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黒嵐戦記 二部  作者:


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第五話

前回のあらすじ

無事にモーテルム港へと上陸を果たしたゼロスたち。ただ、アバニア側も黙ってやられているわけではなかった。

突如として街が霧に包まれ、視界が奪われていく。街の完全な制圧を目指していた彼らの足が鈍る中、敵の攻勢が忍び寄っていた。

だが、付け焼刃の策はゼロスたちにとっては児戯にも劣るものであった。敵の攻勢を難なく崩し、モーテルムを手中に収めた。

一方そのころ、王都では。港を取られたことについて会議が開かれていた。頼みの王翼騎士団も後塵を拝する羽目にあっており、もはや帝国の威勢を止められないのではないかと打ちひしがれていた。そんな時、彼らのもとにクリステッドからの使者が現れた。


誤字脱字等、ご容赦ください。

 ゼロスとアイリーンが休息を取り始めてからおよそ三時間後。彼の部屋の前にノクスが現れていた。


「ゼロス、いるか?そろそろ交代の時間だ」


「……わかった。今から準備するから、少し待ってくれ」


「ああ。早めに頼むぜ」


 部屋の前で待っているであろうノクスに待ちぼうけをさせる訳にはいかない。ゼロスはベッドから降りると、隣で寝ていたアイリーンの身体を揺さぶった。


「アイリーン、起きろ。見張りの時間だ」


「うう……ん。……わかり、ました」


 彼女はまだ寝足りないとでも言うように目をこすっていたが、ベッドから降りて一度伸びをしただけで、いつもの調子を取り戻した。


「ノクスを待たせてる。早く着替えよう」


 二人はすぐさま鎧を身にまとい、ゼロスは身の丈以上もある巨大な大剣を背負った。部屋のドアを開けると、ノクスが驚いた顔を向けている。


「……どうした。何かあったか?」


「いや……。まさか、同じ部屋にいるとは思わなかったからさ」


 二人はすぐにはノクスの言っていることを理解できなかった。しかし、何のことかと考えているとアイリーンの顔が赤く染まっていく。……ゼロスの部屋からアイリーンも出て来た。その事実だけで、下世話な想像をする者もいるだろう。


「いえ!そのようなことは決して!」


「いや、そうだって言いたいわけじゃない。今はそんなことよりもっと大事なことがある」


 いきなり弁明らしき発言をするアイリーンに、それをなだめるノクス。ゼロスは二人がなぜそのような言動をしたのか、あまり理解できていない。それよりも、ノクスが言った「大事なこと」の方を考えていたのだ。


「見張りのことだろう。ここでちんたらしている間にも、敵が迫ってくるかもしれん」


「その通りだ。……二人には、街の西側に向かってほしい。そこからは大都市につながる街道が伸びているんだ。見晴らしがいいおかげで敵の姿は見つけやすい。向こうもそれを嫌って西側からは来ないだろう」


「……ですが、裏をかかれるかもしれませんね」


「うん。俺たちがそう考えると踏んで、西側から攻め寄せてくるかもしれない。戦場では万が一を警戒しなくてはね」


「大体理解した。……移動しよう」


「ええ、行きましょうか。それではノクスさん、情報ありがとうございます」


「うん。見張り頑張ってね」


 見張り場所に向かう二人を見送ったノクスは、一人大きな声で「お腹すいたな」とぼやいていた。日はすでに沈みかけている。




 見張りの仕事のため、街の西側へと向かう二人。街道へと続くところには小さな門があり、そのあたりにはすでに三番隊の隊員が集まっていた。


「お待ちしておりました。三番隊、全員揃っています」


「わかりました。……私たちが来るまでの間、監視範囲に異変は?」


「いえ、敵らしき動きは一切ありませんでした」


 寝起きからまだ数分程度しか経っていないというのに、アイリーンは立派に隊長としての務めを果たしている。ゼロスは話半分に部下報告を聞きながら、街道の先を見つめていた。部下の一人がそれに気づく。


