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第2話 異世界人、異世界に来る


 タクシー運転手をやっていると、たまに行き先を聞き返したくなる客がいる。


「王城まで」


 とか。


「一番近い国境まで」


 とか。


「海が見えるところならどこでも」


 とか。


 大抵、酒が入っている。

たまに失恋も入っている。

だから今回も、最初はその類だと思った。


「冒険者ギルドまでお願いします」


「……はい?」


 後部座席。

 黒髪。

 見慣れない服。

 歳は二十代前半くらい。


 隣には灰色の制服を着た女性職員。


 迎車地点は港湾地区。

 建物の看板には、


《異界漂着者保護局 臨時受入所》

 と書いてある。


 嫌な予感がする。


「冒険者ギルドです」

 青年がもう一度言った。


「職業紹介所なら中央駅前にありますけど」


「いや、そうじゃなくて」


 青年は焦ったように身を乗り出した。


「冒険者ですよ。冒険者」


「はい」


「剣とか持って、依頼を受けて、魔物を倒したり」


時代劇の撮影所にでも行きたいのかな、塔霊ウーズ沢映画村でも提案しようか思案していると、灰色制服の女性が深いため息をついた。


「佐伯さん」


「はい」


「先ほども説明しましたが、現在この国に《冒険者ギルド》という制度はありません」


「じゃあハンターギルド?」


「狩猟協会ならあります」


「それ!」


「免許制です」


「免許」


「筆記、実技、猟具安全講習、魔獣生態基礎、それから地域によっては――」


「ちょっと待ってください」


「はい」


「筆記あるの?」


「あります」


「異世界なのに?」


「異世界と筆記試験に何の関係が?」


 職員の返しが強い。

青年が黙る。


 俺はメーターを入れた。


「とりあえず、行き先は?」


 灰色制服の職員が答える。


「中央異界保護宿舎までお願いします」


「中央保護宿舎ですね」


「はい」


 ELF LINK MAPへ目的地を入力。


 17.8キロ。

40分弱。

悪くない。


「では出ます」


「お願いします」


 発進。

 バックミラーを見る。

 青年は窓へ張り付いていた。

 子供みたいだ。


     ◇


 配車アプリに表示された名前は、


《サエキ ユウト》


 同行している女性は、異界漂着者保護局の職員。

 名札には《ミレイ》とだけ書いてある。


 この世界には、たまに別世界から人が落ちてくる。


 本当に、たまにだ。

 俺もニュースでしか見たことがない。


 空から降ってきた。森の真ん中に立っていた。港の倉庫に突然現れた。

 古い記録になると、王の寝室に出現してその場で捕まった奴もいるらしい。


 佐伯さんの場合は港のコンテナ置き場だった。


 本人いわく、


「駅から家に帰ってたはずなんです」

とのこと。


 あまり景気のいい異世界転移ではない。


「うわ」


 後ろから声。


「何です?」


「信号」


「信号ですね」


「普通に信号ある……」


「ないと思ってたんです?」


「だって異世界ですよ?」


「さっきからそればっかりですね」


「いや、だって!」


 佐伯さんは窓の外を指差した。


「エルフがスーツ着てる!」


 歩道。

 長い耳の男が二人。

 確かにスーツだ。

 一人は端末で電話中。

 もう一人はコンビニ袋をぶら下げている。


「着ますよ」


「何で!?」


「何でって」


 俺は考えた。


「会社員だから?」


「そこじゃない!」


 ミレイさんが額を押さえる。


「佐伯さん。まず一つずつ、この世界の常識を受け入れてください」


「常識が多すぎるんですよ!」


「あなたの世界にもあったでしょう」


「ありましたけど!」


「こちらにもあります」


「もっと異世界っぽい常識が!」


「税金とかですか?」


「税金あるの!?」


「あります」


「異世界なのに!?」


 まただ。


「ないと国回らないでしょう」


 俺が言うと、佐伯さんが運転席を見る。


「運転手さんまで現実的すぎません?」


「税金払ってるんで」


「デュラハンも?」


「むしろ何で払わなくていいと思ったんです?」


「だって……デュラハン……」


 言葉に詰まる。

税金は平等だ。


     ◇


