第3話 ドラゴン、査定額に納得しない
「安すぎる!」
宝飾街の一角に、怒鳴り声が響いていた。タクシーの窓を閉めているのに聞こえる。声量がおかしい。
「……あれかな」
YOBIの迎車地点。
《金環宝飾買取センター前》
宝飾街は昔から金細工師や魔石商が集まっていた地区だ。今は大型ブランド店。
中古買取店。
時計店。
鑑定所。
質屋。
魔石取引所。
その間に、昔ながらの小さな工房。
通りの看板だけで、俺の年収より高そうなものがいくらでも並んでいる。縁がない。タクシー運転手は客を運ぶだけで十分だ。
「22万だと!?」
また聞こえた。
店の自動ドアが開く。2人出てくる。
1人は細身の人間。紺色のスーツ。眼鏡。革鞄。年齢は40前後。見るからに疲れている。
もう1人。でかい。頭1つどころじゃない。角。赤黒い鱗。金色の眼。背中には折り畳まれた翼。太い尻尾。
ドラゴン。
人型化しているようだが、かなり雑だ。
「この宝を得るために我がどれだけ――」
「ですから、その話と素材価値は別なんです!」
スーツの男が言い返す。
俺はそっとハザードを点けた。
帰りたい。
しかし迎車なので帰れない。
◇
「バルガス様ですか?」
ドラゴンがこっちを見る。
「うむ」
圧がすごい。別に睨まれているわけじゃない。多分。
「黒馬交通です。お待たせしました」
「竜宝銀行本店まで」
「承知しました」
「こやつも乗る」
ドラゴンが隣の査定員を指す。
「え」
「説明を続けろ」
「いや、私は店舗に戻らないと」
「続けろ」
「バルガス様、店頭で十分――」
「続けろ」
査定員が俺を見る。目が助けを求めている。
無理です。
「……乗ります」
かわいそうに。
◇
問題は乗車だった。
「少々お待ちください」
「何だ」
「翼」
「翼?」
「そのままだとドア閉まらないです」
「我の翼に文句があるのか」
「車体の寸法に文句言ってください」
バルガス氏が後部座席へ入ろうとしている。肩は入る。角も何とか。翼が引っかかる。尻尾も邪魔。
「もっと変化を小さくできません?」
「好かん」
「何が?」
「人の形は肩が狭い」
「車は人型基準なんです」
「ドラゴン差別では?」
「メーカーに言ってください」
査定員が横から言う。
「バルガス様、翼だけ消せますよね」
「消せる」
「じゃあ消してくださいよ!」
「威厳が減る」
「今はタクシーです!」
正論だった。
ドラゴンが不満そうに翼を消す。尻尾も半分ほど短くなる。
「これでどうだ」
「ありがとうございます」
乗車。
車体が沈んだ。右後ろ。かなり。
俺の身体感覚に、営業車のサスペンションが訴えてくる。重い。でも許容範囲。ドワーフ重工を信じよう。
「シートベルトお願いします」
ドラゴンが俺を見る。
「我に?」
「全員です」
「我は竜ぞ」
「道路交通法は竜も対象です」
「事故程度で我が傷つくと?」
「あなたが無事でも他の人が危ないでしょう」
査定員がもうベルトを締めている。
「それに警告音が鳴り続けます」
ピーピー鳴っている。
ドラゴンが顔をしかめた。
「耳障りだ」
「だから締めてください」
カチッ。
文明の勝利である。
◇
発進。30秒。
「22万はあり得ん!」
再開した。信号1個も進んでいない。
「バルガス様」
査定員が疲れ切った声で答える。
「繰り返しますが、22万Gは《素材としての店頭買取価格》です」
「同じであろう!」
「全然違います!」
「宝の価値を量ったのであろう!」
「宝石と金属の価値です!」
「この王冠が!」
「王冠ではありません」
「何?」
「王冠の正面飾りです」
「王冠に付いていたのだから王冠であろう!」
「本体がないでしょう!」
バックミラーを見る。
バルガス氏の膝には、豪華な金細工。赤い宝石。周りに小さな青石。古そう。素人目にも、何か由緒はありそうだ。
「中央部の赤色石は天然ルビーです」
査定員。
「そうであろう!」
「ただし内包物が多い」
「天然の証だ!」
「宝石評価では減点です」
「何故だ!」
「透明度が落ちるからです」
「1,000年前の石ぞ!」
「1,000年前でも透明度は透明度です」
「歴史だ!」
