52話 滑落?
お久しぶりです。死んでたけど生きてます。
一筋縄ではいかないだろうと思っていた交渉が思いがけない私のファインプレーで難なく事が運んだのは僥倖だった。
いやマジで過去の私とガゼルには感謝しても仕切れないわ。
下手したらこれから先のエルフ間との仲にもろに影響していたかもしれないから。
というかガゼルは何故あんなとんでもない代物を私に売ってくれたのだろうか。
神器は所有者を選ぶとは言うが、それにしても十五万で売るのは気前がよすぎないか?
多分あの鎧、それこそ国庫の金を二割くらいはたいても手に入れたい代物のはずだ。
それを鉄の鎧を着て満足に動くことすら出来ない、喧嘩のけの字すら知らなそうな小娘に譲るとは……。
ガゼルってばある意味誰よりも大物なのかもしれないなと、馬車の荷包みをしてながら私は苦笑した。
ベルズからはご馳走を用意するから一日くらい泊まってはどうかと言われたが、帝国が本当に一ヶ月後に攻めてくるのか、それとも約束――口約束だが――を破りすぐにでも攻めてくるのか解らないからエルフ王からの誘いは謹んで辞退した。
流石に約束は守ってくれるとは思うが、相手は国同士の付き合いが無いうえ、帝国を以外が取り決めた国際法を遵守するとも思えない。
いくら他国から非難されてもお構いなしだろう。
……いや、そもそも人類国家全てを帝国の支配下に置くと言っているのだから、非難されるとしてもそれは帝国に併合された後なのだろう。
だからゆっくりしている暇はない。
出来るだけ速くドワーフとも条約を取り付け、もう一つの大国の協力を得て国に戻らなければいけないのだ。
……ホントにやることが多いな。これも全て帝国のせいだと思うと、帝国へのヘイトが際限なく高まってきた。
「はぁ……」
「お疲れですか、キノさん?」
思わず深い溜め息を吐いてしまい、それを近くで聞いていたマーガレットに心配そうな表情で顔を覗き込まれた。
「んーん。何でもないよ」
心配させないように少し微笑み、マーガレットの金髪が綺麗な頭を髪型が崩れない程度に優しく撫でる。
突然の事に驚いたのかマーガレットは顔を赤くしアワアワと意味が無い言葉を漏らしながら、両手を所在なさげにあたふたとさせている。
「き、キノさん、急にこんな……」
「ん、嫌だった?」
「そ、そうじゃないです。ただ、ちょっとビックリしちゃって……」
「あー! マーガレットズルい! キノさん、私の頭も撫でてください!」
小さい木箱を抱えていたマリアが、それを抱えたまま私の元までダッシュしてきた。
ズルいとは、また……。何とも可愛らしい事を言うなと思い、要望通りマリアの頭を撫でてやる。
そうするとマリアは嬉しそうに顔をほころばせ「エヘヘ……」と実に嬉しそうに笑みを零した。
全く、二歳しか離れてないというのに、随分と甘えん坊な……。
……いや、普通はこうなのか?
今となっては記憶が薄れてきた元の世界の学校生活を思い浮かべる。
運動系の部活の同級生の女の子が部活の先輩の美人さんによく撫でられては、まるで妹か娘かのように嬉しそうにしていた。
そう考えれば、一歳や二歳の差は結構大きな物なんだと思った。
私は部活には入ってなかったからそういうことはなかったし、先輩方と絡むこともなかったし、慕ってくれる後輩もいなかったからそれに気づけなかっただけで……。
あれ? なんか言ってて悲しくなってきたぞ? これ以上考えたら自分で自分の古傷を抉るだけだからこれ以上はやめよう、うん。
……いや、まったく無いわけじゃないな。
確か私が中学二年生の頃だったか。
三年のサッカー部の先輩に告白されたことがあったな。
その人は割と、ていうかキャプテンだったから大変モテていた記憶がある。
なんで私みたいなまったく無名の陰キャに告白したのか、謎すぎて――今も解ってない――怖くなり即振ってしまったのだ。
いや、だってそうじゃん!
まったく面識がないリア充から何の見栄えもない女に告白とか、罰ゲームかイジメとしか思えないじゃん!
