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黒嵐戦記 二部  作者:


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第六話

前回のあらすじ

無事にモーテルム港を手に入れたゼロスたち。ひとまず彼らに課せられた任務は達せられた。あとは帝国からくる後続軍のため、街を守りぬくだけ。

そんな中、捕らえた敵兵の扱いに悩むエリオット。無益な殺しはしたくない一心で説得を試みるが、彼らはそんなエリオットを「弱い」と嗤った。

そこへ、街を取り戻すためにアバニア兵が街の西方に詰め寄る。彼らは無事に敵を追い返すことができるのか。


誤字脱字等、ご容赦ください。

 休息を終えたエリオットはカリンと、偶然その場に居合わせたノクスを連れて港に来ていた。そろそろ迅雷騎士団がモーテルムに来る頃であるため、出迎えに来たのだ。


「……という訳だ。街への被害はないけど、クリステッドへの懸念が増えた。面倒なことになりそうだね」


「帝国への報告はしなくともよいだろう。したところでどうにもならん」


「ああ、そうしよう。……見えた、あの船だ」


 街の西側に現れた敵勢力との交戦の報告が済んだ瞬間を見計らったかのように、魔導戦艦ギャラルホルンが姿を現した。かつてコンテッド王国と戦った際、迅雷騎士団が鹵獲していた戦艦である。動力、砲撃のすべてに魔力を必要とし、搭乗員からの魔力供給によって駆動する巨大戦艦である。ギャラルホルンはゆっくりと港に大きな船体を寄せ、甲板からいくつもの縄梯子が降りてくる。それを伝って迅雷騎士団が姿を現した。団長であるガラードは残りの何段かを飛び降りて無視し、エリオット達の目の前に着地した。


「久しぶりだな、烈風騎士団。出迎えに感謝するぞ」


「長旅お疲れ様です、ガラード殿。まずはお休みになられますか?場所のご用意は済んでいます」


「ありがたいが、まずは会議室を貸してくれ。明日、デリント制圧のためにすぐに出立するからな」


「わかりました。では、ノクス。頼む」


 ノクスは「了解」と一言言うと、「こちらにどうぞ」と言って迅雷騎士団の面々を普段自分たちが会議している場所へと連れて行く。それを見送ったエリオットはただ一言、「始まったな」とつぶやいた。




 迅雷騎士団が会議を終え、用意されていた寝床で身を休めているころ、エリオットは団の幹部を集めて会議を行っていた。


「少し前の話にはなるが、街の西側でアバニア兵との交戦があった。けが人はなし、街への被害もない。……だが、問題は一つだけある」


 エリオットが口を閉じるのと同時にノクスが立ち上がる。そして机の上に広げていた世界地図に目を落とし、クリステッドとその支配地域である四か国に印をつけた。


「クリステッドが条約を破った。アバニアに援兵を送り、こちらに差し向けている。……アイリーン」


「はい。……こちらです」


 言われるがままアイリーンが机の上に出した物は、クリステッド兵がかぶっていた兜だった。額の部分には小さくクリステッド公国の紋章が彫られている。このシロモノがここにあること、それがクリステッドが条約を破った証拠だった。


「上には知らせたのか?早く抗議するべきだ!」


「無駄だオルコス。抗議してどうなる?抗議されてやめるほど、クリステッドは利口な国じゃないだろう」


 いきり立つオルコスをセリアがいさめる。彼はまだ何か言いたげではあったが、それはここで言うことではないと理性的に判断したのだろう。すぐに引き下がった。それを機にゼロスが口を開く。


「クリステッド兵は不気味な兵だ。血は出すが痛がらない、死を恐れない。……凄絶な訓練を積んでいると考えるべきだろう。戦法についてもそうだ。効率的な重心移動、思いきりの良さ。どれをとってもそこらの兵とは格が違う。あれが雑兵なのだとすれば、クリステッド本隊はどれほど精強なのか、考えたくもない」


「……けど、数はわずかだ。統率を取る者も今の所は姿を見せていない。クリステッドとしても、簡単に手の内はさらしたくはないって所かな」


 ゼロスの言葉にノクスが付け足す。皆、突如敵となったクリステッド兵に戸惑っているようだったが、エリオットがそれを鎮める。


「とにかく、血が出るなら殺せる。それを覚えておいてくれ。遠慮はナシだ。いいな?」


 皆は口を揃えて「了解」と声を出す。エリオットは一度頷くと「それじゃ、会議はここまでだ。それぞれの持ち場に戻ってくれ」と会議の終了を告げた。見張りの仕事がある者がまずは部屋から出て行った。続いて帝都へと送る報告書を作る者が出て行った。部屋にはゼロスとアイリーンだけが残った。