「傷です!」
強い。この査定員、ドラゴン相手でも一歩も引かない。
◇
「そもそも」
バルガス氏が吠える。
「これはアルディア王国最後の王が戴冠式で身につけた宝ぞ!」
「ですから、その来歴が証明できれば美術品として別評価です」
「我が証明する!」
「本人証言だけでは駄目です」
「我が奪ったのだぞ!」
「だからこそ客観資料が必要なんです!」
査定員が眼鏡を直す。
「略奪品の所有権確認も必要です」
「700年前の話だ!」
「時効と文化財指定は別です」
「面倒な世になったものだ」
「昔が雑すぎたんですよ!」
信号が赤。俺は停車。
面白い。正直、聞いていたい。
「運転手」
呼ばれた。来ると思った。
「はい」
「貴様はどう思う」
一番困るやつだ。
「何がです?」
「一国を滅ぼして得た秘宝が22万だ」
「俺、査定士じゃないんで」
「常識で考えろ!」
「一国滅ぼした部分は価格と関係なくないです?」
後ろが静かになる。
査定員が窓を見る。肩が震えている。笑ってるな。
「……貴様もそう思うか」
「だって戦争費用、仕入れ値じゃないでしょう」
「仕入れ」
「軍勢にいくら使ったとしても、買う側に請求されても困るじゃないですか」
バルガス氏が難しい顔をする。
「なるほど」
「納得するんだ……」
査定員が小声で言った。
◇
「では、これはどうだ」
ドラゴンが革袋を開く。
査定員が青ざめた。
「車内で広げないでください!」
「落とさん」
「そういう問題じゃありません」
「何です?」
俺も少し気になる。
「宝飾品です。大量の」
「どれくらい?」
じゃら。
嫌な音がした。
「待って待って待って」
路肩へ寄せたくなる。
「シートの隙間に落とさないでくださいよ!」
「我の財宝ぞ。落とすものか」
「人はみんなそう言います!」
査定員の言葉が妙に実感こもっている。
バルガス氏が最初に出したのは、大きな指輪。
「これは?」
「先ほど査定しました」
「もう1度説明しろ」
「28,000Gです」
「これは竜殺しの英雄グラハムの指輪だぞ!」
「石がガラスです」
「何?」
「模造石です」
「英雄ぞ!」
「英雄でもガラス使います!」
「嘘をつけ!」
「屈折率測りました!」
俺は噴き出しそうになった。
「英雄だって予算あったんじゃないです?」
つい言ってしまう。
「黙れ運転手」
「はい」
◇
次。金の首飾り。
「これは王妃の――」
「14金相当です」
「最後まで聞け!」
「さっき聞きました!」
「王妃が30年身につけた首飾りだ!」
「それで純度が上がるわけではありません」
「愛用品だぞ!」
「摩耗が増えます!」
次。大粒の緑石。
「これは?」
「エメラルドではありません」
「何?」
「緑色魔晶石です」
「宝石ではないと?」
「工業材料寄りです」
「美しいぞ!」
「美しいですが、規格品です」
「王宮の地下から持ってきた!」
「今はホームセンターでも売っています」
「何だと!?」
「魔術工作コーナーで毎週のようにキッズ工作教室で使われるような素材です」
時代の残酷さを見た。
◇
「次!」
「まだあるんですか」
査定員が疲れている。
「これだ」
小さな銀色のブローチ。形は鳥。赤い小石が1つ。
査定員が手に取る。今度は少し長く見る。
「……これは」
「どうだ」
「いいですね」
バルガス氏の顔が明るくなる。
「そうであろう!」
「銀の細工がかなり良いです」
「王宮細工師の仕事だ」
「石はガーネットですが、この彫金は手作業でしょうね」
「では高いな!」
「店頭で8万くらい」
「さっきより安いではないか!」
「サイズが小さいので仕方ないじゃないですか!」
上げて落とす。
査定とは厳しい世界だ。
◇
「何故売るんです?」
俺は聞いた。素朴な疑問だ。700年も持っていたなら、急に現金化する理由があるはず。
後ろが静かになる。
「……固定資産税だ」
「はい?」
「洞窟の」
一瞬、意味が分からなかった。
「洞窟に固定資産税?」
「そうだ!」
怒られた。
「今年から評価額が上がった」
査定員が補足する。
「バルガス様の所有地が都市計画区域へ編入されたんです」