 港湾地区を抜ける。

 倉庫街の向こうに高架鉄道。

 頭上を銀色の車両が通過していく。


「電車!」


「鉄道ですね」


「電気で?」


「魔導炉と集積蓄魔池しゅうせきまちです」


「そこだけちゃんとファンタジー!」


 何が嬉しいんだろう。


「じゃあ車も魔法なんです?」


「魔導車ですよ」


「エンジンは?」


「この車は小型炉です」


「ガソリンじゃない」


「ガソリンって何です?」


「化石燃料で――」


 佐伯さんが止まった。


「……説明めんどくさいな」


「分かってきましたね」


 ミレイさんが言った。


「佐伯さんにとって当然のものが、こちらでは当然ではありません。逆も同じです」


「でも見た目が似すぎてるんですよ」


 それは少し興味があった。


「そっちにも車あるんです?」


「あります。もっと普通の」


「これも普通ですけど」


「いや、何ていうか……」


 佐伯さんが前席を見る。


「内装もほとんど一緒なんですよ。シートも、シートベルトも、メーターも」


「車なんだから似るんじゃないですか?」


「そうなの?」


「人を座らせて運ぶなら椅子は前向きでしょう」


「まあ……」


「事故ったら危ないからベルト付けるでしょう」


「……まあ」


「速度を見るなら前に表示した方が便利でしょう」


「確かに」


「じゃあ似るんじゃないです?」


 佐伯さんが黙った。ミレイさんが少し笑う。


「転移者の方はよく同じ疑問を持ちます」


「やっぱり?」


「こちらから見ると、むしろ佐伯さんの世界にも似た道具があることの方が面白いですが」


 そりゃそうだ。文明が発展すれば、似た問題に似た答えが出ることくらいある。


 車輪を丸くするのに異世界も何もない。


     ◇


「でも」


 佐伯さんが再び身を乗り出す。


「魔法ありますよね?」


「あります」


「モンスターは?」


「佐伯さん」


 ミレイさんの声が一段低くなる。


「その言葉は種によっては侮蔑表現になります」


「え」


「例えば先ほど受付にいた職員」


「緑色の?」


「ゴブリンです」


「やっぱりゴブリンだったんだ!」


「経理課です」


「経理」


「勤続十八年です」


「十八年」


「住宅ローンもあります」


「ゴブリンが住宅ローン」


「佐伯さん」


「すみません」


 謝るのは早い。悪い奴ではなさそうだ。


 ちょうど歩道を、スーツ姿のゴブリンが歩いている。

片手に書類鞄。もう片方に携帯端末。

信号待ちで横に停まった配送車の運転手はオーク。上空ではハーピー便。


 向かいのビルには、

《竜宝銀行 住宅ローン休日相談会》

 の看板。


 さらにその下、

《フェニックス生命 あなたの人生、何度目でも。》

 広告。


「……何あれ」


「どれです?」


「フェニックス生命」


「保険屋でしょう」


「フェニックスが生命保険やっていいの?」


「何で駄目なんです?」


「死なないじゃん!」


「死にますよ」


「復活するじゃん!」


「ああ」


 そこか。


「約款めちゃくちゃ長いらしいですよ」


「やっぱ揉めるんだ……」


「再生まで何時間なら死亡扱いか、とか」


 ミレイさんが説明する。


「現在の標準約款では恒久的生命活動停止、または再生不能判定後――」


「もういいです」


「はい」


 佐伯さんが頭を抱える。


「夢がない」


「保険に夢求めます?」


 俺が聞く。


「そういう意味じゃないんですよ」


     ◇


「魔王は?」


 突然来た。


「はい?」


「魔王」


「ああ」


 俺もそれくらいなら知っている。


「魔王国ならありますよ」


 佐伯さんの顔が輝いた。


「あるんだ!」


「北西の方に」


「行けます?」


「行けますよ」


「どうやって?」


「飛行機で三時間くらい」


「飛行機」


目から光が消えた。


「飛行船とかじゃなく?」


「飛行艇会社もありますけど、普通に航空便ありますよ」


「グリフォンで?」


「それは近距離じゃないです?」


「じゃあ魔王は?」


「もういません」


「え」


「三百年くらい前に共和制になりました」


 佐伯さんが止まった。


「……共和国?」


「正式名称は《魔王共和国》です」


 ミレイさんが補足する。


「国名には旧称が残っています」


