24話 私の物
(さて、どうしたものか……)
酒呑童子は隣山の外壁に激突したキノを見つめながら考える。
森がザワついているのを感じオーガロードとオーガ100体程を偵察として送り出したのだが、途中魔力反応が途絶えたので何事かと飛んできてみればそれなりの魔力量を持った者が2人程オーガロードの屍の前に立っていたのだ。
悠久の時を生きる酒呑童子は退屈を嫌っていた。
暇潰しと称し配下のオーガロード数体を惨殺したのは記憶に新しい。
オーガロードは酒呑童子にとっては小生意気な子供同然だったのだが、人間にとってはかなりの脅威となる。
そんなオーガロードを倒したとなると、もしかしたら少しは楽しめるのではないか。
そう思っていたのだが、酒呑童子は肩透かしを喰らった気分になっていた。
スピードは褒めるべき点があるが他は駄目だった。
空を飛んだ時には少なからず驚いたのだが、その後の攻撃は酒呑童子に何の痛快も与えれなかったのだ。
服にも何の支障も無く、事実上でキノの攻撃は全くもって効かなかったのだ。
(儂を楽しませれれば生かして返すと言ったが……かと言って殺すのも面倒くさいのぅ)
酒呑童子はキノへの興味等とうに失っていた。
軽く押した程度のつもりだったのだが、纏っていた鎧事吹き飛ばしてしまったのだ。
結果的にキノは酒呑童子の期待に応えられず、敗北してしまったのだ。
期待外れだったせいで戦意も無くなってしまった。
(うーむ、せめて薄皮1枚位剥がしてくれたらこんな憂鬱にならなかったんじゃが……)
酒呑童子を警戒して武器を抜いている兵士達等眼中に無く、どうするかを考える。
(──まあ、あの弓使いと戦ってから判断してみるか)
キノよりも高い魔力量を有していたマイに目を付け、酒呑童子は再びその口を──
◇◆◇◆◇◆
──あーぁ、けーっきょくやられちゃったじゃん。だから私がやろうかって言ったんだ。
……。
──どうすんの? あの酒呑童子とか言う鬼多分皆殺しちゃうよ? そうなったら乃愛のせいだね。どう責任とんの?
…………。
──しょうがないなあ。じゃあ今からでもいいから私に体貸してよ。あんなのぶっ倒してあげるから。
……さい。
──なに躊躇してんの? 早くしないと皆死んじゃうよぉ?
……るさい。
──皆乃愛を恨むだろうねえ。俺達が死んだのはキノのせいだー、って。
……うるさい。
──自分1人だけ帰ったらどうなるだろうね。責任を負って騎士爵位剥奪? いや、もしかしたら処刑されちゃうかもね。
……うるさい──!
──そうなる前に私と変わりなよ。さあさあ早く。
……うるさい!
