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黒嵐戦記 二部  作者:


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第十二話

前回のあらすじ

聖フラマロス教国の外交官フレイルは、アバニア王国からカイナ帝国へと向かっていた。クリステッドへの制裁戦争への参加を求めるために。

カイナ帝国の皇帝アルバートは、フレイルからの要求を呑むことを決めた。ある条件を付けることで。

「アバニアとの戦争に手を貸してもらおう」


 聖フラマロス教国の外交執政官であるフレイルは、多国間戦争不可侵条約に違反したクリステッドへの制裁戦争を行うため、カイナ帝国皇帝アルバートのもとへと赴いていた。皇帝は「手を組む」と言ったが、条件があると言う。そしてその条件が、「手を貸せ」というものだった。


「クリステッドへの制裁戦争を行うためにも、戦力の温存は必須である」


「……しかし、現在我らはミサリオーネとの戦争状態にあります。手を貸せるほどの余裕は……」


「ならば、我が仲裁に出るとしよう。……半年間の停戦。ミサリオーネとしても、拒否する理由などあるまい。貿易が滞り、国庫が枯れ始めた奴らにとってはなおさらな」


「……その間、我が国の軍が陛下の軍と合流し、アバニアを攻め落とすと……」


「そうだ。……その後、お前たちを手伝ってやってもいい」


「え?」


「我らカイナ帝国、聖フラマロス教国への援軍を出してやろう。戦力の温存は互いにとって必要な事柄である。……ミサリオーネを制圧したのち、クリステッドへの制裁戦争を行う。……さて、どうだ?」


 どうだと問いかけられたフレイルだったが、すぐに言葉を返すことはできなかった。あまりにも都合がよすぎるのだ。正直、制裁戦争に参加してくれるという言葉が聞けるだけでも、彼にとっては儲けものであった。だというのに、その上ミサリオーネとの戦争にも手助けをしてくれるというのだ。まさに僥倖と呼ぶべき出来事である。……だが、彼は諸手をあげて喜ぶほど単純ではなかった。何か裏がある。そうでなければ、これほどまでにこちら側に好条件な提案をしてくるわけがない。


「……では、この旨を教皇様に伝えてまいります。しばし、お時間を頂けると」


 フレイルは、一度この場を離れることを選んだ。これは、自分一人で決めてよい問題ではない。


「いいだろう。色よい返事を期待しているぞ」


 アルバートからの許しも得られ、フレイルは玉座の間から飛び出すように出て行った。様子がおかしくなったフレイルを心配する部下たちが声をかけるが、彼は「時間がないのだ」としか答えない。彼はそのまま帝都の北にある港街へと向かい、フラマロス行きの貿易船を探し出した。


「時間がないのだ。私を乗せてくれ。……環境?今はどうでもよい」


 執政官を乗せられるほど立派な船ではないと断られかけるが、フレイルはさらに食い下がる。結局貿易船員が折れ、フレイルは何とか帰りの船を手に入れた。


「お前たちはセルパンに向かい、私が乗ってきた船で帰ると良い。私は今一刻を争っているのだ」


 フレイルは部下たちにそう言い残し、フラマロス行きの貿易船に乗って港から出て行った。港に残された部下はただ、見たことのないフレイルの焦り具合に呆気に取られていただけだった。




 それから半日も経たないうちに、フレイルはフラマロスへと戻ってきた。貿易船から降りて来た外交執政官に、周りの者達は度肝を抜かれていたようだが、フレイルは彼らからの追及を振り切り、教皇のもとへと急いだ。その道中、視察に来ていた「財務執政官」であるマーティンと出会った。彼はフレイルが目を駆けていた人物で、フレイルの半分以下の年齢でありながらも執政官に抜擢されている秀才である。


「フレイル殿!なぜこちらに?聖務に向かっていたのでは?」


「そのことについて、教皇様に急ぎ知らせねばならぬことがあってな。こうして道を急いでいるという訳だ」


「なるほど。ならば、私と共に行きませんか。視察も終わりましたし、これから聖都に帰る所だったのです」


「ふむ……。願ってもないことだ、ありがたい」


 フレイルはマーティンが乗っていた馬車へと乗り込んだ。マーティンは御者に「足を速めてくれ」と伝えると、それぞれの仕事についての雑談を始めた。それからおよそ二時間もしないうちに、二人を乗せた馬車は聖都へと到着した。


