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黒嵐戦記 二部  作者:


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第九話

前回のあらすじ

ついにデリント攻略が始まった。陽動を任された迅雷騎士団の将は、見事その役割を完遂する。残るは、デリントへと向かった戦闘部隊が任務を達するのみ。迅雷騎士団への援軍として同行したゼロスは、背負っている大剣を鈍く光らせていた。


誤字脱字等、ご容赦ください。

「……ラキア達はうまくいっただろうか」


 デリントまでの道中、ガラードはすっかり暗くなった空を眺めながらそうつぶやいた。目的地までは残り僅か。いささか強行したおかげか、日を跨ぐ前にたどり着けそうであった。彼の隣を歩くイナは、疲れた様子も見せずに言う。


「ええ、きっと。……私たちにできるのは、ラキア達を信じて戦うことだけです」


「……ああ、そうだな」


 決意を新たにした彼らの前に、わずかな明かりが映る。疲労で垂れていた頭がゆっくりと持ちあがる。さらに歩みを進めると、明かりの数が増えていく。そして、その明かりに照らされ、屋根や壁などが見え始めた。……デリントだ。彼らはついに目的地であるデリントへとたどり着いたのだ。ガラードの後に続いていた団員たちも「おお」と小さく声をあげる。


「……とりあえず、少し休もう。このままじゃまともに戦えん」


 ラキア達の陽動がうまくいったからか、それともこの道を使うと考えられていないからか。いずれにしろ、デリントの警備は手薄だった。彼らはその隙をつき、街のわきを通り抜け、丘の下へと身を隠した。草の上に寝転がり、身体を休める。夜風は冷えるが、火をつける訳にはいかない。彼らはわずかな星明りを頼りに手荷物を漁り、干し肉をかじって空腹をしのいだ。


「……大丈夫か?」


「……冷えますね」


 ゼロスは隣に腰を下ろしているアイリーンに声をかけた。彼女は夜風を身に浴びる度、寒そうに震えている。ゼロスはすぐに自らの外套を脱ぎ、彼女の方にかぶせた。


「これで少しはマシになるだろう。……匂いは我慢してくれ」


「……いえ、あなたの匂いには慣れてますから。ありがとうございます」


 アイリーンはゼロスから受け取った外套を両手で手繰り寄せ、身をくるむ。そしてそのまま草の上に寝転がり、まるで子供のように丸くなって目を閉じた。その様子を見届けたゼロスはわずかに目を細め、その隣で仰向けに寝転んだ。




 それから一時間後。ガラードが声をあげる。


「お前ら、そろそろ行くぞ。まだ万全じゃないだろうが、いつまでもこんなところにいたって万全になるわけがねえ」


 ただの草の上、貧相な食事、冷える夜風と、ここは十全に回復できる環境ではない。目的のためにも、そして疲れ切った身体を癒すためにも、いち早く街を制圧し、休息をとる必要がある。


「俺たちが来た南側は警備が手薄だ。門番をなぎ倒して中に雪崩れ込む。その後、敵兵を排除して街の制圧は完了だ」


 ガラードの口から大まかな作戦が説明される。しかし、これと言った策などない、ただの正面突破だ。


「単純だな。だが、それがいい。仲間が疲れを残している今、策を弄したところで綻び程度にしかならんだろう」


 ゼロスが背負っていた大剣に手を伸ばす。彼はすでに戦う準備は万全のようだ。他の者達も、面倒な策がないと分かったからか、やる気をたぎらせている。士気は十分だ。


「……ラキア達は待たない。行くぞ」


 先陣はガラードが務めた。掛け声とともに丘を駆けのぼり、真っ暗な空に剣を掲げる。街から漏れだした明かりを剣の切っ先が反射し、まるで夜空に輝く星のように見えた。団員たちはその星を追いかけるように走る。デリント攻略隊は静かに街へと迫っていた。


「何奴⁉」


「どけっ!」


 南門の門番が彼らの存在に気づくが、ガラードはすぐに門番の首を叩き斬る。幸い大きな騒ぎにはならず、彼らは守りが手薄な南門から街の中へと侵入することができた。


「ここからは手分けするぞ。歯向かう者は殺せ!……行け!」


 ガラードの号令で団員たちが一斉に街中へと駆けていく。すると、そこらじゅうで喧噪が聞こえてくる。どうやらまだアバニア兵はそれなりに残っていたらしい。


「私たちも行きましょう」


「……ああ、わかった」


 ゼロスたちも迅雷騎士団の者達に続き、手分けして街中へと足を踏み入れた。少し先を見れば、団員とアバニア兵が剣を交えている。街の住人達も加勢しており、戦いは想像以上に激しいものになっていた。……ゼロスとアイリーンの二人の前にも、住民らしき人物が立ちはだかる。手には小ぶりな斧が握られていた。


