第8話 妖精は機械の中にいる
「お願いがあります」
乗ってきた妖精が言った。
「はい」
「途中で私が消えても、警察呼ばないでください」
「何する気です?」
◇
午後7時12分。
迎車地点はドワーフ重工・中央技術棟。
客は妖精だった。
身長30cmくらい。
羽。
作業着。
ヘルメット。
腰には工具。
後部座席ではなく、助手席に置いた専用の小型シートへ座っている。
小型種族用シートはチャイルドシートではない。
成人用だ。
そこを間違えると怒られる。
「行き先は?」
「中央精密機器工場」
「了解です」
「急ぎめで」
「安全運転の範囲で」
「分かってます」
妖精がシートベルトを締める。
細い。
専用品。
小型種族は普通のシートベルトだと首に来る。
昔は本当に事故が多かったらしい。
文明は、大きい奴だけに合わせると誰かが困る。
◇
「工場で修理です?」
「ラインが止まったんです」
「何の?」
「医療用精霊弁」
「分からん」
「ですよね」
「大事?」
「1時間止まると結構怒られます」
「金額的に?」
「人間関係的に」
「そっちか」
妖精がため息をつく。
「機械が止まるでしょう」
「はい」
「工場が保全部呼ぶでしょう」
「はい」
「保全部がメーカー呼ぶでしょう」
「はい」
「メーカーがうち呼ぶんです」
「最後?」
「最後」
「妖精は最終手段なんだ」
「中に入れますから」
そうだった。
妖精系の小型種族は、精密機械の内部へ直接入って作業できる。
人間なら分解しないと触れない場所。
妖精なら入れる。
「便利ですね」
「便利だから困るんですよ」
「何で?」
「何でも『妖精入れればいい』になるから」
「ああ」
「本来、分解整備するべき箇所までですよ」
「あるあるだな」
「前に大型印刷機へ入ったら、内部清掃が8年されてませんでした」
「8年」
「私の服、真っ黒」
「労災?」
「箔がつくじゃないかと断られました。あなたならどちらの整備士に任せます?ってポスターあるじゃないですか、現場ウケは汚れた作業員の方が頼り甲斐がありそうで勲章みたいなもんだとか言われて」
「言われてみれば分からなくもない」
◇
信号待ち。
妖精が俺のダッシュボードを見る。
「この車、何年式です?」
「4年目」
「ELF LINK車載器は?」
「純正」
「乗った時から気になってたんですが、ちょっと音しますね」
「分かる?」
「高周波」
「俺は右前輪しか分からない」
「デュラハンでしょう」
「だから車全体は分かるけど、電子系は弱い」
「役割分担ですね」
妖精がシートを外す。
「何してるの」
「ちょっと見てもいいです?」
「走行中は駄目」
「中入るだけ」
「駄目」
「5秒」
「駄目」
「3秒」
「数字の問題じゃない」
「真面目ですね」
「営業車なんで」
妖精が諦める。
途中で消えたらってこういうことか。
◇
工場到着。
巨大な建物。
ドワーフ。
人間。
ゴーレム。
小型種族用の入口もある。
「ありがとうございました!」
「頑張って」
「多分1時間」
「終わったらお仕事終わりですか?」
「次の現場あります」
「大変だなぁ」
「繁忙期なので!」
飛んでいった。
速い。
俺は空車へ戻す。
下車後の確認をするため体だけ車を降り点検を済ませることにした。
後部座席を忘れ物確認ヨシ!
シートヨシ!
足元ヨシ!
羽の粉汚れ確認ヨシ!
ELF LINKは・・・車じゃないのでヨシ!
次もご安全に!
意気揚々と現場ケットシーごっこをしていたその時。
「運転手さん」
確認したはずの助手席から声がする!
「うわ!」
妖精。
「何でいるの!?」
「戻りました、このまま乗れます?」
「いつ!?もちろん乗れますけども!?」
「今」
「工場は?」
「もう終わったよ」
「3分も経ってないけど」
「配線1本外れてただけでした。いやぁ大事じゃなくて良かった」
「それでライン止まるんだ」
「止まります」
世の中は意外と小さいことで止まる。
◇
「次、中央通信交換所」
「乗るんですね」
「YOBI呼ぶより早いですし」
「ちゃんと決済してね」
「会社経費なのでいくらでも切れます」
「強い」
再乗車。
今度は正式に追加配車。
妖精がまた助手席のベルトを閉める。
「交換所は何?」
「精霊通信中継器」
「ELF LINK?」
「下請けです」
「何か最近調子悪いって聞くけど」
「最近?」
「たまにナビ変になる」
妖精の顔が止まる。
「どう変です?」
「道ないところ案内されたり」
「地図データ?」
「多分」
「ログあります?」
「車載器に残ってるんじゃない?」
「見てもいい?」
「停まってから」
「はい」
少しだけ真面目な声になった。
◇
交換所前。
停車。
「見ます」
「どうぞ」
妖精が車載器の点検ポートを開ける。
そのまま。
入った。
「……」
頭から。
完全に消えた。
「本当に入るんだ」
ダッシュボードの奥から声。
「聞こえてますよ」
「ごめん」
「配線綺麗ですね」
「整備してるから」
「偉い」
「客に褒められた」
「客じゃなく技術者です」
数十秒。
「ん?」
「何かあった?」
「ログ」
「変?」
「欠損があります」
「壊れてる?」
「いや」
少し間。
「位置情報だけ抜けてる?いやランダムライトされてる?」
「抜けてる?」
「その時間、車載器は動いてます。でも地図側の参照先がない」
「よくある?」
「普通はないです」
「じゃあ故障?」
「……多分、サーバー側」
妖精が出てくる。
髪が少し乱れている。
「工場行ってください」
「この車?」
「違う。ELF LINKにログ送っておきます」
「大ごと?」
「分かりません」
「ならいいか」
「いいんですか?」
「地図は頭の中にもあるんで」
妖精が笑う。
「タクシー運転手って強いですね」
「慣れてるだけ」
◇
通信交換所へ妖精を降ろす。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
「ナビ、また変になったら?」
「再起動とその前にログ保存してください!」
「分かった」
「絶対ですよ!」
「はいはい」
妖精が飛んでいく。
俺は車を出す。
小さな妖精が巨大な通信設備へ入っていく。
昔なら花の中。
今は通信ラックや機械の中。
どっちも本人たちにとっては似たようなものなのかもしれない。
『――YOBIより新規配車です』
「お」
次。
今度は普通の客。
多分。




