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黒嵐戦記 二部  作者:


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第三話

前回のあらすじ

カイナ皇帝がアバニアの使者を切り捨てたことにより、両国間での戦争が決まってしまった。一時、戦場から離れていたゼロスたちも、新たに迫りくる戦場を前に鍛錬を怠らない。

次の戦場はアバニアに最も近い港町であるセルパン。海戦に不慣れなゼロスたちはそこに滞在しながら、訓練を重ねていた。


誤字脱字等、ご容赦ください。

 次の日、そしてまた次の日と、烈風騎士団は日々過酷な訓練をこなしていた。どうしても船酔いしてしまう団員たちは、ゼロスの提言によってセルパン護衛の任務に就くことになった。同じく船酔いがひどいコルニッツォは隊長に、ヴィズは副隊長に任命された。少し広くなったストロング・ゲイル号の甲板で、手すりに身を預けながらゼロスは海を眺めていた。その日は、昨日よりも風が強い日だった。


「……あれは、船か?」


 調練の休憩中、ただぼうっと海を眺めていたゼロスの目に、何かが映った。はるか遠く、水平線の先に山脈がちらりと映りこむ景色の中に、異物が入り込んだ。それはゆっくりとゼロスたちが乗っている船に近づいてきている。


「船長!所属不明の帆船を一隻確認しました!旗はまだ見えません!」


 見張り台に立っていた船員も気づいたようだ。船長のガイエンも望遠鏡を持ち出し、船員が指さした先を見る。眉間にしわをよせ、唸り声をあげながら望遠鏡を覗いていたガイエンは突如声を張り上げた。


「取舵一杯!今すぐセルパンに帰るぞ!」


 船上は騒然とした。船員は大慌てで進路を変更し、緊張した面持ちを正体がわからない船に向けていた。事態を把握しきれていないエリオットはすぐさまガイエンに何が起きているのかを問い詰める。


「ガイエン!何があったんだ⁉」


「……クリステッド公国の船だ。鎧を着た連中がずらりと並んでやがる。……どうにも穏やかじゃねえ、こういう時はとんずらに限るぜ」


 クリステッド公国はアダマンテ大陸よりはるか北に位置する国だ。船だけで移動するのなら二週間以上はかかるだろう道のりだが、彼らは一体どうしてここまでやってきたのだろうか。ゼロスは近くにいた船員から望遠鏡を借り受け、近寄ってくるという船を確かめた。……こちらがセルパンに帰ることが分かったからか、彼らも進路を変更し、こちらと真反対に進んでいく。向こうにはアバニアがあるはずだ。


「……クリステッドの奴らは、何を考えているんだ」


 互いの船はどんどん離れて行き、奴らの船も視界から消えてしまった。ゼロスは望遠鏡を握りしめたまま、気に食わない違和感を抱き続けていた。港へと戻ると、予定よりも早い帰港に皆が騒ぎ立てる。事情を説明してもなお、その騒ぎは収まるところを知らない。それもそのはず、クリステッドにしてみればここは辺境なのだ。わざわざ足を伸ばす必要もあるまい。


「で、奴らはそのままアバニアに向かって行ったのか?」


「ああ、見た限りはな」


「……ドラガグリフは、この戦争に一枚噛むつもりかも知れないな」


「何?」


「カイナ帝国とアバニア王国。発端はアバニアだけど、我らが皇帝は随分とお怒りのようでね。この戦争の最終目的は『アバニア王国の制圧』になるだろう」


「……どういうことだ。防衛戦だけではないということか?」


 ノクスは一度深く頷くと、アバニアの方面を向いた。


「先に言っておくけど、これはただの予想だ。……戦争というのは大抵二つの動機に分けられる。『物欲か正しさか』だ。土地、資源を求めるのが物欲。宗教などの解釈の違いから剣を取るのが正しさ。ここまではいいかい?」