「来いよ、帝国の犬どもが。街は渡さねえぞ」


 声は震えているが、一歩たりとも引こうとしない。アイリーンは剣を抜かずに歩み寄ってみるが、彼は斧を空振りして威圧する。


「待ってください!話を……」


「話だあ⁉お前らの話なんか聞くつもりはねえ!さっさと来やがれってんだ!」


「……そんな。街の住民を斬らねばならないのですか……?」


 アイリーンは明らかに狼狽している。武装しているとはいえ、兵ではなく民が相手だからだろうか。……ゼロスが彼女の一歩前に出た。


「……これが戦場だってことを、俺たちは忘れていたんだ。……武器を向けてくるのなら、それはもう『敵』だ。歯向かう者は殺すしかない」


 ゼロスは背負っていた剣を強く握りこみ、まるで思いすら断ち切らんばかりに剣を叩きつけた。住民の男は叫ぶ間もなく押しつぶされ、哀れな肉塊へと変わっている。彼は一度剣を振るってこびりついた血を払う。アイリーンはその様子を、一度も瞬きすることなく見つめていた。強く拳を握るあまり、腕が震えている。……彼女は一度深呼吸をすると、亜空間から剣を取り出した。そして、まっすぐな眼でゼロスを見つめる。


「ごめんなさい、少し、揺らいでいました。ですが、もう大丈夫です。……私が何のためにここにいるのか、心に刻みなおしました」


 彼女はそう言ってゼロスの横を通り過ぎ、おどりかかってくる住民の刃を受け止め、返しの一撃で右腕を刎ね飛ばす。敵は痛みに悶え石畳の上を転げまわるが、彼女の剣は鈍らなかった。胴をついてとどめを刺す。まだ動けるようだが、今すぐ処置を受けない限りはすぐにでも息絶えるだろう。……死にかけの男は最期のあがきと言わんばかりに手を伸ばしたが、それは誰にも届くことはなかった。


「ふざけるなよ帝国の奴らめ!このまま街を明け渡すとでも思うなよ!」


 団員たちと刃を交えていたアバニア兵たちが一斉に街のある地点へと集まっていく。街の中央には特段目立つ大きな建物があった。彼らはそこへと駆け込み、近づく者達へ矢の雨を降らせている。


「……それなりの防衛手段はあったのか。セシルからの報告じゃそんな話はなかったが」


 民家の屋根の下に身を隠し、矢から身を守っているガラードは、セシルの調査不足に対して愚痴をこぼす。だが、隣にいたイナは迷うことなく腰に下げていた刀に手を伸ばした。


「時間をかければマーゴからの援軍が来てしまいます。多少無理をしてでも、奴らを止めなければ」


 イナは上体を地面と水平になるまで深くかがめ、一気に地面を蹴って屋根の下から飛び出す。降り注ぐ矢から自分に当たりそうな物だけを切り落とし、無傷で建物に入り口に接近した。彼女が扉に手をかけようとすると、思いきり扉が開かれる。中からアバニア兵があふれ出すように現れ、一瞬にしてイナを取り囲んだ。


「悪く思うなよ。もとはと言えばこの街に攻め込んできたお前らが悪いんだからな」


「……では、これから起きることも、悪く思わないでいただけると。悪いのは、私を取り囲んだあなたたちですから」


 彼女がそう口にした瞬間、まばゆい光が円を描いた。彼女を取り囲んでいた敵兵たちは、手や腕などを失い、その場で腰を抜かしていた。イナはそのまま建物の中へと足を踏み入れようとするが、またもや敵兵が立ちはだかる。どうやら街に残っていたアバニア兵のすべてがこの「防衛塔」に集まっているようだ。