「……副隊長、いかがされましたか?」


「この街道……。見晴らしがいいのは利点だが、いささか不安でもあるな。敵の攻勢を遮るための物が何もない。……騎兵の突撃を喰らえば、あえなく突破される可能性もある。馬防柵をいくつか並べておこう」


「了解しました。木材はあるのですぐに作成に取り掛かります」


「俺も手伝おう。言い出しっぺだからな」


 ゼロスはそう言って急ごしらえのテントに部下と共に入っていく。部下からの報告を聞き終えていたアイリーンは、ゼロスの働きぶりに感心していた。……それから十五分ほど。隊の全員で協力し、いくつかの柵を作り上げた。街の入り口を守るように並べる。木材と紐のみというなんとも頼りない柵だが、ないよりはマシだろうという判断である。


「……日が暮れてきましたね。篝火を」


 日が暮れ始め、あたりを夕闇が包んでいく。テントの周りや門の近くに立てられた篝籠に薪が入れられ、火が灯る。ぼんやりとあたりを照らす光はかえって周囲の夕闇を強めている。テントの外で見張りをしていたゼロスは夕闇を睨みつけていたが、やがて小さくため息をついた。


「……来ないな」


「副隊長、まるで敵が来てほしいみたいな言い方はやめてください」


 櫓の上で見張りをしていた部下が、上から声をかける。まるで自分が戦闘狂のような扱いをされたゼロスはすぐに「違う」と訂正した。


「いつまでも見張りに立っているぐらいなら、さっさと敵が来てくれた方がいいだろう。憂いが減る」


「いや、戦わないに越したことはないじゃないですか」


「……そういうものか?」


 櫓の上にいる部下は「やっぱり戦闘狂じゃないですか」という言葉を何とか飲み込むと、「そういうものです」とだけ言った。ゼロスはまだ納得がいっていないようだったが、テントの中から「食事の用意ができましたよ」と呼ばれ、テントへと入っていった。監視の目を絶やさぬよう、食事も交代制で行っているのだ。……ただ、この日。彼らの苦労は報われず、敵が姿を現すことはなかった。




 翌日、交代制の見張りのため、街の東側に移動していたゼロスのもとに団員が一人やってくる。


「ゼロスさん、団長がお呼びです。なんでも、『捕虜の奴らが答えを出した』とか何とかで、護衛に来てほしいと」


「……見張り中だ、持ち場を離れる訳にはいかん」


「大丈夫、交代だ」


 見張りを理由に護衛を断ろうとしたゼロスのもとに、ある人物が現れる。それはオルコスだった。


「夜通しお疲れ様ってことだ。……お前はもう一仕事あるみたいだが」


「……エリオットの所に案内してくれ」


 オルコスからの少し嫌味っぽい言葉には無視で返し、団員に連れられて拠点へと戻った。拠点の入り口前まで戻ると、エリオットがゼロスたちを見つける。彼は団員に「呼んできてくれてありがとう」と礼を言い、ゼロスへと向き直った。


「悪い。見張りが終わった後に護衛を頼んじまって」


「それは別に構わないが……。捕虜の様子は聞いたりしたのか?」


「ああ。思っていたよりもおとなしいようだ。……もしかすると、取引に応じてくれるのかもな。今朝だって、あいつから言い出したんだ。『答えを出した』とな」


「……そうか。なら、待たせるのは悪い」


 ゼロスが先に立ち、捕虜を閉じ込めている市場へと向かう。道中見えた海は穏やかな波を立てており、昨日までここが戦場になっていたとは誰も思わないだろう。にぎやかだったであろう街を進み、市場にたどり着いた。出入口を警備している団員はすぐさま「お待ちしておりました。どうぞ」と言って扉を開ける。中へと入ると、昨日捕虜を代表して話していた小隊長らしき男が口を開いた。


