第195話 双凄の主従 イルル=アザレア
十二月下旬のある日。
ユノスは自分のデスクの前に向かって作業をしていた。
今日は珍しく、画用紙とクレヨン鉛筆を使っている。
その画用紙には、日用品と動物を強引に組み合わせたなんとも形容しがたい、漫画家ユノスがあまり描かないような洗練されていないキャラクターたちが次々と描かれていく。
『マスター、ただいま何を制作していらっしゃるのですか?』
ユノスがアホ毛に引っ掛けて被っているベレー帽から声がした。
「ブレインロットっていうキャラクターを使って紙芝居描いてるの」
ユノスはクレヨン鉛筆を黒から茶色に持ち変える。
『なるほど、そうでしたか』
このベレー帽からの声はアザレアのものだ。
アザレアは、ユノスに従う電子生命体『MEY』である。
MEYとは、『マスターピース・エレクトロニック・ヨークフェロー』の略で、ユノスがかつていた異世界にて、人気漫画家へ、当人の有名作のキャラを模して支給されるアシスタントのこと。
必要がないときはこのようにして、ベレー帽の中に引っ込んでいる。
「今日、生徒会のボランティアで児童館に行ったとき、子どもからこれが流行ってるって聞いてね。次行くときにこれ見せて驚かせようとしているんだ」
『おお、それは名案ですね』
「でしょ〜、きっと喜んでくれるはずだもん、これ」
『ですね、マスター! 私も楽しみにしています!』
ユノスは満月家の就寝時間である十時ちょい手前に、紙芝居を完成させた。
画材が変わろうとも、地肩の強さがあればどうってことないのだ。
*
翌日、午前九時。
アザレアは、ユノスのベッドの枕元にいた。それも壁に近い方。
正確には、アザレアが収納されたままのベレー帽が、そこにある。
マスター・ユノスはベッドにいない。というより、満月家にいない。
つい一時間前に、生徒会長のサバキと一緒に家を出たからだ。
『……ハッ!?』
緊急自律行動モード、作動。
アザレアは、ユノスのベッドに横になった体勢で、執事服を着た女性の姿を実体化させる。
「……これは珍しい、マスターが私を忘れてしまうとは」
アザレアは三段ベッドの中段から飛び降り、感覚センサーを研ぎ澄まして、マスターの気配を探り、本当にもう家にいないことを確認する。ついでにサバキもいないことも知った。
スキャン中、アザレアはユノスの机に、普段あまり見たことがない、緑色のファスナー式ファイルケースを見つけていた。
気になったアザレアは、それを開けると、奇妙なキャラクターが描かれた紙芝居が……
「な、なんという不幸な事態ですかこれは!? 私ならまだしも、あれだけ丹精を込めて作っていたこれまでも忘れてしまうなんて!」
ユノスの忠実な召使いとしてすべきことはただ一つ、紙芝居を届けること。
頭に自分の端末であるベレー帽を、手にはファイルケースを、アザレアはまず急いで部屋を出た。
アザレアの足は、廊下で止まった。
(あれ、そう言えばマスターはどこへ行くのでしたっけ……?)
