第二話
前回のあらすじ
国際機関「アルスギア」の議長はさらなる戦争を望んでいた。それは、世界のすべてを自らの手中に収めたいがためである。当然、諸国はそれに反発。アバニア王国の国王、レグラスはカイナ帝国の領土をもってクリステッド公国への対抗を決意し、帝国へと宣戦布告した。
誤字脱字等 ご容赦ください。
二日後、アバニア王国。カイナ帝国からの返答を乗せた船が、王国の港に到着した。返答を待ちきれなかったレグラスは港に足を運んでいた。
「帝国は、どう出てくるでしょうか」
大臣の一人が不安そうな表情を浮かべる。他の大臣も不安そうにしているが、レグラスはその不安を払拭するように声をあげる。
「会談の同意に違いない。大陸統一戦争からは二か月しか経っていないのだぞ?民や兵士の疲れを考えれば、戦争をするという愚かな選択はするはずがない。……仮にしたとしても、戦争疲れの国が相手だ。兵力には決定的な差が出よう。……アルバート、お前はどれほど賢いのだろうな」
完全に相手を手玉に取った。そう確信してやまず、したり顔をするレグラス。しかし、彼の顔はすぐに怒りで染まることになる。使者団を乗せた船から真っ先に降りて来たのは、棺だった。遠くからでもすぐにわかる。
「なっ……あれは……⁉」
レグラスは咄嗟に走り出す。どうにも信じられるものではなかった。棺に飛びつき、その場で開けさせる。中には、頭部が爆ぜた人間の死体が入っていた。握られていた書簡の封には、アバニア王族の紋章が入っている。これを託したのは、一人しかいない。
「……ウ、ウレン!何ということだ……。アルバートめ、自分が何をしたかわかっているのか。『耄碌していた』では済まさんぞ」
「陛下、こちらを。奴らより預かった書簡であります」
大臣の一人が差し出した書簡を、レグラスはふんだくるように受け取る。書簡には、「使者の死体が返答である」とだけ記されていた。レグラスは怒りのままに紙を握りつぶし、大きく声をあげた。
「戦争だ!ウレンの、そして我らアバニア王族を舐めてかかった帝国の阿呆共に、一泡吹かせてやろうぞ!」
「また会議か。このところ、治安はいいはずなんだがな」
「私も呼ばれるということは、警備のお話ではないのかと思います。……もしかすると」
アバニアに使者団の船が戻ったころ、ゼロスとアイリーンはチューン城の廊下を歩いていた。またもや兵士に会議だと呼び出されたのである。つい先日も急ぎの用事だとして会議が行われていた。そう何度も会議があれば、嫌な気配を感じるのも仕方のないことだろう。ゼロスもそれをわかっているのか、「心配するな」と言うことはなかった。
「……来たか」
扉の前にはいつものようにカリンが立っていた。声に覇気がなく、表情もどことなく疲れているように見える。……最近は盗賊の噂すら聞かないというのだが、別件で忙しいのだろうか。
「カリンさん、大丈夫ですか。あまり体調がよくなさそうですが」
「ああ、少し疲れているだけだ。……皆、中で待っている。早く入れ」
カリンは会議室への扉を開ける。中には騎士団の幹部群がそろっていたが、誰も彼もその表情には緊張感が浮かんでいた。……ただごとではない、二人は瞬時にそう感じ取った。
「来てくれたか、二人とも。……悪い、すぐに始めさせてもらうぞ。ノクス」
「……わかった。二人とも、ひとまずはこれを」
ノクスは懐から書簡を取り出す。ゼロスはそれを受け取って開く。記された言葉を呼んだ後、彼はため息を一つついた。
「……アバニアとの戦争……。思っていたよりも火の粉は早く降りかかるものだ」
アイリーンは言葉を失っているが、その眼には悲しみが宿っていた。
「そんな、どうして……。アバニアとの関係はそこまで悪くなかったはずです。それどころか貿易相手としては互いに欠かせない存在だったはずでは。……同盟を結ぶ理由はあれど、剣を交える理由など……」
