表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒嵐戦記 二部  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第四話

前回のあらすじ

ついにアバニアとの戦争が始まった。夜の海で、船上戦が繰り広げられる。慣れない船の上でも何とかアバニア兵を制し、港への道を切り開いた。だが、港には船以上に敵兵がはびこっている。ゼロスたちは無事にモーテルム港を手に入れることはできるのか。

 一方、港で待機しているエリオット達は。


「う……。やっぱりだめか……」


 船から降りた直後、ノクスが体調不良を訴えていた。……彼はもともと船酔いがひどい。本来ならばセルパンに残って護衛の任につくはずだったが、「参謀が後方に残っても意味なんかない。前線で策を練るのが俺の仕事だ」と言い張り、無理を押して乗船していたのだ。先ほどまでの戦いでは緊張感のおかげかいちいち酔っている暇すらなかったようなのだが、次第に具合が悪くなっており、モーテルムに着くころには生返事しか返せない程度に憔悴していた。


「……ノクス、調子は?」


「あまりよくないけど、戦おうと思えば何とか」


「まあ、ここには私たちもいることですし、今は後ろで休んでいなさい。……今のあなたじゃ、前に立たれたところで盾にもなりませんわ」


 エリシアの慰めなのかわからない言葉に、ノクスは「わかった、今は休むよ」と返す。騎士団の頭脳担当として共になることが多いからか、ノクスはそこまでエリシアの物言いに異を唱えることはなかった。


「伝令!五番隊は仮拠点の確保に成功しました。現在敵勢力とは交戦していません」


 彼らのもとに伝令兵が到着した。エリオットは報告を聞き、すぐさま指示を出す。


「わかった、すぐに移動しよう。……ノクス、動けるか?」


「ああ。……二番隊、集合」


 ノクスの号令ですぐさま二番隊の隊員が集められ、移動を始めた。まだ交戦状態ではないとのことだが、敵の動きが分からない以上、戦力を集めておくに越したことはないだろう。……そうして二番隊が出て行くと、それと入れ違うように別の伝令兵も戻ってきた。


「伝令!こちら三番隊。仮拠点の確保に成功しました。現在、隊長と副隊長が敵勢力の捜索にあたっています」


「わかった。……カリン、出てくれ」


「……いいのか?ここにお前だけ残すことになるが」


 エリオットからの指示にカリンは難色を示す。カリン率いる一番隊が港を離れると、団長を守るのは少数の団員しかいない。しかし、エリオットは「問題ないさ」と前置きし、訳を話す。


「セルパンにはもう船を送った。すぐにでもコルニッツォ達が来てくれる。それに、街に出たあいつらをかいくぐってここまで来るとは到底思えない」


「だが、戦場では万が一ということも……」


「だからって守られたままじゃ団長としてのメンツにかかわる。……こだわりたいわけじゃないが、大事なことだろう?」


 エリオットは今まで、一度たりとも「団長としてのメンツ」などということを考えたこともない。それでもなお、それを口にすると言うことの意味をカリンはすぐに理解した。……「人のメンツをつぶすような無粋な人間じゃないだろう?」と問いかけられれば、誰でも引き下がるほかない。それが真実であるかどうかは二の次だ。


「……わかった。すぐに出る」


 エリオットの予想通り、カリンはすぐに引き下がり、一番隊を伴って港から離れて行った。その場に残った彼はただ、仲間の無事を祈っていた。




「誰だ!」


 ゼロスとアイリーンの前に現れた謎の男。二人が捕虜としたアバニア兵の首を切り落としているが、彼が身に着けている鎧の胸元に光っている紋章、一羽の鷲が大きく翼を広げたような紋章は間違いなくアバニア王国の物であった。……つまり、この男は自らの仲間を殺したということになる。


「……ミーリスト。それが私の名だ。王翼騎士団の団長を務めている。冥途の土産に覚えておくと良い」


「ミーリスト……。お前、何を考えている?なぜ仲間の首を……」


 ゼロスからの質問を受けたミーリストは左手に持っていた首を投げ捨てながら言った。


「降伏したからだ。敵を前にして頭を垂れるなど、愚の骨頂。兵士として生かしておく価値もない。彼らも理解したはずだ、『これ以上生き恥を晒さずに済む』とな」


「……冗談、ではなさそうですね」


 剣を構えたままアイリーンがつぶやく。今目の前にいるミーリストの威圧感は相当なものであった。返り血を全身に浴び、握りしめた剣も血に濡れている。その上、話の内容に理解が及ばない。いつ彼が暴れだすか。まるで不発弾のようだ。……彼は剣に付いていた血を払った。