「……ああ」


 二人が話している間に、周りにはエリオット達が集まっていた。ノクスは他の皆にも視線を送り、話についてきているかを確かめ、続きを話し始めた。


「カイナとアバニアの間に宗教上の争いはない。だから、今回の戦いは物欲だ。そして、宣戦布告はアバニアからだ。……理由は分からないが、彼らは土地や資源などを欲しがっている。一度追い返した程度で諦めると思うかい?」


「……和睦の選択肢はないのか?」


 話を聞いていたカリンが口をはさむ。誰しもが思いつく戦争の終結方法だが、ノクスは首を横に振った。


「それはどうやら無理そうだ。……噂だけど、陛下はアバニアからの使者を斬り捨てたらしいんだ。そんな相手からの和睦を、受け入れる国なんかあるわけない。決着がつくまで戦いは終わらないだろうな」


「……向こうの港を占領しなきゃいけない理由は分かった。だがなぜクリステッドが出てくる?あの条約はどうなっているんだ?」


「まだ戦争状態じゃないからね。条約も適用されないさ。……奴らが出てくる理由としては『見学』がしたいんだろう。今や四つの国を支配下に置き、土地の規模や発展度合いでも頂点に君臨しているクリステッドだが、土地の広さと資源量だけで言えばカイナはあと一歩及ばない程度だ。もし俺たちが勝ってアバニアを接収すれば、奴らに並ぶことができる。……そしてそれはアバニアにとっても同じだ。彼らが勝って俺たちの土地を手に入れれば、クリステッドと対等になれる。……アルスの趨勢を占う戦いと言っても過言ではないんだ、これは」


「……どちらが勝っても自分の敵になりうる。だからこそ今のうちに敵情視察……。そう言うことか」


 ノクスの長話をオルコスが分かりやすくまとめた。船はすでに港に到着している。予定よりも早い帰港に、街に残っていた皆も不安がって駆け寄る。……エリオットは悩んだが、隠すことはもうできないと判断し、正直に話すことにした。当然というべきか、動揺は広がるばかりである。しかし、エリオットが声をあげた。


「落ち着けみんな!……よく考えろ、クリステッドがなんだ。俺たちがやることに変わりはない。国を、民を守る。……それで十分だろ」


「……そうだ、団長の言うとおりだ!」

「私たちはただ、迷わず守るための戦いをするだけ!」


 エリオットの言葉に、皆も落ち着きを取り戻していく。それに加えて士気も高まりを見せた。……開戦は翌日である。




 翌日、午前一時。セルパンの港からストロング・ゲイル号が出航した。夜の海は昼以上に危険を伴う。死にたがりではないのなら、絶対に避けるべきだ。……だが、烈風騎士団の頭脳を務めるノクスは、深夜の航行を進言した。


「何日か訓練はしたけれど、俺たちの海戦の練度は、はっきり言ってただの付け焼刃に過ぎない。練度で勝るアバニア軍に攻め込まれれば、かなり危ういだろう。港で待てば砲撃が飛ぶ。……ならば、こちらから攻め込むしかない。幸い、日付が変わって今日はもう蠍の月だ。卑怯と罵られることもない。……戦場でそんなことを気にしている場合ではないけど」


 ランタンの明かりはあまりにも頼りない。海の男たちは夜目が効いているようだが、他の者はまさに一寸先は闇という心持ちだった。……その中でゼロスは、「身体強化」で目を強化し、暗闇に包まれる海を睨みつけていた。そして、船員と同時に声をあげる。


「来るぞ!アバニアだ!」


 全員が一斉に武器を構える。ゼロスは闇を睨みつけ、背に背負った人の身長以上もある大剣に手を伸ばす。ガイエンも声を張り上げた。


「野郎ども!振り落とされるんじゃねえぞ!面舵一杯!帆を張れ!」


 船は途端にスピードを上げていく。全員が闇を睨み、いつ出てくるかわからない相手におびえていたその時。敵船が姿を現した。回避行動などとれるはずもなく、互いの船がぶつかり合う。木材の砕け散る音、船に乗る者の悲鳴が飛び交った。……それと同時に、敵兵がゲイル号へと飛び込んできた。