──さあ、私の手を取って。
◆◇◆◇◆◇
「──黙れ‼ 私の体は私の物だ‼」
キノは叫び、そして意識が戻る。
まず自分の状態を確認する。兜は無い。鎧も上半身のほとんどが破損しており、中に着込んでいた鎖帷子が見えている。更に殴られた腹部は完全に壊れ、白い腹が露出しているも丹田辺りが血塗れになっており、気を抜くとまた意識を失いそうになる。唯一脛当だけが無事だが、岩盤に激突したせいで所々が凹んでいる。
ズキズキと腹が痛む。
それが落ち着くまで待っていると、
《スキル『痛覚緩和』の獲得に成功しました》
『天使の加護』が告げた途端腹部の痛みが和らいだ。
が、
(うるさい! いいから『天使の翼』と『思考加速』と『攻撃予測』にだけ魔力を回して‼)
《了解しました》
今のキノは激しく苛ついていた。
他人の声──実際には自分の能力なのだが──を聞くことさえ我慢出来ない。
その理由をキノはよく解っていない。
だが、一つだけ解るのは。
(あいつを倒す……いや、殺す‼)
酒呑童子に対する強い怒りだった。
キノは岩盤に激突したままだった体勢を急いで起こす。
そして勢いよく酒呑童子目掛けて突撃した。
光の剣を発動しその勢いのまま酒呑童子に向かった振り下ろす。
凄まじい殺気に気付いたのか、酒呑童子はバッとキノの方を振り向きその一撃を回避した。
酒呑童子の驚いたような顔。
だが、その程度ではキノは満足せず、狂ったようにあらゆる方向から攻撃する。
四方八方から迫る光の刃。
その全てを危なげなく回避する酒呑童子は笑っていた。
「やるではないか小娘。嫌、キノ! お主は少なくとも今まで戦った人間の中で1番強い!」
「うるさいうるさい! 当たってないのに、褒められても嬉しくない‼」
酒呑童子の賞賛を怒鳴り声で返している時も攻撃の手を緩めない。
「ふむ、それもそうじゃな。それでは次はこちらから行くぞ」
受け流さず、全ての攻撃を体をずらすだけで回避していた酒呑童子は、キノの剣を掴みそのまま投げ飛ばした。
キノは舌打ちをし、一旦光の剣を解除する。
(魔力供給!)
《了解しました》
その一声だけで『天使の加護』は主が何を望んでいるのかを読み取り、すかさずスキルを発動させる。
使用するのは『天使の翼』と『思考加速』、それに『攻撃予測』と『加速』だ。
スキルはどれくらい魔力を注ぐかでその性能が変わる。
常時発動型のスキルは魔力消費無しに使える。
だが、他のスキル同様に魔力を注げば性能が向上する。
酒呑童子が攻撃に切り替わったのなら、普通に回避するのでは視認すら出来ないだろう。
だからキノは反撃や防御は考えずに回避に徹することにしたのだ。
例え『強靭』や『光の鎧』をに重点を置いたとしても、あっさりと破られるだろう。
特注品の鎧が一撃で粉砕される攻撃を受けるなど愚の骨頂。
そう判断したからこそキノは防御という選択肢を即断したのだ。
だが、回避一辺倒になったからと言って、安全では全く無いのだ。
寧ろ防御を捨てた事により更に危険になったとさえ言える。
キノの体は痛みが緩和したとは言えもう限界なのだ。
『痛覚緩和』は決して回復系のスキルでは無く、ただ痛みを忘れるだけなのだ。
故に後一撃喰らったら良くて生死不明の状態か、悪ければ即死。
というより死ぬ確率の方が高い。
それでもキノは回避を選んだ。
酒呑童子の攻撃を躱せるのは恐らくこの時だけだろう。その頃には魔力が限界に近いはずだ。
キノは次の自分の攻撃に全てを掛けることを決意する。
迫り来る酒呑童子の拳。
その威力はもちろんの事、スピードまで常識外だ。
思考加速を使い、攻撃予測で何処に攻撃が来るのかが解っていても、キノには余裕等無い。
瞬き1つでもすれば次の攻撃は躱せない。
攻撃の余波で発生する風圧を受け乾く目を無理矢理にこじ開ける。
酒呑童子が下から上にアッパーをする容量で右腕を振るう。
その攻撃を顔を後ろに引く事で回避するも、攻撃によって生じた風でキノは吹き飛ばされてしまった。
(人の体を風で浮かせるとか。竜巻でも作れんのあの鬼は)
