初手、防御かい
あの図書室、でかいとかそういう話やなかった。
うちらの部屋――一二〇〇号室から、たった三つ隣。連れてこられた一二〇三の扉は、図書室いうより封印庫みたいな顔しとった。真鍮の札には《第四図書室》。この城には、図書室が全部で六つあるらしい。
「……六つ?」
「用途ごとに分かれております」と、マイルズが言うた。「こちらには《魔法大百科》が保管されております」
「うわ。名前からしてカタいやつやん」
扉をくぐる。高い。奥まで高い。棚が天井のほうまで突っ立ってて、上の段なんか誰がどう取る気なんか知らん高さやった。古い紙と木の匂い。静かやのに、休まる感じやない。ちょっと声出しただけで、こっちが怒られそうな静けさや。
入口わきの棚札が、一拍だけずれた。
十七。――七十一。
「……あ」
見直した時には、もう十七に戻っとる。
「うわ、これや。そういや、まだ出るんやった」
「今なんかズレへんかった?」
「どうぞ、お進みください」
マイルズは振り向きもせえへん。気のせいで片づけるには、妙に腹立つズレ方やった。横を見る。気むうは何も言わん。ただ、入口の札やなくて、そのもっと奥――高い棚の列を見とった。うちの袖つまんどった指が、いつの間にか離れとる。
「……何や」
呼んでも返事はない。ないけど、嫌そうな固まり方やなかった。
図書室の奥には、教室みたいな場所が切ってあった。長机がひとつ、椅子が二つ。その先、二段上がったところに黒板。図書室の中へ授業だけ無理やり押し込んだみたいで、ちょっと変や。
うちは机の端に腰を乗せた。普通に座るんも何か負けた気ぃするし。気むうは椅子を引いて、いつも通り静かに座る。茶色い布が脚に触れるたび、まだ少しむずむずした。ほんまこの服、慣れへん。
マイルズは黒板の前へ、ふわ、と上がった。板よりずっと小さいくせに、そこに立たれると勝手に授業の顔になるのが腹立つ。
「さて、お嬢様方。本日より、防御のための魔法訓練を開始いたします」
「防御ぉ?」
「近いうちに任務が入る見込みです。まずは生き残るためのものから、でございます」
「え、ちょ、急に現実ぶっ込んでくるやん」
「現実でございます。残念ながら」
「うっわ、今ちょっとだけ先生しんどそうやったぞ」
「気のせいです」
綺麗に切り返しよる。腹立つ。
「では最初に、エネルジアのバリアを」
「えー。初手そこぉ?」
「神い。まだ名前だけ」
気むうが小さく言うた。
「何やねんその言い方」
「事実」
「くっそ……もうちょい夢ある感じで始めてくれてもええやろ」
マイルズは横の棚から一冊抜き、開いたまま空中へ浮かせた。
「衣装をお作りになった時と同じです。皮膚のすぐ外を、切らさず一周。押さず、留めてください」
「……で、これ、何に使うん。見た目も地味やし、いまいちテンション上がらへんねんけど」
「言葉で申し上げるより、実際にご覧いただいたほうが早いでしょう」
うわ、嫌な言い方や。
言われた通りに目を閉じる。肩の外、腕の外、指先の手前。そこに薄うまとわりついとる何かを探る。服の時より広い。身体のすぐ外だけ、空気が一枚増えたみたいに引っかかる。
来た。
うっすら、青い感じがした。見えたんやない。色の手触りだけ先にわかった。冷たいでも熱いでもないくせに、青やった。
「……おる」
「そのまま維持を」
「維持ぃ?」
「維持です」
「いや、そこもうちょい何かこう……あるやろ」
「足りております」
気むうももう目を閉じとった。肩の力だけ少し落として、息をひとつ。あいつのほうは探しに行くというより、向こうが勝手に収まってくるみたいで落ち着かん。
「では、一度お解きください」
「へ? うん」
流れを止めた瞬間やった。
マイルズのしっぽが、ぴしっとしなって――
バシッ。
「っいっっっ!?」
思わず腕を押さえる。普通に痛い。
「何すんねんお前!!」
「今のが、バリアの要不要でございます」
「説明が雑!! いや雑とかいうレベルちゃうやろ!!」
「では次。今度は張ったままで」
何やこの授業。治安終わっとる。
文句言いながらもう一回、流れを回す。今度はさっきより少しだけ密に寄せる。肩、腕、指先。皮膚の外に青い膜が張る。さっきより輪郭がある。
「そのままで」