「……ゼロスさん、先ほどの戦いで怪我などは……」


「そう言えば言うタイミングがなかったな。大丈夫だ、どこも痛くない」


「そうですか、それならばよかったです。……櫓から、見ていたんです。あの時の戦いを。かの兵たちには、生気が感じられませんでした」


「見ているだけでも伝わるほどなのか。……一体どれほどの訓練を……」


 そう頭を悩ませるゼロスに対し、アイリーンは「そうではないかもしれません」と首を横に振った。


「そうではない?どういうことだ」


「……『影の一族』。あの痣を移植された者ならば、感情を持たぬ兵士になることもあり得るのではないかと……」


 ゼロスはゆっくりと目を見開いた。信じられない話である。しかし、同時にあり得ない話ではなかった。「影の痣」の移植により、感情を失う……。以前、影の痣の影響により性格が歪んだ者や、人ならざる者になり果てる者までいた。感情を失うことなど、不思議なことではない。


「死体をよく確かめていなかったな。……兜を剥いで死体はそのままだったはずだ。今から確かめに……」


「行ってみましょう。不安の芽は潰しておくべきです」


 二人は街の西側から街道に出て、死体があったはずの場所まで向かった。敵兵の死体はまだ道の途中に残されていた。兜が脱がされた敵兵の鎧も脱がせ、着ていた服を破りとる。……影の一族の力を体内に移植した場合、必ず右顎から心臓にかけて太く長い痣が現れる。それを影の痣と言い、以前ゼロスたちは痣を宿した者と刃を交えていた。


「……これは」


 敵兵の胸元には黒い痣などなかった。ただしその代わりとでも言うように、縫い目のようなものが右顎下から心臓があるであろう所までつながっている。まるで、ここだけ皮を縫い付けたかのようだ。ゼロスはすぐに別の敵兵も鎧を脱がせて服を破り取る。やはりというべきか、その死体も同じような縫い目がついていた。


「……この縫い目は、手術の痕でしょうか。まさか、これは……」


「痣を隠すための手術痕、かもしれないな」


 ゼロスは死体を二つほど持ち上げ、自分が乗ってきた馬の背に乗せた。馬は少し嫌がっているようだったが、ゼロスの「頼む。我慢してくれ」という願いを聞き届けたのか、すぐにおとなしくなった。


「あとでリンゴをあげなきゃな。……帰ろう、アイリーン」


「……わかりました」


 アイリーンは何者かの視線を感じていたのか、街道のさらに西に視線を向けていた。しかし、ゼロスの呼びかけられたことですぐに切り替え、彼の後に続いて街へと戻った。彼女が感じていた視線の主は、気づかれないうちに彼らとは反対の方角へと向かっていった。




 街へと戻り、馬の機嫌をどうにか取り終えたゼロスは、医療部隊に任せていた二つの死体の様子を見に行っていた。アイリーンがすでに縫われた皮をはがすよう、頼んでいるはずである。医療部隊たちが拠点にしている街の診療所に向かうと、入り口の前にアイリーンが立っていた。ひどいショックでも受けているのか、虚空を見つめるような眼でうつむいている。


「……アイリーン、どうかしたのか」


「あっ、ゼロスさん……。あの、敵兵の死体が、その……」


 彼女にしては珍しく随分と歯切れが悪い。相当動揺しているのだろう。彼女が動揺している様だけで、ゼロスは敵兵の身体に残されていた手術痕がいかなるものか、理解してしまった。しかし、ゼロスは入り口へと向かう。


「待ってください、見ない方がいいですよ。……アレは、普通じゃありません……」


 動揺どころかどこか怯えた様子を見せるアイリーン。ゼロスの足は止まることはなかった。


「なら、なおさら知っておくべきだ。アイリーンだけに嫌な思いをさせたくはない」


 アイリーンはもう何も言わなかった。これ以上は止めたところで無駄だ。ゼロスが診療所へと足を踏み入れると部隊員の一人が受付に立っていた。


「来ましたか、ゼロスさん。……奥さんに止められたんじゃありませんか?」


「あいつだけ苦しい思いをさせてたまるものか。……結果はどうだ?」


「話すより見た方が早いかと。こちらにどうぞ」


 受付に立っていた部隊員は奥にある施術室へとゼロスを案内する。部屋の奥にあるベッドの上には、二体の死体が寝かされていた。……遠目から見ても、その状態はまさに異様だった。胸元に布がかぶせられているのだが、その布が常に揺らめいている。部屋は閉め切られており、隙間風などもない。


