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第193話 デュアル・フェイス・ニンジャ・イン・アミューズメント

 十二月の某日。

 マジナとネロアとトツカ(本日は男装スタイル)の三人は、家からまあまあ離れた位置にある、屋内型のアミューズメントパークに来た。

 

 三人はその中にあるアトラクションエリアにいる。

 ここは意図的に勘違いした日本観が再現された空間で、瓦屋根に障子戸の時代劇セットをベースにし、デザイナーが居酒屋内の張り紙から無作為にサンプリングした適当な文字のネオンが輝く。


 ネロアは他の二人よりも前に出て、『忍者体験コーナー』の屋敷風セットを指す。

「やってみませんかこれ!?」


 マジナは「うーん」と軽くうなる。

「別にいいかな。そういうことは前の異世界でやったし」


「よくよく考えたら僕もやっていましたね。隠密とか潜入とか」


「だろうなあ」

 と、トツカは冷ややかにうなずく。


「ちなみにトツカさんは異世界で、隠密や潜入の経験はございますか?」


「ないです。暗殺未遂はギリありますけど」


「えー、暗殺ぅー? うわー、引くわー、私」


「あくまで未遂ですし、ねーさんの盗み経験よりかは総重量マシだと思いますがね」


 このアミューズメントパークは、全フロアに行くための入場料を入口で支払うシステムとなっている。

 ならよっぽど興味のないものではない限り、行かないのは損だということで、三人は中に入る。


 内装は至って普通の忍者屋敷であり、手裏剣や刀のパネルが飾られている。おまけにフリー音源っぽい和風BGMもこの雰囲気を彩っていた。


 入口の側には、忍者装束に身を包んだ若い三人組がいた。左から緑、赤、青の装束である。


 目元しか見えないので断言はできないが、リーダー格らしいざっと三十代くらいの赤忍者は、目尻を下げて満月姉妹を迎えた。


「ようこそお越しくださいなさった! ここは現代の忍者のタマゴを育てる訓練施設でござる!

 初級としても全ての技は伝えられぬが、心ゆくまで学んでいくといい!」

 そのハキハキとした演技に、ネロアは目をキラキラさせる。マジナとトツカは腕に鳥肌を立たせた。


(思ったよりも作り込んでいるね……)

(こういうのって子供か外国人向けにやっているんでしょうね……)


 追加料金なしだと体験できるコーナ……訓練は一課題だけ。

 マジナ、ネロア、トツカは、貸し出された見習い忍者の服に着替えたあと、それぞれ別の障子戸を開けて行く。


 マジナが選んだのは、忍者の代名詞ともいえる手裏剣投げの訓練。

 アルミなどの軽めの金属でできた、四方手裏剣を三枚、赤忍者が渡してきた。


「精神を研ぎ澄まし、あちらのマトの中心に命中させるのです」


「OK! シンプルなルールだね!」


「左様でござる! 単純な決まりでござる!」


 マジナは緑テープでバミられたライン手前で、右足を踏み込み、まず一投目。

 十五メートルほど先にある、五重丸のマトの中心の赤に突き刺さった。軽めの音からして、あのマトは発泡スチロール製のようだ。


「ほう、なかなか筋があるでござるな」


「まあねぇ」

 続けて二投目。先に刺さった手裏剣の二センチ隣の、赤丸内に刺さっていた。


「……!?」


「はい、これでラスト!」

 そして三投目の手裏剣は、前の二枚の間をすり抜けて、マト中央に命中した。

 怪盗として、応戦のために周りのものを投げることは日常茶飯時。流石のコントロール能力であった。


「よし! ハットトリックだね!」


「おお……お見事、お見事……」

 赤忍者は、黒目を大きく開いて、機械的な拍手を送った……


 一方その頃。

 ネロアは青忍者から、潜入体験の訓練を受けていた。


「忍者の真髄は派手な技や身体能力にあらず! 頭脳もあってこそなり!