「持ちこたえるぞ!マーゴからの援軍はすぐそこだ!」


 夕闇に紛れてすでに援軍を求める早馬をマーゴに向かわせていたらしい。塔の上方からそのような励ましの声が聞こえてくる。イナの勢いに気圧されていたアバニア兵たちの抵抗も激しくなっている。彼女も負けじと刀を振るうが、あふれかえる敵兵を前にして、存分に刀を振るえなくなっている。力で押しとどめられ、じりじりと距離を詰められていた。彼女の手助けをしようと屋根の下から飛び出したところで、降り注ぐ矢が何度もその身体を射抜く。防衛塔にたどり着くこともないまま亡骸ばかりが増えていく。


「……面倒なことになっているな。籠城戦と言ったところか」


 そこへ、ようやくゼロスとアイリーンたちが姿を現した。街の外周から虱潰しに戦っていたため、街の中央にたどり着くまで時間がかかったのだ。


「あ、あそこにイナさんが。……追い詰められているようですね、早く助けなければ」


「……ひっくり返すか」


 ゼロスはそうつぶやくと、背負っていた剣に手を伸ばした。鞘から抜くような勢いで剣を振り上げると、塔目掛けて剣を投げつけた。ものすごい音と衝撃を生み出しながら、剣は塔の壁に突き刺さる。


「な、なんだ⁉何が起こった⁉」


 いきなり襲ってきた地震とも違う衝撃に、塔内部にいたアバニア兵たちは動揺を隠せない。その間、わずかではあったが矢の雨が止まった。ゼロスはその隙を縫って飛び出すと、壁に突き刺さった剣の柄を握りしめる。そして剣を引き抜かずにそのまま塔の外周を走り始めた。


「うおおおおお!」


 塔から何かが炸裂するような音が聞こえる。外壁の石は力ずくで砕かれ、亀裂が四方に走っている。ゼロスが一歩進むごとに炸裂音は響き、亀裂はより大きく深くなっていく。そしてそこから粉塵が飛び出した。塔がとてつもない力を受けて悲鳴を上げているのだ。


「奴を止めろ!なんとしてでも止めるんだ!」


 このままでは、たった一人の人間に塔を壊されかねない。今までに一度も抱いたことのない恐怖を覚えたアバニア兵は、まず何よりもゼロスの強攻を止めることを選んだ。だが。


「……『無双剣・万雷』!」


 敵兵の包囲から解き放たれたイナがその隙を逃すはずはなかった。球をなぞるように振るわれた刀が敵兵を斬り刻む。一瞬にして立場が入れ替わってしまった。その上、ゼロスが作った隙に他の団員たちも塔に詰め寄っており、彼らがゼロスに近づくことはほぼ不可能と言えるほどになっていた。そしてついに、その時が訪れる。ミシミシと音を立てていた塔は、亀裂から一斉に粉塵を吐いたかと思うと大きな音を立てて崩れ始めて行った。


「全員、そこから離れろ!」


 ガラードのとっさの叫び声も崩れていく音によってかき消されてしまう。すべてが崩れ去り、その場には土煙が立ち込める。……煙が晴れた先には、地面の上に転がる団員たちの姿があった。舞い上がった土煙のせいで鎧は汚れているが、どうやら命に別状はない。崩壊に巻き込まれぬように逃げようとしたところ転んでしまった者もいるようだが、手足を擦りむく程度で済んだようだ。……そして、塔崩壊の原因であるゼロスは、瓦礫の前で仁王立ちしていた。


「……お前、随分と派手にやったな」


「戦況が拮抗した以上、動かすための一手が必要だ。それに、ここで時間をかければいずれ来るであろうマーゴからの援軍と戦えない」


「……まあ、早く片付くのはありがたい限りだ。やっとあいつらを休ませられる」


 デリント到着からおよそ三時間後。迅雷騎士団とその援軍は無事とは言い難いが、街を制圧することに成功した。




 それから三時間後。負傷した団員への手当てを済ませると、すでに日が昇っていた。朝焼けに照らされたデリントの街は、思っていたよりも住民の抵抗が激しかったこともあり、いたるところで戦いの跡が残っていた。


「……ふう。これで、全員かしら……」


 団員の手当てを済ませたアイリーンは、椅子に座ったまま大きく伸びをする。病室はすでに寝息で埋まっていた。このまま休んでもいいが、一度外の空気を吸いたくなった。街の端の方にあった診療所から出ると、入り口前の小さい段差にゼロスが腰かけていた。彼はドアが開いた音で振り返ると、「お疲れ様」と短く言った。アイリーンはその隣に座る。