「布を取ってみてください。……もう少し離れて」


精いっぱい腕を伸ばした所から布を取ってみろという部隊員。ゼロスはその物言いに不思議さを覚えることはなかった。何故なら、何がそこにあるか、直感で理解してしまっていたからだ。……布をはぎ取る。現れたのは赤子よりも小さく細い両腕、そして目と口だった。


「……何だ、これは……」


 そこにあったものはゼロスの予想の範疇をはるかに超えていた。その目と口、そして両腕を持つ肉はまるで獲物を求めているように蠢いている。あまりの気持ち悪さにゼロスは視線をそらした。部隊員はすぐに布をかぶせなおす。


「これが、後から縫い付けられた皮膚の下にあったものですよ。……忌々しいことこの上ない」


「……あれも、影の痣なのか?俺が今まで見て来たものとはどうにも似つかない」


「私も詳しいことは分かりませんが、同じものと考えてよいでしょう。……ただ、あれは影の痣の意思ではありません。どちらかというと、あの者自身の意思でしょう」


「どういうことだ。理解が追い付かん」


「……あの身体は影の痣に乗っ取られている。当事者の意識はあの一欠片に閉じ込められている。……こんなところですか」


 ゼロスは言葉を失った。獲物を求めるように伸ばしていた小さな両腕も、目も口も、すべてあの死体のもともとの持ち主の感情が現れていたのだ。……アイリーンが必死に引き留めていたのも頷ける。……一度大きく深呼吸をしたゼロスは、気を取り直して抱いた疑問をぶつけていた。


「……影の痣を移植しているというのに、こいつらの膂力や魔力に飛躍的な上昇はなかった。俺の部下はそれなりに苦戦したようだが、けがはしていなかった。何故だ?」


「さあ、わかりません。私は影の痣に詳しいわけではありませんから。実物を見たのも今日が初めてですよ。……いやあ、本当に気味が悪い」


「……そうか。もう一つ聞きたいことがある。縫い付けられた皮膚に閉じ込められている間、奴らは蠢いていなかったはずだ。皮膚に変な動きはなかった」


「寝ていたんでしょう。寝ていた時に急に明るくなれば誰でも目を覚ますはずです。……休眠状態にあった彼らは皮膚をはがされた際に差し込んだ光で目を覚ました。そんなところですかね」


「わかった。……で、あいつらはどうする?」


「ひとまず団長の判断を仰ぎます。……まあ、結局はただの死体ですし、あれが変なことをし始めても困るので処分になるでしょうね」


 ゼロスは部隊員に礼を言って診療所を後にする。出入口にはまだアイリーンがいた。ゼロスのことを待っていたのだろう。


「……あれがもし、クリステッド公国のやり方なのだとすれば、到底許されるものではありません」


「気持ちは分かる。……だが、今は目の前のことを考える時だ。……もともと、条約違反をしてきたクリステッドには貸しがある」


「ええ、その時に」


 クリステッドが繁栄した理由の一端を知った二人のもとに、伝令兵がやってくる。どうやら彼らに休む暇などないようだ。


「お二方、こちらにいらっしゃったのですか。どこか怪我でもされたのですか?」


「いいえ、怪我はありません。ご心配には及びません。……それよりも、緊急の用事なのでしょう?」


「ああ、そうでした。現在、街の北側に敵影を確認しています。コルニッツォさんが「応援が欲しい」とのことです」


「わかりました。すぐに行きましょう」


 伝令兵は何か仕事の途中だったのか、足早に二人の前から去っていった。二人はすぐさま街の北側へと急ぐ。




「コル、状況は?」


「……姉さん。……状況に変化はない。向こうは準備中のようだ」


 コルニッツォはアイリーンに望遠鏡を手渡す。彼女がそれをのぞき込むと、かなり先の距離ではあるが、アバニアの国旗が見えた。やはり敵軍で間違いない。


「……なんだか違和感がありますね」


「違和感?」


 姉の言葉を聞き返すコルニッツォに対し、義兄が答えた。


「今日の朝、奴らは街の西方から攻めて来た。だが、それは阻まれた。と思えば半日も経たずに北方からの侵攻に切り替える。……戦術としてはお粗末だ。あの兵力を見るに、西方に攻めて来た奴らの三倍ほどはあるだろう。……なぜ、西、北、東の三方に分けなかったのか」


