第三話 狂暴な魔物は、スモーキーな絶品グルメでした
瘴気ただよう死の森。カインとオーゼル率いる騎士団の魔物討伐に、リーネが同行していた。
「あれほど危ないから残れと言ったのに……」
「新鮮な空気がわたしを呼んでいます!」
呆れた顔をするカインの隣で、リーネは目を輝かせて辺りをキョロキョロと見渡している。
「あ! あれはおいしいキノコです!」
「正気か? あれは口にすれば舌が溶けるという毒キノコだぞ」
「そうなんですか? 燻製にしたナッツのような風味でおいしかったですよ」
「……味覚まで毒に適応しているのか……」
毒に関するリーネの異常性にはまだ慣れない。カインは彼女に普通を求めることが間違っているのだと、自分に言い聞かせた。
「――閣下」
「ああ」
前を歩いていたオーゼルが小さく呟いて、足を止める。それに頷いたカインは、リーネを守るように彼女の前に腕を伸ばした。
パキリと、落ちた枝を踏んだような音がした。そしてガサガサと音を立てながら茂みから現れたのは、黒い瘴気をまとった巨大な怪鳥だった。
「カオスラプターだ! 全員配置につけ!」
「ケッケッ」
オーゼルの号令で騎士団が怪鳥を囲むように散開する。怪鳥はその場で地面を蹴りながら、周囲を警戒するように短く鳴いた。
怪鳥の動きを封じるように、大きな盾を持った騎士たちが先行する。ドンッと大きな音を立てて怪鳥が体当たりをするが、鍛えられた騎士は揺らがない。
「グエェェェエ!」
盾を突破できないことに苛立ったように、怪鳥が喉を反らせて大きく鳴く。それが絶好の機会だといわんばかりに、盾と盾の隙間から伸ばされた槍が、その喉元を突いた。
「続け!」
オーゼルの号令に、騎士たちが素早く動く。盾を持った騎士たちが一歩下がったかと思えば、騎士たちが一斉に攻撃をしかけ、怪鳥は攻撃する間もなくその場に崩れ落ちた。
「わあ、騎士団のみなさん、お強いですね」
「死の森の魔物は定期的に討伐しているからな。カオスラプターくらいならどうってことはない」
自分の部下を褒められたのか嬉しかったのか、カインの口元にはうっすら笑みが浮かんでいた。
「この鳥はどうするのですか?」
「森の外まで持って行って焼却する。このまま放置すると、死骸から出る瘴気がひどくなるからな」
「燃やしちゃうんですか!? こんなにおいしそうな瘴気なのに!」
「あ、おい!」
カインの横をすり抜けて、倒れた怪鳥のもとへと行く。突如として割り込んできたリーネに、騎士たちはぎょっと目を剥いた。
「では、失礼して」
リーネは怪鳥に手を当てて、大きく息を吸った。すると怪鳥を覆っていた瘴気が、みるみるリーネの手のひらに吸い込まれていく。それを見ていた騎士たちは、さらに驚きに目を見開いた。
「んー、スモーキーで良いお味です!」
「か、閣下! カオスラプターの様子が!」
オーゼルが慌てた様子で怪鳥を指さす。そこには見た目が真っ白になり、肉質の良さそうなただの巨大な鳥が横たわっていた。
「な、なんだかうまそうに見えるのは気のせいか……?」
「団長もですか? 実はオレにもうまそうに見えてて」
「僕もです!」
騎士たちは、ここが死の森だということを忘れたかのように、喉を鳴らしながら怪鳥だったものを見る。
「魔物って食べられるんでしょうか?」
ぐうぅぅ。ぽつりと呟いたリーネの言葉に反応したのは、オーゼルの腹の虫だった。
「よし! 食べてみましょう!」
「やめとけ!?」
カインの制止もなんのその。リーネは外套の袖をめくりはじめる。
「魔物を食べるだと!? やはり俺たちを殺すためのスパイだったか!?」
自分の腹の虫が盛大に鳴ったことを誤魔化すかのように、オーゼルが声を張り上げる。しかしリーネは気にした様子もなく、近くにいた騎士からナイフを借りた。
