第196話 第2回満月のメリークリスマス・買い出し編
冬休み中のある日の夜、ピコリは、リビングに掛けられているカレンダーを見つめていた。
特に、十二月二十五日のマスに焦点を向けている。
「おい、何してるんだピコリ」
「うおっ、ビクッたあ!」
振り向くと、コーリンが後ろに立っていた。
「ビクッたのはわかるんだよ。その前に何してたんだよピコリ?」
「失礼失礼。カレンダー見てたんだ、そろそろクリスマスだってね」
「クリスマスぅ?」
「そ。クリスマス……あ、クリスマスはご存知?」
「知ってるぞ。切支丹の祭りだろ?」
「いやそれ一年前のボケ(※第12話参照)じゃん」
「ボケてないぞ。江戸時代の禁教令でもれなく禁止されていたが、例外として長崎のオランダ商館の関係者がオランダ正月という名称で行っていた祭りだろ?」
「ちゃんと一年の進歩があったね!?」
ここにネロアもやって来る。
「ちなみに、キリストの誕生を祝う日とされていますが、キリストの本当の誕生日はわかっていませんよ」
「でもって別軸で詳しい人もいるという!?」
ピコリは家族に本題を切り出す。
「というわけで、今年も家族でクリスマスパーティーをやりたいんですよ、シーズンの一区切りを楽しく締めたいからさ。この後全員に聞くつもりだけど?」
まずコーリンが堂々と答える。
「オレにいちいち聞くな! あんだけ面白かったんだから、やるに決まってるだろ!」
続いてネロア。
「僕も是非! この家に来てから初めてのイベント、成功させてみせます!」
そしてチヨが言った。
「あたしも、前以上のボリュームになるように応援するね!」
「ありがとう、みん……ってか、母さん!?」
ピコリは目を見開き、三センチほど浮いて、また着地した。
「……驚かせちゃった? ごめんねピコリ。多分、今年もサプライズでやろうとしてたってのに……」
「……はい、認めます」
「供述みたいな答え方しないでよピコリ」
百式高校が冬休みに入った頃から、チヨの脳裏にはある確信が居座っていた。
(今年も絶対にあの子たち、クリスマスパーティーやろうとするだろうなあ)
それと同時に、チヨは去年のややグダグダ模様を振り返った。
飾り付けは緊急で間に合わせたために、あまり本格的ではない。
ケーキは六人で思い思いのデコレーションをしたものだから、見た目が不気味だった。
自分にだって否はある。
六人にイルミネーションのクリスマスツリーを見せて、その後どこかのレストランに外食に行こうと考えていた。
ただし、そのレストランの予約などはしていなかった。
その場で姉妹たちと協議すればいっか。と、考えていたのだが……もしいざ店に入って数時間待ちになったり、待機用の椅子ではなく、店先の冬空の下で立って凍えることになってしまったら……今思い返すと、自分も不気味な思考回路をしていた。
今日もそうした後悔をうっすらしていたところ、何やらピコリが動き出した気配をなんとなく察知し、コーリンの背後に忍び寄っていたのだ。
「して、そこの反省を含めて、今年はあたしも少々企画に参加します。じゃあ百聞は一見にしかずってことで、これをどうぞ」
チヨはピコリに茶封筒を渡す。中にはなんと千円札が二十枚も。
「これを予算にして、去年以上にいいパーティーにしてね。もちろんレシートと残りは返してよ」
「は、はい……ありがとう、母さん!」
「ありがと!」
「ありがとうございます!」
すかさず、ピコリたち三人は、母親に深々と頭を下げた。
この二万円の額の大きさだけでなく、自分たち娘にクリスマスパーティーの計画を一任してくれたことに、三人はとにかく感謝する。
「それじゃあ、二十五日までに頑張ってね」
「はい!」
「おう!」
「了解!」
十二月二十三日。
この日の夜より、満月姉妹たちのプロジェクト・メリー・クリスマスが始動したのだった。
「……あの、皆さん。ここであまり関係のない質問をしてもよろしいでしょうか?」
「うんいいよ、ネロア。なした?」
「気のせいかもしれませんけど、冬休みに入ってから今日まで、ものすごく日数を感じた気がしませんか?」
