第6話 4本脚には負けない
「お前ら、遅いんだよ」
休憩所でケンタウロスに言われた。
「誰が」
「タクシー」
「主語でかいな」
「4本脚に2輪は勝てない」
「うち4輪なんだけど」
「細かい」
細かくない。
◇
黒馬交通の提携休憩所。
午後9時。
俺は自販機のコーヒーを飲んでいた。
目の前にはケンタウロス。
四脚宅配便の配送員。
名前はカイ。
歳は知らない。
ケンタウロスの年齢は人間より分かりにくい。
上半身だけなら20代後半くらい。
下半身は栗毛。
配送箱を背負っている。
「今日何件?」
俺が聞く。
「28」
「多いな」
「そっちは?」
「まだ9本」
「少な」
「客1人を1件と数えるのと荷物1個を1件で数えるの一緒にするな」
「運んだ数は同じだろ」
「運賃が違う」
「売上で勝負する?」
「会社違うのに意味ないだろ」
「じゃあ速度」
「お前が勝つに決まってる」
「だろ?」
「混んでなければな」
カイが笑う。
「街中なら俺の勝ち」
「歩道走るからだろ」
「業務上必要な範囲」
「それ便利な言葉だな」
「法律で認められてる」
「徐行だろ」
「してる」
「嘘つけ」
四脚便の連中は速い。
特に中心部。
狭い道。
路地。
裏口。
車が入れないところまで直接行ける。
タクシーにはできない。
ただし、こっちにもこっちの強みがある。
「30km先まで荷物持って走れる?」
「走れる」
「時間は?」
「……」
「ほら」
「休憩入れれば」
「客に『途中で草食ってきます』って言えないんだよ」
「俺、草食わないけど」
「そこ?」
営業端末が鳴った。
『――YOBIより新規配車です』
「じゃ、仕事」
「俺も」
カイの配送端末も鳴る。
「どこ?」
「中央2丁目」
「俺、中央3丁目」
「近いな」
「競争する?」
「しない」
「負けるの怖い?」
「道路交通法が怖い」
「タクシー真面目だな」
「二種免許だからな」
◇
迎車。
若い女性。
行き先、中央駅。
距離1.4km。
短い。
「お願いします」
「はい」
出発。
混んでいる。
金曜夜。
飲食店。
横断歩道。
路上駐車。
タクシー。
配送車。
俺は列に入る。
左側。
カイが走っていく。
窓越しに目が合った。
「遅っ」
「聞こえてるぞ!」
客が笑った。
「知り合いですか?」
「配送員です」
「速いですね」
「街中だけですよ」
負け惜しみに聞こえる。
嫌だ。
◇
中央駅。
降車。
すぐ配車。
今度は駅前から北商業区。
2.1km。
発進。
またカイ。
横断歩道の先。
配送先の店へ荷物を渡している。
俺が追い抜く。
「お先」
窓を開けて言う。
「次で抜く!」
「仕事しろ!」
「してる!」
客が笑う。
「競争してるんですか?」
「してません」
「してるように見えます」
「向こうが勝手に」
大人げない。
◇
北商業区。
降車。
空車。
信号。
横にカイ。
「何件?」
「11本」
「俺31」
「だから数え方が違うって」
「負け惜しみ」
「売上言う?」
「やめよう」
「何で」
「会社の規則」
「逃げたな」
「守秘義務」
便利な言葉を覚えたらしい。
「次どこ」
「西大通り」
「俺も」
「真似すんな」
「配車システムに言え」
青。
カイが先に出る。
俺は普通に発進。
競争はしない。
競争はしない。
しない。
前方。
カイが信号に引っかかった。
俺は右折レーン。
矢印が出る。
「お先」
「ずるいぞ!」
「交通ルールだ!」
少し気持ちいい。
◇
次の客は高齢のトロール夫婦。
行き先は中央総合病院。
2人とも大きい。
後部座席がいっぱいになる。
「狭くないです?」
「大丈夫」
夫が言う。
「昔の馬車より広い」
最近それよく聞く。
病院まで4.8km。
渋滞。
ゆっくり進む。
途中、歩道にカイ。
配送箱を降ろしている。
足元に小さな荷物。
薬局。
次は花屋。
その次は飲食店。
速い。
停まって、渡して、走る。
都市配送という意味では、確かに強い。
トロールの奥さんが窓を見る。
「あら、ケンタウロス」
「四脚便ですね」
「昔はよく家にも来たわ」
「今も来ますよ」
「うちはマンションになってから来なくなった」
「何で?」
「エレベーター狭いのよ」
なるほど。
ケンタウロスの弱点。
縦移動。
◇
病院へ到着。
降車。
すぐにまた配車。
今度は少し遠い。
迎車先、国際ホテル。
行き先未入力。
ホテル客は当たり外れが大きい。
近場の飲食店。
駅。
空港。
郊外。
