第59話 チヨのカフェ、オープン! 前編
某県某市の人通りそこそこな某通りにて。
とある空き物件に、何人もの工事士と、スーツ姿にヘルメットを被った視察者二人がいた。
ナチュラルでゆったりとした雰囲気のある内装がほぼほぼ完成していて、視察者二人はその出来栄えにうなる。
「二週間後……もう間近になって来ましたわね。チヨさん」
「ですね。ロスイさん」
ここで一つ復習を入れるとしよう。
満月家の母、満月チヨの職業は現在、カフェ事業を展開する産まれて間もない新会社『ベーカリーカフェ・ミツキ』の社長。
そしてついさっき、彼女が呼んだロスイさん――飯島ロスイはその親会社、『満月コーポレーション』の社長だ。
どうして『満月』チヨの方が親会社の『満月』コーポレーションの社長じゃないのかは、紆余曲折ありすぎるのでここでは割愛する。
今二人の社長は、もうじき開店する『ベーカリーカフェ・ミツキ』の一号店に来ていたのだ。
「メニューの方も大方仕上げてあるそうね?」
「はい……少々不安要素のある物もありますけど……」
(あたしがパッと思いつきで考えた、パン耳を揚げたのとか(※第48話参照))
「何とかなるわよ。ほとんどうちの菓子商品をちょっといじった程度の物だから。コーヒーの方もバリスタさんに監修いただきましたし」
「は、はい……それと、もう一つ不安要素があるんですけど」
「何かしら?」
「オープニングスタッフが集まってるかどうかなんですけど……」
「それは大丈夫よ。きちんと前々からバイト求人サイトにも載せてるから」
「そうですか。それは安心ですね……」
と、チヨはホッとした。
しかし十三日後――ベーカリーカフェ・ミツキ一号店、オープン前日の土曜日。
「ごめんみんな、ちょっとお店の方、手伝ってくれない!?」
と、言って、チヨは自分の六人の娘達に頭を下げた。
マジナは尋ねる。
「お店ってあの母さんが経営することになったカフェだよね?」
「そうそう。全力でオープニングスタッフ集めたんだけど、なんだか求人サイトがバグってこちらに連絡が行かなくなってたみたいで……このままだとあたし一人で店を動かさないといけなくなるのよ」
サバキは言う。
「しかし自分たちには学業・部活があるし、その上校則には『一年生のアルバイトは長期休暇以外認めない』とある」
「それはバイトじゃなくてお家のお手伝いってことにして! あと、オープン初日だけでいいから!それ以降はロスイさんがどうにかするって言ってたから! ね、お願い!」
コーリン長女らしく率先して、
「よしわかった。一日だけだが、とことん母さんの手伝いをしてやらぁ!」
「ありがとうコーリン! して、みんなは?」
堂々とした先駆者のお陰で、他のみんなもOKを出す。
「ボクはするよ。お仕事できるならばっちこいだよ」
「私もしていいかな? カフェやる側にも興味があるからさ」
「アタシもするのじゃ! お母さんの頼みというなら喜んで引き受けるのじゃ!」
「ウチもいいかなぁ……予定もないし」
「みんなが言うんなら、断る道理はあるまい」
「よっし、みんなありがとう! じゃあ明日は頑張ろうね!」
ここでルシェヌはチヨに尋ねる。
「ところでベーカリーカフェってどういう意味なのかえ?」
「パン屋さんとカフェのかけ合わせだけど……今さら?」
*
翌日の午前五時――開店二時間前。満月家はベーカリーカフェ・ミツキ一号店で『支度』をしていた。
「カフェの朝は早い。今日の朝も眠気覚ましのコーヒーを求めて、サラリーマンが足を運んでいく……」
「なに窓に向かって話してんだピコリ。お前もパンを焼くの手伝え」
「はい、すみません。それっぽい語り入れようとしたウチが間違ってました」
ピコリが言った通り、カフェの朝は実際早い。掃除、料理の下準備等、やることが山積みなのだ。
特にここはベーカリーカフェを名乗っている以上、パンの準備は是が非でもおろそかに出来ない。
「おいマジナ、クロワッサンの方は焼きあがったか!?」
「三十個焼きあがった。次はクリームパンを焼くところさ」
「すまないマジナ殿、先にオールドファッションを焼かせてくれ! すぐ終わるから!」
「わかったよサバキ、じゃあルシェヌ。私とコーヒーバリスタの準備をするよ!」
