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黒嵐戦記 二部  作者:


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13/15

第十三話

前回のあらすじ

カイナ帝国と聖フラマロス教国の協力が締結されたことにより、教国からゼロスたちのもとへと援軍が送られる。「顔も名前も知ったばかりの者に命を預ける趣味はない」とガラードは反対の意を示すが、もはやそれは覆らなかった。

彼らはカンバールという男とその部下たちを援軍として、マーゴ攻略へと乗り出すしかなかった。

「……ここらでいいだろう。皆、用意を始めてくれ」


 皆の先頭に立ち、森の中を歩いていたエリオットは木々の隙間からわずかにマーゴが見えたのを手掛かりとして、補給地の場所を定めた。部下たちは指示に従い、木々の間を縫うようにテントなどを広げていく。


「確かに、こんな森の中に補給地があるとは敵も思うまい。……だが、これほどまでに隠そうとすれば味方すら惑うぞ」


 聖フラマロス教国から援軍として派遣されたカンバールは、あまりに目立たないところに補給地を作り上げようとする彼らに対し、苦言を呈する。だが、エリオットはすかさず反論した。


「構いません。補給地に残していく防衛用の団員が導けばよいのですから。敵ならば、木陰から奇襲することも出来ましょう」


「存外、手段を選ばぬのだな」


「戦うと決めた以上、取れるべき手段は取るつもりです。……守るべきもののために」


 エリオットは全くためらうことなくそう言い切った。その言葉を正面から受け止めたカンバールは、ただ彼の覚悟に敬意を示した。


「……良い覚悟だ。ならば我らも、それに応えねばならんな」


 エリオットは「感謝を」と言って頭を下げる。するとそこへ、烈風の団員でもなければカンバールの部下でもない者が近づいてくる。


「お話し中失礼いたします。迅雷豪波の連合軍より、伝令兵としてきました。……『連合軍は突撃の用意を完了。三十分後に突撃の合図として狼煙をあげる。貴殿らもそれを合図に突撃を仕掛けてほしい』とのことです」


「……了解した。すぐに準備しよう」


 伝令兵は「それでは、私はこれで」と言って来たであろう道を戻っていく。それを見届けたエリオットは「総員、突撃用意」と声を張り上げた。




「いよいよ、のようですね」


「そうみたいだな。……ここが片付けば、王都への道が開かれる。アバニアとの戦争は思ったよりも早く片付きそうだな」


 先陣を任されたゼロスとアイリーンは、団の先頭に立ちながら他愛のない話を繰り広げていた。彼らは森の影からマーゴを囲う壁を見上げる。高さはおよそ人の倍ほど。身体能力に自信があるのなら、簡単に登れるような高さではある。……だが、壁上には見張りのアバニア兵がずらりと並んでいる。その上、揃いも揃って弓矢を携えており、壁をよじ登ろうとすれば登りきるよりも前に体中に矢が突き刺さることになるだろう。


「……まずはどうにかして、南門を突破しなければ」


 彼らの最も近くにあるマーゴへの出入り口は南門だ。門番は二人だけとそれほど厳重な警備ではないが、中にはどれほど兵士がいるのか。すでに壁上にいる兵も牙をむいてくるとなれば、ただの門でも難攻不落となるものだ。


「力尽くか、あるいは開けさせるか」


「……壁上からの弓矢による攻撃を考えると、それほど時間をかけたくはないですね。……やはり、強行突破が一番確実でしょうか」


「なら、その役目は俺が負うとしよう。後続には盾の用意をさせておく」


 ゼロスはその足で先頭から離れ、皆に盾を構えることを周知させる。……そうこうしているうちに、マーゴの東から煙が上がっているのが見えた。


「狼煙だ。……全軍、突撃!」


 エリオットの号令が森に響き渡り、団員は一斉に大地を蹴って飛び出す。当然、マーゴを囲う壁の上にいるアバニア兵はすぐにそれに気づき、矢の雨を降らせ始めた。だが、皆はゼロスの言葉通りに備えていた。頭を守るようにして掲げた盾で、飛んでくる矢をはじき落としていく。


