第194話 社長令嬢でしょ、あなたたち!?
十二月下旬の某日。
チヨは今夜初対面の人物の豪邸を訪れていた。
親会社の社長、ロスイの知り合いの大物社長が忘年会をするとのことで、少しでも人数を増やしたいからと、チヨが付き添っているのだ。
名画のレプリカが飾られた廊下を進んで、漆塗りの木製扉を開けると、ホテルにワープしたかのように、華やかなパーティー会場があった。
一見しただけでもう上流階級とわかるような人たちを、スルスルとかき分けて、ベージュスーツを着る、何歳か判別のできない男がやってきた。
この方が、忘年会の主催者だ。
「いやあ、お待ちしておりました。飯島様、満月様」
「こちらこそお待たせしてすみません」
「ど、どうも……よくあたしの名前を知ってらっしゃって……」
「とんでもございません。飯島様から度々ご活躍はお聞きしていますので……」
主催者はロスイとチヨを、二人の席へと案内する。
そこに着席する直前、主催者と似た顔をした、確実に若い青年が両手を差し出す。
「こちらでコートとお荷物をお預かり致します」
「ありがとう」
「はい、ではお言葉に甘えて……」
専用の置き場へと優雅に歩いていく青年の姿を、チヨは感心して見つめた。
(執事雇えるくらい潤ってるんだ……)
「相変わらず気が利く息子さんですね」
「はい、お陰様で大変助かっております」
「って、息子さんだったんですか!?」
チヨは場違いな大声を出してしまった口を、自ら塞いだ。
主催者と顔なじみのロスイは朗らかに笑う。
「はい。私の息子です。昔から気が利く子でしてね……」
「あんまり気にしないでね、チヨさん。アタシも初見でああいう反応してたから」
「そ、そうですか……」
主催者の息子さんが再びチヨたちのいるテーブルに戻ってくる。今度はいくつかの飲み物が載ったワゴンを押している。
遅すぎず、早すぎず。ビンがほとんど揺れない動きがまた育ちの良さを醸し出している。
「まず、赤ワインと白ワイン、どちらに致しましょうか?」
「あ、黒ラベルのコーラでお願いします。タクシーですけど、言うほど長居するわけではないので」
「かしこまりました」
チヨの手前に置かれてあったワイングラスに、息子さんがペットボトル入りのコーラを注いでいく。
なるべく泡が立たないような注ぎ方もさることながら、ラベルに印刷されたロゴマークを上へ向けて注いでいるところも細かいながら丁寧である。
「飯島様はいかが致します」
「アタシも黒ラベルのコーラで。今日は飲む気分ではないですから」
それから主催者とロスイはお互いのビジネスの近況について話し合う。チヨは飛び交う高次元のワードにウンウン頷くだけだった。
十分後。
会場の半円状に一段高くなった場所に、淡いブルーのドレス姿の、伝統工芸品を彷彿させる艶のある黒髪の少女が立つ。
そこでパーティー会場の雰囲気を彩る、バイオリンのソロ演奏を開始した。
その身に沁みるような音色を浴びて、チヨはコーラグラスを傾ける。
「……ひょっとして、あの方もお子さんで……」
主催者は誇らしげにうなずいた。
「はい、私の二番目の子供です。一番得意なのがバイオリンですが、書道、生け花、バレエ……」
「そんなに!? へえ、まさしく多才ですね……」
「ええ、父親として本当に誇らしい限りですよ。今年は名門女子高校にも入学して貰いましたし……」
ここでロスイが、コーラグラスを揺らしながら挟まる。
「チヨさんもすごいお子さんいるでしょうに。なに全力で羨ましがってるんですか」
「あ、そうでしたね。そちらも話は聞いておりますが……具体的にどういう方がいるのか聞いたことないので、是非ここでご説明できますか?」
「え、あ……@&%¥$……」
*
チヨは忘年会を一時間で抜け出した。
まだ庶民気質が抜けきっていないチヨに、あの空気中に金粉が漂っているような会場は、長時間いられる領域ではなかった。