「レガラス王に歯向かう物共よ!今より死という報いをくれてくれるわ!」


「失せろ!」


 飛び込んできたアバニア兵は剣を抜くと、手当たり次第に切りかかる。だが、ゼロスが剣を二度振っただけで、彼らは肉塊に変わった。勢いのままに乗り込んできた敵兵たちは通常ではありえない光景に眼を奪われる。……そしてすぐに、目の前にいる男が誰かを理解した。


「……あ、『嵐』だ!嵐が……」


 恐怖に叫ぶ兵士の首が飛ぶ。残った兵士はあとずさり、または手すりを越えて船に逃げ帰っていく。彼らは小さなランタンに照らされた光景にただただ恐怖するばかりであった。


「逃がすな!乗り込むぞ!」


 エリオットの号令に従い、他の団員も敵戦に乗り込む。ついに、本格的な交戦が始まった。だが、それは児戯にも劣るものであった。彼らは恐怖に呑み込まれ、剣を握る手が震えている。無力化はあっという間だった。敵兵をあっさりと捕縛し終え、アバニアへの進路を急ぐ。その間、エリオットの指示に従ってノクスが敵兵から情報を引き出していた。


「モーテルムにいる兵士の数と配置は?」


「貴様らの蛮行、天が見逃すはずはない。ミーリスト様に裁かれるがいい。王国に栄光あれ」


「……面倒だな。団長、どうする?始末するか?」


「いや、黙らせておくだけでいい。捕虜は後々使い道がある」


「了解。……じゃ、静かにしててくれ」


 ノクスは自らの魔力を練り上げ、手に平に水球を作り出す。そしてそれで敵兵の顔を包み込んだ。敵兵は身体を縛られており、水球から逃げ出すことはできない。頭を振って必死にもがいているが次第にその動きが弱まっていく。ついに敵兵はピクリとも動かなくなった。ノクスは敵兵を水球から解放する。どうやら、まだかろうじて生きているようだ。気絶させただけということなのだろうが、そのやり方はあまり見られたものではなかった。


「ノクス、何をした?」


「何って、黙らせただけだけだ。……酸素欠乏で気絶させたのさ」


 エリオットからの質問に対し、事もなげに答えるノクス。彼のあまりに非道なやり方に、エリオット達は「あまり怒らせない方がいいな」という共通認識を抱いた。……鹵獲した敵船はゲイル号につないでいる。敵兵の監視役としてゼロスとアイリーンが敵船に乗っていた。