「矢では駄目だ。こちらから迎え撃つほかない!」


 壁上に立つ指揮官らしき男がそう叫ぶ。それが合図となり、固く閉ざされていた南門が開いていき、中から大楯と槍を構えた重装兵がぞろぞろと姿を現した。


「……アイリーン!後続の指揮を頼む!」


 これを機と見たゼロスは、後ろに続く者達の指揮をアイリーンに任せ、その場から大きく前方に跳躍した。自らの頭上を通り過ぎていく敵兵を見逃すはずもなく、重装兵は槍を振るうが、ゼロスは難なくそれを受け止め、はじかれた勢いでさらに前進していく。そうして彼はそのまま門を越え、マーゴへと入り込んだ。


「ば、馬鹿な!まさかここまで飛び込んでくるとは……」


「驚いている暇はあるか?」


 敵の指揮官がゼロスの行動に呆気に取られている隙に、彼は背中に背負っていた剣を振り抜き、先ほどまで敵の侵攻を堅く防いでいた南門を真っ二つに叩き斬った。


「これで、もう門を閉じることはできない」


「クッ……。だが、単身で敵陣にいるということを忘れたわけではあるまい。即刻取り囲め!絶対に逃がすな!」


 指揮官の指揮に従い、重装兵がゼロスを囲う。彼らは先ほどのゼロスの馬鹿力を目の当たりにしている。門を剣の一振りで破壊できるのならば、人の身体を叩き斬ることもたやすい。彼らはまるで猛獣を相手にしているときのように、震える手で前に大楯を突き出していた。


「この程度で俺を取り押さえられると思ったか?……上ががら空きだ」


 ゼロスはその場で跳躍し、マーゴを囲っている壁へととびかかる。そして、わずかにはみ出した石材に指をかけ、一息に壁をよじ登った。


「何⁉こっちに来るだと⁉」


「戦場で油断とは、随分と腑抜けているな!」


 壁上から矢を放っていたアバニア兵は、まさかいきなり敵が目の前に現れるとは思わず、呆気に取られてしまう。ゼロスがその隙を見逃すはずもなく、二人を一気に殴り倒し、壁上から突き落とした。


「今だ!雪崩れ込め!」


 ゼロスは壁上で拳を振るいながらそう叫ぶ。下にいたアイリーンたちは、ゼロスがかき乱した戦況を良しとし、一気に攻勢に出た。打ち下ろされていた矢はすでに止まっているうえ、門も破壊されており、敵の士気はそれほど高くない。


「今が好機です!全員突撃!」


 ついに二つの勢力がぶつかり合った。アバニア重装兵は持ち前の堅牢さでマーゴへの侵入を防ごうとするが、烈風騎士団たちも負けてはいない。二人、あるいは三人がかりで重装兵を押し込み、じりじりと詰め寄っている。さらに。


「工作兵、梯子をかけろ!すぐに乗り込むのだ!」


 突撃の用意に加わっていなかったフラマロス軍は、壁を越えるための梯子を用意していた。ゼロスが降り注ぐ矢を止めてくれたおかげで、フラマロス兵は素早く安全に壁の上に登っていく。


「背後を取れ!挟み撃ちにするんだ!」


 彼らはカンバールの指示に従い、街への入り口をふさぐ重装兵の背後を取る。挟み撃ちになった敵兵の末路は想像に難くない。好き放題に切りつけられ、その体が地面に転がっていく。彼らも当然抵抗のために槍を振り回そうとするが、周りを囲まれては満足に振るうこともできない。いともたやすく受け止められ、鎧の隙間に刃を突き刺されていく。