「了解なのじゃ!」
故に満月家は揃ってこの狭い店の中で、わちゃわちゃと忙しくするのだった。
手順書をしっかり作っておいてよかった。と、チヨは場を仕切りながら思った。
コーリンはピコリに命令する。
「すまんピコリ、やっぱりお前は掃除行ってくれ。調理場はもうパンパンだからよ」
「え、掃除!? どこの!?」
「全部だよ全部、安心しろ、オレたちも仕事が片付き次第手伝うから」
「了解しました……」
せっかくだからウチもパン焼きたかった――若干飲み込めない感じを出しながらも、ピコリは入口から隅々までを掃除し始めた。
入口付近の整頓をしていたチヨは、そんな様子をガラス越しに見て微笑む。
(いやぁ本当助かるなぁ。なんだかんだ言いながら手伝ってくれて。なんだったらいつもこんな風にほのぼの普通に仲良くしてくれたらいい……)
そしてチヨは、さっきの感想を馬鹿馬鹿しく思った。
「ちょっと! 今稼働してるのウチだけじゃん! 何故にみんなオーブン前で棒立ちしてるの!」
「へー、こういう風に膨らむんだな」
「今まで散々食べてたのに意外と知らなかったとはねぇ」
「申し訳なかったな」
「後でボクも作り方教えてもらお」
「のじゃ!」
五人の目線を集めていたのは、オーブン内でジワジワと膨らむアップルパイだ。
満月コーポレーションのアップルパイ。それはサクサクかつしっとりとした程よい食感の生地、一口一口の均等さを重視し細切れにしたあまーいリンゴが運命共同体となった神秘の一品。
満月コーポレーションの前身となるお菓子屋からほぼほぼ変わらない味。ぜひ機会があればお楽しみくださいませ。
「仕事してよぉみんな! あと購入手段皆無な架空の商品の宣伝ねじ込まないでくださいよ地の文さぁん!」
今現在、一人で店内の清掃をしているピコリを見て、チヨは彼女に同情する。
「……切実ね、ピコリ」
*
午前六時――開店一時間前。
「ちょっとコーリン姉さぁん。何かウチだけで掃除させられてるような気がするんだけどー!」
「わかったわかった。マジナ、後のパン焼きは任せた! オレは掃除に入るから!」
開店準備もいよいよ大詰め、棚にはある程度のパンが並び、掃除もどんどん進んでいく。
(みんなよくやってるね、あんな早朝に起こして働かせてるっていうのにこんなにも頑張ってくれて……)
そして、
「よし、朝分のパンは出来上がったよ、母さん」
「掃除もピッカピカにしてやったぜ!」
前準備が終わり、後は開店を待つのみとなった。
「うんうん、よくやったわね」
「ああもう疲れたー、この店の七割掃除させられたんですけどー」
「お疲れ様、ピコリ。それとみんな、じゃあ最後に、もう一つだけ準備する事があるんだけど……」
「なになに、一体何をするのじゃ、母さん?」
「接客よ」
という訳で娘六人は声を揃えて、
「「「「「「いらっしゃいませ! ありがとうございます! ごゆっくりどうぞ!」」」」」」
接客練習をした。
「カフェっていうのは接客命だからね。言葉遣いとか注意しないと評判だだ下がりになるからね。特にコーリン、サバキ、ルシェヌはね」
「え、オレ? サバキはどことなく高圧的で、ルシェヌはジジババみたいな口調だから直すのはわかるがオレもか?」
「コーリン殿の喋りは基本ぶっきらぼうだからな。ここはラーメン屋や居酒屋みたいな、体育会系の店じゃないから直さないといけないと思うぞ」
「なのじゃだぞ、コーリン」
「ルシェヌ、それはあなたが言っていい台詞じゃない」
「とにかく、お客様に当たり障りのない接客をしてね」
「「「「「「はい」」」」」」
時計は今、六時五十五分――開店五分前を示していた。
六人は持ち場につき、その時を待った。
ピコリはつぶやく。
「カフェのお仕事って結構疲れるんだね。ラビットハウスもこんだけ苦労して仕事してるのかなぁ?
喫茶リコリコは別業が忙しいことは知ってるけど」
それをサバキが拾って言う。
「ラビットハウスもリコリコも何なのかは全く知らんが、とにかく喫茶店仕事は楽じゃないのは自分も同感だな」
そしてカフェ内に取り付けられた、木目調の時計の短い針は、ピッタリ七時を指す。
「「「「「「「いらっしゃいませ!!!!!!」」」」」」」
満月家は早速、揃って元気よく挨拶した。
【続く】