 というわけで貴方には、この部屋に隠された巻物を三つ探して貰いまする! さあ、五分の制限時間内に見つかるでしょうか〜!?」


「ええ、やってみせましょう」


 青忍者がリモコンを操作して、部屋の右に備え付けられている、手ぬぐいを巻き付けてどうにか和室と調和させたタイマーを起動する。

 すぐさま、ネロアは部屋の奥の壁にある『心技体』の掛け軸をめくる。その裏にはくぼみがあり、当然そこに巻物が収まっていた。


(これは簡単ですね)


 次にネロアは、左の壁にある、一際目を引く大きな木箱を開ける。木目が見えるだけで、何も入っていなかった。


 ネロアはすぐさま蓋を閉じる。

(蓋にしてもなんだか軽いですね……もしや)

 そこからすぐに、箱の両脇を見る。脇の床の板材に、思い切り擦り傷が残っていた。


 ネロアはその方向へ箱を押す。と、一部の床が外されており、そこに二つ目の巻物が埋まっていた。


「素早いですなー! けど最後の巻物は難しいですよ〜! よーく時を見て考えてください!」


「時を見て……なるほど、そうですか!」

 ネロアはお得意のゲーム的発想力でひらめいた。

 箱から三歩スタスタ歩いて、タイマーを間近に捉える。

 つま先立ちで上から覗くと、その裏側に三つ目の巻物が置かれていた。


「はい、全部見つけました! 今何秒ですか!?」


 青忍者は飛びかけた意識をどうにか引き戻す。

「……はっ、これは……素晴らしい、三十秒以内の任務達成です!」


「やりました! これで僕も立派な忍者なのかもしれません」


「ですね! これからもっと訓練すれば、そう、きっと……」

 この時、青忍者は後ろ手でスマホを操作していた。


 また一方その頃。

 トツカは水蜘蛛の訓練部屋にいた。


「忍者が主の名となれば火の中水の中! けっして往く道を選ばないものなりッ!

