42話 一方的
通算50話です。本編はまだ42話ですが、50話というのはなんだか嬉しいですね。
もうしばらくお付き合いを!
レヴィアタンは、自分が作り出した暗紫色の繭に飲み込まれた少女に付けられた傷を眺めていた。
悠久の時を生きるレヴィアタンは、痛覚を感じることはあっても、血を流すことなど片手で数えられる回数しか無い。
それがほんのかすり傷の様な物でも、少女は人間の枠組みを完全に超えた存在だった。
「許して欲しいわ。ここで無駄な魔力を使う余裕は私には無かったのよ。そして、その術に掛かった者は絶対に抜け出せないし助からない。少しだけ楽しかったわ、名も知らぬお嬢さん」
レヴィアタンは身を翻し、王国を目指す。
部下達は皆殺しにされてしまったが、国の戦力を投入し、守りが手薄になった国など自分さえいればどうとでもなる。
レヴィアタンはそう考え、最後にもう一度繭の方に振り返る。
違和感を感じた。
“罪の聲”は発動したら、相手を塵に変えるまで効果が継続し続ける反則級の術だ。
そして、範囲内に捉えた相手を殺すまで消えることは無い。
そう。ここまでは良かった。
なのに、いつまで経っても繭が消えないのだ。
ただの人間なら五秒もあれば存在そのものすら消滅出来る。
なのに、術を発動してからもう一分は経過している。
――何かがおかしい。
生きていることは無いと思うが、レヴィアタンは身のうちに感じる悪寒を拭えないでいた。
そして、レヴィアタンにとって悪夢の様な事が起こった。
ビシッッッッッ。
それはまるで、岩にひび割れが走るような重圧な音。
ひび割れが走るようなではなく、事実、繭にひびが出来ているのだ。
時間が経過するごとにひびの数は増えていっている。
術が終わった訳では無い。
“罪の聲”は、消えるときは上部から霧のように霧散していくものなのだ。
(なに? 一体何が起こっているのよ⁉)
レヴィアタンは一度解いていた武装をもう一度構え直した。
そして、幾分も経たずに繭のひび割れは限界を迎え、繭の破片はガラスの様に砕け散ってしまった。
繭が消えた後には何も残って居らず、一見敵を消すことに成功したように見えた。
「どういうこと……? 私の勘違い…………?」
構えていた鎌を下ろし、呆気にとられるレヴィアタン。
だがその直後、遙か上空から打ち抜かれるような殺気を感じ、生物の本能のままに空を仰いだ。
そこには、先程と何一つ変わっていない少女の姿。
黄金の鎧も、真っ黒な髪も、よく手入れされた細剣も。
なんら変わりは無かった。
ただ瞼を閉じて空中で佇んでいる。
それは、まるで寝ているかの様だった。
(あれは……。寝ているのかしら。でも、未だ殺気は健在。どうなっているのよ)
レヴィアタンは攻撃するかどうか迷った。
そうしたら、何か不吉な事が起きる気がしたから。
レヴィアタンは選択を間違えた。
彼女を視界に入れた瞬間に最大火力で殺すべきだったのだ。
そのせいで、レヴィアタンは生まれて初めての恐怖を味わうことになるのだから。
少女は唐突に眼を見開き、狂ったように嗤いだした。
「あははははははは――――――‼ ハッピーエンドだと思った? ハッピーエンドだと思った⁉ 残念! 貴女の人生はここで、バッドエンドだよ‼‼」
おおよそ少女とは思えない声量。
かなり上空にいるにも関わらず、レヴィアタンの鼓膜が震え、耳鳴りが生じる。
そして、背中に大鷲の様な翼をはやした少女は、レヴィアタンへと驚異的なスピードで迫った。
「っ! 甘いわよ……。――⁉」
愚直な突進にレヴィアタンは鎌を振り上げるも、少女の姿は完全にかき消えた。
レヴィアタンの目にすら追いきれない飛行速度。
レヴィアタンは呆気とする時間すら無く、何故か空を舞う自信の左手を凝視していた。
正面にいたと思っていた少女は、レヴィアタンの後ろに回り込み左手を斬り飛ばしていたのだ。
少女の顔を見る。
その顔は、戦う事への高揚感か、狂人のように口角がつり上がっていた。
「――っっっっ‼ ぁあぁああ‼」
レヴィアタンは少女を吹き飛ばすべく、自信の魔力を解放し、強力な風圧を発生させた。