「僕らにはなくても、奴らにはあるんだ。……クリステッド公国。アバニアはそことの戦争を考えている。けれど、土地も兵士も足りていない。そして僕たちはつい最近大きな戦争が片付いたばかりで、まだ疲れが残っている。……理由は十分だろう」
「……和平も無理だ。アバニアからの使者は陛下自らが『始末』なさったそうでな。相手方の怒りを買うにはこれ以上ない。……戦うしかない」
エリオットは頭を垂れながらそうつぶやいた。死に物狂いで手に入れた平和は、あっという間に失われようとしている。皆、あの頃の壮絶さを知っているからか、表情には陰りが見えていた。しかし。
「……今度は、守るための戦いだ。奪うためじゃない」
ゼロスのその一言で、皆は顔をあげる。……思えば二か月前までの戦争は、互いに奪おうとした結果起きていたものだった。しかし、今回は違う。経緯はどうあれ、彼らの目的は自らが生きる国を、街を、そして。
「……俺には、守るべきものがある。お前らもそうだろう?」
「……守るためには、戦って勝つしかない、か」
「今までそうやって生きて来たんだ。今さら何を悩んでいたんだろうな」
「守るための戦いなんだ。迷う必要は最初からなかった」
「……今まで通り。簡単な話だ」
「戦える私たちが戦わないで、誰が剣を取るというのだ。……腑抜けている場合ではなかったな」
「いかなる敵が攻め寄せようとも、私たちが追い払う。……私を救ってくれた、皆へのせめてもの恩返しをせねば」
「歯向かうものは凍てつかせましょう。……平和は、戦ってでしか得られないものでしょうから」
「……やっと、団員としての仕事が出来そう。あんまり喜ぶべきじゃないと思うけど」
ゼロスの励ましに皆が答える。皆はつかの間の平和を、そして守るべき者との時を過ごした。その大事なひと時が、戦火によって焼き払われることを恐れていたのだ。しかし、彼らに降り注ぐであろう火の粉を払えるのは、かつて剣を握った自分たちでなければならないのだ。
「……私も、覚悟を決めます。……私だって、騎士団の一員ですもの」
アイリーンが最後に覚悟を口にした。会議室は、決意に満たされた。エリオットはすぐに他の団員に会議の内容を通達し、戦争への備えを始めた。蠍の月までは、残り一週間ある。……その日の午後。ゼロスはアイリーンと共に孤児院に戻っていた。手伝いとして孤児院にいるシエラたちに、事情を伝えねばならない。
「……という訳だ。今度の戦いは、前以上に負けるわけにはいかない」
「承知いたしました。園長が不在の間、私が代理としてこのヴァイス園を守ります。……園長がいないというのは、珍しいことでもありませんでしたから、慣れっこですよ」
シエラの頼もしい言葉に、アメリア達も続いて頷き、「いつものように、私たちにお任せください」と意気込む。
「子供たちをお願いします」
アイリーンはそう言って深く頭を下げた。シエラはすぐに「頭をあげてください」と言う。
「お願いするのは、私たちの方です。……どうか、子供たちの平和な未来を……」
シエラはそう言って頭を下げる。アメリア達もまた「お願いします」と言って頭を下げた。
シエラたちと別れ、二人はチューン城へととんぼ返りした。ゼロスは日課の鍛錬を行っていたが、アイリーンは家の仕事などに忙殺され、すっかり剣を握ることもなくなっていた。当時の感覚を取り戻すためにも、騎士団の訓練に参加しようとしていた。訓練所に到着した二人を出迎えたのは、訓練所からあふれ出す熱気であった。皆すでにエリオットから話は聞かされている。戦いを忘れたいと願った者はすでに城から去っていた。
「……来たな」
訓練所の主のような態度をしているのは、オルコスだ。エリオットから管理を任されているようで、訓練内容なども彼が決めているらしい。ゼロスは彼の姿を一目見た途端、アイリーンに「覚悟しておいた方がいい」とささやいた。アイリーンは当初その意味をよく理解できなかったが、のちに嫌でも理解することになった。
「まだ休憩の時間じゃないぞ!足を動かせ!」
