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黒嵐戦記 二部  作者:


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第八話

前回のあらすじ

アバニアはモーテルムを諦めてなどいなかった。大波のような軍勢を引き連れ、烈風騎士団に向かって侵攻してきたのだ。彼らは迅雷騎士団のちからを借り、何とかこの攻勢を跳ね返す。だが、迅雷騎士団の団員が怪我をしてしまい、デリント攻略に支障が出てしまう。

防戦に協力してくれた恩義に報いるため、エリオットは人手が少ないながらも援軍を派遣すると決めた。

「陛下!ミーリストの独断専行、許して置けるものではありませぬぞ!このままでは徒に兵力を浪費するばかりです」


「……とのことだ、ミーリスト。何か弁明はあるか?」


 アバニア王都にて。ミーリストはモーテルム奪還戦の失敗を詰られていた。しかし、彼の表情には焦りもなければ謝意も見受けられない。下げられた顔からはいかなる表情も読み取れない。


「おい、何か言わぬか!陛下が貴様に弁明の機会を与えてくださっているのだぞ!」


「……これも、必要なことなのですよ」


 ようやく口を開いたミーリスト。しかし、彼は多くを語ろうとはせずにいる。レグラスはわずかながら彼に怒りを抱いた。


「私が納得するような説明をして見せろ。できなければ、貴様を国家反逆の首謀者とみなす」


「……モーテルムを制圧している烈風騎士団という集まり。あの中でもっとも厄介なのはゼロスという男です。彼一人で、戦況が変わる。……逆に言えば、彼一人さえどうにかできれば、奴らなど他愛のない存在なのです」


「それは、以前にも聞いた話だ。私が忘れているとでも思ったか?」


「弁明はまだ終わっておりません。……そのゼロスという男の弱点を、探し当てました」


 今まで跪いて顔をあげずに話していたミーリストは、その言葉を口にした途端顔をあげる。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。席を共にしていた大臣の一人は、彼の言葉に食って掛かる。


「陛下!これはこやつの嘘にすぎませぬぞ!罪から逃れようと戯言をほざいているに決まっています!」


「……ふむ。とのことだが。貴様が見つけたというゼロスの弱点、効果はあるのだろうな?」


「当然でございます。しかし、それには幾ばくかの用意がいるのです。……なるべく、『ソレ』に似せなければなりませぬ故」


「『ソレ』とは、一体……」


「近いうちに披露できるかと」


「……いいだろう。ミーリストよ、此度の貴様の独断専行については不問としよう」


 玉座の間が色めき立つ。大臣たちは口々に「陛下!」とレグラスの決定に異を唱えているが、彼はそれを片手で制した。


「ゼロスと言ったな。……奴の噂は以前から聞いていただろう、『神の使い』だの、『鬼神そのもの』だのと。先の奪還戦でも奴に阻まれたと聞く。我らがこの戦いに勝利を飾るためには、奴をどうにかせねばならぬ」


「しかし、こ奴が語る策など信用に値しません」


「……王翼騎士団の団長が編み出した策が信用に値しないのならば、お前はそれ以上の策を編み出せるのか?」


「もちろんでございます。奴を手籠めにすればよいのですよ。所詮奴は男。余るほどの金と女を与えれば揺らぎましょうぞ」


 にやにやと下卑た笑みを浮かべる大臣に、レグラスはどこか呆れたような視線を向ける。そして、彼はその提案をため息一つで取り下げた。


「それで心揺らぐのはお前だけだろう。奴がそうだとは限らん。……賭けるしかないのなら、確率が高い方にするのが賢い選択というものだ。このままミーリストの策を用いる。異論は認めん」


 大臣たちはまだ何か言いたげではあったが、レグラスが発する覇気に押されて頭を垂れた。その中でただ一人だけ、ミーリストだけが楽しそうに口角を釣り上げていた。




 聖フラマロス教国、教皇の間にて。


「カンバール。戦況の報告を」


 たっぷりと白いひげを蓄えた細い老人が会議を取り仕切る。その柔和な表情とは違い、声にはやさしさの欠片が全く存在していなかった。この国で長年生きて来たということを表すかのように、冷たい声だった。カンバールと呼ばれた男は「はっ!」と威勢よく返事をすると席から立ちあがる。巨大な体躯と鋭い目つき。教国内では「軍部執政官」の職に就いている。


