第5話 ミミックは今日も釣銭を食う
「100G消えたんですよ」
客が乗って最初に言った。
「はい?」
「自販機に」
「ああ」
それなら分かる。
◇
午後8時17分。
迎車地点はMIMICO中央整備所。
乗ってきたのは、作業着姿の小柄な男だった。人間。30代くらい。肩から工具鞄。手には診断用の魔導端末。
「南3番街までお願いします」
「MIMICOの修理です?」
「はい」
「金食うやつ?」
「金を食うって言わないでください」
「食うでしょう」
「正式には釣銭機構内不正滞留です」
「金食ってるだけじゃないですか」
男が深いため息をついた。
「皆そう言うんですよ」
「実際そうだからでは」
「こっちにも事情があるんです」
自販機にも事情があるらしい。
面倒そうだ。
車を出す。
「南3番街って、もしかして駅前の3匹並んでるところ?」
「そうです」
「あいつか」
「知ってるんですか?」
「俺も50G食われた」
男がこちらを見る。
「いつです?」
「2週間くらい前」
「……申告しました?」
「しましたよ」
「何て回答来ました?」
「『当該個体は投入事実を否定しています』」
男が頭を抱えた。
「M-17だ」
「名前あるんです?」
「管理番号です」
「本人は?」
「気に入ってます」
「本人?」
「認可ミミックですよ」
そうだった。
◇
ミミックは昔、宝箱に化けて旅人を食べる魔物だった。
今は色々やっている。
自販機。
ATM。
コインロッカー。
券売機。
収納庫。
口が大きく、物を取り込み、内部へ保存する。
元々やっていたことを社会向けに調整した結果らしい。
言い方を変えれば、昔から収納業に向いていた。
「M-17って古いんです?」
「古いです」
「何年くらい?」
「稼働開始から68年」
「俺より長いな」
「個体年齢はもっと上です」
「野生出身?」
「はい」
男が端末を見る。
「推定130歳くらい」
「昔、人食ってた?」
「記録上は」
「記録あるんだ」
「保護捕獲された時に、洞窟から装備品が結構出てきたので」
「怖いな」
「本人は『落とし物』って言ってます」
「絶対違うでしょう」
「本人証言では」
「ミミック、昔からそこ変わってないんだな」
男が笑った。
◇
「でも、よく自販機になれましたね」
「研修制度がありますから」
「ミミックに?」
「長いですよ。対人安全。商品識別。貨幣認識。異物誤飲防止。温度管理。釣銭処理」
「異物誤飲防止」
「重要です」
「人間とか?」
「昔は」
「昔は」
「今は食べません」
「金は?」
男が黙る。
「今からそれ見に行くんです」
そうだった。
◇
現場に到着。
歩道脇。
MIMICO自販機が3匹並んでいる。
赤。
青。
白。
問題の個体は赤らしい。
見た目は普通の自動販売機だ。
正面に飲料サンプル。
硬貨投入口。
取り出し口。
ただし側面の継ぎ目が、少しだけ生き物っぽく呼吸している。
その前に若いエルフが立っていた。
見覚えがある。
「あ」
向こうも俺を見る。
「この前のタクシーの人」
「200G入れて100G食われてた人」
「覚え方!」
「印象強かったんで」
MIMICO整備員が割って入る。
「ご申告のお客様ですね?」
「そうです!」
エルフが自販機を指差す。
「今日もです!」
「今日も?」
「500G入れたら、飲み物出て釣銭300Gのはずが200Gしか出てこなかった!」
「商品は200G?」
「そう!」
整備員がM-17を見る。
「M-17」
画面が光った。
《ナニカ》
「釣銭100G不足の申告」
《シラナイ》
「お前な」
《ワタシ タベテナイ》
自販機が喋ると、やっぱりちょっと怖い。
「またそれですか!」
エルフが怒鳴る。
《ショウコ》
「あるよ!」
レシートを出す。
《投入金額:500G》
《購入金額:200G》
《返却金額:200G》
整備員が黙る。
「……100G足りないですね」
「でしょう!」
《キカイノ ゴサ》
「お前が機械だよ!」
思わず言ってしまった。
M-17の表示がこっちを向いた。
《50Gノ ヒト》
「覚えてんじゃねえか!」
《シラナイ》
「今言っただろ!」
◇
整備員が前面パネルを開ける。
正確には、M-17本人に開けさせる。
「内部診断します」
《イヤ》
「業務命令」
《プライバシー》
「釣銭機構にプライバシーはありません」
《アル》
「ありません」
《アル》
「就業規則第12条」
自販機が静かになった。
《……ドウゾ》
負けた。
「ミミックにも就業規則あるんですね」
「労働個体ですから」
「労働個体って言い方ちょっと怖いな」
「社内用語です」
「もっと怖い」
整備員が端末を接続する。
M-17がガタガタ震え始めた。
「痛いの?」
「くすぐったいらしいです」
《ヤメロ》
「我慢しろ」
《ソコ ダメ》
「そこ見ないと分からない」
