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第9話 世界樹前までお願いします

「世界樹前までお願いします」


 珍しくない行き先だ。


「どちら側です?」


 俺が聞く。


「北側」


「観光口ですね」


「いえ」


 後部座席の老人が言った。


「昔の入口だ」


     ◇


 客は2人。

 老いたエルフの男。

 若いエルフの女性。

 孫だろうか。

 老人は杖を持っている。

 長い耳。

 銀色の髪。


 年齢は分からない。

 エルフは本当に分からない。


 見た目20歳でも、実年齢400歳とか普通にある。


「北側のどこでしょう」


 若い女性が端末を出す。


「世界樹北門。旧精霊参道入口」


「ああ」


 知っている。


「今ほとんど使われてないところですね」


「そこです」


 目的地設定。

 11.2km。

 発進。


     ◇


「お祖父ちゃん、本当に行くの?」


「来たのだから行く」


「南側の観光口でいいでしょう」


「あそこは土産屋だ」


「神殿もあるよ」


「土産屋の奥に神殿がある」


「観光地なんだから仕方ないでしょ」


 孫だった。

 老人が窓を見る。


「昔は北門しかなかった」


「何年前?」


「250年くらい前」


 俺はミラーを見る。


「結構前ですね」


「運転手」


「はい」


「250年など、そこまで昔ではない」


「俺には昔です」


「デュラハンは短命だったか?」


「人間よりちょっと長い程度ですよ」


「そうか」


 エルフ基準で話されても困る。


     ◇


 世界樹へ向かう。

 途中。

 ELF LINK本社。

 精霊通信塔。


 観光バス。

 ホテル。


 世界樹が近づくにつれて街が派手になる。


「変わったな」


 老人が言う。


「そりゃ250年あれば」


「運転手」


「はい」


「この通り、昔は川だった」


「本当です?」


「精霊河だ」


 孫が笑う。


「また始まった」


「本当だ」


「この前は中央駅が森だったって言ってたじゃん」


「森だった」


「400年前でしょ」


「昨日みたいなものだ」


 老人の昔話はスケールが違う。


     ◇


「世界樹って、昔からこんな感じなんです?」


 俺が聞いた。


「こんな感じとは」


「光ってる感じ」


 老人が少し考える。


「もっと暗かった」


「暗い?」


「今の方が明るい」


「じゃあ良くなった?」


「そうとも言えん」


「何で?」


「昔は光らなくても、分かった」


「何が?」


 老人は窓の外を見る。


「そこにいることが」


 よく分からない。

 孫が補足する。


「昔のエルフは、世界樹や精霊の気配を今より強く感じたって話」


「ああ」


「お祖父ちゃん世代は特に」


「世代とかではない」


「はいはい」


 老人が不満そうにする。


「今の若い者は聞かん」


「聞こえないんだから仕方ないでしょ」


「聞こうとしない」


「通信会社で働いてるから毎日精霊と話してます」


「電子の精霊網は違う」


「またそれ」


 家族だ。


     ◇


 世界樹前。

 観光客。

 写真。

 土産店。

 屋台。

 ガイド。


 神聖な場所ではある。

 同時に普通の観光地でもある。


「右、旧北門へ入ります」


「頼む」


 大通りを外れる。

 一気に静かになる。

 石畳。

 古い街路樹。

 小さな神殿。

 観光客はいない。


「こんなところあったんだ」


 俺もあまり来ない。

 タクシー需要がないから。


「止めてくれ」


 老人が言う。


「ここ?」


「ここでいい」


 料金。

 決済。

 老人が降りる。

 孫も続く。


「ありがとうございました」


「運転手」


「はい?」


 老人が世界樹を見上げる。

 ここからだと幹が近い。

 青白い光。


「お前はデュラハンだな」


「見れば分かるでしょう」


「道に近い種族だ」


「まあ」


「最近、変な道を見なかったか」


 手が止まった。


「……何で?」


「顔だ」


「サキュバスみたいなこと言いますね」


「何だそれは」


「こっちの話」


 老人は少し笑った。


「見たのか」


「ナビのバグですよ」


「そうか」


「多分」


「なら、それでいい」


「何です?」


「何でもない」


 老人が歩き出す。

 孫が追いかける。


「お祖父ちゃん!」


「何だ」


「変なこと言って運転手さん困らせない!」


「困っておらん」


「困ってます!」


 確かに少し困っている。


     ◇


 2人は古い参道へ入っていった。

 俺は空車へ戻す。

 世界樹を見る。


「変な道……ね」


 気になる。

 でも。


『――YOBIより新規配車です』


「はいはい」


 仕事。

 受諾。

 次の客は中央駅。

 発進。


     ◇


 走り出す直前。

 バックミラー。

 老人が世界樹の幹へ手を当てていた。


 しばらく。

 動かない。


 孫が隣に立つ。

 何か話している。

 聞こえない。


 青白い光が枝を流れる。

 老人が、ほんの少しだけ首を横へ振った。


 俺は車を出した。


 後から考えれば。

 あの時、何を聞いたのか。

 聞こえなかったのか。

 聞いておけばよかったのかもしれない。


 でもその時の俺は。

 次の迎車時間の方を気にしていた。

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