「大きいので骨が折れそうですが……まあなんとかなりますね」
リーネが手際よく怪鳥だったものをさばいていく。漆黒だった羽の下から現れたのは、まるで霜降り肉のような、透き通るほど美しい白肉だった。彼女の流れるような手つきに、カインは唖然としている。
「お前……なんでそんなに手慣れているんだ?」
「貴族といっても貧乏貴族でしたから。家事は一通りできるんです。――あ、オーゼルさん。焚き火の準備をお願いしてもいいですか?」
「お、おう……?」
これまた瘴気を吸いだした枝に、さばきたてのぷりぷりの肉を刺す。そして焚き火で豪快に焼き上げた。
良質な脂の焼ける甘い匂いがただよい、焚き火に炙られた皮がパリっと音を立てる。直火で熱された肉からは、ジューシーな肉汁が溢れていた。
「はい、できました! 試しにわたしが毒見してみますね!」
リーネが肉を一口頬張る。はふはふと熱さを逃がしながら噛みしめれば、旨味のある肉汁がじゅわっと口の中で溢れた。
「これはおいしいです! みなさんもぜひ!」
「そ、そんなにうまいのか……?」
「は、腹がへってきたぞ……」
いくらリーネが毒見をしたとはいえ、誰も怪鳥だった肉には手を伸ばさない。
「魔物の肉など食えるか!」
「では俺が一口もらおう」
「閣下!? か、閣下が食べるなら俺が先に毒見を……っ」
オーゼルが恐る恐る肉をかじる。するとカッと目を見開いて、勢いよくリーネを振り返った。
「う、うまい! なんだこれは! 力がみなぎってくるようだ!」
「ふむ、大丈夫そうだな。では俺もいただこう」
「オレも……!」
カインや騎士たちが肉に手を伸ばす。そしてそれぞれが一口食べれば、今まで食べたことのないほど美味な肉に目を見開いた。
「これはうまいな。塩を振れば、酒にも合いそうだ」
「魔物のお肉っておいしいんですねえ。これは他の魔物も気になりますね!」
「……お前……。本来魔物は危険な生き物なんだからな?」
「はい、それはもちろん分かっていますー」
本当にリーネが分かっているのかどうか怪しいものである。しかし魔物の肉がおいしかったことに違いはない。カインはまた一口肉を食べた。
「死の森でこんなうまい肉が食えるなんて……!」
「リーネ様は聖女どころか女神だ……!」
すっかり胃袋を掴まれてしまった騎士たちが、リーネを「女神」と呼ぶ。それにリーネが楽しそうにする姿を、カインは複雑な、しかしうっすらと独占欲が混じったような目で見ていた。
そのとき、ふと、リーネの髪と肌が輝いているように見えることに気づく。
「お前……そんなに美しかったか?」
うっかりと疑問が口をついてしまったカイン。はっと我に返り、思わず口元を手のひらて覆った。
「あ、これですか? 毒を摂取すると、髪も肌もツヤツヤになるみたいなんです!」
カインの「美しい」という言葉にも動じない。むしろ自慢げにリーネは笑っていた。
カインはそんな彼女の笑顔を見つめる。自分の呪いを恐れず、むしろ「おいしい」といって笑うリーネの隣にいたい。そう思う自分がいることに、気づき始めていた。
一方その頃、王宮の食堂では、王の食事の毒見係が泡を吹いて倒れるという事件が発生していた。
「王に毒を盛った者がいるだと……!? しかし、大丈夫だ。私たちには本物の聖女・ルミナがいるのだからな。今後はルミナに浄化してもらおう」
これで毒を使った事件はもう起きないと不遜に笑うマクシミリアン。その隣でルミナは引きつった笑みを浮かべていた。
(ちゃんと浄化したはずなのに……!)
マクシミリアンは知らない。王族が口にするものは、既にルミナが事前に浄化していたということを。
リーネがいなくなった今、王宮を守れるのはルミネしかない。しかしルミネはその雲行きが怪しくなっていることを、誰よりも先に感じて始めていたのだった。