「じゃあ大統領?」


「現在はオーガ系女性ですね」


「魔王じゃない?」


「選挙です」


「選挙……」


「去年は接戦でした」


「ニュースの話みたいに言わないで!」


「ニュースですから」


 俺は笑いそうになる。


「勇者は?」


 次が来た。


「歴史上なら」


「今はいない?」


「最後の公的勇者認定が四百十二年前です」


「四百十二年」


「その後、勇者制度は軍制改革に伴って廃止」


「制度だったの!?」


「国家資格に近かったそうです」


「勇者に国家資格」


「無資格で聖剣を持ち歩く方が怖くないです?」


 俺が言う。


「聖剣にも免許いるの?」


「武器ですからね」


「異世界まで来て資格社会なのか……」


 完全にうなだれた。


     ◇


 信号が赤。

歩道脇に四脚宅配便の営業所。

ケンタウロスが三人、荷物を積み替えている。

テレビ広告らしい大型モニターが壁に付いていた。

ちょうどCMが始まる。


『♪ 四つ脚かける宅配便――』


「あ」


 俺は無意識に続けた。


「♪ あなたの街までひとっ走り」


 バックミラー越しにミレイさんと目が合う。


「運転手さん、歌うんですね」


「子供の頃から流れてるんで、つい」


 佐伯さんがモニターを見る。


「ケンタウロスが宅配便……」


「速いですよ」


「馬だから?」


「本人の前で言わない方がいいです」


「何で?」


「昔のCMが《四つ足お馬の宅配便》だったんですよ」


「そのままじゃん」


「問題になって歌詞変わりました」


 ちょうど営業所前のケンタウロスがこちらを見る。


 俺は口を閉じた。


「今の人に歌ったら?」


「蹴られます」


「怖っ」


「馬扱い嫌いなんで」


「馬じゃないんですか?」


「本人の前で言ってみます?」


「やめます」


 学習が早い。


     ◇


「で」


 しばらくして佐伯さんが言った。


「俺、異世界から来たんですよ?」


「そうですね」


「何かないんですか?」


「何かとは」


 ミレイさん。


「特殊能力とか」


「明日、健康診断があります」


「違う!」


「魔力適性検査も」


「それ!」


 一気に元気になる。


「あるんじゃないですか!」


「ありますよ」


「やっぱり!」


「全漂着者に実施します」


「結果は?」


「まだです」


「もし凄い適性があったら?」


「必要な教育を受けてもらいます」


「魔法学校!」


「成人向け職業訓練校になるかもしれません」


「職業訓練!」


「危険魔術なら免許取得も」


「また免許!」


 今日一番いい声が出た。


「何で魔法使うのに免許いるんですか!」


「危ないからですよ」


「魔法学校でもよく爆発事故とか起きますしね」


 俺も加勢する。


「出ますけど」


「じゃあ必要でしょう」


「運転手さんはずっと行政側ですね!」


「俺、二種免許取るの苦労したんで」


「デュラハンなのに?」


「何度言わせるんです。得意と合法は別です」


 ミレイさんが声を出して笑った。


     ◇


「ちょっといいですか」


 今度は佐伯さんが俺の助手席を見る。


「はい」


「その頭」


「俺のです」


「ですよね」


「他人のだったら事件でしょう」


「自分のでも結構事件なんですよ」


 俺の頭はホルダーに固定されている。身体は普通に運転中。


 もう慣れたらしいが、佐伯さんはたまにじっと見てくる。


「本物のデュラハン……」


「偽物いるんです?」


「俺の世界だと物語の中だけです」


「へえ」


 今度はこっちが少し面白い。


「じゃあデュラハン知ってるんです?」


「知ってます。首なし騎士で、馬に乗って」


「大体合ってますね」


「死の予告とかするんじゃ?」


「しません」


「しない?」


「少なくとも俺は」


「じゃあ何するんです?」


「タクシー。死は告げないけど目的地への到着は告げますね」


「知ってますけど!」


 何を聞きたいんだ。


「デュラハンって、みんなタクシー運転手なんですか?」


「んなわけないでしょう」


「でも多い?」


「多いですね」


「何でです?」


「昔から乗り物との相性がいいんですよ」


 馬。


 馬車。


 車。


 乗り物の状態を身体で感じ取りやすい。夜にも強い。街道や道との相性もいい。