「リンハ海岸に攻め寄せていたミサリオーネの逆賊共はすべて鎮圧いたしました。しかし、船でいくらか逃がしてしまいました」


「こちらの被害は?」


「軽傷兵がほとんどです。幸い、死者はおらず、重傷の者もいません。今すぐの追撃も可能です。……しかし……」


 普段はうるさいと叱咤されるほど言葉の歯切れがいいカンバールの口によどみが生まれる。会議を仕切っている老人はすぐさま、「何かあったのか」と問い詰めた。彼は何か悩んでいるようだったが、「悩む必要はありません」と一言言われるだけですぐに口を開いた。


「これは、部下からの報告なのですが……。中央海ミサリオーネ付近にクリステッドの国旗を掲げた船を確認したと。その船はミサリオーネへと向かったようです」


「……クリステッド?教皇様、これは……」


老人が布によって仕切られた先の空間にそう問いかける。少ししたのち、まるで地の底から響くような声が聞こえて来た。


「ドラガグリフは謀った。自ら条約を焼き捨て、世界を我が物にせんとの欲望を露わにしたのだ。これぞまさに、『影を身に宿した者』の所業である。……で、あれば。光輝教の敬虔なる信徒である我らは何をすべきか」


 教皇の問いかけに、会議に参加していた七人は声をそろえて行った。


「悪を成す者には粛清を」


「その通りだ。……フレイル、聖務を与える。アバニアとカイナの両国に赴き、我らへの助力を取り付けよ。手段は問わぬ。……ミサリオーネとクリステッドを攻め滅ぼした暁、奴らには約束した褒賞を与えるとしよう」


「聖務には励みたい所なのですが、一つ懸念点が。奴らは今、この世界の趨勢を占うといってもいい戦いを始めています。勝った方が、クリステッドと相対する力を持つでしょう。……我々の目的のために休戦などするでしょうか」


「……では、なおさらではないか?今ここでクリステッドを亡き者にすれば、世界の実権はその戦いを主導した我らにこそ与えられるものだ。奴らとて、クリステッドはいつか必ず除かねばならぬ障害だということは理解していよう」


 ベールの向こう側にいる教皇はやけに強気である。……先代の教皇は平和主義を掲げていたのだが、息子である現教皇はそれを苦々しく思っていたのだろう。代替わりしてすぐ、聖ミサリオーネ教国との戦争が始まった。フレイルは頭の中に浮かんだ言葉を何とか抑え込むと、「拝命いたしました」と恭しく頭を下げる。教皇の「期待している」との言葉を背に受けながら、彼は教皇の間を後にした。


「……教皇……。あなたは一体何をお考えに……。まるで、これは……」


「フレイル殿、いかがされましたかな?」


フレイルの背後から話しかけたのは、肩に届くか届かないか程度までの長さがある茶髪の女性だった。フレイルの半分ほどの年齢だというのに、フラマロスの教育をつかさどる「文部執政官」の職に就いている。名はアランナである。


「……アランナ殿か。いやなに、教皇様のお言葉を繰り返していたのだよ」


「隠さずとも結構。ここにはハイテン殿はおりませぬゆえ」


 会議を取り仕切っていたしろいひげを蓄えた老人。名はハイテンと言い、すべての執政官を束ねる「総務執政官」の職に就いている。すでに五十年以上務め続けており、先代教皇からの信頼も厚かったという。何よりも有名なのは彼の信仰心であり、異教徒はもちろん、教皇の意に反する言動を取った者も同様に厳罰に処していたという。一説では、現在行われているミサリオーネとの宗教戦争も、彼が現教皇に何かしら言い含めたのではないかと噂されている。


「……教皇様は、何か焦っておられるのではないかと考えていた」


「焦っている?それは、何を?」


「……わからぬ。世界の実権か、はたまたそれ以上の物か。……いや、それ以上の物などないか。兎に角、私には教皇様が何か焦っておられるように思えてならん。確かに、クリステッドの威勢は目に余る。しかし、まだ奴らが条約を破ったと決まったわけではないではないか」


「……確かに、カンバール殿の報告では、『船を見た』だけでしたね。こちらに敵意があるかどうかすら、まだわかっていない」


「そうとも。クリステッドが宗教戦争終結の仲介役を買って出たという可能性も、ないわけではないだろう。……現に、戦争に資源を用いているせいで、諸外国への輸出額は年々減少している。……クリステッドは四つの支配地域を持つ。資源の輸入に滞りが出るのは、奴らとしても避けたいはずだ」