「ありがとうございます」
主催者に手配してもらったタクシーに、家から最も近いコンビニの前で降ろしてもらい、数分だけ歩いて家に帰る。
「ただいまー……はぁ」
玄関のドアを開けた時点で、よくないことに気づいた。
リビングへの戸を開けると、
「ルシェヌ! 貴様ァァァッ!」
「ひぇぇぇ! 許しておくれなのじゃああああ!」
サバキとルシェヌがドタドタ走り回り、追いかけ合っていた。
サバキのパジャマの前面には、赤い粉末と欠片が散らばってくっついている。
ローテーブルには、壊滅的に裂けた激辛ポテトチップスの袋がある。
きっとルシェヌが開け方に失敗し、中身をサバキにぶっ放してしまった結果、こうなったのだろう。
と、チヨは戸を開けてから僅か二秒で推理を終えて、戸の枠に右側頭部を思わずぶつけた。
「おい、やかましいぞお前ら!」
ここで、ダイニングテーブル側でスマホをいじっていたコーリンが怒鳴った。
さらに、素早くルシェヌの前に立ちふさがり、二人まとめて制止させる。
(よかった、あたしの家にも良心は十分にあった)
チヨは頭の角度を戻す。これにて一安心……したのもつかの間、
「邪魔するな、コーリン殿! こちらは唯一の寝間着を汚されたのだぞ!」
「んなもん学校のジャージでも着とけ!」
「寝心地が百八十度変わるではないか!」
「じゃあ今からオレが綺麗にしてやる、どれどれ……」
コーリンがいやらしい顔をしながら、胸一直線に両手を伸ばしてくるのを、サバキが全力で叩き落とす。
「なにすんだテメェ!」
「そちらこそ何をしているのだコーリン殿!」
それをきっかけに今度はコーリンとサバキの喧嘩が勃発した。
「いいぞ! やっちまえなのじゃー!」
ルシェヌは両手両足を交互に上げる謎めいた踊りをして、その争いをはやし立てる。
その時、チヨはリビングから離れて、荷物置きと着替えのために、自分の部屋へと上がる。
(全く、あなたたちも社長の娘だっていうのに……! 今に見ていなさい……!)
そのときの彼女の形相には、さっきの一時間の忘年会を経たがための悲しさと、怒りが満ちていた。
*
「……というわけで三人には社長令嬢としての自覚があんまりにも無さすぎるので、その嗜みを勉強してもらいます」
と、チヨは、ダイニングテーブルに座らせた三人に向かって言った。
その顔には、一晩経ってもなおまだ怒りが残っている。
ルシェヌはダルそうにテーブルに顎を乗せて、
「母さんから直々に勉強させてもらえるのはありがたいのじゃが、そんな面倒くさいことしなきゃダメかえ……」
サバキも不服そうに腕を組みながら、
「昨日の件で腹が立ってる気持ちも分からなくもないし、それについては自分も大人げなく騒いだのも悪いとは思ってる。だが、論理の飛躍が過ぎないだろうか」
コーリンはテーブルを支えに頬杖をつく。
「社長令嬢の自覚? んなこた十人全員そうだろうがよ?」
「……」
コーリンの反論をまともに食らい、チヨは黙りこくった。
その勢いに乗じて、サバキは母親めがけて畳み掛ける。
「この国には何百何千何万もの会社があるのだから、それと同じくらい社長の子息令嬢がいるはずだ。しかし言うほどそこまで品のある人間と出会うか? 出会わないだろう? つまり母さんが昨日出会った兄妹は上澄み中の上澄みだ。
つまりだ……急にどうした母さん、そんな無茶な羨望を抱いて? よっぽど昨日の忘年会が印象に残ったのか?」
「そうだそうだ!」「なのじゃなのじゃ!」
「あーもううるさいうるさぁい! とにかく、三人には昨日騒いだ罰として、今から社長令嬢の勉強をして貰います! はい、異議なし!」
「ええー……」「そ、そんな……」「なのじゃあ……?」
チヨにも、自分が暴走気味だという自覚は多分にある。