「次はお前たちだ。まさか先鋒部隊があれほど簡単に負けを喫するとはな。まあいい。暇を持て余すよりはマシだろう。……死ね!」


「単純だな」


 まるで瞬間移動したのかと思えるほどのミーリストの素早い踏み込みと突き。そしてゼロスはそれにしっかり反応し、大剣を盾にして突きを受け止める。アイリーンはゼロスの影から飛び出し、お返しとばかりに剣を円を描くように振り上げて斬りつける。剣の切っ先はミーリストの左腕の付け根をとらえた。骨までは至らずとも、布の下に守られていた肉と皮を切り裂いた。彼の左脇には血が滲み、一滴垂れた。彼は痛がる素振りを見せないが、一歩前にでた彼女を標的に向けたようだ。


「フッ!」


 短い掛け声とともに地面を蹴って後退しながら、剣の横薙ぎを放つミーリスト。アイリーンはそのまま剣で受け止めるが、無理な体勢から放ったとは思えない威力に剣がぶれてしまう。ゼロスは彼女の隙を隠すように前に飛び出し、右の拳を放った。ミーリストはそれを左手で受け止めようとするが、彼はゼロスの膂力を甘く見ていたようだ。受け止めきれず呆気なく近くにあった民家の壁に叩きつけられる。崩れる壁と舞い上がる土煙の中、ミーリストは瓦礫にもたれかかっていた。


「……何だ、この力は……。お前、ただものではないな」


「立て、早くしろ」


 ゼロスはアイリーンをその体でかばいながらも、握りしめた剣をミーリストへと向ける。敵との会話は余計な隙を生んでしまう。守るべき者が近くにいる以上、悠長なことはすべきではなかった。ミーリストは呆れたように立ち上がる。


「……つまらん奴だ。だが……」


 ミーリストはそう言ってまっすぐ見つめる。その視線はゼロスではなく、その影に隠れているアイリーンに向けられていた。


「私は好きな物を最後に取っておく性格でな。……今日はここまでにしてやろう」


 そう言った瞬間、彼の足元から霧が立ち込める。ゼロスはミーリストがいたであろう場所に向かって剣を振るったが、鉄塊はただ宙を斬るだけだった。




「来たぞ!帝国の奴らだ!」


 場所は変わり、港街の右側。北側に陣を張ったアバニア兵に対し、オルコスたちが打って出た。先陣はオルコス自身が務めている。


「『鋼技・大鋏』!」


 両腕を刃に変化させ、大振りに交差させる。巻き込まれたアバニア兵の身体はぶちぶちとちぎれるような音を立て、地面に転がっていく。あまりにも凄惨な光景におびえる兵士が大勢いるが、後方から聞こえる声が彼らの統率を取り戻す。


「うろたえるな!所詮敵は寡兵にすぎん!我らが数、練度の双方で勝る!着実に追い詰めよ」


「……チッ!動きが変わった!お前ら、気をつけろ!」


 乱れかけていた陣の統率を取り戻し、三重の攻勢で迫りくるアバニア。一度の攻撃をしのいだとて、その後に続く第二第三の攻撃が、オルコス達の反撃を許さない。


「クソッ、鬱陶しい!」


 三重の攻勢は守りでもその役割を果たす。わずかな隙をついて反撃を放ったとしても、第二第三の者達がそれを防ぐ。そしてすぐに攻勢に移る。相手の戦い方ゆえか、防御に専念できるおかげで致命的な一撃を受けている者は団員にいない。しかし、このままでは疲れで押し切られてしまう。その時。


「今だ!切り込め!」

「今が攻勢の時です!」


 セリアとネリアが率いていた隊が敵陣に奇襲を仕掛けた。側面をつくようにして現れた援軍は素早く敵陣に切り込んでいく。……三重の攻勢には、とある弱点があった。連携にわずかでも水を差されると、攻勢は一瞬で砕け散るのだ。それを知ってか知らずか、援軍は敵陣深くに入り込んで荒らしている。