ベレー帽を被っている間、ユノスとアザレアは喋らずとも意思共有が可能だ。昨日のような声を出しての会話も、気分によってはする。
ただし、常時通信が行われているわけではない。いくら信頼関係であっても、四六時中思考を読まれているとなると、ストレスになるし、ストレスを与えてしまう。
だからアザレアは、今日ユノスがどこへ行くかを知らない。いつも被られているものなので、聞く意味もないのだから。
満月姉妹の誰からなら知っているかもしれない。
アザレアはひとまず一階のリビングへ向かう。
するとローテーブルに、手乗りサイズのドラゴンが八体いた。
ユノスの姉の一人、マジナが異世界で共に戦った頼れる仲間たちだ。
それぞれの鳴き声を絶え間なく出しており、井戸端会議のようなことをしているようだ。
アザレアはその側で片膝を突いて尋ねる。
「お取り込みのところすみません、皆様。マスターが本日どちらへ行かれたかご存知でしょうか?」
八竜は一瞬話を止めて、再びワチャワチャ話し合う。
そして唯一、人語が話せるIrrynCrshがアザレアへ向きを変えて、
「市民児童館までの電車の乗り換えが大変。と、昨日サバキが話したのを盗み聞きしていたけえの」
「なるほど、助かりましたIrrynCrshさん!」
幸い、アザレアには地図機能も内蔵されている。
頭の中的な領域で、『電車の乗り継ぎが大変』という情報から、数ある市民児童館のうちの一つの位置を割り出した。
直後、アザレアはベレー帽とファイルケースを持って玄関へ……
「待ったじゃけえの! アザレア!」
「はい、どうなさいました!」
……向かう前に、リビングの戸の前で、ローテーブルへ振り返る。
八竜はもうそこにはおらず、カーペットに降りてアザレアに続いていた。
「なんだか今日のアザレアはそそっかしい感じがするけえの。心配だから私たちにお供させてくれじゃけん」
「そ、そうですか……?」
「そうじゃけん。万が一のことがあったら大変やから、オススメするけえの」
「……わかりました。お忙しいところ失礼します!」
直角に頭を下げるアザレアへ、O、SGL、JavaWockらは、快く返事する。
「O」
「PYY(ワタクシたちはむしろ暇していましたのよ)」
「JAVAVA(マジナがサッカー部の他校との練習試合じゃから、無関係の儂らは家に置いていかれたのじゃ)」
八竜たちは持ち運びやすいように、自らカード形態となる。
アザレアはそれをまとめて執事服のポケットに収納した。
「届けるべき忘れ物を忘れるとかはナシじゃけんよ!」
「わかってますとも、lrrynCrsh様!」
もちろんキチンとファイルケースも小脇に抱えて、家から飛び出した。
戦闘特化の怪人形態になれば、百メートルを二秒で走れるほどの速度を得られるが、周りの目とソニックブームが気になるので、アザレアは人間形態のまま、時速三十六キロメートルで、家からの最寄り駅を目指す。
「NINN……(にしても人間にしては早すぎるでござらないか……)」と、BASLC。
「QEEYA(マジナ殿も百メートル十一秒やからなぁ)」と、PORTRON。
「WHAAY!?(おーい、アザレアさんよぉ! ちょいと俺の話聞いてくれんかー!)」
そして改札まであと十歩ほどの距離まで迫ったとき、アザレアは停止する。
「し、しまった……私には持ち合わせがなかった」
普段ユノスが外出するときのことを愚直に倣って、無意味に駅に来てしまったのだ。
「やっぱり同行して正解だったじゃけん」
と、つぶやき、IrrynCrshは今月イチ自分の判断力を褒めた。
「で、ですね……」
アザレアはIrrynCrshらのカード八枚をジャケットのポケットから取り出して、それに同意せざるをえなかった。
「WHAA、AA、AAYY(おーい、おーい、誰か俺に耳を貸してくれー!)」
「はい、ただいま!」
アザレアはカードの束の最手前をHellkite-Wに変える。
「WHAYWAY(俺はマジナがぶら下がってもかなりの長距離を飛べる! だから、アザレアさんが入ったベレー帽と、紙芝居を持って、俺がその児童館まで飛んでったほうが早いんじゃないか!?)」
「なるほど。怪人体の私よりも体長がコンパクトになりますから、未確認飛行体騒ぎになりにくいですし、それは名案です」
「……WAY(それを玄関出る前からずーっと言ってたんだが……)」
「すまんじゃけん。アザレアの風切音が凄まじくてけえの」
