39話 団長の雄志
「む?」
セレナは最初の魔法を発動した場所から少し離れた場所に一人立っていた。
リヴァイアサンが自分の方に来るまで待っているとき後方から爆発音がし、振り返ってみるとそこには巨大な黒煙が上がっていた。
「あの火力……。マーガレットか? だがなんだあの魔法は。第一階位の魔法があそこまで威力が上がることなどまずないはずだが……。……あやつめ、私に隠れてあんな隠し球を持っていたとはな。生意気だ」
口では忌々しげだが、セレナの口元には微かに笑みが浮かんでいた。
この二年間、自分の記憶ではマーガレットに対し、厳しく接した覚えしか無い。
気弱なマーガレットが自分に対して意見を出すこと等あるはずがなく。故にこれ以上の成長は難しいとセレナは感じていたのだが、マーガレットは独自の魔法を作り出し敵を殲滅してのけた。
セレナはそれを我が事のように歓喜し、久方ぶりに機嫌が良くなっていた。
(ふふ。我が弟子があそこまで成長しているとは……。私も負けてはいられないな!)
セレナはウンウンと頷き、上を見る。
そこには凶悪な顎を持ったリヴァイアサンが、セレナを飲み込もうと大口を開けている姿だった。
セレナの視界の七割がリヴァイアサンで埋まっており、ここからの回避は不可能。
――そもそも彼女に回避をすると言う選択肢など無かった。
リヴァイアサンがセレナを飲み込んだ瞬間、リヴァイアサンの鋭利な歯が全て凍り付き、砕けた。
『キィオオオオオオオオォォオオ‼』
苦悶の声を上げる大蛇に、五体満足のセレナはニヤリと笑う。
「私は今非常に気分が良い。特別に、お前は今から小蛇から私の力を誇示する見世物に昇格してやろう!」
セレナは空中に飛び出した。
ローブをたなびかせ、暴れ回るリヴァイアサンに拡散魔力弾を浴びせる。
リヴァイアサンは滝のような魔力弾を浴び、セレナを恐ろしい眼光で捉えた。
それでもセレナが怯むことなどあるはずが無かった。
「ん? 怒ったのか? そうでなければ手加減した意味がない」
八十メートル程を漂っているセレナにリヴァイアサンはその長大な体をバネの様に丸め、セレナをもう一度食い付くさんと、飛び上がった。
砕け散ったはずの歯は再生し、リヴァイアサンの傷は全快してしまった。
セレナは大袈裟に旋回し、リヴァイアサンの攻撃範囲から離脱する。
リヴァイアサンは巨木の様な尻尾でセレナを地面に叩き付けようとするも、セレナは杖の先から剣状の魔力を生み出し、リヴァイアサンの尻尾をいとも容易く切断してのけた。
空中で身動きが取れなくなったリヴァイアサンにセレナは杖を向ける。
「このままいたぶってやっても良いのだが、そうするとあのうるさいアレンに怒鳴られてしまうからな。申し訳無いが、お前の出番は終わりだ」
セレナは空中で幾重にも魔方陣を展開し始めた。
半径二十メートル程もある魔方陣が合計五つ。
その魔方陣からは、火、水、氷、風、雷の魔力が溢れ出ていた。
「今から見せるのは私のとっておきだ。一つ一つが第五階位級の威力。そして私を“天導王”という二つ名をたらしめた魔法だ。もし生き残ったらペッドにでもしてやろう」
セレナは五つの魔法を無詠唱で制御し、さらには敵に話しかける余裕すらあった。
無論リヴァイアサンに耐えられる代物ではない。
セレナはニヤリと笑い、杖を振り下ろした。
「『多重展開・破嚴久遠』‼」
魔法の第五元素の集合体がリヴァイアサンを飲み込み、リヴァイアサンどころか地上に底が見えない大穴まで開けてしまった。
「おや、久しぶりにやったものだから加減が難しいな。まあ、兵士達の良い見世物になっただろう」
セレナはその結果に満足し、ウンと頷いた。
△▼△▼△▼
「あら、セレナったら。あんな大きい攻撃をしちゃって……」
セレンは実の妹であるセレナの攻撃を見て、ポツリと呟いた。
本来回復術士である彼女が攻撃部隊に参加するなど愚の骨頂。
愚の骨頂、のはずだったのだが。
