第十四話
前回のあらすじ
ついにマーゴ制圧戦が始まった。ゼロスたちは意気揚々と街中に切り込むが、アバニア兵は帝国の攻撃をのらりくらりとかわし、砦へと逃げ込んだ。
追撃を仕掛けようとする帝国軍に対し、アバニアは砦からの砲撃を開始した。かわしきれない砲撃の雨の中、フラマロスからの援軍であるカンバールは、ゼロスの身体能力に目をつけ、砲台の破壊を提案した。
「我らもそろそろ動くとしようか」
ゼロスを見送ってから少し後。じっと砦を見つめていたカンバールはいきなり口を開いたかと思えば、進軍を提言し始めた。エリオットら騎士団の団長たちは、彼がまだ魔導砲台の恐ろしさを理解していないのかと頭を抱えてしまう。しかし、カンバールは口を閉じなかった。
「ゼロス殿が陽動に走っている今、奴らに砲撃を行うほどの余裕があるか?……エリオット殿、いかがかな。ゼロス殿は目の前で行われる砲撃を見逃してしまうほど、柔な訳ではないのだろう?」
「……まさか、初めからそのつもりで」
「『たった一人に陽動を任せ、その隙に砦を攻めるべし』などと言われたところで、貴殿らは首を縦には振らぬだろう。ならば、よりそれらしい理由をつけてやるまで。……悪く思うな。我らとて、この戦は勝利せねばならぬのだ」
カンバールは全く悪びれない。……エリオット達は少々見誤っていた。実直な目つきと武人らしい立ち振る舞いから正々堂々とした性格だと、彼を勘違いしていた。彼は「軍部執政官」なのだ。頂点に上り詰められるのならば、謀略に長けていても不思議ではない。
「……援軍で来たくせに、偉そうなことを」
誰かがそうつぶやいた。声の出所を探そうとしても、ここには三つの騎士団の団員と援軍までいる。探すのは時間の無駄だろう。
「……いいだろう。確かにカンバール殿の言うとおりにすべき状況だ。……だが、もう少しわきまえていただこう。貴殿は援軍としてここに来ている。むやみやたらと帝国の騎士団を危険にさらすような作戦を企てるのはやめていただこう」
総指揮官としての立場であるガラードは少し考えたのち、カンバールの提言を受け入れることを決めた。だが、彼は抱いた怒りを包み隠すことなくぶつける。それを受けたカンバールはただ「次からは気を付けよう」と当たり障りのない返事をしていた。
「では。フラマロス軍に先陣を切っていただこう。……貴殿が言い出した策だ、異論はあるまい」
「いいだろう。……総員、用意をせよ」
ガラードからの嫌味らしい提案を断る術など、カンバールは持ち合わせていなかった。部下を引き連れ、前方に列をなす。
「……後ろは任せるぞ」
「ああ、存分に任せてくれ」
三つの騎士団もそれぞれ列を整え、砦に向かう支度を整える。その砦では、黒い嵐が吹き荒れていた。
「一刻も早く奴を捕らえよ!これ以上は持たぬぞ!」
「しかし、奴に追いつくことすら……」
黒い影を取り囲んだと思った瞬間、眼にもとまらぬ速さの剣戟に襲われる。恐ろしさのあまり目を閉じれば、黒い影は突き破られた壁から逃げ出していた。そしてすぐに隣室から叫び声が上がる。急いで向かってみれば、その部屋は血煙で見通しが悪くなっていた。差し込む光の中にたたずんでいる黒い影。彼らにとっては死神とすら言える。
「……報告!帝国の本軍が動き始めました!このままでは十分もしないうちに砦にたどり着かれるかと」
「奴らめ……。黒い影は囮だとでもいうのか。……砦内の兵士を全員集めろ。打って出る」
「しかし、それでは砦が……」
「もとよりあんなものに入られては砦の意味などない。もはや災害のようなものだ、我らでは対処できん。……ミーリスト様がいらっしゃれば、また違ったのかも知れないが。……とにかく、あれは災害だ、人の身ではどうにもならん。ならば、人の身でどうにかできる方を対処するほかない」
「……了解しました」
報告に来た兵は踵を返し、砦内の兵士を集めるために走りだした。その間にも黒い影はそこら中を我が物顔で飛び回っているが、彼らはもはやそれを傍観しているだけだった。……手を出さなければ殺されることもない。そして黒い影の目的は魔導砲台の破壊。ならば、傍観しているのが最善なのだ。……その黒い影が本当に意思のない災害のようなものなら、だが。