アザレアは駅近くの人目につかない小道に行って、ベレー帽に引っ込む。
ドローンサイズくらいになって実体化したHellkite-Wは、右後脚でベレー帽、左後脚でファイルケース(中にカードと紙芝居)を持ち、バタバタと空へ急上昇する。
すると一同は、目的地のある方向にある大通りに、人が集まっているのを目撃してしまう。
アザレアはベレー帽の中から、地上の様子を俯瞰・凝視する。歩道には、種類こそ違うが、だいたい似通った色の服を着た人々。車道には、警察車両に挟まれたワゴン車三台がゆっくりと走り、その上に例の色のジャージを着た人たちが手を振っている。
マスターのユノスがそういう分野に興味がないため、アザレアも同様に詳しくないが、何らかのスポーツ選手が凱旋パレードをしているようだった。
「これはまずい。あそこ近辺の上空を通れば私たちは、ドローンか何かの迷惑行為だと思われます」
「WHAY!?(えっ、じゃあどうすればいいの俺!?)」
「そうですね……降りるしかないでしょうね……」
そして一分も経たぬうちに、元の場所へ着地した。
アザレアはベレー帽の中から問いかける。
「GOOW(全く、もっとよく考えて動かぬか!)」
と、Bhmthonを筆頭に、七竜たちは、タイムロスを引き起こしたHellkite-Wを責めた。
「WHHHY?(何故俺だけこんなに言われなきゃいけないんだ……?)」
「仕方ありません、やはり陸路で行きましょう」
アザレアは再び執事姿を実体化させて、必要物を持って駆け出す。
駅の方に行ってしまったことと、パレードで封鎖されたことで、大幅に遠回りをしなければならなかったが、持ち前の脚力で、どうにか遅れ分を回収した。
無事軌道修正を終えたアザレアは、勢いそのままに児童館へ向かう。
だが途中、閑静な住宅街で、ベレー帽とファイルケース、
「あいてっ」
八竜たちのカードがアスファルトに落下した。
アザレアの実体化が、切れてしまったためである。
IrrynCrshは周りに人がいないことを警戒してから、手乗りサイズに展開する。
他の七竜も続々とSDドラゴン化して、近くにあるゴミ箱の影へと、ベレー帽を協力して運ぶ。
「おーいアザレアさんやーい。急にどしたんか?」
『すみません、バッテリー残量が二十パーセントを下回ったため、実体が維持できません』
「あなた充電式だったん……いや、機械やからそりゃ当然じゃけんの」
『はい、マスターの体温を電気に変換しております。これだけの距離を単独走行すれば、やはり持ちませんか……』
ここからは自分たちが動いて行けばいい。と、一瞬考えがよぎった。そしてすぐ、なんて馬鹿なことを思いついたんだと、IrrynCrshは爪でアタマをコツンとやった。
「そんなことしたら大目立ちしてしまうんじゃけえの……なんとかアザレアさんを復帰させないと……そうじゃ!」
IrrynCrshはSGLへと首を回しつつ、ベレー帽を示す。
「おい、あんたの電気でアザレアさんを充電できないん!?」
SGLは両羽をバサバサ言わせて答えた。
「PYYY!(おまかせくださいまし!)」
「でかしたじゃけん!」
SGLは早速、ベレー帽の上に羽ばたいて乗る。
『SGL様、流す電流は十五アンペア・百ボルト以内でお願いします。落雷レベルでも焦げたりすることはありませんが、万が一のことがあってはマスターに怒られますので』
「一般家庭のコンセントの規格じゃけんね」
「PYPY!(わ、わかってますとも! ではいきますよ……!)」
SGLは両足に力を込めて、彼女基準では微弱な電気をアザレアへと流す。
「アザレア様、どんな感じじゃけんの?」
『はい、微量ながら電気が届いております。このペースならあと三十分後に再稼働できるかと』
「まあまあ待つけんねぇ!? SGLや、お前さんもっと早くできんかの!?」
「PYYII……!(弱い電気を流すなんて、滅多にやりませんもの……!)」
SGLには、なんとか奮闘して充電してもらうとして、IrrynCrshらは、アザレアが動く前にも、この場から少しでも早く移動するための緊急作戦会議を行なう。
真っ先に爪を挙げたのは、JavaWock。
「JAVAAA(儂の力で誰かしらの人の像を作り出して、それに隠れて進むのはどうだ?)」
「O!(おお、それはいい考えね!)」
JavaWockは幻を作り出す能力を持つ。かつて異世界にいたときは、主のマジナの虚像を作り出して敵を騙し討ちする。というのが鉄板のコンボであった。