「私はあの子みたいに目立つ技が無いから、搦め手になっちゃったけど、許してほしいわ」
セレンは傍らで横たわるリヴァイアサンの下あごをそっと撫でた。
リヴァイアサンはセレンが作り出した結界内で薄く呼吸をすることしかできず、尻尾すら動かせなかった。
セレンの結界に魔の適正を持つ者が入ると、徐々にその体が崩壊していく。
五分間もの間結界内で暴れ回っていたリヴァイアサンは、もう死を待つ身となってしまった。
だが、
「そうね。このまま終わるのも何だし、結界を解いてあげるわ。その後は好きになさいな」
セレンはまだリヴァイアサンを仕留めてないにも関わらず、結界を解除した。
リヴァイアサンはセレンの意図を察することも無く、大口を開けた。
口腔内で魔力の塊が形成される。
膨大な魔力を持ったリヴァイアサンの攻撃は、熟練の魔法兵の魔法すら軽く凌駕する。
結界内で魔力が大きく減衰したとは言え、その威力は一人の人間を殺すには過剰すぎた。
それほどの相手だと、リヴァイアサンは判断し、セレンに最大の攻撃をしようとしたのだ。
セレンはそんなリヴァイアサンを憐れみの目で見る。
「悲しいわ。自らの命を散らしてでも主の命令に従うのね。せめて、唯一神クロノス様の恩寵がありますように――」
セレンは危機の状況だというのに、神に祈りを捧げ始めた。
リヴァイアサンはそんなセレンに容赦なく、決死の魔力砲を放った。
――が、その魔力砲はセレンを包み込む様に出現したうす黄色のカーテンに阻まれ、跳ね返された。
リヴァイアサンは自信の攻撃に頭を消し飛ばされ、静かに息絶えた。
セレンは跪いた状態から立ち上がり、ニコリと笑った。
「あら。神のご加護があったようね」
セレンはリヴァイアサンの残骸を火葬し、セレナの元まで歩いて行った。
△▼△▼△▼
「――来たな……」
アレンは立ち上がり、剣の柄に手を乗せた。
ユーリが駆動騎士を打ち落としきれなかった事に対して不満を感じていたが、その後最後の駆動騎士長を斃した技は評価出来た。
アレンはセレナの様に時間を掛けて倒す事などしない。
一瞬で終わらせる。
アレンは現実主義者だ。だから自分の力を誇示することなど意味の無いことだと断じていた。
騎士道精神の鏡の様な男であり、リヴァイアサンが攻撃が届く射程範囲まで、瞑想をしていた。
そして自分の方に攻めてくるリヴァイアサンの首を刎ねる自分の姿を想像する。
そうしてルーティーンを終えたアレンは腰を屈め、剣を強く握る。
相手との距離、五十五メートル。
アレンは全集中に入り、世界から雑音が消え、自分とリヴァイアサンだけになる。
目を閉じると、白い筋が幾重にもリヴァイアサンに延びている。
脳天、眼球、首、ヒレ、延髄、尾。
リヴァイアサンの部位全てに筋が取り付いている。
そして、首に延びていた白い筋が赤く染まった。
アレンは目を見開き、剣を僅かに鞘から引き出す。
鞘から覗く白銀に輝く刀身に仄暗い炎が纏う。
「――“白刃・虎珀死禍”――」
フォ――。
風が吹き抜ける音。
アレンは先程立っていた場所から大きく移動しており、リヴァイアサンの後ろにいた。
鞘に収められていた剣は抜かれており。
纏っていたはずの炎も消えている。
リヴァイアサンは唐突に捉えていた獲物が消えたことに戸惑い、自分が何故天地を逆に見ているのか理解する事無く息絶えてしまった。
アレンは剣を鞘に収め、リヴァイアサンの骸を見つめる。
「あぁ。すまないな。駆け引きなどに関心を持てないタイプなのでね」
アレンは意味も無くリヴァイアサンに謝罪し、ハンスの元へと向かった。
△▼△▼△▼
「んお? なんだアレンじゃねえか」
「……貴様、何をしている?」
「見てわかんねえか? 飯の準備だよ」
「いや貴様、その焼いてる肉はまさか……」
「リヴァイアサンな」
ハンスの元に出向いたアレンだったが、ハンスがリヴァイアサンを調理しようとしている場面を見て頭が痛くなった。
ハンスが背もたれに使っているのはリヴァイアサンの巨大な骨。
