脱げ言うな
「……は?」
うちと気むうの目が、ほぼ同時にマイルズへ刺さった。
マイルズはいつもの整いきった声のまま、何でもない手順みたいに続ける。
「お衣装をお作りするには、お身体全体の流れを使います。肩、背中、腕。何かお召しのままでは扱いづらうございます。必要でしたら、下着はそのままで結構です」
「…………え?」
聞き返したんやない。
頭ん中で何かがひっくり返って、そのまま床へ落ちた。しかも着地だけ派手に失敗した音がした。
「……今、何て?」
「寝間着を――」
「ふざけてんのかお前ぇぇぇ!!」
気づいたら、うちは両手でマイルズの毛玉胴を掴んどった。
「お離しください、苦しゅうございます」
「苦しゅうございますやあらへんわ!! 何でそんな事務連絡みたいな顔で“脱げ”が出てくんねん!! 変態毛玉かお前は!!」
「変態ではなく、必要手順でございます」
「必要やったら何でも通る思うなや!!」
ほんま何やねん。
こっちはさっきまで、
「うわ、ついに魔法や! やっと魔法や!」
ってなっとったんやぞ。
それが何や。
いざ来た思たら、
「ほなまず半裸になってください」
やて。
誰が喜ぶねん、こんな導入。
「お離しください、神いお嬢様。服が乱れます」
「知るか!! こっちの心のほうが先に乱れとるわ!!」
その時や。
「……それで進めるの」
気むうが小さく言うた。
うちもマイルズも、そっちを見る。
「はい。先へ進めます」
それだけで、気むうはもう寝間着の裾へ指をかけとった。
……くそ。
そういう時だけ、黙って先いくなや。
「……わかったわ」
うちはようやく毛玉を放す。
「やる。やるけどな、ちょっとでもこっち見たら、お前の毛ぇ一粒ずつ分けて別の生き物にしたるからな」
「承知いたしました。以後は流れのみで把握いたします」
そう言うと、マイルズは毛玉胴をくるりと反転させた。ふわふわの背中がこっちへ向く。しっぽだけが、位置を探るみたいに静かに揺れた。
「あと、これ、ちゃんと屈辱やからな。手順です、で流すな」
「承知いたしました」
「二回言うな、腹立つ」
くるっと背を向けて、寝間着を頭から引っこ抜く。布が足元へするりと落ちた。
下着だけになった途端、肩から先へ空気がべたっと寄ってくる。別に大して出てへんのに、急に丸腰や。嫌や。めちゃくちゃ嫌や。
横では、気むうがもう静かに寝間着を畳んで脇へ寄せとる。
何やその静けさ。
こっちは脱ぐだけで心拍数が非常ベルやぞ。
背を向けたままのマイルズが、淡々と告げる。
「では、始めます」
その声で、意識を無理やり引き戻される。
「肩口から肘、肘から手首、手首から指先まで。切れ目なく輪としてお感じください。押さず、追わず、散らさず」
「はいはい。輪やろ。今のうち、輪どころか人の形保つので精一杯やけど、やったるわ」
「どうぞ」
よし。
もうええ。
ここまで来たら意地や。
服つくる。
魔法やる。
下着のまま終わるとか、それだけは死んでも嫌や。
肩の外側で、何かがぬるっと触れた。
風やない。
熱でもない。
せやのに、肌のすぐ外だけ密度が違う。薄い何かが肩口へ寄ってきて、腕の外を這う。手首でほどけて、指先まで行った思たら、また戻る。
「……おる」
指先の時とは比べもんにならへん。広い。
広いし、落ち着かん。肩におるくせに肩だけのもんちゃう。よう動く。じっとせえへん。触った感じだけ残して、形だけ逃げる。性格悪い。
「ちょ、待って待って……っ、来とる来とる来とる、何か来とる!!」
焦ったら散る。
わかっとる。
わかっとるけど、来とるもんは来とるやろが。
そう思うた瞬間、ぶわっと何かが肩から胸へ絡みついた。
「何やこれ……!?」
白っぽいもんが肩から胸元へざばっと掛かって、途中で編むん諦めた網みたいなんがだらんと垂れた。着るためやのうて、捕まえるためだけに生まれてきた顔しとる。
背中越しに、マイルズの声だけが飛んでくる。
「保持が粗うございます」
「何やねん、もう……」
引き剥がして床へ放る。
ぱさっと落ちたそいつは、最後まで服のふりすらせえへんかった。
最悪や。
せやけど――
「……いや、出たやん」
横が目に入る。
気むうのほうでは、白い流れが騒がへんかった。最初から落ちる場所だけ知っとるみたいに、肩の線へ沿うて、すっと薄う広がっていく。
ふわ、と白が止まる。
まだ粗い。
まだ薄い。
でも、布やった。
胸元を覆う前身頃みたいなんが一枚、あいつの上で静かに形になっとる。
「……は?」
背を向けたままのマイルズのしっぽが、ぱち、と一回だけ床を打つ。
「良好です。もう布へ入っていらっしゃる」
「何であっちはもう布なん……!」
「落ち着いて拾っておいでですから。神いお嬢様も、どうぞお静かに」
「うぅ……」
ちっ、と息を鳴らして、もう一回肩へ意識を戻す。
網やない。
布や。
最初から布でいく。
肩のまわりをうろついとる薄い流れを、腕の線へ沿わせる。逃がさん程度に寄せる。手首まで行ったら輪のまま返す。追わん。引っ張らん。固めすぎへん。
寄る。
散る。
寄る。
今度は、散り方がちょっと鈍い。
「……残れや」
ぽん、と肩口で軽い音がした。
今度は、細い布の束やった。
縄やない。
せやけど、服でもない。
裂いた端切れを、肩から胸へ無理やり引っかけたみたいな仕上がりや。
「いや、ちょ……何これ……」
「先ほどよりは安定しております」
「……うっさい」
でも、さっきの網よりはずっとマシや。
腹立つことに、ちゃんと前へ出とる。
床へ落ちた端切れを見て、うちは鼻で笑う。
「……布や」
横では、気むうの白がもう少しだけ厚みを持っとった。さっきの前身頃へ、今度は肩口のぶんが寄って、袖になりきる手前で静かに留まる。
まだ途中や。
せやのに、もう勝手に“着るもん”の顔しとる。
「……はっや」
悔しい。
その悔しさごと、うちはもう一回流れを拾う。
次は束やなくて面や。
肩から胸へ、胸から腹へ。細かいことはあとや。まず、着れる形だけ持ってこい。
ぽん。
「……おっ」
出た。
……けど、今度は胴の前だけやった。
前掛けみたいなんが一枚だけ、胸から腹へぶら下がっとる。横も背中も寒々しいままや。守る気ぃ、ゼロ。
「いや、でもこれ……ひどない?」
「一応、前進ではございます」
前進やて。
どこがや。
うちはそれをひっぺがして、息を吸う。
一枚で全部やろうとしてアホ見たんや。
上と下を分ける。
肩の外を回る流れは上だけに使う。腰から下のぶんは別で引く。無理に繋げへん。留まる場所だけ先に決める。
ぽん、ぽん、と軽い音が続いた。
上半身に、くすんだ橙。
下には、ほんまに短い黒の短パン。
「おおっ」
上下ある。
着れとる。
やっと人の格好や。
……せやけど。




