第七話
前回のあらすじ
無事にモーテルムを手に入れ、取り返そうとするアバニア兵すらも追い返したゼロスたち。帝国からの増援である迅雷騎士団も迎え入れ、本格的な侵攻の用意が整った。
だが、アバニアはそのままやられるほどか弱い国などではなかった。追い返されたアバニアは、その時よりもさらに多い兵を引き連れ、再度モーテルムを取り戻しに来ていた。
誤字脱字等、ご容赦ください。
「さっさと突破しろ!所詮相手は帝国の一騎士団にすぎん!」
モーテルム東の街道。街への出入り口をふさいだ烈風騎士団を前に、アバニア軍は圧倒的な攻勢に出ていた。その場に置かれていた丸太などで破城槌を作り上げ、門を何度も小突いている。裏からは団員たちが必死に抑えているが、そろそろそれも限界であった。
「不味いぞ。もう門が持たない。このままじゃ……」
もともと東側の見張りに立っていたノクスは、限界を迎えてミシミシと悲鳴を上げる門を見て、そうつぶやいた。……このままでは、敵兵が門を突破して雪崩れ込んでくる。こちら側の戦力のおよそ四倍か五倍。さすがに抑えきれるものではない。無事にここから逃げ出すための策を頭の中で描き始めた時、彼のもとにたった一人ではあるが、援軍が現れた。
「随分と、派手にやられてるな、ノクス」
「……ゼロス、北はもういいのか?」
「ああ、どうにかしてきた。……北に攻め込んできた奴らがこっちに流れ込んできたみたいだ」
「なるほど、だからいきなり援軍が……。それで、ゼロスは何をしにここまで?」
「何って、決まってるだろ。援軍だよ。……これから戦況をひっくり返す。俺はその後西の援護に向かうからな、あとは任せるぞ」
「……ひっくり返してくれるんなら、なんでもいいさ」
ゼロスは手に握りしめていた剣を引き抜くと、門を飛び越えて敵陣へと飛び込んだ。剣を振り下ろして風圧を生み出し、群がる敵兵を跳ね飛ばす。
「さあ来い雑兵ども!この俺を倒さない限り、街には一歩たりとも入れさせんぞ!」
ゼロスはアバニア兵に向かって吠える。しかし、彼らはたった一人で敵陣へと飛び込んできたゼロスを舐めてかかっているようで、全くおびえることなく向かってくる。
「へえ、かっこいいじゃねえか。たった一人で飛び込んできて、救世主気取りか。……馬鹿が、死ねよ!」
「……死ぬのはお前だ!」
とびかかってくる敵兵の身体が両断される。分かたれた体が地面を転がり、街への道をふさぐ門にぶつかって血が跳ねる。……漂う空気が変わった。この男はただものではない。そう言った空気がアバニア兵の間に充満していく。剣を構え、じりじりと詰め寄る戦い方へと変わっている。しかし、ゼロスが相手であるならば、それは悪手にしかなり得ない。……じりじりと詰め寄る、それすなわち一網打尽にできるということだ。
「甘い!」
ゼロスの鋭い一閃は敵兵を鎧ごと切り裂き、血を噴き出すオブジェを作り上げる。しかし、ゼロスは一切手を緩めずに敵兵を煽り続ける。
「どうした、この程度か!軟弱だな、アバニアの奴らは!」
ゼロスからの挑発に乗りたくとも、彼らにそれはできない。すっかり恐怖で足がすくんでいたのだ。闘志を表すために剣を構えてはいるが、その手も震えている。濁りきった目は泳いでおり、許しを得ようものなら彼らは一目散にこの場から逃げ出すだろう。しかし、彼らの指揮官はそれを許すことなどなかった。
「何をしている。敵は一人だ」
「団長……。恐れ多くも申し上げます。いくら敵が一人と言えども、一太刀で十人を肉塊に変えてしまうような獣が相手では……」
「……自らは、獣より劣る者だと。貴様はそう言いたいわけか」
「いえ!決してそのような……」
「獣が相手ならば狩るのが道理。……我らは人だ、獣など恐るるに足らず」
「……承知いたしました」
アバニアの指揮官であるミーリストは、部下の提言を退けた。彼らにとっては、ミーリストもまた畏怖の対象であったのだ。……指示に従わねば、どれほどひどい目に合わされるか。ただ首を落とされるだけならまだ良いほうだ。以前彼の指示に逆らったものは、新兵の訓練台として丸太に縛り付けられ、人を斬る感覚を教え込む道具と化していた。
「……待て」