「クソッ!一度退くぞ!」


 重装兵の奥で戦いの様子を傍観していたアバニア指揮官は、不利とわかった途端に一時撤退を指示した。生き残った重装兵たちはその指示に従い、盾を構えながら退いていく。


「待て!逃がすか!」


 功を焦ったか、烈風騎士団の団員が退いていくアバニア兵を追撃しようとする。壁上からそれを見ていたゼロスは「やめろ!」と声をかけた。


「副隊長……。何故です?奴らが背を向けた今が攻める好機です。敵の総戦力が分からない以上、減らせるうちに減らしておくべきです!」


「……上に登ってみてみろ」


 追撃を進言した団員は、ゼロスに言われるがまま壁上へと登る。ゼロスは「あそこを見てみろ。ここから先の裏路地だ」と街中を指し示す。団員は目を凝らして裏路地を睨みつける。すると。


「ん?今のは……」


 何かが光を反射した。窓ガラスではない。……それは、裏路地に潜む敵兵の鎧であった。


「おそらく一時撤退も作戦の内なんだろう。俺たちはマーゴの地理に明るくない。無暗に追いかけたところで地の利を取られるだけだ。奴らは道に迷う俺たちを背後から奇襲する腹積もりと言ったところか」


「……しかし、このまま逃がしてしまえば東部で戦っている迅雷と豪波の方へ向かわれてしまうかもしれません。このまま見ているだけでは……」


「そうだな。……さて、どうしたものか」


「え?」


「俺は軍師じゃないからな、どう攻めるかなんて考えたこともない。……ノクス!どうするか決めたか?」


 ゼロスは壁上から飛び降りながらノクスを呼ぶ。彼は腕を組みながら「まあね」とつぶやく。


「これは禁じ手かも知れないが、細かいことを気にしている暇はないだろう。……道を拓く。迷うなら、その壁は壊せばいい」


「……『砕拳』!」


 ノクスの言葉を聞いたコルニッツォは、すぐさま民家の壁を殴りつけた。拳から放たれた衝撃波はレンガ造りの家をいともたやすく粉砕し、裏に隠れていた兵士の姿を露わにした。


「何⁉……クソッ、こうなったら!」


「『地烈拳』!」


 作戦が瓦解し、やけになって飛び出した敵兵に対し、コルニッツォは魔力を込めた拳で地面を殴りつける。地面に打ち込まれた魔力はひび割れのように地を走り、彼らの足元で爆発するように大地を隆起させた。敵兵は簡単に打ち上げられ、背中から地面に着地する。彼らは短くうめき声をあげ、握っていた武器を手放してしまった。


「……敵兵の無力化に成功。こいつらはどうする」


 セリアが植物を操り、蔦で彼らの武器を取り上げ、彼らの身体も縛り上げる。どうするかと聞かれたエリオットは「ひとまず捕虜としよう」と命はとらないよう命じた。


「さあ、この調子でどんどん民家を破壊しよう。僕たちがここに住むわけじゃないんだ。民家がどれだけなくなろうが、知ったことではないからね」


 突然、ノクスは声を張り上げてそう言った。ゼロスたちは軍師の言うことに従い、民家を破壊しようとする。すると。


「待て!やめろ!」


 何人かのアバニア兵が飛び出した。しかし、彼らの行いはただの蛮勇に過ぎない。いともたやすく制圧され、同じく捕虜となるのみだった。


「家は壊さなくていい、ただの脅しだ。おそらく指揮官あたりから『無暗に飛び出すな』とでも言われているんだろうけど、自分が暮らしていた家が壊されそうになって黙っていられる者は限られる」