殿を走るオルコスの声が響いてくる。現在彼らは鎧を身に着けた状態で走る訓練を行っている。いくら研究が進んだとはいえ、身を守る鎧はそれなりに重い。その状態で走り続けるというのは、単純な見た目に反してかなり厳しい訓練なのだ。……教官であるオルコスや、日ごろから鍛錬を欠かしていないゼロスはは、身体に虜囚用の重りをつけた状態でこの訓練を行っていた。
「よし、休憩!」
目標距離を走り終え、ようやく休憩の時間となった。アイリーンはその場に膝をつき、全身で呼吸をする。顔や体からは汗が無尽蔵に流れ出していた。
「……こんなに、疲れるものでしたっけ……」
家の教えもあり、戦争の間は彼女も自分自身にそれなりの訓練を課していた。ただ、ここ最近は家業の忙しさと平和を理由に、それをさぼっていたのだ。彼女は今、身体はここまで鈍るものかと打ちひしがれている。そんな彼女の隣に、水入りの瓶が置かれた。
「あまり無理するな」
「……いえ、これぐらいは……。もうすぐ戦争が始まるんです、甘えているわけには……」
「その前に体を壊せば元も子もない。あと一週間あるんだ、ゆっくりでいい」
彼女は瓶の中に入った水を半分ほど飲み、大きく息をつく。そして、「……わかりました」と不服そうに言った。……その後もオルコスが主導する訓練は続き、すっかり日が暮れていた。日頃、警備兵として訓練を受けている者であっても、立っていられないほどの壮絶さだった。その中で、アイリーンはどうにかその両足を地につけていた。
「……驚いた。しばらく動いてなかったんだろう?」
袖で汗をぬぐいながらオルコスは言った。アバニアとの戦争まで残り一週間。彼はあまり時間がないと判断したのか、今日はいつも以上に厳しい内容になっていたようだ。彼自身も息を切らしている。
「こんなことで、へこたれているわけには、行きませんから……」
「結局最後まで頑張ったな。無理はするなと言ったが……」
ゼロスはアイリーンの身体を抱え上げる。彼女は急な出来事に驚きを見せたものの、特に抵抗することもなかった。……気力で立っていただけで、一歩たりとも動けなかったのだ。彼はそれに気づき、黙って抱え上げたのだ。その光景を見ていたオルコスは「……やるな」と感心した様子だった。
アバニア王国、城内議場にて。
「兵士の士気は?」
「今の所は問題ありません」
「帝国の様子は?」
「つい先ほど斥候より報告が届きました。奴らはお抱えの騎士団に何やら通達を。おそらく戦争に備えよという内容かと」
大臣からの報告を受けたレグラスは「ふむ……」と声を漏らし、天井を見上げて思案を巡らせる。隣国であるが故、彼らは以前の大陸統一戦争の情報を手に入れていた。どのように戦いが運んだのか、どちらが勝利を収めたのか、戦果を挙げた戦士は誰か。
「……対処を考えねばならん。まずは、紅蓮騎士団。帝国最強と名高い奴らをいかにして討ち果たすか」
「陛下、こちらには世界のどこを探しても、上を行く者がいないと言われるほどの戦士がいるのをお忘れでしょうか。……ミーリスト率いる王翼騎士団に任せましょう」
「いえ、それよりも我らが得意とする海戦に持ち込むべきですぞ。奴らは海戦に慣れていないはずですから、そこを狙えばいくら相手が武勇を誇っていようとも一網打尽に出来ましょうぞ。ミーリストは温存するべきです」
「しかし、温存しては、いざ敗北を喫したときに苦しくなる。先手必勝を言う言葉もあるのだ。先手を取らねば」
会議は熱を増していく。戦いに負けたい者などいないのだから、当然と言えば当然である。議場は「ミーリストを出すべき」と「海戦を仕掛けて隙をつくべき」という二択に分かれた。双方ともに、「陛下!」と名を呼ぶ。作戦の決定権はレグラスにゆだねられた。
「……海戦の用意をせよ」
「しかしながら陛下!」
「わかっている。……モーテルムに王翼騎士団を配備する。万が一ではあるが、前線が崩れた時、ミーリストにはすぐに出てもらわねばならん」
