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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
20/60

初手、防御かい

あの図書室、でかいとかそういう話やなかった。


うちらの部屋――一二〇〇号室から、たった三つ隣。連れてこられた一二〇三の扉は、図書室いうより封印庫みたいな顔しとった。真鍮の札には《第四図書室》。この城には、図書室が全部で六つあるらしい。


「……六つ?」

「用途ごとに分かれております」と、マイルズが言うた。「こちらには《魔法大百科(まほうだいひゃっか)》が保管されております」

「うわ。名前からしてカタいやつやん」


扉をくぐる。高い。奥まで高い。棚が天井のほうまで突っ立ってて、上の段なんか誰がどう取る気なんか知らん高さやった。古い紙と木の匂い。静かやのに、休まる感じやない。ちょっと声出しただけで、こっちが怒られそうな静けさや。


入口わきの棚札が、一拍だけずれた。


十七。――七十一。


「……あ」

見直した時には、もう十七に戻っとる。

「うわ、これや。そういや、まだ出るんやった」


「今なんかズレへんかった?」

「どうぞ、お進みください」


マイルズは振り向きもせえへん。気のせいで片づけるには、妙に腹立つズレ方やった。横を見る。()むうは何も言わん。ただ、入口の札やなくて、そのもっと奥――高い棚の列を見とった。うちの袖つまんどった指が、いつの間にか離れとる。


「……何や」


呼んでも返事はない。ないけど、嫌そうな固まり方やなかった。


図書室の奥には、教室みたいな場所が切ってあった。長机がひとつ、椅子が二つ。その先、二段上がったところに黒板。図書室の中へ授業だけ無理やり押し込んだみたいで、ちょっと変や。


うちは机の端に腰を乗せた。普通に座るんも何か負けた気ぃするし。気むうは椅子を引いて、いつも通り静かに座る。茶色い布が脚に触れるたび、まだ少しむずむずした。ほんまこの服、慣れへん。


マイルズは黒板の前へ、ふわ、と上がった。板よりずっと小さいくせに、そこに立たれると勝手に授業の顔になるのが腹立つ。


「さて、お嬢様方。本日より、防御のための魔法訓練を開始いたします」

「防御ぉ?」

「近いうちに任務が入る見込みです。まずは生き残るためのものから、でございます」

「え、ちょ、急に現実ぶっ込んでくるやん」

「現実でございます。残念ながら」

「うっわ、今ちょっとだけ先生しんどそうやったぞ」

「気のせいです」


綺麗に切り返しよる。腹立つ。


「では最初に、エネルジアのバリアを」

「えー。初手そこぉ?」

(かみ)い。まだ名前だけ」

気むうが小さく言うた。


「何やねんその言い方」

「事実」

「くっそ……もうちょい夢ある感じで始めてくれてもええやろ」


マイルズは横の棚から一冊抜き、開いたまま空中へ浮かせた。


「衣装をお作りになった時と同じです。皮膚のすぐ外を、切らさず一周。押さず、留めてください」

「……で、これ、何に使うん。見た目も地味やし、いまいちテンション上がらへんねんけど」

「言葉で申し上げるより、実際にご覧いただいたほうが早いでしょう」


うわ、嫌な言い方や。


言われた通りに目を閉じる。肩の外、腕の外、指先の手前。そこに薄うまとわりついとる何かを探る。服の時より広い。身体のすぐ外だけ、空気が一枚増えたみたいに引っかかる。