「……罠か、それとも……」


「真偽のほどは分かりません。ですが、警戒するに越したことはないでしょう」


 街道の先、アバニア兵は未だに動きを見せていない。まるで何かを待っているように見えるが、何を待っているかはわからない。櫓の上に立つヴィズはもう我慢できないといった様子だった。


「どうする?何もしないの?待ってるだけってのも退屈なんだけど……」


「……目的を忘れるな。街を守るのが俺たちの仕事だ」


「守るならあいつらをさっさと排除した方がいいんじゃないの?」


 ヴィズの言うことにも一理ある。しかし、戦場では何よりも焦りが禁物だ。アイリーンがどうにか諫めていると、敵軍に動きがあった。


「……敵軍が動きだした。こっちに向かってくるぞ」


 ゆっくりな動きではあるが、敵軍は確実に街に向かってきている。敵軍は動きを止めている間に数を増やしていたようで、いつの間にか西方に攻めて来た時の五倍ほどにまで膨れ上がっていた。街道を黒く染め上げる敵軍の行進に、団員たちも少しばかり怖気づいている。


「……俺たちだけでは足りないかもしれん。……伝令兵を走らせるべきか……」


 コルニッツォは少し悩んだ末、部下の一人を走らせた。今は確かオルコス率いる五番隊の手が空いているはずである。彼らに援軍を頼む手筈を整えると、正面を向きなおした。


「……皆!援軍が来るまでの間、何とか持ちこたえるぞ!」


 隊長の責務として、最前線に立ち皆を鼓舞するコルニッツォ。敵軍の動きは遅いが、その威圧感は尋常ではない。ゼロスも背負っている大剣に手をかけた。その時。


「伝令!西方より敵襲!援軍を求むとのことです!」


「何⁉西からもだと!……人海戦術か」


 街の西側からの伝令が敵襲を伝えると、その場にいた団員には動揺が走っていく。向こうも援軍が必要なら、五番隊の援軍は望めないだろう。皆が厳しい戦いを覚悟した時だった。


「伝令!東方より敵襲!敵との戦力差は甚大、援軍を求むとのこと!」


「……不味いことになったな」


 三方からの物量に任せた攻勢。ただの一騎士団が相手取るにはあまりにも物量に差がある。


「あいつらか、逃がしたのは悪手だったな」


 ゼロスは今朝、西方から攻め寄せて来た敵兵を思い出していた。あれはいわゆる斥候のようなものだったのだろう。こちらの戦力事情を把握するために派遣された軍。……そして今、用意を整えたアバニア軍は街を取り戻すための戦いを仕掛けてきたのだ。


「アイリーン、迅雷騎士団にも伝令を送るんだ。人手が足りない以上、なりふり構ってはいられない」


「……ええ、そのようですね。……ガラード殿に伝言を。『西方への援軍を頼む』と」


 伝令を任された団員は「承知いたしました」と言って駆け足で去っていった。……ただ、迅雷騎士団が動いてくれるとしても、数で言えば焼け石に水程度でしかない。この場を乗り切るための最善の策は、ゼロスの頭の中にあった。


「お前ら、東に向かえ。ここは俺一人でやる」


「……無茶だ。あれほどの大軍を一人でなど……」


「だが、そうするしかない。奴らの人海戦術に対抗するには、個の力で打ち砕くほかない。……東西は戦力の温存に重きを置いた籠城戦を仕掛けろ。北の戦線が崩壊すれば、嫌でも撤退せざるを得なくなるだろう」


「駄目です!もしあなたに何かあったら……」


「……わかった。四番隊、移動するぞ!」


 ゼロスのみを案じるアイリーンに対して、コルニッツォはすぐに承諾し、部下たちに移動を指示した。彼女は弟を引き留める。


「駄目!ゼロスさんを一人で戦わせるなんて……」


「……この状況を打破できる案は、それしかない。……早く東に行かないと、向こうの守りが突破されてしまう」


「……三番隊、四番隊に続いて移動を。指揮権は一時的にコルに移譲します。……私はここに残ります」


 アイリーンは力強い声でそう言った。ゼロスが「ここは危険だ」と説得しようとするが、彼女は聞く耳を持たなかった。


「あなたを一人で危険なところに放っておくなんて、私にはできません。……一人で戦うというあなたのわがままが許されるのなら、ここに残るという私のわがままも許されるべきです」