溢れ出た魔力は、レヴィアタンの特性により氷へと姿を変え、周囲を凍土へと変貌させた。
少女の姿はまた消えていた。
集中力を極限にまで高めても、僅かな残像すら追えない。
「くっ!」
切断された左腕はとっくに再生している。
今のレヴィアタンには油断という概念は無く、目を血走らせて少女の姿を賢明に追っていた。
だが、
ボトッ。
右腕が地面に落ち、紅い水たまりを作った。
レヴィアタンは痛みを感じる前に、慌てて右腕を再生しようと試みるも、再生している間に、左腕、右足、左足、右腕、下半身、両足、両腕、首、首、首、首首首と、いたぶるように斬られていく。
相手の姿は見えないのに自らの体が刻まれていく恐怖。
その気になれば今すぐにでも殺せるだろうに、レヴィアタンが死ねない範囲で切りつけてくる。
周囲は自らの血で紅く染まり、レヴィアタンの放つ魔力で血が凍り付き、足場は紅い氷で埋め尽くされていた。
「――っっっ‼ ぢょうしに、乗るなぁアアアア‼」
レヴィアタンが叫ぶと、彼女を守るように氷がレヴィアタンを覆った。
中は空洞になっており、自らも凍っているわけでは無い。
傷の回復に専念するためと、冷静になるために防御壁を作ったのだ。
(何なのよ。あいつの急激な強化は! さっきまでは私に傷を付ける事すら出来なかったはず……。このままじゃ負けてしまう……。それだけは絶対に駄目なのよ。こうなったら、あまり使いたくなかったけど“あの姿”になるしか……)
レヴィアタンの思考は、次の瞬間に中断された。
自信の張った氷の結界が、たったの一撃で砕かれてしまったのだ。
そこでようやく、少女の姿が見えた。
つまらなそうに此方を見ていた少女は、レヴィアタンの表情に怯えの色が浮かんでいるのを見て取り、嗜虐的な笑みを浮かべた。
三度、少女の姿が消え、気づいたときにはレヴィアタンの懐に潜り込んでいた。
「バイバ~イ」
「づっ! ――【神獣解放】‼」
「む!」
少女は一瞬でレヴィアタンから距離を取った。
レヴィアタンに目を向けると、彼女から闇夜色の魔力が溢れ出し、徐々に彼女を飲み込み形を変えていった。
やがて闇夜色の魔力が消え、そこには巨大な海蛇が鎮座していた。
リヴァイアサンとは比べられぬ程の魔力に巨躯。
元の美しい姿とは似ても似つかない凶悪な魔獣に成り果てたのだ。
「なにあれ。大っきくなって、的がでかくなっただけジャン」
《魔王が持つもう一つの能力。【神獣解放】です。内に秘める魔力や心を獣の形にし、現世に顕界させる技です。あの状態には理性が無く、魔法も使えなくなりますが、元の戦闘能力を遙かに凌駕しているでしょう》
「ふぅーん。ま、どうでもいいや。それよりナビ子、さん? 乃愛ったらネーミングセンスなさすぎでしょ。なんなのナビ子さんって。まあいいや。なんで君はそんなこと知ってるのかな?」
返答はない。
「ただの概念スキルがそんな今まで秘匿されてきたような情報をなんで知ってるのかな? そんなアレについて知ってるのは、この世界を創った神クロノスか、もしくはそれに連なる――」
少女が核心に迫ろうとしたその際、変わり果てたレヴィアタンが少女を喰らおうと襲いかかってきた。
少女は危なげも無くそれを回避する。
「もう、危ないなぁ。……まあいっか。私達にはどうでも良いことだし。それに」
少女は引っ込めていた笑みを再び浮かべ、蛇を嘲笑するように鼻を鳴らした。
「あれと戦うの、初めてじゃ無いし」
少女は細剣を振り上げた。
その剣は徐々に光に包まれていき、やがて光の剣となった。
それは普段少女が使う光魔法第一階位『光の剣』。
今までの光の剣は、溢れ出る光をただ剣の形にした、言わば大雑把な大剣だったのだ。
だが、今の少女の剣はいつもの様な大剣ではなく。ムラが無く剣幅も狭い、光の大剣ではなく光の長剣と呼ぶべき物だった。
「いっくよー! よいしょ!」
声はまるで無邪気な子供の様だが、その気迫は尋常じゃ無かった。
切れ味、攻撃力、攻撃範囲全てが上昇した剣は易々と蛇の体を切り裂き、血を噴出させる。