「……む、フレイル殿。思っていたよりもずいぶんとお早いお帰りですな。聖務はうまくいったのですか?」


 聖都に到着したフレイルを出迎えたのは、「法務執政官」であるクロードだった。フレイルよりも年上だが、執政官としての暦は短いという少し複雑な関係である。


「何というべきか……。少し複雑な状況でしてな。ひとまず、教皇様にご報告せねば」


「ならば、ちょうどよい時に戻ってこられたようですな。教皇様は先ほど、ちょうど拝礼を終えられていましたぞ」


 聖フラマロス教国の国主、教皇は教祖という訳ではない。光輝教を広めた者達のうちの一人の子孫であるにすぎないのだ。そのため、教皇も毎日の祈りは欠かさない。ただ、他の信徒とは違い、彼の祈りは先祖に捧げる特別なものとなっているようだった。


「そうですか。ありがとうございます、クロード殿」


 フレイルはクロードに礼を告げ、足早に教皇が住む聖城へと向かった。門番は一目見て「お疲れ様でございます」とすぐさま門を開く。フレイルがそのまま教皇の間へと急ぐと、その扉の前に「総務執政官」であるハイテンが立っていた。


「……おや、フレイル殿。聖務を無事に成し遂げたのですかな?」


「いいえ、それほど手軽にという訳にはいかず……。ハイテン殿と教皇様にご相談しなければ、と思いまして」


「……なるほど、では、聞かねばなりませんな」


 ハイテンは教皇の間への扉を開け、フレイルを招き入れる。彼が足を踏み入れると同時に、普段教皇がいるカーテンの奥に明かりがつき、教皇の影が映された。


「フレイルよ。まずは聖務の報告をせよ」


「はっ。……まずアバニアですが、奴らもクリステッドの毒牙にからめとられ、奴らの下僕へとなり果てました」


 教皇の影は全く揺らぐことはない。影の隣に立っていたハイテンは「ほう?」と興味深そうな声をあげていた。


「では、カイナの方は?」


「……実は、そちらの方が問題でして。……アルバートの口から『協力する』との言葉は出ました。しかし……」


 続けてフレイルはアルバートから告げられた条件を口にした。互いに協力すること、カイナが停戦の仲介役として出ること。その一つ一つがハイテンの耳に入るたびに、彼の目がゆっくりと開かれていく。フレイルが「以上です」と締めくくると、彼は「なるほどなるほど」と言って豊かに生える自らの白いひげをなでていた。


「少々、こちらに都合が良すぎるようですな。……何か裏があるのやも」


「そうなのです。だからこそ、こうしてハイテン殿と教皇様にお伺いを……」


「……帝国が狙うは、上下関係の構築。……ミサリオーネとの仲介、そして援軍としての介入。そのいずれもが『恩を売る』思惑の上でのこと。奴らはそれをかさに着て、無理難題を押し付けてくる気であろうな」


 フレイルの話を黙って聞いていただけの教皇がいきなり口を開いた。あまりに突然のことではあったが、二人は決してその言葉を聞き逃すことなどない。


「では、いかがいたしましょうか」


「……備えるほかあるまい。今ここで帝国の協力を断れば、クリステッドへの制裁戦争が行えん。……奴らが調子に乗ったとき、それを押さえつけられるほどの戦力を確保するのだ」


「あとでカンバールに命じておきましょう」


「……いや、ハイテン。軍の整備はお前に任せる。カンバールにはこれから兵を率いてアバニアへと向かってもらう。……フレイルよ、カイナへと向かい、この言葉を伝えよ。『協力に感謝する』と」


 前教皇とは違い、現教皇はかなり好戦的だ。カイナを敵に回すことすら厭わないようである。……自分で剣を握らないが故の考えなのだろうが、それを言葉にできるほどフレイルは死にたがりではない。彼は黙って「拝命いたしました」と言って足早に教皇の間を去ることしかできなかった。