「来たな。……呼びつけて悪いが、あんたとの取引に結論を出したんでな」


「ああ。……それで、どうする?俺たちの仲間になるのか?」


 小隊長は下を向きながら小さくため息をつく。彼は顔をあげるとその眼に怒りを燃やしていた。


「なる訳ねえだろ。……仲間のことを見捨てて敵の手先になれって?正気かよ」


「手先になれなんて一言も言ってない。俺はただ……」


「その言葉を信用できる根拠は?……てめえは帝国の人間だろ、俺にとっちゃあお前を信用する理由なんかねえんだよ」


「……だが、ここにはお前たちに食わせる食料なんてないぞ」


「それがどうしたよ。さっさと解放すれば済む話だろ?……捕虜を殺す度胸もない奴が団長かよ、情けねえ騎士団だな」


 エリオットは黙ってしまった。もはや言葉を交わす余地はない。彼らは圧倒的な拒絶を見せているのだ。残された手段は彼らを解放するか、あるいは皆殺しにするのどちらかしかない。エリオットが悩み苦しんでいる間にも、彼は責め立てる。


「おい臆病者。いつまで俺たちをこんなところに閉じ込めておく気だ?さっさと殺さねえと、俺たちを助けるための軍が来ちまうぜ。そうしたら、お前たちは終わりだ。俺たちが直々にてめえらの首を落としてやる」


「……本当に、駄目なのか?手は取り合えないのか?」


「しつこいぞ。俺ははっきりと言ったぜ。『敵なんかと手は組めない』ってな。……殺す度胸はないんだろ?ならさっさと解放してくれよ。臆病者」


 ついにエリオットは言葉を失ってしまう。背後に控えていたゼロスはその光景を見かね、彼に向かってある問いかけをした。


「エリオット、もっと簡単に考えろ。お前が誰かを救うために使えるのはその両手だけだ。……そいつらは、片手を塞ぐのに値するほど、救うべき人間か?」


 彼は何も言わない。だが、首を横に振った。ゼロスはさらに「誰を救うべきだ?」と問い詰める。


「……団の仲間だ。それに、帝国に暮らしている民」


「それで十分だ。こいつらを救ってやる理由なんてない」


 彼はまた何も言わない。だが、頭ではすでに理解している。彼らを殺すことが正しいということと、こんなことで悩んでいる自分がどれほど弱いかを。しかし、心がそれを拒んでいたのだ。彼は悩み、悩みぬき。……そして、剣を抜いた。小隊長の男の前まで歩みを進め、剣の切っ先を突きつける。


「……お前たちは、救わない」


「なんだよ。お仲間にちょっと言われたからって俺たちを殺すのかよ⁉俺たちの命はてめえのメンツのためにあるわけじゃねえんだぞ⁉」


 どうせ殺されないと高をくくっていた男は、エリオットの決心に対し、つばを吐く勢いでまくしたてる。エリオットは言葉を返さず、代わりにゼロスが口を開いた。


「負けた者が自分の価値を決められると本気で思っているのか?随分とおめでたい奴だ」


「……黙れ!やはり帝国は悪だ!貴様らのような邪悪が蔓延る国など、あってはならない!我らがアバニア王国こそが栄えるべき国家だ!」


「辞世の句はそれでいいか?」


「ふざけるな、ふざけるな!」


 吠える男の胸を貫く、エリオットの剣。男はせき込んだかと思えば、血を床にまき散らす。剣を引き抜かれ風穴が開いた胸からも血が流れだし、床に倒れた男は血で塞がった口で、言葉にならない恨み言を繰り返しながら絶命した。それを見届けたエリオットは剣を軽く振るって血を払い、剣を鞘に納める。そして、大きくため息をついた。


