第八話 一子相伝の毒薬は、オリジナリティあふれる味でした
月の出ない夜。動物たちもすっかり寝静まった頃、暗殺部隊・百毒の影は辺境伯城の敷地に足を踏み入れていた。
見回りの騎士を見かける。暗殺者の一人が懐から布袋を取り出し、それを広げてそっと息を吹きかけた。すると瞬く間に意識を失ったように騎士がその場に倒れ込んだ。
「こんな毒であっさり眠るとは……辺境伯の騎士も形無しだな」
暗殺部隊のリーダーはあざ笑う。そして彼らは、音もなく次々と騎士たちを眠らせ、城へと侵入した。
狙いはリーネの寝室だ。しかし忍び込んだその部屋に、彼女の姿はなかった。
「……どこにいった?」
まさか暗殺部隊に気づいたわけではないだろう。リーダーは冷静に指示を出し、部下にリーネの行方を調べさせる。しばらくして彼女は、炊事場にいることが分かった。
リーダーが炊事場へと向かおうとしている頃、リーネはぱっちり目を覚まして、炊事場に一人立っていた。
「んん……少しお腹がすきましたね」
何か食べものはないかと炊事場を漁りに来たのだ。聖女らしからぬ行動である。
そんなリーネの背後から暗殺者が忍び寄り、ふっと麻痺毒の吹き矢を吹いた。
「ん? なんだか今、チクッとしたような?」
リーネは飄々とした様子で、首裏に刺さった矢を抜く。そして矢をしげしげと眺めたあと、ぽつりと呟いた。
「死の森に似た匂いがします」
そして、矢の先をぺろり。その行動に驚愕したのは、暗殺者の方だった。
「……! この痺れるような刺激! 高純度の毒ですね! おいしいです!」
「な、なぜ動ける!? 魔物にも効く毒だぞ!?」
うっかり声を上げてしまった暗殺者。しまったと思った頃にはもう遅い。リーネの視線が、彼を捕らえていた。
「これはあなたの毒ですか!? もっと他にもありますか!? ちょうどお腹がすいて、食べものを探していたところなんです!」
毒を求めるように、リーネが一歩踏み出す。それに慌てた暗殺者は、ぴゅっと小さく口笛を吹いた。するとリーダーを含めた他の暗殺者が現れ、リーネを取り囲む。
「リ、リーダー! こいつ、バケモンです!」
麻痺毒を放った暗殺者は混乱しており、切り札である最強の毒薬『黒蜘蛛の涙』の小瓶を投げつける。
「馬鹿者! 目標を殺すつもりか!?」
時すでに遅し。リーダーが叫んだときには、炊事場中に黒い毒煙が充満し、置かれていた果物や野菜が溶け始めていた。
「くっ、これでは目標の回収は難しいか……」
リーダーが作戦失敗を確信したとき、煙が一点に向かって流れ込んでいった。
「な、なんだ?」
同時に聞こえるのは、勢いよく息を吸い込む音。そして煙が晴れた。
「ふはぁぁ。ごちそうさまです!」
聞いている側もうっとりしてしまいそうなほどの、甘い声。毒煙を吸い尽くしたリーネは、最高の毒薬を吸収したことでさらに内側から輝くような美しさを放っていた。
「少し喉がピリピリしますが、これはこれで刺激的でいいですね! 独特の風味があります!」
「ば、馬鹿な……!?」
一子相伝の最高の毒薬を受けて、生きていた人間など一人もいない。そのはずなのに、目の前の女はピンピンしている。それどころか麗しく輝くその姿は、暗殺者たちにとって『死神』に見えた。
「これはすごい毒です……! カイン様の毒と同じくらいおいしい……! 癖になりそうです! まだこの毒はお持ちですか!?」
一歩、また一歩と近づいてくるリーネに、暗殺者たちは震え上がる。自分たちが必死に磨き上げてきた毒が通じず、むしろ相手を元気にしていると気づき、彼らは完全に戦意喪失してしまっていた。
「この毒はなんという毒ですか!? どこで手に入りますか!?」
「ち、近寄るなっ」
ぐいぐいと前のめりで寄ってくるリーネに、リーダーは怯えたように顔をそらす。しまいには腰を抜かしてしまい、その場にへたり込むのだった。
そのとき、バタバタと慌てた足音が聞こえてきた。騒ぎを聞きつけたカインとオーゼル、そしてエルダが騎士をつれて駆けつけてきたのだ。しかし彼らが見たのは、恐怖でガタガタと震えている暗殺者たちと、物足りなさそうにお腹をさすっているリーネの姿だった。
「リーネ! 怪我は――ないな。食べ過ぎてないか?」
「あっ、カイン様! お夜食が向こうから来てくれたんです!」
リーネとカインがずれたやり取りをしている間に、オーゼルが手際よく暗殺者たちを締め上げていく。エルダはリーネの無事を確かめるように、そっと彼女を抱きしめた。
「……こいつらは王家の暗部だな」
カインはすっかり大人しくなった暗殺者たちを睨みつける。
「オーゼル。王宮に、この者たちの身も心も毒気を抜かれた哀れな姿を返してやれ。それと、辺境伯領への宣戦布告と見なすとの書面もつける」
大方、マクシミリアンの仕業だろう。聡明な王であれば、辺境伯領にケンカを売るような真似はしない。カインは大きく溜め息をついて、もう一度無事を確かめるようにリーネを見た。
「……リーネ。あまり心配させてくれるな」
手を伸ばし、カインがリーネを抱きしめる。腕の中にすっぽりと収まる小さな身体。彼女を失わなくて本当によかったと思った。
「カ、カイン様?」
自分とは違う大きくて硬い身体。エルダに抱きしめられたときは違う強い抱擁に、リーネの胸は小さく鳴った。
「城内だろうと一人でうろうろするな。夜食が食べたいときはエルダを呼べ。もしくは俺の呪いを食べに来い」
「ええ! いいんですか! それはうれしいです!」
しかしリーネのときめきは、すぐに食欲に変わる。カインはそんな彼女に呆れたような、けれど愛しむような表情で見つめた。
「だが男の部屋に一人で来るような真似はするなよ。――お前が、食べられてしまうかもしれない」
「え!? 実はカイン様も毒が食べられたんですか!?」
「……そうか。そうなるか……」
少しでも男として意識してほしい。そう思ったカインの作戦は完敗した。しかしそれこそがリーネである。カインはふっと笑って、リーネの頭を撫でた。
「閣下。こやつらを牢に連行します」
「ああ、頼む」
カインの手が離れる。リーネは名残惜しそうに、カインが撫でてくれた頭に、そっと自分の手を置いたのだった。