「おお、フレイル殿。お帰りであったか。して、首尾はいかがかな?」


 教皇の間から出ると、ちょうど廊下の向こうから「軍部執政官」であるカンバールがフレイルの方へと歩いてきていた。彼はフレイルを見つけると、ご機嫌そうに話しかける。


「……カンバール殿。首尾はそれなりと言ったところでしょうな。……これからは、少々面倒なことになるやも知れませぬぞ」


「ふむ、その心は?」


「これから教皇様がお伝えになられるはずです。……それでは、私はこれで失礼。新たな聖務を頂いたので」


「いや、随分と忙しいようですな。どうかお身体は壊さぬよう」


 カンバールが話を切り上げようとしたとき、ちょうど教皇の間からハイテンが顔を出していた。彼は門番を呼びつけようとしていたようだが、すぐ近くに彼を見つけたために、門番に対して「いや、用はなくなった」と告げた。


「カンバール殿。ちょうどよいときに。……少々話さねばならぬことが」


「……承知しました」


 カンバールは少し驚いたような顔をフレイルに向けたが、すぐにハイテンに従って教皇の間へと消えて行った。それを見届けたフレイルは、自らに課せられた聖務を果たすため、再度港へと向かっていた。




 二日後、早朝。波と風の音だけが聞こえるモーテルムの街に、それらに混じった別の音が聞こえて来た。海を割って進む厳かな音。見張りに立っていた者が異変に気付き、団長であるエリオットが様子を見に来ていた。


「それで、異変というのは?」


「先ほど望遠鏡で確認したのですが、聖フラマロス教国の国旗を掲げた船がこちらに向かってきているようなのです」


「……フラマロス?何の用でこっちに……。貿易だとしても、この港が使えなくなっていることぐらいは知っているんじゃないのか?」


 エリオットの眉間にしわが寄っていく。フラマロスからはもちろん、帝国からも何の話も聞かされていない。


「いえ、貿易用の旗は掲げられていませんでした。ですので貿易のためではないのでは?」


「ならなおさら何のために?……到着時刻は?」


「現在の航海速度から考えますと、あと二時間ほどで港に到着するかと」


 エリオットの眉間に刻まれたしわがさらに深くなっていく。今日はマーゴ制圧戦の予定だったというのに、何故よりにもよってこの日に面倒事が起きてしまうのだろうか。彼は一度軽く息を吐き、気を取り直した。


「とにかく、……敵だろうが何だろうが出迎えは必須だろうな。皆を起こしてきてくれ」


「了解」


 見張りの団員はすぐさま拠点へと駆けて行った。それを見送ったエリオットは腰に下げていた剣に手を添え、「さて、どうなるかな」とつぶやいていた。




「敵襲か?」


「いえ、まだはっきりしていないのです。敵かもしれませんし、そうではないかも……」


「はっきりしないな。……エリオットはどうした?」


「港で船を待っているかと」


「……そうか。俺もすぐに出る」


 団員は「それでは、私は次の所に」と言って彼の前から去っていった。久々だった制限のない睡眠を邪魔されたゼロスは、特段声を荒らげることもなく、すぐさま黒い鎧に身を包んで寝室を後にした。日はまぶしく街を照らしている。彼はまぶしそうに顔をしかめたその先、港の方では団員たちがせわしなく走り回っていた。さらにその奥、埠頭の方ではエリオットがたたずんでいるのが見える。日に照らされ顔は見えないが、彼の表情は何となく想像できていた。


「……面倒なことになったな」


「ゼロスか。……ああ、よりにもよってこの日に……」


「上からの知らせは?」


「ない」


 簡単にいくつか質問を投げかけ、ゼロスはすぐに口を閉じた。彼が帝都からの知らせを受け取っていない以上、彼はほとんど何も知らないだろう。そんな彼に問い詰めたところで得られるものなど何もない。今はただ、あの船が何のために現れたのか、船に乗っているだろう誰かを想像することしかできない。


「……早いね、二人とも」


「ノクスか。すまないな、起こしてしまって」


 二人で埠頭に並んで立っているうち、続々と団員たちが港へと集まってきている。ノクスから声をかけられて振り返ると、ほぼ全員がそろっていた。


「……そろったか。なら、訳を話さないとな」


 エリオットは挨拶もそこそこに、皆を叩き起こしたわけを話す。「船」の言葉を聞いた途端、皆は一斉に埠頭の先に目を凝らしていた。セリアからのいくつかの質問はゼロスが投げかけた質問をかぶっていたが、彼は嫌な顔一つすることなく答える。


