41話 罪の聲
「『氷連冠冷雹』!」
「……っ!」
空中に退避していた私に、レヴィアタンは手のひらから無数の氷柱を放ってくる。
氷柱の一つ一つの大きさは精々三十センチ程だが、なにしろ数が多い。
一つずつ躱すことは出来ず、私は大立ち回りで回避するほかなかった。
連射が止んだタイミングを見計らい、私はレヴィアタンに肉薄し細剣を突きだした。
「この程度……!」
レヴィアタンは少し体を横にずらし、私の攻撃を避け、左手に持っていた鎌で私の細剣を持つ右腕を切り飛ばそうとしている。
私は突きだしていた細剣を『加速』で無理矢理体の横に持っていき、鎌をすんでのところで受け止めた。
それでも刀身の幅が狭い細剣で巨大な鎌を防ぎきることは出来ず、右腕の篭手に刃が掠り切り傷が付いた。
私は空いている左手で右腰に掛けている長剣を引き抜き、レヴィアタンの体に剣を横薙ぎに振るう。
レヴィアタンはそれを右手に氷を纏わせた氷の篭手で受け止めた。
レヴィアタンの氷の篭手は、ただ右手を守るための物では無く、受け止められた私の剣が徐々に霜に覆われ始めた。
「んくっ!」
「ふっ!」
慌てて剣から手を放した私に、レヴィアタンは掌底打ちを仕掛けてきた。
『攻撃予測』で私の左肩を狙っているのが視えた。
私は細剣を『物質収納』で一旦両手を身軽にし、光魔法の第二階位『光の鎧』を身体に纏わせ、レヴィアタンの掌底を受け流し、私は金的蹴りを繰り出す。
レヴィアタンは左足を上げ、同じく氷に覆われた太股で私の蹴りを防いだ。
お互いに手刀、裏拳、回し蹴り等の応酬を繰り返すも、互いにダメージは無い。
ここで私はナビ子さんに魔法の使用を命じ、レヴィアタンの腕を掴んだ。
「『聖なる鎖』!」
「……っ。ふん。こんなもの、足止めにすらならないわよ」
いつかにマリアが繰り出した神聖魔法の第一階位。悪の属性を持つ者に対して強力な効果を発揮するのだが、私程度の魔法では一瞬意表を突いただけで、足下の魔方陣から出現した光の鎖はレヴィアタンが少し筋肉を動かしただけで弾け飛んでしまった。
私は魔法を砕かれた衝撃で発生した風圧に吹き飛ばされてしまった。
空中でなんとか体勢を立て直し、受け身を取って地面に転がった。
顔を上げた私の視界に入ったのは腕くらいの長さがありそうな氷柱。
私は無意識に首の神経が吹き飛びそうになるくらい首を横にずらし、その氷柱を回避する。
氷柱は微かに私の頬を掠め、遠くへ飛んで行ってしまった。
氷柱を受け、切り傷が出来た私の頬からは何故か血が噴出しなかった。
その理由は私の頬に薄い氷が張っており、血管が凍り付いてしまったからだ。
人の体から血が出なくなる温度は確かマイナス五十度だったか。
一瞬で体が冷え、呼吸が薄くなる。
体のそこかしこから感覚が消え始める。
低体温症を起こし始めている。
いくら『痛覚緩和』があるとは言え、臓器が死んでしまったら意味が無い。
私は自分の体に魔力を急速に循環させ、細胞の活性化を図った。
失われた体温が徐々に戻り始め、呼吸が落ち着いてきた。
超低温の攻撃を受けてなお死なない私にレヴィアタンは舌打ちをした。
「何故私の攻撃を喰らって凍死しないの? 流石に不愉快だわ」
「こちとらもう一回死にかけてるから、ね!」
私は喋っている途中で魔力弾を放った。
レヴィアタンはそれを片手を振るいかき消し、私を睨む。
私は『天使の翼』を使い、一瞬でレヴィアタンの眼前に躍り出る。
『物質収納』に納めてあった細剣を再び取り出し、雷を纏わせる。
二年前はこの雷鳴剣舞を用いても、童子丸に痛手を負わせられなかった。
だからこれはもっと強固に、精密に操った雷を纏わせている。
その名も“豪雷剣舞”。この剣に切れぬ物なし。
一発一発がまさに自然の落雷の如くの威力。
さらに一秒に十発は刺突を放てている。雷鳴剣舞の全てを超えている。
レヴィアタンは鎌を振るい、私の細剣を全て捌ききっている。
流石としか言い様がない。
高速の攻撃を小回りが利かない鎌で防いでいるのは神業としか形容出来ない。
私は『天使の翼』を使い、レヴィアタンの周りを瞬間移動に近い速さで飛び回る。
レヴィアタンは私の動きを捉え切れていないようで、口元を怒りで歪め、鎌を振り上げた。