来た。


うっすら、青い感じがした。見えたんやない。色の手触りだけ先にわかった。冷たいでも熱いでもないくせに、青やった。


「……おる」

「そのまま維持を」

「維持ぃ?」

「維持です」

「いや、そこもうちょい何かこう……あるやろ」

「足りております」


気むうももう目を閉じとった。肩の力だけ少し落として、息をひとつ。あいつのほうは探しに行くというより、向こうが勝手に収まってくるみたいで落ち着かん。


「では、一度お解きください」

「へ? うん」


流れを止めた瞬間やった。

マイルズのしっぽが、ぴしっとしなって――


バシッ。


「っいっっっ!?」


思わず腕を押さえる。普通に痛い。


「何すんねんお前!!」

「今のが、バリアの要不要でございます」

「説明が雑!! いや雑とかいうレベルちゃうやろ!!」

「では次。今度は張ったままで」


何やこの授業。治安終わっとる。


文句言いながらもう一回、流れを回す。今度はさっきより少しだけ密に寄せる。肩、腕、指先。皮膚の外に青い膜が張る。さっきより輪郭がある。


「そのままで」


バシッ。


「っ、あ……!」


また痛い。痛いけど、さっきと違う。深さがない。表面で散るみたいな、浅い痛さや。


「……あ。いや、待って。うん、これ、さっきより全然マシや」

「ご理解いただけましたか」

「いや、わかったけど! わかったけど、初回の一発ほんまにいらんかったやろ!!」

「比較には基準が必要ですので」

「教育方針が物騒すぎるねん」


マイルズはそのまま、気むうのほうを見る。


「気むう様」

「ん」

「同じようにお願いいたします」

「……うん」


気むうは立ち上がるのも静かやった。前へ出て、言われた通りに流れを回す。うちみたいに寄せて固めて、やない。最初からそこへ置くみたいに、すっと整う。白っぽい薄い膜が、腕の線に沿うて収まった。


「では」


バシッ。


「……どうですか」

「……痛くない」

「は?」


思わず口が出た。


「え、何それ。全然?」

気むうは少しだけ首を振る。

「……ほとんど」


「うそやろ」

こっちはさっき、ちゃんと“あう”出たんやぞ。


マイルズは何でもない顔のまま言うた。

「今のも、先ほどと同じ力です」

「いやいやいや、絶対ちゃうやろ。今の、明らかに扱い違ったやん」

「同条件です」

「いや、納得いかへんて」


マイルズは一拍だけ置いて、こっちを見る。


「では、もう一度。神い様」

「え、やだ」

「確認ですので」

「こっちはもう十分確認された側なんやけど!?」

「どうぞ」

「圧が強いねん!」


しぶしぶ、もう一回。青い膜を張る。嫌や。めちゃくちゃ嫌や。


「そのままで」


バシッ。


「っあう!!」


さっきよりは浅い。せやけど、やっぱり痛いもんは痛い。


「ほら! やっぱ痛いやんけ!」

「耐えられる程度では?」

「その聞き方ほんま腹立つなあ!」


マイルズは小さく頷いた。


「お二方とも、行使自体に問題はございません。ですが神い様は、《防御(ぼうぎょ)》との噛み合わせがあまり良くないようです」

「は?」

「才能が無い、という意味ではございません。この術式とは相性がよろしくない、というだけで。珍しいことでもございません」

「……うっわ。よりにもよって、いちばん映えへんやつでハズレ引いたんかい」

「概ね、その認識で差し支えございません」

「差し支えしかないわ。何で異世界来て最初に向いてへんのが“守り”やねん。そこはもうちょい、こう……主人公補正とかあるやろ普通」


横で、気むうはもう椅子へ戻っとった。何も言わん。ただ、戻る前に一回だけ自分の指先を見た。さっきの流れが、まだそこに薄う残っとるみたいに。


マイルズは黒板の後ろに置かれた木箱を開け、そこから折りたたまれた茶色い外套を取り出した。


嫌な予感しかせえへん色やった。


「神い様のように、《防御》との噛み合わせが弱い方には補助具を用います」

「うわ、何やその“よくあるやつです”みたいな言い方」

「実際、そうですので」


マイルズはその茶色い外套を、うちのほうへ差し出した。


補助衣(ほじょい)でございます。これをお召しください。保持を底上げいたします」

「……これ?」

「はい」

「何でよりにもよって、その、びっくりするほど夢ない茶色なん」

「機能に色彩的浪漫は不要です」

「不要とか言うなや。あるやろ。ちょっとは」


ぶつくさ言いながら受け取る。


重い。

しかも、広げた瞬間からもう嫌な予感しかしいひん。

袖。長い。

裾。長い。

フードまでついとる。


「……あかん。見んでもわかる。絶対ダサいやつや」


それでも着ろ言われた以上、着るしかない。

袖を通す。

肩に乗る。

フードまで被った瞬間、視界まで終わる。


うちはその場で固まった。


「……何これ」


鏡なくてもわかる。終わっとる。


「うち、今、村の外れの怪しい祈祷師みたいになってへん?」


気むうは答えへん。

けど、睫毛だけ一回ぴくっと震えた。

笑うたやろ今。


「防御補助としては有効でございます」

「見た目が無効やねん」

「見た目は要件に含まれておりません」

「含めとけや!!」


思わずフードをむしり下ろす。布が首元でひっかかって、余計に情けない。


……爆裂魔法まで遠い、やない。

その前にまず、この地味でダサい坂を登れとか、あまりにも嫌がらせやろ。

異世界まで来て何で初手がこれやねん。ほんまふざけんなや。

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