12話 格差
目が覚める。
それと同時に重い瞼を開ける。
私の視界に見慣れない豪華な天幕が現れる。
私は途方も無い怠さを感じながら上体を起こした。
もう一度横になれば瞬時に眠れるだろうが、この毛怠さは取れないだろう。
なにか変な夢を見たような気がする。
こういうのは大抵見た夢の内容を忘れてしまう。
だから私は考えるのをやめた。
さて、ここで身に覚えの無い事が2つ程ある。
まず1つ私はいつの間に自室に戻り寝たのだろうか。
記憶があるのは浴場に行き、セレンと会った事ぐらいだ。
それ以降の事は記憶が無いのだ。
2つ目。
何故私は下着で寝ているのだろうか。
私は夏の夜、どんなに暑くてもパジャマを脱がない系の女子だ。御陰で孤児院の弟妹達に「姉ちゃん見てるだけで暑いから脱いで~」と言われたほどだ。
そして、ここ王城に用意された私の自室は逆に少し涼しいくらいだ。
なので私が下着のみで寝るのは有り得ない。証明終了。
この2つから推測されるのは長風呂しすぎたせいでのぼせたとかそんなところだろう。
そして下着だけ着させて部屋に送ったとか、下着着させる余裕あるんだったら寝間着ぐらい着せてほしかった。
私はとりあえずベッド近くに設置されている小さい机の上にある衣服を掴み、のそのそと着る。
ハーレムラノベみたいに男乱入してこないよな? と思いつつ、幸い衣服を着終えた。
その衣服は私が持っている服ではなかった。
白いワンピースに、薄い水色のカーディガンだ。どれも着ただけで上等な物だと解る。しかも魔力の流れを感じる。これは魔道具なのだろうか。
《魔道具です。付与魔法がかかっており、『疲労効果減少』と『修復』の2つの魔法がかけてあります》
ナビ子さんが応えてくれた。
疲労効果減少か、そういえばこれを着た時、先程まで感じていた気怠さが薄れていった気がする。
それに修復という事は多少破けても直るということか
なんて便利な服だ。ありがたく使わせて貰います。
だが気怠さが抜けても眠気は取れないらしく、まだ瞼が重い。
私は入り口の横に設置されてある洗面所と浴場が合体したバスルームに向かい、冷たい水で顔を洗った。
顔を洗い幾ばくかスッキリした私はバスルームを見回した。まず蛇口がある。捻れば勢いは弱いが水が出てくるし、鏡まである。王城、というか王都の家々はこれが普通なのだろうか。私が住んでいた街は水道はもちろん鏡もなく、川まで水を取りに行くという大変めんどうくさいのだ。
理不尽な物を感じたが鏡があるのはありがたい。自分の顔を確認出来ないのでどうなってるのかずっとムズムズしてたのだ。
私は手を水で濡らし、寝癖が出来た箇所を濡らし、台に置いてあったクシで髪を整える。
「…ん?」
そこで私は違和感を覚え鏡に自分の顔を近づけ、
「なんで白髪が…?」
そう寝癖が出来ていた場所に一本の白髪が生えていたのだ。
私はその白髪を引き抜き確認する。
それは陽の光りを浴び、銀に近い白と為る。
なんだ? まだ白髪が生える年齢ではないぞ。
黒い髪の人の中には茶髪が混じっていることもある。
だが、白髪が生えてたことなんてないし、別段ストレスとかは…
…いやあった。ユーリ達だ。昨日は本当に密度の濃い1日だった。
王様に謁見し、パーティー4人中3人が大貴族というね。
昨日だけで寿命がかなり縮んだ気がする。
白髪をまじまじと観察しているとドアがノックされる。
「キノ様。国王陛下がお呼びです。応接室までお越しください」
ドアの向こうから女性の声が聞こえた。
メイドさんだろう。
私は身支度もそこそこに自室から出る。
王城は広いので迷いそうになるが、私にはナビ子さんがいるのでなんの問題もなく応接室に辿り着いた。
扉の前には騎士が2名、扉を守護しており私を一瞥すると無言で扉を開けてくれた。
私は小さく会釈し、応接室に入る。そこにはマーガレット達3人に、バルトラにカリスがソファーに座り寛いでいた。
私が入ってきたのを確認したメイドさんは別のソファーを用意してくれた。
「おはようキノ殿。昨日はよく眠れたかな?」
私が座ったところを見計らい、バルトラが紅茶を飲みながら尋ねてくる。
私はそれに「まあまあです」と返し、用意された紅茶を啜る。バルトラは昨夜の私の失態を知っているのかいないのか、苦笑しながら「そうか」とだけ応えた。