「……コルニッツォ。三番隊を頼む」


「わかった。……行くぞ」


 姉と義兄のわがままを受け入れ、コルニッツォは二つの隊を引き連れて街の東へと向かっていった。その場に残った二人は顔を見合わせる。


「やっぱり、頑固だな」


「誰に似たんでしょうね」


 そう言い合って、二人とも軽く笑う。この光景を見た者は、これから二人が何をするか全く想像できないだろう。ひとしきり笑い合った後、二人はそろって敵軍が向かってくる正面を向いた。


「さて、奴らはどう出るか……。少し様子を見るとしよう」


「少し悠長な気もしますが、敵の策に嵌まるよりはマシですね」


 二人はそろって櫓に上がり、敵軍の動きを見る。歩幅を合わせた進軍はアバニア兵の訓練の厳しさを思わせた。街の周りには身を潜められるような場所はない。挟み撃ちなどの策はないとみていいだろう。


「……時間の無駄か。待っているよりも打って出た方が早いな」


「どうやら、そのようで。……行きましょうか」


 二人は櫓から降りると、ゆっくりと歩きながら敵軍へと近づいていく。奴らは当然、二人のことを視界に入れている。そのためか、たった二人で向かってくる彼らのせいでわずかながら動揺しているようだった。彼らの距離がさらに近づく。……二人は剣を抜いて駆け出した。ゼロスは大剣を振り下ろす豪快な一撃を、アイリーンは敵の鎧の隙間を突く的確な一撃を。ゼロスの一撃で大地が割れ、アイリーンの一撃で血しぶきが上がる。言葉もなく戦いの火蓋が切られた。


「取り押さえろ!相手は二人だけだ!」


 アバニアの指揮官が声をあげる。その目線の先には黒い嵐が敵軍の隙間を縫うように吹き抜けていた。嵐が吹き抜けたあとはただ、命だったものが当たりに散らばっているだけだ。ゼロスの身体は返り血で赤く染まっている。アイリーンはゼロスほどの豪快な剣技を扱えず、敵軍に包囲されている。しかし、誰一人として彼女に一太刀どころか土煙でさえ届けられなかった。彼女の間合いに入った瞬間、その首が、腕が、足が飛ぶ。その場から一歩も動かず返り血で赤く染まる様は、まさに「赤いバラ」であった。


「……まだいけるか?」


「はい、まだまだ序の口です」


 ゼロスは日々訓練を積んでいたが、アイリーンは最近まで訓練ができないほど多忙を極めていた。だというのに、いきなりの多数戦は身に堪えるはずだ。ゼロスは彼女の身を案じ、一撃で彼女を囲っていた包囲を突破し隣に立った。……アイリーンは余裕そうに振る舞う。それがゼロスを気遣うための嘘なのか、それとも真実の言葉なのかは彼には分らない。ただ、彼女の言葉を信じるだけだ。


「……あまり無理はするなよ」


「ゼロスさんの方こそ。あんなに動き回って、体力は大丈夫なんですか?」


「俺は問題ない。鍛錬を積んでいるしな」


 ここが戦場だということを忘れているのか、二人はこんなところで雑談を始めた。……だが、互いに背中を預け合っている。その様子に全く隙は無く、アバニア兵は攻めあぐねていた。


「……無駄話はこいつらを片付けた後にしよう」


「ええ、そうしましょう」


 二人がさらに戦う意欲を見せ、敵兵をおびえさせる。……もはや、戦いは別物になっていた。いつ二人の体力が尽きるか、それだけだった。災害を退ける手段など、当然ありはしないのだ。それを敵の指揮官が理解したからか、全軍後退の号令が響く。敵兵はまるで波が引いていくように離れて行った。返り血に塗れた二人はその場で立ち尽くす。


「……どうにか、退けたみたいだな。……アイリーン?」


 ゼロスが剣に付いた血を払って背負いなおした時、彼の背後から地面と金属がぶつかり合う鈍い音がした。振り返ると、アイリーンが地面に座り込んでいる。両手を地面に付き、大きく息を吐いていた。