 そう説明する。


「なるほど」


 佐伯さんが感心したように頷く。


「種族特性が、そのまま産業になってるんだ」


「種族特性?」


「あ、いや、こっちの話です」


 意味は分からない。

 ただ言われてみれば、そういう面はある。


「昔は職業の選択肢が少なかったらしいですけどね」


 俺は言う。


「デュラハンなら騎兵か運送。ドワーフなら鍛冶。エルフなら森」


「やっぱり!」


「今そんなこと言ったら怒られますよ」


「ですよね」


「俺の妹なんて会計士ですし」


「デュラハンの?」


「はい」


「首外して仕事するんです?」


「必要ないでしょう」


「そっか」


 何でそこが気になる。


     ◇


 中央繁華街へ入る。

 佐伯さんの目が忙しい。


《ミミックマート》


「コンビニ……」


「そうですね」


《ELF LINK》


「携帯ショップ……」


「そうですね」


《SPHINX ID対応》


「本人認証……」


「そうですね」


「待って」


「はい」


「あれスフィンクス?」


 銀行入口に石像のようなスフィンクス。

 横のモニター。


《SPHINX ID 本人確認中》


「認証事業です」


「謎かけしないんですか?」


「昔はしてたそうです」


「今は?」


「顔認証とか」


「スフィンクスの意味!」


「会社の由来でしょう」


「文化が近代化しすぎてる!」


 嬉しいのか悲しいのか分からない。


     ◇


 世界樹が見えてきた。

 佐伯さんが黙った。

 さっきまでとは違う。


「……でか」


 それは分かる。


 初めてなら、あれはすごい。

 俺にとっては渋滞の原因だが。

 空を埋める巨大な枝。

 高層ビルの向こうにそびえる幹。

 夜の葉の間に青白い光。


「本当に世界樹なんだ」


「世界樹ですよ」


「世界を支えてる?」


「昔話では」


「昔話?」


「子供の頃聞きませんでした?」


「俺の世界にも似た話はありますけど」


「へえ」


「でも、本当にあるのか……」


 窓へ顔を寄せる。

 その表情だけは、さっきまでの騒がしい転移者ではない。

 純粋に感動している。


「観光するなら北側から入る方がいいですよ」


「観光情報なんだ……」


「南側は団体バス多いんで」


「聖地じゃないんですか?」


「聖地でもありますよ」


「神殿とか?」


「あります」


「やっぱり!」


「入場料千二百ゴールド」


「金取るの!?」


「維持費かかるでしょう」


「神殿に維持費」


「掃除する人もいますからね」


「夢が……」


「さっきから夢失ってばっかりですね」


 ミレイさんが言った。


     ◇


 世界樹前交差点。

 今日は流れている。

 よかった。

 ここで捕まると10分は動かない。


 佐伯さんがまだ世界樹を見ている。


「運転手さんは」


「はい」


「世界樹見ても何も思わないんですか?」


「渋滞してないな、と」


「それだけ?」


「毎日見てるんで」


「慣れるものなんですね」


「そっちの世界にも何か大きい建物あるでしょう」


「東京タワーとかありますね」


「何ですそれ」


「塔です」


「毎日見て感動します?」


「……しない」


「そういうことです」


「何か納得したくないな」


     ◇


 しばらくして、佐伯さんが静かになった。

 急に。 窓の外を見たまま。ポツリとこぼす。


「ミレイさん」


「はい」


「俺、帰れるんですか」


 車内の空気が変わった。

 さっきまで、

 勇者。

 魔王。

 魔法。

 冒険者。


 そんなことばかり言っていた。

 でも。


 本当は最初からそこが一番気になっていたのだろう。

 ミレイさんも、すぐには答えなかった。


「過去に帰還例は確認されています」


「何人くらい?」


「正確な件数は、後ほど説明します」


「多くはない?」


「……はい」


「そうですか」


 佐伯さんがスマホ――ではなく、彼の世界から持ってきたらしい黒い端末を手に取る。


 画面は暗い。


「電波、ずっとないんですよね」


「あなたの世界の通信方式はこちらでは使えません」


「写真は残ってる」


 画面を点ける。

 俺からは見えない。


「家族とか?」


 ミレイさんが聞く。


