戻す。探す。あった。


《爆裂魔法》


うちは思わず姿勢を正した。


下に説明。

読む。


説明:爆発する魔法。


「……雑っ」


声が漏れた。


何やねんその説明。

もっとあるやろ。終焉の火がどうとか、天を裂く災厄がどうとか。そういうの一切なしで、爆発する魔法。終わり。役所の備品説明か。


せやのに、その雑さのせいで余計に目ぇ離されへん。

下へ目を落とす。


ランク表記は、はっきりせえへん。注記も曖昧や。

そのくせ、後ろには術式頁だけちゃんと続いとる。


一つ目。


SPELL No.641 ── ファイアクラッカー


「うるささなら、うちのほうが勝っとるわ」


次。


MAGIC SPELL No.644 ── トレント・オブ・マインズ


「……何か強そうやけど、ちゃう」


さらにめくる。


最後の頁。


**FINAL SPELL No.646 ── エクスプロージョン**


「――これや!!!!」


そこだけ、文字の立ち方が違うた。


別に文字は最初から文字やったはずやのに、そこだけ勝手に前へ出てくる。

雑な説明も、半端な注記も、もうどうでもようなった。


読む。

一気に読む。


手のひらに球体を形成し、十分な充填ののち、大規模な――


ばんっ。


本が目の前で閉じた。


「うわっ!?」

「申し上げましたよね」

マイルズやった。いつの間にか、すぐ横まで来とる。


「爆裂魔法のことはお忘れください、と」

「忘れるわけあるか!! 今めっちゃええとこやったんやぞ!!」

「だから止めたのでございます」

「何でや!」

「今のお嬢様に、これ以上そこを読ませるのは危険だと判断いたしました」

「どんな判断やねん!!」


マイルズは本をすっと取り上げて、元の位置へ戻した。


「授業中です」

「そっちが先に誘惑してきたんやろが」

「用語の説明を、そのようには呼びません」

「うちにはそうやった」


マイルズは一拍だけ黙って、それからきれいに言う。


「以後、爆裂魔法の語は本日の講義から除外いたします」

「権力の使い方が汚い!」


でも、もう遅い。

遅すぎる。


一回見てもた。

名前も見た。

頁も見た。

FINAL SPELL No.646 まで見てもた。


そんなもん、もう頭から離れるわけないやろ。


マイルズは黒板の前へ戻った。何事もなかったみたいな顔で。


「……では。次に、エネルジアについてです。基礎でございますので」

「落差が事故やねん。今うち、基礎どころやないんやけど」

「お嬢様の事情は存じません」

「存じろや」


せやけど授業は普通に進む。


「エネルジアとは、術式の基礎となる流れそのものを指します。量の把握には測定単位があり、最小単位から順に」

はい終了。


うちの脳、そこで強制ログアウトした。


爆裂魔法がある。

しかもファイナル。

しかも六四六。

何やその、最後まで行ったやつしか触ったらあかん感。最高やんけ。


ほんで、そんなもん見せられたあとに、単位の話へ戻れとか無理に決まっとるやろ。

もう授業が邪魔やねん。

さっきまでただ眠かっただけやのに、今はちゃんと腹立つ。あの頁の続き読ませへんまま、平然と数字の話しとるこいつが腹立つ。


気づいたら、うちの意識はマイルズの説明やのうて、マイルズ本人のほうへ向いとった。


あいつ、よう見たら、物に触れんでも本を動かしとるんよな。

浮いとるし。

板も本も、しっぽも手も使わんと位置ずらしとる時あるし。


……待てよ。


「……(かみ)い」と、気むうが小さく呼んだ。

「聞いてへんやろ」

「聞ける顔、してへん」

「聞けるわけないやろ、今」と、うちは返した。


マイルズはまだ続けとる。


「――なお、術者ごとに保持量と出力傾向には偏りがありまして」


よし。


うちは机の下で、そっと指先に意識を寄せた。

衣装を作った時と同じ。

さっきバリアを張った時とも似とる。

皮膚のすぐ外にある、あの薄い層。そこへ触る。


押さへん。寄せる。


ほな、来た。


だったら、あとは向きだけや。


うちはこっそり、マイルズのほうへ手を向けた。

頭ん中で何て言うか一瞬迷って――


「……ほれ」


それだけで十分やった。


マイルズの身体が、ふわっと浮いた。


「……はい、ここで測定器を用いますと」

まだ気づいてへん。


少し上がる。

さらに上がる。


「個々の保持量をですね、比較的正確に」

まだや。