どれでもある。
迎車へ向かう。
途中、カイとまた会った。
今度は歩道脇で止まっている。
「どうした」
「蹄鉄」
「外れた?」
「緩んだ」
「大丈夫?」
「整備所寄る」
「配送は?」
「あと6件」
「休めよ」
「締切ある」
「怪我するぞ」
「タクシーに言われたくない」
「何で」
「右前輪気にしてたのに走ってただろ」
「何で知ってる」
「夢灯りのドワーフ」
「情報回るの早いな」
「夜勤界隈狭いから」
嫌だ。
「ちゃんと見てもらった」
「俺も見る」
「無理すんなよ」
「4本脚だから1本くらい――」
「そういう考え方するから労災増えるんだろ」
カイが黙った。
「……最近それ会社でも言われた」
「だろうな」
◇
国際ホテル。
客はドワーフの男性。
大きなケースを持っている。
「空港まで」
来た。
「第2ターミナルでよろしいですか?」
「そうだ」
「承知しました」
距離28.7km。
今日1番の距離。
心の中でガッツポーズ。
平静を装う。
「荷物、トランク入れます?」
「これは手元に置く」
「壊れ物?」
「精密工具」
「了解です」
発進。
環状道路へ入る。
中心部を抜ける。
混雑が減る。
速度が乗る。
こうなればタクシーの領域だ。
人間。
ドワーフ。
エルフ。
誰でも。
荷物を持って。
雨でも。
雪でも。
30km先でも。
座ったまま運ぶ。
4本脚にはできないこともある。
「何か嬉しそうだな」
後ろのドワーフが言った。
「そうです?」
「車の調子良いのか」
「まあ」
右前も整備済み。
問題なし。
◇
空港到着。
降車。
「ありがとう」
「ありがとうございました」
28.7km。
良い仕事だった。
戻る。
途中、24時間営業の物流センター前。
見覚えのある栗毛。
「カイ?」
路肩へ寄せる。
カイがいる。
配送箱は空。
「終わった?」
「全部」
「蹄鉄は?」
「途中で締めた」
「整備所行った?」
「簡易処置」
「行ってないじゃん」
「終わってから行く」
「お前さ」
「何だよ」
カイが俺の車を見る。
「そっちは?」
「空港」
「何km」
「28.7」
「……ずる」
「何が」
「座ってるだけで28km」
「客乗せて運転してるんだけど」
「俺なら死ぬ」
「ケンタウロスでも?」
「途中で飯と休憩いる」
「ほら」
「でも中心部なら俺の勝ち」
「それは認める」
カイが少し驚いた顔をした。
「認めるんだ」
「狭い路地入れないし。ビルの裏口まで直接行けないし」
「だろ?」
「ただし30kmは俺」
「そこはお前」
「雨も俺」
「雨具ある」
「冷房」
「……」
「暖房」
「……」
「座席」
「うるさい」
「勝った」
「4本脚には負けないって顔してる」
「してない」
「してる」
◇
物流センターの自販機でコーヒーを買う。
MIMICO製。
カイが硬貨を入れる。
「それ、たまに食うぞ」
「何を」
「金」
「自販機が?」
「ミミックだから」
「知ってるけど、認可個体だろ」
「認可でも食うやつは食う」
「お前の世界どうなってんだよ」
「同じ世界だろ」
カイが500Gを入れる。
商品200G。
釣銭300G。
ちゃんと出た。
「ほら」
「良かったな」
「普通だろ」
「最近普通がありがたい」
◇
「昔さ」
カイが缶コーヒーを開ける。
「四脚便のCM、知ってるだろ」
「知ってる」
「古いやつ歌うなよ」
「歌わないよ」
「絶対歌うなよ」
「そこまで言われると」
「やめろ」
「♪ 四つ足お馬の――」
「蹴るぞ」
「ほら馬じゃん」
「今のは比喩だ!」
「蹄で蹴るのに?」
「お前本当に嫌な奴だな!」
笑う。
配送員とタクシー。
同じ運ぶ仕事でも、やることは全然違う。
こっちは人を運ぶ。
向こうは荷物を運ぶ。
近距離に強い。
長距離に強い。
路地に強い。
雨に強い。
どちらが上という話でもない。
多分。
『――YOBIより新規配車です』
俺の端末。
同時に。
『――四脚配送、新規案件です』
カイの端末。
2人で画面を見る。
「どこ?」
「北中央」
「俺も」
「競争」
「しない」
「負けるの怖い?」
「道路交通法」
「またそれか」
「二種免許なめんな」
俺は車へ戻る。
カイは4本脚で立ち上がる。
「じゃあな」
「おう」
「先着いた方が勝ち」
「だから競争しないって」
俺はウインカーを出した。
カイが走り出した。
速い。
俺も発進する。
もちろん安全運転で。
ただ。
次の信号だけは、青であってほしいと思った。