「……駄目だ。やっぱり、俺は臆病者だ」


「違う。お前は今、覚悟を決めた。自分が救うべきものを見定めた。それは臆病者には決してできない。……休んでいろ、あとは俺がやる」


「……すまない、助かる」


「ついでに一つ、頼みがある。……手が空いている奴らを連れてきてくれ。こいつらで磔を作ってやろうじゃないか」


 エリオットは「わかった」と返事をして市場を出た。扉が閉められ、中には捕虜とゼロスだけとなる。彼はわざと見せつけるように、背負っていた大剣をゆっくりと引き抜いた。


「……エリオットは優しかったが、俺はそうはいかん。恨むのなら、選択を間違えた自分たちを恨むんだな」


 突如、市場の中を一陣の風が吹き抜ける。あまりの暴風に外で警備をしていた団員が驚いて、中を確かめた。そこには、返り血に塗れたゼロスと、バラバラになった捕虜の死体がいくつも転がっていた。




「こんなバラバラじゃ、磔にできないんだけど?」


 ゼロスが捕虜を始末してから五分もしないうちに、エリオットに呼ばれたヴィズが市場に来ていた。人道に反した策が採用されたことにも驚いていたが、市場の惨状にはもはや呆れているようだった。


「なら、紐でつなげて街の外にでもつるしておけばいいだろう。磔を運ぶのは大変だろうし、こっちの方が楽だ」


「それはそうだけど……。まあいいか、もうやっちゃった後だし、今さら言ってもどうしようもないね。……こいつはそのまま磔にしようかな」


 ヴィズはそう言ってエリオットが手をかけた男の死体を指さす。……かつて似たようなことをしていた経験だろうか、手慣れている。他の団員の協力もあり、市場はすぐに片付き、ゼロスがバラバラにした死体は紐でつなげた。小隊長の死体はそのまま磔にし、街の北側に立てられた。……北から続く街道はいくつかの街と村を経由し、王都へとたどり着くことができる。ほぼ一直線であるため、敵が攻めてくるのなら北側からではないかと、ノクスが予想していた。


「……みんな、集まってもらってすまない。報告があるんだ」


 捕虜の始末を終えた後、緊急会議が始まった。エリオットのどこか疲れたような顔と、街の周りにいきなり現れた異様なモノの存在が、大まかな内容を示していた。


「今朝。捕虜は全員始末した」


「……そうか」


 エリオットの言葉に、カリンが一言だけ返した。昨日までの彼を知っている。捕虜すら救おうと頭を悩ませ、自らの足でそれを伝えに行った彼のことを。……その彼自身が捕虜の顛末を口にしたのだ。かけるべき適切な言葉などない。


「それと、もう一つ報告がある。迅雷騎士団がそろそろこっちに来るらしいんだ。ここから西に向かって、デリントを制圧すると聞いている。ここは補給地となるはずだ。敵兵からの攻勢は、なんとしても退けよう」


「了解」


 エリオットはそれだけ伝えるとすぐに会議の終わりを告げた。覇気のない顔をしたままの団長をさすがに放っておけず、カリンが彼の部屋に連れて行った。しばらく休ませるようだ。皆もそれぞれ持ち場へと戻り、ゼロスとアイリーンだけが部屋に残った。


「……少し遅いが、朝飯でも食べるか」


「ええ、そうしましょう」




 二人は朝食を食べ終えた後、そろってゼロスの部屋に戻っていた。昨日は夜通し見張りをしていたせいで、碌に寝られていない。揃ってベッドに寝転がり、他愛のない会話を交わす。大抵、ゼロスが先に寝てしまう。アイリーンはゼロスの寝顔をじっくり眺めていた。そうしているうち、彼女も眠りに落ちてしまう。……だが、今日はそうはならなかった。


「敵襲!」


 見張りの団員の声と同時に、甲高い鐘の音が響き渡る。ゼロスはすぐさま目を開けて飛び起きた。


「アイリーン!……まだ寝てなかったのか。いや、今はいい。すぐに行くぞ」


「ええ、行きましょう」


 二人は敵襲の報告があった場所へと急ぐ。そこは街の西側であった。見晴らしがよく、敵が向かってくる様がはっきりと見える。統率の取れた行進は威圧感を与えてくるが、それ以上に彼らは戸惑っていた。