バシッ。
「っ、あ……!」
また痛い。痛いけど、さっきと違う。深さがない。表面で散るみたいな、浅い痛さや。
「……あ。いや、待って。うん、これ、さっきより全然マシや」
「ご理解いただけましたか」
「いや、わかったけど! わかったけど、初回の一発ほんまにいらんかったやろ!!」
「比較には基準が必要ですので」
「教育方針が物騒すぎるねん」
マイルズはそのまま、気むうのほうを見る。
「気むう様」
「ん」
「同じようにお願いいたします」
「……うん」
気むうは立ち上がるのも静かやった。前へ出て、言われた通りに流れを回す。うちみたいに寄せて固めて、やない。最初からそこへ置くみたいに、すっと整う。白っぽい薄い膜が、腕の線に沿うて収まった。
「では」
バシッ。
「……どうですか」
「……痛くない」
「は?」
思わず口が出た。
「え、何それ。全然?」
気むうは少しだけ首を振る。
「……ほとんど」
「うそやろ」
こっちはさっき、ちゃんと“あう”出たんやぞ。
マイルズは何でもない顔のまま言うた。
「今のも、先ほどと同じ力です」
「いやいやいや、絶対ちゃうやろ。今の、明らかに扱い違ったやん」
「同条件です」
「いや、納得いかへんて」
マイルズは一拍だけ置いて、こっちを見る。
「では、もう一度。神い様」
「え、やだ」
「確認ですので」
「こっちはもう十分確認された側なんやけど!?」
「どうぞ」
「圧が強いねん!」
しぶしぶ、もう一回。青い膜を張る。嫌や。めちゃくちゃ嫌や。
「そのままで」
バシッ。
「っあう!!」
さっきよりは浅い。せやけど、やっぱり痛いもんは痛い。
「ほら! やっぱ痛いやんけ!」
「耐えられる程度では?」
「その聞き方ほんま腹立つなあ!」
マイルズは小さく頷いた。
「お二方とも、行使自体に問題はございません。ですが神い様は、《防御》との噛み合わせがあまり良くないようです」
「は?」
「才能が無い、という意味ではございません。この術式とは相性がよろしくない、というだけで。珍しいことでもございません」
「……うっわ。よりにもよって、いちばん映えへんやつでハズレ引いたんかい」
「概ね、その認識で差し支えございません」
「差し支えしかないわ。何で異世界来て最初に向いてへんのが“守り”やねん。そこはもうちょい、こう……主人公補正とかあるやろ普通」
横で、気むうはもう椅子へ戻っとった。何も言わん。ただ、戻る前に一回だけ自分の指先を見た。さっきの流れが、まだそこに薄う残っとるみたいに。
マイルズは黒板の後ろに置かれた木箱を開け、そこから折りたたまれた茶色い外套を取り出した。
嫌な予感しかせえへん色やった。
「神い様のように、《防御》との噛み合わせが弱い方には補助具を用います」
「うわ、何やその“よくあるやつです”みたいな言い方」
「実際、そうですので」
マイルズはその茶色い外套を、うちのほうへ差し出した。
「補助衣でございます。これをお召しください。保持を底上げいたします」
「……これ?」
「はい」
「何でよりにもよって、その、びっくりするほど夢ない茶色なん」
「機能に色彩的浪漫は不要です」
「不要とか言うなや。あるやろ。ちょっとは」
ぶつくさ言いながら受け取る。
重い。
しかも、広げた瞬間からもう嫌な予感しかしいひん。
袖。長い。
裾。長い。
フードまでついとる。
「……あかん。見んでもわかる。絶対ダサいやつや」
それでも着ろ言われた以上、着るしかない。
袖を通す。
肩に乗る。
フードまで被った瞬間、視界まで終わる。
うちはその場で固まった。
「……何これ」
鏡なくてもわかる。終わっとる。
「うち、今、村の外れの怪しい祈祷師みたいになってへん?」
気むうは答えへん。
けど、睫毛だけ一回ぴくっと震えた。
笑うたやろ今。
「防御補助としては有効でございます」
「見た目が無効やねん」
「見た目は要件に含まれておりません」
「含めとけや!!」
思わずフードをむしり下ろす。布が首元でひっかかって、余計に情けない。
……爆裂魔法まで遠い、やない。
その前にまず、この地味でダサい坂を登れとか、あまりにも嫌がらせやろ。
異世界まで来て何で初手がこれやねん。ほんまふざけんなや。




