50話 交渉開始
ゴーンゴーンと、重厚な鐘の音が鼓膜を揺らす。
寝ぼけまなこを擦りながら、上体を起こす。
窓の奥に目をやれば、強烈な朝の光が見える。
起きなくては、今日の会談に遅れてしまう。
欠伸をかみ殺して、隣のベッドで寝ているアウロラの肩を揺らす。
「ほら、アウロラ起きてー。朝だよー」
「…………」
いつもなら何かしらの反応を示すのだが、もはや声を出すのすら億劫らしい。
まあ、アウロラがこんな早い時間に起きた試しはないので、素直に起きてくれるとは思っていない。
私は鞄の中からフライパンとオタマを出し、息を大きく吸い込んでから――
「おはよー!(カンカンカンカン‼) 朝だよ!(カンカンカンカン‼) すっごい朝‼(カンカンカンカン‼) 起きてー‼(カンカンカンカン‼) 朝だよ朝‼(カンカンカンカン‼) ものっそい朝だよ‼(カンカンカンカン‼) 起きてー‼(カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン‼‼)」
「「「「ふぁあ⁉」」」」
大声とそれに負けない大音を撒き散らし、アウロラだけではなく、マーガレット達も起こすことに成功する。
一石二鳥ならぬ、一石四鳥だ。
四人は驚いた様子で辺りを見回しており、私はそれに満足し最後に一回大きな音でフライパンをならす。
「おはよー! さあ、お城に行くよ四人とも!」
△▼△▼△▼
再び王城に赴いた私達は、美しいメイドエルフの案内を受けて、煌びやかな応接室に腰を落ち着かせていた。
綺麗な花や観葉植物が設置されており、気分的にも落ち着くような造りになっていた。
ちなみにアウロラ以外は座っていない。
所詮私達は護衛で、招かれているのはアウロラだ。
だから三人くらい座れそうなソファでも、それに座っているのはアウロラだけだ。
まあ、私はともかく、大貴族であるマーガレット達を立たせるというのは些かまずいのではないかと思わなくもない。
ずっと立ったままでぶれ始める思考を切り替えるべく、少し首の骨を鳴らし、対面に座る人物を観察する。
目の前に座るのはこの国の盟主。ベルズ・エル・キアという、とても美しいエルフだった。
見た目だけでは性別が判断しにくい。
腰まで伸びる長い金髪。全てを見透かすような深緑の目は、緑生い茂る森のようだった。
長身で、ここにいる者の中では一番背が高い。
常に微笑みを浮かべているが、油断していたら取り入られてしまいそうだ。
ちなみにアウロラは、王女然とした凜とした態度で背筋を伸ばしていた。
昨日の夜、マーガレットと優雅に見える作法の練習をしていたから、舐められることはないだろう。
「さ、て。まずはここまでのご足労、ご苦労だった。生憎と、儂はここから出られないのでな。その年で長旅は疲れただろう」
「お気遣い、大変痛み入ります。この度は急な訪問に応じて頂き、感謝の念に堪えません。それで、今回の件ですが――」
アウロラとベルズの話を無表情で聞いているとき、私は心の中で激しい戸惑いに襲われていた。
――え。アウロラってこんな風に喋れんの?
