19話 対 ゴブリンその3
ユーリは油断せずにゴブリンロードに斬りかかった。
スキルは使用せず、純粋な力だけで攻撃した。
“秘剣――風魔――”で使った魔力がまだ完全に回復しておらず、不用意に使えなかったのだ。
それでも、騎士に相応しい威力と速度であった。
だが、ゴブリンロードはユーリの攻撃を戦斧で難なく受け止め、逆にユーリを吹き飛ばした。
兵士の包囲網の間をすり抜けて、木の幹に背中から勢いよく激突した。
「がっ――!」
あまりの衝撃に一瞬息が止まり、視界がチカチカと点滅した。
(強いな。だが、ドラゴン程の威圧感は無い。
厄介なのは、ドラゴンと違って知性があるということか…)
ドラゴンに限らず、普通の魔物はほとんどが生存本能だけで生きている。
住家を建てる程の技術も知識も無く、ただ生きる為に動いているのだ。
だが、目の前のゴブリンロードは明確な知性がある。
そして、スキルである『念話』も使える。
ある意味ドラゴンよりも手強い相手だった。
だが、そこで活躍したのはケレスだ。
高速の突きを繰り出し、ゴブリンロードを翻弄している。
ゴブリンロードの体に無数の切り傷が付いていく。
それに顔を歪めたゴブリンロードは、一度距離を取った。
すると瞬く間にゴブリンロードに付いた傷が次々に消えていった。
「なっ――⁉」
「ちっ、『自己再生』持ちか……厄介だな」
ケレスは吹き飛ばされたユーリに顔を向ける。
「司令官殿! いつまで寝てるんだ。軍務を預かってる立場ならいつまでも休んでいるんじゃ無い‼」
「あ、ああ!」
ユーリは慌てて跳ね起き、再びゴブリンロードに向かっていった。
正面から向かっても適わない事は解っているので、無闇に攻撃することは止め、相手の出方を窺い、慎重に行動するようにした。
ここで、初めてゴブリンロードが仕掛けてきた。
巨大な戦斧をユーリを目掛け振り上げた。
まともに斬り合っても自分が負けることは重々承知している。
ユーリは最小限の動きでゴブリンロードの攻撃を躱す。
戦斧は地面を抉り、ユーリの鎧に石礫が当たる。
力は凄まじいが、スピードはキノの方が疾い。
圧倒的だが、勝機はある。
そう判断したユーリは相手の左脇腹に、移動と共に斬撃を繰り出す。
ユーリの剣は軽々と脇腹を切り裂き、剣先には赤黒い血が付いている。
そのまま数歩離れ、移動しながらゴブリンロードの動きを観察する。
ゴブリンロードは戦斧をまるで小枝を振り回すかの如く、操っている。
その力はまるで暴風の様で地面が次々に抉れ砂埃を起こしている。
ケレスはその攻撃をくぐり抜け、逆にゴブリンロードに攻撃を与えている。
だが、その攻撃は致命傷にはならず、傷が出来ていく所から回復――再生――していっている。事実、ユーリが付けた傷は既に治っている。
互いに相手に有効打を与えられていない。
先にそれに業を煮やしたのはゴブリンロードだった。
『グハハ!
ヤルデハナイカ。
デハ少シ本気ヲ見セテヤロウ!』
頭にひび割れた声が響くのと同時に、ゴブリンロードの周りに青白い球体が無数に浮かび上がった。
そしてその球体はゴブリンロードの中に入って行き、全てがゴブリンロードの中に入り終えた途端、変化が起きた。
痩せこけたゴブリンロードの体にますます筋肉が付いていき、肩甲骨辺りから新たに2本の巨大な腕が生えてきた。
魔力量も桁違いに増量し、もはや魔物の枠内を超え、先程までとは別格となっていた。
『ぐわはははははは‼
どうだ?
これが儂のスキル『怨念』!
この場には殺された儂の同胞の魂が漂っておる。
その者共の怒りや憎しみが儂の力となったのだ!
さあ、ここからが真の戦いだ‼』
『念話』の効力も強烈になり、ひび割れた声はクリアになっていた。
その場にいた者はその魔力量に大半の者が気絶した。
辛うじて意識を保った者も、立つことすらままならなくなっていた。
唯一スキル保持者であるユーリとケレスは動けていたが、その力に脂汗を流していた。
「ふむ。これは少し想定外だったな。全く、団長はどこまで見通していたのやら……」
ケレスが溜め息を吐くも、ユーリにとっては楽観視出来ずにいた。
(何だ、この魔力量は! ドラゴンと同等か、それ以上の。この場にケレス殿が居なければ我々はとっくに全滅していた。だが、こんな化け物どうやって倒す?)