 ……まあ、ここで試すのは水に濡れずに進む術であるがな……さあ、ゆけい!」


 長さ十メートルほどのプールがあり、それを両足にはめる浮く円盤の忍具――水蜘蛛で進むというのが、緑忍者が案内したこの訓練の目的だ。

 お子さんもやることを想定してか、プールの深さは大人の足首くらいしかない。おまけに姿勢を安定させるための縄製の手すりも備わっていた。


「はーい、んじゃ行きまーす……よっ」

 トツカはそんなことお構いなしに、アメンボさながらにスイスイと、プールの端から端へと渡っていく。

 トツカは神の力の代行者。

 右足沈む前に左足……というような水上歩行は流石に無理だが、神の名前を借りるのに恥じない身体能力を持っている。なので体幹も優れているのだ。


「あ、すいません……こういうのは期待してなかったですよね、アミューズメントパーク的に」

 と、トツカはプールの上に仁王立ちしたまま、緑忍者に会釈を送る。


「い、いや……私は嬉しいぞ、このような凄技を拝見できるとはな……!」

 緑忍者はアミューズメントパークの係員にしてもあまり似合わないほくそ笑みをしつつ、トツカに拍手を送る。


 こうして全員揃って、ナイスプレーをして訓練を終えた。

 三人はそれぞれの部屋から、入口側のロビーに戻って、ここで待つ。

 忍者装束はまだ着たまま。係員の忍者から、記念撮影をすると言われたので、それに従ってのことだ。


「君たちはどうだった、ネロア、トツカ?」


「たった三十秒でクリアしました!」


「俺は、バラエティ番組みたいにブルブルせず、スーッと渡りました。担当の忍者さん、想定外過ぎてかニヤけてました」


「お姉さんはどうでした? 手裏剣投げの訓練の成果は?」


「そうだね、ハットトリックだったね」


「サッカーやってたんですか? ねーさん?」


「違いますよトツカさん。お姉さんはきっとダーツで三回連続で中心の丸に当てる方のハットトリックのことを言ったんです」


「何やってるんだいトツカ。そんなくだらない早とちりするとか、らしくないね」


「ダーツなんてハイセンスなスポーツ、俺が知ってると思いますか? 大体にしろ手裏剣でしょう、あれ?」


 案内してくれた忍者三人が、係員口からロビーに来た。


「お待たせしました、皆様……」

「いいや、それほどでもな……」

「イヤーッ!」


 マジナは凄まじい反射神経で、赤忍者が突き出した貫手を、真剣白刃取りのように防ぐ。

 レザー製のグローブをミシミシいわせながら、赤忍者は眼光を鋭くする。


「ほう、期待通りの腕でござるな……!」


「こちらは予想外れにも程があるご褒美くらって困ってるんだけど? 急にどうしたんだい?」


 赤忍者は手を引き抜き、その反動を活かして背面に飛ぶ。

 そこで両隣の青と緑の忍者二人と共に、各々のやり方で構えた。

 マジナたち満月姉妹も、合わせて防御体勢を取る。


「眉唾モノの話かもしれないが、しかと聞けい!」

「私たちは戦国時代から続く忍者の末裔であります!」

「この施設は世を忍ぶ仮の屋敷……本来は、我が一族に加わるに相応しい者を見定める試金石的施設でござる!」


 満月姉妹三人は、揃いも揃ってポカーンと口を開けた。

「え、なんでだい……まるで意味がわからないんだけど……?」

「何故、アミューズメントパークにそんな危なっかしい施設があるのですか?」

「ていうより、普通その手の忍者の末裔って、山奥の里にいるイメージなんですけど。観光客に体験させるのも、そういった大自然で……」


 両脇の青緑忍者は、リーダーの赤忍者へ視線を飛ばす。

 それに応えて、赤忍者は咳払いをしてから、

「……我々の里は、最寄り駅から車で四十分の位置にあるから、よっぽどの好事家でなければ来ないでござる!