「はい」


 少し沈黙。


「母親に、今日飯遅くなるって連絡したのが最後で」


 何とも言えない。


「家に帰る途中だったんです」


 そりゃそうだ。


 異世界へ来る予定の奴なんて普通はいない。


「俺、最初は」


 佐伯さんが苦笑する。


「異世界転移とか、本当にあるんだって、ちょっとテンション上がってたんですよ」


「はい」


「なんか能力貰って、冒険して」


「はい」


「でも、今さら……」


 言葉が止まる。


「母親、ずっと待ってるのかなって」


 ミレイさんは仕事柄、こういうのに慣れているのだろう。

 でも適当な慰めは言わなかった。


「保護局では、帰還方法の研究と照合を続けます」


「はい」


「同時に、こちらで生活するための支援もします」


「……はい」


「今夜はまず休んでください」


「寝られるかな」


「睡眠導入魔術は医師の診察後なら利用できます」


「そこもちゃんとしてるんですね」


「ちゃんとしてない方が怖いでしょう」


「確かに」


 少しだけ笑った。


     ◇


 俺は前を見る。

 こういう時、タクシー運転手が何を言えばいいのか分からない。


 失恋した客なら、


「時間が解決しますよ」


 とか。

 仕事を辞めた客なら、


「次ありますよ」


 とか。

 まあ適当なことも言える。

 でも、


 別世界に来て帰れないかもしれない奴。

 そんな客は初めてだ。


 黒馬交通の接客マニュアルにもない。

 多分。


「まあ」


 口から出た。


「はい?」


「今日は宿舎までですよね」


「……はい」


「だったら、とりあえずそこまでは確実に送りますよ」


 佐伯さんが俺を見る。


「それより先のことは、俺じゃ分からないですけど」


 信号。 左折。


「迷子になっても呼んでもらえれば、目的地までは届けられます」


 しばらく返事がなかった。


「……ありがとうございます」


「料金は保護局持ちですし、職員さんへどうぞ」


「最後の一言いる?」


「大事ですよ」


 ミレイさんが笑った。

 佐伯さんも笑う。

 少しだけ、空気が戻った。


     ◇


 中央異界保護宿舎。

 到着。


 佐伯さんが建物を見上げる。


「……普通のマンション」


「何を期待してたんです?」


「教会とか」


「風呂ありますよ」


 ミレイさんが言う。


「個室、浴室、簡易調理設備、ELF LINK回線」


「ネットあるの!?」


「精霊網ですが」


「動画見られる?」


「見られます」


「最高じゃないですか」


 順応が早い。


「ただしSPHINX IDの仮登録が明日あるので、早めに休んでください」


「本人確認?」


「はい」


「謎かけされる?」


「されません」


「ちょっと残念」


 さっきまで散々現代化に文句言っていたのに。

 ドアを開ける。

 二人が降りる。

 佐伯さんが最後に振り返った。


「運転手さん」


「はい」


「冒険者ギルド、本当にない?」


「まだ言ってるんです?」


「一応」


「ないです」


「じゃあダンジョンは?」


「観光用なら二つ」


「観光用」


「天然のは入山届必要」


「やっぱ申請なんだ……」


「狩猟区域なら免許も」


「もういいです」


「頑張ってください」


「何を?」


「色々」


 佐伯さんが笑う。


「また乗れます?」


「YOBIで当たれば」


「指名ないんです?」


「ハイヤーじゃないんで」


「この世界、不便なところだけ妙に現実的だな……」


「おやすみなさい」


「ありがとうございました」


 ドアが閉まる。

 二人が宿舎へ入っていく。

 俺は空車へ戻す。


 少しだけ、あの青年のことを考える。

 明日。

 一週間後。

 一年後。


 あいつがこの街で何をしているのか。

 俺には分からない。

 でもたぶん。

 働いて。

 飯を食って。

 税金に文句を言って。


 そのうち四脚宅配便の古いCMまで覚える。

 生活というのは、そういうものなのかもしれない。


『――YOBIより新規配車です』


「はいはい」


 次の迎車地点は中央駅。

 今度こそ普通の客だろう。

 多分。


 俺はアクセルを踏んだ。

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