よく言えば両方の案を取り入れた。悪く言えばどっちつかずのようにも聞こえる。だが、大臣の皆もこれが最良の案だろうとレグラスを信じることにした。すぐに軍部大臣の男が席を立ち、情報伝達のため議場を後にする。……レグラスはその背中を黙って見送った。蠍の月までは残り一週間である。
アバニアからの宣戦布告から三日が経った。訓練を続けていたアイリーンたちはすっかり以前の感覚を取り戻していた。日課と化した朝の鍛錬を済ませた彼らのもとに、エリオットからの招集が届く。どうやら次の戦いに関することのようだ。であれば急ぐほかない。……会議室にはノクスとエリシアを除いた全員がそろっていた。エリオットは会議を始めようとするが、ゼロスが口をはさむ。
「……二人いないが。どこに行った?」
「俺がさっき任せた別件で席を外している。気にしないでくれ。……始めるぞ。カリン、頼む」
「ああ。……今朝、帝都から書簡が届いた。我々はこれからセルパンに向かうことになる」
セルパン。アダマンテ大陸を二分するバステア山の西側に位置する街で、アイリーンの故郷であるヴェスペルの隣に位置している。帝国はこの港街を戦場にすることにしたようだ。
「大まかな流れとしては、ここから船に乗り、アバニア王国のモーテルム港へと向かう。そして港を制圧し、王国制圧の足掛かりとする。……私たちには不慣れな海戦が発生するかもしれない。調練も含めて、早めにセルパンに向かえということだ」
カリンが話を終えると、一気に会議室の空気が引き締まる。ぼんやりしていた戦争という物事の影がはっきりと形作られていく。
「ノクスとエリシアは移動用の馬車を手配している。出発は今日の午後。明日の朝にはセルパンに到着するはずだ」
エリオットが二人いない理由を付け足し、今後の予定を伝える。皆頷いてエリオットの言葉に応えた。カリンが「さて」と会議の終了を告げるような一言を発したとき、部屋の外から騒がしい声が聞こえて来た。何かあったのかと皆の視線が扉に集まったとき、強く開け放たれた。その先にいたのは、普段は帝都との連絡役を務めるメイアとオーファンだった。そしてその二人を追いかけていたのか、少し遅れてノクスとエリシアが姿を現した。
「どうした、騒がし」
「団長!俺たちもセルパンに連れて行ってください!お願いします!」
エリオットが訳を聞き出そうとするよりも早く、オーファンが頭を下げる。皆がぽかんとする中、ゼロスは何となくその理由を察した。
「母親が心配なんだろう」
「……そうなのか?」
二人はうなずく。先ほど、オーファンはノクスが馬車の手配をしているところに居合わせたようで、そこでセルパンが戦場になることを知ってしまったようだ。彼らの母はセルパンで暮らしている。どうしても心配なのだろう。……エリオットは頭を抱えた。二人は直に騎士団の仕事に関わってはいないが、帝都との連絡役という特別な仕事をこなしてくれている。普段の働きに報いるためにも、できる限り頼みはかなえてやりたい。だが、二人は戦えない。いざ連れて行ったとして、もしそこが戦場になったとき、彼らは身を守る術を持たない。騎士団が守りきると言えればいいのだが、戦場では不測の事態というのは珍しくない。エリオットはしばらく悩み、そして答えを出した。
「……同行を許可する」
「団長、ありがとうございます!」
「エリオット、それは危険だ」
オーファンからの感謝の言葉と、カリンの物言いが同時にエリオットの耳に届く。彼も危険性は理解している。だからこそ、言葉を続けた。
「ただし、条件付きだ。前線には出さない。セルパンが危険になればすぐに避難する。俺たちは、お前たちの母親を特別に助けるような真似はしない。……この三つだ。これが守れるのなら、同行を許す」
「……わかりました。ありがとうございます、団長」
「出発は今日の午後だ。支度を済ませておいてくれ」
オーファンたちは「ありがとうございます」ともう一度頭を下げて会議室から去っていった。騒がしさが収まった部屋では、カリンがエリオットをたしなめていた。