蛇は激昂したように咆哮し、尻尾で少女をたたき落とそうとするも、その尻尾まで切断されてしまった。
どんなにレヴィアタンが強くなろうとも、彼女は少女の敵では無かったのだ。
狂ったように少女を殺そうとするも、結果的にはただ少女に痛めつけられるだけだった。
そして、ついに蛇の再生が行われなくなったのを見て、少女は息を吐いた。
「まあ、存外楽しめたかな。魔王の中でも最弱だったレヴィアタンだったのはちょっと残念だけど、ひっさびさにスッキリしたよ。じゃあ、もう終わらせるね」
そう言って、少女は剣を構え声高に唱える。
「“罪深き魂よ。不浄の檻から解放され、運命の流転に還ることを光栄に思うがいい!”」
「“断罪される運命”‼」
完璧に制御されていた光の剣はその形を変え、光の渦となってレヴィアタンを飲み込んだ。
その光は端から見たらとても美しい物であったが、その本質は無惨であった。
光魔法は魔の適性を持つ者に対して優位を取れる。魔力で体を構築している魔物にとっては、聖なる光の攻撃は天敵なのだ。
魔の王であるレヴィアタンにとって、その光は毒だった。
光を浴びた箇所から体が崩れていき、断末魔を上げることすら許されずに、レヴィアタンであったモノは存在すら許されずに消えてしまった。
最強の存在にしてはあまりに呆気なく、惨めな最期であった。
「……んー? うーん……。ちょいとやらかしちゃったかナ? まあいっか。どうでもいいし。さてさて、そろそろ私も戻りますかねぇ」
少女は腕を伸ばし、自分の周りに結界を張り眠りについた。
元の少女に戻るときに襲われてはいけないと、そう考え自分を守るようにして結界を張ったのだ。
荒野での戦いは、誰にも見られぬまま終わりを迎えたのだった。
△▼△▼△▼
「――こりゃどういうことだぁ?」
ハンスは荒野の一角にて狼狽していた。
魔王の魔力が急激に上昇したのを感じ取り現場に駆けつけてみれば、魔王は既に消えており、代わりに自分の部下が守られるようにして結界内で眠りについていたのだ。
現在はセレナとセレンが結界の解除を行っているが、神代までの魔法の知識を全て熟知している二人ですら結界の破界に時間が掛かっているようだった。
「お前の部下が、魔王を倒した。と、考えるのが妥当なんだろうが……」
「ああ。嬢ちゃんが魔王を倒すなんて、言っちゃあ悪いが天地がひっくり返っても無理な話だ。途中嬢ちゃんの魔力が消えたと思ったら嬢ちゃんとは別の魔力が出てきて、そっから魔王が魔力も抑えずに戦いだした。魔王の魔力が消えたちょっと後に謎の魔力反応も消えてまた嬢ちゃんの魔力が出てきたし、わかんねえ事だらけだぜ」
「魔王とその謎の人物が相打ちになった。というのはどうだ?」
「それもあり得るな。だが、何つうかなぁ。その謎の魔力から嬢ちゃんみてえなモノを感じたんだよなぁ。ただ、いつもの嬢ちゃんの太陽みてえに明るい感じじゃ無くて、何つうか。何か深海みてえな悲しさがあるっつうか……」
「……お前の部下に何かが宿ってる、とでも言うのか?」
「そうとしか考えらんねえ……。だぁあクソ! これ上になんて報告すりゃいいんだよ⁉」
アレンと談義していると、セレナとセレンが少女を抱えてハンス達の元に歩み寄った。
「まったく。なんだあの結界は。あの結界は千年ほど前に放棄された防御結界だ。解呪の術式を思い出すのに手間取ったぞ!」
「そうねぇ。それでも普通ならこんなに時間は掛からないのだけれど、かなり複雑に織り込まれてあったから厄介だったわね」
「で、ハンス。どうする気だ?」
「どうするもこうするも、一旦国に戻るしかねえだろ。今は戦の事後処理と、怪我人の治療が最優先だ。なにがあったかを聞くのは後回しだ。ほら、国に戻んぞ!」
ハンスは問題を後回しにし、国に戻る方を選んだ。
そこに残ったのは、少女に対しての謎だけであった。
「おい、どうでもいいが鎧を脱がせるのを手伝ってくれ。鎧が重くて適わん」
「いやそこはシリアスな雰囲気で終わらせてくれよ!」
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