ユーリが内心葛藤していると、ケレスが『念話』を放ってきた。
『おい、司令官殿。聞こえるか。聞こえたら返事をくれ』
『え、あ、ああ。聞こえているぞ。何だ?』
『想像以上に強くなったから作戦変更だ。私が奴を相手する』
『なっ⁉ 一人であの化け物を倒すつもりか⁉』
『勘違いするな。時間稼ぎをするだけだ。その隙に貴殿がスキルを用いて倒せ』
『は、はあ⁉ い、嫌無理だ! 私は今魔力がほとんど残っていないのだぞ?』
『なんとかしろ。期待しているぞ司令官殿』
『ちょっ、待っ⁉』
ユーリの返事も待たずにケレスはさっさと『念話』を切り、ゴブリンロードに向かっていった。
(まったく。どっちが司令官か解らんな)
ユーリは小さく微苦笑し、残り少ない魔力を強く練り上げた。
その間にも視線の先では激闘を繰り広げていた。
先程とは比べものにもならない程のパワーと速度。
今のゴブリンロードはキノでさえも勝てるかどうか解らない相手となっていた。
そんな化け物に、軽々と応対しているケレスは何なのだろうか――ユーリは頭の中でそう思った。
相手が強くなったにも関わらず、相手に傷を負わせている。
この世には人の枠組みを外れた人間は何人も存在している。
ユーリもその一人なのだが、その力量には天と地程の格差があった。
その事を嘆きつつもユーリは嬉しく思った。
(まだ私は強くなれる。長い時間を掛けてでも、絶対にこの世界の強者の一角となろう‼)
強い信念と共に、ユーリの魔力量は上昇した。
この世界の魔力は己の素質。そして想いの強さが反映するのだ。先程までのユーリの限界魔力量の2倍程となり、スキルを発動するまでの魔力を得た。
ユーリの魔力が上がった事に気づいたケレスは空高く飛翔した。
ゴブリンロードはそれを追おうとするも、一瞬ユーリに気を取られ、足を止めた。
それを見逃すユーリではない。
ユーリは渾身の力を込めた一撃を一直線上に振り下ろした。
「“秘剣――風魔――”ッ‼」
剣から巨大な風刃が出現し、凄まじい速さでゴブリンロード目掛けて駆けていった。
ゴブリンロードは慌てて回避しようとするも、間に合わずに体の左半分を切り裂かれた。
「ぐああああぁあああぁ‼」
『念話』ではないゴブリンロードの叫びは森中に響き渡った。
ドゥ、と音を立てながらその巨体は地面に崩れ落ちた。
こんどこそ魔力を使い果たしたユーリは地面に膝を付き、ゴブリンロードを見つめていた。
その隣にケレスがストッ、と着地し、ユーリに手を差し出した。
「見事だったぞ、司令官――いや、ユーリ殿」
「あんたが言うと皮肉にしか聞こえないな……」
ユーリはケレスの手を取り、力無く立ち上がった。
そして何も言わずに甲高くハイタッチをした。
それを見た兵士達は一瞬の沈黙の後、大きな歓声を上げた。
勝利という文字を頭の中に思い浮かばせ、思い思い言葉を挙げていた。
それを遮ったのはゴブリンロードの笑い声だった。
「ぐ、クく。
やルではナいカ、人族よ。
儂の負ケだな」
息も絶え耐えに、ゴブリンロードは賞賛の言葉を掛ける。
誰もが押し黙った後、動いたのはユーリだ。
「お前も凄まじく強かった。私一人では間違いなく勝てなかっただろう」
「フっ。
今はどうカ解ラんがナ」
「お前に聞きたいことがる。なんでゴブリンの軍勢を率いていたんだ? 我等を襲うつもりでは無かったんだろう?」
「ああ。
それ二は理由ガある。
ソれは……」
「帝国、だろう?」
そう問いかけたのはケレスだ。
ゴブリンロードは再び小さく笑った。
「くクく。
やはリ貴様にはバレていタか。
そノ通リだ。
最近帝国が軍事活動をしてルようでナ。
対策を立ててオッタ所ナのダ」
「そうか。済まなかったな。あんたらは私達にとっては脅威なんだ。討伐させてもらった」
「ヨイ。
解ってオル。
儂等ハソウ言ウ運命ジャ。
……モウ儂ハ長クナイ。
オ主等二伝エナケレバナラン事ガアル……」
「オークとオーガの事か?」
「ソレモアル……。
ダガ、警戒スベキハソコデハナイ……」
「じゃあ何だ?」
ゴブリンロードはそこで一息吐き、
「鬼王二注意セヨ――」
そこでゴブリンロードは息を引き取った。
その遺体は端から光りの粒となり、空に消えていった。
「魔物とは思えなかったな……」
「そうだな」
ユーリとケレス、その場に居た兵士達は光りの粒を最後まで見届けていた――