「あいつらの怪我はどうだ?」


「幸い、致命傷を受けた者は一人も。矢が何本も刺さった者もいましたが、彼も落ち着きましたし」


「そうか。……何とか生き残ったな」


 朝日に目を細めるゼロスのことが、アイリーンは無性に気になった。彼は大抵、戦いが終わった後にいちいち振り返るようなことは言わない。……何か引っかかっているのだろうか。


「……何か、ありましたか?」


「俺たちは、何をしているんだろうと思ってな。戦争をすると決めたのは俺たちじゃない、皇帝だ。……だが、傷つくのは俺たちばかり。今日だって何とか生き残ったが、死ぬ奴がいてもおかしくなかった」


「しかしこの戦いは、戦う術を持たない者を代わりに守るために……」


「わかってる。……けど、それは俺たちが戦う理由だ。皇帝が、アバニアの国王が戦うことを選んだ理由じゃない。俺たちは、あいつらの欲望のために戦わされているに過ぎないんだ。……それが、たまにとてつもなくむなしく思える」


「……ゼロスさん」


 アイリーンはどう言葉をかけるべきかわからなかった。普段弱音の一つも言わない男が、目の前で弱音を吐いている。何か言葉の一つでもかけるべきであろうが、何を言えばいいかわからなかった。だが、そのまま黙っているわけにも行かない。「その……」と口を開いたところでゼロスは段差から立ち上がった。


「……悪い、面倒なことを話したな。……心配しなくとも、戦いに手は抜かないさ」


 そういうゼロスの顔には死相が浮かんでいた。このまま行かせれば、死相がこびりつく。もしかすると、次の戦いを死に場所に選んでしまうかも知れない。アイリーンはとっさに声をあげた。


「待って!……私は。……私も、そう思う時はあります。昨日だって、住民と戦わないといけないと知ったときは、剣が鈍りそうにもなりました。それでも、あなたが剣を振るったから、私は剣を握ることを選んだ。……でも、上の人が何を考えているかなんてどうでもいいじゃありませんか。私たちはただ生き残るだけで。……最初に抱いた思い、『守りたいものを守る』ことさえできれば。いざとなったら、皇帝からも守りましょう、守りたいものを。ゼロスさんには、それだけの力があるはずです。……私も、力不足かも知れませんが手助けします。ですから……」


「……ありがとう。気を遣わせたな。……いざとなったら、皇帝からも守る、か……。そうだな、皇帝が俺の守りたいものに手を出すのなら、その手を斬り落とせばいいか」


 ゼロスは笑みを浮かべた。顔にこびりつきかけていた死相はいつの間にか消え失せている。アイリーンは大きく息を吐いて近くにあった柱へと寄りかかった。目の前で、誰かが死ぬかも知れないという危機を乗り越えたのだ。


「……すまないな、疲れさせたか」


「いえ、誰しも悩みの一つぐらいはありますから。……私だって、騎士団になる時はゼロスさんに弱音を吐きましたし、おあいこさまです」


「そういう物か?」


 あまり納得がいっていなさそうなゼロスに対し、「そういうものです」と念押しするアイリーン。彼女は続けて「今日はもう休みましょう」とゼロスの腕を抱く。彼は「そうしよう」と言って、彼女を振りほどくこともせずに割り当てられた休憩所へと向かっていった。




 二時間後、陽動に出ていたラキア達もデリントへとたどり着き、迅雷騎士団全員が終結した。デリントのアバニア兵はマーゴへ援軍を求める早馬を出していたようだが、防衛塔の崩壊を見たためかデリントの奪還を諦めたようだった。これで無事とはいいがたいが、ひとまず新たに制圧した地を得た事となった。


「烈風騎士団の精鋭よ。此度の協力に感謝するぞ」


 会議室代わりとなった街の酒場で、ゼロスとアイリーンはガラードから感謝の言葉を受け取っていた。ゼロスは普段と変わらない様子であったが、アイリーンはそうではなかった。納得がいっていないような、不服そうな表情を浮かべていた。


「……どうした?せっかく勝ったってのに、そんな浮かない顔をして」


「結局、私はほとんど戦いに貢献できなかったな、と。塔を破壊したのはゼロスさんですし……」


 ゼロスありきで三番隊は援軍として派遣され、アイリーンはただのおまけに過ぎなかった。……エリオットからそう言われた彼女は彼を見返すという目的も持ち合わせていた。ただ、それはゼロスのあまりに大雑把な戦い方で霧散したのだが。