「……なんで、クリステッドの兵がいるんだ?」


 櫓に立つ団員がつぶやいた。その言葉を聞いた別の団員がすぐさま目を凝らす。先頭を歩いている重装兵の盾には、アバニア王国の紋章ではなく、クリステッド公国の紋章が刻まれていた。


「これは、どういうことでしょう」


 西側の見張りに立っていたのはノクス達二番隊だ。エリシアが部下からの報告を聞き、頭をひねっている。


「何故クリステッドが……。条約を守らないつもりでしょうか?」


「まあ、そのつもりだろうな。……俺たちがクリステッドに抗議をしたところで、奴らは聞く耳を持たない。そして、制裁のための出兵はできない。……そんなところかな。でも、奴らも総力で向かってくるわけじゃないだろう。少しばかり兵力を貸し与えて、あとで恩返ししてもらおうって魂胆だろうさ」


「小汚い連中だ。猶更負ける訳にはいかんな」


 ゼロスは剣に手をかけながら街の外に出る。見通しがいいため、彼らもゼロスには気づいているだろう。だからと言って、特段何か変化があるわけではないのだが。


「……どうする、打って出るか?」


「さて、どうしたものか。……裏をかかれる心配はないし、正面からのぶつかり合いになるだろう。遠距離からの攻撃で街に被害が出るかもしれない。やはり出るべきだね」


 すぐさま二番隊と三番隊が街の出入り口付近に整列する。遠目で見ても戦力差は明らかで、ゼロスたちが数で負けている。しかし、ここは要地だ。退くわけにはいかないのだ。


「……行こう」


 ノクスが指揮官となり、アイリーンとゼロスが先鋒を務める。徒歩でゆっくりと敵軍に近づいていくと、奴らの放つ威圧感が増していく。兜で顔を隠しているため、敵兵の感情は読み取れない。それがかえって、まるで無機質な操り人形のように思えた。


「一旦ここで止まろう。状況はこっちが有利だ、相手の出方を待ってからでも対応は間に合う」


 街から少し進んだあたりでノクスが進軍を停止させた。向こうがこちらの手の届くところに来るまで待とうというのだ。弓を携えた兵を前に出し、矢を放たせる。敵軍の前線に立っているのは大盾を持った重装兵だ。ただの矢程度では痛くも痒くもないだろうが、鬱陶しさは感じていることだろう。ノクスの狙いはそれであった。


「前が盾を持っていても、後ろがそうだとは限らない。無防備な後衛を守るためにも、前線の奴らは急ぐ。……普通はな」


「普通は?今は違うのか?」


「ああ。前線はクリステッドの兵士たちだ。アバニアの兵じゃない。つまり、仲間じゃないんだ。後衛がどうなろうが知ったことではない。そうなると、後衛をかばうような動きはなくなる。すると、後衛にいる奴らが降り注ぐ矢の餌食になる。当然、矢の餌食になりたい奴なんていない。そこから逃れようと必死になるだろうな」


「そして、敵軍は歩幅を乱すと……。ノクスさん、いつの間にこんな策を……」


 驚くアイリーンとゼロスを前に、ノクスは何とでもないというように首を横に振った。


「これでも一応軍師なんでな。これは初歩中の初歩と言ったところだ」


 彼らが話している間にも、隊員たちによる矢の雨は止まない。すると、クリステッド兵の隙間からアバニア兵が現れ、こちらに向かってきている。矢から逃れるべく、前に飛び出したのだろう。それと同時に、ゼロスも一歩前に出た。