「JAVAA……(じゃが、長距離を動き回る、人と等身大の虚像は流石にずっとは維持できぬ。せめて骨組みがあればまだもつが)」
「QEEEQA!(だったらワイらの出番やな!)」
ここで名乗りを上げたのは、PORTRON、Bhmthon、BASLCの三体。全員人型タイプの竜である。
JavaWockは今の手乗りサイズのままで、試しに三体に、アザレアの虚像を被せてみる。
始めにPORTRON。鎧を着込んだような外見をしているため、突起物が多く、虚像から余計なトゲが飛び出してしまう。
「JAVAVA?(PORTRON、お主その鎧脱げぬか?)」
「QEQE(そういう身体なのだから無理やで、ホンマ)」
次にbhmton。マッシブな体型であるため、その大柄さを納めるように虚像を被せると、異様に着ぶくれしてしまった。
「JAVAVA?(いっそ着ぐるみの虚像を作ろうか?)」
「BOWBOW(俺はそういうファンシーな柄じゃない。遠慮する)」
そしてBASLC。忍者のようにスマートなので、骨組み役として最適だと、JavaWockは踏んでいた。
実際に虚像を被せてみると、予想通りにうまくアザレアの姿として違和感なく仕上がる。
かと思いきや、竜のアイデンティティの一つである尻尾が、虚像からはっきり飛び出してしまっていた。
「NINNIN!(なれば、拙者、どうにか尻尾を丸めてみせ……)」
「JAVAAA!(もうよい! どうして儂らの仲間はこんなにアンバランスな者たちばかりなのだ!)」
と、JavaWockは嘆いて、長い首をぐねぐね曲げて胸部に置き、長い爪で抱え込んだ。
「あんたが一番トリッキーな見た目してるけんのね……」
閑話休題。
IrrynCrshは、アザレアに充電状況を尋ねた。
『だめです、まだ二十五分くらいかかるかと……』
「ありがとの。うーん、そんな悠長にやってたら色々間に合わんけえの……」
IrrynCrshはその場でグルグル回って、頭を動かす。
『すみません、私めのせいでこのような目に合わせてしまって』
SGLが乗るベレー帽の側を通りかかったタイミングで、アザレアがこんなことをぼやいた。
それにIrrynCrshは片手を上げて返す。
「いいってことじゃけんの、SGLは充電用に生まれた竜じゃないから……」
『それもありますが、これ自体について私は私を恥じているのです。
皆様八竜方の貴重なお時間を頂戴してしまい、あまつさえバッテリー不足という初歩的な情報共有のミスでこうして困らせてしまっている。
電脳生命体MEYというハイテクノロジーのアシスタントの分際にもかかわらずこんな……』
SGLが暇つぶしに音量調節ボタン(実際にはボタンそのものがない)を連打しているのかと思うほど、ベレー帽からの声が消えかかって聞こえた。
IrrynCrshは、後ろ歩きでそのベレー帽の側へ寄り、そっと爪の背でアザレアを撫でた。
「アザレアさんは真面目にやっておる。誰にも操作できん不運まで背負わずともええんじゃ」
『ですが、IrrynCrsh様、これは紛れもなく私の能力が不足してるからであって……』
「それに! アザレアさんはユノスさんという優秀な漫画家のアシスタントじゃけえ。あなたは、ユノスさんができないことをやるのが使命じゃ。
何でもかんでもやろうとしようとしなくてええの、でないとユノスさんが何にもできないダメなやつになってしまうけえの!」
『しかし……』
「私たちもそうじゃけん! マジナの手が届かんところへ手を伸ばすことだけが、私たちの仕事じゃ! だから私たちは、マジナ御本人がいないと困ることもあれば、逆にマジナに困らされることもあるけえの!」
他の七竜は一同にうなづく。
「GOW(レーザー砲十門に向かって突っ込めと言われたときは流石に背後の方を恐れた)」
「QEA(『ここは任せたよ』と、言われて半日敵を足止めさせられたこともあったんやで)」
「WHYA……(俺もよく飛べるからと、定期的に郵便係……)」
「O(アンタは黙ってなさい、Hellkite-W)」
「WH……(なんでみんな今日俺に対して当たりキツイの?)」
「だから、アザレアさんはとっても優秀なアシスタントじゃけん! マスターの方が十二分にしっかりしているというのに、そちらもそんなに頑張っておるからの……」