「お前は甘すぎる。もう少し団長としての威厳というものをだな……」
「構わん。俺は偉ぶりたいために団長をやってるわけじゃないんだ。それより……。二人とも、馬車の手配は済んだんだな」
カリンからの追及をかわし、エリオットは話を本来あるべきところに引き戻す。ノクスは大きくうなずき、成果を誇らしげに話す。
「ゼロスが贔屓にしてくれていたおかげだよ。……ロンに頼んだ。『昼までには用意できる』ってさ」
「そうか、わかった。……じゃあ、会議はここまでだ。みんな、出立の用意をしておいてくれ。馬車の用意ができ次第、出発するからな」
それから四時間後。昼食中の烈風騎士団のもとに知らせが届いた。ロンが馬車の用意を終えたのだ。残っていた食事を急いで詰め込み、席を立つ。そして用意していた荷物を持ち、城下街に整列した。
「……全員揃ったな。では!我々はこれより、アバニアとの戦争に向け、セルパンへと出発する!」
皆それぞれ馬車へと乗り込む。周りには城下街で暮らす民が集まり、声援を送っていた。これだけで、烈風騎士団が住民にどれほど信頼されているかがよくわかる。彼らを乗せた馬車は、大勢からの声援を受けてチューン城を後にした。……セルパンまでの道中。ゼロスは同乗したメイアからセルパンのことについて聞いていた。
「もともとは、帝国とアバニアの貿易港だったんです。大陸統一後は、聖フラマロス教国との貿易も視野に入れているらしいですね」
聖フラマロス教国。光輝教の教えを国の法律と定め、その教えを敬虔に守る信徒が生きる国である。国家の元首は「教祖様」のようだが、その姿は何人たりとも見ることを許されていない。そのため、アルスギア連合に赴いたり、諸外国との会談を行うのは、「外交執政官」を務めているフレイルという男だ。その国の在り方が珍しいためか、ゼロスもどこかでその名は聞いていた。
「……正直、戦場になる理由は分かります。アバニアの目的は、帝国の侵略なんですよね。最初の拠点としてはいい目の付け所ですよね。……貿易港のおかげで資源にも困らないし、移動手段だって手に入りますから」
「……奴らの思い通りにはさせん」
ゼロスは仲間の悲し気な表情を前に、闘志を高める。……傲慢の報いは高くつくということを、世間知らずな王様たちに教えてやらねばならない。眼光を鋭くするゼロスを前に、他の団員は戦場に立つ以上の緊張感を感じていた。
一度川のほとりで夜を明かし、烈風騎士団一行は何とか予定通りにセルパンへと到着した。貿易港というだけあり、街中は活気に満ちている。そしてそれ以上に、彼らを出迎える民で道はあふれかえっていた。
「ようこそ、お待ちしておりました烈風騎士団の皆さま。私この街の領主を務めている、ガイレンと申します。この度は皆さまがこの街を守っていただけるということで……」
およそ五十か六十ほどだろうか。初老の男性が頭を下げて彼らを出迎える。帝都からの書簡で事情は知っていたのだろう。彼の顔は少しばかりやつれているように感じた。彼は自ら率先して先を進み、烈風騎士団が体を休める場所へと案内してくれる。少し街から外れたところではあるが、急ごしらえのテントなどではなく、木材を組み合わせて作られた簡易的な住宅がいくつも並んでいた。
「申し訳ありません。余っている土地があまりなく、このようなものしか用意できませんでした」
「いえ。まさかこんないいところで寝られるとは思っていませんでしたよ。心遣いに感謝します」
ガイレンは申し訳ないという気持ちが収まらないのか、何度も頭を下げ、エリオットは何度もそれをなだめていた。それを何度か繰り返し、ようやく彼も落ち着いたようだ。領主としての仕事があると言い残して街へと戻っていった。
「……これは、なかなかいい寝床じゃないか」
簡易住宅の内装は、想像よりも良いものだった。台所は不要と判断されたのかなくなっており、その分寝室が充実している。床に寝るといったことはしなくてもいいだろう。ゼロスにとっては雨風をしのげるだけで十分だったため、かなりの高評価だった。荷物を置いて腰を落ち着けると、外からエリオットの声が聞こえてくる。