と。
今までアウロラの世話を焼いてきた私でも、こんな風に喋るアウロラは始めて見た。
目をむくのを必死で我慢しながら、二人の会話に耳を傾ける。
「帝国、か。千年前、唯一神クロノスの怒りに触れ、もう懲りたのだと思ったのだがな……。もうあの地獄を忘れたか。いや。時が経ち、記憶が風化した、か」
そう言ってベルズから不穏な気配が漂ってきた。
ベルズがどれだけ生きているのかは知らないが、この口ぶりからすると、もしかしたら千年前から生きているのかも。
苦虫をかみつぶしたような表情だったベルズだが、一呼吸置いて、冷静になったようだ。
目を瞑ったままもう一度口を開いた。
「――すまぬ、話が逸れたな。此方としては、人類国家がどうなろうが、正直どうでもいい。……だが、そうなっては儂等も応戦せねばならなくなる。――汝等の要望は、魔術兵の派遣だったか。――正直、気は進まんな。こちらに利がなさすぎる。仮に勝ったとして、こちらの兵にも被害が出るだろう。何かしらの報酬がなければ、素直に頷けんな」
「……なにがお望みでしょうか」
アウロラは、ベルズの口ぶりから何かを察したのだろう。何が欲しいのか、率直に聞いてみることにしたようだ。
「そうさな――。では、貴国が所有する『戦女神の鎧』を頂きたい」
「な――! ですが、あれは!」
「無理なら貸してくれるだけでいい。受け入れられぬのなら、この話はなしじゃ」
「で、ですが。その鎧はとうの昔に無くなり、現在は無くなっており……」
「だが、あの神性は貴国から漂っておった。今は消えてしまったが、何らかの聖遺物くらいは残っておるだろう」
アウロラが、それに私を除くマーガレット達も、戦女神の鎧と聞いて、驚いているようだった。
戦女神の鎧……。そんなすごい神器っぽいもの、本当に国にあるのだろうか。
ちなみにナビ子さんや。戦女神の鎧ってなんぞや。
《戦女神の鎧とは、三女神の一柱である女神エーオスが使用していたとされる鎧です。悪性を持つ者の攻撃を跳ね返し、その鎧の輝きのみで魔界を焼き払ったとされる神器です》
ほぉあー。なんかすごそうな鎧だな。
そんなすごそうな鎧がうちの国にあるのか。
ていうか、この世界はクロノスの管轄下なのに、何故別の神の鎧があるんだ?
《千年前、女神クロノスが悪魔との戦いに挑む際、女神エーオスにから鎧を借り受け、その鎧がまだ女神エーオスに返却されていないからです》
いやおいクロノスさんよ。ちゃんと返してあげなさいよ。
想像以上にくだらない理由だったが、ともかくその鎧を見つければ兵を貸してくれるということか。
……いや、無理じゃね?
そんなもの探してる時間ないよ。
これはなんとかアウロラに戦争が終わったら探し出すと言ってもらうしか……。
《余談ですが、戦女神の鎧は個体名:キノが所有しています》
……は?
え……?
…………ぁああああああああ‼ アレのことかぁああ‼
私がガゼルの店で買ったあの鎧! アレか! めっちゃ近くにあったわ!
そうだ。確かにあの鎧が神器だと考えると色々と納得がいくぞ。
ユーリの剣を受けても、傷が付くどころか逆にユーリの剣を折っていたし。
いくら『強靱』を持っていたとはいえ、ドラゴンの攻撃を受けてもまったく痛くなかったのも、全部あの鎧の御陰だと考えるとすごい納得できる。
ベルズが神器の反応が消えたと言っていたのも当たり前だ。
なにせ私が『物質収納』で現在も閉まっているからだ。
…………。
私はベルズに発言の許可をもらうため、スッと手を上げた。
「ん? なんだ、お着きの騎士よ」
「あの、その鎧なのですが……」
私は何も無い空間――『物質収納』から戦女神の鎧を取り出し、長机に音を立てないように鎧を置いた。
「すいません……。私が持ってました……」
いくらかの静寂。
ベルズの、それにアウロラ達の表情が面白いくらいに変わっていく。
最初は疑心、次に違和感、次に確信、次に驚愕、次に絶句と。
最終的に全員の顔が赤くなり、全員が物凄いスピードで鎧から私の顔に視線を移し、口々に叫んだ。
「「「なんで持ってるんですか⁉」」」「なんで持ってるの⁉」「何故持っているのだ⁉」
その後私は、五人からもみくちゃにされながら質問攻めを受けまくった。