コーリンもそう言われて気づく。
「そうだな。なんか冬休みなげーなと思ってきた……まあ、あるだけ嬉しいんだけど」
一方のチヨは首を傾げて、
「あたしはいつも通り仕事だったから実感ないけど、そうだったの?」
ピコリは至極居心地が悪そうに、苦笑いして見せる。
「ま、まあ、確かにクリスマス本番になるまで結構な話数重ねてきたけど。ほら、あれだよ、インクレディブル・ハルクとアイアンマン2とマイティ・ソーが一週間以内に起こってたみたいなものだよ。
それかZの頃の劇場版みたいに、ビヨンビヨンするタイプの時間軸……とか?」
*
二十四日は姉妹全員で膝を突き合わせて、パーティーの大まかな内容を決めて、あとは各々いつも通り自由に過ごした。
二十五日。
お目当てのショッピングモールの開店時間、満月姉妹十人がここにいて、店員がバリケードを開く音をしかと聞いた。
「じゃあ手筈通りに、これから分かれて買い物するぞ!」
食材班:ワノ、イバラ、ルシェヌ
百均班:マジナ、ユノス、ネロア
家具班:コーリン、サバキ、ピコリ、トツカ
満月姉妹はこの三チームに分かれて、モールの各地へと散った。
まず、食材班はスーパーマーケットのフロア内にある、肉売り場に行く。
パーティーの要となる料理は、言わずもがなフライドかローストのチキン。
専門店に割高料金を払って頼ることは甘え。
そう昨日の会議で断じて見せた満月家の鉄人、イバラは、それを自作するための食材を、ラップ越しに鋭い視線を向け、無言で見定める。
「……別にどれでもいいじゃろうが」
その姿をルシェヌは隣から茶化してくる。
さらに、
「この鶏肉なら百円くらい安いっスよ?」
ワノまでもが電卓を叩くような動きで、無関係の商品を指して冷やかしてくる。
彼女が指すのは、肉売り場の冷ケースの端に追いやられた、鶏ささみ三枚パック(二割引きシール付き)。
鶏肉と言えば鶏肉だが、クリスマスならムネかモモだと相場が決まっている。
ワノはかつて異世界でスーパーを経営していたため、その違いくらいはわかるはずだが……どこまで予算を浮かせたいというのだろうか。しかも、レシートとお釣りを返すとチヨから言われているというのに。
イバラは長文を喋りたくないので、この一言だけを残す。
「つくるのは……わたし……」
そしてムネ肉が三枚入ったファミリーパックを二つ、カートに入れた。
「はいはい、それは失敬しましたっス」
次に食材班が向かったのは、野菜売り場。
ブロッコリー二房、ミニトマト一パック、それからジャガイモを二袋カゴに入れた。
「えー、せっかくのパーティなのに野菜も食わんといかんのかえー」
ルシェヌが苦そうな顔をしている横で、ワノがまた茶々を入れてくる。
「あれ、こっちは安い方買うんスね」
一個九十八円の大粒のジャガイモを指すワノに対して、イバラはカゴにある袋を持ち上げる。そこには軽く土を纏う小さいジャガイモがいくつもあった。
「つぶせばいっしょ……これはかわもいける……」
「ふうん。なあんだ、何でもかんでも高くて質のいいものにしてるのかと思ったっス」
「ごうりてきに……かいだししてる……だけ……!」
目には目を、歯には歯を、嫌味には銃弾を。
イバラはどこからともなく銃を取り出し、ワノの眉間につきつ……
「おいこら! 聖なる一日にそんな物騒なモンだすんじゃないっスよ!」
「はっ……ご、ごめん……」
……ける寸前に、フッと風に吹かれた煙のように消した。
「全く、荒っぽいコックじゃのう! フフフ……あいたのじゃっ!」
代わりにルシェヌの頭をポカンと軽めに(※イバラ基準)殴って、憂さ晴らしした。
この後も一行はあちこちで必要物を集めていく。
飲み物売り場でベタなジュースとシャンパンを取った。
「おーいイバラやーい、このマスカットが書かれてるヤツのほうが美味しそうじゃぞー! これも取っていかんかえー!?」
「それアルコール……かんべんして……」
流れで近くにあったチルド食品の売り場にも寄り、ピザ三枚をカゴに入れる。
「あ、ピザは素直に既製品買うんスね? イバラならグワングワン生地回すとこからやると思ったんスけど」