「鬱陶しいわよ蚊蜻蛉‼」
レヴィアタンは荒々しく叫びながら地面を砕き、地面の破片や土煙を撒き散らし、地面を大きく陥没させた。
ただ、それは悪手と言える。
発生した土煙の御陰で私の姿は隠れ、レヴィアタンの眼から逃れられた。
レヴィアタンは自分で自分の失策に気づいたのだろう。
先程よりも大きく舌打ちをし、鎌を振るって土煙を吹き飛ばし辺りを見回し始める。
だが、その頃には私の準備は終わっていた。
剣をただ覆うだけだった豪雷剣舞とは違い、今纏っている雷は細剣と言うにはあまりにも大きく無骨で、それはまるで巨大な槍の様だった。
そう、この技は童子丸と打ち合った時に用いた現状で私の中で一番強い技。
本来この技は相手に近づかなければいけない技だが、レヴィアタンならば回避されてしまうかもしれない。
それに槍と言うのはただ突き出すだけの武器じゃ無い。
投擲武器としても扱えるのだ。
「“神槍・鳴神”‼」
『怪力』で強化された右腕から放たれる音速の槍。
レヴィアタンは私の攻撃をまともに受け、爆発に巻き込まれた。
レヴィアタンが立っていた場所は落雷が起こった後のような状況になっており、空中には雷光が走っている。
私はゆっくり息を吐いた。
無傷は無いだろうが、これで重傷じゃ無かったら後は誰かが助けに来るのを信じながら時間稼ぎをするしか……。
そんな私の願いも届かず、土煙がはれた場所に居たのは左腕から微かに紅い血を垂れ流しているレヴィアタンの姿だった。
「うっそでしょ……。もう打つ手無いよ――」
想定していたよりもダメージが少ない。敵を侮りすぎた。
私が軽く絶望してる間。レヴィアタンは自分の傷を眺めていた。
虚ろな表情で傷を見つめ、ボソッと呟いた。
「…………この私に傷を負わせるなんて。この後に及んでまだ私は貴女を甘く見ていたようね。いいわ、このままいたぶるのも良いけど。貴女には、絶望を感じながら死んでもらうわ」
そんな恐ろしいことを言ったレヴィアタンの周りに何か、どす黒い魔力が集まり始めた。
その魔力は視認出来るまでになり、それはまるで亡者達の魂の様だった。
頭の中でナビ子さんが語りかけてくる。
《警告。敵対対象の魔力が急上昇。魔王特有の攻撃が来ます。回避は不可能。抵抗は不可能。生存確率は絶望的です》
そんないつも頼もしかった相棒から死刑宣告が届いた。
回避は無理って、じゃあもう技を出される前に倒すしか!
私はがむしゃらにレヴィアタンに襲いかかった。
なのに、悲しくなるほどにレヴィアタンには傷を負わせることは出来なかった。
それを見て実感する。
私って、こんなに弱かったんだ、と。
レヴィアタンの手が私の腹部に添えられる。
レヴィアタンの手から放たれた魔力砲により、私は空に吹き飛ばされてしまった。
何故か滞空時間が長く感じる状況で、哀れむような顔で私を見ているレヴィアタンの口から、綺麗で、残酷な言葉が紡がれた。
「“罪の聲”」
『攻撃予測』は働かなかった。
だって、それを発動された時点で私はこの術に掛かってしまったのだから。
私を暗紫色の繭が覆う。
その中は、夜とも言えない不穏な場所だった。
そして、私に何かが語りかけてくる。
『憎い。あの人が憎い』
『羨ましい』
『あの人みたいになりたかった』
『妬む』
『妬む妬む妬む妬む妬む妬む妬む妬む』
嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む嫉む妬む。
荒れ狂う嫉妬の感情が私を襲う。
駄目、だ。
これ以上ここ二いたラ、
ワダし、壊れチャ……。
アァ。
モウゼンブ――――――
――私に変わりな。乃愛。
ダレ?
――私の事も忘れちゃった? まあしょうがないか。あれは人間が耐えきれる技じゃないし。
ワタシ、シヌノ?
――死ぬよ。絶対に助からない。でも、ワタシに変わったら、もしかしたら生き残れるかもしれないよ?
ナンデモイイヨ。モウ、ナンモカンガエレナ……。
――ありがとね乃愛。それじゃ、ちょいとあいつぶっ倒してくるよ。
――さあ。
――虐殺だ‼
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