「……変わったな」
自らの後を追おうとする兵士が減ってきたことにゼロスは気づいた。砦の防衛設備としては主力ともいえる砲台がいくつも破壊されているというのに、彼らにはそれらを守る素振りすらない。
「諦めたか、あるいは……」
彼は砦の最上階で身を休めていた。十分、あるいは十五分、もしくはそれ以上だろうか。剣を振るい、縦横無尽に動き回った彼の身体には疲労がたまっていた。当然、アバニア兵は彼の身体に一太刀たりとも攻撃できていないがそれでも疲れはたまるものだ。
「……あれは、フラマロスの援軍。動き始めたのか。……そうか、アバニアの奴らはそっちに向かったか」
最上階で身を休めていたゼロスは、遠くから向かってくる大群を見つける。掲げられた旗はフラマロスの物。よく目を凝らしてみると、その後ろには見覚えのある団旗が続いている。
「俺が荒らし回ったのを好機と見たか。……ならば、俺もそれに乗るとしよう」
外壁の縁から少し身を乗り出すようにしていたゼロスは身体をひっこめ、その場に座り込み壁に背中を預けた。本軍が砦にたどり着くまではもう少しかかる。その間、休ませてもらおうという考えである。
「アバニア兵たちに告ぐ!今すぐ降伏するならばそれで良し!しないのならば命を散らす覚悟をせよ!」
帝国軍の代表として、一番声が大きいオルコスが砦を前にして叫ぶ。堅く閉ざされた大きな門は、その言葉を受けてゆっくりと開きだした。皆は一斉に武器を手に取り、構える。
「放て!」
わずかに開いた門の隙間から矢が飛び出して来た。彼らは自分のもとに飛び来る矢をはじき落とすが、手が間に合わない。前線に立つフラマロス兵が何人か倒れると、門はさらに開いていく。
「なめるなよ獣共め。我ら誇り高きアバニアの戦士。敵に降るなど死に勝る屈辱。決して降るものか」
アバニア軍の後方、兵士の士気を高めるための小さい演説台の上に、指揮官はいた。右手には大槍を握りしめ、穂先を帝国軍へと向けている。その眼には遠くからでもわかるほどの殺意がたぎっており、戦いを避けることは不可能であるということをはっきりと感じさせた。
「……立て、聖なる加護を受けた教皇の兵士たちよ。これは、我が国のための戦いである。……勇を振るえ。必ずや、教皇様が見てくださっている!」
前線に立つカンバールが声を張り上げる。矢を受けて倒れた兵士も、簡易的な手当てを受けて立ち上がり、彼の言葉に続いて「おお」と声を張り上げた。士気は十分。残るは、「突撃」の一言のみ。……そして、ついに。
「全軍、突撃せよ!」
「全軍、進め!」
進軍の号令が重なった。アバニア兵とフラマロス兵が一斉にその場から走り出し、砦の前でぶつかり合う。
「始まった。俺たちも続くぞ!遅れをとるな!」
フラマロス軍の後方にいたエリオット達帝国軍も、開戦の騒ぎを聞きつけて足を速める。弓兵は民家の屋根に上り、そこから矢の雨を降らせる。剣兵や槍兵は大地を蹴り、全力で刃を振るう。
「……とんでもない混戦だ。味方がどこにいるかすらわからない……」
軍師であるノクスは屋根に上がって戦場を見下ろしている。フラマロス軍による突撃、アバニア軍による抵抗、そして、三騎士団によるさらなる攻勢。敵味方入り乱れ、戦況は常に動き続けている。……大きな火の手が上がった。その場にはカリンがいる。周りの兵士を一撃でなぎ倒し、その力を見せつけている。だが、すぐさまアバニア所属の腕の立つ者が、剣の一振りでカリンをなぎ倒していた。するとそこへ迅雷騎士団の兵士が敵を連れて現れ、その場を混戦へと引き戻してしまう。
「……これじゃ、援護も満足にできないぞ……。さて、どうしたものか……」
ノクスは腕を組み、唸り声をあげて戦場を睨みつけている。すると、砦の奥から叫び声が聞こえて来た。
「俺を忘れたとは言わせねえぞ。……構えろ」
「……あれは、ゼロスか。……無事だったのか」
人の身長よりも大きな剣を豪快に振り回す男など、この世に二人と存在するわけもない。光すら呑み込まんばかりの黒い鎧も、同様だ。……あれはまさしくゼロス。黒い嵐である。群がる兵士を薙ぎ払い、敵指揮官のもとへと迫っていく。