「そろそろ動くとするか。いいだろう、ノクス」


「うん。こっちは入り口の守りを固めておく、突撃は任せるよ」


「アイリーンはここにいてくれ。万が一でも隊長が落とされるなんてあってはならない」


「……わかりました。どうか、気を付けて」


 ゼロスは一度頷くと、三番隊の三割ほどを連れて前線へと向かった。ノクスの指示での矢の雨は未だ降り続いている。ゼロスたちは矢が降らない境目に立ちどまった。剣を抜き、正面を見据える。


「全員、ここで待機。奴らが来るのを待て。……俺たちが有利だ、臆するな」


「了解!」


 部下の士気は十分だ。矢から逃れるために走り出したアバニア兵たちはすでに眼前まで迫っている。皆揃って剣を抜き、構えた。


「帝国の犬ども!さっさと失せろ!」


「失せるのはお前らだ、雑魚共が!」


 一斉に切りかかるアバニア兵に対し、ゼロスは大剣の一閃を見舞う。胴で分かたれた体は宙を舞い、血をまき散らして地面に転がっていく。彼は剣に付いた血を払うこともせずに構えなおす。その鬼気迫る勢いに、兵は足を止めてしまう。しかし、足を止めると降り注ぐ矢が襲い掛かる。彼らに残された選択肢はなかった。


「クソッ!帝国の屑共め!お前たちに大いなる災いが……」


「宗教か?悪いが神は信じない性質でな」


 ゼロスは立ち向かってくる兵士を斬り捨てる。……ただの雑兵だ、造作もない。部下たちも苦戦の様子などなく、アバニア兵を打ち負かしている。しかし、これは前座に過ぎない。クリステッド公国の兵との戦いが本番と言ってもいいだろう。矢が大量に刺さりまるでハリネズミのようになったアバニア兵の死体の山を踏み越え、ついに奴らが近づいてきた。


「……退け!」


「それはこっちのセリフだ。……クリステッドは条約を破ったか、恥知らずの大国だな」


「……ドラガグリフ様を愚弄するかっ!その咎、身に刻むが良い!」


 敵兵は大盾を地面に打ち付け、それを軸に体をひねって槍を水平に振りまわす。勢い、そして重さ。それらが効率よく武具に乗り威力を叩き出す。ゼロスは難なくそれを受け止めて見せたが、眼の色を変えていた。……ただものではないと。


「それなりにやれる、ってところか。だが、所詮は雑兵!」


 ゼロスは大剣で敵兵を押しのけると素早く袈裟切りを放つ。よろけた敵兵は盾を構える間もなく、左肩を引きちぎられるように断ち切られた。だが、クリステッド兵は死に際も違った。声をあげることなく、泥人形のように崩れていく。兜の隙間から血が流れ出ていることから、ゼロスの目の前にいる兵は生き物であることは間違いない。だというのに、その死に様は生き物からかけ離れているように思えた。


「……気味が悪い」


 ゼロスがそう言うのも無理はなかった。仲間の死をなんとも思っていないのか、彼らは前進を続ける。無機質な太刀筋は予想外の力を持っており、堅牢な防備も相まってゼロスの部下たちは苦戦を強いられていた。


「お前ら!一度下がるぞ!」


「……了解!」


 部下たちは渾身の力で敵兵を押しのけると、すぐさま踵を返して街へと駆けていく。後を追おうとする敵兵の前にはゼロスが立ちはだかる。


「行かせるか。まずは俺が相手だ」


 敵兵たちは彼が「嵐」であることを知らないのだろうか。目の前で仲間が斬り捨てられているというのにもかかわらず、臆することなく歩を進める。……前進以外、考えられないようにさせられている。そうとしか思えないほど、彼らの歩みに迷いがなかった。


「……」


 何重にも重なった槍の攻撃がゼロスを襲う。集団で戦っているはずなのに、彼らの攻撃にはまるで統一感や協力の姿勢と言ったものが見て取れなかった。ただ全員が自分にとって都合のいいタイミングで攻撃を繰り出している。それが偶然重なっただけに過ぎない。……それ故、ゼロスにとってそれは苦にならなかった。