「……ミーリスト」


「アイリーン。何か知っているのか?」


 先ほどの敵兵の言葉を繰り返すアイリーン。敵兵の話し方では人の名前のようだったが、アイリーンは何か知っているのだろうか。木箱の上に腰を下ろしていたゼロスが尋ねる。


「……王翼騎士団の団長であるということしか知りません。しかし、その名前が出るということは……」


「モーテルム海岸には王翼騎士団が待機しているかもしれないな。……黙らされた兵士の話しぶりからしても、相当の実力者ではあるだろう。……エリオットに話してくる」


 ゼロスはすぐに立ち上がり、エリオットに呼びかける。


「敵は海岸に陣取っている可能性が高い。それも、相当の実力者がいるはずだ。警戒すべきだろう」


「わかった、皆に伝えておこう」


 エリオットがゲイル号へと戻っていく。ひとまずこれで今すべきことは片付いただろう。ゼロスは同じ木箱に腰を下ろし、一息ついた。その時だった。


「敵影確認!全員戦闘態勢!」


 ゲイル号から甲高い鐘の音が鳴り響く。ゼロスたちはすぐに立ち上がり、ゲイル号の船首へと急いだ。先鋒部隊が戻ってこないことにしびれを切らしたのか、敵の主力がずらりと横並びで向かってくる。先鋒のおよそ五倍以上の戦力だが、所詮は一兵卒に過ぎなかった。ゲイル号が接舷を仕掛け、一斉に団員たちが乗り込む。思わぬ敵の攻勢に肝を冷やしながらも、アバニア兵は数の利を生かして反攻を開始した。アバニアの主力船は一瞬のうちにゲイル号と鹵獲した敵船を取り囲み、捕虜の解放に走る。


「行かせるか!」


 そこをゼロスは逃さなかった。捕虜への道を立ち塞ぎ、向かってくる敵兵をいともたやすく斬り伏せる。アイリーンもゼロスに続き、捕虜の解放を阻止する。


「ええい、卑怯なり帝国の手先共!誇りを知らぬのか!」


「誇りだけでは国は守れないのです!強さなき誇りなど、妄言にすぎません!」


 敵兵の言葉にアイリーンがすぐさま応戦する。……その言葉は、彼女が悩んだ果てに得た答えでもあった。貴族の生まれでありながらもお飾りとなることを良しとせず、自ら傭兵となり剣を取った。貴族の生まれという「誇り」だけでは、戦争を止めることはできないことを、彼女は以前の戦いで痛いほど理解していた。……彼女がまとう気迫は、ある意味でゼロスを超えていた。


「降伏するならそれでよし。しないのならば、ここで斬り捨てます。……来なさい」


 ゼロスの存在、アイリーンの気迫。アバニア兵たちはそれらに押され、じりじりと後退を始めていた。頼りだった数の利も不用意な突出が災いし、今では少し多い程度でしかない。いつの間にか劣勢に追い込まれたことを信じられないのか、敵兵の一人が食って掛かる。


「ふざけるな、南端の辺境生まれが……。王国に仇なすことがどれほど罪であるか、身をもって……」


「御託はいい。降伏するかしないか、さっさと選べ。……こいつみたいになりたくなければな」


 敵兵の首が飛び、海へと消えて行った。……それが決定打になった。アバニア兵たちは破れかぶれの突撃を決行。大きく揺れる船の上で最期まで戦うことを選んだ。さすが海の戦士というべきか、揺れに身を任せた動きがそれらしい剣術のように見える。だが、それは子供だましにすらなり得なかった。烈風騎士団は二人一組で戦うことを徹底し、大勢に囲まれることを拒絶した戦いを繰り広げる。海戦の不慣れを手数で補った。片方が見せた隙をもう片方がかばうことで、敵に隙を見せずに戦うことができる。それに、彼らはゼロスに勝つ手段どころか、足止めをする手段すら持ち合わせてはいなかった。船上の手すりや柱を足場に飛び回るゼロスを誰一人として止めることができず、ゼロスが通った後にはただ血溜まりだけが残った。


「みんな、無事か?」


 エリオットがそう呼びかける。すでに手当を受けている者がいるが、それほど重傷ではないようだ。皆口々に「問題ない」と返事をする。どうやら完全勝利だ。


「……よし、ひとまずは大丈夫か。……敵の主力戦をどかすぞ、手伝ってくれ!」


 ゲイル号は敵船に囲まれたままだ。団員と船員を振り分け、それぞれ船を任せる。移動の準備ができた頃、ノクスが進言した。


「船の配置はこのままにしよう」


「囲まれたままということか。不便じゃないか?」


「……港から見た時、この状態はどう見える?アバニアの船が帝国の船を取り囲んでいて、まるで……」


「鹵獲したように見える。……敵を騙すのか。……面白いな、その策に乗った」


 ノクスの策により、アバニア船がゲイル号を取り囲んだままの状態で動き出した。時刻は分からないがすでに日が昇り始めている。ゼロスは日に向かいながらまぶしそうに眼を細めたが、隣にいたアイリーンは「きゃ」と短く悲鳴を上げた。