……まあ、その日以降からしばらく周りの女子達からの視線に殺意が籠もっていた気もするが。
もしかして私ってかなりの美人なのでは? と調子に乗りかけた時期もあったが、もし美人ならなんで私はボッチなのかという話になる。
きっとあの先輩のタイプがとち狂っていただけだろう。うん。
「三人とも、お疲れ様。ユーリは?」
「そっちもお疲れアウロラ。ユーリはあっちで馬に餌上げてるよ」
王城でベルズと会話をしていたアウロラが性別不詳のエルフ王と数十名の護衛を引き連れてきた。
何か手伝おうかと言われたが、流石に王女様にこんな力仕事はさせられない。
まあ、一国の王女様を呼び捨てで読んでる時点で今更間が拭えないが、気分的な問題なのでアウロラには少し待っててもらうことにした。
それから積み荷をあらかた馬車に乗せた頃、ちょうどよくユーリも二頭の馬を引っ張って戻ってきた。
十分な食事を取れたのか、二頭とも心なしか満足げな顔をしている気がする。
彼等の立派な黒い髪を撫でてやり、馬車に繋ぐ。
馬車の点検も終わっており、これでいつでも出発できる状態になった。
「それでは、ベルズ陛下、この度は交渉に応じてくださり、ありがとうございます。陛下の協力を得られたこと、光栄の極みにございます」
「うむ、此方も最大限の援護を惜しまないと誓おう。其方等の勝利を願っておるぞ」
ベルズが差しだした手を、アウロラは華奢な手でしっかりと握った。
握手を交わした瞬間、後ろにいたエルフの騎士達が要所だけを守った鎧を鳴らしながらその場に膝を付いた。
それを見て、慌てて私も――マーガレット達は慣れた物だった――彼等と同じ姿勢を取り、ベルズに向かって頭を下げた。
これにて、長い期間人との深い繋がりを断っていた気高きエルフ達の交渉は終わりを迎えた。
「おい、そこな女騎士」
ユーリが御者台に座り、馬車の中にアウロラ、マーガレット、マリアの順で入り、最後に私が乗り込もうとしたらベルズに引き留められた。
何だろうか、やはりあの鎧についていろいろ聞かれるのだろうかと思い、足をかけていた馬車の足場から足を降ろした。
「はい、なんでございましょう」
「……馬鹿なことを聞こうとしている自覚があるが、正直に答えて欲しい。見当違いだったら笑い飛ばしてくれて構わん」
ベルズはそこで、その端麗な顔を僅かに曇らせ、そこで一度言葉を切った。
どうやって聞こうかを悩んでいるように見えるが、少なくともそこに嫌悪や疑心などと言った猜疑心は含まれていない。
だが、相手は何千年という時を生きたエルフの神祖だという。この顔も私に緊張を与えないように演技している可能性もある。
どんな質問が飛んできても絶対に焦ってはならない。
……自分がどこか可笑しいだなんて、自分が一番解ってる。
「――お主、さては神の遣い、天使か?」
「――はあ……?」
全く想定していなかった質問をされ、思わず生返事が出てしまった。
てっきり異質だとか怪しいだとか言われるかと思ったが、この手のタイプは初めて……じゃないな、あの恐ろしい女、レヴィアタンにも似たようなことを言われた気がする。
「いや、すまん。妙なことを聞いたな、忘れてくれ」
「……いえ、もしかしたら、合ってるかもしれません」
「……っ。では、本当に――」
「ですが、申し訳ありません。私はただの人間です。伝承の中にある超常の存在ではありません。傷付けば血が出ますし、時間が経てばお腹も減るし、眠くもなります。……以前、嫉妬の魔王レヴィアタンと戦った時に、似たようなことを言われました。『忌々しい天使の気配』と。私は、人間として生きた記憶しかありません。それでも、私は天使に何か関係があるのでしょう」
そこで私は、一つのスキルを発動させた。
最初は何の疑問も湧かなかった。
ただのスキル名だと思っていたが、ベルズから問われて、自分の口で語って、ようやく怪しいと思えた。
そのスキルの名は……。
「『天使の翼』」
その言葉をきっかけに、今まで何もなかった肩甲骨辺りから、鎧をすり抜け白い光の翼が現れた。
すっかりと自分に馴染んだスキル。今ではもう、翼を自分の体の一部のように好きに動かせる。
いつだって頼りにしてきたスキルが、今ではこんな、自分を苛むような物にしか見えなくなるだなんて。
それからフワッと、地面から僅かに浮いてみせる。
それだけでベルズは少し目を見開き、僅かに息を呑む音がした。
「……なるほど、スキル名と言い、その姿と言い……まるで肖像画の天使の生き写しのようだ」
「……どうも」
手放しの賞賛を受け少し気恥ずかしくなり、顔が少し赤くなった。
地面に降り立ってからスキルを解除し、深く息を吐いた。
なぜだか、スキルを少し行使しただけなのに酷く疲れた気がする。
「手間を取らせて悪かったな。もう大丈夫だぞ」