「……フレイル殿の言葉には一理ありましょう。ですが、教皇様はどうやらそうお考えにはならなかったようで」


「だからこそ焦っているのではないか、ということだ。ともかく、教皇様からの命だ。従うほかあるまい」


「まずはどちらに?」


「……どちらでもそう変わるものでもないが、近場のカイナからにしようかと考えている」


「そうですか、それではどうかお気をつけて」


 アランナはフレイルに対して深く頭を下げる。フレイルは「うむ」と返事をして、大股でのしのしと歩きながら去っていった。アランナは彼が曲がり角で曲がって見えなくなったころに頭をあげた。


「さて、どうなることか……」




「よし、揃ったな。……それじゃ、始めようか」


 ガラードは机の上に広げられた地図に視線を落とす。南端のモーテルムから北東のデリントまでは地図上では目と鼻の先程度に見えるが、実際には丸一日かかるほど険しい道のりだと、セシルは言う。


「この道は随分と前に打ち捨てられたらしい。落石事故がひどかったんだと。今は、ここの街道が主に使われていてな、マーゴっていう街が中継地点になっている」


 セシルは地図を指でなぞりながら言った。モーテルムからまっすぐ北に進むと、マーゴという街がある。そこからさらに東に進むことによって、ようやく目的地であるデリントに到着するのだ。彼の言葉にすかさずゼロスが反応する。


「何故中継地点を経由せず、危険と言われる道を選ぶ?」


「理由は二つ。一つ目は、時間があまりないこと。帝都の計画だと、迅雷騎士団はすでにデリントを制圧していることになっている。二つ目は、マーゴの防衛機能だ。モーテルムを起点にアバニアへと深く切り込むには、マーゴをどうにかしなきゃならないのは見ての通り。王都にも近く、ここが守りの根幹を担っている。国のほぼ中央にあるおかげで、ほぼすべての戦場に援軍を送ることができるし、戦力も結集しやすい。中継地点にしていられるほど、簡単に制圧できる場所ではない」


「……そうか、わかった。それで、作戦はどうするんだ?落石事故が相次いでいるこの道をただ突っ走るだけか?」


 セシルによるアバニアの防御についての解説を聞き終えたのち、ゼロスはガラードへと向き直った。このままでは、危険地帯の強行突破が作戦となってしまう。……当のガラードは首を横に振った。


「いや、それは危険すぎる。落石に巻き込まれてしまえば、元も子もない。ここは慎重に進むべきだ」


「だが団長、行軍速度が鈍れば、デリントにいる奴らに気づかれる可能性が高くなっちまう」


「わかってる。それなら……陽動部隊を用意すればいい」


 ガラードは懐から二枚の硬貨を取り出した。


「まず、団を二つに分ける。ここからマーゴに向かい、敵軍の陽動を行う部隊。そして、デリントへと向かう部隊の二つだ。陽動部隊は、敵を引き付けるだけでいい。敵が釣れれば、すぐに撤退してデリント攻略のための後続部隊になればいい」


 彼は懐から出した硬貨を一枚地図の上に置き、指でマーゴが描かれている部分まで滑らせた。


「……そして、その間先行部隊はデリントへの道を何とかして切り開く、と……。強硬突破よりかはいいと思います」

 

 アイリーンはガラードの提案した作戦に賛成のようだ。とれる手立てが少ない中では、的確かつ容易な策だろう。……彼は、ゼロスとアイリーンの二人を見つめた。


「ああ。……で、援軍に来てくれたお前たちには、先行部隊に同行してもらう。危険地帯を慎重かつ迅速に突破するには、それなりの戦力が必要になるはずだ。……腕を貸してくれよ」


「全力を尽くします」

「任せろ」


 二人はそろって違う言葉を口にしたが、頼もしいことに変わりはなかった。ガラードは少しだけ顔をほころばせると、「何とかなるかもな」と希望を口にした。




 数刻後。出立の用意を整えた迅雷騎士団と、その援軍であるゼロスたちは、烈風騎士団の面々からの見送りを受けて、それぞれの目的地に向けてモーテルムから出た。マーゴへの陽動にはラキアとセシル、そして彼らが率いる部隊が向かっている。デリントへの道を行くのは団長のガラードと、イナ、そしてゼロスたちであった。イナはラキアを陽動部隊に加えた団長の決定に納得いっていないのか、行軍の最中ですらそのことを問い詰めていた。