「は?いかがいたしましたか?」
「ドゥーベル。お前も行け。……獣狩りには、一人ぐらいは腕の立つものが必要だろう?」
ドゥーベルと呼ばれた男は黙ってうなずき、一歩前に足を踏み出す。周りから頭一つどころか二つとびぬけた身長。横幅も通常の三倍もある、まさに「大男」と称される人物だ。両手にそれぞれ斧を持つさまは、怪奇殺人鬼と見間違われるだろう。
「道を開けろ!ドゥーベル様がお通りになられるぞ!」
ゼロスを取り囲んでいた包囲が開けていく。ドゥーベルが彼の目の前に立った。彼は大剣を握りしめる黒き戦士を見下ろし、「フッ」と鼻で笑った。
「どれほどの使い手かと思えば……。まさに獣だ。理性のかけらも垣間見えぬ振る舞いよ」
ドゥーベルがそう言い捨てた瞬間、ゼロスは斬りかかった。彼はとっさに斧を交差させて剣を受け止めるが、その口からは目の前の男をあざ笑った者とは思えぬほどの罵声が飛び出ていた。
「卑怯者が……!何も言わず斬りかかるとは、やはり獣の……。帝国の犬め!」
ゼロスは罵声に応えることなく、さらに剣を押し込む。斧の刃ごと、ドゥーベルを叩き斬ろうとしているのだ。彼が必死に剣をはじき上げようとしても、ゼロスの膂力を上回ることはできない。ドゥーベルの身体が後ずさる。地面に踵がめり込んでいく。斧を握りしめる両手が震える。ここで、彼はようやく周りに味方がいることを思い出した。
「お前たち!何をしている!さっさとこの獣を取り押さえろ!」
兵士たちはハッとして、だらんと垂れ下げていた両腕に力を籠め、剣を構えなおす。そして、全員で一斉にゼロスへと駆け出した。「うおおぉ!」という掛け声とともに、ゼロスへと剣が突き出される。……彼は、それを待っていた。
「ふん!」
短い掛け声とともに、ドゥーベルの身体を押しのける。そして剣を水平に構えてその場で円を描いた。かろうじて一閃を斧で防いだドゥーベルでさえ、両腕の痺れでまともに反撃に転じることすらできない。防げなかった者の末路は、あっけないものだった。無惨に死に様をさらし、血の噴水となっていた。その中心で返り血を浴び続けるゼロスの姿は、もはや獣とは言えなかった。……悪魔、羅刹、あるいは鬼神。すなわち人ならざる者であった。
「……化け物……」
「失せろ。お前ごとき、相手にもならん」
「……お前の相手は、私しかいないようだな」
いつの間にか、ミーリストが前線まで出てきていた。剣すら抜かないまま、彼はゼロスの前に立つ。
「ドゥーベル。撤退用意。西の連中にもそう伝えろ」
「……承知いたしました。申し訳ありません、団長。私がふがいないばかりに……」
ドゥーベルはそう言いながら下がっていく。ゼロスは後を追おうとするが、その先をミーリストがふさいだ。しかし、彼に戦うつもりはないようで、両手を軽く上げ、まるでなだめるような素振りだ。
「何のつもりだ」
「今日の所はここまでってだけだ。街を守るのが仕事なんだろ?でしゃばるなよ」
「……街を守るなら、お前たちを始末するべきなんだがな」
「落ち着けよイカレ野郎。お前はいいが、お仲間はどうだ?これ以上、剣を握れるのか?」
仮にこのまま戦い続けたとして、彼が膝をつくことはほとんどありえない。問題なのは、彼が手ごわい相手にかかずらっている間に、門を突破されることだ。仲間は激しい防衛戦で疲弊している。……これ以上、無理はさせられない。ゼロスは剣をしまった。
「歴戦の戦士は引き際をわきまえている。……賢い選択だな」
「……素直に受け取っておくとしよう」
ゼロスは門に寄りかかり、腕を組む。もはや戦う気などないということを言葉以上に態度で示していた。ミーリストはそれを見て彼を信じることにしたのか、あっさりと背を見せて去っていった。ゼロスは追撃することなく、近くにいた団員に見張りを頼むと街の西側へと急いだ。
「……何とか、凌ぎぎったな」
モーテルム街の西側。迅雷騎士団からの援護を受けながら敵の攻勢を凌いでいたエリオット達だったが、つい先ほど、敵軍が撤退を始めた。攻めきれないと踏んで出直す気なのだろうか、そう考えているとゼロスが姿を現した。
「生き残ったか。上出来だな」