だが昨日のような、多才で、礼儀正しい、これこその上流家庭の兄妹を見てしまっては、自分も社長として、娘たちにああなってほしいという望みを持ってもしょうがなかった。
これはそういうペナルティ。と、自分に言い聞かせて、三人への教育を開始する。
「じゃあ、最初の課題いきます」
チヨは三人の前に、それぞれティーカップと皿を置く。
お皿の上には、クリームとイチゴジャムが入った小皿一対と、丸い焼き菓子があった。
「何だこれは?」
「シュークリームか?」
「それはスコーンっていう社交界で有名な焼き菓子、ティーパーティの鉄板。
三人にはこのスコーンと紅茶を、マナー通りにいただいて貰います」
「ちなみに母さんは答え知ってるのか?」
「うん、昨日ネットで調べまくった」
「……まあ、ヤケクソで出されるよりはマシだよな」
「なんじゃ、ただ食べるだけかのう。なら楽勝じゃぞい」
ルシェヌはスコーンを手で掴み、そのままかぶりつく。
するとチヨは、マルとバツが裏表に書かれたしゃもじのような物を出し、バツ面をルシェヌに向けてブーと鳴らす。
「え、もうダメなのかえ!?」
「うん。何のためにクリームとジャムが置いてあると思うの」
「言われてみればそうじゃな……? 無駄にパサパサして味がせんと思ったが……」
ルシェヌは口の中をリセットするため、ティーカップを両手で囲むように持つ。
そして再びバツとブーが飛んだ。
「持ち方が違う」
「もう何も食えんではないか……」
「全く、ルシェヌときたら相変わらず落ち着きがない……」
と、ボヤきつつ、サバキはティーカップの取っ手を右の親指人差し指中指の三本で持ち上げて、紅茶をよく嗅いで一口。
ピンポーン。チヨはマル面をサバキに向けた。
「やっぱりサバキは生徒会長やるだけあるわ」
「まあな。潜入捜査時に勉強した甲斐があった」
サバキはカップをソーサーに戻すと、立て続けにスコーンにもチャレンジする。
(バターナイフも付属しているから、これを用いるのだろう……)
そう推測したサバキは、皿にあるスコーンの表面に、バターナイフでクリームを塗りたくる。
刹那、チヨのブーが炸裂。
「それは難しいけど、頑張って」
「むむむ……」
隣のコーリンは、それを踏まえて考える。
(……このバターナイフは、タチの悪いトラップなんじゃないか? 紅茶の飲み方みたいに、きっと面倒くさい食べ方が正解なんだろ? ああいう偉そうな奴って面倒なことが偉いと思ってるからな……)
コーリンはスコーンを手で上下に割る。
チヨは思わず「お」と声を漏らした。いい線をいっていたようだ。
(ならこうしていくぞ……)
コーリンは、二等分したスコーンをさらに割る。
さらにもう一度割って、合計八等分に。
その欠片を一つまみして、小皿にあるジャムにスコーンをディップする。もちろん指がジャムに触れないように細心の注意を払って……
「ブー。それじゃあ神経使いまくってお茶会楽しめないでしょう?」
「なんだよ。せっかく頑張ったってのに……」
これ以上は流石に無理だと判断して、ここでチヨは正解を披露する。
まずスコーンを上下二つに割る。
次に皿に置いたスコーンの断面に、クリームとジャムを適量塗る。
あとはこれを持ち上げて食べる。
「……はい、これが正解です」
「それの何が素敵なのじゃ」
ルシェヌはクリームをバターナイフですくい、直接いただいた。
「あたしも『最初から挟んだものは無いの?』とか思ってたけどさあ……」
ちなみに後日調べてみたところ、なくはないらしい。しかもチヨの会社と同じ、満月コーポレーションの子会社で販売されていた。
*
二つ目の課題は『階段の降り方』。
二階の廊下にて、チヨはもう読んでいない雑誌を三人にそれぞれ渡す。
「今から階段を、社長令嬢らしく優雅に下りて。ただし、その雑誌を頭の上に乗せたままでね。落としたら即失格」
コーリンは不満げに言った。
「別に階段の降り方なんて、誰もそこまで気にして見てないだろうに……」