 故に、わざわざ恥を忍んで、このようなチャラチャラしたアミューズメントパークの一角に支所を作っているのでござる! 忍者だけに!」


「切実だねぇ……で、私たちを忍者の里に移住させて、どうする気なのかな!?」


「それはおいおい考えるつもりだ!」

「まずは里の人口を増やして、空いた土地にハンバーガーショップを誘致するつもりです!」


「なるほど、どこかに昼食を済ませる場所もないと不便ですからね」

「ツッコむところそこじゃないです、ネロアねーさん」


 リーダーの赤忍者は、両手を小指から一本ずつ、強く握りしめた。

「無駄話はこれにて終いでござる! お主らに問いかけよう、我々の里に来る気は無いか!?」


 マジナは瞬間に返す。

「無いよ! 急に言われてもって話だし!」


「ならば力ずくで説得するのみ! イヤーッ!」

 赤忍者はマジナめがけ一直線に殴りかかった。

 マジナは鏡写しのようにパンチを打ち、相手の攻撃の威力を殺す。

 拳と拳の相殺の瞬間、二人の周りの空間が歪み始めた。

 それは決して錯覚ではない。ロビーの壁にある障子戸が二枚、三枚、四枚と増えていく。景観がコピーペーストを繰り返したように、部屋が広くなっていく。


「うわ、マジのからくり屋敷だったのかここ!? 商業施設の中だってのに!?」


「ただのからくり屋敷ではない、これは頭領の忍術『景観拡張の術』だ!」


 トツカがその声がした方を見上げると、天井までもが高くなっていたことに気づく。

 同時に、そこに翡翠色に光る水蜘蛛を履いた緑忍者を視認する。


「で、アンタは『浮蜘蛛の術』みたいなもんか?」


「忍具を使っているから術ではない! イヤーッ!」


 緑忍者は十メートルほどの高さから、両足を突き出して落下する。

 トツカは咄嗟に横へ飛んで回避。だがその先には、全身瑠璃色の犬の群れが。


「そして私の忍術は、そのお化け犬の召喚です!」

 殴り合うマジナと赤忍者よりもさらに奥、青忍者が口に指を当て、笛の音を鳴らしている。


「であれば、そこは僕の管轄ですね!」


 ネロアはどこからともなく剣を引き抜き、犬を片っ端から霧散させた。

 空いたスペースに、トツカは三点着地をして、構え直す。


 その二人の周りに、うっすらと青色の霧が立ち込め、やがてさらなる犬の群れが囲み、襲いかかった。

 ネロアは休む間もなく剣を振るった、

「ただ遊びに来たってだけですのに、こんな面倒なことになるなんて……」

 トツカは両腕を構えて、緑忍者の落下攻撃をガードした。

「ていうか、こういう超能力を売りにすればわざわざ出稼ぎしなくてもいいような……」


 ここから三人と三忍の乱戦が始まった。

 満月姉妹たちは異世界帰りのため、忍術に決して負けないくらいの能力を持っている。

 だが、いきなりの戦闘開始と、万が一相手を傷つけてしまわないかどうかの不安のせいで、イマイチ本調子が出せないでいた。


 忍者とは『心に刃を持つ者』と書いて、忍者と成る。

 そうした手加減を見抜き、容赦せずに目的を果たしてこそ、初めて一人前である。


 リーダーの赤忍者は、それを実践する。

「もはやこの間は我が掌中であり、武器庫でござる! 食らえーッ!」


 天井の板が無作為に開き、無数の焙烙玉が投下される。

 部下の忍者二人は、攻撃を一時中断。赤忍者の手により寸法も配置も何もかも歪んだ空間だが、慣れたように隠されたどんでん返しを素早く見つけて、安全地帯へ避難した。


 隠れ場所がわからない満月姉妹は、爆炎の中でひたすら走り回る。

 最中、トツカに妙案が浮かんだ。


「ねーさんたち! 俺のそばに来てください!」

 二人を何とか自分の側に招き入れ、トツカは床を思い切り殴る。

「【不殺の世戒】!」

 発動地点から五メートル以内にいる者が傷つかなくなる結界が展開された。これで三人は爆発が止むまで無事でいられる。


「忘れたであろうか! ここは我が箱庭だ!」

 赤忍者は指を鳴らし、その手を三人のいる地点へ向ける。

 するとその床が左右に開いた。


「わあああ、落ちるうぅーーッ!?」

「掌中と武器庫は言いましたが、箱庭とは言ってませんでしたよね〜〜ッ!?」

「そこ指摘しなくてもいいでしょうがネロアねーさあんーーッ!?」


 そして三人はその暗闇の中へと落ちていった。


 対象がいなくなり、必要がなくなった焙烙玉投下を赤忍者がやめる。