「朝早くから集めて申し訳無いな。今日はお前達4人の事について集まって貰った」
バルトラはそれまでの優しい雰囲気を消し、一国の王としての面持ちで話しを切り出してきた。
「昨日言った通り、お前達4人には騎士団に入って貰う。だが、騎士団と言っても正式な団は4つある。
まずは王都だけではなく、王国全体を守護する『王国守衛騎士団』。約1万名。
次に魔法使いが集まった『宮廷魔法兵団』。約8千名
負傷した兵士達の傷を癒やす『宮廷回復術士団』。約3千名。
この3つの騎士団は基本その軍の団長か、元帥の命令しか受け付けん。王国の危機の時は大体この3つの騎士団が動く。
最後に、例外として儂直属の部隊『国王直属近衛騎士団』。僅か10人の少数精鋭部隊じゃ。
この軍は儂の命令しか受け付けん。だがその実力は一騎当千。儂を守護するだけではない。他の国の牽制にも効く。一人がドラゴンを討伐出来るほどの実力を持っておるから他国はこれを警戒して戦争を仕掛けずらいのだ。
さて、お前達にはこの4つの団のいずれかに入って貰うぞ」
冗談じゃない、というのが今の正直な気持ちだ。前の3つの騎士団はまだいい。だが問題は最後だ。国王直属近衛騎士団。一人がドラゴンを倒せる程の実力。あんな化け物をたった一人で倒したというのか。
私も単独で撃破したが、あれはほとんどナビ子さんと装備の御陰で勝てたのだ。
私が戸惑っていると、最初に口を開いたのはユーリだった。
「私は王国守衛騎士団を希望します」
「ほう…。本当にそれで良いのだな?」
バルトラが問うと、ユーリは頷き。
「はい。ドラゴンを討伐したとはいえ、私はただ見ている事しかできませんでした。なので、また一から鍛え直したいと思います」
そこにはユーリの強い意志が見て取れた。ユーリはどうやら先のドラゴン戦の時、何もできなかった自分を恨んでいるのだろう。国王直属近衛騎士団に入っても足手まといにしかならないと考えているのが解る。
「…解った。それではユリウス・エル・クロードよ。お前は今日から王国守衛騎士団の一員だ。しかと励め」
「はっ!」
ユーリはソファーから降り、その場に跪いた。それを見ていたマーガレットとマリアは顔を見合わせ。
「国王陛下。私は宮廷魔法兵団を希望します」
「私は宮廷回復術士団を」
「ふむ。いいだろう。マーガレット・エル・クロード、マリア・エル・シンフォニアよ。この国のため尽力を尽くせ」
「はっ!」
そうして二人はユーリと同じように跪いた。
残るは私だけとなった。私はこの4つの騎士団そのいずれにも入る資格がある。安全面を考えたら宮廷回復術士団の方がいいだろう。だが私はすでに入る騎士団を決めていた。
…見てみたい。この世界の強者達を。
私は震えていた。これは、武者震いだ。初めて私以外のスキル持ちに会えるかもしれない。そう考えると、とてつもなくワクワクしてくる。
私は俯かせていた顔を上げ、バルトラの目を真っ向から捉え。
「私は、『国王直属近衛騎士団』で!」
△▼△▼△▼
あの後バルトラに認めて貰い、無事、国王直属近衛騎士団に入る事が出来た。
そして私は今、近衛騎士団の団長と顔を合わせるために、先程とは別の応接室に来ていた。
私は紅茶を飲みながら待っていると、控えめなノック音が聞こえ、扉が開いた。
全員同じ鎧を着た四人の騎士達。だが、先頭に立っている騎士だけが紅いマントを着けていた。
そしてその騎士はソファーに座り、フルフェイスがたの兜を外した。その顔は薄い赤色の髪の壮年の男性だった。柔和な目がその男の風貌を柔らかくしている。
「えぇ、初めまして。オレ…じゃなくて、私の名はハンス。国王直属近衛騎士団長をやっている。貴族とかじゃないからあまり緊張しなくても大丈夫だ」
その男、ハンスは見た目通りの優しい声で挨拶をしてきた。
「は、はい。私はキノといいます。よろしくお願いします…」
見事に人見知りを発揮した私に、ハンスは少しばかり目を見開いた。
「おお、ちゃんとした子だ。こんなにしっかりとした子が入ってくれるなんて嬉しいねえ。しかも可愛いし。お前等もそう思うだろ?」
ハンスは共感を求めるため、それまで後ろに控えていた騎士達の方を向いた。
「そうですね。長いこと騎士団にいましたが、こんなにしっかりとした女性は初めてですね」
