第60話 チヨのカフェ、オープン! 後編
とある日曜日の朝、満月家はカフェにいた。客としてではない、店員としてである。
「……客来ねぇな」
「そうね……」
今日はチヨの会社『ベーカリーカフェ・ミツキ』の一号店の開店日。
諸々事情があって満月姉妹はオープニングスタッフになり、早朝から大急ぎで準備をした……のだが、客が来る気配がまるでない。
故に約三十分。満月家は、従業員スペースで暇を持て余していた。
「ふぁ~あ、これじゃあ早朝から準備した意味がまるでないのじゃ」
「ボクたち頑張ってパン焼いたのにね。誰も来ないなんておかしいね」
「そうだね。おかげでヒマでヒマでしょうがないよ……あ、そうだ、ピコリ。君確か映画観に行ったって言ってたよね」
「うん。観に行ったけどそれがどうしたの、マジナ姉さん?」
「そこでさ、なんか面白い話とか起きなかったの」
「いや、全然。左隣のおばさんの独り言が癪に触っただけで……あと、普通に映画が面白かったことぐらいしか……」
「ほら、そこ、そこが君の悪いところだよ。ピコリは肝心な所で大きなアクション起こせないから読者人気がなくて、『ピコリが映画館に行く回』を作って貰えなかったんだよ。わかるかい?」
「メタくてイタいこと言うなぁマジナ姉さん! だってしょうがないじゃん、ウチらの作者が実際に映画館行ったけど、ほんとそれぐらいしかネタが得られなかったんだもの!」
「はいはい静かにー、マジナとピコリ。今お客様が来たら悪印象でしょー」
「わかってるよ、母さん。もうかれこれ開店してから三十分経ってるけど、客足がまるで向いてこないのもわかってるよ」
「ほんとそれね。位置的にも悪くない物件とったつもりなのに」
「あーあ、社長でも予想外な暇とはこれは大変だ。じゃあせっかくだから私、ここのコーヒーの味をお確かめしちゃおう」
「どのお客さんよりも早く売り物飲まないでよマジナ……お!?」
ここでチリンチリンと、客が来たことを意味するベルが鳴った。
すかさず満月家は、これに反応して、
「「「「「「「いらっしゃいませー!!!!!!」」」」」」」
過剰ともいえるほど、元気よく挨拶した。
「威勢がいいわね。家族そろって」
と、入店したロスイは苦笑しながら言った。
「ああ、ロスイさんですか。改めていらっしゃいませ!」
「そこまで対応しなくていいわよ、チヨさん。ちょっと様子を見に寄っただけだから。こんなに丁寧過ぎる接客されると、逆に申し訳なくなって帰りたくなっちゃうでしょ?」
「そうですね、すみません。ですが、あたしはロスイさんのお陰でこの店を建てることができた。っていう恩がありますので、娘一同全力で対応させていただきます」
「スケジュールが立て込んでるからあと五分で他行くんだけどね……」
「あ、そうですか」
「けどその前に一つ報告。明日からは別事業のスタッフさんを援軍として呼ぶことにしたから。今日みたいに家族営業になることはないわよ。
あと、求人サイトも無事正常に動くようになって、何人か応募者が来てるわ」
「そうですか。ありがとうございます」
ロスイはパンの棚からアップルパイを一つ手に取り、サバキのいるレジに、代金と共に置いて、
「では、後は任せたわ」
「はい、ありがとうございました」
サバキからアップルパイを受け取って店を去った。
「お客様第一号が親会社の社長って……しまんないなぁ」
その後に、チヨはこうぼやいた。
午前十時。外の人通りも多くなり、昼に近づいて来た時間帯。
早朝の勢いの無さはどこへやら、満月コーポレーションのブランドに引かれ、ポツポツと客がやってきた。
「やっとこさカフェらしくなってきたね。よし、時間帯も時間帯だし、ピコリ、パンの路上販売お願い!」
「え、路上販売!?」
「そう、路上販売。ほら、よく見るでしょ? カフェの店先でコーヒー豆とか売ってるあれ。あれを一番愛想よさそうなピコリに任せたいんだけど、どうかな?」
「あー、そういう人事配置ね、バッチこーい!