「……はい。今回は本当にありがとうございました。感謝しても仕切れません」
「よせ。そういう言葉は帝国に勝利してからにせよ」
「……ごもっともです」
ベルズの言うとおりだと、思わずふふっと苦笑してしまう。
もう一度頭を深く下げてから、馬車に乗り込もうとすると、再びベルズに声を掛けられた。
「そうだ、一方的に聞いといてなんだ、簡単なことなら何でも答えてやるぞ」
「えっと……」
いきなり言われて思わず言葉に詰まる。
聞きたいことと言われてもな……。あまり四人のことを待たせても悪いからホントに手短な事を聞かなければ。
「……ベルズ陛下って、女性ですか、男性ですか?」
「ほう……?」
ぴくっと細い眉を持ち上げ、美しきエルフの王は愉快そうに口の端を僅かに上げた。
「何を聞かれるかと思ったが、本当にそんなことでいいのか?」
「私もさっき質問されたとき似たような心境でしたよ」
「それもそうか。……さて、見て解らないか? 結構解りやすいと思うが」
「最初は女性かと思ったんですけど、喋り方とか、この国の他の男の人を見ても女性とそう大差ない顔つきだったので、男性かなーって思ってます」
「なるほどなるほど。では答え合わせといこう。……儂は女子が好きだ」
「ああ、やっぱり男性なんです――ね⁉」
急に腕を引っ張られ抱き寄せられる。
ラベンダーのような良い匂いが鼻を掠め、思わず体から力を抜いてしまい……。
……自分の顔に柔らかい感触があるのに気づいた。
ベルズはかなり身長が高く、私の頭はベルズの胸ほどしかない。
そして顔を押し返してくるような柔らかな弾力。
……え、ナニコレハ。
「……? ……⁉ ……‼⁉」
「――儂は女じゃぞ、小娘」
「~~~~~~~ッッッ⁉」
耳元で囁かれ、背中を撫でられたかのように全身がぞくっとした。
やがて、全身がボウッと音が出そうな程熱くなり、全身の筋肉が弛緩しその場にへたれそうになる。
それをベルズはその細い両腕でしっかりと押さえてくれ、地面に膝を付くことはなかった。
「ふふ、小娘と嘲られて骨抜きになるとは……。お主、実は被虐趣味か?」
「ち、違っ――!」
「――この変態め」
「ピッ――――⁉」
再びゾワゾワとするような甘い罵倒により、思わず変な声が出てしまった。
ベルズの顔はすっかりと嗜虐的な笑みへと変わっていた。
ま、待って、何これ⁉
え、なんで私女の人に囁かれて、しかも罵倒されてこんな喜んでんの⁉
い、いや、確かにこんな美人さんに囁かれたら例え女性でも落ちてしまう気がするが……。
何よりも、罵倒されて少し嬉しくなってしまってる自分がめちゃくちゃショックだった。
……私、ノーマルだと思ってたのに、腐女子でマゾとか、ホントにド変態じゃん、言い訳できないじゃん。
そして、女の人に言い寄られて悪い気はしない自分が一番ショックだった。
「……そう言えば、名前をまだ聞いていなかったな。よい、儂に名を告げることを許す、名乗れ」
「――は、ふぁ……?」
「む、少しやり過ぎたか? ……名乗らねばこれからお主のことは淫乱娘と呼ぶぞ」
「⁉ き、キノです! お、お願いですから、それだけはご勘弁をぉ!」
「ふむ、キノか。キノ……キノ……。よし、覚えたぞ。では、これからよろしくな、キノ?」
「は、はひ……」
……やばい、堕ちそう。
これ以上この人と一緒にいると、バイどころかレズにされそう。
――それでもいい気が……。
「――よくない!」
「ぬおっ、急に大きな声を出すでない」
「す、すいませんっ。こ、これ以上は四人に心配されるので、戻ります!」
「ふむ、それは残念だ。出来ればもっと語らいたかったが、それはまたの機会にとっておくとしよう」
私は慌てて逃げるように馬車に駆け込んだ。
ダメだ、あの人は危険だ。一番一緒にいちゃいけない人だ。私の五感全部がそう告げてる。
ホントに冗談抜きで堕とされる。だってあの人、声とか顔とか態度とか、私の憧れてる女性像そのものなんだもん。
それでも、いくらド性癖な人だとしても堕ちるわけにはいかない。
私はそんなチョロい女じゃ――
「それではな、キノ。戦争が終わったら、お主だけでも遊びに来い、たっぷりと歓迎してやろう」
「…………………考えておきます」
……堕ちても良いかもしれない。
「……キノさん、陛下と何を話してらっしゃったんですか?」
「へ⁉ いや、別にとくに何も怪しいことは話してないですよ⁉」
「「ふーん……」」
マーガレットと、それからマリアが何故か意味ありげな顔で私を見ている。
その二人の真意に気づけなかったのは、私と不思議そうな顔で首を傾げるアウロラ、それから御者台でひとりぼっちのユーリだった。
タグのガールズラブ?の?取った方が良いかもしれない……。