「……とにかく、あいつらを問い詰める他ないってわけだ。……最悪の場合は、武力で」


「なら、俺たちの得意分野だな。……それより、豪波の奴らは起こさなくていいのか?」


 質問を切り上げ、最悪の場合の対処法を告げるエリオット。得意げに言葉を返すオルコスは、東部拠点で体を休めている豪波騎士団を思い出していた。


「案ずる必要はない。豪波騎士団はすでにそろっている」


「……いつの間に」


 集まっていたエリオット達の背後から音もなく、ウォルハス達、豪波騎士団が集まっていた。団長である彼はいささか不機嫌そうである。


「全く。この大事な日に面倒事とは、上の連中は何を考えているのやら」


「……あんたも何も聞いてないのか」


「聞いていたとして。このように混乱を招くのは必然なのだ、話さないわけがあるまい。……つまり、私も何も聞いていないということだ」


 まだ寝ぼけているのか、それとも叩き起こされた故の不機嫌か、妙に回りくどい物言いをするウォルハス。そんなことを話しているうち、フラマロスから来た船は港に接舷していた。


「……おしゃべりはここまでだ。降りてくるぞ」


 船から足場が飛び出し、港につながる。皆はそれぞれ武器を握りしめ、降りてくるであろう敵を待ち受ける。……だが、その刃が抜かれることはなかった。


「……おお、これはこれは。まさか騎士団の皆さまでお出迎えとは。帝国の騎士団はずいぶんと礼儀正しい方たちのようですね」


「失礼、どなたでしょうか」


「おや、これは失礼。名乗り遅れましたね。……私、聖フラマロス教国から参りました、『文部執政官』のアランナと申します。どうぞ、以後お見知りおきを」


 そう言って、船から真っ先に降りてきた女性は恭しく頭を下げた。エリオット達の間には困惑が広がるが、ひとまず剣を収めることにした。どうやら彼女は客人らしいと判断したのだ。エリオットは一歩前に進み、皆を代表して口を開く。


「して、文部執政官殿がどうしてこちらに?」


「先日、我らが教皇と貴国の皇帝の間で話し合いが行われまして。……詳細は後々詳しく話しますが、両国は協力関係を持つこととなりました。つまり、帝国のアバニア侵攻に、我らが援軍として加わるということになります」


「……援軍?ですが、それは国際機関が制定した条約に違反するのでは……」


「アバニアは、クリステッドを手を結びました。あなた方なら、すでに知っているのでは?」


 アランナからの言葉に、エリオットは喉を詰まらせる。……彼自身は見ていないが、その噂は聞いていた。クリステッド兵らしきものがアバニア軍に混ざっていると。アイリーンがその兵の兜の入手にも成功していた。医療団員たちもクリステッド兵らしき者を治療し、「影の一族の痣」が埋め込まれていることも報告されていた。だが、それらがまさかフラマロスの執政官にまで知れ渡っているとは思わなかったのだ。


「……奴らが決まりを破った。ならば、私たちが決まりを破ろうとも構わない。……そう言うことですか」


「ご理解が早くて助かります。……それでは、私は失礼します」


「え?」


「私は文部執政官です。戦いが専門ではありませんので。今日も、別の仕事に赴いているフレイル殿の代わりですから」


「……つまり、私たちには代わりの人材で十分だと」


「いや、そのようなことは。フレイル殿は現在カイナ帝国の皇帝に会いに行っているんですよ。どうかご理解を」


 頭を下げながら「申し訳ない」というアランナではあったが、その声色からはそれほど謝意は感じられない。どうせ相手は許すほかないのだから、それほどかしこまる必要もないだろうとどこか達観した様子である。


「……アランナ殿。貴女は少々お話が長すぎる。まるでハイテン殿のようだ」


 しびれを切らしたか、フラマロスから来た船から大男が一人、降りてくる。白い鎧に金の差し色がまぶしい。ただ、その鎧をまとっている男はこれまでいくつもの修羅場をくぐったと言いふらさんばかりに、顔にいくつもの傷をつけていた。


