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異世界行って、騎士団長やります!   作者: 神崎冬花
千草王女編
40/64

幕間 狂い始める歯車

 コツ、コツッ。と、堅い廊下に響くヒールの音。

 薄暗いその城は、海底に築かれた何人をも通さぬ無敵の要塞だった。

 そしてその城の主は優雅に、華麗に、女帝としての権威を何一つ落とすこと無く、悠然と目的の部屋に向かう。

 黒を基調とした露出が多めなドレスを、これ以上無いほど完璧に着こなしているその女性は、アメジストの様な妖しい輝きを放つ瞳を持ち、人間の欲望を具現化したような美貌を放っていた。


 彼女の名前はレヴィアタン。

 

 七柱いる魔王の一柱。


 “嫉妬”のレヴィアタンと言った。



 

 △▼△▼△▼




 レヴィアタンは目的の部屋の前に辿り着き、忌々しげに溜め息を吐いた。

 部屋はこの城でたった一つしか無い応接室。

 魔王であるレヴィアタンの元に訪問する愚か者は居らず、只でさえ侵入が至難な場所に城を建てたせいで、三百年もの間他者に足を踏み入れる事を許さなかった。

 が、その記録は今現在を持って零に戻ってしまった。

 レヴィアタンは小さく舌打ちをし、扉をやや乱暴に開ける。

 視線の先には、ティーテーブルに置かれた茶菓子を一心不乱に食べる小さな少年。

 新雪の如く真白な髪に緑のメッシュが入った、汚れを知らぬような美少年だ。

 確かに美少年だが、レヴィアタンの趣味では無い。

 それどころか、今の状況ではむしろ恨むべき相手とも言える。

 レヴィアタンは忌ま忌ましさに顔を歪め、少年の喉元に邪悪な鎌を差し向けた。


「……新参者の分際で、こんなところで何をしているのかしら。小蠅」

「ん。ただ君と話がしたくて来ただけだよ。レヴィ」


 少年は自分の喉元に鎌を突きつけられても平然とした様子で、茶菓子に伸ばしてた手を引っ込めレヴィアタンの顔を始めて見る。

 レヴィアタンはフン、と鼻を鳴らす。


「あら。それは嬉しいわね。でも今は貴方に構っていられる余裕は無いから、早々に帰ってくれないかしら」

「んー。今帰るわけには行かないなぁ。だってレヴィ、何か悪巧みしてるでしょ? それを聞きたくて今日は来たんだよね」


 レヴィアタンは心の中で盛大に舌打ちをする。

 そして今手に持っている鎌を問答無用で引いてやろうかと本気で悩む。

 が……。


(ここでこいつを殺そうとしても無駄な損害が出るだけね。勝てるとも限らないし、こいつの能力は面倒ね……)


 レヴィアタンは額に青筋を浮かべたまま、逡巡してから鎌を仕舞う。


「……本当は今すぐにでも殺してあげたいけど、今日だけは見逃してあげましょう」

「ありがとぉ。それでねレヴィ。一つ謝りたい事があってね」


 少年は申し訳なさそうな表情を作る。

 レヴィアタンとしては別に謝られるようなことをされた覚えは無い。

 はて? と頭を傾げ、重い口を開ける。


「何かしら?」

「実はここに来た時お腹が空いちゃって、君の使い魔のリヴァイアサンを一匹食べちゃったんだ」


 そう言って、少年は口を大きく開け、そこに手を入れて何かの骨を取り出した。

 それはとても小さな体に納まっていた物とは思えない大きさの頭骨だった。

 恐竜の様な凶悪な見た目をしたそれは間違いなくレヴィアタンの使い魔の一匹、リヴァイアサンだった。

 レヴィアタンはそれを見てとうとう沸点の限界値を超え、少年に五指を向ける。


「『氷冠喚冷雹(ヘイル・グレイズ)』」


 五指から放たれる絶対零度の雹槍。

 その槍に触れた者は思考を残す暇無く絶命する。

 ――そのはずなのだが。


「ラッキー。ちょうど冷たい物が食べたかったんだよねー」


 少年はそれを丸呑みした。

 さして痛手を負った様子も無く、満足そうにペロリと、少年には似合わない長い舌で下唇を舐める。

 自信の得意技を無効化されたことに、レヴィアタンは驚きは無い。

 そうだろうなという半ば呆れた感情で椅子に座り直す。

 

(――本当に相性が悪いわね。何でもかんでも全部食い尽くし完全に無効化する能力。流石は“暴食”の異名を取るだけのことはあるのかしら)


 少年はレヴィアタンと同僚、つまりは彼もまた魔王なのだ。

 “暴食”の王ベルゼブブ。

 レヴィアタンがもっとも苦手とする相手であり、四ヶ月ほど前に魔王になったばかりの新参者だった。

 

「はあ……。……で、用件は何かしら?」

「話が早くて助かるよ。さっきも言ったけど、何か悪巧みしてるみたいだったから見に来ただけだよ」

「何の話かしら」

「誤魔化すの下手だね。こぉんな深い深い海の底でも解るくらい悪意が洩れてたよ」

「……ええそうね。計画があるのは認めるわ」

「それボクに教えれたりぃ……出来るます?」

「なによその口調……。教えてあげるわよ。貴方達にも無関係じゃないと思うし」


 レヴィアタンは垂れ下がってきた長い髪を後ろに払い、フッと笑う。


「人間の国に攻め込むわ」

「……それ本気で言ってる?」

「ええ勿論。貴方にそれを止める権利は無いわよ」

「止めはしないけど……何でまた」

「そうねぇ。“あいつ”が言ってた()()のために邪魔者は消しておこうと思って」

「あの人の味方すんの?」

「まあ、それも面白いわね。――ともかく。私は人間の国……そうね場所的にアストレイト王国に侵攻するわ」

「だからあんなにリヴァイアサンが多かったんだ」

「ええ。貴方が一匹食べちゃったみたいだから、作り直さなきゃいけないけど」

「それはしっけー」

「……誠意が感じられないわね。まあいいわ、話は終わりよ。さっさと帰りなさい」

「へいへーい。ま、せいぜい頑張ってね」

「ふん……」


 ベルゼブブはそう言い残し、その場からかき消えた。

 レヴィアタンは一人残った部屋で笑う。

 

(完全に準備が整うまであと二年くらいかしら。あぁ、楽しみだわ。そうしたら、あいつも私を重要視するでしょうね)


 壊れゆく人間世界を夢想して嗤う。

 


 





 そして、世界は今日。





 この日より。






 歯車が狂い始めた。


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