「昔は山だったのだ!」
「都市が広がったんでしょう」
「我が先に住んでいた!」
「それは税務署に言ってください」
「言った!」
「何て?」
「『お気持ちは理解します』と」
「それ一番駄目な返事だ」
俺でも分かる。
「麓に住宅地ができた」
バルガス氏は忌々しそうに窓を見る。
「道路も通った」
「便利になったじゃないですか」
「便利など求めておらん!」
「でも宅配来るでしょう?」
「来る」
「四脚?」
「四脚」
「便利じゃないですか」
「荷物を洞窟前まで持ってくる点だけは評価している」
そこは認めるらしい。
「それに」
査定員。
「財宝を現物だけで持っているからですよ」
「財宝は現物で持つものだ!」
「今どき資産分散してください」
「竜に資産分散を説くか!」
「竜だからです!」
査定員が力を込める。
「金貨、宝石、骨董、土地。全部現物。流動性が低すぎます!」
「我が守っている!」
「盗難リスクの話じゃありません!」
「700年守ったぞ!」
「税金は守っても消えません!」
現代社会、強い。
王国を滅ぼした古竜が、税務署には勝てない。
◇
「今は若い竜ほど投資信託も使います」
「軟弱な」
「何が軟弱なんですか」
「財宝とは積み上げるものだ」
「数字で管理してください」
「数字を眺めて何が楽しい」
「資産運用は楽しいかどうかじゃありません」
「金貨の山は美しい」
「床抜けますよ」
「我が洞窟の床は岩盤だ!」
「そういう話じゃない!」
多分、この2人は今日ずっとこうだったんだろう。
「竜宝銀行に行く理由も税金?」
俺が聞く。
「いや」
バルガス氏がふん、と鼻を鳴らす。
「担当の若造が、資産相談に来いとうるさい」
「若造?」
「120歳程度だ」
査定員が遠い目をする。
「ドラゴン基準……」
「銀行の人もドラゴン?」
「担当はな」
「竜宝銀行ですからね」
「全員がドラゴンというわけではありませんよ」
査定員が説明する。
「創業家と上層に多いだけです」
「昔は竜の金庫番組合だった」
バルガス氏。
「へえ」
「他人の財宝を預かる商売など理解できんと思ったが」
「今は使ってるんですね」
「税務署が口座振替を勧めてきた」
便利さは強い。
◇
「まだあるんです?」
「最後だ」
今度は、手のひらほどの青白い石。車内がわずかに明るくなる。
「魔石?」
俺にも分かる。中に青白い光が流れている。ただ、今まで見た魔石とは少し違う。光が止まっていない。石の中をゆっくり回っている。
「これは査定に出していない」
バルガス氏。
「何故?」
「売る気はない」
「じゃあ何で出したんです?」
「この男が『昔の物は価値があるとは限らない』などと抜かすからだ」
「その石と王冠飾りは別です!」
「同じ古物であろう!」
「分類が違います!」
査定員が石を見る。さっきまでとは表情が変わった。
「……少し見せていただけますか」
「触るな」
「見せるだけでいいです」
バルガス氏が手のひらを近づける。
「どちらで?」
「北根の坑道だ」
「世界樹の?」
「うむ」
「いつ頃です?」
「700……いや、800年前か」
「800」
査定員が端末を取り出す。写真を拡大。
「最近の北根産と全然違うな」
「何がだ」
「内部構造です」
俺は前を向いたまま聞く。査定員が少し興奮している。
「最近の根脈石はもっと均一なんですよ」
「均一なら良いのではないか」
「通常の魔晶石ならそうです」
「ならば」
「ただ……」
言葉を探している。
「古い根脈石って、中で魔力が回るんです」
「回る?」
俺がつい聞く。
「はい」
「石の中で?」
「循環するんです。微量ですけど」
バルガス氏の手の中。青い光。確かにゆっくり流れている。
「最近の石は?」
「綺麗ですよ」
「なら良いではないか」
「綺麗すぎる、というか」
査定員が首を傾げる。
「流れがないんです」
「止まっている?」
「止まっていると言うと語弊がありますが……」
「死んでいるのか」
バルガス氏が言った。
「そこまででは」
「昔の方が良かったということだな」
「年寄りが一番喜ぶ結論に持っていかないでください」
「事実であろう」