「……どうした?」


「ゼロスさんが血だらけすぎて、ちょっとびっくりしただけです。気分を悪くしたのなら……」


「いや、悪いのは俺だ。驚かせてすまない。まさかこんなに返り血を浴びているとは思わなかった。……ここでは洗えないし、どうしたものか」


 二人がそうして話していると、一番前を進んでいた船に乗っていたアイオスが声をあげた。……アイオスは旋風傭兵団の頃から在籍している古株である。度胸は筋金入りで、剣術も上等ではあるのだが魔法の才がない。しかしそれでも彼は諦めなかった。その結果、一番隊の副隊長という地位を任されている。現在は後進の剣術指南に精を出している。


「港だ!アバニアの港が見えたぞ!」


 昇る朝日に港が照らされている。それと同時に、海岸にずらりと並んだ敵兵たちも照らし出されていた。


「作戦通りだ、落ち着いて行こう」


 エリオットはアイオスたちにそのまま航行させる。港は目と鼻の先だ。




 モーテルム港にはずらりと兵隊が並んでいた。王国船が敵船を取り囲んで戻ってきたのだ。彼らは勝利を疑ってかからず、すでに祝勝の雰囲気に包まれていた。先頭を進んでいた王国船が港に停まる。……降りて来たのは、烈風騎士団だった。アバニア兵からしてみれば、いきなり敵が現れたものである。あまりの衝撃で呆気に取られてしまった。そこを見逃すほど彼らは甘くない。


「行くぞ、一気に港を制圧する!」


 先陣を切るアイオスに続き、団員が港街に走り出す。街で暮らしていた住民は慌てて逃げ出し、大騒ぎとなる。勝利を確信していたため、港街が戦場になると考えておらず住民を避難させていなかった。アバニア兵はその騒ぎに巻き込まれ、あっという間に港の一部を烈風騎士団に掌握されてしまった。波止場と街の一部程度しか抑えられていないが、そこを抑えられるのが一番まずい。家の戸締りの権利が他人に委ねられているようなものだ。帝国の騎士団たちが続々と安全にこの港からアバニア全土の制圧作戦を開始するだろう。


「街を全部抑えるぞ。ここを帝国の補給地にするんだ。一番隊はここで待機。アイリーン、オルコス。前に行けるか?」


「了解しました」

「おう、任せてくれ」


 将の増加により、烈風騎士団は分隊の編成を一新した。一番隊は変わらずカリンが隊長、アイオスが副隊長を務めている。二番隊の隊長はノクスのまま、副隊長がエリシアに変わっている。三番隊も一番隊と同様、変化はない。そして新たに四番隊と五番隊が作られた。四番隊の隊長にはコルニッツォが、副隊長にはヴィズがなったが、二人は今セルパンの護衛任務に就いているため、この場にいない。オルコスとセリアはそれぞれ五番隊の隊長と副隊長となり、この戦いが分隊としては初陣となる。


「俺たちは右から行く」


「わかりました。では、私たちは反対から」


 オルコスたちは波止場から街に入り、路地裏を通って街の右側の制圧を狙う。アイリーンたちはその逆を行く。戦力の分散は危険な手ではあるが、波止場に残ったエリオット達がすぐ援護に来られる距離のため、そこまで神経質になる必要もない。


「……静かだな。全く人の気配がない」


「ええ、先ほどはあれだけアバニア兵がいたというのに……」


 ゼロスが先頭に立ち、アイリーンたちが彼に続く。アバニア兵たちはどこかに身を潜めているのか、その姿を見ることは全くなかった。


「……半分はここに残します。もう半分は波止場に伝達を。『敵影なし、制圧は順調』と」


 おそらく役所だろうか。周りと比べてひときわ大きい建物を見つけたアイリーンたち。彼女らはここを臨時拠点とし、分隊の半分を拠点の防衛任務に、もう半分を本隊との伝達任務につけた。彼女はそれを見届けると、建物から出ようとする。引き留める部下たちを前に、彼女は言った。