「どけぇ!」


 すべての振り下ろされた槍を大剣で受け止め、力一杯にはね上げる。そしてがら空きになった敵の胴に一閃を放った。鎧を切り裂き、敵の腹から臓物を見え隠れさせている。敵兵はわずかばかり膝をついて動きを止めたが、すぐさま立ち上がりもう一度槍を振り上げた。


「……チッ!なんだよこいつら!」


 ゼロスは剣の切っ先を地面に突き刺して掘り上げ、土煙をあげる。敵兵は驚いたのか一瞬動きを止めたが、すぐに何事もなかったかのように槍を振り下ろした。土煙を切り裂くように振り下ろされた槍は宙を斬り、地面に跡を残すのみであった。……ゼロスはすでに遠くに逃げていた。彼らは敵を取り逃がしたうえ、その身に致命傷を負っているというのに、迷うことなく街へと歩を進めた。




「ゼロス、今戻った」


「無事だったか。それは重畳。……部下から話は聞いている。クリステッドの兵、その奇妙さについてはね」


 モーテルム街の西側。ゼロスは無事に撤退し、ノクスに帰還報告をしていた。ともに待機をしていたアイリーンはゼロスの無事に安心し、胸をなでおろしているようだった。……街の入り口近くに建てられたテントの中で会議が行われる。


「先ほども言った通り、部下から報告は聞いているよ。クリステッド兵の奇妙さ。まるで……人形のようであると」


「……ああ。胴を斬られようが、目の前で仲間が死のうが……。奴らに一切の動揺はなかった。あれが訓練によってなされたものなのだとすれば、クリステッドは相当厳しい訓練を兵に課しているようだな。……人権をも無視するような訓練を」


「考えたくはないが、あり得る話ではある。……クリステッドは、四つの国を従えた大国だ。支配下となった国がどのような待遇なのか、俺たちはそれを知らない。敗戦国の国民を物言わぬ兵にしている可能性だって、ないわけじゃない」


 会議に参加していた他の者は信じられないといった様子でノクスを見つめる。だが、彼は「これは冗談なんかじゃない」と言って続けた。


「今朝のことを思い出してみなよ。団長は捕虜をどうした?……つまり、それぐらいのことはあり得るのさ」


 皆は何も言わない。残酷なことが平気で行われることなど以前の戦いで目にしていたはずだが、何時まで経っても慣れることなどない。すぐさまゼロスが話を引き戻した。


「今はそんなことよりあいつらをどうするか、だ。殺せはする。だが、敵の腕は鈍らん。戦いの流れを変えるのは難しいどころか、奴らとの戦いには流れなど存在し得ないかもしれないな」


「……気を引き締めるしかない、か。ひとまず皆にはそう周知しておこう。……俺はエリオットに報告してくる。ここは任せるよ」


 ノクスはそう言ってテントから出て行った。ゼロスたちもそれに続いてテントから出て、西の街道に目を向ける。先ほどは黒い粒のように見えていた敵兵がどこにもいない。先ほどの戦果としては、敵側は甚大な被害を受けたといってもいい。それ故、撤退を選んだのだろう。


「……一応、確かめに行くとするか」


 ゼロスは部下を何人か伴い、馬に乗って街道へと繰り出した。街道には至るところに矢が落ちており、ここが戦場となったことをこれでもかと物語っていた。それから少し進むと、道の真ん中で何人か倒れているのを見つけた。身に着けている鎧からして、クリステッド兵だ。仰向けにしてみると、腹が裂けている。


「正気じゃないな」


 彼らはゼロスに腹を斬られた後、碌に手当てもしないままにここまで進軍してきたのだろう。そしてここで力尽きてしまったのだ。ゼロスは敵兵の執念に恐れを抱くと同時に、クリステッドに対する不信感を募らせていた。

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