「……声をあげろ。ゼロスがいたと知らせるんだ」
ノクスは何かを思いついたのか、近くにいた団員にそう指示を出す。団員はその指示の意図を掴めていないようだったが、いちいち疑問を呈している暇もない。
「ゼロス副隊長は存命!姿を確認しました!」
一見、意味の分からない報告ではある。だが、大声につられてほぼすべての兵士が刃を振るう腕を止め、言葉に耳を傾けた。そして。
「ゼロス、生きているのか!」
言葉は同じだったが、感情はそれぞれであった。喜ぶ者、驚く者、そして恐れる者。……それこそが、ノクスの求めたものだった。
「……あそこだ。砦から西方。最も敵兵が多い。あそこに向かおう」
ゼロスの存在を恐れるのならば、それは彼の脅威を知っている者でかつ、その脅威を身に受ける者でなければならない。つまり、ゼロスの存在を知って恐れるということは、その者は敵であるということだ。ノクスはその表情の変化を読み取り、最も窮地に陥っている味方のもとへと団員を連れて足を速める。さらに。
「あんな戦い方をさせられたゼロスが生き残ってるんだ。俺たちが弱音をあげてどうする!」
ゼロスはカンバールからの「砦に備えられた魔導砲台を破壊せよ」という無茶とも思われる命令を受けていた。彼はそれを達成しただけでなく生き残り、さらに敵指揮官に迫るほどの猛攻を見せている。そんな彼が生きていると知った以上、生半可な言い訳はできないどころか、言い訳する気すら失われていた。皆、大いに奮い立ち、これまで以上に勇を振るっている。そのため、数の多さで押していたアバニア軍をついに押し返した。
「……ま、不味いぞ!このままでは、押し切られる!」
「前には帝国軍、後ろには黒い嵐……。これでは……」
嵐の登場により、一気に戦況が動き始める。散らばっていた双方の兵は、片や一息に押し込むため、片や必死の抵抗のために集まっていた。
「……門を閉めるしかない!早く閉めるのだ!」
「しかし、今閉めると仲間が……」
「構わん!籠城戦に持ち込むのだ!」
敵指揮官の指示により、砦の正門が閉められていく。必死に帝国の攻勢を抑え込むアバニア兵たちは、砦の中に逃げ込む暇もなく取り残された。
「クソッ!こうなったら、玉砕あるのみ!」
やけになった兵士の取る行動は一つしかない。……盾を捨て、敵陣への突進。もはや泣き声にも近い雄たけびを上げた兵士は、いくつもの槍に貫かれてカラスのエサと化していた。
「門を開けろ!これ以上の抵抗は無駄だ!」
帝国軍の総指揮官であるガラードが声を張り上げる。団員たちは剣や槍などで門を切りつけ、威圧をやめない。砦の外壁は、見上げれば立ち眩みしてしまうほど高く、よじ登るという考えは体力自慢であっても湧き起らない。どうにかしてこの門を突破しなければ、彼らに勝利はないだろう。
「……コルニッツォ、オルコス、頼む」
エリオットは団の中でも力自慢である二人に、どうにか門を突破できないか頼む。他にも、迅雷騎士団からはラキア、豪波騎士団からはまだ名を知らぬ騎士が一人。ウォルハス直々の指名なのだから、それなりに力自慢なのだろう。さらに、カンバール自身も門の前に仁王立ちし、自らが門を打ち破ろうと魔力をたぎらせていた。
「……息を合わせ、連続で同じ場所に技を放つ。……雨垂れ岩を穿つがごとく、この門も打ち砕いてくれようではないか」
カンバールの周りの地面がわずかに揺れ始める。散らばっていた石の破片も、カタカタ揺れたかと思えば、彼が発する魔力に当てられてふわりと浮かびだした。
「先陣は私が切ろう、続いてくれ。……『聖拳・光輝一条』!」
カンバールの右手から放たれたのは、見る者の目すら焦がしそうなほど輝く光の筋だ。それは門の中心に突き刺さり、まるで目印のように焦げ跡を残した。
「俺が続く!……『鋼技・鉄貫螺旋』!」
オルコスは両手を合わせ、鋼鉄の魔法を発動する。巨大な穿孔機を作り上げ、カンバールがつけた目印目掛けてそれを叩きつける。だが、それで終わりではない。彼は勢いをつけてその場で回りだした。自らが穿孔機の動力となったのだ。頑丈な作りである門からも火花が飛び散り、門のどこかから何かが砕け散るような音が響いてくる。