「違うの。品のある人っていうのはそういう細やかな所作からも育ちが見えるの」
サバキは雑誌をどう頭に乗せようか試行錯誤している。
「しかし優雅に降りるとは言われても、安全第一で下りたほうがいいとは思うのだが……」
「いいからとにかくやってみて! さっきの成績から、コーリン、サバキ、ルシェヌの順でお願い! 前の人のやり方とかを参考にしてね!」
チヨは審査のために先に階段を下りて、玄関手前でスタンバイ。
「それじゃあまずコーリンからお願い!」
指示通り、頭に雑誌を乗せた状態で、コーリンは下りてきた。
足元を見ず、左側の壁に手を添えて、気持ちゆっくりめの足取りである。
頭の雑誌は微動だにしていない。流石は満月姉妹随一のフィジカルの持ち主、体幹もお見事だ。
そして一切止まることなく、玄関にいるチヨの前まで来て、
「どうだ、母さん?」
「うーん、特に言うこと無し」
チヨはバツを向けて、ブーと鳴らした。
続いての挑戦者はサバキ。
「おお、これは雲行きが怪しい……」
「なんだあの、気色悪い動き……」
一段先に出す足は必ず交差し、両手は腰脇から垂直にピーンと真横へ伸びている。
宴会芸のバレリーナというべきか、通って一日のマリオネット教室生が操る人形というべきか……優雅さを過剰に意識し過ぎるあまり、違和感が凄まじい。
「うああ……ッ!?」
そしてバランスさえも疎かになり、雑誌を落とした。
「……」
チヨは無言でバツマークを見せつけた。ブー。
最後の挑戦者はルシェヌ。
彼女が階段上の角から姿を見せた瞬間、失望半分、『だろうな』半分で頭を抱えた。
ルシェヌは頭の上に雑誌を浮かせて、直立状態で階段を下りてくる。
両手も両足も動かしていない。彼女自身も魔法で浮いているからだ。
「どうじゃ! ゴージャスじゃろうアタシの階段の降り方は!」
チヨは首を振り、ブーと鳴らす。
「じゃ、じゃが、サバキみたいな馬鹿みたいな動きはしておらんぞい!?」
ブーが鳴る。
「それにほら、雑誌落としてないのじゃぞ!?」
ブー。
「もうわけわからんのじゃ!? たかが階段の下り方でここまでこだわるものなのかえ!?」
ここはチヨもSEボタンを鳴らせない。
*
三つ目の課題は『お裁縫』。
事前に買っていたぬいぐるみセットを、三人はダイニングテーブルを囲んでチクチク縫っていく。
ちなみにコーリンがゾウ、サバキがウサギ、ルシェヌがパンダだ。
「ぐぬぬ……全然入らん……」
「もう糸通すヤツ使ってもいいよ、ルシェヌ」
厳密には、ルシェヌだけ大幅に出遅れていて、他の二人だけ順調に付属の布地を繋げている。
チヨはソファで休みつつ、時折三人の作業風景を覗く。
「サバキはなんとなく上手いイメージあったけど、コーリンの方が早いんだ〜、へ〜」
「ナメるなよ、母さん。オレは前の世界で花嫁修業として習わされていたからな」
「あ、そっか。コーリンのとこの時代観的に強制されるのか」
「夫の着物を直せるように。ってな。まあオレの場合は部下に任せてて、やるとしても自分のものばっかだったけどな」
「うん、なんとなくそういうイメージだった」
九割方縫い終えた二人は、布を裏返して綿を詰める。そして仕上げのひと縫いをして。完成した。
チヨは二回『ピンポーン』を鳴らして、二人の作ったゾウとウサギを手に取る。
「すごいね二人とも。やっぱ社長令嬢の素質あるね、うん」
(おのれ……今に見ているのじゃ……)
ルシェヌは誤って針を刺した指をくわえて、目をキラキラさせているチヨを見上げていた。
ここでサバキは、チヨに話しかける。
「あの……母さん」
「ん、どったのサバキ?」
「社長令嬢として、ここまで色々できないといけないのだろうか……?」
特に意味はないが、チヨはぬいぐるみ二つをダイニングテーブルに置く。
(うわ、ちゃんと縫えているのじゃ、こいつらめ……!)