「サンプル1個です!」
また始まった。
俺は少しだけその石を見る。綺麗だった。それだけだ。
◇
「根脈石って高いんです?」
俺が聞く。
「物によります」
査定員が答える。
「工業用はそこまででも。装飾級や研究級は別ですが」
「最近のが駄目になってる?」
「駄目とは言ってません」
「性能は?」
「規格上は問題ないです」
「じゃあいいじゃないですか」
「まあ、そうなんですけどね」
査定員が妙な顔をする。
「昔の石を知ってる人が見ると、何か違うって言うんです」
「年寄りの思い出補正だ」
バルガス氏。
「あなたが言います?」
「我は昔を正確に覚えている」
「それを思い出補正って言うんですよ!」
俺は笑った。
◇
竜宝銀行本店が見えてくる。建物はでかい。古い石造建築をそのまま現代化したような見た目。
正面の柱。巨大な金色の竜紋章。壁面広告。
《預けるなら、守れる場所へ。》
説得力がある。
「竜宝銀行って、本当に金庫ドラゴンが守ってるんです?」
「一部の最高保安区画はな」
バルガス氏。
「へえ」
「昔は我ら自身が財宝の上で寝ていた」
「今も?」
「衛生規則で禁止された」
「そこ規則あるんだ」
「鱗が落ちるからだそうだ」
査定員が呟く。
「そりゃ嫌だな」
「財宝と竜は一体であろう!」
「銀行の預金はあなたの財宝じゃありません!」
到着直前まで元気だ。
◇
玄関前へ寄せる。
「到着です」
料金表示。バルガス氏がスマホを出した。
「YOBI Payで」
「使うんですね」
つい言ってしまった。
「何がだ」
「いや」
700年以上生きている竜がキャッシュレス。何もおかしくはない。
「現金の方が好きでは?」
「小銭が増える」
「そこは現代的なんですね」
「金貨なら良い」
「重いでしょう」
「重さが良いのだ」
分からん。
ピッ。
《決済完了》
「ありがとうございました」
ドアを開く。しかしバルガス氏はすぐ降りない。
「運転手」
「はい」
「貴様、名は?」
珍しい。
「何でです?」
「話が分かる」
「査定員さんの味方しましたけど」
「だからだ」
「そういうものです?」
「次に財宝を売る時も呼ぶ」
「配車アプリなんで俺が来るとは限りませんよ」
「指名機能は?」
「ハイヤーじゃないんで」
「不便だな」
「銀行の担当者に送迎頼んだらどうです?」
「若造の車は狭い」
「今うちの車にも文句言ってましたよね」
「これはまだ広い」
褒められた。多分。
◇
2人が降りる。査定員が降りる直前、小声で言った。
「ありがとうございました」
「何がです?」
「途中から矛先が分散しました」
「普段もあんな感じ?」
「今日はまだマシです」
「え」
「店では2時間です」
「お疲れさまです」
「本当に」
顔が死んでいた。
「でも」
俺はふと思う。
「歴史的価値があったら、結局高いんですよね?」
「証明できれば」
「じゃあ22万じゃない?」
「だから最初からそう言ってるんです!」
査定員が泣きそうな顔で言った。
◇
2人が銀行の入口へ向かう。まだ揉めている。
「王国1つだぞ!」
「そこは査定項目じゃありません!」
「我が滅ぼした!」
「自慢しないでください!」
自動ドアが閉じる。静かになった。
「……大変だな」
俺は後部座席を確認する。革袋なし。宝石なし。尻尾の鱗が1枚。
「……これは忘れ物?」
しばらく考える。
鱗。本人の一部。忘れ物扱いでいいのか。黒馬交通の忘れ物規定にドラゴンの鱗なんてあったかな。
とりあえず小袋へ入れる。営業所に聞こう。今日は首を忘れない。
「よし」
空車へ戻す。
◇
車を出す。世界樹の枝がビルの向こうに見える。
さっきの青い石を少し思い出す。
800年前の根脈石。中で魔力が回る。
最近の石は、綺麗だけど。流れがない。
「……まあ」
アクセルを踏む。
「石のことは石屋に任せるか」
俺の仕事ではない。
宝石も。銀行も。昔の王国も。世界樹も。
俺の仕事は、客を目的地まで運ぶことだ。
『――YOBIより新規配車です』
「はいはい」
迎車地点は中央南区。距離4分。夜はまだ長い。
俺はウインカーを出して、次の客へ向かった。