「……いい性格をしているな」


「まあね。『戦いとは、相手が嫌がることをするものだ』とはよく言ったものだと僕も思うよ」


 策がうまくはまったというのに、当のノクスはそれほど嬉しくはないようだった。彼は捕虜の前に歩み寄り、腰にさげていた細剣を突きつける。


「敵の配置は?」


「……誰が言うか」


「そうか。まあ、仲間を売るような真似はしないよな。それが当然だ。……なら、君には囮になってもらおうかな」


「何を……グッ!」


 ノクスは躊躇うことなく細剣で敵兵の心臓あたりを貫いた。敵兵は短く悲鳴を上げ、間もなく絶命した。ノクスはすぐに、近くにいた団員に鎧を脱ぐよう命じる。


「鎧を、ですか」


「うん。代わりにこいつに着せる。……あとは、操り人形だ。セリアに頼もう」


 そうして、烈風騎士団の鎧を着せられたアバニア兵の遺体は、セリアの操る植物により、多少ぎこちなくはあるが、人が歩いているように見えた。


「……これを、裏路地まで向かわせればいいんだな」


「そうだ。……奴らは必ずかかる。皆、構えていてくれ」


 ノクスの言葉通り、操り人形が裏路地へと足を踏み入れると、無数の槍が人形の身体を貫く。


「今だ!」


 エリオットの号令と共に、烈風騎士団が一斉に裏路地に雪崩れ込む。彼らは自らが貫いた者が誰かをまだ理解していないようだ。かつての仲間に突き刺した槍を抜くのに手間取っている最中、エリオット達の剣が迫る。


「クソッ、卑怯な手を!自分の仲間を差し出すとは、恥ずかしくはないのか⁉」


「……甘んじて受けるとしよう。俺たちとて、この戦いには負けられんのだ!」


 団長自らが先陣を切り、裏路地に切り込んでいく。アバニア兵たちは地の利を生かし、狭い路地を重装兵でふさぐことで逃げ場をなくし、敵を包み込むように仕留める作戦を取っていたようだった。だが、民家の破壊とそれに引き寄せられた兵たちが作り出した「穴」は簡単にふさげるものではなかった。敵に気取られないようにする配置換えは、想像以上に手間取るものだった。


「不味い、このままでは押し切られる!」


「指揮官に報告しろ!もう一度後退するべきだ!」


 コンテッド王国との戦いを乗り越えたゼロスたちと、日ごろ訓練のみのアバニア兵では比べものにはならなかった。あっという間に形成が逆転し、一転追い込まれる形となったアバニア兵たち。しかし、まだ策があるのか彼らはすぐに後退を選んだ。


「……あいつら、どこまで退くつもりだ?これ以上引き下がっても苦しいだけだろう」


「街の中央に強力な防衛設備を用意しているのかな?いくら周りから攻め込まれようとも、籠城して勝ち抜けばいいからね」


「なるほど。……だがそうなると面倒だな。迅雷・豪波と合流しても、攻城戦であることに変わりはない。時間をかければこちらは不利になるだけだ」


 逃げていく敵の背を前に、エリオット達はこれからの動きを相談する。軍師であるノクスにはそれほど焦りは見受けられないが、彼の想像が事実ならば、帝国側の彼らにとってはかなりの打撃になるだろう。


「……とりあえず、俺が奴らの後を追おう。お前たちは安全を確保してから追ってきてくれ。……防衛線があるならば無理はしない。なければ、荒らすだけだ」


「……わかった。頼んだぞ、ゼロス」


「ああ」


 エリオットにアバニア兵の追跡を進言したゼロスは、その場から民家の屋根の上に飛び乗り、敵兵が消えて行った方角を向いた。おそらく街の中央である部分には砦のようなものが建てられている。大きさで言えば、彼らが暮らしていたチューン城の半分もないだろう。