 直後、どんでん返しに隠れていた部下二人が、辺りを見渡した。


「これは悪かったかもしれませんね、初心者には辛いかもしれません……」

「頭領、この後どうしますか!? 早いところ屋敷を戻してあの三人を帰らせますか!?」


「ならぬ! まだ彼女たちは真価を発揮していなかった! それを引き出すまで見定めは終わらないでござる! 時を待て!」


「「ははーっ!!」」

 二人は頭領へ向かってお辞儀した。


*


 暗闇の先は一直線ではなかった。

 傾いた和室、漆塗りの瓦屋根、青々とした竹林など、あらゆる風景をジグザグに通過して、三人は温泉へと落下した。


 それなりの深さがあるため、大した怪我はない。

「だからこういうのを観光に活かせばいいだろうがアイツら!」

「秘匿してこそ忍術ではないのでしょうか、トツカさん!」


 湯質も温度も言うほどのものでもなかったので、三人はすぐに縁へと上がる。

 水蜘蛛体験に備えてか、防水性があった。身体をブルブル揺らして、水を弾き装束を軽くする。


「あの……マジナねーさん……」

 マジナは両腕を組んで考え込む。

「さて、これからどうしようかね」


「ほら、ネロアねーさんも言って……」

 ネロアは勇みから一歩踏み出して意見を述べた。

「もちろんリベンジしましょう! あのような強引な手段には屈さないと、忍者の皆さんに訴えるべきです!」


「ちょっと……俺の言うこと聞こえてます……?」

 マジナは胸を張って返した。

「よく言った、ネロア! 私はああいう過剰な勧誘は嫌いだからさ(※第79話)! 一発反撃してやらないと!」


「お取り込みのところ悪いですけど……まず解決すべきことがあるでしょう……ほら……」

「ですね! ロッカーに財布とスマホが入ったままですし! 戦うにしろそうでないにしろ、あの三人には会わないと!」


「その気持ちはわかるんですよ、俺も。けどそのために……」

 マジナは組んだ腕を横に開いて、首を傾げる。

「さて、ここから現実的な話に戻ろうか。私たちは今、とんでもない距離を落ちてきたけど、あの三人のいる場所に戻るにはどうすればいいのか……」


「いやだから、このままじゃいけないですよ、マジナねーさん……」


「おおっと、そうかい!」

 マジナはトツカとネロアのために、壁を指す。

 浴室のヒノキの壁に、赤、青、緑の和紙が張られた戸が三枚、突拍子もなく現れた。


「これは紛れもなく、あの忍者さんたちそれぞれのステージへ行くものですね。

 マジナお姉さん、頼みがあります!」

「どこの戸へ行きたいかの話じゃないよな、ネロアねーさ……」

「僕は青忍者と戦わせてください。一対他での戦闘は大得意ですから!」


「いよいよ軽蔑しちまうぞ、俺……」


「うん、それがいい! じゃあ私はあの赤忍者と戦うとする!」


 そしてマジナはトツカへ顔を向け、尋ねた。

「じゃあ、君は緑忍者でいいね?」


 トツカはひどく長いため息をついてから、

「まあ、それしかないですからね、そっちにします……でもってェッ!」

 明後日の方向へ向きつつ、マジナを指差す……

「アンタいつまでポロリしてるつもりなんだ、マジナねーさん!」

 特に、忍者装束の上半身前面が破れたことで、自然体に揺れる二つの白い膨らみを。


 マジナはゆっくりと視線を落として、小さい訳では無いが、極端に大きいこともない、程よいサイズの自分の乳房を見つめる。

 そして頬を赤らめて、腕を寄せてその膨らみを強調して、

「まあ、これはこれでよしとしようか」


「ねえよ! 今から敵忍者と戦うってのにそんな目のやり場に困る格好で行かせられるかっての、妹として!」


「確かに……かなり歪んではいますが、ここは公共の場ですから。家のベランダとは勝手が違いますね……」


「あのマジナねーさんの変な日課のせいで違和感なかったのか、ネロアねーさん!?」


 マジナはトツカの肩に手を置いて、

「まあまあ、別にいいんじゃないかな。

 私は夜を進む怪盗として、むしろ胸を見せているほうが品があると思っているから。

 それに忍者にはこういう破廉恥な属性もなくはないから、きっと認めてくれると思うよ?」


「里由来の忍者って、そういうふざけたネタだけは御免だと思いますけどね……

 ああもうやってらんねえ。しゃあない、俺も身を切るか……」


 トツカは両腕を忍者装束の中に入れ、しばらくモゾモゾする。

 するとトツカのなだらかだった胸が、装束の中でボンと丸く膨らんだ。