「オルコス!無事か⁉」


「ああ、他愛のないものだった。鬱陶しくはあったがな」


「そろそろ反撃開始と行きましょうか。いい加減、皆も休ませたいことですし」


 セルパンの港を出てから休息をあまりとれていない。いつまでも終わらない緊張状態の中では、十分な休息を取れはしないだろう。医療兵らしいネリアの発言にオルコスは頷く。


「……さっさと首級をあげるとするか!」


 オルコスは一度大きく吠えると、全身を鋼化させて敵陣に向かって突進していく。先ほどまでは三重の守りに阻まれていた突進も、守りが乱れた今となっては致命的だった。敵陣が大きく引き裂かれ、守るべき指揮官の居所を露わにした。


「ぬうっ!まさかここまで乗り込んでくるとは……!だが、その突出は無謀というものだ!」


 指揮官の男はその手に持っていた槍でオルコスの胸を狙う。だが、鋼化したオルコスは胸を張り、槍を正面から受け止めた。鉄がぶつかり合う鈍い音が響き、火花が飛び散った。


「これは、鋼か!……ちっ、面倒な……」


「遊んでやる時間はねえ。さっさと終わらせる!『鋼化・蜻蛉斬り』!」


 オルコスの右腕が槍へと変化し、その切っ先が相手の男の胸を突く。鎧の胸当てを貫き、身体をも貫いた。


「グ……オオ……」


 槍が引き抜かれた途端、それを追うように胸元から血が吹き出す。指揮官の男はその場に仰向けに倒れこんだ。少しばかりもがき、戦いを続ける意思を見せたものの、胸を貫かれたまま動ける者などそうはいない。伸ばしていた手をだらりと下げ、その場で絶命した。


「……指揮官は落とした!俺たちの勝ちだ!」


 オルコスの大声に続き、団員たちは勝鬨をあげる。その場に残ったアバニア兵たちは、戦う意思をなくし、剣を手放し膝を折ることを選んだ。




 数刻後、モーテルム港街中央広場にて。エリオットの手により団旗が立てられ、港街が完全に掌握されたことを示した。すぐさまセルパンに残しただ任たちも呼び寄せ、街の防衛を確固たるものにする。……緒戦は上々といったところだ。街の中でひときわ大きい建物を拠点とし、中に団幹部たちが集められる。


「みんな、集まってくれてありがとう。……戦果は上々、文句の付け所がない勝利だ」


 まずは団長であるエリオットからの労いだ。そして続けて参謀であるノクスから今後の方針が話される。


「今後としては、とりあえず帝都からの知らせを待つだけだね。港は手に入れたし、他の騎士団たちも追々こっちに来るだろう。それまでは待機かな」


「……待機となると、ここを取り戻そうとするアバニア兵との小競り合いは少なからずありそうだな」


「見張りは交代で立ってもらう。今、団員たちに新しい櫓を立ててもらっているから、明日には完成するんじゃないかな」


 ノクスからの報告に皆は頷く。今後の方針はもう話し終えた。エリオットが会議の終わりを告げようとしたとき、オルコスが思い出したように口を開く。


「そう言えば、捕虜の連中はどうするんだ?戦力にはなりそうだが、素直に従うとは考え辛い。わざわざ食わせてやる義理もないだろう」


「交渉の材料……はさすがに無理だな。交渉しなければいけないことなんてないし、解放するにしても敵の戦力を増やす意味もない。……さて、どうしたものか」


「何も考えてないのか?」


「……ああ」


 会議室にいる他の者も頭を悩ませるものの、これと言った案は出てこない。……停戦をしたいわけでもないのだから、交渉の材料にはならないだろう。あるいは物資との交換を提案したところで、拒絶されるのは目に見えている。とはいえそのまま解放したところでアバニア兵として再び目の前に立ちはだかるだけだろう。雑兵ゆえそれほど手こずりはしないだろうが、敵に塩を送る理由もない。やはり、騎士団に入団させるのが一番か。エリオットはそう心の中で結論付けた。


「アバニア兵を取り込むぞ。……団を再編する」


「エリオット、正気か⁉敵兵を仲間にするなんて……」


 誰かがそう言いかけて、すぐに口を閉じた。オルコス、セリア、エリシア、そしてヴィズ。他にも烈風騎士団の団員にはコンテッド王国出身の者が在籍している。……彼らも元々は敵だったのだ。