「そうだな。こんな可愛い女の子が来てくれるなんて嬉しいものだ」
「ねえ三人共、さっきからなんでワタシの方を見て言うの? ねえ、なんで急に目逸らしたの⁉ 泣くよ⁉」
後ろにいた三人は各々、いろんな反応を見せる。
最後の女騎士――と思われる――が本当に泣きそうな声なのはきっと気のせいだろう。
この時点で最初に感じた威圧感は綺麗に消え去っていた。
私が戸惑っているのを感じたのか、ハンスが苦笑しながら再び私を見る。
「まあ、今見た通りこの騎士団はこんな雰囲気だ。堅苦しくすることはないし、むしろされたら困る。唯一ある規則は鎧が全員統一されてることぐらいだ。まあ、それはどこの騎士団も同じなんだがな。ははは!」
「団長、笑い事じゃないと思うんですけど…」
…うん。まあかなり自由が効くのは解った。
だが、私、この騎士団に入ったの失敗だったかもしれない…
その後、国王直属近衛騎士団の主な仕事などについて説明された。
まず大前提として、国王と王妃――バルトラとカリスの守護。
以上である。
…これを聞き何を言ってるのか解らないという人がいるだろう。
私も解らない。
いや、正確に言えば仕事はもう少しある。
他国と条約を結ぶ際や、友好国との合同の祭りなどの時に、常にバルトラとカリスの近くにいる事が
必要とされる。
次に、アストレイト王国が危機に瀕した時、友好国、同盟国が支援を求めてきた時、バルトラの命令があれば駆けつけなければならない。
この2つだ。どれも実力がなければこなせない仕事だ。
バルトラの側に控える騎士は2名。当番制らしい。1週間ごとに交代していくそうだ。
その間の仕事がない日は午前中が訓練。その後は次の日まで休暇なのだそうだ。
私が入ったことで11人になったこの団は一番最後の2名に私が加わる形となった。
ともあれ、1週間働いたら4週間。つまり28日も休みがあるということだ。
なにこれ。ほとんどニートじゃん。
そう思った方、奇遇ですね。
私もまったく同じ事を思いました。
だって簡単に言うと、1週間学校行ったら夏休みがあるようなものだ。
ここまでいくとこの騎士団大丈夫かと心配になる。
…いや、違うな。たとえなにがあっても2人で事足りるという意思表示だろう。
実際、先程ナビ子さんに目の前の4人の騎士の強さを予測して貰ったところ、4人全員が何らかのスキルを持っているとナビ子さんから告げられた。
中でも、先程ハンスの問いに一番に応えた騎士。小柄だが、ドラゴンと対峙した時以上に威圧感を感じた。後の2人も決して油断出来ない。
だが、1人異質な者が居る。ハンスだ。魔力を一切感じない。不審に思い、ナビ子さんに解析して貰おうとすると、
《不明。個体名:ハンスに解析を妨害されました。これは意図的な物ではなく、情報秘匿のスキル、または魔法がかけられているでしょう》
スキルには力の差がある。『加速』と『天使の翼』。この2つのスキルはどちらも速度上昇のスキルだ。だが『天使の翼』の方が利点が多い。ナビ子さんの解析を妨害出来るとなると、『天使の加護』と同等の権能か、それとも――
「解析出来ないことが不思議かい? 嬢ちゃん」
「…ッ‼」
瞬間、周囲の温度が下がった。錯覚ではない。一瞬でハンスの雰囲気が変わったのだ。
今までの温厚な顔ではなく、強者の、恐らく人類でもっとも強い者の顔だ。
私は全身から鳥肌が立ち、冷や汗が沸き出るのを抑えられなかった。
呼吸が荒くなる。心臓が途方もないほど痛い。頭の中で警報音が鳴っている気がする、ここにいたら死ぬ、と。
「あぁ、嬢ちゃん。嬢ちゃんは確かに強い。ドラゴンを1人で倒したってのも頷けるぐらいに。だが、年の功って奴だ。オレは多分嬢ちゃんの10倍は強い。まあ、なにが言いたいのかと言われると」
ハンスはここで一度言葉を切り。
「なにも、強えのは嬢ちゃんだけって事じゃないということだ」
…
「よし。話も終わったし、訓練室に来てくれ、嬢ちゃんの班員を紹介する」
ハンスはそう言うと応接室から足早に出て行った。それに続き騎士2人も退出し、女騎士は私の方をチラリと向き、兜越しであるにも関わらず心配そうな目を向けるのが解り、そのまま退出していった。
私はただこぼれ落ちる涙にも気づかず、震えている事しか出来なかった。