腰を屈め追撃してこようとした酒呑童子に左手を翳し叫ぶ。
「『火炎魔球』‼」
抑制目的で放った火球は酒呑童子に直撃するも、酒呑童子は全く意に介した様子は無い。
だが、一瞬止まっただけでも良かった。
キノは上空に浮かされたのを利用し、酒呑童子の頭部目掛けて細剣を突き出す。
酒呑童子はそれをバク転で回避し、再び詰め寄ろうとするも、逆にキノが近づき攻勢は再び逆転する。
今度は光の剣は使わず、先程不発に終わった雷鳴剣舞で酒呑童子を襲っていった。
◇◆◇§◆◇◆
「キノのん、凄い……」
目の前で繰り広げられるのは超高速の剣と拳の応酬。
戦いの余波に巻き込まれないようにマイは下がって戦いを見届けていた。
兵士の大部分は既に退却させ、残っているのはマイと副官だけであった。
「凄まじいですね……近衛騎士とは皆こうなのでしょうか」
「どうだろ、多分あれでも下から数えた方が早いよ」
「それ程なのですか」
「でも、相性の問題もあるけどワタシじゃキノのんに勝てないかも」
マイの言葉に偽りは無い。
事実キノはマイよりも強かった。
距離を取ればマイが有利だが、それでも結果は同じだろう。
「それで、キノ様は勝てるでしょうか?」
「……それは多分、嫌。絶対無理だと思う」
キノを見る。
キノの戦い方は普段と違って荒々しく、形相もまるで憎い相手と対峙している様に強ばっている。
常に穏やかな笑みを浮かべていたキノには似合わない表情だった。
それはまるで別人の様な……。
「……あれ?」
マイはある異変に気が付いた。
戦闘に気を取られて見損ねていたが以前迄のキノと違う点があった。それは狙撃手であるマイだけがこの状況下で気付けるであろう小さな変化。
それは──
「──キノのん、白髪が無くなってる」
◆◇◆§◇◆◇
目が霞む。
垂れてきた鼻血を急いで拭う。
戦闘を開始してから5分が経過し、キノの魔力が遂に限界を迎えたのだ。
足が1人でに震え、遂には地面に膝を着いた。
その様子を見た酒呑童子は、
「ふむ、どうやら魔力切れのようじゃな。だが安心せい。儂は充分に楽しめた。戦いは終わりじゃ」
酒呑童子から戦いの終わりを告げてきた。
互いに怪我はない。
最初の頃と比べたら充分過ぎる程にキノは活躍した。
だが、キノは満足していなかった。
先程まで抱いていた怒りは何故かもう無い。
それでもキノは、騎士として相手にダメージを負わせれなかった事が悔しくて仕方が無いのだ。
故に、キノはこう告げる。
「──次の、一撃で、勝負、を。決めるっ、てのはどう?」
「む?」
「私は、次の攻撃に、全てを掛け、る。酒呑、童子も何、か。攻撃して、くればいい」
息も絶え絶えに最後まで言い切る。
(馬鹿か私は。見逃してくれるって言ってるのに最後に一撃やらせてくれとか。しかもそっちも攻撃してきていいとか。こんな利のない事何で言っちゃったんだろう。しかも酒呑童子の性格上、多分──)
キノはこの戦いで酒呑童子の性格をある程度予測していた。だからきっと酒呑童子の次の言葉はこうなる筈だと考え。
「うむ、よく言った! それでこそ騎士じゃ! 良いだろう、本気は出さんが、御遊びの本気を見せてやろう‼」
見事的中した。
(あーもー、何であんな事言ったの私ぃ。無駄な意地張ったって何の意味もないのに……。……嫌、よく考えれば異世界イベントっぽいなこれ。そうだよ、私は異世界に異世界イベントを期待してたんだよ! あーこうなったらやってやる。生き残ってやる。生き残ったら馬鹿食いして馬鹿みたいに寝てやろうそうしよう)
この状況下でキノは吹っ切れた。先程までの荒々しさでもなく、最近の様な現実主義でもなく。以前の様な異世界イベントに憧れるどこにでもいる少女に戻ったのだ。
(ナビ子さん、何かちょっと魔力回復した気がしたんだけどどゆこと?)
《魔力量は心の変化によって変わります。個体名:キノが物の考え方を変えた事により魔力量が僅かに上昇しました》
(うわ何そのベッタベタな意味わからん異世界設定。まあいっか。ナビ子さんアレ行こう、とっておきのヤツ!)