「団長に向かってなんだその口の利き方は……。まあいい、それよりも援護に来てくれたのか?もしそうだとすれば、遅刻だな。敵は今しがた退いて行った」
「……そうか、ならいい」
ゼロスはミーリストの虚言を疑っていた。撤退を指示しておきながら、残存勢力を西側に集結させるのではないかと。しかし、それは杞憂に終わった。……ゼロスが大きくため息をつくと、ある人物が肩を叩く。
「久しいな、ゼロス。どうだ、手合わせでもするか?」
「……ラキア、だったか。その身体で手合わせとは、正気じゃないな」
ゼロスの肩を叩いたのは、迅雷騎士団の鉄砲玉であるラキアだった。彼は先ほどの戦いで最前線に立ち、あまたの敵兵の刃をその身に受けてなお戦い続けた、まさに猛将というべき人物である。ゼロスと同じほどの身長、体格であり、髪は彼自身の魔法のせいか静電気で逆立っている。
「なに、これほどの傷は傷ではない。放っておけばすぐにでも治る」
「馬鹿言ってんじゃねえ。さっさと治療を受けてこい。……悪いな、面倒な奴の相手させて」
手合わせを望んでいきり立つラキアを抑えるのは迅雷騎士団の団長ガラード。片目が隠れるほど伸びた白髪と背負っている双剣が特徴である。……最近は忙しいのか、わずかながら顎にひげが生えている。そんな彼は戦いが終わった後すぐだというのに、休むことなく仕事の話をする。
「……今からする話で、もう一回謝ることになるな。……エリオット、頼みがある。団員を貸してくれ」
先ほどの防衛線で烈風騎士団が彼らに頼んだのは後方援護であった。しかし、ガラードはそれをよしとしなかった。「突破されないようにするならば、前線で守りきるしかない」と主張し、団員とともに前線に立っていたのだ。羽織っているコートの隙間からは、簡易的な治療の跡がのぞいている。
「受けた恩を考えれば、すぐにでも首を縦に振るべきなのでしょうが……。私の団員たちも全員無事という訳ではなく……。ガラード殿の行軍に部下を出すと、街の防衛が……」
「……そうか、そうだよな。……帝都には書簡を送る。俺の独断で行軍を延期するほかない」
ガラードは悔しそうに肩を落とすが、エリオットとしても街の防衛の人手を減らすわけにはいかないのだ。彼もそれを理解しているからか、強く求めるようなことはしなかった。ゼロスは「俺が行く」と口にしようとしたが、今は街を守り続けることが第一だ。でしゃばることは許されない。ガラードは「無理を言って悪かった」と言って迅雷騎士団の団員が集まっているところへと戻っていった。
「……これしかなかったとはいえ、恩も返せないとは……」
「悔やむな。全部がうまくいくことなど決してありえない。戦場ならなおさらだ。……ガラードもそれをわかっているはずだ」
「……ああ、そうだな。よし、ひとまずみんなを集めよう。防衛についてもう少し作戦を練らなきゃな」
エリオットは会議室に皆を集め、防衛戦で消耗した兵や物資などを確かめた。負傷兵は全体のおよそ四割程度ではあるが、疲れ切った兵はその限りではない。またこのような大規模な攻撃があった際には、さらに負傷兵の数が増えるだろう。そして、それよりも無視できなかったのは物資の消耗であった。防壁などの素材となる丸太と、遠距離の攻撃手段である矢の消耗は激しく、もはや次などないと言った有様であった。
「幸いというべきか、死者はいない。みんな生きて乗り切ることはできたようだね」
そう言ってノクスが報告を終える。会議室は沈黙に包まれていた。かろうじて勝利を収めたとはいえ、あまりにもふがいない終わり方だった。結果としては、ゼロスが一人で敵軍を追い返したと言ってもいい。その事実が彼らに敗北感を与えていた。
「……とりあえず、使われていない家はすべて解体しよう。少しでも資材を捻出するんだ。……まあ、まずは休息が先だろうけど」
「ああ、そうしよう。……解体作業は明日からだ。みんな今日はもう休んでくれ」
ノクスの提案をエリオットが許可し、彼が会議の終わりを告げる。皆は釈然としないような表情のまま部屋を出て行った。部屋を出て行く仲間を見送ったゼロスは、会議室に来ていないアイリーンの様子を見に、街の北側に建てられているテントへと向かった。