そこでパンを売ればいいんだね?」
「うんそう、とりあえず呼びに来るまでやってて」
かくてピコリは店先に出て、パンの路上販売を始めた。
「うわっ、地味にあつ〜! ヤバい、朝方寒かったからヒートテック着てきたの失敗したわこれ……」
ピコリのしょうもない愚痴はさておき、店内にいるコーリンはあることに気づいた。
「みんなコーヒー一杯ですげぇ時間いれるよな。
オレは絶対無理だな。前いた世界で茶会してた時、やたらめったらよそよそしく淹れた茶を、我慢の限界だって感じでガーって飲んでザーって帰ろうとしたら、親父にメチャクチャ怒られたことあるし」
マジナはコーリンに告げる。
「とにかくゆっくりする。それがカフェの利用客の主なやることなんだよ。姉御」
「にしては長居が過ぎねぇか? 特にあのノートパソコンのおっさん。コーヒー一杯だけ頼んで二時間ぐらい居座ってる気がするぞ」
「でもまぁ、コーヒー注文してくれたんだし。あまり混んでいる訳でもないから、ここは大目に見てあげなよ」
「そうかぁ……でもカフェマニアのマジナが言うんだからそうしておくか」
その後、大目に見てもらったおっさんは、仕事をやり切ったような顔をして、ノートパソコンを畳んで店を去ってくれた。
これを見てコーリンは、
「ありがとうございました!」
と、口で言って、
(お疲れ様、だぞ)
と、心の中でねぎらった。
正午。カフェの仕事をする上で避けては通れない苦難、『ランチタイム』の時間である。
「はい、四三〇円になります。ごゆっくりどうぞ」
「お待たせしました、ストロベリーワッフルセットです!」
「ありがとございましたー」
接客班――コーリン、マジナ、サバキは押し寄せる客を次々と対応し、
「調理班、アップルパイの増産お願いなのじゃー!」
「はいはい、急ぐよ」
「うん、わかった」
「イエス、ルシェヌ様」
調理班――チヨ、ユノスとアザレア、ルシェヌは大急ぎでパンの追加増産を行い、
「すっごい蒸し蒸しするー。やっぱヒートテックじゃなくてエアリズム着てくればよかった。そもそも、しっかり天気予報見てればよかった……」
ピコリは店先で暑がっていた。
総じてみんな、ゆったりとした空気の流れる『ベーカリーカフェ・ミツキ』で、それとは真逆の忙しい時間を送っていた。
そこに一人の客がやってきた。
その客は、やや季節はずれな、色あせた厚手のブルゾンを羽織る、不衛生な雰囲気の老人だった。
「「「いらっしゃいませー」」」
何となくおかしな客と思いながらも、コーリン、マジナ、サバキは普通に挨拶する。
老人は店内を見渡した後、パンもコーヒーも買わず、ウォーターサーバーとパンを温める用の電子レンジに近い席に荷物を置く。
そして老人は紙コップ五つに水を注ぎ、それを電子レンジに入れ、最大火力、最大時間で温める。
その待ち時間、老人はおもむろにカップ麺を取り出した。
レジに立っているサバキはそれの一部始終をしかと見ていた。故にコーリンとマジナを呼び出して、
「見ろ。あの客、ベーカリーカフェでカップ麺を食うつもりだ」
「マジかよ、パン食えよパン」
「あー、わりといるんだよね、ああいう迷惑客。 水だけ頼んで後は自分が持ってきたお菓子を食べる客とか。
けどああやって貧乏くさくカップ麺食べる客は初めてみたなぁ」
「とにかく。迷惑なのは確かだよな。ならサバキ、いっぺん注意に行って来い」
「了解」
ルール違反の注意はサバキの十八番だ。
電子レンジでぬるま湯が出来るのを今か今かと待つ老人に、キビキビと歩いていく。
「すみません。当店で販売している物以外の飲食はご遠慮ください」
すると老人は舌打ちして、
「俺ぁ腹が減ってるの。貴様は俺に飢え死ねとでも言いたいんか」
「ですが、こちらはベーカリーカフェなので、カップ麺以外の物を召し上がってください」
「こちらは金がないの。今持ち合わせ五十三円しかないの。それで安くても八十円するパンを買わせる気か? それとも殺す気ですか?」
抵抗を続ける老人の迷惑っぷりに、怒り心頭なコーリンとマジナがやって来る。
まずはコーリン、
「悪いですが、ここでお客様をお客様と呼ぶには、お客様がルールを守れることが絶対条件なので、それが守れないようなら、直ちにお帰りください」
「あなた『お客様は神様』ってことわざ知ってますか。こっちはわざわざこのちんけな店に来てやってるんだから、きっちり丁寧にもてなしてください」
続いてマジナ、
「それと『盗人猛々しい』っていうことわざを知っていますか。
いや、そもそもお客様は何も頼んでいませんよね、お客様っていうのは何かを頼んでから初めてお客様になりますから。
今のあなたはお客様として、対応できませんよぉ?」