『IrrynCrsh様、失礼しました……はここで最後とします……このような緊急事態に勝手に落ち込んでしまいまして!』
ようやく、ベレー帽からのアザレアの声が適正に戻った。
「いいってことじゃけん……で、SGL、充電の方は?」
「PIPI(二十二パーセントですわ!)」
「それならまだまだ実体化しない方がいいんじゃけんね。それなりに時間稼いだつもりだけどの……」
そしてIrrynCrshは、不甲斐ない仲間にイラついているJavaWockの元へ。
「JavaWockよ、ここはやっぱり幻影で走って、少しでも距離を縮めたほうがいいじゃけん」
「VAJAVA!(しかし、やはり骨組みがないと儂の幻影は持たんぞ!)」
「その骨組みじゃが、虚像の外に飛び出さなければ、完全に人型じゃなくてもいいけえの?」
「JAJA……(ううむ、ないよりマシだが、力の消耗が多くなるがのう……)」
「なら安心じゃ! おい、みんな! 私らも優秀な部下ってことをアザレアに証明してやるけえの! でもってマジナにこの日の活躍を教えて、ぶちうまいチョコ用意してもらうけん!」
この号令のもと、八竜は一斉に集う。
まず蛇型ドラゴンのOが身体を一メートル強ほど身体を伸ばして、頭を地面と垂直になるように浮かべる。
尻尾の部分にBASLCとPORTRONが左右にくっつき、それぞれの下にIrrynCrshとBhmtonが回って、二体を支える。
五体で、漢字の『人』のような形が完成した。
さらに、Oの体勢を安定させるため、首から少し下の箇所を、飛行可能なHellkite-WとJavaWockが左右から押さえる。
このとき、Hellkite-Wがファイルケースを尻尾にひっかけて持ち上げておく。
そしてアザレアのベレー帽の下に潜り込んだSGLが、充電をしつつ、Oの頭に着地した。
最後に、各竜が体長を微調整して、JavaWockが幻を展開。これにて、トレードマークのベレー帽を被った、ほぼ同じサイズ感のユノスが完成した!
『おお、これなら充電が終わるまで、なんとか進めますね! ありがとうございます、ドラゴンの皆さん!』
「お安い御用じゃけん! それじゃあみんな、息を合わせていくけえの!」
八体はそれぞれの鳴き声を、近隣の迷惑にならないように配慮しつつも放った。
そしてついに一同は歩き出す、幻影のユノスは、ポリゴン黎明期のゲームキャラのような、あるいは人の皮を文字通り着た宇宙人のような……関節の概念が未発達の、やたらとぎこちないモーションではあった。
『どうでしょうかこれは……私からは、かなり体勢が不安定な分析結果が見えますが』
「心配なさんな! 私たちはドラゴンじゃけえの! 機械にだって度肝抜かせる団体芸、見せてやるじゃけん!」
それでもユノスの幻影は、児童館までの道を一歩一歩、着実に、組体操を崩壊させることなく進んでいく。
おおよそ二十五分後。
児童館まであと三百メートル。という看板が見えてきた。
それと同時に、
『四十一パーセントまで充電できました! これなら児童館まで走れます』
IrrynCrshが、ユノスの幻影の左足から、喉を締めたような声で返す。
「で、でかしたじゃけん! よし、じゃあ早く……実体化してくれい……!」
ここで八竜たちは気が緩む。今まで組体操を保持してきた分の疲労が、一気に襲いかかり、バランスを崩しかける。
するとそこに、
「え? あれ、ユノスさん!? どうしてこっちに!?」
百式高校のジャージを着た男子が、目をパチクリさせて、向こうから横断歩道を渡ってやってきた。
「誰じゃあ、あいつは……!?」
『青木先輩様です! マスターとサバキ様と同じ、生徒会の部員です!?』
青木先輩はユノスの幻影の前に立つと、ポケットからメモ帳を出して、印籠のように見せつけてきた。
「あの、俺別にサボろうとしてないですからね! ちゃんとダッシュで百均に買い出し行ってますからね!?」
『……』
「……」
応答がない。アザレアにも八竜にも、ユノスの声を真似て出す技術はないからだ。
「あの、ずっとニコニコしてないで黙んないでくれないですかぁ? え、さては俺、なんか悪いことしてましたぁ!?」
『……』
「……」
「だからサバキ会長の命を受けて、謎瞬間移動してここで待ち伏せしてたんですか!? す、すみません、何が悪いかわかってませんけど……」
「すいませんじゃけえ、行け、SGL」
『PYI!(おまかせなさい!)』
「おびわんげのびびびィッ!?」