「……あの」

気むうの声が、ちょっとだけ低くなる。

「高い」


「――え?」

そこでようやくマイルズが止まった。


自分の位置を見下ろす。

床が遠い。

ほんで、ゆっくりこっちを見る。早いな。


「……なぜでしょう」

さらに、じわっと上がる。


「なぜ、私が高いのでしょう」

「知らんのかい」

「知らん顔すな、神い様」

「いや、そっちも結構すぐ当てに来るやん」


もう三メートルくらい行っとる。

ちっさい毛玉が黒板の前で変に高い位置におるせいで、絵面が終わっとる。


「下ろしてください」

「頼み方が事務的すぎるねん」

「下ろしてください」

「もうちょい何かあるやろ」

「神い様」

「はいはいはい!」


うちが指先の力を抜くと、マイルズの身体はすとんとは落ちず、途中でふわっと減速して、ぬるい感じで着地した。どうやらこの城、最低限の事故防止機能くらいはあるらしい。変なとこだけ気が利いとる。


マイルズは一回だけ乱れた毛並みを整えた。

ほんで、何事もなかった顔を作ろうとして――作りきれてへんまま、言うた。


「……では、授業を続けます」

「続けるんや」

「今の件は、全員忘れてください」

「命令形やん」

「少なくとも、私の前で蒸し返すのはおやめください」

「だいぶ傷ついとるな」

「気のせいです」


横を見ると、気むうが口元へ指を当てとる。

笑うてへん顔や。笑うてへん顔やけど、視線だけがさっきよりちょっと下を向いとる。その向け方でだいたいわかった。


マイルズは咳払いひとつして、無理やり講義へ戻る。


「……さて。単位についてですが、最小単位を基準に、保持量は段階的に換算されます」

よう戻れるな。逆に偉いわ。


「術者によってはインケ単位、さらに上位単位で扱う者も」

あかん。

また始まった。


せやけど今度は、さっきよりもっとあかん。

一回浮かせてもうたせいで、うちの中の“授業壊してええかも”が、かなり育ってしもた。

しかも原因は全部、あの頁や。爆裂のとこ閉じて、何もなかったみたいに単位だけ読まされるとか、そんな綺麗に戻れるわけあるか。


マイルズが棚のほうへ寄る。

本を一冊取るためや。


その背中を見た瞬間、うちの頭ん中で何かが決まった。


「神い」

また気むうやった。

「今の顔、終わってる」

「知るか。そっちが閉じたんやろが」


うちは机の上の薄い本を一冊だけ、ほんの少し浮かせた。

一センチ。二センチ。

向きを合わせる。


「――これを用いれば、数値の推移を視覚的にも」

今や。


ばごっ。


「っ、あ゛」


綺麗に入った。


本はマイルズのてっぺんに命中して、そのまま床へ落ちた。


沈黙。


うち、真顔。

気むう、手で口元押さえたまま俯く。

マイルズだけが、ゆっくりこっちを振り向く。


「……神い様」

「何ですか」

「今のは事故でしょうか」

「心当たりが多すぎて、どの事故か絞れへんな」

「正座なさいますか?」

「急に学校の罰則出してくるやん」

「それとも、廊下にお立ちになりますか」

「治安はちょっと持ち直したな!?」


マイルズは本を拾い上げ、ぱたんと閉じた。


「本日の座学は、ここまでにいたします」

「え、勝った?」

「敗北を前提に話さないでいただけますか」

「じゃあ何なん」

「これ以上、講義が成立せぬと判断しただけでございます」


そう言い切った時点で、たぶんちょっと負けとるやろとは思ったけど、そこは言わんどいた。


気むうがようやく顔を上げる。

まだ無表情に近い。近いけど、さっきよりほんの少しだけ肩のこわばりが抜けとる。


マイルズはしっぽで本を抱え直して、いつもより一拍遅れて言うた。


「なお、爆裂魔法は引き続き禁止です」

「最後にもう一回刺してくるなや」

「釘は何本でも打ちます」

「うっわ、絶対そのうち折ったる」

「そういうところです」

「何がや」

「禁止が増える理由でございます」


うちは机に頬杖をついて、ふんと鼻を鳴らした。


禁止されればされるほど、燃えるもんは燃えるんや。

ほんで今、うちの中でいちばん燃えとるんは、どう考えてもあれやった。


FINAL SPELL No.646――エクスプロージョン。


忘れろ言われても、もう無理や。

見つけてしもた時点で、終わりや。

もうこっちも、知らんふりなんかできるわけないやろ。

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