とことん追い詰められた老人は、カップ麺や温め最中の水を残し、カバンを持って、
「こんな店すぐに潰れるからな!」
と、捨て台詞を吐いて、ベーカリーカフェ・ミツキから出て行った。
それからランチタイムが過ぎた後、客足は普通のカフェ程度にまで落ち着いた。
それに比例して、満月家の仕事もだいぶ少なくなってきた。
*
そして、閉店時間間際の午後七時五十分
「ふぅ……やり切ったわね」
「だな」
「なのじゃ」
「それじゃあ、あとはちょっとずつ掃除を進めて終わりね」
満月家は余力をふり絞り、掃除を開始する。
その間、チヨは必要最低限にまで照明を落としたために暗くなった店と、姉妹五人の頑張りを見て思う。
(みんな貴重な日曜日なのに迷惑かけてごめんね。
けど、あたし個人の話だけだけど、これで、この店を開けて、ようやく社長として相応しくなれた気がするんだよね。
だから、ありがとう、みんな)
しかし、ここで社長チヨに厄災めいた試練が、チリンチリンというドアの開く音をファンファーレ代わりにして訪れる。
昼間の不衛生な老人と、それと同じベクトルな三人の老人が入店してきた。
「おっと、だいぶ滑り込んだね。ここは私が対応するよ」
と、チヨに小声で言っておき、マジナはレジへ入る。
「いらっしゃいませ。ご注文は……」
老人たちは何も言わず、棚からミニバケット――ベーカリー・カフェで一番安い商品――を一個づつ置く。ついでに代金も置く。
「はい、ありがとうございました」
表面上は気持ちよく礼をするマジナを尻目に、老人たちはど真ん中の席に座った。
それから彼らはスポーツ新聞をテーブルクロスのように広げて、
「あの騎手絶対手ぇ抜いて走った!」
「あの店員、店の裏で機械いじってハズしてる!」
「息子だ孫だいって金をケチケチ溜めてるジジイババアよりも、社会にお金を回しているオレたちみたいな年寄りを敬うべきだ」
などなどの、低俗な話を、店内のBGMをかき消すぐらいの声量でし続けた。
ただしこれらはまだ序の口。本当の迷惑は八時を過ぎてからだった。
「あのおじいちゃんたち、まだ喋ってるね」
「そうじゃなユノス。もう閉店時間をとっくに過ぎているのじゃが……」
老人四人は閉店時間の八時を十分以上オーバーしながらも、ガヤガヤと話していたのだ。
これの対策のため、コーリン、マジナ、サバキ、チヨは調理場の奥で作戦会議を開いた。
「黒幕はあのブルゾンのおじいさんだよきっと。
昼に、アイツここでカップ麺食べようとしたから私と姉御で叱りつけたんだ。『ここはパンを買った人がいるところだ』って。
だから今その八つ当たりに来てるんだよきっと」
「だからずっとパンを一切食べないでがなり立ててるんだな。『俺たちはパンを食べている客だぞー。ほら、閉店できないだろ!?』って屁理屈を通すために」
「ほんと最悪、開店初日からこんなカスハラ食らうなんて……どうしよう、もう電気消し始めて、ウィーンって掃除機掛けちゃって、促してみよっか?」
「自分は……そもそも奴らへの敵対行動全てが逆効果と思う。
ああいう自分が考えた理屈以外を金輪際認めない輩は、他人に理屈を押し付けられると、どんなに醜く卑しく愚かで悪どい反抗だってする。たとえ警察が来ようともな」
「あー、そういう話あたしも接客マニュアル読んでた時に見た。
お巡りさんにいくら注意されても動かないし、無理やり追い出そうとしたら暴れて備品壊されたって。
けどもうそれしか方法ないから、警察呼ぶねあたし」
「おっと待ちな、母さん。今日はこの店に誰がいると思ってるんだ?」
と、コーリンは自信満々な顔を、自分で指さした。
「コーリン、まさかあなた……」
「心配すんなって! オレには考えがある……」
*
数分後。
「確かに車の信号は青になってたんだけどよー、その運転手のやつ車のインターホンをブーって鳴らしやがったんだ! こっちが注意払って車道渡ってるってのによ! もううるさいったらありゃしない!」
「あはは、そりゃひどい話だね。最近の若いもんは歩行者優先ってのを教習所で習わなかったのかねぇ」
閉店したはずの店で、四人は相変わらず帰る素振りを見せなかった。
その時、店の電気がいくつか消え、姉妹たちが掃除機をかけて清掃の仕上げを始めた。
「気にすんなみんな。どうせ帰れって言えない臆病の催促だからよ」
「あはは、きちんと『帰ってくれ』って口で言えば帰ってやるかもしれないのによ! あはは!」
「ま、『かも』だけど! ギャハハハ!」
「失礼します。こちらブレンドコーヒーMサイズです」
絶賛八つ当たりの在店中の老人四人のテーブルに、コーリンはコーヒー四杯を勝手に置いた。
今朝はあんなひどいことしたのに、今度は急にどんな風の吹き回しだ?