「失礼、あなたは?」


「私はフラマロス教国の軍部執政官を務めている、カンバールと申す。此度より貴殿らの援軍として武を振るうために来た」


「……これは決定事項なのか?」


 エリオットの隣に立っていたウォルハスが口を開く。不確定要素が増えるのが嫌なのか、彼は相当不機嫌そうであった。だが、カンバールは厳とした物言いで答える。


「うむ。すでに貴国の皇帝との話し合いは済ませている。明日にでもこのことを知らせる書簡が届くだろう。我らはそれよりも早く此方に来てしまっただけのことよ。……それよりも、早速で悪いが一つ頼みがある。船に乗せたままの兵士たちを休ませたいのだが、どこか良い場所はないだろうか」


「……コルニッツォ。東部拠点に案内してやってくれ。まだ空いているベッドがあったはずだ」


「了解」


 カンバールが感謝を告げると、船からぞろぞろとフラマロス兵が降りて来た。その数、ざっと百。烈風騎士団のおよそ倍、豪波を足してもわずかに彼らが多い。ただの兵卒ではあるだろうが、そこそこの戦力をよこしてくれたようだ。彼らが街に消えていくと、その場に残っていたアランナが「さて」と声をあげる。


「それでは、改めて私はここで。私はご挨拶に来ただけですので。……どうか、よき隣人でありますように」


 アランナはそれだけ言い残し、船に戻っていった。船は補給をすることもなく港から出て行き、水平線の彼方へと消えて行った。


「……作戦の練り直しだな」




 二時間後。朝食を済ませた彼らは、カンバールも含めて西部拠点で会議を行っていた。エリオットが会議の開始を宣言すると、早速ウォルハスの恨み節が唸りだす。


「事前連絡もなく新たな戦力が加わっても、うれしいばかりではない。作戦の共有、連携の杜撰さがほころびになりうる。……その上、どう戦うかもわからぬ者らと組むともなれば、そのほころびはさらに大きくなろう」


「……私に対する小言としては結構、事実故私に反論すべき言葉はない。……だが、貴殿らの上に立つ皇帝は、すでにこの件について協力の姿勢を見せているということだけは覚えておくべきだ。……自ら看板に泥を塗るほど、貴殿は愚かではないだろう?」


 カンバールもただ黙って聞いているだけという訳ではなかった。皇帝を引き合いに出され、ウォルハスは口を噤んでしまう。……これでようやく本題に入れる。エリオットはわざとらしい咳ばらいをし、注目を集めた。


「雑談はそれまでに。……私個人としては、カンバール殿には私たちと共に側面からの奇襲に参加していただきたい」


「ほう、それは何故?」


「ウォルハス殿の騎士団が正面を担当するのです。……率直に言えば、あなたとウォルハス殿は相性が悪いかと。今ここで言い合いをするのならば構いませんが、戦場ではそれは死につながるでしょう」


「……エリオット。人を馬鹿にするのはやめろ。生き死にがかかっている戦場でくだらない言い合いをするとでも?」


「不安要素がある以上、できる限り除いておくべきです。……それに、側面からの攻撃を担当するのが私たちだけでは、敵との兵力差でかえって包み込まれそうなものですから」


「なるほど、それは確かに危惧すべき事態であるな。……それで、マーゴと言ったか。そこにはどれほどのアバニア兵が?」


 カンバールは腕を組みながら尋ねる。だが、エリオットはただ首を横に振り、ウォルハスは肩をすくめるだけであった。


「……わからぬと?なぜ斥候の一人でも放たないのだ」


「マーゴを刺激するのは得策ではないのです。仮に奴らが探られていると感づけば、総力をもって私たちに襲い掛かるでしょう。そうなれば、圧倒的な兵力差にただ飲み込まれるのみ。だからこそ、あえて刺激せず静観に徹していたのです。……実は以前に一度、マーゴからの敵兵を追い返したことがあるのです。こちらもそれなりに痛手は受けましたが、勝利を飾ったといってもいい。ゆえに、彼らもまた警戒を強めているはずです」


「……互いに出方を窺っている、と言った所という訳か」


「ええ、その通りです」


 エリオットの言葉にカンバールは納得したようだ。組んでいた腕を下ろし、威圧的な態度を軟化させた。


「では、エリオット殿の言葉通り、我らは烈風騎士団と足を並べるとしよう。……ウォルハス殿も、異論はないな?」


「……敵味方の区別だけは間違わないでもらいたい」


 ウォルハスはそう言い残して会議室から去っていった。彼はまだフラマロスからの援軍に納得していないらしい。エリオットはまたもや肩をすくめ、「どうか気になさらず」とカンバールをなだめた。