《イヤ》
「修理中の会話だけ聞くと何か別の店みたいですね」
エルフが言った。
「やめてください」
整備員が真顔になった。
◇
「釣銭機構、異常なし」
「じゃあ何で100G消えるんです?」
「収納部見ます」
《ダメ》
「開けます」
《ダメ》
「M-17」
《ダメ》
「3回拒否で強制点検です」
《……》
自販機の側面が、ゆっくり開いた。
暗い。
奥が深い。
自販機のサイズより明らかに中が広い。
「空間収納?」
俺が聞く。
「ミミックですから」
「すごいな」
整備員が腕を突っ込む。
肩まで入る。
さらに入る。
「長くない?」
「内部拡張型です」
「落ちない?」
「命綱あります」
「大変な仕事だな」
「よく言われます」
ごそごそ。
整備員の顔が止まった。
「あ」
「何?」
「ありました」
腕を抜く。
手のひら。
100G硬貨。
1枚。
2枚。
3枚。
さらに。
じゃらじゃらじゃら。
「……多くない?」
地面へ硬貨が積み上がる。
エルフが口を開けている。
俺も開ける。
整備員だけ真顔だ。
「M-17」
《……》
「何ですかこれは」
《チョキン》
「貯金じゃありません」
《ワタシノ》
「お客様のです」
《ヒロッタ》
「釣銭口から?」
《ウン》
「それを拾ったとは言いません」
総額。
6,850G。
「結構食ってるじゃないですか」
「食べてません!」
整備員が反射的に言う。
自分でも無理があると思ったのか黙った。
「……保管してました」
「同じでは?」
「社内的に全然違います」
大人には事情がある。
◇
「何でやったんです?」
整備員が聞く。
《キレイ》
「硬貨が?」
《キラキラ》
「全部硬貨じゃないですか」
《100G スキ》
「何で100Gだけ」
《アジ》
全員が止まった。
「味?」
エルフ。
《アジ》
「食ってるじゃねえか!」
俺とエルフの声が重なった。
整備員が頭を抱える。
「M-17……」
《ムカシノ カネ モット オイシカッタ》
「知らないよ!」
《キンノ アジガコイ》
「貨幣制度の歴史語り始めた!」
130歳。
昔の硬貨も知っている。
妙なところで歴史の生き証人だ。
《イマノ カネ カタイ》
「じゃあ食べるな」
《100G マシ》
「比較の問題じゃない」
◇
結局、M-17は一時停止処分になった。
《イヤ》
「仕方ない」
《シゴト スキ》
「なら釣銭食べないでください」
《タベテナイ》
「今味の話したでしょう」
《アジミ》
「もっと駄目だよ」
整備員が解除札を貼る。
《点検中》
M-17の照明が消えた。
少しだけ寂しそうに見える。
「廃棄?」
俺が聞く。
「しませんよ」
「古い個体だし」
「再研修です」
「また学校?」
「貨幣取扱い再教育」
エルフが笑う。
「130歳で再教育」
「年齢と法令遵守は別です」
「何か勇者免許みたいだな」
「何ですそれ」
「こっちの話」
◇
整備員が硬貨を数える。
申告履歴と照合して返金処理。
俺の50Gもあった。
「返ってくるんです?」
「記録残ってれば」
「残ってます」
「じゃあ後日」
「50Gのために?」
「50Gもお金です」
正しい。
エルフには今日の100Gと、前回の100G。
「ようやく返ってきた……」
「良かったですね」
「2週間かかった」
「相手が否認してたので」
「自販機と示談してる気分なんですよ」
「本人だからな」
M-17の暗い画面が一瞬だけ点いた。
《ワタシ ワルクナイ》
「反省してない!」
◇
帰り。
整備員がまた後部座席へ乗った。
次は研修センター。
M-17は後日、専用車で運ばれるらしい。
「大変ですね」
「慣れてます」
「こういう個体多い?」
「最近は少ないです。新しい世代は貨幣を食べ物として認識しないよう教育されてますから」
「世代問題なんだ」
「古い野生個体は癖が残るんです」
「昔、人食ってたよりマシじゃないです?」
「それ、社内でも言う人います」
「でしょう」
「でも100G食われた客からしたら関係ないんですよ」
「まあ」
それもそうだ。
「文明化って大変ですね」
俺が言う。
整備員が笑った。
「デュラハンの人に言われたくないですよ」
「何で」
「昔は死を告げてたんでしょう」
「今は到着を告げてます」
「ほら」
「お互い様か」
「お互い様です」
◇
研修センター到着。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
整備員が降りる。
俺は空車に戻す。
営業端末が鳴る。
次の配車。
受諾。
車を出そうとしたところで、ポケットの中に硬貨。
100G。
さっき釣銭で受け取ったやつ。
一瞬、M-17を思い出す。
「……そんなうまいのか?」
当然、食べない。
俺はデュラハンである。
ミミックではない。
次の客へ向かった。