「……どうしても、気になるんです。あまりにも、静かすぎる。もう少し街中を調べてみようかと」


「しかし、隊長おひとりでは……」


「ひとりではありません。……ね?」


 アイリーンはそれだけ言ってゼロスを見つめた。言いたいことはすぐにわかる。ゼロスは彼女からの頼みに黙ってうなずき、苦言を呈していた部下には「安心しろ」と声をかけた。


「俺が同行する。それなら構わないだろ?」


「……わかりました、副隊長がご一緒なら」


「わかってくれてありがとうございます。……建物の調査、お願いしますね」


 彼女は部下にそう言い残し、建物を後にした。街中にはいつの間にか霧が満ちていた。それは、まるでその場にいる団員すべての心模様を表しているように見えた。




「住民は全員避難したか」


「そう、みたいですね。……本当に、誰もいない……」


 ゼロスとアイリーンの二人は霧に包まれたモーテルム港の街中を歩いていた。民家の中や路地裏なども覗いてみるが、敵どころか人影すらない。


「……やはり罠の可能性が高いな。急に出て来たこの霧も、アバニア兵による目くらましかもしれん」


「しかし、なぜ彼らは仕掛けてこないのでしょう。視界を奪うにはもう十分のはずですし……」


 頭を悩ませながらも歩みを進めるアイリーン。彼女の言葉にゼロスも同じ疑問を抱く。視界を奪うのは十分、あとは敵が罠にかかるのを待つだけ……。何かが風を切る音がした。


「アイリーン!」


 ゼロスはとっさに彼女の手を引き、身体を抱き寄せる。どこかから飛んできた矢が、彼女が立っていた場所に突き刺さる。道に敷かれていた石すら砕くほどだ。


「い、今のは……」


「やはり罠で正解だったようだな……。下がっててくれ、吹き飛ばす」


 ゼロスはアイリーンを自らの後方に下がらせ、自らは剣を抜く。剣を上から下に思いきり振りぬき、風圧を生み出して霧を払う。それと同時に、先にいるであろう敵兵にも攻撃を仕掛ける。


「うわぁっ!」


 叫び声と共に、何かが崩れていく音が響く。霧が晴れた先には崩れた櫓と、それの下敷きになるアバニア兵たちがいた。ゼロスと兵士の目があい、兵士の手元が光った。……発射音と共にボウガンから矢が放たれる。ゼロスではなく隣にいたアイリーンを狙って放たれた矢だったが、ゼロスが掴み取ったことで何とか事なきを得た。


「……油断も隙も無いな」


「それが戦場の常、というものですね」


 ゼロスが飛ぶ矢を掴み取るという荒業を披露したためか、アバニア兵たちはすっかり委縮し、戦意を失っていた。二人は彼らを捕虜として捕らえ、街灯の柱にくくりつけて逃げられないようにした。ゼロスはそのうちの一人の顎を掴み上げ、尋問を始める。


「お前らの指揮官はどこだ?」


「……確かに降伏はしたが、仲間を売るような真似はしないぞ」


「そうか。ならいい。……アイリーン、もう少しうろついてみるか」


「ええ、わかりました。……おとなしくしていてくださいね」


 捕らえた捕虜たちに念を押し、二人はその場を離れようとした。その瞬間、ゼロスが一度払ったはずの霧が当たりに満ちていく。それと同時にアバニア兵たちも矢庭に色めき立つ。ゼロスは背負っている大剣に手を伸ばし、周囲を見渡す。すでに辺りに満ちた霧が視界を奪っていた。手を伸ばした範囲程度しか見えない。それより先は真っ白だ。