「ゼロスさん!待ってください!」


 ゼロスが振り返ると、屋根の上にアイリーンが飛び乗ってくる。


「一人で行くのは許しませんよ。何が起きるかわからないんですから」


「……三番隊はどうした」


「団長の護衛にまわしました。さあ、行きましょう」


 彼女は一足先に屋根を飛び移っていく。ゼロスもすぐさま彼女の後を追うように屋根を飛び移る。


「……敵が向かう場所は、あそこでしょうね」


 アイリーンの視線は街の中央部にある砦に向いていた。小さく飛び出した見張り台らしき所にはすでに兵士がおり、弓矢を構えているのも見える。


「文字通り、最後の砦ってことだろうな。あそこさえ抜けば勝ちだが、はたして……」


「ひとまず、一度戻りましょうか。……どこかに敵兵が潜んでいるわけでもなさそうですし」


 立ち並ぶ民家によってつくられた入り組んだ裏路地には、もはやネズミ一匹すらいなかった。撤退を選んだ敵兵はすべて砦へと逃げ込んだと考えていいだろう。


「ああ、わかった」


 ゼロスは砦に一瞥を送り、背を向けてエリオット達の所へと戻った。報告を受けたエリオットは、迅雷・豪波と合流し総力戦を仕掛けることを選んだ。


「カンバール殿。それでよろしいですかな」


「……うむ。私に否やはない。そも、我らは援軍である。主軍の指示に従うのみよ」


 カンバールは快く返事をする。……ただ、彼の目線はエリオットに向いていなかった。じっと何かを見つめていた彼は、部下に名を呼ばれ意識を引き戻す。


「カンバール殿、よろしいのですか?確かに我々は援軍ですが、烈風騎士団なんぞに従う義理などは……」


「良いのだ。今はこれで」


「……承知しました」




「来たか、エリオット」


「ええ、ここからは総力の結集が必要ですから」


 マーゴ東部。戦いの跡が残る開けた土地に、三つの騎士団とフラマロスからの援軍がそろった。幸い、烈風以外の騎士団もそれほど負傷者を出していないようであり、士気も依然として高い。だが、目の前に立ちはだかる砦をいかに攻略するか。その課題がその場にいる皆を悩ませていた。


「正面突破は無理、と言いたいところだが。正面以外に回り込むことすらも厳しいだろうな。……あれを見ろ」


 ガラードが砦の壁を指さす。よく見ると砦の壁はところどころ欠けており、黒い穴になっていた。


「あれは魔導砲だ。……ここはギリギリ射程外らしい」


 魔導砲。かつてコンテッド王国との戦いで使われた兵器だ。使用者が魔力を送り込めば送り込むほど、魔導砲から放たれる砲撃の威力が増していく。……以前の戦いで、彼らは戦力の大半を失うことになった、因縁のある兵器でもあった。あの砦で使われているものは、あの時の物よりは小型ではある。だが、破壊力はそれ相応である。


「あそこに逃げ込んだ兵士の数はそれなりだ。そいつらの魔力が命ごとすべて使われるのなら、あの時と同じかそれ以上の威力の砲撃が飛んできてもおかしくはない」


 ゼロスたちと戦場を同じくしていたガラードはあの時の屈辱を思い出すようにつぶやく。ウォルハス達も同じく、恨めしそうに砦を見上げていた。かつての仲間を失うきっかけとなったものとほぼ同じなのだ。それも仕方のないことだろう。


「……だが、いつまでもこうしているわけにも行かぬだろう。我らは貴殿らの言う『あの時』を知らぬが、ここで立ち止まることが得策であるということは絶対にない」


「だがな、カンバール。あれは、生半可な防御魔法陣じゃ防げねえ。俺たちが喰らった奴は、一国で暮らしている住民すべての命を引き換えにして、ようやく相殺できるかどうかって代物だ。アレはあの時とは違うだろうが、俺たちが一網打尽にされるのは変わらねえだろうな」


「ならば、砲撃を躱せる者が砦に向かい、砲台を破壊すればよい。……ゼロス殿が適任ではないかね」


 先ほどまで言い合いをしていた者達が、一斉に口を呆けたように開く。周りを囲まれたカンバールは彼らには目もくれず、ただゼロスを見つめていた。


「先ほどの戦いぶりを見れば、おのずとこの答えになろう。人並外れた膂力、戦場に慣れた揺らがぬ精神。……そして、扱う魔法。そのいずれもが、彼が適任だと示している。違うかね?」