「ああ、ゼロス殿。ようやくお戻りで。……アイリーン殿は静かにお休みになられています」
「そうか、ありがとう。……疲れてるだろう、休んでくれ」
「それでは、失礼します」
団員は深く頭を下げると足早に去っていった。ゼロスがテントの中に入ると、ちょうどアイリーンが体を起こしている。
「おはよう。……もういいのか?」
「おはようございます。……もう十分休みましたから」
彼女は簡易ベッドから足を下ろし、腰掛けたような姿勢を取る。ゼロスは少し離れたところに置かれた木の丸椅子に腰かけた。
「アバニアはどうなりました……って聞くのも野暮ですね。こうしてゼロスさんが無事なのですから」
「……俺は無事だが、他の奴らはそうでもない。一応全員生き残ってはいるが、次はどうなるか。……団長ですら気迫が足りん。このままだと、次は……」
「大丈夫ですよ」
エリオット達の覇気のなさを心配するゼロスを前に、アイリーンはただ一言「大丈夫」と言ってのけた。適当な言葉には聞こえず、根拠のない自信のようにも思えない。ゼロスはその答えを知るため、眼で彼女に続きを訴えた。
「紅玉騎士団に負けた時でも、私たちは諦めずに強くなる道を選びました。……今は休むときです。みんなすぐに立ち上がりますから」
「……少し焦っていた。それに、みんなを信用していなかった。……俺もまだまだだな」
「いえ、焦る気持ちもわかります。私たちには、今まで以上に勝利が求められていますから。……でも、焦っても仕方ないのかな、と思います」
「ああ、そうみたいだ。……俺も少し休む」
ゼロスはテントを支える柱を背もたれにし、椅子に深く座り直して目を瞑る。疲れがたまっていたのか、彼はすぐに寝息を立て始めた。アイリーンは近くにあったシーツを手に取り、彼の身体にかけた。
翌日。烈風騎士団は重傷を負った者以外は、街中央の広場に集まっていた。ノクスが昨日言っていた、使われていない民家を解体するためである。
「昨日のうちに、解体するべき家がある範囲は地図に記しておいた。地図をよく見て、作業に当たってくれ。……それじゃ、頼む」
エリオットの号令により団員が動き始める。……モーテルムは貿易港でありながら、近くに小高い山もあるため林業も盛んであったようだ。街の中でも海から離れたあたりでは木材の身でくみ上げられた家が多くみられ、資材となる丸太を多く確保できた。とある家の解体に当たっているとき、ゼロスは街の外にある山に視線を飛ばしていた。
「ゼロスさん、どうしました?」
「ああ、アイリーン。……あの山、見張りに使えないかと思ってな。あそこからなら街の東と北側を視界に収めることができるうえ、攻め寄せた敵軍の側面をつくことができる。……ノクスが見逃すとは思えんが」
「あそこは、モーテルムの木こりたちの仕事場だよ。木を切って、苗を植えて。……植林場とでも言えばいいのかな」
監督役として広場にいたはずのノクスがいつの間にか背後に立っており、ゼロスが指さした山について話し始めた。彼の予想通り、すでに目はつけていたようだ。
「植林場か……。で、なぜあそこを使わない。戦略的に見てもかなり使えそうだが」
「確かに、あそこにはそれなりの戦略的な価値がある。敵の背後をつくため、兵を隠すにはちょうどいい。……けど、使えるのは一回きりだ。敵兵を逃がせば、山の情報も漏れる。次は火矢が山に降り注ぐだろうさ。そうなれば、俺たちは木材資源と団員のどちらもを失うことになるかもしれない。……それを避けるためにも、あの山は無関係であってもらう必要がある」
「……そうか。軍師がそう判断するなら、それに従うほかないな」
ゼロスは降ろしていた丸太をもう一度担ぎ上げ、倉庫へと向けて歩き出す。倉庫の前では団員たちが他愛のない話で笑い合っていた。昨日まで本気で命のやり取りをしていたとは到底思えない。
「……なんのために戦ってるんだろうか」
ゼロスは誰にも聞かれないように小さくつぶやく。剣を握らなければ平和は手に入らないのだろうか。そもそもこの戦いは何のためなのか。……ゼロスにとっては、大切な人達を守るための戦いである。では、帝国の大臣にとってはどうだろうか。宣戦布告をしてきたアバニアの連中は。