《了解しました》
キノは心に背負っていた重荷が取れたような感覚がした。
自然と笑みが零れてくる。
剣に雷が覆っていく。それはただ纏うだけではなく、武器の形状を変え少しずつ縦長になっていき……。
やがて巨大な雷槍になった。
「ほう? 見事だな。魔法をそこまで操れるとはな」
「スキルのお陰だけどね」
「? スキルはお主の力であろう。お陰も何もないではないか」
「いいから早くしよ。これ保ってるだけで精一杯何だ」
「おうそれはすまんかったな。では儂も準備しよう」
そう言って酒呑童子の右手に紅い炎が纏う。
その炎はよっぽどの高温なのか酒呑童子の立っている地面が溶けていく。
「覚悟はいいか?」
「バッチリ」
「そちらから来い」
「んじゃお言葉に甘えて。゛神槍・鳴神゛‼」
「゛鬼王陽炎゛‼」
雷の槍と炎の拳がぶつかり、爆発した。
成り行きを見守っていたマイは爆風に耐え、結果を確認する。
地面の所々には炎が燃え上がっており、空中には電光が走っている。
土煙が晴れるのを待っているとザスッ、と何かが突き刺さる音がした。
音がした方に振り向くと、そこには半ばから折れた細剣が。
マイはそれを見て、いても経ってもいられなくなり、風の魔法を唱え土煙を吹き飛ばした。
そしてそこに倒れている少女を発見しマイはその場から飛び出した。
「キノのん!」
友の名を呼び、キノの体を抱き抱える。
キノは酷い状況になっていた。
まず近衛騎士専用の鎧が破片すら見当たらないこと。次に中に着込んでいた鎖帷子の大半が溶けて無くなっている。ほぼ全裸に近い状態になってしまったキノだが、火傷が酷い。体全体に火傷を負っているが、直に炎が当たった右半身は焼け爛れている。生憎顔は少しの火傷で済んでいたがこのままでは死んでしまうだろう。
「……キノのんの馬鹿っ。こんな無茶して──」
マイは溢れ出てくる涙を堪えようともせず、大粒の涙を流し、キノの頬に当たる。
「──ふむ、まあやはりこの程度よな」
前方から声がし、顔を上げるとそこには傷一つない酒呑童子がいた。
だが、また何も変わってないという訳ではなく、その証拠に。
「ふむ、儂の服の袖が消し飛ぶとはな。こんな事は久しぶりじゃ」
酒呑童子の右腕の袖が破れ、僅かに黒い腕が露わになっている。
その右腕にも相変わらず怪我は無いのだが……。
「中々に楽しめた。これは礼じゃ」
そう言って酒呑童子は腰に提げていた瓢箪を取りその中身を僅かにキノに掛けた。
「何を──」
慌てて液体を拭こうとしたマイだったがキノの火傷が徐々に治っていくのを見て動きを止めた。
「こ、これは……?」
「常に持ち歩いてる酒じゃ。材料は……企業秘密じゃ」
酒呑童子はニヤリと笑い、浮かんでいく。
「キノが起きたら伝えておけ。中々楽しめた、とな」
そう言って酒呑童子は飛び去って行った。
こうして、ようやく今回の3点同時襲撃は終わりを迎えたのだった。
◇◆◇◆◇◆
「急いでキノのんを治療させないと……」
あの後急いで補給地点にまで戻ってきたマイは、馬車にある簡易ベッドにキノを乗せ、回復術士を呼ぼうと立ち上がった時声をかけられた。
「キノさんの治療は私がやります!」
そう声をかけてきたのは赤髪の人形の様な少女だった。
王宮回復術士のユニフォームを来ていたのでマイは悩みもせずにキノの横に座らせた。
「ありがと。君は?」
「私の名前はマリア。キノさんの友達です」
これで鬼王降臨編は終了です。ようやく1つの山場は超えました!