「本当にいいんですか?ラキアの性格を考えれば、陽動どころか本格的に刃を交えることになっても不思議ではありませんよ」


「大丈夫だって。あいつ一人じゃねえんだ。仲間まで危険にさらすとなれば、ラキアも無茶なことはしねえだろう」


「……やはり、私が陽動に向かうべきでした……」


 イナの馬の尾のようにまとめられた髪が揺れる。ガラードは何度か彼女をなだめていたようではあったが、彼女が抱く不安はぬぐい切れなかったようである。


「おい、集中しろ。もう決まったことだ」


「……ゼロス殿。申し訳ありません、心が乱れておりました」


「不安になる気持ちはわかる。俺だって、モーテルムに残して来たあいつらが心配だ。……だがな、ここで不安を口にしていたところで、それは解決にならん。戦場に立つ以上、自分のやるべきことを考えろ」


 ゼロスの言葉を受け、イナは腰に下げていた刀に手を添える。彼女の生まれである北洋でのみ扱われている剣の一種であり、扱うには人並外れた技量を要する。彼女もまた比類なき使い手ではあるが、負けられないという思いから心に揺らぎが生じていたようであった。


「……我が刀が鈍るところでした。感謝いたします」


「気にするな。目の前で迷った挙句死ぬ奴なんて見たくないだけだ」


 セシルの話では、彼らが行く道は落石事故が相次いでいたとのことだが、その痕跡がいたるところに残っていた。道の片側は壁、もう片側は崖になっており、落石によって道幅が削られている。人ならば簡単に通れるだろうが、馬車などが通るとなると話は変わる。片方が脱輪し、立ち往生している間に落石で押しつぶされる。……そんな事故が相次いだ結果、この道は封鎖されたようだった。


「……小石程度で済めばいいが」


 ゼロスは壁側から降ってきた石をつかみ取り、崖の下へと放り投げた。ただの小石程度ならば当たっても痛い程度で済むだろうが、巨石となるとその限りではない。


「全員、あまり離れないように。落石で分断されるかもしれませんから」


 アイリーンは後方を行く三番隊の部下たちに指示を送る。彼らは「了解」と返事をするが、その声には疲れが見えていた。すでにモーテルムを出発して二時間ほど経っている。落石事故がなかったところで、この道があまりにも険しいことに変わりはなかった。足場も悪く、傾斜もある。そんな中を重い鎧を身に着けて移動するというのは、想像をはるかに超える重労働である。


「もともと、こんな道を普通に使ってたとは。アバニアの奴ら、正気かよ」


 先頭を行くガラードも息を切らしている。誰であっても疲労は感じるものだ。だが、デリントまでは丸一日かかる。休憩の予定地まではまだまだ距離があるため、彼は後ろを行く部下を励ましながら歩みを進めるほかなかった。




 一方、マーゴに向かった陽動部隊は、街を視界に収められる丘の上に陣取っていた。そこは「中継地」と称されるにふさわしい規模であった。四方につながる街道はどれも道幅が広く、往来もそれ相応に多い。その上、戦時中ということも相まってか、配備されているアバニア兵は街からあふれかえるほどであった。


「……もし仮に、これ全部を相手にしろと言われたら、お前ならどうする?」


「……さあな、考えたくもない」


 ラキアからの問いかけに、セシルは肩をすくめて答えた。迅雷騎士団のおよそ五倍以上はあるであろう戦力差。いかなる策を弄したところで、完全な勝利というのは難しいだろう。


「ま、今回はおちょくるだけでいいなんて、楽なもんだな。……いつ動くんだっけか?」


「……あと三時間後だ。団長たちがちょうど道のりの真ん中あたりにいるころだろうな。……順調に行っていれば、だが」


「歯がゆいもんだな、向こうがどうなっているかちっともわかりゃしねえなんて。それも、あと三時間も待機だとは……」


 待つことが嫌であり、なおかつもう片方の隊の様子が気になるのか、ラキアはうろうろとその場を歩き回る。セシルは近くにあった切り株に腰を落ち着けながら、落ち着きのないラキアをたしなめていた。