 そしてトツカは、中でほどいたサラシをマジナに投げ渡す。


「それ巻き付けて隠してください」


 マジナは貰ったサラシと、トツカの装束の膨らみを交互に見て、

「トツカ、君はノーブラになるけどいいのかな?」


「いいわ! 大の姉がプルンプルン言わしながら必死こいた忍者と戦う姿なんか、想像したくもない!」


 使い物にならない忍者装束の上を破り捨てたあと、マジナは遠慮からか、少々ぎこちなく、サラシを胸に巻き付けた。


 直後、ネロアはどこからともなく、黒い騎士の軽鎧を取り出す。


「あと、マジナお姉さん、僕のお古の装備も要りますか? 防御力もあったほうがいいでしょう?」


「サンキュー、ネロア。気が利くぅ」


 さらにマジナはネロアからの装備も着用した。


「そんなものあるならさっさと出せよ、ネロアねーさん! あるいはサラシ返せ、マジナねーさん!」


「これにて準備万端、じゃあ、君に最悪な夜が来ないことを願っているよ、ネロア!」


「僕にとって最悪な夜などありません、死神の申し子として!」


 そしてマジナは赤戸、ネロアは青戸を、意気揚々に開けて行った。


「はぁ……マジやってらんねぇ……」

 数秒遅れて、トツカも緑戸を蹴破って進む。


◆


「実にボス戦らしい戦場であるな……」厨二病モードに入ったネロアの呟きが、ゆるりと空気に溶ける。そこは四角い小部屋に、シュギ=ジキと呼ばれるパターンでタタミが敷き詰められていた。四方は壁で、春夏秋冬の絶景に犬が吠える壮観な墨絵が描かれている。


 反対の辺には、青い忍者装束を着た女忍者が凛として立っていた。「ドーモ。ゴーストバークです」ネロアは己のスキの無さを示すように五指を寸分のズレなく合わせてオジギ。「ドーモ。ゴーストバーク=サン。ネロア・ルォーナピアナです」


 剣と黒い鎧が風を切る音と、指笛の音が、戦いのゴングめいて部屋に響く。霊体の犬がU字にネロアを待ち受ける。古代中国より用いられたツル・ツバサ=タクティクスの再現だ!


「イヤーッ!」ネロアは一番右端にいる犬めがけて剣を投げた。「ヤバレカバレですか、ネロア=サン!?」コンマ一秒後、ネロアはゴーストバークの眼前に立っていた。


 ニンジャ動体視力を持つ親愛なる読者の皆様なら、その一瞬に何が起こったかおわかりであろう。ネロアの得物にはワイヤーが結び付けられており、最右の犬を刺し貫いてすぐ、ワイヤーを掴んで左へと剣を凪いだのだ。霊犬全滅、ワザマエ!


 ゴーストバークは状況判断でダガーを両手に装備! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」ネロアとワン・インチの剣戟を繰り広げる! だが剣技においてはネロアの方が実際卓越している。わずか七合いして二本のダガーの刃はオカキ・スナックめいて粉々に砕け散る!


「イヤーッ!」「ンアーッ!」ネロアは飛び上がり、柄頭をゴーストバークの脳天めがけ叩き落とす! BAAAM! 「ンアーッ!」ゴーストバークはしめやかに爆発……ではなく、気絶! オヤスミ!


◆


 緑戸の向こうの部屋では、トツカと緑装束の忍者――エアロランナーのイクサが行われている。「イヤーッ!」エアロランナーのウキグモによる三次元的な突進攻撃と、トツカのピンポン玉めいて軽やかな側転回避行動が、千日手めいて続いてた。


「どうした少女よ! 逃げてばかりでは俺に勝ち目はない! ジリー・プアー(ジリ貧)であるぞ! イヤーッ!」錐揉み回転とともにエアロランナーの両拳が迫る! しかしトツカの表情には確かな笑みが。「攻めてばかりもどうかな?」


 トツカはタタミに拳を打ち付ける。「【安息の世戒】!」おお、見よ! トツカまであと七メートルのところまで到達したエアロランナーが、VARに掛けられたように遅くなったではないか!

 このトツカの結界は早すぎる相手をスローにする恐るべき効果があるのだ!


 トツカは安全策を取って、エアロランナーのウキグモを強制的に外す! 「グワーッ!」ナムサン! ショックのシャウトすらもスローモーションだ! トツカはエアロランナーの背に、マッサージ師めいて両手をかざし、高圧電流を流す。


「アバババババーッ!?」エアロランナーは全身を激しく痙攣! ダメージ甚大! そしてタンポポの綿毛めいて、ようやくタタミに触れることを許された! エアロランナーは全身からセンコめいた黒煙を立ち上らせて、うつ伏せに気絶していた! オヤスミ!