「やっぱりある程度の教養は必要だろうと思って……」
「何のためにだ? 社長を継承してもらうためか? 他の社長に自慢するためか?」
コーリンも続く。
「あるいは……いい家に嫁いでもらうためとか、時代遅れのことじゃないよな?」
そこまでのつもりじゃない。昨日騒いだ罰のつもりだった。
と、当初のお題目を言えば、かえって呆れられてしまうだろう。
だからチヨは、本当に正直に答えた。
「ごめん、やっぱり、昨日の社長一家に嫉妬してたんだ、あたし。
そりゃあ、昨日のエリートの方々がいっぱい集まるパーティーにあなたたちを出したら、きっと笑われるはず。
けど、かといってああいう環境に適応する必要もないと思った。
きっとあなたたちにも、教養あるのと同じくらい、いいところがあるんだから」
それからチヨは一回自分の部屋に戻っていって、
「せっかくの休みなのに、時間使わせちゃってごめん。これはお詫びね、何か好きなもの食べて」
三人にベーカリーカフェ・ミツキで使えるお食事券を渡した。
「てなわけでルシェヌ、もうお裁縫はやめていいよ?」
ルシェヌは至近距離で凝視していた二人作のぬいぐるみから、素早くチヨへ視線を移す。
「やったー! もうこんな細かい作業はコリゴリなのじゃ〜!」
ルシェヌは嬉々として、針を自分のお裁縫セットに片付けた。
「じゃあ今日はこれにて一旦解散! あたしは二階の部屋でなんかしてるから、じゃあ」
そしてチヨがリビングから去った後、コーリンは尋ねた。
「サバキ、お前あのウサギ縫うとき、腕のマシン使ってただろ?」
「あの説得をするためにな。ただのズルではないぞ」
*
午後四時。
コーリン、サバキ、ルシェヌは家から徒歩で行ける、ベーカリーカフェ・ミツキ一号店に行った。
チヨの課題を乗り切ったあとの打ち上げのようなもので、さっき貰ったお食事券を使って、平均的な女子高生のアフタヌーンを楽しんでいる。
「おいサバキ、見たかお食事券を渡したときの店員の反応?」
「見たのじゃ! 慌てふためいてぞい!」
「きっとこれは株主優待の物だったのだろうな」
サバキは残った五百円のクーポン券を、大切に自分の財布にしまう。
「あとルシェヌ、お前には聞いていないぞオレ?」
「いちいち細かい奴じゃのう……」
三人はそれぞれ買ったパンや飲み物に、舌鼓を打ち、改めて母親の大切さをも噛み締める。
その最中……
「おい、おっせーんだよ! ババア!」
「何年ここでやってんだよ!」
「まともに研修受けてたんですかぁ!?」
急にレジのほうが騒がしくなった。
もちろん三人はそれぞれの手を止めて、そちらへ向く。
白と深緑を基調とした、清楚な制服を着た女子高生五人組が、慌てふためいているレジめがけ、矢継ぎ早に暴言を浴びせていた。
「何じゃ、あの偉そうな奴らは……?」
「あれはこの地域ではよく知られている、名門女子高校の制服だな」
「名門女子高校? 悪い意味でか?」
「本来は、いい意味でだ、コーリン殿。家柄のいい家の令嬢がこぞって通っている、かなり歴史の長い学校だという」
「詳しいのう、サバキよ」
「過去に生徒会のボランティアで、あちらの生徒と行動を共にしたことがあってな、ルシェヌ殿。 その時に会っていたのは校風に相応しい方々だったが……あれはとんだ面汚しだな」
コーリンはほうじ茶ラテを一口吸い上げて、
「さしずめ虎の威を借る狐ってもんだろ、どれ……んしょ」
おもむろに椅子から立ち上がり、自然にレジへと歩いた。
「なんていう行動力をしているのだ、コーリン殿……」
「早く! クラマだったらもう五杯作り終わっているはずですよお!」
「だったらクラマ行って騒いでこいよお前ら!」
このコーリンの怒号により、巣で餌を待つ小鳥めいて騒いでいた女子学生五人は黙りこくる。
しばらく目線での牽制を行ったのち、相手のリーダー格と思しき、伝統工芸品を彷彿させる艶のある黒髪の女子が言う。
「何ですかあなた? 部外者はお下がりください?」
「それはテメエらもそうだろうが。ただの客のくせに必死に準備してくれてる店員にケチつけるとは何様だ!?」
「してないからこうして真っ当な業務改善を言っているんですーっ! ソフトオンブレッド五個とシェイク五杯作るのに、三分以上も時間かかってるんですもの!」
リーダー格の女子は、騒ぎに怯えて一時停止している店員を一瞥。
「おい、何サボってんだ! 負け犬は負け犬らしく最後まで仕事しろ!」
「「そうだ、いってやれ!!」」
「「そして立ち去れデカブス!!」」
(他人に合わせる気が無い癖して、プライドだけはいっちょ前だな……どうしてやろうか、伝家の宝刀抜くか?)