「カンバール殿。まさかゼロスただ一人に任せると?……到底認められません」


「それは、優秀な団員を失いたくないという心からか?」


「……背中を預けられる頼もしい仲間を失いたくないというのは、それほどおかしいものでしょうか」


 白羽の矢が立てられたゼロスではなく、エリオットが真っ先にカンバールに盾突く。カンバールは終始、自らが最も合理的であるという姿勢を崩さないが、エリオットも団長として、そして仲間として食い下がる。ガラードやウォルハスも言葉には出さないが、カンバールのやり方にはどこか疑問があるようなそぶりを見せていた。だが。


「……エリオット。俺に任せてくれ」


「ゼロス!しかしだな、これはあまりにも……」


「わかってる。一個何か対応を間違えればお陀仏だってのはな。……だが、だからっていつまでもここで足踏みをしているわけにはいかないんじゃないか?」


 図星を突かれたらしいエリオットは、「確かにそうだが」とゼロスから視線をそらしながら言う。ゼロスもまたエリオットから視線をそらし、砦を見上げて言った。


「それに、射程外だろうが何だろうが、向こうがしびれを切らせば終わりだ。……全員防御体勢!」


 とっさにゼロスが叫ぶ。その瞬間、鼓膜が裂けるほどの爆音が鳴り響き、地面が揺さぶられる。砦から魔導砲の攻撃が始まったのだ。ガラードの言うとおり彼らのいる場所は射程外である。だが。魔導弾が起こした爆風により飛んでくる瓦礫などはその限りではない。家の柱や壁などが弾け、凶器となって彼らに向かって飛んでくる。彼らはなんとかゼロスの一声のおかげで凌ぎ切ることができたが、次はどうだろうか。


「……まだそこらへんに建ってる家が壁になってくれる。だが、それにもいずれ限界が来る。悠長にしている暇はないんだ」


「しかし、一人で行かせるわけには……」


「よく考えろエリオット。身体強化魔法を使った俺に速さでついてこられる奴は、ここにいるのか?」


 ゼロスは一歩エリオットの方へと踏み出し、質問を投げかける。だが、ゼロスはその質問の答えを本気で望んでいるわけではない。分かりきった質問に、回答は無粋でしかないのだ。エリオットが口にするべき言葉は、すでに決まっていた。


「……ゼロス、頼む」


「それでいい」


 ゼロスはそう言い残し、残骸となった家の屋根に飛び移る。そして一瞬たりとも振り返らずに屋根を飛び移り、砦へと向かった。その場に残された者は、ただ彼の背中を見つめることしかできなかった。


「……少し目立ちすぎたか」


 屋根を飛び移りながら、ゼロスはそうつぶやいた。ノクスから「あまり目立つな」と忠告を受けていたにもかかわらず、剣の一振りで家屋を破壊する荒業を披露してしまった。カンバールに目を付けられるのも当然だろう。


「様子見でもしてるのか?砲撃が来ないな」


 先ほどまで霰のごとく降り注いでいた砲撃はぴたりと鳴りを潜めていた。砲身を冷ましているのか、それとも他の理由があるのか。ゼロスに答えがわかるわけもない。彼は一刻でも早く目的を達するため、足を速めた。




「あれは、なんだ?」


 マーゴ砦、外壁にて。見張りに立っていた兵士は、家屋の屋根を飛び移る黒い何かを見つけた。それは弓兵として訓練された兵士がかろうじて見つけられるほどの速さで、勘のいい一般兵以外は気づけないだろう。