「……俺たちからは何とも言えねえな。言い方は悪いが、俺たちは人手が欲しかっただけだ。誰が援軍に来てくれたとしても助かってた」


 気を遣っているのか遣っていないのかよくわからない言い方をするガラード。彼は口を閉じるとゼロスを睨みつけた。「お前が何とかしろ」ということだろう。ならば、これ以上ここにいる理由もない。ゼロスはアイリーンを連れて酒場を出る。


「アイリーン」


「……何ですか?」


 思っていたよりもショックを受けているのか、名前を呼ばれても彼女はうつむいたままだ。その様子はまるで何かに失敗し不貞腐れた子供のようにも見える。……彼は孤児院で暮らしている子に構ってやれなかった時のことを思い出していた。彼は「すまない」と一言謝ると、彼女の頬を両手で包み込むように持ち上げ、無理やりに視線を合わせる。


「ななな、なにを……」


「俺は。アイリーンがいてくれてよかったと思っている。それは、戦場に限った話じゃない。今朝だって、俺の妄言に耳を傾けてくれた」


「そ、それは……。あなたを見過ごせなかったんです。あのまま放っておいたら、あなたは……」


 アイリーンはそこまで言って言葉を濁らせる。涙を見せそうな彼女を前に、ゼロスは話を変えることを選んだ。


「……強い奴は、どんな奴だと思う?」


「……戦場での話ですよね。それなら、もっとも敵兵を倒した者が強いのでは?」


「まあ、答えは一つじゃない。そう言う考え方もあるだろう。……俺は、生き残った者こそが、強いと思う。どんな戦場であっても、生き残り続ける者。……今のアイリーンは、俺の中では『強い戦士』だ。決して俺のおまけなんかじゃない」


 ゼロスの両手はすでに彼女の頬から離れていた。支えを失った彼女はまたもやうつむいていたが、先ほどのように落ち込んでいるわけではなかった。彼からの言葉をかみしめているだけだ。……顔をあげた彼女は、先ほどよりも晴れやかな顔をしていた。


「……そんなことを考えることが間違っていたのかも知れませんね」


「ん?そんなこと?」


「ええ。『私はおまけじゃないと証明する』ということです。……あなたに、守りたいものが守れればそれでいいはずって言ったのに、自分自身がそれに納得していませんでした。……でも、ようやくはっきりしました。自分でも言った通りだったんです。守りたいものを自分の手で守る、それこそが強さだと」


「……ああ、それでいい。……強さにこだわったところで、行きつく先は『影』だろうからな」


 ゼロスはアイリーンに聞こえないよう小声でそう言った。クバル、ガルディア、キース。そのほかにも強さを求めた結果、人の道を外れた者は少なくない。彼女が今すぐそうなるという訳ではないが、いずれそうなるかもしれないのならば、芽は詰んでおく必要がある。


「……話はまとまったか?」


 遠くからガラードが話しかけて来た。向こうの会議も一段落着いたのだろう。


「ええ、お騒がせして申し訳ありません」


「気にするな、こっちは助けてもらった側だからな、少しぐらい面倒ごとに巻き込まれたって構いやしねえよ。……それより、そろそろ戻るのか?」


「そうですね。そろそろ戻らないと団長たちも心配するでしょうし……。いつまでもお世話になるわけにもいきませんから」


「……そりゃそうだよな。帰る時は言ってくれよ、送迎ぐらいは派手にやらせてくれ」


 ガラードはそう言って手を振って去っていった。二人もそれに続くように、言葉を交わすことなく休息所へと戻った。翌日、彼らは出立の用意を整え、デリントの南側へと集まっていた。


「すぐに出るとは思っていたが、まさかもう行くとはな。……まあ、ゆっくりしている暇もないか」


「騒がしくして申し訳ありません」


「いや、謝るなよ。……気を付けろよ」


 アイリーンは「お世話になりました」と言って彼らに背を向けた。マーゴはまだ敵の手中にある。もう一度危険な道をたどらねばならないが、気にしている暇はない。アバニアからの報復も考えると、帰路は急がねばならなかった。彼らはそのまま後ろ手に手を振り、ガラード達に別れを告げる。ガラード達もまた、口々に別れの挨拶を告げていた。