ガワだけお嬢様五人のブーイングを浴びながら、コーリンは落ち着き払って、次の一手を考える。
「貴様ら、アタシのコーリンを部外者と言ったな! 残念だったな! アタシたちは立派な関係者じゃぞい!」
すると彼女の右斜め後ろから、ルシェヌが現れた。
「なんてったってアタシたちは、このお店のシャチョーレージョーじゃからのう!」
と、腰に手を当てて堂々言い放ったルシェヌ。
「そんなヘッタクソな嘘つかないでください! こんなアンバランスな姉妹が社長令嬢なわけないでしょう? しかもこのこぢんまりした店のだなんて……」
「悪かったな。こぢんまりしていて」
さらにサバキも、コーリンの左斜め後ろに立つ。しかも、余った五百円分のクーポン券をヒラヒラさせながら。
「なんで三人も自称社長令嬢がいるんですかぁ〜!」
「もうやってられん……」
サバキは女子五人の煽りを無視して、レジカウンターに寄りかかり、
「すまない店員さん! 確か従業員ファイルの二十一章にカスタマーハラスメント対策の項があったはずだ! そこにある本部連絡先に電話をしたほうがいいぞ!」
「え……何故それを知っているんです!」
「自分たちは本当に、ベーカリーカフェ・ミツキ社長の娘だからです。ほら、こんな神様気取りの客にかまってソフトクリームマシンいじってないで、ファイルを!」
「は、はい、わかりました!」
店員は揚げパンの置かれた皿を、マシンの下にセットしたまま、奥へと小走りで向かっていく。
サバキは再び女子五人へ向くと、皆揃って、食欲の失せる青色をしていた。
「……もう少々、お待ちいただけますか?」
女子五人は揃って踵を返して、自動ドアの方へ向く。
だがその間に、既にコーリンとルシェヌが立ち塞がっていた。
「……知らなかったのかえ……? 魔王ルシェヌからは逃げられないのじゃ……!」
「なんだお前ら? お前らの親は、肩書に反していざってときは他の誰かに責任擦りつける類の金持ちか?」
「……あの、親と学校には、連絡……」
「なんだ? 連絡してほしいのか?」
「しないで……ください……!」
「それは店員に言えよ。オレたちは店の運営には携わってないんだから、キッチリ大人に怒られやがれ」
「全くそのとおりだ」
「なのじゃ」
この後、ここの店長が緊急で駆けつけて、五人と、店員と三姉妹に事情を聞いた。
物を壊したとか、誰かを傷つけたという、明確な悪事を起こしたわけではないので、五人の処罰はその場での厳重注意と、親御さんへの報告で済ませてあげて、退店させた。
「一時はどうなるかと思いました……」
「偶然いてくれて助かりました……満月社長の……」
「いらんいらん、そんな二つ名付けなくて」
「コーリン殿、サバキ、ルシェヌ殿だけで構いません」
「様と呼ぶのは構わんぞい」
こうして店長とシフト店員のお礼を受け取った三人は、食べかけと飲みかけのある、自分たちのテーブルへと戻っていった。
(この空気で、まだいるんですか……?)
(チヨ社長の娘とは思えないくらい、肝が座りすぎてますね……?)
余談だが、三日後、先日のパーティーの主催者である社長が、わざわざ本社ビルへと出向いて来た。
そこでチヨに、自社製品の高級タオルセットを渡しつつ、娘とともに深々と頭を下げてきたらしい。
その時、チヨは、何のことやらさっぱりわからなかったという。
【完】