「……ご、ごめんなさい。少し、疲れてしまって……」


 やはりというべきか、彼女は無理をしていた。とはいっても、あの場で弱音を吐けるわけもない。ゼロスは座り込む彼女を見つめていた。そして。


「少し我慢してくれ」


 彼はそう言って彼女を抱き上げた。アイリーンは戸惑うが、疲れ切った体では碌な抵抗にならない。そのうち、無理をした自分が悪いのだと観念して、されるがままになっていた。ゼロスは彼女を街の出入り口に立てていたテントへと運び込む。そして簡易ベッドの上に寝かせた。


「怪我はないな……。無理のし過ぎだな。少し休んでいろ、何か飯でも作ろう」


「……迷惑をかけてごめ」


「ごめんなさい、とでもいうつもりか?……俺は別に謝ってほしいわけじゃないんだがな」


「……ありがとうございます」


「そうだ、それでいい。……無事でよかった」


 ゼロスはそう言ってテントから出て行った。ベッドに寝かされているアイリーンは寝返りを打ち、彼が出て行ったテントの出入り口を見つめていた。外に出たゼロスは、焚火の跡に薪を足し石で火を起こす。焚火の上ではあまり凝った料理は作れないが、今は凝った料理よりも体力回復に適したものがいいだろう。


「……ひとまず、粥がいいか」


 鍋の中に米と水を入れ、火にかける。時折塩を入れ、仕上げに卵を入れる。……北洋に伝わる「卵粥」というものだ。ゼロスの育ての親、グランバルトが生きていたころ、風邪をひいたゼロスに作ってくれたものだ。本来は他にも調味料が必要だが、この場にない以上、致し方ない。一口味見をする。


「……これで完成だ」


 ゼロスは鍋を持ち上げ、テントの中へと運ぶ。寝ているかと思っていたアイリーンは起きており、ちょうどテントの出入り口の方を見ていたため、偶然にも目があった。


「なんだ、起きてたのか」


「はい……。あるじゃないですか、疲れすぎていると逆に眠れない、みたいな……」


「まあ、ちょうどいい。飯ができたぞ」


 ゼロスは鍋を机の上に置くと、ベッドの上で座るアイリーンに手を貸し、椅子に座らせる。


「これは……」


「北洋の飯、卵粥だ。体が弱ったときに食べるものでな、今のアイリーンにはちょうどいいだろう」


「ありがとうございます。……いただきます」


 彼女は木のスプーンを手に取り、鍋に入った粥を一口すくって口の中に運ぶ。そして一言、「おいしい」とつぶやくと、食べるペースを上げて行った。それから数十分後、彼女は鍋の中身を綺麗に平らげた。


「ご馳走様でした。……卵粥でしたっけ、あとで作り方を教えていただけませんか?とてもおいしくて……」


「ああ、いいぞ。でも今は、ゆっくり体を休めることだ」


 ゼロスの言葉に従い、アイリーンはまたベッドに横になった。先ほどテントに運び込まれてきたときよりは、随分と顔色がいい。これならば今日中には回復できるだろう。敵軍も追い払ったことだし、少しはゆっくりできるかもしれない。そう考えていた彼のもとに、団員がやってきた。


「アイリーンさん!ゼロスさん!どなたかいらっしゃいませんか!」


 テントの外からそう聞こえてくる。声の様子からして、随分と焦っているようだ。何かあったのだろうか。ゼロスはテントから顔を出す。


「どうした?」


「ああっ、ゼロスさん。……実は、東西ともに戦線が危険な状態でして……。つい先ほど敵側に援軍が到着してしまい、このままでは押し切られてしまいそうなのです」


「……どちらの戦線がより危ない?すぐに援護に向かおう」


「東です。そちらには王翼騎士団のミーリストがいるらしく、現在の東戦線の戦力では抑えきれないかと」


「わかった。すぐに向かおう。……その前に、一つ頼まれてくれ」


「はい、なんでしょう?」


「……アイリーンを見張っておいてくれ。この話を聞いてすぐにでも動き出そうとするはずだが、今は休まなければいけない時なんだ」


「了解しました。東戦線を、どうかよろしくお願いいたします」


 ゼロスは一度頷き、街の東側に向けて走り出した。北から攻めて来た敵軍がやたら簡単に引き下がったのは、これが目的だったのだ。駄目とわかるや否や戦力を分散し、他の場所からの突破を図る。もとより戦力が限られている騎士団側からすると、この上なく嫌な作戦だった。


「やってくれるな、アバニアの奴ら」


 街の東側に殺到する敵兵の波を見て、ゼロスは背負っていた剣に手を伸ばした。

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