◆


 ゴッタンガッギン! 十二枚を組み合わせて敷き詰めたタタミだけが、平常を保つ。その周りの壁は、障子や柱や屏風が目まぐるしくモザイクパターンめいて動いている。この面妖な空間にて、赤と赤が睨み合っていた。


「ドーモ。ステージデザイナーです」忍者の里の長に相応しい、数学的にも正しい直角のオジギだ。マジナは怪盗としての矜持と反逆心で、華麗に同じ角度のオジギを返す。「ドーモ。ステージデザイナー=サン。サスペンスです」


 間の空気が、双方の迸るカラテに熱されて、ドラゴンとタイガーのインファイトめいた緊張感で揺れた。「もう一度問う、我々の里のために、貴方の才能を提供する気はないでござるか?」マジナはせせら笑う「頭領の座を盗んでいいのなら!」「では建設的にいこう。我が才気を示すでござる!」


 ガコンガコン! マジナの足元のタタミから、破城槌めいた勢いで角材が飛び出す。繊細なニューロンで危機を感じ取ったマジナは、ティッシュペーパーめいて軽やかに飛び上がり、片手逆立ちで角材に着地! 続いて四方八方からヤリが射出される! アブナイ!


「我がオーグメンテッド・ジツは実際難攻不落! ホワイトフラッグは何時何時でも歓迎する!」「余計なお世話さ!」マジナは忍者装束の締め紐に挟んでいた八枚のカードを、義賊の盗品バラマキめいて周りへ撒き散らす!


 おお、ゴウランガ! 見るがいい! これが怪盗サスペンスの力、八体のドラゴンである! 「さあ、ヤッチマイナーッ!」マジナは八竜に守られながら、ステージデザイナーへ接近!


「負けろ! サスペンス=サン! 負けろ!」ステージデザイナーは脳内にある全てのギミックを展開して、マジナの接近を妨害! 何たる全ステージ攻略コレクションアイテム全収集後に出現するファイナルステージ的理不尽極まりない極悪サディストロードか!


 だがマジナは八竜の助けを借りながら進み続ける! 矢一万本発射装置突破! レーザートラップ網戸突破! 鬼棍棒パイルバンカーストリート突破! ジャックポットピンボールめいた落石ラッシュ突破! 十二支入れ替え謎解きダンジョン突破!


 イクサ開始から二十八秒後、マジナはステージデザイナーの目を至近距離で覗き込んだ。焦燥と畏怖、その二字がボトルキャップのロゴめいて渦巻いた。もうジツは間に合わない。「イヤーッ!」マジナのヤリめいた上段蹴り! ステージデザイナーはブリッジ回避!


「イヤーッ!」ステージデザイナーはそのまま両手でタタミに触れて、カポエイラ由来のスピンキックを放つ。マジナもブリッジ回避! からの、逆立ち!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」スピンキックの応酬、まるでベーゴマの試合だ!


「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ここでマジナが数センチ下に蹴りを潜り込ませて、相手の軸をブラした。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ステージデザイナーの回転速度はヘロヘロだ!


「イイイヤァァァーーッ!」「グワーッ!」ステージデザイナー、スタジアムアウトめいてシュギ=ジキから飛び出す! そこでザンシンを終えたマジナが跳躍! 「これでも食らえーッ!」ヤケクソめいた焙烙玉が投げつけられた!


「GOW!」「PYI!」「NIN!」「JAVA!」「QEAA!」「O!」「WYAAA!」「トドメヲサセー! じゃけえの! マジナ!」八体のドラゴンたちがあらゆる球技をミックスしたパスワークで、焙烙玉をマジナへ安全にパス! 「ユウジョウ!」マジナはコンマ〇.一秒でステージデザイナーへ投擲! ワザマエ!