「そもそも、説得できるのですか?彼らはずいぶんと王国への忠誠を誓っているようでしたけれど。私とは違って」


「勝算はある。……彼らにはアバニアの民の保護を優先してもらう。剣を取ってもらおうとは思わない。……戦えない者に手を出さないと分かってくれれば、彼らも協力してくれるはずだ」


 エリシアからの質問にエリオットは自信なさげに答える。それでも、団長の決めたことだ。他の皆はそれ以上何かを言うことはなかった。


「……そうと決まればすぐにでも行動すべきだ。行ってくる」


 そう言って席を立つエリオットをゼロスは引き留める。


「待て。警護もなしに敵の前に団長が姿を見せるのか?」


「だが、武器はすでに取り上げているはずだろう?問題は……」


「……『槍が折れれば剣で、剣が折れれば拳で、拳が砕ければその歯で』……。古代の英雄が遺した武勇伝の一つだ。剣など取り上げたところで安心などできないぞ。……俺も行く」


「……わかった。皆は身体を休めてくれ。ゼロス、行くぞ」


 エリオットの後ろにゼロスが続き、会議はお開きとなった。部屋に残された皆はそれぞれ不安そうな視線を二人の背中に向けていた。




 モーテルム港近くの市場にて。捕らえられた捕虜たちはちょうどいい場所がないからという理由で魚臭さがこびりついた市場に閉じ込められていた。いくつかある出入り口には騎士団員の見張りがついており、抜け出すことは叶わないだろう。


「団長、それにゼロスさん。お疲れ様です。何か御用でしょうか?」


「ああ。捕虜の様子を見たい。中に入れてくれ。……ゼロスも一緒だ、心配するな」


「了解しました。お二方、くれぐれもご用心を。一見はおとなしいのですが、何を考えているかは……」


 エリオットは団員からの心配に頷いて返す。……市場の扉が開かれた。彼らは中へと足を踏み入れる。すると、中にいた捕虜たちが一斉にエリオット達を睨みつける。その眼にはまだ戦意が残っているようにも見えた。捕虜の中の内、ある一人が口を開いた。


「……何をしに来た。負け犬の顔でも拝みに来たのか?」


 その人物は周りのアバニア兵と比べると、少しばかり鎧の装飾が派手になっている。小隊長のような役割を持っているのだろう。


「取引をしに来た。……俺たちの騎士団に入る気はないか?」


「何のつもりだ。馬鹿にしに来たのか?誰が貴様らなんかと……」


「悪い提案ではないはずだ。……俺たちは捕虜を食わせるほど余裕があるわけじゃない。そして、捕虜は簡単に解放できる存在ではない。それは分かっているだろう?」


「だから、お前たちの仲間になれと……。で、同郷の者を殺せと。……それが帝国のやり方か」


「いや、お前たちに剣を握らせることはしない。アバニアの地理に関する情報提供と、アバニア国民の保護。これが役目だ」


 取り付く島もないというような雰囲気だったのがわずかに和らいだ。予想だにしていない言葉に戸惑ったのだろう。彼からの言葉には敵意ではなく、疑問が混ざり始めていた。


「……いくら敵国だからって無辜の民を殺そうとするほど野蛮じゃない。なるべく命は奪いたくないんだ。……同じ国の者の言葉なら、素直に従ってくれるだろう。だからお前たちに、アバニア国民を守るよう動いてもらいたい」


 彼はまだエリオットに敵意の視線を向けている。そのことに気づいた彼は踵を返した。


「結論は急がなくていい。……これは互いに利がある取引だと、俺は思う。……ゼロス、行くぞ」


「……ああ」


 二人は市場から出た。見張りの団員をねぎらってその場を離れると、ゼロスが大きくため息をつく。


「エリオット。……やはりあれは欲張りすぎだ」


「……取引のことか。俺も、欲張りだとは思ってる。……戦場で奪う命と、この場で奪う命。命を奪っていることに変わりはないのに、どうして後者にだけ抵抗感があるんだろうな。……俺は、気が弱いのかもしれん」

 