 同刻、アバニア王都、王城内。


「……随分と、してやられてしまいましたな」


「デリントを失ったのはそれほど痛手ではないが、奴らを調子づかせるのは気に食わんな。……アーフェンを呼べ」


「陛下!奴は……」


「……民を思え。帝国の奴らに踏みにじられるというのなら、公国の力を借りるほかあるまい」


「しかし、その後は……」


「確かに、のちが苦しくなろう。……だが、だからと言って今ここで帝国に敗北を喫するわけにはゆかぬのだ」


 レグラスの決意は固い。結局、大臣は王の決意に押され、アーフェンを玉座の間へと呼び寄せた。……わずか数分後、彼が姿を現す。まるでこの時を待ち望んでいたように、彼は不敵な笑みを浮かべていた。


「ようやく決めたか。少々遅すぎる気もするが、まだ間に合うだろう。……では、貴様らは何を差し出す?」


 アーフェンの口から出た言葉は、その場にいたレグラスと彼以外の全員を驚かせた。


「差し出すだと⁉もとはと言えば貴様らが『兵を貸してやる』と言い出したのではないか⁉」


「……大臣殿は、兵を畑から取れると勘違いなされているようだ。陛下は、もちろんご理解いただいているはずですが?」


「土地。土地でどうだ?」


「具体的な数は?」


「……二割」


「それは、もちろん帝国の領土の話だろう?……こんなちっぽけな国の土地を二割など、猫の額にも劣る。……勝利した暁というのは癪だが、まあいいだろう。帝国の領土の二割ならば、ドラガグリフ様も納得されるはずだ。……ひとまず、十万の兵をくれてやろう。指揮権も共にくれてやる、好きに使え」


 玉座の間は静まり返っていた。かろうじて取引が成立したとはいえ、アーフェンのやり方はあまりにも横暴。だが、逆らうこともできなかった。アーフェンはそのまま「では、失礼」と大仰にお辞儀をして去っていった。彼がいなくなった後、そこには怒りとも後悔ともとれるような感情が渦巻いていた。




 聖フラマロス教国、東部港。外交執政官であるフレイルと、その部下を乗せた船が、港から出航しようとしていた。


「ハイテン殿。お見送りにいらしていただけるとは」


「これは、我が国の未来を占う聖務である故。務める者への激励を欠かすことなど決してあり得ぬ。……フレイルよ、しかと、気をつけよ。ミサリオーネの連中が何をしでかすか、もはやわかったものではない」


「……お言葉、しっかりと胸に刻みました。このフレイル、必ずや聖務を成し遂げて帰ることをここに誓います」


「うむ。……良き知らせを、教皇様もお待ちだ」


 フレイルは一度深く頭を下げて船へと乗り込んだ。敵からの襲撃を受けぬよう、貿易用の船であることを表す旗を掲げている。……これは、文部執政官であるアランナの策だった。彼女曰く、「先に決まりを破ったのはあちらなのだから、これぐらい構わないだろう」ということだ。……貿易船に偽装された船が大きく帆を張り、錨を引き上げた。出航の時だ。


「……アバニア、カイナ。果たして奴らは私の話に乗るだろうか……」


 船の甲板の上、フレイルは港を見下ろしながら不安を口にした。吹き付ける風は強く、彼の言葉はすぐにかき消される。そのため、控えていた部下は「何かおっしゃいましたか?」と聞き逃していた。




 聖フラマロス教国を出てからおよそ五時間後。日がわずかに傾き始めた頃だった。フレイルらを乗せた船はアバニアの港に近づいていた。当然アバニア側は覚えのない貿易船の出現に不信感を募らせていたが、船がフラマロスからの物だと分かったのか、港を開いた。


「……出迎えは期待できんな」


 報告で一部始終を聞いたフレイルは、ついでに持ってきていた仕事の山から顔を出し、つまらなそうにつぶやいた。……部屋の外から号令が聞こえる。どうやら錨が降ろされたようだ。わずかであった船旅は一度休息へと入る。……フレイルが船を降りると、予想に反して出迎えがあった。もっとも、国王などではなく一介の大臣が出迎えに来ていたが。


「……貴殿は、聖フラマロス教国のフレイル殿ではないか。船を貿易船に偽装してまで、如何なる用事か?」


 出迎えに来た大臣はそれほど歓迎してくれてはいない。……当然と言えば当然だろう。そもそも、アバニアは戦時中。怪しい船を港に入れてくれるだけでも、対応としてはマシなのだ。……それほど親切な相手に失礼があってはいけない。フレイルは包み隠さず、目的を口にした。


「ぜひとも、レグラス陛下への謁見願いたい。用向きは……クリステッド公国の蛮行について」

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