エネルジアやん
「──えっ。服!?」
「いきなりそこ行くん!? まず着てからやろ!? うち今パジャマで神になる気ぃ満々やったのに!!」
部屋が一瞬だけ静まった。
マイルズはいつもの整いきった声で、
「左様でございます」
とだけ返した。
腹立つ。
会話の事故を、毎回それで処理できる思うなよ。
「……で、何したらええの」
「服をお作りください」
「それは聞いたわ! どうやって、っちゅう話や! 指こうやって振ったら、布がぼんって出るんか!?」
言いながら、うちは手ぇをぱらぱら振った。なんかそれっぽいやつ。昨日の赤いのとか今日の毛玉とか、こっちは見本が雑すぎて逆に困っとるねん。
……出えへん。
「マイルズぅぅぅ!! 一ミリも出ぇへんやんけ!!」
「順番が逆でございます」
「何の!?」
「感じる前に振っても、ただ振っているだけです」
「うわ、いきなり現実寄りやな」
気むうはベッドの端に座ったまま、袖口をつまんで、指先がちゃんと出る位置まで布を少しずらした。何となくやった仕草には見えへんかった。
マイルズはふわ、と少しだけ高さを上げた。偉そうやな、思たけど、前みたいな“裁く側”の圧はない。ただ、授業始める時の空気やった。
「では、先に基礎から。エネルジアを扱っていただきます」
「……エネル、何」
「エネルジアです。魔法が形になる前に、必ず一度そこを通る流れ――そう覚えてください」
「流れ」
「火であれ、布であれ、先にそれが寄り、留まり、そこから形になります。逆に申せば、それを拾えなければ、何も始まりません」
「……要するに、元手みたいなんが先におるってことか」
「大きくは外れておりません」
そこで、気むうが小さく言うた。
「……服を作る意味は」
来た。
声ちっさいくせに、そこだけ空気切れるん何やねん。
マイルズは一拍だけ止まったあと、すぐ答えた。
「結果が見えやすく、危険が少なく、失敗しても部屋が残るからです。加えて――お二人とも、切実でしょう」
「最後の理由だけで納得させに来るなや」
マイルズは声色ひとつ変えずに答えた。
「有効でございましたので」
うわ、認めよった。
でも、たしかに切実や。
この寝間着のまま城うろつけ言われたら普通に嫌やし。
「では、深く吸ってください。押し出そうとなさらず、まず探してください。皮膚のすぐ外――とくに指先のまわりに、薄くまとわりついているものを」
うちは半信半疑のまま息を吸った。
何もない。……いや、何もない思うた次の瞬間、指の先だけ、変な感じがした。風でもない。熱でもない。触れてへんのに、手と空気の境目だけ少し引っかかる。薄い膜みたいなんが、指の動きに半拍遅れてついてくる。
「……何かおる」
「それで結構です」
「その“結構”がだいぶ雑やねん」
「初手で名称まで求めておりませんので」
腹立つけど、たぶん正しい。
うちは指を閉じたり開いたりしてみた。すると、その“何か”も遅れて寄ったり散ったりする。気のせいか思うたけど、二回、三回やると、たしかにおる。皮膚の上やのうて、皮膚のすぐ外に。
「……何やこれ」
「順調でございます」
「ほんまかいな」
今度は少しだけ真面目に手ぇを前へ出す。さっきみたいに振り回すんやのうて、そのへんにおる薄いもんを、逃がさんように寄せる感じで。
寄る。
散る。
寄る。
「……待て、待て」
今のや。
今ちょっと、寄った。
もう一回、と思って、つい力んだ途端、ふっと消えた。
「あっ」
「押し込むと散ります」
「先に言えや!」
「今お伝えしました」
こいつ、ほんまに教師向いとるんか向いてへんのか、ようわからん。
マイルズはそのまま続けた。
「押せば散ります。寄せれば残ります。残ったものへ、最後に形を与えてください」
……押したら散る。寄せたら残る。
今度はわかった。
さっきのは、うちが急ぎすぎたんや。
もう一回。
今度はねじ伏せるんやなくて、指のあいだ通すみたいにやる。寄せて、止めて、布を思う。服は無理でも、せめて布。
ぽん、と軽い音がした。
出た。
うちは反射で前のめりになる。
空中に出たそれは、ふわっと揺れて――次の瞬間、床に落ちた。
「……糸?」
布やなかった。
ほつれた糸が何本か、まとまり損ねたみたいに落ちとる。しょぼい。しょぼいけど、さっきまでゼロやったもんが今は床におる。
「出た!!」
「出ましたね。感知、保持、初期成形。最初の段階としては充分でございます」
「急に項目増えたな!?」
マイルズのしっぽが、ぱち、と一回だけ床を打った。拍手のつもりやろか。いや、その体でようやるわ。
「うわ、うち今、魔法した!?」
「基礎としては上々です」
「基礎でこれ!? 伸びしろの塊やん!!」
「前向きで何よりです」
横を見る。
気むうはもう、うちやのうて自分の指先を見とった。さっきから静かなままやのに、そこだけ妙に起きとる。
「ほら、気むうも」
「……やる」
小さく言うて、気むうは腕を出した。
うちみたいに気合いもポーズもない。ただ、そこにあるもんを起こさんように、そっと置くみたいに前へ。
そのまま、指先がほんの少しだけ動く。
静かやった。
せやのに、空気の寄り方がさっきのうちと違う。暴れへん。追い回してへんのに、逃げる前にその細い指のまわりへ収まっていく。袖の影から出た指先のまわりだけ、最初からその薄い膜の居場所が決まっとるみたいで――いや、待ってました、みたいで、見てるこっちのほうが落ち着かん。
ぽん。
落ちた。
今度は糸やない。太めの束が四、五本、粗いままやけど、ちゃんと面になりかけとる。布未満やのに、さっきのうちのよりずっと布寄りや。
「うわ」
声が出たんは、うちのほうやった。
マイルズのしっぽがまた、ぱち、ぱち、と鳴る。
「お見事です。お二方とも、初期出力としては上々です」
「いや待って。何であいつのほうがちょっと上手いねん」
「神いが雑」
「今いちばん刺さる言葉それやぞ」
……ちぇっ。
でも、出来とるやんけ。
マイルズは二人の前まで来ると、寝間着の袖をしっぽの先でちょんと示した。
「では、本題に戻ります。糸や布片ではなく、着用可能な形まで持っていきます」
「よっしゃ来た」
「そのため、先に条件を整えます」
嫌な言い方や。
「何」
「今は指先の反応だけで済んでおりますが、衣服として成形するには、皮膚の近くで流れを崩さず回す必要がございます。布が一枚挟まるだけでも、感知も保持も鈍ります」
そこで一回、間が空いた。
うちは気むうと同時にマイルズを見た。
横で、気むうの指が寝間着の袖をきゅっとつまむ。
……おい。
その反応でだいたい読めてまうやろ。
マイルズは、いつもの顔で続けた。
「まずは寝間着をお脱ぎください」