「逆だ」


「え?」


「お前は強い。だからこそ、捕虜のあいつらに選択肢を示した。……本当に弱いのなら、さっさと殺してるはずだ」


「……お前に強いと褒められてもな」


「俺は腕っぷしだけだ」


 少しばかりエリオットの先を歩くゼロス。彼の表情は見えず、どのような心境であるかも読み取れない。それでも、彼の言葉は団長を励ますためのものであることは簡単に分かった。悩んでいたエリオットは小さく「ありがとう」とつぶやいた。




 ゼロスたちが仮拠点に戻ると、会議室にはカリンとアイリーンだけが残っていた。彼女らはドアの開く音で振り向いた。


「二人とも、戻ったか。……うまくはいかなかったか」


 カリンはエリオットの表情から、取引がうまくいかなかったことを察した。彼は「まだ結論は出てないさ」と取り繕い、部屋を見渡す。


「みんなどこに行った?ここじゃ騎士団の仕事なんてないだろ」


「見張りの仕事があるだろう。捕虜を取り戻しに来るかもしれないからな、見張りの目は多い方がいい」


「……そういうことか。で、報告はあったか?」


「今のところは何も。アバニアは先の戦いで無視できない損害を負っている。今すぐには攻勢に転じないだろう。……ノクスがそう言っていた」


 エリオットとカリンが話をしている間、ゼロスはアイリーンの隣に座らされていた。


「お疲れ様です、ゼロスさん。今は皆さんが見張りに立ってくれていますから、今のうちに休みましょう」


「……そこまで疲れているわけではないんだが……。わかった、少し休むとしよう。……だがその前に。エリオット、話がある」


「……なんだ?」


「敵将について。……ミーリストという剣士がいる。剣を交えたが、あれは相当のやり手だ。……仕留め損ねた」


「そうか。……ここに向かってくるかも知れないな、覚えておこう」


 ゼロスは「そうしてくれ」というと、ゆっくりと腰をあげた。そして「少し寝てくる」と言って部屋を出て行こうとする。それと同時にアイリーンも席を立ち、彼の後を追うように部屋を出て行った。会議室に残された二人は、そろって部屋の窓から街を見下ろしていた。


 会議室を出たあと、ゼロスは割り当てられていた自分の部屋へと向かっていた。彼の後をアイリーンが追っている。ゼロスは呆れたように振り返り、声をかけた。


「……何だ?本当に寝るだけだぞ」


「でも、ゼロスさんはこういう時大抵、訓練所に向かうじゃないですか。……ミーリストの話もしていましたし、今度は後れを取らないようにと考えているのかなと……」


「……今日はそんなことしないさ」


 ゼロスは少しばかりバツが悪そうな表情を浮かべる。彼の今までの行いが招いた結果とはいえ、休息をとることについては全く信頼されていないようだ。そんな話をしているうちに、ゼロスは部屋にたどり着いた。


「じゃ、何かあったらすぐに呼んでくれ。気にせず叩き起こしてくれていい」


「……私も、一緒にいいですか?」


 ゼロスが部屋のドアノブに手をかけた時、アイリーンが絞り出すように言った。彼女は頬を赤く染めながらも、言葉を続ける。


「その……。監視、監視のためです。本当に休むのかなと思ったので。……そ、それと……。最近あまり二人で話せなかったので、少し……」


「……ああ、わかった」


 ゼロスはアイリーンの願いを聞き入れ、自身の部屋に彼女を招き入れた。




「陛下。モーテルムが……」


「言わずとも分かっている。……ミーリスト、まさかお前が後塵を拝することになるとはな。帝国にはそれほどの使い手がいたか」


「……魔力、膂力、そして精神力。そのいずれもが他者と一線を画すものではありました。ですが、『弱み』も少なからず。次は奴の思い通りにはさせませぬ」


 アバニア、王城内、玉座の間。玉座の腰を下ろすレグラスは、モーテルム港での戦況報告を聞いていた。彼の目の前には、ゼロスと刃を交えたミーリストが跪いている。……彼らはモーテルムを失った。港は他にもう一つあるため、そこまで痛手ではないが、「緒戦に敗れた」という事実が何よりも厳しい痛手だった。


「王翼騎士団も敗走する始末。兵たちの士気が保てませぬぞ。今すぐにでも港を取り戻し、帝国の手先どもを排除せねばなりますまい」


「しかし、我が国でも屈指の実力であるミーリストが土をつけられるほどの剛の者が敵にはいるというではありませんか。このまま兵を向かわせても二の舞いになること必至です」