「……アイリーン」


 ゼロスは隣にいるアイリーンを抱き寄せる。どこから敵が現れるかわからない以上、まとまっていた方が安全だろう。彼女はゼロスの行動に少しばかり驚きつつも、その意味をすぐに理解した。彼女もまた剣を構え、霧を睨みつける。……それから少しの静寂があり、そして。


「うわあああ!」


 捕虜たちがいきなり叫び声をあげ始めた。それと同時に、何かを叩き斬るような音も響いている。……捕虜たちの声が聞こえなくなった。何か固くて重いものが地面を転がってくる。ちょうどゼロスの足元で止まったそれは。


「……何っ⁉」


 捕虜の首だった。驚きの表情のまま固まった顔だけがゼロスを見上げている。……霧の中に、何者かの影が見えた。


「そこかっ!」


 ゼロスは霧に向かって剣を振るう。あえなく宙を斬ったものの、霧を払うことはできた。……そこにいたのは、男だった。白い鎧を返り血で赤く染め上げ、右手には血に染まった剣を、左手には捕虜となった者の首を。その立ち振る舞いは堂々たるものだった。「もう隠れるのは十分」。そう言っているように思えた。




 一方、オルコス達が向かった街の右側では。その地域の貴族が住んでいたらしい豪邸を制圧し、仮拠点としていた。すでにエリオット達への連絡役を走らせている。屋根の上に見張りを立たせ、オルコス達は玄関近くで会議を行っていた。


「敵の影が見えないのが嫌な感じだ。見張りからも、今の所何かを見つけたという報告はない」


「……やはり、打って出るべきではないか。いつまでもこうしていたところで埒が明かない」


 悩むオルコスを前に、セリアは強行を主張する。


「敵の出方がわからない以上、早めに動くべきだ。ここでちんたらしている間にも罠を張られる可能性がある」


「……いや、焦りは禁物だ。俺たちは港を押さえている、状況で言えばこちらが有利だ。不用意に前に出てその隙を狩られるのは避けたい」


 かつて王国の将軍を務めた経験からか、その荒々しい戦い方に反して慎重な展開を描くオルコス。強行を主張していたセリアも彼の言い分に納得したのか、「わかった」とすぐさま引き下がった。……しかし、事態はすぐに動く。


「伝令!敵影を確認!……ここより北に陣地を張っている模様ですが、どうしますか」


「……隊を分ける。セリア、左側から回り込め。ネリア、お前は右からだ。俺は正面から行く。……伏兵を警戒しろ」


「わかった」

「了解しました」


 セリアとネリアはそれぞれ隊員を引き連れる。……ネリアは旋風傭兵団からの古参で、ダゴン山岳地帯の戦いに参加していた。その時に知り合った縁のためか、セリアと仲が良い。現在は医療兵長として五番隊に所属している。とはいえ、剣の実力も相応のものだ。……オルコスもまた隊員を連れ、豪邸を出た。見張りの報告では、北に敵がいるという。


「敵に気づかれるなよ。静かに行こう」


 オルコスの言葉に、セリアとネリアは頷いて答える。そして、五番隊は三つに分かれて北にある敵陣地を目指した。慎重に歩を進め、敵陣に近づく。


「……上に登ってくれ」


 オルコスに指示された部下は一度頷き、重力を感じさせない跳躍を披露した。……彼はクバルほどの魔力を持つわけではないが、同じ重力魔法の使い手でもある。


「様子はどうだ?」


「士気はかなり高いかと。……指揮官らしき人物は陣の中央に。さっさと首を取るのはかなり難しいと思われます」


「わかった。……正面から行こう。戦力で言えばそれほど差はない。セリア達の奇襲が決まれば流れは決まるはずだ。……行くぞ」


 慎重派である彼としても、敵の陣地を前にすればいつまでも悠長にしていられるわけではなかった。オルコスは自ら先陣を切り、敵陣に向かった。

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