第1話 デュラハン、今日も夜を走る
初投稿です。やらしくおねがいします。
タクシー運転手に必要なものは3つある。
1つ、安全運転。2つ、最低限の接客。3つ――自分の首をちゃんと固定することだ。
「……危な」
営業所を出て3分。最初の赤信号で停まった俺は、助手席に転がしていた自分の頭を見て、そのことを思い出した。固定していない。出庫前点検で1度外して、そのまま助手席へ置いていた。このまま急ブレーキを踏めば、俺の首がフロントガラスに向かって一直線である。
別に死にはしない。そもそも俺はデュラハンなので、首が胴体から離れていること自体は生理現象みたいなものだ。だが、客からの評判は悪い。
以前、1度だけやった。交差点に飛び出してきたゴブリンの自転車を避けるため急ハンドルを切ったら、助手席に置いていた俺の頭が後部座席まで飛んだ。
その日の配車アプリのレビュー。
『走行中、運転手の生首が飛んできました。怖かったです。★1』
生首とは失礼な。ちゃんと生きている。しかも謝った。★1は厳しくないか。
「よいしょっと」
信号待ちの間に頭を持ち上げ、助手席脇の専用ホルダーへ押し込む。
カチッ、と固定音。
最近の営業車には、デュラハン用のヘッドホルダーが純正装備されている。昔はそんな気の利いたものはなかったらしい。会社の大先輩によれば、まだ仕事中に鎧を着るデュラハンが多かった頃は、助手席のドリンクホルダーに500mlのペットボトルを立て、その上から兜の首元を被せて即席の台にしていたそうだ。1度、そのままコーヒーを買ってきて置き場所がなくなったらしい。
文明は進歩している。少なくともデュラハンの首置き場に関しては。
「よし」
視界良好。首から下も異常なし。ミラー。シート。メーター。魔力残量8割。営業開始時としては十分。
信号が青へ変わる。アクセルを踏もうとした、その時。
『――YOBIヨビより新規配車です』
「お」
車載端末が明るくなった。
『迎車地点、中央医療区七番街。推定到着時間、6分です』
「七番街ね。了解」
応答する。6分なら近い。出庫直後に配車が入る日は気分がいい。
空車で街をぐるぐる走っている時間ほど、タクシー運転手の精神を削るものはない。売上は0。魔力は減る。なのに仕事をしている感だけはある。最悪だ。
俺は大通りへ入るため左へ寄った。その瞬間。
「うおっ!」
右から茶色い影が突っ込んできた。反射的にブレーキ。頭がホルダーの中でガクンと揺れる。
「危ねえ!」
目の前を1頭のケンタウロスが駆け抜けていった。背中には大型の配送箱。尻のあたりには、蹄鉄と段ボール箱を組み合わせたロゴ。
《四脚宅配便》
「四脚かよ! 信号見ろ!」
聞こえるはずもない。もう100m先だ。速い。腹は立つが速い。
四脚宅配便は都市内の短距離配送ではやたら強い。車両が要らない。狭い道も入れる。荷物を背負えばそのまま走れる。渋滞していれば歩道へ逃げる。最後のは多分違反だ。
昔からCMも多い。俺が子供の頃は、
『四つ足お馬の宅配便――』
という歌だった。ケンタウロス協会から盛大に怒られて、今では歌詞が変わっている。だが1度覚えたものはなかなか抜けない。
休憩所でケンタウロスの知り合いの前で歌ったら、後ろ脚で蹴られそうになった。馬じゃないらしい。4本脚で蹄まであるのに。その辺を言うと本当に蹴られるので黙っている。
◇
中央医療区は、その名の通り病院と研究施設が多い地区だ。夜でも明るい。救急車が走り、夜勤の職員が行き交い、薬局の看板が青白く光っている。
医療系の客は比較的乗せやすい。酔っていない。行き先が明確。そして病院から病院、あるいは病院から自宅までと、そこそこ距離が出ることも多い。タクシー運転手としてはありがたい客層である。
指定された七番街へ入る。YOBIの迎車マーク。街灯の下に白衣の男が立っていた。
銀髪。青白い肌。黒いロングコート。口元から少しだけ覗く牙。胸元には医師章。
分かりやすい。吸血鬼だ。
俺はハザードを点け、男の前で停車した。
「ベルン様ですか?」
「はい」
「お待たせしました。どうぞ」
自動ドアを開く。男が後部座席へ乗り込んだ。革鞄を隣へ置き、自らシートベルトを締める。この時点で好感度が高い。
「行き先をお願いします」
「中央血液医療院。正面玄関まで」
「中央血液医療院、正面ですね」
ELF LINK MAPへ目的地を入力。12.6km。所要28分。悪くない。いや、かなりいい。
出庫1本目としてはありがたい距離だ。こういう時、心の中では小さくガッツポーズをする。だが露骨に嬉しそうな声を出すのはプロではない。
「では出発します」
平静を装ってアクセルを踏む。
数10m進んだところで、後ろから声がした。
「運転手さん」
「はい?」
「……前を見なくて大丈夫なんですか?」
「見てますよ」
「頭が横を向いていますが」
「あ」