「クッ、すまねえ!あとは頼む!」
だが、それはいつまでも続けられるものではなかった。巨大な穿孔機に加え、自らの身体を酷使しているオルコス。ついに体力を切らしてしまった。門から弾かれたようにその場を離れたオルコスの代わりに、豪波騎士団の男が一歩前に出た。
「団長のためにも、ここで名を挙げる!『水流拳・怒涛』!」
彼は両腕から高圧の水を発射する。オルコスの攻撃によって歪んでいた門はさらに歪み、その影響は外壁にも現れ始めていた。何かが砕けるような音が下かと思えば、外壁から破片からパラパラと落ちてくる。このままの調子ならば、門を貫くこともできるだろうと皆が期待を寄せた。だが、そううまくはいかなかった。
「……む、あれは……」
門を突破しようと意気込む彼の額に、汗がにじむ。彼は門ではなく、その遥か上空を見つめていた。彼の視線の先、そこで何かが光る。その瞬間、光った何かが降り注ぎ始めた。それは矢だったのだ。何とか砦の中へと逃げ込んだアバニア兵は、黙って帝国軍が去るのを待っているわけではない。先ほどの軍勢から考えるとわずかな数ではあるが、それでも効果的な迎撃であるのには間違いない。
「……お前達、ロランを守れ!」
ウォルハスの指示で豪波騎士団が一斉に門の周りに集まる。門を破らんと全力を振り絞るロランを守るため、皆は武器や魔法を用いて降り注ぐ矢を弾いていた。
「……これ以上、時間をかけている余裕はなさそうだ」
コルニッツォがいきなりそうつぶやく。そして、一歩前に足を踏み出した。
「何を!このまま、私の魔法で、門を貫いてくれようぞ!」
「……息を切らしながらでなければ、俺もそれを信じたのだがな」
豪波騎士団のロランはすでに限界に達していたのだった。体を支えている右足は、生まれたての小鹿のごとく震えており、それは高圧の水を打ち出している両腕も同じである。震える腕から放たれる水は次第にぶれ始め、カンバール・オルコスと続けて狙った一点への攻撃が出来なくなっていた。……強がるロランをしり目に、コルニッツォはさらに門へと近づく。正面に立った彼は、その場で高く跳躍し、三人が狙い続けた一点に手をかざした。
「これで終えよう。……『崩撃・覇掌』!」
魔力が込められた掌が門に触れる。その瞬間、まるで爆弾が破裂したような音が周囲に響き、門は哀れにもその役割を失うように大穴を開けていた。
「……凄まじい。まさか、『黒い嵐』以外にも逸材がいるとは……」
門を突破できた喜びの声にかき消され、カンバールのつぶやきは誰にも届くことはなかった。
時は少し戻り、門が閉められた直後。敵指揮官へと猛追を仕掛けていたゼロスは、突如閉じられた門により、味方と隔離されていた。周りにはアバニア兵のみ。敵陣真っただ中にただ一人だけで佇んでいた。
「……これ以上、貴様の思うがまま剣を振るわれても困る」
「俺の知ったことではない。……覚悟しろ」
敵指揮官のなぜか鷹揚とした物言いに、少ない口数で返すゼロス。最後は言葉の代わりに剣の切っ先を向け、生半可な言葉は聞き入れないと態度で示した。だが。……指揮官はおもむろに左手を空に掲げる。それを合図として、砦中から鉄がぶつかるような音が聞こえてくる。その音が収まったかと思えば、それは地響きへと変わっていく。
「……何だ?近づいてくる」
ゼロスは一歩下がり、剣を構えなおす。アバニアの指揮官はすでに勝利したかのように誇らしい表情を浮かべていた。
「ここにいる兵ですべてだとでも思っていたのか?随分とおめでたい脳みそをしているものだ!……切り札というのは、最後まで取っておくものだと、今貴様に教えてやろう」
門前広場に、続々と兵士が集まってくる。しかし、彼らはアバニアの兵士ではない。その兜、鎧、そして刻まれた紋章。……クリステッド兵が姿を現したのだ。
「さあ、戦えクリステッドの兵よ。貴様らはそれしか能がないのだからな!」
兵士の人格を否定するような指示を出す指揮官だが、クリステッド兵は黙ってそれに従う。一糸乱れぬ足並みでゼロスへとにじり寄っていた。
「……一言も喋らない。やはりそう言うことか。……ならば、手加減は不要!」