「……こっちに向かってきているぞ。まさか、敵兵か?」


「ひとまず報告しよう。何はどうあれ危険なものに変わりはなさそうだ」


 ともにいた兵士はすぐさま報告に走る。報告を聞いた指揮官は、すぐさま「魔導砲撃による撃墜」を命じた。だが。


「……あんなのどうやって狙うんだよ。狙いを定めてる暇もねえ」


「手当たり次第に打つと街の復興が面倒になる。……だが、あれに近づかれるのはまずいぞ」


 魔導砲を操る兵士は、凄まじい速さで飛び交う標的をいかに狙うか戸惑っていた。狙いを定めようと砲身をずらしても、すでに奴は三手先に進んでいる。その上、奴は自分が狙われていることが分かっているのか、不規則な動きで近づいてくるため、移動先を予測することも難しかった。


「……仕方ない。復興よりも、まずはこの街を守りきることだけを考えるんだ。……装填用意!」


 ついに兵士は覚悟を決めた。狙いはしっかり定めず、奴が来るであろう場所を予想して放つ。予想が当たれば御の字、当たらずとも奴が使う足場を減らせる。


「放て!」


 そして、二度目の一斉砲撃が行われた。魔導弾は着弾した瞬間に炸裂し家屋を破壊した。だが、黒い何かはまだ健在だった。家屋の影に身を隠していたかと思えば、すぐさま姿を現した。そして、とてつもない速さで砦へと向かってくる。


「クソッ、来るぞ!次弾装填用意!」


「できません!砲身を冷まさなければ暴発します!」


「……まさか、奴はこれを待っていたのか。わざと打たせるために、あのような動きを……?」


 それに気づいた時、もう遅すぎた。砦の壁が突き破られ、黒い何かが砦の内側に飛び込んできたのだ。……やはりというべきか、それは人だった。




「……ふん!」


 ゼロスは砦内に飛び込むと、すぐさま体勢を整えて剣を振るった。彼の常人離れした動きに呆気に取られていた敵兵はなすすべもなく、ただその場で肉の塊へと変えられていた。かろうじてその刃から逃れた兵士は、腰に下げていた剣を抜くことなく、ただその場から逃げ出していた。


「……放っておくか。本題はこっちだからな」


 ゼロスは逃げていく兵士の背中を追うことなく、鎮座している砲台を見つめた。これを壊せば目的は達成される。彼は剣を大きく振りかぶり、一息に振り下ろした。砲台はいとも簡単に真っ二つになる。


「さて。……これを後、何回やらなきゃいけないんだろうな」


 ゼロスは部屋の外から聞こえてくる騒がしさを前に、そうつぶやいた。その瞬間、ゼロスを取り押さえるべく集まった兵士が部屋に雪崩れ込んでくる。先程兵士が真っ先に逃げたのはこのためだったのだろうか。先ほどの兵士は、大勢の仲間を引き連れて得意げにしていた。


「いくら精強と言えども貴様は寡兵。このように大勢で包み込めば簡単に討ち取れよう。……魔導砲台が一台破壊されたが、必要経費として割り切る他ないだろう」


「……この程度の戦力で俺を討ち取ると?舐められたものだな。……その程度では、俺を抑え込むことすらできんぞ!」


 ゼロスは大剣の一振りで壁を破壊し、砦の外へと飛び出る。あまりの怪力に兵士たちは呆気に取られていたが、すぐに気を取り直してゼロスの後を追う。


「な、何⁉」


 壊された外壁から顔を出した兵士が見つけたのは、信じられない光景だった。砦の外壁のわずかな凹凸に足の指を掛け、飛ぶようにして壁を上っていく。一度の跳躍で一階分を通り過ぎていくため、今から階段を上っても追いつくことはできないだろう。


「これで少しは時間が稼げるだろう。……砲台は限られた階層にしかないようだな。破壊して回るか」


 砦の最上階で立ち止まったゼロスはぼそぼそとつぶやきながら作戦を考える。大まかな方向性を決めると、彼はすぐにその場から飛び降りた。

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