「……とのことだが、ミーリスト。その者の『弱み』とは、すぐに付け込めるものか?」


「いえ、いささか用意がいるかと。……時間を頂きたい。さすれば、必ず」


 頭を下げながら懇願するミーリスト。戦場ではないというのに膨れ上がっていく殺意が、彼がどれだけ悔しい思いをしたかを物語っていた。下げられた頭から垣間見える鋭い目つき。レグラスはそれを信じると決めた。


「いいだろう。ミーリストよ、時間をくれてやる。……次の敗北は許されぬ」


「はっ……。『騎士に二度の負けはない』という言葉もあります。……必ずや、帝国の威を挫いて見せましょう。……では」

 

 ミーリストは一度頭を下げ、玉座の間から退いた。それを見届けたレグラスは大きくため息をつく。


「……ミーリストが動けぬ今、どう抗うべきか……」


 帝国の手先は追い出したい。だが、戦力が足りない。しかし、放っておくわけにも行かない。……板挟みにされているようだ。身動きが取れない。その場で席を連ねている大臣たちも、レグラスのつぶやきに対しての答えを出せなかった。


「陛下。今のところは牽制でとどめるしかありませんぞ。そしてミーリストの用意が整い次第、攻勢に移るべきかと」


「……それが最善か。よし、前線に通達せよ。モーテルム港の……」


 レグラスがそう言いかけた時、玉座の間の扉が叩かれる。伝令兵からの報告だろうか。彼はすぐに「何用だ」と問いかける。しかし、扉の先にいる誰かはこの問いに答えない。部屋の中に妙な緊張感が走る。


「……誰だ」


「私だ。入るぞ」


 許しも得ず玉座の間へと足を踏み入れる誰か。その人物の顔を見た時、レグラスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「アーフェン……。貴様を呼んだ覚えはない」


「……いいのか、私にそんな口をきいて。ドラガグリフ様からのお言葉を持ってきたというのに……」


 アーフェンと呼ばれた男は余裕の態度を全く崩さない。レグラスは彼の物言いに不機嫌さを隠すこともしない。だが、ドラガグリフの名前が出たことで、彼の立場が決定づけられた。


「……あの方は何と?」


「『兵を貸してやる』と。陛下にとっても、帝国は脅威のようでな、お前たちにはぜひとも帝国の連中をつぶしてもらいたい。そのための支援は惜しまぬ」


「だが、『他国間戦争不可侵条約』があるではないか。そんなことをすれば、クリステッド公国の立場も危ういはず……」


 話を聞いた大臣が即座に声をあげる。国際条約で他国への戦力援助は禁止されているのだ。だというのに、クリステッド公国はアバニア王国に対し「支援を惜しまない」とのたまった。そんなことをすれば処罰は免れない。しかし……。


「危うい?それは間違いだ。……私たちがアバニアの援助をしたとして、誰が困る?」


「それは、敵国であるカイナだ」


「そう。カイナは当然抗議をする。しかし、我々が無視をし続ければ……」


「だから何だというんだ。すぐにでもアルスギアで裁きに掛けられることになろう。国際条約に違反した国へは軍事的な制裁が可能となる」


 レグラスはもったいぶるアーフェンに対し、苛立ちを募らせる。「何が言いたい?」と結論を急かす彼に対し、アーフェンは両手を広げながら、演説をしているように言った。


「アバニアとの戦争状態で、さらにクリステッドへの制裁を行うための軍はどうやって用意する?……そもそも、世界で今最も強い国は我らクリステッド!南端の辺境国などに後塵を拝するわけがない!……条約は、形骸化しているのだよ。最も強い国が決まりを破った時、それを裁ける力を持つ国はない!だから安心して、存分に我が国の精鋭を使うと良い」


 レグラスはアーフェンの言葉を受け、眼を瞑って天井を仰いだ。五分ほどそうしていただろうか。突如「決めた」と言ってアーフェンを見据えた。


「……我らアバニア王国は、クリステッド公国からの援助を受け入れる。この戦争、負けるわけにはいかん」

読んで頂きありがとうございました。宜しければ評価・感想のほどよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