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第12話 教授、まだ成仏しないんですか

「教授、まだ成仏しないんですか」


「失礼だな君は」


 後部座席で、学生がリッチに言った。


 俺も少し気になった。


     ◇


 午後9時05分。

 迎車地点は中央魔術大学。


 客は2人。

 若い人間の大学院生。

 そして。


 骸骨。


 正確にはリッチ。

 黒いダブルのスーツ。


 眼窩には青い光。

 首から大学職員証。


《基礎魔術理論研究科 教授 オルフェン・ライゼ》


 リッチは珍しくない。

 大学では特に。


「中央学術会館まで」


「承知しました」


 発進。

 学生が資料の束を抱えている。


 教授は手ぶら。


「教授」


「何だ」


「さっきの話ですけど」


「退職はしない」


「何で」


「研究が終わっていない」


「何年やってるんです?」


「この研究か?」


「はい」


「84年」


 学生が天井を見る。


「俺、生まれてないですよ」


「知っている」


「俺のチームの指導教員も生まれてないですよ」


「知っている」


「その指導教員の教員は?」


「私だ」


「そうです、最低でも80年は素人質問ですがとか言って学会の参加者を絶望に叩き落としてます」


 それは怖い。


     ◇


「リッチって定年ないんです?」


 つい聞いた。


「大学による」


 教授が答える。


「本学は肉体年齢ではなく職務能力基準だ」


「じゃあずっと働ける?」


「審査に通れば」


「通ってるんです?」


 学生が言う。


「毎回」


「優秀なんですね」


「でなければリッチまで辿り着けん」


「自分で言うんだ」


「事実だ」


 リッチはアカデミアでも強い。


     ◇


「でも教授」


 学生が資料を出す。


「研究室、若手のラボが足りません」


「増築してただろう」


「落ちました」


「それはテーマが悪い」


「教授が128年間同じ部屋使ってるのも原因です」


「私の部屋だ」


「大学の部屋です」


「128年使えばほぼ私の部屋だ」


「不動産みたいなこと言わないでください」


 俺は笑いそうになる。


     ◇


 リッチは元々、死を超えて研究を続けた魔術師だ。

 昔は恐れられた。

 禁術。不死。死者。


 今も倫理的に揉めることはある。

 ただ、大学との相性はかなり良い。

 研究が長い。

 記録を忘れない。


 過去の論文を書いた本人がまだいる。

 歴史資料に、

《当時の研究者はこう考えていた》

 とか書くと、


《違う。私はそう考えていない》

 と本人から訂正が来る。


歴史学者泣かせらしい。


     ◇


「教授、年金は?」


 学生が聞いた。


「出ない」


「何で」


「受給開始条件が死亡後だった時代に制度加入した」


「リッチなのに?」


「だから改正訴訟を起こした」


「勝った?」


「勝った」


「じゃあ出る?」


「収入が高すぎて減額」


「意味ないじゃん」


「制度とはそういうものだ」


 達観している。


     ◇


「研究って何やってるんです?」


 俺が聞く。


「魔力循環の基礎理論」


「むずかしい」


「簡単に言えば」


 教授が少し考える。


「魔力が、どこから来て、どこへ行くか」


「それなら分かる」


「本当に?」


「言葉だけは」


「十分だ」


 学生が資料を見る。


「教授、世界樹の古い観測記録って、研究室にまだあります?」


「ある」


「何年前?」


「最古で620年前」


「本人が取った?」


「一部は」


「死なない生き字引きじゃないですか」


「探究が終わるまでは魂は死なぬ。古い友人も『勇者死すとも、救世は死せず』と言っていた。」


その人死んでるやん。こないだ没後500年展示が王立博物館でやってましたがな。


     ◇


「最近、根脈石の循環構造が変わってるって話、知ってます?」


 学生が聞いた。


「知っている」


 教授の返事が少し早かった。


「研究室でも調査を?」


「そうだ」


「何か分かりました?」


「まだ至らぬ。」


「珍しいですね。教授が『まだ』って言うの」


「すぐに分かったなどと早合点するのは識者ではなく愚者であろう。」


 正しい。

 子供の頃母ちゃんに全然わかってないじゃないと洗濯物干しに耳を洗濯バサミで挟まれた耳が疼く話だな。



「異常?」


「その言葉もまだ早い」


「でも違う?」


「違う」


 教授が窓を見る。

 遠くに世界樹。


「昔と同じではない」


 それだけ言った。


     ◇


 学生が少し黙る。


「教授」


「何だ」


「それ、論文テーマにしたらいけますかね?」


「無理だ、データが足りない」


「何年くらい必要だとお考えで?」


「最低20年」


「僕、卒業してます」


「良かったな」


「良くない!」


「次の学生がいる」


「そうやって84年続けてるんでしょう!」


「研究とはそういうものだ」


 学生が頭を抱える。

 人間は頭を抱えてもホールド感が少なさそうだな。


     ◇


 中央学術会館。

 到着。

 教授が降りる。


「ありがとうございました」


「運転手」


「はい」


「右前輪」


「え?」


「微振動がある」


 驚く。


「分かるんです?」


「死霊術師は振動に敏感だ」


「何で?」


「骨だから」


 そういうものか。


「もう整備したんですけど」


「なら経過観察だ」


「医者みたいですね」


「長く生きると大体のことは少し分かる」


 教授が歩いていく。

 学生も降りる。


「教授!」


「何だ」


「会館逆!」


 教授が止まる。


「……」


「長く生きても方向音痴治らないんですね」


「黙れ」


 俺は笑った。


     ◇


 空車。

 世界樹を見る。

 620年前の記録。


 昔と同じではない。

 でも異常と言うには早い。


「学者って大変だな」


 俺なら。

 変な道が出たら再起動。

 タイヤが変なら整備。

 客が乗れば運ぶ。


 そのくらいがちょうどいい。


『――YOBIより新規配車です』


「はいはい」


 仕事仕事。

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