 ステージデザイナーは腕をクロスし、焙烙玉を弾き返す。だがそこに、マジナが斜め上方向へ飛ぶスライディングキックを押し込んだ! ステージデザイナーは焙烙玉と天井へとランデブー! 「アバーッ! サヨナラーッ!」ステージデザイナーはたちまち爆発……はせず、真っ黒な忍者装束に包まれて、天井にめり込んだ! 決着!


*


 赤忍者が術を解いた時、三人と三忍は、イクサ終了時の格好そのままに、忍者体験コーナーのロビーに戻っていた。

 おまけに三人は、疲労困憊の状態で積み上がっている。


「これからはもっとマシな方法で人材確保するように頼むよ」

「それとこの体験コーナーも大切になさってください」

「あと、本気であの忍術を観光資源にするのを検討したほうがいいです、マジで」


「「「あっはい……」」」積み上がった忍者三人は、そう返したあと、ガックリと首を前に傾けた。


 そして三人は、コーナーに併設された更衣室に行く。


 マジナが、下の装束を脱いだとき、ネロアは頼む。

「あの、マジナお姉さん、できれば僕の装備を返していただけないでしょうか? 今は使ってませんけど、思い出の品ですから」


「いいよ。胸のサイズも合わなかったしさ」

 マジナは鎧と専用インナーを手早く脱ぐ。

「ありがとうございます、お姉さん」


 壊れた装束はお詫びの一環でそのまま廃棄していいとのことなので、マジナは破れの激しい下装束と、原型がない上装束を、近くにあったゴミ箱に入れる。

 そこからまた自分のロッカーの手前に戻って、

「いやあトツカ、なかなか楽しいアトラクションだったね」


「あれアトラクションの範疇に収まっていますか? ……おっといっけない、俺としたことが順序をミスった」


「順序って何だい?」


「マジナ姉さん、さっさと元の服着てください。俺たちしか客いないと言えど」


 今のマジナはパンツ一つしか身につけていない。スラッとした美脚も、バランスの良い胸も丸見えである。


「おっと失礼、恥ずかしいところ見せてしまって」

 マジナはスキニーパンツを取り出して、速やかに足を通す。


「昨日も一昨日も見てんだよ。ったくこのエロねーさん。あとできれば上からいってくれます。もうそのおっぱい見るの飽きて……」

 ここでトツカは、自分の忍者装束の襟に触れながら、地味ながらも重要なことに気づく。


「あの……マジナねーさん。俺のサラシ……どこいったんです?」


「サラシ、何のことだい?」


「いや温泉のとこで貸してたヤツですよ。その後ネロアねーさんがもっといいヤツ渡してましたけど」


「ああ、あれね……?」

 マジナにはさっぱり記憶はないが、あの赤忍者の屋敷操作を突破する最中に、ほどけて落ちていたのだった。


「まあ、そういうことで」


「どういうことだよ!? 俺、このままノーブラで帰らないといけないじゃないですか!」


「別にいいじゃないか。そのりんごサイズを晒すわけじゃないんだから」


「いや……それはそうですけど……マジナねーさん、せめて自分の貸してくれないですか?」


 マジナは微笑み、自分のロッカーに入っている物を次々と取り出す。そこにはブラジャーはなかった。

「悪いねぇ、私はそういう派閥だからさぁ」


「はぁぁぁぁ〜!」

 トツカはその場でしゃがみ、頭を抱えた。


「あの、もしよろしければ僕のなら……」


「帰る前に千切れるって、ネロアねーさんのサイズじゃあ!」

 結局、トツカはこの後はノーブラで過ごす。

 男装用の服装で来ているため、どうしても胸元のボタンが締められず、そういうタイプの痴女になってしまった。


「これは私も同情しちゃうかな、トツカ」


「……因果応報で今ここでテメェの服破り取ってやろうかァッ! エエッ!?」


「それもいいかもね。私見せるの好きだから……あ、でも警備員が怖いからやめておくれ」


【デュアル・フェイス・ニンジャ・イン・アミューズメント 終わり】

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