「落ち着けよ。ここでうろうろしてたって何の意味もねえ。無駄に体力を使うだけだ。……仲間を信じて、できることをやる。それでいい」


「……俺としたことが。まさか新入りにそれを諭されるとはな。俺もまだまだか」


「新入りって……。もう何か月も経ってるだろ」


 二人は少しだけ言い合いをした後、軽く笑い合った。ラキアはようやく腰を下ろし、大きくため息をつく。ラキアの周りに漂っていた張りつめていた空気がようやくほどけていく。それに影響されて緊張で固まっていた部下たちも、何とか落ち着いたようだ。




 三時間後、険しい道を進み続けたデリント攻略部隊は、休息をとっていた。もともとは馬車などが故障した際、修理のために切り開かれていた横道だったのだが、今はただの休息所と化している。団員たちは地面と同化するほどの勢いで寝転がり、全身で疲れを訴えている。ゼロスは横道の入り口に見張りとして立っていた。


「ゼロスさん、少し休んではどうですか?見張りなら私が代わりますから」


「俺のことは心配するな、体力なら人一倍ある。……俺よりも、アイリーンの方が心配なんだがな。身体の具合はどうだ?」


「大丈夫です、そこまでやわじゃありませんから」


 アイリーンは軽くほほ笑む。彼女の言うとおり、それほど疲れているようには見えないが、あの時のように気合だけで立っている可能性もある。ゼロスは口で「そうか」と小さくつぶやいたが、その眼には彼女の身を案じるようであった。二人がそんな話をしていると、坂の上が騒がしくなる。


「……なんだ?」


「私たちがここにいるのがバレた、訳ではありませんよね」


 二人は耳を澄ませるが、足音がこちらに近づいてくることはない。それどころか、次第にその騒ぎは小さくなっていく。わずかながら身を乗り出していたゼロスはその体を引き戻すとまた「なんだ」とつぶやいた。


「何かがあったようだが、何もわからんな」


「……マーゴだな。ラキア達が動いたんだ」


「ガラード殿。……動いたとは、陽動部隊のことですか」


「ああ。ちょうどこのタイミングで仕掛ける手筈になっていてな、あの騒ぎはマーゴが襲われたということだろう。……休息は終わりだ、デリントが手薄なうちにもっと近づくぞ」


 ガラードが号令をかけると、すぐに寝転がっていた団員たちが整列し、出立の用意が整う。ゼロスたちも後方に控え、改めてデリントまでの険しい道を歩き始めた。日はわずかに傾き始め、影が伸びている。


「到着は夜になりそうだな。……問題はその後どうするか、だが……」


「疲労を残したままでは十全に戦えませんし、どこかで休めたりはしないでしょうか……」


 休めたとはいえ、それはわずかな時間だ。その上、ただの地面の上では寝転がったところで大して体力は回復しない。彼らはデリント攻略に大きな不安を残したまま、目的地に向けて歩みを進めていた。




「行くぞお前ら!マーゴはすぐそこだ!」


「おお!」


 一方、ラキアとセシル率いる陽動部隊は、傾きかけた日を合図に、マーゴへの突撃を仕掛けていた。真正面からの小細工のない突撃。アバニア兵は当初、彼らを囮だと考え少数部隊での足止めを選んだ。その間、彼らの背後にいるはずの敵本軍を探そうという魂胆である。しかし、周囲の見晴らしは十分によく、櫓の上から見渡したところで本軍らしき大勢の姿は見つけられない。それどころか、足止めのために派遣した部隊はすぐさま壊滅し、街へと足を踏み入れられそうになっていた。


「アバニアなぞ恐るるに足らず!気勢をあげろ!マーゴを我らの物とするのだ!」


 先陣を切るラキアは敵兵の身体を片手だけでつかみ上げ、自らの力を誇示する。彼に続く者も、彼ほどとはいかないが相応の気迫を備えていた。まさに決死の突撃。……アバニア兵はそう判断した。生半可な防御ではたやすく突破され、奴らを流れに乗らせるだけになってしまう。ならばこそ、大きな壁となって、奴らを受け止めるほかない。マーゴに配備されていた兵士はそのほぼすべてが南門の前に集まった。