俺の頭はホルダーに収まったまま、ベルン先生の方を向いていた。身体だけは正面を向き、普通にハンドルを握っている。
デュラハンの身体には、頭が離れていても大まかな位置や乗騎の状態を把握する感覚がある。だから運転自体はできる。できるのだが、客から見れば、首なしの身体だけが前を向いてハンドルを握っている。まあ、不安ではあるだろう。
「身体の方でもある程度分かるんで」
「ある程度」
「ちゃんと前向けますね」
「ぜひお願いします」
「はい」
ホルダーを回す。視界が道路へ戻る。
「先生、心配性ですね」
「医者なので」
「関係あります?」
「事故患者を毎日見ていますから」
「ああ、それは説得力あるな」
確かに。医者を乗せる時は安全運転しよう。いや、いつも安全運転ではある。
「先生は夜勤ですか?」
「ええ」
「やっぱり吸血鬼って夜勤多いんです?」
聞いた瞬間、少し失礼だったかと思った。ベルン先生は一拍置いた。
「その言い方、割と偏見ですよ」
「あ、すみません」
「実際、多いですけど」
「多いんじゃないですか」
「昼に弱い個体もまだいますからね。職場側も夜間勤務を組みやすいんです」
「なるほど」
「ただ最近は若い吸血鬼ほど昼型も増えてますよ。遮光薬も優秀ですし」
「へえ」
「うちの研修医なんて朝6時から走ってます」
「俺より健康的だな」
後ろで小さく笑う声がした。話しやすい客だ。
「血液内科です?」
「どうして分かったんです?」
「行き先が中央血液医療院なので」
「ああ」
「推理力はないです」
「名探偵ではなかった」
「タクシー運転手にそこ期待されても困ります」
◇
幹線道路へ入る。前にはゴーレム運送の大型車。上空にはハーピー便。
信号機の上には、
《飛行種は高度20m以下徐行》
の表示。
この時間は世界樹通りの方が空いている。
「この先、世界樹通りでいいですか?」
「混んでいません?」
「今なら環状線より5分くらい早いですね」
「ではそちらで」
「了解です」
進路変更。正面遠くに世界樹が現れる。
何度見てもでかい。巨大な幹が都市の向こうから空を貫き、枝が高層建築のはるか上へ広がっている。枝葉の間では青白い精霊光が瞬いていた。
観光客は感動する。地元民は待ち合わせに使う。タクシー運転手は渋滞ポイントとして認識している。神話も通勤ラッシュには勝てない。
「今日は随分明るいですね」
ベルン先生が窓を見る。
「世界樹です?」
「ええ」
「祭りじゃないですか?」
「この時期に祭事はなかったと思いますが」
「俺に聞かれても困りますよ」
「地元の方でしょう?」
「地元民が観光地に詳しいと思ったら大間違いです」
「夢がないですね」
「仕事中に夢を見たら事故ります」
先生が笑った。
◇
赤信号。歩道脇に3台の自販機が並んでいる。
正確には3匹。MIMICO社の認可ミミック自販機。
右端の1匹の前で若いエルフが怒鳴っていた。
「200G入れただろ!」
ミミックがガタン、と震える。取り出し口からレシート。
《投入金額:100G》
「100G食ってんじゃねえか!」
「……またあいつか」
「知ってるんですか?」
「この前、俺も50G食われました」
「通報しなかったんです?」
「しました」
「結果は?」
「『当該個体は投入事実を否定しています』」
後ろが静かになった。
「……自販機本人の証言が採用されるんです?」
「認可個体なので」
「法的主体なんですね」
「登録番号ありますから」
「世も末ですね」
「昔は旅人を丸ごと食ってたらしいですから、金だけなら進歩ですよ」
「比較対象がおかしい」
青信号。発進。
◇
「先生、血液医療院って吸血鬼多いんですか」
「比較的」
「やっぱ得意なんです?」
「血液そのものへの感覚は、人間より鋭い個体が多いですね。でも、それだけで医者にはなれません」
「そりゃそうでしょうけど」
「昔は吸血鬼が血液医療へ進むこと自体、嫌がられたそうです」
「患者からしたら血を吸う種族に採血される?」
「まさにそれです」
「あー」
「今は普通ですけどね。献血センターなんて吸血鬼だらけですよ」
「本人は飲まないんです?」
「飲みません」
即答。
「よく聞かれる?」
「毎週」
「すみません」
「慣れてます」
「血って美味――」
「それも毎週聞かれます」
「あ、もういいです」
「助かります」
吸血鬼も大変だ。
俺も子供から、『首ないのにご飯どこ通るの?』と月に2回くらい聞かれる。最初は説明した。今は、『ちゃんと入るよ』で済ませている。
「混血種なんかは検査項目が多いんですよ」
先生が続ける。
「血液型に魔力適合型まで――」
「先生」
「はい」
「難しくなってきました」
「簡単に言います」
「お願いします」
「輸血が面倒です」
「あー、そりゃそうだ」
◇
しばらくして先生の端末が鳴った。
「失礼」
「どうぞ」
「はい。ベルンです」
声が変わる。
「……3件とも?」
沈黙。
「種族は?」