「いくらなんでも……おねえちゃんたちが……やるぶんもかんがえて……」
「そうっスね。本格イタリアンは流石にアタイらも無理っスもんね……あれ?」
イバラはこれ以上は何も言わず、ガタガタ音を鳴らしながらカートを前進させた。
その後ろで、ワノは帰宅後に待ち受ける仕事に対して、吸血鬼のため元々青白い顔を、さらに青白くするのだった。
*
一方その頃。
とても一テナントとは思えない広さを誇る、百円ショップにて。
マジナ、ユノス、ネロアの三人――百均班は季節商品の吊り看板の下にいた。
食卓の雰囲気を彩る紙皿や、貼って剥がせるウォールステッカーに、金文字のアルファベットバルーン、それから……
「サンタとトナカイの比率は五対五でいいかい? 二人とも」
「うん、どうせみんな適当に着けると思うもん」
「一対一になるので、アリだと思います」
「だね。あ、お母さんの分はどうしよう……」
「都合よく雪の結晶みたいなティアラカチューシャがあります」
「じゃあそれで決定だ!」
パーティームードを解き放つためのカチューシャもカゴに入れた。
ネロアは底面が見えなくなったカゴを一瞥してつぶやく。
「まだ来て五分ですのに、もうこんなに充実するとは……やはり恐ろしいです、百円ショップは」
マジナは無造作に詰め込まれていたカゴの中身を軽く整える。
「これもう姉御たちが買うものあるかな?」
「いいや、まだボクたち側で買っておいたほうがいいものがあるよ」
ユノスは二、三歩進み、離れ小島のようになった大きな棚を前にする。
クリスマスの代名詞の一つ、ツリーを飾るためのオーナメントだ。
「そうだそうだ。クリスマスツリーはあちらで調達すると言ってたね」
マジナは最下段に置かれていた、五百円ほどのミニツリーを何となく撫でる。
「家具屋にもオーナメントはあるようですが、こっちのほうが種類が豊富らしいですからね」
そう言いながら、ネロアは十二支が描かれた紙オーナメントセットに触れる。
ユノスは顎に手を置き、この棚を何度もZ字に視線を流し、じっくりと吟味する。
その横からマジナは棚の奥から発掘した商品をユノスの鼻先に突き出した。
「これとかいいんじゃないかな?」
それは中に電光が仕込まれた丸いオーナメント×三だった。電池が持つ限り七色に光るという。
ユノスはそれに対して首を傾げた。
「うーん、これは派手すぎるからボツ」
「えー、だからこそいいんじゃないか?」
「これだけ光ってるのも違和感が出るもん」
「じ……」
「じゃあこれをたくさん。って言うのもダメだよ。他のオーナメントが霞むもんね」
「そうかいそうかい。わかったよ」
マジナは頬を膨らませて、電光オーナメントを元あった場所に戻した。
「じゃあこっちはどうかな!?」
それと入れ替わりで、マジナはキンキラの火花のようなモール装飾のオーナメントを見せた。
「これもあんまり好きじゃないかな、ボク」
「何でさ。金色だって立派なクリスマスカラーだろうに」
「そのモサモサしているのがイマイチ。白か銀だったらまだわかるけど、金色のそれはただキラキラさせたいだけに見えるから……」
マジナは思い切り眉をひそめる。
「は……ねえユノス、君、注文が多すぎないかな?」
その後ろにいたネロアも、ジンジャーブレッドのオーナメントを抱えて言う。
「そうですよユノスお姉さん。なるべくみんなの意見を尊重して決めましょうよ」
ユノスは両手のひらを二人へ開けて反論する。
「ネロア、それはわかってる。別にボクがクリスマスツリーのデザインを総指揮しているわけじゃないからね。
ボクが言いたいのは、マジナお姉ちゃんが何でもかんでも光らせすぎってことと……」
「オイオイそれは君の勝手なイメージだろう。別に私はそういう癖ないよ? フルアートだったり金色のカードなんて使わないし」
「まあまあ、大人しく聞いておきましょう、お姉さん」
「……今持ってるものについては、僕たちでも細かく作れるよねって思ってたの」
「はい?」