「みんな、集まってくれ。そろそろ訓練を始めるとしよう」
街はずれから港に移動すると、烈風騎士団員が全員乗り込んだとしても余裕のある大きな帆船が、海に浮かんでいた。
「これが俺たちの船だ。……船の航行に関しては、街の船員が助けてくれる。俺たちは船の揺れに慣れる訓練を始めよう」
船にはすでに何人か船員が乗っているらしい。待たせる訳にもいかないと、皆は急いで乗り込む。甲板には船長らしき男が待ち受けていた。
「ようやく来たか。俺はガイエン、領主ガイレンの弟だ。お前たちの船、『ストロング・ゲイル号』の船長を務める。よろしくな!」
筋骨隆々で色黒、快活でせっかちな男だ。ゼロスたちが「よろしく」と返す前に「お前ら!出航だ!」と声を張り上げた。帆が上がり、ゆっくりと船が動き出す。その瞬間から、足元は不安定に揺れ動きだす。波はそこまで荒立っていないのだが、海戦に不慣れであるとこの程度の揺れでも足を取られてしまう。船は沖まで進んだころ、エリオットは口を開いた。
「よし、ここらでいいだろう。……オルコス、頼む」
オルコスに何かを頼む。それはつまり、「ここで訓練を行う」ということだ。皆オルコスの指示に従って整列し、各々の武器を構えた。
「調練、始め!」
オルコスの合図で一斉に皆が刃を交差させる。仲間の命を奪わないように手加減する必要はあるが、限りなく実戦に近い訓練方式。皆それぞれ自身の実力と近い者を相手に選び、互いを越えようと切磋する。その分、怪我も絶えないが、皆はそれを「強くなった証」として誇らしく思っていた。昼頃から始まった調練は、日が沈みかけてようやく終わりの時を迎えた。
「お疲れさんだな、お前たち。……飯にしよう、こっちに来い」
船の上での調練は苛烈を極めた。今までほとんど経験したことのない「船の揺れ」はいかなる者の刃よりも確実に皆を苦しめた。船酔いで動けなくなる団員が後を絶たず、調練が終わったときには半数以上が座り込むか、寝転がっていた。ようやく調練を終えて船から降りると、ガイエンが皆をどこかへと案内する。素直についていくと、港近くの広場に到着した。木で作られたテーブルと椅子が並び、広場を囲むように様々な屋台が並んでいる。すでに大勢の住民が集まっており、大きな賑わいを見せていた。
「これは?何か祝い事でもあったのか?」
困惑する騎士団員たち。エリオットが代表してガイエンに尋ねる。
「そうじゃねえ。お前たちが来るって聞いてな、兄貴たちが用意してたのさ。テントで作れる飯じゃたかが知れてるだろ?そんなんじゃ力も満足に出せねえだろうって兄貴が心配してな、じゃあこっちで用意すればいいじゃねえかってな」
「ありがたい話ではあるが、そこまでしてもらえるとは……」
「……俺は戦えねえ。俺の弟子たちもな。それに、街の奴らも。海のことしかわかんねえのさ。……あんたらは、そんな俺たちを守ってくれるんだろ?なら、俺たちは俺たちにできることをする。……遠慮するな」
簡素であるとはいえ、住居を用意してくれたのも、こういった考えがあったのだろう。ここまで言われて遠慮するのはかえって失礼に当たる。エリオットは深く頭を下げた。
「烈風騎士団団長として、皆を代表して礼を言う。……ありがとう」
これを用意していたからこそ、街はずれに用意された住宅には台所が備え付けられていなかったのだ。……皆は広場で一度解散し、各々食事をすることとした。広場に並んだ屋台には様々な種類がある。港街であることを生かした海鮮に、村の衆が捕ってきたのか獣肉もこんがりと網の上で焼かれている。さらに、貿易で手に入れたものなのか、国内では一度も見られなかった珍しい食材も並んでいた。そのいずれもが、屋台の受付に頼むだけで受け取れる。ゼロスは持っていた皿一杯に料理を盛って、適当なテーブルに腰を下ろした。
「……大賑わいだな」