と、老人たちが不思議に思った矢先、今度はマジナがやってきて、
「季節限定メニュー、モンブラン四つになります。どうぞごゆっくり」
さらにはモンブラン――ベーカリーカフェ・ミツキでは高額な部類に入るメニュー――までよこしてくれた。
「何だ。本当はいい店じゃないか」
「そうだな。閉店時間過ぎているというのにワシらを居させてくれるだけでなく、頼んでもないモノまでくれるんだからな」
「あはは、こりゃ一杯食わされたのう」
老人たちの内三人は、満月家の突然の手のひら返しに喜び、コーヒーやモンブランを口にする。
しかし今日の昼にやられた老人はまだ怒っていた。
「……ちっ、つくづくムカつく。そんな訳がない。こいつらきっと何か考えているんだ! このお茶とモランボンに毒でも入れているんだ!」
怒れる老人は疑心暗鬼になり、周りにいる店員――今回はたまたま近くにいたサバキを睨む。
と、サバキはニッコリと笑って、スタスタと調理場へ引っ込み、
「おしぼりです。どうぞ」
ニッコリ笑ったまま、おしぼりを差し出した。
「お、おう……」
拒否するための筋が通った理由が全く見当たらない……老人は、それをすんなり受け取った。
それから老人たちは、温かいスマイルをした状態で次なる接客をしようとしている満月家に囲まれ、申し訳無さすら感じてしまって……
「……おじゃましました」
ベーカリーカフェ・ミツキから退店した――自分たちの負けを認めた。
するとマジナは店の出入口をロックして、
「はいー、またのお越しはお待ちしていませーん。君たち全員出禁でーす!」
と、ドアのガラスに向き合って嫌味っぽく言ってのけた。
チヨは、ガッツリとガッツポーズをしてコーリンを褒める。
「『丁寧過ぎる接客されると、逆に申し訳なくなって帰りたくなっちゃう』――ロスイさんが言ってたことを上手く使っておいだせたね……やったね、コーリン」
コーリンは営業スマイルから照れ笑いに移行して、
「あの社長そんなこと言ってたんだな。ぼけーっと聞いてた。
ちなみに今のは、前の世界で『よそよそしくされすぎると逆にイラつく』って思った方を使ったんだ。
ま、どちらにしてもいい作戦だったぜ。ちょうど処分寸前のコーヒーとケーキも有効活用できたしよ、よかったよかった」
「全くよくないぃぃぃ……!」
と、満身創痍のピコリが、店先のガラスに張り付きながら叫んだ。
チヨたちは急ぎ、ピコリを店内に救出した。
「誰も『中入っていい』って呼びに来ないから、もうずっと外立ってたんだけどウチ……
挙句の果てに後半から、通りかかった人に『頑張ってくださいね』って意味で商品買ってもらっちゃって……完売しました」
「ごめんごめん。てっきりピコリサイドから戻ってきてくれるだろうと思っちゃった……おつかれさまピコリ。他のみんなが掃除完了させるまで邪魔にならないところでゆっくりしてて」
「あ、ありがと。いやー、また朝みたいに七割掃除させられなくてよかったー」
そして、掃除が完了した頃、チヨは余ったパンを抱えて、
「じゃあ、今日の晩御飯はこれね」
「「「「「「はい」」」」」」
六人の娘たちと共に、ベーカリーカフェ・ミツキ第一号店を後にした。
「いやぁ、色々と驚かされたよ。いつも私が利用していたカフェが、こんな風に動いていたなんてね」
「然り。様々な意味でいい経験だったな」
「それはそれとして……うう、まだ夜は冷えるぜ」
「ピコリお姉ちゃんごめんね。ボクがもっと気を使ってお仕事してれば、こんな寒い中で立ちっぱなしになることなかったはずなのに」
「あ、寒さに関しては大丈夫。ウチ、ヒートテック着てたから」
【完】