「……欲、か。それも、とてつもない強欲……」
土地が欲しい。世界を統べる力が欲しい。……彼らはそんなものを求めて、人の命を奪うことを決めている。欲は、人が生きるための活力となる。物が欲しい、何かをしたい、そのために今日を生きる。欲は燃料のようなものだ。……それが、あふれだせばどうなるだろうか。欲についた火は燃え広がり、あふれだしたものにまで火の手は広がっていく。あふれ出した欲が多ければ多いほど、火の手は強く、燃え広がっていくだろう。
「いつか、世界中が炎に包まれるかもしれないな……」
今現在、カイナ帝国とアバニアのほかに、聖フラマロス教国と聖ミサリオーネ教国の間でも宗教戦争が勃発している。……すでに、世界は戦火に包まれているのだ。ゼロスの悩みはある意味では無駄ともいえる。
「……副隊長、お体の調子が悪いのですか?」
丸太を支えに呆けていたのを心配したのか、三番隊の部下がゼロスに声をかけた。ゼロスはすぐに「大丈夫だ」と返事をしてその場を去った。
数刻後。街の半分以上は更地となり、広場には大量の資材が集められていた。ノクスはそれらを工兵に与え、防衛用の設備を作らせ始めていた。あっという間に街の出入り口に馬防柵や弩弓を作り上げた。……どうやら、資材さえ用意できればなんでも作れるらしい。彼らの誇らしげな顔がそう語っていた。それらの完成を見届けたのち、エリオットは幹部たちを会議室に集めた。
「……皆、今日はお疲れ様の所悪いが、もう少しだけ付き合ってくれ。……デリント攻略についてだ」
「デリント攻略?それは迅雷騎士団の仕事なんじゃないのか?俺たちに何の関係が……」
エリオットが突如口にしたデリント攻略という言葉に対し、真っ先にオルコスが反応する。他の者達も、口には出していないが表情で「何故だ」と語っていた。唯一と言っていいだろうか、エリオットの言葉の意味を理解しているゼロスだけが、団長のこれからいうであろう言葉を先読みしていた。
「……本気か、エリオット。俺たちにそれほどの余裕はないはずだ」
「だからって、次またここに攻め込まれたら今度こそ終わりだ。敵の攻め手を分散させるためにも、これはやらなきゃいけないことだ」
ゼロスとエリオットがぶつかり合った瞬間、カリンが止めに入った。
「ちょっと待て。二人だけで話を進めるな。説明をしてくれ」
「ああ、すまない。……迅雷騎士団から、デリント攻略を手伝ってほしいと打診されていてな。戦力の不足を理由に断ろうと考えていたんだ。……けど、考え直した。迅雷騎士団に援軍を出す」
会議室は騒然とする。いくら十全な防衛設備があるからと言って、街の防衛の人手を減らすのはいかがなものだろうか。……団長からの提案にカリンはすぐさまNOを突きつけた。
「駄目だ。……確かに、先の防衛戦で迅雷騎士団には借りができているのは分かる。だが、その借りを返すためだけにそんな危険な選択をするつもりなのか?」
「……理由はそれだけじゃない。さっきも言った通り、彼らが動いてくれれば、こちらに向かってくる敵兵の数は減るはずだ。彼らが動かない限り、奴らはここに攻め寄せ続ける。それこそ危険だ」
エリオットの言うことには一理ある。カリンもそれを理解したからか、「しかし……」とつぶやくだけでそれ以上言葉を続けることはしなかった。……しかし、彼の言葉には一つ、とある問題があった。セリアが口を開く。
「団長の意思は分かった。……それで、誰が援軍としてデリントに行くんだ?」
「もう決めてる。……アイリーン、ゼロス。頼む」
「……理由をお聞きしても?」
「この際はっきり言おう。……ゼロスの存在が、俺たちを弱くしている。なんでもかんでも頼り切り、あまりにも情けない。街一つぐらい、俺たちの力だけで守り切れる。エゴだけってわけじゃない。これからの戦いを生き残るためにも、守りたい物を自分で守るためにも、強くならなきゃいけない。……ただ、一人だけ援軍として出したところで、焼け石に水だろう。だから、今回は三番隊全員で援軍に行ってもらいたい」
「……なるほど、私はあくまでもおまけだと」
エリオットの口ぶりから考えれば、アイリーンがそう捉えるのも無理はない。エリオットは彼女の視線を正面から受け止める。