ゼロスはその場から高く飛び上がり、上階の通気口として開けられた穴に左手をかけてぶら下がる。彼が何をするか全く予想できず呆気にとられる兵士たち目掛けて、ゼロスは右手に握りしめていた剣を投げつけた。ただ、ぶら下がっている姿勢のままでは、満足に力を伝えられない。だが。
「いちいち相手をするとでも思ったか?大軍が相手なら、まとめて片付ける方を選ぶに決まっている!」
ゼロスは左手で体を思いきり引き寄せ、その勢いのままわずかに飛ぶ。その瞬間、身を翻し、壁を蹴って地面目掛けてすさまじい速度で落下し始めた。当然、中途半端な力で投げた剣にはすぐに追いつく。だが、彼はそれを掴むことはしなかった。拳を固く握りしめ、剣の柄頭を思いきり殴りつけた。ゼロスの移動速度、打ち付けられた拳の力。その二つが推進力となり、剣は勢いを増して地面を目指す。
「……これが、俺が新たに編み出した技。名付けて、『荒風降ろし』だ!」
地面に突き刺さった剣はすさまじい衝撃を生み出し大地を揺さぶる。それどころか、剣に乗せられた勢いは空気すら切り裂き、その場を荒らす風を巻き起こしていた。
「なっ、なんだこれは⁉……クソッ、こらえきれない……!」
砦の門前広場で巻き起こった嵐は、鎧で全身を包んだものですら難なく空に巻き上げていく。クリステッド兵に偉そうに指示を出していたアバニアの指揮官も、必死に壁にしがみついていたがあえなく空に舞い上がることになった。……その後、空から降り注いだ者達は、そのほとんどがピクリとも動かなくなった。首から地面に叩きつけられれば、仕方のないことともいえる。かろうじて背中から落ちた者も、その衝撃から体を動かせずにいた。
「……他愛のない。さあ、降伏しろ。これ以上、お前たちは誰一人として戦えない。お前たちは負けたんだ」
「ま、まだ、負けてなど……」
諦めきれないアバニア兵士の一人が何とか起き上がろうとするが、その腕には全く力が入っていない。これでは、起き上がって剣を握ることもできはしないだろう。それでもなおゼロスに敵意を込めた視線を向ける兵士たちに、ゼロスは剣を構えなおした。
「最後まで戦意を見せたお前に敬意を表する。……手加減など、俺のガラではない」
大きく振りかぶった剣が振り下ろされた。起き上がるためにもがいていた兵士は、ようやく動かなくなった。……その時、閉じられた門がコルニッツォ達の手によってこじ開けられた。
「……片付けたのか」
「ああ、来るのが遅かったんでな」
腕を組んで神妙な視線を向けるカンバールに対し、ゼロスは悪びれることなく答える。答えを受けたカンバールは、小さくため息をついたかと思えば、部下に砦の中の残党探しを命じた。
「誰も残っていなければ、この戦いは我らの勝利で終えることができるだろう。……それにしても、随分な武勇を誇るものだな。ゼロス、と言ったか」
「ああ、どうかしたか?」
「帝国を捨て、フラマロスに来る気はないか。貴様ならば、軍を任せてやってもいい」
周りにはエリオットやアイリーンもいるというのに、カンバールははばかることなくゼロスを勧誘する。当然、ゼロスが口を開くよりも早くエリオットが割って入った。
「カンバール殿、いきなり何を」
「良い戦士を見つけたのならば、己が手中に収めたいと思うのは不思議なことではなかろう。……貴殿も、そうではないのかね」
カンバールのその言葉で、エリオットは約半年前のことを思い出していた。自分が差し入れをもってゼロスを訪問し、頼み込んで傭兵団に入ってもらった時のことを。……確かに彼の言うとおり、エリオットもカンバールと同じだ。だが。
「今、ゼロスが所属しているのは烈風騎士団です。そして、私がその団長なのです。……であれば、私が『不当な勧誘』を止めに入るのも当然のことでは?」
「……私は、ゼロスに提案を持ちかけているのだ。貴様は何の関係もない。控えていろ」
エリオットの挑発に、カンバールは青筋を立てる。せっかく戦いが終わったというのに、彼らは戦場にいる時よりも強い威圧感を放ちながら、互いに出方を窺い合っている。そこへ、渦中の人物であるゼロスがようやく口を開いた。
「……あんたには悪いが、俺はフラマロスに行く気はない。俺は無神論者なんでね」
