第10話 オークは塩を0.2g減らす
「塩を0.2g減らした」
後部座席のオークが言った。
「そんな変わります?」
「変わる」
「分かる?」
「俺は分かる」
「客は?」
「そこが問題だ」
◇
午後3時14分。
珍しく昼の客。
迎車地点は中央市場。
乗ってきたオークは大きかった。
白いコックコート。
腕が太い。
指も太い。
その指で、小さなメモ帳を持っている。
「東商業区、《灰角亭》まで」
「飲食店?」
「俺の店だ」
「店主?」
「料理長兼」
「忙しいですね」
「忙しい」
発進。
後部座席には野菜。
香草。
肉。
市場帰りらしい。
「塩の話、何です?」
「スープ」
「0.2g?」
「1杯あたり」
「細かい」
「料理は科学だからな」
◇
「オークって料理人多いんです?」
聞く。
「その質問、多いな」
「失礼でしたか?」
「別に」
オークが窓を見る。
「昔は力仕事ばかりだった」
「今も消防とか多いですよね」
「建設、警備、救助そっちに進やつは多い」
「向いてそう」
「向いている」
「料理は?」
「向いている」
「何で?」
「鍋を持てる」
「そこ?」
「100人分の寸胴を1人で動かせる」
「強い」
「だが、それだけでは料理人にはなれん」
「そりゃそうでしょうね」
「昔はそこを勘違いされた」
大きい。
強い。
だから厨房でも力仕事。
下処理。
搬入。
鍋。
それで終わり。
「包丁持たせてもらえなかった」
「そんな時代あったんです?」
「親父の頃はな」
「今は?」
「俺が料理長だ」
「強い」
別の意味で。
◇
「0.2g減らした理由は?」
「原価ではない」
「そこ先に言うんですね」
「皆そう思う」
「飲食店なら気になるでしょう」
「塩0.2gで原価はほぼ変わらん」
「ですよね」
「客が高齢化している」
「ああ」
「昔から来る客が、昔より塩を強く感じるようになった」
「だから減らす」
「ただし減らしすぎると若い客が物足りない」
「難しいな」
「難しい」
オークがメモを見る。
「0.1gでは変わらん。0.3gだと分かる。だから0.2g」
「実験した?」
「3週間」
「結構やってる」
「料理は科学ならば研究が当然だからな」
さっきからそれで全部説明する。
◇
「店、儲かってます?」
聞いてから、ちょっと直接的だったと思った。
でもオークは普通に答えた。
「忙しいが、そこまで儲からん」
「満席?」
「夜はほぼ」
「それでも?」
「満席と利益は別だ」
そうだ。
「肉の原価が上がった。油の原価も上がった。魔導炉の使用料も上がった。人件費はもっと上がった」
「家賃は?」
「昔から持ち店舗」
「強い」
「その代わり建物が古い」
「修繕はしないんです?」
「工事費も高い」
「ですよね」
飲食店は外の立場から見ると内情なんて分からない。
客が多い。
行列ができている。
予約が取れない。
それでも利益が残るとは限らない。
「回転上げれば?」
「客を急かしたくない」
「単価上げる?」
「常連が来なくなる」
「量を減らす?今よくあるじゃないですか、シークレット値上げってやつ」
「オークの店で量を減らしたら暴動だ」
「確かに」
◇
信号。
オークが端末を見る。
「またか」
「何か?」
「新人からの報告だ」
「ミス?」
「スープを強火で煮てる」
「駄目?」
「濁る」
「写真で分かるもん?」
「分かる」
「すごいな」
『この愛が届かないならば、屈辱でどうにかなってしまうよー♪』
メロディに乗せて少し背伸びしたような少女のコーラスが響く。
電話の着信のようだ。
確かKGT48だったか?ナイトが48人もいたらそれは騎士団だろうと思うのだが、すごく人気らしい。
電話を頭頂部の横に当てた瞬間に威厳を感じさせる声へと変わる。
「俺だ。丁寧にやれと言っただろう、火を落とせ」
間。
「いいから落とせ、『早く沸かした方が早い』ではない」
目頭を揉みながら渋い顔で怒鳴るでもなく声を発した。
「時間を短くするのと仕事を早くするのは違う」
ちょっと耳が痛い。
「蓋はするな」
「何で?とはなんだ」
嫌な予感。
「昨日俺が蓋をしたからだと?」
ヤバい、くるぞ。
「昨日は仕込み量が違う!」
切れた。窓がバリバリ音を立てて震えている、割れないよなコレ?
オークはあれこれ指示したあち鼻息を大きく吐き出し、背もたれに深く背を沈めた。
電話は終わったようだ。
気まずい空気を少しでも和らげるべく声をかけてみることにした。
「新人オーク?」
「人間」
「若い?」
「19」
「大変ですね」
「俺も昔は同じだった」
「向いてるオークでも?」
「オークでもあろうと人間であろう種族で経験値は増えん、地道に経験を積むしかない」
いいことを言う。
◇
《灰角亭》
到着。
古い店。
入口に大きな角の看板。
店頭には、
《本日夜営業 17:00〜》
まだ準備中。
「助かった」
「荷物、手伝います?」
「これくらい重くもない」
オークが肉と野菜を全部持つ。
「ですよね」
「ただ」
「はい」
「卵は持ってくれると助かる、俺が持つとたまに割れる」
「力加減ですか、そこはオークっぽい」
「料理人に向いていても、人間よりそこは苦手だ」
卵だけ運ぶ。
◇
厨房。
少しだけ中が見えた。
若い人間。
ゴブリン。
獣人。
奥にはオーク。
仕込み中。
店主が鍋を見る。
スープを1杯。
飲む。
「塩」
新人が固まる。
「多いです?」
「0.3g」
「分かるんですか!?」
「分かる」
「すみません!」
「謝る前に量れ」
怖い。
でも怒鳴らない。
店主が塩を量る。
小さなデジタル秤。
大きなオークの指。
0.2g。
妙に面白い。
「オークってもっと豪快に料理するかと思ってました」
卵を差し出しながら俺が言うと、店主がこっちを見る。
「豪快に作る料理ほど、細かく量る」
「へえ」
「大量に作ると小さな差がバカにできなくなる、野菜の鮮度ひとつで水分量だって変わる」
「なるほど」
「運転も同じだろ」
「何が?」
「ハンドルの角度が1度ずれただけで進む先は変わる」
「ああ」
「雑に見える仕事ほど、実際は細かい」
確かに。
「飯食ってくか」
「準備中でしょ?」
「賄いが余る」
「食います」
即答。
◇
塩を0.2g減らした程度に合わせたスープを飲む。ついでとばかりに元のスープもお椀に出されている。
「どうだ」
「うまい」
「違いが分かるか」
「分からん」
「普通はそうだ、分からない程度に変えるんだ。その小さな気づかなかった違和感が、少し物足りなかったではなくもっと食べたいにすり替わる」
なるほど。接客業も完璧な接客は印象に残らないって言うもんな。
店を出る。
営業端末を見る。
配車なし。
もう1口飲みたかった。
でも俺も、彼も仕事だ。
次へ行く。
満席だから儲かるとは限らない。
大きいから大雑把とも限らない。
世の中、外から見ただけでは分からない。
タクシーの客も同じだ。
多分