「……カイナの犬どもめ。狂ったか」


「犬と侮るなよ。奴らは狂犬だ。……先鋒、進め!」


 指揮官の指示に従い、アバニア兵の先鋒隊が出陣する。それだけでもすでに陽動部隊の倍近くの人数差があった。


「どうする?もう退くか?」


「……まだだ!本隊を引きずり出さなきゃ陽動の意味がねえ!……全員気張れ!ここが正念場だ!」


 ラキアの咆哮が仲間を奮い立たせる。皆それぞれ「おお!」と声を張り上げ、一歩たりとも退くつもりなどない。ラキアは魔力を発露させ、全身に雷をまとう。


「さあ、おっぱじめようぜ!」


 ラキアが敵陣に雷を叩き落とし、戦いの火蓋が切られた。ほぼ奇襲と変わらない一撃ではあるが、戦場でいちいち卑怯だなどと気にしていれば、その先に待つのは死に他ならない。その上、倍以上の人数差があるのだ、これぐらいは許されてしかるべきだろう。陽動部隊の隊長でありながら、ラキアが先陣を切っている。雷のこともさることながら、人数差をものともしないような鬼気迫る表情には、いくら訓練を積んでいようと尻込みするものである。


「オラァ!」


 ラキアが渾身の力を振り絞って拳を振り抜く。敵兵の一人はとっさにそれを盾で防ごうとしたが、それは大きなミスだった。彼の身体にまとわりついていた雷が一気に解き放たれる。まるで打ち出された拳が生み出した衝撃波のように、雷が迸る。盾を貫き、鎧を貫き、敵の身体に直接凄まじい衝撃を与える。


「……『過放電』。味はどうだ?」


 答える者など誰一人としていない。体が痺れて口すら動かせないか、すでにセシルの手によって首を落とされているからである。……彼は影の中に潜み、敵の隙をつくつもりでいたのだが、ラキアの派手な一撃により敵先鋒隊はほぼ機能停止となった。ならば、すべきことは一つ。混乱の中にいる敵兵を、知られぬうちに刈り取るのみ。彼はその役割を忠実に果たしていた。


「残らず始末しろ。敵の本軍を動かすんだ」


 部下たちもセシルに続き、剣や槍などを痺れて動けない敵兵へと突き刺していく。容赦など必要ない。戦場では一瞬の甘えが己が身を滅ぼすことになる。皆それぞれ、感じているであろう罪悪感を断ち切るように、刃を振るっていた。……ただ、敵からすればそれは面白いものでもなければ心を揺さぶられるものでもない。ただ、仲間が殺されているだけ。いちいち敵が抱く感情など想像する意味もない。


「これ以上、奴らを調子づかせるな!全軍移動開始!」


 ついに、敵の本軍が動いた。まるで大地がそのまま動いていると錯覚してしまうほど、敵兵が集まっている。……ラキアは一度その場で振り返った。幸い、味方に負傷している者はいない。彼は小さく「よし」とつぶやき、作戦が次の段階に進んだことを確信した。


「お前ら集まれ!ここが正念場だ!」


 わずかしかいない陽動部隊が一所に集まる。敵と比べると、その差は一目瞭然。まるで大人と子供が相対しているようである。どちらが優勢かなどと、いちいち言葉にするのも無駄だと思えるほどの戦力差。……アバニアの者達は、勝利を確信していた。だが。


「……退くぞ!全員撤退!」


 ラキアがそう叫んだ。彼らは敵であるアバニア兵に背を向け、一目散に来た道を戻っている。……戦場においては、特段珍しいことでもなかった。敵兵の突出を誘うための挑発ということが十分あり得るのだ。その場合は後方に敵の主力が控えている場合がほとんどである。……しかし、彼らは違う。


「愚かな。貴様らの後方には如何なるものも控えていないことはすでに分かっている!歩を緩めるな!」


 アバニアは櫓でラキア達が寡兵であるということをすでに知っている。彼らに後ろ盾などない。仲間をやられた恨みを晴らすためにも、進軍速度が緩まることはなかった。……それこそが、ラキア達の狙いである。


「……かかった!お前ら、速度を落とすなよ!このままモーテルムまで戻る勢いで足を動かせ!」


 調子に乗った寡兵。後ろ盾はなく、援軍などが来る気配もない。……そんな絶好の獲物を逃がす者が、一体どこにいるというのだろうか。彼らはまんまと引っ掛かり、数多の戦力をマーゴから切り離してしまった。これで、デリントの騒ぎが大きくなったとしても、向こうに碌な援軍は届かない。ラキアは必死に足を動かしながら、デリントに向かっている仲間たちの作戦成功を願っていた。

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