幻影内部から飛び出したSGLが、青木先輩の胸に飛び込み、瞬間的に電気ショックを与える。
青木先輩はたまらず白目を剥いてて気絶した。
「ナイスじゃけん、BASLC」
と、組体操をやめたてのIrrynCrshは、グッドサイン風に爪を立てた。
『別に悪い人では決してないのですがね、この人……?』
ようやく実体化したアザレアは、青木を歩道の邪魔にならないところで寝かせてあげた。軽く両手を合わせて謝意を伝えるのも忘れない。
ベレー帽、ファイルケース、そして八竜のカード……アザレアは必要な物を持って、再びほどほどに爆走する。
「NIN!(行くでござるー!)」
「GOOW!(その調子だ、アザレア殿!)」
「QEEA!(このまま突っ走ったれい!)」
「しゃかりき頑張るじゃけえの、アザレアさん!」
「イエス、八竜様方ァッ! うおおおおおッ!」
そして三分後。
無骨なコンクリート製の壁を、パステルカラーの塗料の力を借りて穏やかに仕上げた、児童館の門の手前で、アザレアは急ブレーキをかけた。
そこから入ってすぐのところにある、ラバーマットが敷き詰められた庭に、ユノスがいた。
アザレアは襟を正すジェスチャーをして(ホログラムなので崩れることはないが)、門を潜って、恐る恐る声をかける。
「お待たせいたしました、マスター!」
「うわびっくり!? って、アザレア!?」
振り返って、数回たたらを踏んだユノスに、アザレアは首を縦に振る。
「はい、アザレアでございます」
バッテリー維持のため、ユノスはアザレアが持っていた端末のベレー帽を被りつつ、
「そっか、だよね……ごめん、ボクとしたことがベッドに置きっぱなしにしてて。よくここまでたどりつけたね? バッテリー残量とか大変だったはずなのに」
「ええ、もしこの方たちがいなかったら、ここまで来るのは無理でした」
アザレアは八枚のカードを扇のように広げた。周りの児童や職員に怪しまれないように、小さめに鳴き声を鳴らす。
「あ、マジナお姉さんのドラゴンたちだ。意外なチームだね。ありがとう、皆さん」
「どういたしましてじゃけん」
と、IrrynCrshはボソッと返した。
「それとマスター、もしかしたら手遅れかもしれませんが、こちらをお届けに参りました」
本題。アザレアは小脇に抱えていたファイルケースを、ユノスへと渡した。
受け取ったユノスは、それを何回か回して、不思議そうに眺める。
「これは、ブレインロットの紙芝居……だね?」
「はい、マスターが昨日、『児童館の子供を喜ばせるために』と、制作されていたものです。
私とともに失念されていたようですので、ここまでお持ちした次第でございます」
するとユノスは、みるみると顔をひきつらせていく。
「ああ……なるほどね……ごめん、アザレア」
「……ど、どうなさいましたか、マスター?」
「昨日行ってた児童館と、この児童館は別だよ
ここはどちらかというと、未就学児のほうが多いから、まだブレインロットを知ってる年じゃないから、これ使うつもりなかったの。正直キショい見た目のキャラも多いもん。
その紙芝居は、明日、またもう一回昨日の児童館に行くときに持ってくつもりだったんだ」
「え……」
「だから、つまり、ごめんね、アザレア」
この瞬間、アザレアの左手にあった八枚のカードが、バイブのように震え始めた。
「WHAA!(俺たちの苦労はなんだったんだァ!)」
「PYI!(アザレアさんをユノスさんのところへ届けられたでしょう!)」
「O!(だとしても余計な荷物一個持たなきゃいけないのは解せないんだけど!)」
「JAVAAA!(無事届けられて終わりでいいじゃろうが!)」
八竜の中で、ここまでの苦労が一気に怒りへ移り変わり、揉め始めたのである。
「わー、わー、落ち着くんじゃけえのみんなー!」
アザレアも、カードをイヤホンを介して通話するように持って、何とか争いを諌めようとしていた。
「皆さん、私の勘違いでご迷惑おかけしました! 本当にすみません!」
「あはは、色々と大変だったね、アザレア……ボクからもごめん」
そんな主従と八竜の側で、サバキは、子どもたちの鬼ごっこに付き合っていた。
そして彼女は思う。
(……家にいた姉妹の誰かに、電話を頼むことは考えなかったのだろうか、どちらとも……?)
翌日。
今度こそユノスは紙芝居を持っていって、その児童館の子供に披露した。まあまあウケた。
【完】