マジナとネロアは、ユノスの示す先……この棚を越えた先の、『手芸用品』の吊り看板を見上げた。
「そういうモフモフ系の飾りなら、本当のパーティーモールを買って球状にすれば作れると思うよ?」
「は、はあ……」
「あとネロアが持ってるジンジャーブレッドも、厚紙とかで描けば作れるもん」
「おお、それは心強いですね! 流石は新人漫画家です!」
嬉しそうにジンジャーブレッドのオーナメントを戻すネロア。
その隣にいるマジナは、まだ対抗心を燃やしていた。
理由は特にない。強いて言うならば、百均のオーナメントを買うだけで二度も否定を食らったことで、マジナの中に元々あった反骨心が暴発したと言うべきか。
「けど既製品なら必ずバランスのいい形になるから、こっちの方がいいんじゃないかな?」
「慎重に作れば大丈夫だと思うもん。少し歪んでもそれはそれで味とすればいいもんね」
「いやいや、そう言って凝り出すと止まらないのが君じゃないか」
「それはそうかも。けど、簡単な作り方をいくつか思いついてるから、あとは実際にちょちょいと調整して……」
「ここは素直にこれを買おうよ。銀色のでもいいからさ……」
五分後。
「そもそも手作りにこだわる必要があるのかい? 母さんが芸術点で評価をしてきたり、そこまでカッチリ準備しなきゃいけないわけでもないからさ」
「例えば、ここにない白モフモフのオーナメントも作れるよ? ジンジャーブレッドもオリジナルの人形を作ってみたりして……その方が賑やかになるもんね」
「君はそれでいいのかい? 結構な量の制作お仕事を担うことになるけど?」
「大歓迎だよ。まあ、全部ボク一人っていうわけではなく、他のお手すきの誰かにもお願いするつもりだけどね」
さらに五分後。
「やっぱりもう出来上がってるものにしようよ、ネロア! こっちのほうが色々楽だって! ほら、この光るヤツは工作じゃ無理だろうしさあ!」
「けど自分で作ったほうが楽しいでしょ! こういうお祭りごとにおいて、大勢の人たちの喜びは、さらに大勢の人たちの血と汗と涙で成り立ってるんだもん!」
「けど何を無理やり手作りにしなくたっていいじゃないか、ユノス! しかも百均だから予算もそんなに……」
「けどマジナお姉ちゃんが持ってるその電光のもの、三百円になってるよ?」
うんざりするほど五分後……
「もういい、これについては私が自腹を切る!」
「けどいいの? 今日飾ったらすぐに来年までお預けになっちゃうよ?」
「……現実的なアドバイスありがとう、ユノス。けどねえ……」
ああ……
「どうしてそのまん丸のヤツだけは既製品を買うのに、このモールはダメなのかい!?」
「この光沢感を出すには、専門的なところに行ってお高めの塗料を用意しなきゃいけないんだもん!」
「そこは頼るんだったらこの金色のモフモフもご一緒に……!」
「だから金色モールは自己主張が強くなりそうだから……!」
約二十分に渡り舌戦を繰り広げた二人の行く末は、同時にそれぞれの背後へのけぞることだった。
その間に、ネロアがおもちゃの剣を凄まじい殺気とともに突き出したためである。
「たかが聖樹の星飾り如きで永劫に近い刻まで、些細な息吹と言霊に費やしてはならぬ……マジナ姉上、ユノス姉上ッ!」
「は、はいよ……」
「ご、ごめん……」
二人の姉は肩をすくめて、うなだれた。すっかり鎮火したようだ。
「はい、それでは買い物を続けましょうか」
と、ネロアは満面の笑みで告げると、一行は自作不可のオーナメントをカゴに入れて、手芸用品売り場を目指す。
マジナとユノスは幽霊のように力無さそうについていく。なお、ネロアが召喚できるのはスケルトンタイプのモンスターだ。
その道中、二人は様々な種類のガーランドを横目に捉えた。
「……これは、どうするんだい?」
「……もういいよ、頼るよ」
ここからも商品を一つ取って、カゴに入れた。
「あとすみません、この剣戻してきてもいいですか?」
「いいとも、ネロア」
「欲しければカゴに入れてもいいよ?」
「いいですよ。実剣持ってますから。公共の場では抜けないので、代わりにこれを持ってきてましたが」
【続く】