さらに間。
「人間、エルフ、獣人……共通点なし?」
俺は前を見る。車線変更。
「魔力濃度は?」
先生の声が低くなる。
「いや、それでは説明できないでしょう。採取ミスは?」
黄色信号。無理せず停止。
「分かりました。再検査を。あと15分程度で着きます」
通話終了。
「忙しそうですね」
「ええ」
「急ぎます?」
「安全運転でお願いします」
「助かります」
「妙な検査値が続いていまして」
「流行り病?」
「それならまだ分かりやすいんですけどね」
「へえ」
それ以上は聞かない。
客には客の事情がある。人生相談。家族喧嘩。不倫相手への電話。会社の機密。タクシーの後部座席では色々聞こえる。
こちらは運ぶだけだ。余計なことには首を突っ込まない。タクシー運転手の基本である。
まあ、俺の場合、首はよく外れるけど。
◇
「デュラハンの方って、車の状態が分かると聞いたんですが」
「ああ」
「昔から乗り物との相性がいいんですよ」
「馬と一緒に描かれていますね」
「ご先祖の時代は馬。その後が馬車。今は車ですね」
「どの程度分かるんです?」
「タイヤ1本だけ空気圧違うな、とか。エンジンが少し変だな、とか」
ちょうど右前輪から僅かな振動。
「……右前ちょっと気になるな」
「今のも?」
「はい」
「便利ですね」
「先生だって血を見て色々分かるでしょう」
「確かに」
「適材適所ですよ」
車は相棒だ。古いデュラハンは本当にそう呼ぶ。若い連中は言わない。俺も口には出さない。
ただ、他人に自分の営業車を雑に扱われると腹は立つ。多分、ご先祖が愛馬を大事にした頃からそこは変わっていない。
◇
中央血液医療院。玄関前でオーク救急隊員が担架を1人で持っている。隣の人間隊員が怒鳴る。
「1人で持つな! 規定違反だ!」
「こっちの方が早い!」
どこの職場にも規則と現場の戦いがあるらしい。
「到着です」
「ありがとうございました」
決済。ドアを開く。
「お忘れ物お気をつけください」
ベルン先生が降りる。
客を降ろしたら忘れ物確認。スマホ。財布。袋。傘。酔客なら靴まである。
俺はホルダーから頭を外した。身体は運転席へ残し、頭だけ後部座席へ。デュラハンだとこの辺は楽だ。
シート。足元。ポケット。
「よし。忘れ物なし」
頭を後部座席中央へ置く。身体の方ではメーターを空車へ戻す。
その時。
『――YOBIより新規配車です』
「お」
反射的に応答。続いた。こういう日は流れがいい。
シフトへ手を伸ばす。
「運転手さん」
外からベルン先生。
「はい?」
身体だけで窓を開ける。
「後ろ」
「後ろ?」
「あなたがいます」
「……俺?」
一拍。
「あ」
後部座席に俺の頭がいた。窓越しに先生と目が合う。
「どうも」
「どうも、じゃないですよ」
「危なっ」
後部ドアを開けて自分を回収する。
「客の忘れ物見てたら自分を忘れました」
「身体の一部でしょう」
「年に2、3回あります」
「多いですよ」
「次の客が教えてくれるんで」
「その状態で迎車する気だったんです?」
「身体だけでも運転できますし」
「そういう問題じゃないでしょう」
「会社的にも多分そうです」
カチッ。今度こそホルダー固定。
「ありがとうございます。先生もお仕事頑張ってください」
「運転手さんも。首、お大事に」
「どうも」
いい客だった。★5を付けてほしい。首のことは書かないでほしい。
◇
配車を見る。
キャンセル。
「うわ」
世の中うまくいかない。
21時40分。腹も減った。
「飯にするか」
近くには、同僚に教えてもらった夜食堂がある。サキュバスの店主。飯はうまい。変な期待をすると怒られるらしい。何を期待したんだ、あいつは。
《夜食堂 夢灯り》
距離1.8km。目的地設定。すると。
『ルートを再検索します』
「ん?」
『100m先、右折してください』
「右?」
100m先。右側には病院の外壁。門もない。路地もない。
「……おい」
『右折してください』
「壁だって」
地図には1本の細い道。病院の壁を突き抜けている。
「なんだこれ」
拡大。名前なし。道路番号なし。
一瞬。本当に一瞬。
外壁が途切れたように見えた。
その向こう。街灯もない黒い一本道。
「……?」
瞬き。壁。
「疲れてんな」
ELF LINK MAPを再起動。
3秒。
《300m先、左折です》
「そう。それ」
この前大型更新したばかりだった。バグだろう。明日にでも営業所へ言っておこう。
車を出す。
ミラー越し。中央血液医療院。さらにその向こう。都市を貫く世界樹。
青白い光が、さっきより少し強く見えた。
「……まあいいか」
世界の異常より今は飯だ。
俺はアクセルを踏む。サキュバス食堂まで、あと4分。
今日の営業は、まだ始まったばかりだ。
3話同日更新予定です。
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