「言い訳はしない」
「わかりました。……団長の覚悟、しかと受け取りました。三番隊隊長アイリーン、援軍としてデリントに向かいます」
「……いいのか?俺は……」
「構いません。団長が何を考えているか、よくわかりましたから。……それでは、出立の用意がありますので失礼します。行きましょう、ゼロスさん」
今までの柔和な物言いとは違う、はっきりとした棘のあるような物言い。……やはり、気にしているのだろうか。会議室を出たゼロスは少しばかりのためらいを見せながらも、アイリーンに声をかけた。
「……アイリーン。その……」
「……絶対に、見返して見せます。強くなって戻って、私はゼロスさんのおまけではないと、証明して見せます」
彼女は闘志に満ちた目でゼロスを見上げた。……どうやら、杞憂だったようだ。彼女はエリオットの言葉を受け、かえって燃え上っているようだ。ゼロスの顔からは笑みがこぼれる。
「……ああ、その調子だ。アイリーンは俺のおまけなんかじゃない。れっきとした戦士だって、思い知らせてやろう。……だからって、無理はするなよ」
「もちろんです。先の防衛戦で自分の限界は痛いほどよくわかりましたから。……早速、付き合ってくれませんか?」
彼女は腰に下げていた剣を揺らして音を鳴らす。援軍として出ることは決まったが、今日すぐにという訳ではないだろう。彼女のあふれるやる気はどうにも収まらないようだった。ゼロスは黙って頷く。二人はその後、昼間に作られた跡地で剣を交えていた。
翌日、ゼロスとアイリーンはエリオットから呼び出されていた。指定された場所である街の広場に向かうと、すでに三番隊のメンバーがそろっている。……どうやら呼び出しは三番隊全員に向けて行われていたようだ。しかし、呼び出した本人であるエリオットの姿がどこにもない。彼はつまらない冗談は言わない性質だ。待っていればそのうち来るだろう。……予想通り、エリオットは姿を現した。後ろに迅雷騎士団を引き連れた状態で。
「三番隊、そろっているな」
「はい、全員そろっています」
「わかった。……ガラード殿、こちらがデリント攻略の援軍となっております」
「感謝するぞ、エリオット。……随分と頼もしい援軍だな」
「よろしくお願いいたします、ガラード殿。その武勇はかねがね」
ガラードとアイリーンは握手を交わす。どうやら彼のお眼鏡にかなったらしい。彼の部下たちも援軍がなければ戦えないと理解しているからか、不服そうな顔を見せながらもそれを口にすることはなかった。
「それじゃ、早速会議に参加してもらおう。来てくれるな?」
「わかりました。出席いたします」
「じゃあ、私はここで失礼します」
帝都への報告書をしたためる仕事が残っているのか、エリオットは彼らの友好を確かめるとすぐにその場から去っていった。それに続くように、ゼロスたちも迅雷騎士団の会議用のテントへと足を運ぶ。ひとまず部下たちは待機を命じ、会議にはゼロスとアイリーンだけで出席した。……会議が始まり開口一番、ガラードからの言葉は謝罪だった。
「すまないな。面倒なことに付き合わせて」
「いえ、そんな……」
「……いや、すまない。俺がそんな風に言えば、そうやって返すしかないよな」
「ガラード、文句言ってる暇があるならさっさと会議始めようぜ」
どこか疲れているような振る舞いをする団長の背を叩くのはセシルだ。ゼロスたちにとっては初対面の男である。黒い短髪に黒い外套をまとっている。その外套の下は胸当て程度の軽装のみで、二振りのナイフを隠し持っている。かつてはコンテッド王国の将であったが、ガラードの勧誘に応えて迅雷騎士団へと籍を移していた。
「……セシル。いつの間に戻っていた?」
「ついさっき。偵察は済ませて来た。……これを見ろ」
セシルは懐からアバニアの地図を取り出す。二つの地点に赤い丸が付けられており、それを結ぶように線が引かれていた。
「よし、揃ったな。……それじゃ、始めようか」
ガラードは一度だけ、音を立てるように机を叩いた。
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