「そうか。……ならば、これ以上は何も言うまい」
ゼロスからの断りの一言で、カンバールは思いのほかすんなりと引き下がった。砦内部の調査から戻ってきた兵士の報告を聞き、中に残党がいないことを確認している。そして彼は「マーゴの制圧は成った!」と声を張り上げた。
「援軍のくせに仕切りやがって、偉そうなやつだ。……まあいい、けが人はちゃんと申告しろよ。中には治療室もあるらしい」
総指揮官であるガラードはカンバールの態度に苛立ちつつも、自分に課せられた仕事を果たそうとしている。彼はエリオットの肩を軽く叩き、「災難だったな」と小さな声で言った。エリオットが返事をするよりも早く、彼は砦内部にけが人を伴って消えて行った。
「……カンバールの奴、取り繕うことをやめたな」
その場で仁王立ちし、胸の前で腕を組みながらゼロスはつぶやく。その様子を見ていたエリオットは、聞くつもりのなかった質問をつい、口からこぼしてしまった。
「良かったのか、フラマロスに行かなくて。……軍を任せてもらえるんだろう?今よりも出世してるじゃないか」
「……なんだ、行ってほしかったのか?」
「いや、そう言う訳じゃないが……」
「……確かに、烈風騎士団内にいるよりはマシな階級にはなれるだろうな。……だが、それだけだろう。俺には孤児院の子供達がいる。もうこれ以上、あいつらを振り回したくはない。それに、俺にはこっちの方が居心地がいい」
ゼロスは周りにいた仲間たちを見渡しながら言う。彼らがゼロスの視線に気づくことはない。唯一気づいたのはアイリーンぐらいだろう。目を合わせ、微笑みを返して来た。
「……ほら。フラマロスの奴らは、こんなことしてくれるか?将軍が周りを見渡しても、全員頭を垂れるだけだろうさ。……俺は、もてはやされたくて剣を取ったわけじゃない。最初は、長く続く戦いを終わらせるため。今は、大事なものを守るため。……その大事なものって奴の中には、神が入る隙間なんてねえのさ」
「……そうか」
エリオットはそれ以上何も言わなかった。彼の想いを前にして、これ以上の言葉は無粋なのだ。エリオットは「よし」と一言呟き、ゼロスとすれ違うように歩みを進める。二人が背中合わせになったとき、「これからもよろしく頼むぞ」と零した。ゼロスは返事をするために振り返ったが、エリオットはすでに団長としての仕事のため、ガラードに呼ばれていた。
「砦内部に残っている者はいなかった。すぐにでも帝都に向けて戦勝報告の文書をしたためると良いだろう」
ガラードに呼ばれたエリオットが向かった先は、砦一階にあった小さな会議室だった。そこにはすでにウォルハスとカンバールもいる。カンバールは全員がそろったと見た途端、自分の立場を忘れたかのような物言いをした。
「……ひとまず、無事にマーゴは制圧した。報告書は後で書くとしよう。……今はそれよりも、もっと大事な問題がある」
「ほう?その問題とは?」
「……お前の立場だ、カンバール。いい加減、お前のその不遜な物言いには我慢ならん。自分がただの援軍としてきているということを忘れたか?偉そうに指図しやがって」
ついにガラードの堪忍袋の緒が切れた。総指揮官であるはずの自分の立場が、よりにもよって援軍としてきた者に侵されるのは我慢ならなかったのだろう。机をはさみ、正面から食ってかかるガラードだったが。
「……それは、勝利を飾ることよりも大事なことなのか?」
「何?」
「戦場では結果がすべてだ。負ければすべてを失う。……お前はその中で、何よりも自分が指揮を執ることを優先しているぞ?」
「常にお前が余計な口をはさむからだろうが。援軍は援軍らしく、俺たちの指示通りに動けばいい。それすらできないのなら、お前たちは敵と変わらん」
「私がお前の言う『余計な口』をはさむ前に、指示を出せばよかっただろう。先を越された程度で尊厳が傷ついたのか?帝国の騎士もその程度か」
カンバールはそう言い切ると、一人足早に会議室を出て行った。残されたガラードは、エリオット達の目があるにもかかわらず、机を思いきり殴りつけていた。
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