剣士なのにどうやったら一滴も血が付いてない骨と身に捌けるのか。そもそも何故リヴァイアサンを食おうとしているのか。
指摘すべき点が幾つもあったが、アレンはいつもの事だと諦めた。
ハンスは懐から塩を取りだし、焼き上がった肉に振った。
「……塩を掛ける順番おかしくないか?」
「ん? そうなのか?」
「いや、別に間違ってはいないのだが、最初に塩を掛けて肉を叩いて生臭みを消す。その行程をしたのかお前?」
「…………食うか?」
「例えちゃんと調理してたとしても食わん」
ハンスが微妙な表情で焼けた肉を眺めていると、セレナとセレンまでやってきた。
「ん? なんだその肉は」
「おうセレナ。食うか?」
「む? くれるのか? なら遠慮無くもらおう」
「いやおい。何の肉なのかとか聞かんのか」
「馬鹿者! 食い物を粗末にするな!」
「セレンも食うか?」
「私は遠慮するわね。貴女が焼いたお肉とか、お腹壊しそうだし……」
「……ウン。味がほとんどしないな! おかわりだ!」
「食うの速いな。しかもまだ食うのか。ていうかお前、何故戦場に塩なんか持ってきてる」
「補給物資からくすねてきた。胡椒もあるぞ」
「あらあら。元帥に怒られても知らないわよ?」
四人は戦場のど真ん中で焚き火を囲み、団長同士と言う肩書きでは無く、戦友として本音で語り合っていた。
「それにしても張り合いが無かったな。まったく、強くなりすぎるのも困りものだな」
「もう、セレナったら。まだ戦いが終わったわけじゃないのよ?」
「そうだ。肝心の魔王が姿を見せん。それどころかここら一帯にそれらしい魔力も感じられん。どうなっている?」
「うーむ。魔王は戦場に来ていない、なら楽なんだが、元の転移場所は王都に設定してあったんだろう? だったら高みの見物くらいしてると思うが……」
「お前の勘的にはどうなんだ?」
「そうだなぁ……」
ハンスは目を閉じ、逡巡する。
そしてポツリと言った。
「――まあ、大丈夫だろう」
「適当だな」
「そう言うなアレン。なんかあったらすぐに向かえば良い。それよりほら、酒もあるぞ」
「あら、それは嬉しいわね。ワインはあるかしら」
「私には発泡酒を頼む」
「お前等……あぁクソ。もういい。俺にもよこせ」
「お、そうこなくっちゃな」
△▼△▼△▼
ズン、と地響きが起こる。
これで何度目だろう。
私はアウロラの相手をしながら、戦場に行った仲間達の安否を気にしていた。
最初はアウロラも怯えていたが、今では慣れた様子だった。
逆に私をジッと見ている。
「何? アウロラ」
「……行きたいんでしょ? キノ」
思わずギクッとなってしまった。
そんな顔に出ているんだろうか。
「……解るの?」
「勿論よ。二年も見てたら解るわ」
どうやら私の自慢の妹は、私が考えることなどお見通しのようだ。
だが、行って良いのかと言われれば勿論駄目だ。
会議では近衛騎士は待機と命令が出たし、なにより私にはアウロラを守るという使命が……。
「行ってきて良いよ、キノ」
「――ホントに?」
「うん。貴女の主は私よ? だったら命令権は私にあるわ」
アウロラはフフンと胸を張った。
命令か……。命令なら仕方が無い。
「アウロラ様の最初の命令がこんなので良いの?」
「んー。そうね。じゃあ変えるわ」
「何?」
「んっ」
アウロラは私に両手を拡げた。
……まったく、甘えん坊め。
私はアウロラをギュッと抱きしめた。
アウロラは私の胸に顔を埋め、猫の様に「ん~」と声を鳴らした。
「……行ってくるね、アウロラ」
「……絶対帰ってきてね。お姉ちゃん」
「ん。ミュウ、アウロラの事頼むね」
『了解でス』
私はミュウの首飾りをアウロラの首に回し、部屋のバルコニーに出る。
既に鎧を着ており、剣も腰に差している。
私はアウロラをもう一度見つめ、なるべく頼りがいがあるように笑って見せた。
「行ってきます」
「『行ってらっしゃい」でス』
私は背中に翼をはやし、戦場へと飛翔した。
ブックマーク、ポイントよろしくお願いします。