「援軍か……。そこまで必要だとは思えんが」


 モーテルム街西部。食事処として使っている街の酒場の二階で、ゼロスたちはテーブルを囲んでいた。不機嫌そうにテーブルに頬杖をつくオルコスが不満を漏らしている。


「確かに、マーゴにどれほどの兵力が集まっているかは未知数だ。百人ぽっちの兵士だろうが、戦力にはなるだろう。……だがな、顔も名前も知らない奴に背中を預けられるものか?」


「しかしだな。すでに皇帝はこの件を呑んでいるのだろう?ならば、私たちにとやかく言う資格などない。……私も不安ではあるが、ここで文句を言っていても仕方ないんだ。割り切るほかない」


 続くオルコスの愚痴に、隣に座っていたセリアが待ったをかける。その間、ノクスはただ顎に手を添えて何かを考えているようだった。それが気になったのか、コルニッツォが彼に声をかける。


「……どうした、軍師殿。何か気にかかることでもあったか」


「気になることというか、みんなに気を付けてもらいたいことかな」


「気を付けること?何かあったのか」


「……みんな、次の戦いは全力で戦わないでほしい」


「は?」


 ノクスはグラスに注いでいた水を飲みほした後にそう言った。その言葉の真意を理解できない者は、ただ腑抜けたように困惑の声をあげるのみだった。


「なんだ、負けろってか?」


「そんなわけないだろ。……あの男。カンバールに手の内をあまり見せない方がいい。今は協力関係で済んでいるが、彼らがいつ牙をむいてくるかはわからない。その時、こちらの手の内を知られているのはまずい」


「とはいっても、戦場で手加減などする余裕もないだろう。それで膝をつくようなことがあれば本末転倒というものだ」


「もちろん、それは分かってる。だから……。ゼロスだけは全力を出さずに戦ってほしい」


「……俺か」


 ノクスには何やら考えがあるらしい。いきなり名指しされたというのに、ゼロスはそれほど驚きを見せることはなかった。


「ゼロスは烈風騎士団内どころか、帝国の中でも一、二位を争うほどの武力を持っている。……いざという時の切り札として、その力のすべてを発揮するのは控えてほしいんだ」


「……別に構わん。そもそもモーテルムに来てから全力を振るったことなど一度もないがな」


「じゃ、これからもその調子で頼むよ。少なくとも、カンバールの目がなくなるまではね」


 ノクスは再度釘をさすような物言いで話を区切る。ちょうどその時、エリオット達の会議が終わったことを知らせに一人の団員が階段を上がってきた。


「あ、お揃いでしたか。団長殿がお呼びです」


「わかった。……すぐに行こう」




「マーゴ攻略戦は明後日に決まった。俺たちはこれから出立の用意を整え、明日の夜までにマーゴの近くに補給地を作っておかねばならない」


 会議室には烈風騎士団の幹部群がそろっていた。彼らはエリオットからこれからの予定を聞かされている。


「いいのか?目の前で補給地を作れば必ず奴らに気づかれる。そうなれば……」


「それについては大丈夫だ。地図を見てくれ。……この部分、マーゴから南西のこのあたりなんだが、ここは森になっている。俺たちはこの中に補給地を作ればいい。……それに、迅雷と豪波が共同で、マーゴの東側に拠点を構えるらしい。それも目立つようにな」


「……そっちは陽動、という訳か」


 カリンが口にした不安の種はすぐさま摘み取られる。エリオットは冷静に話を締めくくった。


「今回の作戦は俺たちと、カンバール隊による側面からの奇襲がかなり重要だ。……失敗は許されないと思ってくれ」


 会議の終わりが告げられると、皆は一斉に出立の用意を整えるために会議室を後にしていった。ゼロスもまた用意を整えようと自室に向かおうとすると、あの男に引き留められた。


「そこの偉丈夫、待たれよ」


「……偉丈夫?随分と古臭い物言いだな。……カンバールと言ったか。何の用だ?」


「いやなに、貴殿のその立ち振る舞い。ただものではないと思ってな。……此度の作戦、ともに全力を振るおうぞ。……ではな」


 カンバールはそれだけ言い残してゼロスの前から去っていった。その場に残された彼は聞かれないように小さく舌打ちをし、自室へと急いだ。

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