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第7話 夜道Ⅰ 右折してください

午前0時を過ぎると、街の道は少しだけ別のものになる。


 昼間なら人と車で埋まっている大通りも空く。ビルの窓は暗くなり、信号だけが律儀に色を変えている。


 タクシー運転手にとっては走りやすい時間だ。

 同時に、変なものを見る時間でもある。


     ◇


「ありがとうございました」


 客を降ろしたのは北中央区の住宅街だった。

 午前0時43分。

 運賃を処理して空車へ戻す。

 次の配車はない。


「どうすっかな」


 大通りへ戻るか、そのまま南へ流すか。

 ELF LINK MAPを開く。

 現在地。

 住宅街。

 東に世界樹通り。

 西に環状線。


「世界樹側かな」


 目的地を仮設定する。


《世界樹西交差点》


『ルートを検索します』


 画面に青い線が出た。

 混雑もなさそうだ。


「よし」


 車を出す。

 2つ目の信号。


『300m先、右折してください』


「右ね」


 進む。


『100m先、右折してください』


 右を見る。

 細い道がある。


「あれ」


 知らない。

 この辺は何度も走っている。

 住宅街の抜け道も大体知っている。


 でも、その道には覚えがなかった。


 新しくできた?

 工事していた記憶はない。


『右折してください』


 ナビは普通に案内している。


「まあ、地図にあるなら」


 ウインカー。

 右折。


     ◇


 道は細かった。

 車1台分。


 左右は古い石壁。

 街灯はない。


「……暗いな」


 ヘッドライトだけが道路を照らす。

 舗装はされている。


 ただ、妙に黒い。


 新しいアスファルトの黒さではない。

 濡れているわけでもない。

 光を吸っているような黒。


『500m、道なりです』


「500m?」


 地図を見る。

 道は真っ直ぐ伸びている。

 おかしい。


 この住宅街に500mも一直線で抜けられる場所はない。

 家がある。


 公園がある。

 学校もある。

 でも窓の外には石壁しかない。


 地図を縮小。

 現在地の青い点。

 動いている。


 街の中。

 なのに、道路だけが見覚えのない線になっている。

 その先。

 世界樹。


「……またか」


 中央血液医療院の壁に出た道。

 あれと似ている。


 嫌な感じがした。

 ブレーキ。


「戻るか」


 止まった。

 バックミラーを見る。


 後ろ。

 暗い道。

 真っ直ぐ。


「……」


 来た時より長くないか。

 気のせいだ。

 多分。


     ◇


『ルートを再検索します』


「お」


 ナビが勝手に喋った。


『このまま直進してください』


「戻りたいんだけど」


『このまま直進してください』


「いや」


 シフトをリバースへ。


 バックカメラ。

 黒い道。


『右折してください』


「右?」


 目の前は石壁だ。


『右折してください』


「道ねえよ」


 中央血液医療院の時と同じ。

 壁。

 右折案内。


「……」


 小型炉の振動が妙に大きく感じる。

 俺の身体に、車の状態が伝わってくる。

 右前。

 左後ろ。

 炉。

 駆動系。


 異常なし。

 なのに。


 車が嫌がっている。

 そんな感覚があった。


「何だよ」


 ハンドルに手を置く。

 昔のデュラハンは馬の機嫌が分かったらしい。


 怖がっている。

 疲れている。

 行きたくない。


 今の俺たちは馬ではなく車だ。

 普通はそんなふうに考えない。


 ただ。


「戻るぞ」


 俺は車に言った。

 リバース。

 ゆっくり下がる。


『右折してください』


「無視」


『右折してください』


「無視」


『右折してください』


「しつこい」


 バック。


 バック。


 バック。


 20m。


 30m。


 その瞬間。

 画面が暗くなった。


「うわ」


 ELF LINK MAPが落ちた。


 数秒後。

 再起動。


《現在地を取得しています》


 窓の外。

 街灯。


「……え?」


 住宅街だった。

 右には民家。

 左には小さな公園。

 後ろには交差点。


 いつもの道。


「何だよ」


 ブレーキを踏む。

 地図。

 現在地。


 さっき右折したはずの場所。

 でも。


 そこに道はない。

 住宅が2軒並んでいる。


     ◇


 車を停めて確認する。

 降りる気にはならなかった。


 スマホで地図を検索する。


 同じ。


 道路なし。

 昔の地図を調べる。


 10年前。

 道路なし。


 50年前。

 道路なし。


 100年前。

 やはり道路はなかった。


「……疲れてるな」


 そういうことにした。

 営業中である。


 変な道を調べる仕事ではない。

 配車音。


『――YOBIより新規配車です』


「はいはい」


 ありがたい。


 普通の仕事。

 迎車地点。


 北中央駅。


 目的地まで7分。

 受諾。


「仕事仕事」


 発進する。


     ◇


 駅前。

 客は酔ったドワーフ2人。


「南工業区まで!」


「はい」


「運転手さん、その頭外せる?」

「ホルダーからなら外せますよ」

「見せて!」

「営業中はやりません」

「ケチ!」

「安全管理です」


「つまんねえ!」


 普通だ。

 ありがたい。

 さっきの道のことを少しずつ忘れる。


 ドワーフ2人が後ろで工場の愚痴を言っている。


「第3炉また止まった!」


「妖精入れろ妖精!」


「保全部が嫌がってんだよ!」


「何で!」


「去年1人、中で3時間寝た!」


「勤務中に!?」


「暖かかったらしい!」


 普通の夜だ。

 多分。


     ◇


 南工業区へ到着。

 2人を降ろす。


「ありがと!」


「ありがとうございました」


 空車。

 午前1時32分。


 俺は何となくバックミラーを見た。

 遠く。

 街の向こう。

 世界樹。

 青白い光。


 一瞬だけ。

 枝ではなく。


 根元の方から。

 黒い線が伸びているように見えた。


「……」


 瞬き。

 消えた。


「今日は帰ったらさっさと寝よう」


 本気でそう思った。

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