ゼロスは網で焼かれた大海老の剝き身にかぶりつきながら、眼の前に広がる光景を眺めていた。もうすぐここが戦場になるとは誰もが思っていないような、あたたかな集まり。それぞれが平和を享受し、己が心に従って安らかに暮らしている。この平穏を守り抜くのが、次の戦いだ。ゼロスの心には、静かに闘志が燃えていた。……食べ終えた海老の尾を皿の端に置き、次に口にするものを目で選ぶ。その時、横から声をかけられた。
「ゼロス副隊長、ご一緒させてもらえませんか?」
「カイン、ウィル。……ああ、いいぞ。好きに座れ」
「ありがとうございます!それでは、失礼して……」
カインとウィルの二人はそれぞれゼロスの対面席に腰を下ろした。二人ともそれなりに食べるようだが、ゼロスの大盛りには及んでいない。……二人はそれぞれ、烈風騎士団入団試験の際にトラブルを起こしたが、紆余曲折あり、ゼロス直属の部下となっていた。
「副隊長は、船平気なんですね。俺は、どうにも気持ち悪くなってしまって……」
カインは悔しそうに漏らす。それでも食欲はあるようで、串にささった獣肉をほおばっては、その美味さに目を輝かせていた。……カインはかつて成り上がりを目指していた。決して裕福ではない家の生まれだったからか、両親に楽をさせたいという思いで騎士を目指したのだという。そして入団早々、紅玉騎士団との戦いで心が折られかけたが、ゼロスの勇猛な戦いぶりを目にして、まだ諦める訳にはいかないと踏ん張ったのだ。その後大きな活躍は見せなかったものの、堅実に戦果を挙げ続けた結果、かつて暮らしていた家だけではなく村すら自らの稼ぎで立て直し、今ではその村は新たな農業地域として注目されるほどになっていた。
「情けないな。そんな調子じゃ、次の戦いは厳しいものになるぞ。……副隊長もそう思いますよね」
船酔いしてしまい、少し弱音を吐くカインに対し、ウィルは冷たく接する。彼は焼き魚をかじりながら、励ますようにカインの背中を軽く叩いた。……ウィルは落ちぶれた自らの家を建て直すべく剣を取った。入団当初は貴族の出であることを鼻にかけ、周りとの不和が絶えなかった。だが、しばらく過ごすうちに次第になじみ、冷たくも優しい性格であることが分かった。……ゼロスは噂に聞いた程度だが、ウィルの家であるハーゲン家は、大陸統一戦争後、ウィル主導で元王国陣地の復興に手を尽くしたようだ。そのことが評価され、小さな街ではあるが、領主を任せられるほどに家を持ち直しているらしい。彼自身は領主を務めるよりも騎士団としている方が性に合っているらしく、弟に領主を任せているとのことだ。
「船酔いなんぞは誰にでも起こりうる。……開戦まではあと四日ある、そのうちに慣らしておけ」
「しかし、すぐに慣れるようにはどうしても思えません。……すみません、弱音を……」
「構わん。もし慣れなければ、セルパンの護衛任務を任せる。地上でなら不足なく戦えるだろう」
「それはそうですが……。地上で戦う時は来るんですかね?」
「敵の出方がわからない以上、あり得る可能性は考えておく必要がある。……俺たちが今日乗った大きな船。アバニアも同じようなことをすると決まったわけではない。大型の船で人員をまとめて移動し、近づいたら小型の船でバラバラに上陸。……こんなことも考えられる」
ゼロスの話に二人は「なるほど……」と感心している様子だった。ゼロスは別に二人を煙に巻こうなどと思っていたわけではないが、どうにか不安がるカインを励ますことはできたようだ。それから二人のもとにさらに三番隊の仲間が集まり、酒盛りが始まった。少しは参加したがゼロスは早々に抜けだし、簡易住宅へと戻った。昼に自分たちで決めた部屋に戻り、ベッドに寝転がる。酒が入ったせいか、頭がぼうっとする。だが、今は別に頭を働かせる必要もない、このまま脱力感に任せて眠ろう。……ゼロスはそのまま、ゆっくりと眠りについた。
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