第192話 キル・ザパセティックパスト
事の始まりは、冬休みのある日。
ユノスが生徒会の仕事として、校内の掃除を手伝っていたときのこと。
作業がある程度片付き、不要になった用具を収納しに歩いていると、
「すみません、満月ユノス様でしょうか!」
全く知らない男子三人組が、揃って異様な眼力で立ち塞がってきた。
「はい、満月ユノスです。貴方たちはいったいどちら様でしょうか?」
「僕たち」「俺たち」「私たち」
「「「e-Sports部です」」」
「e-Sports部……? 僕になんの用ですか?」
先頭にいるなんとなく男子……e-Sports部部長、一ノ瀬は恐る恐る言った。
「厳密に言うと……貴方の妹さん、ネロア様にどうしても用があるのです。どうにか連絡することはできますか?」
この『ネロア様』という呼び方で、ユノスは思い出した。
この三人はゲームの大天才、ネロアを自分たちの部活の存在感を高めるためにあの手この手でe-Sports部に勧誘しようとした自称”三竜将”だ(※第127話参照)。
それが約二ヶ月振りに再び接近してきた。何か裏があるに違いないと考え、ユノスは警戒して口をつぐむ。
すると三人はその場に両膝をついてユノスを預言者のように見上げて拝む。
「お願いしますユノス様! どうか一度だけでも、ネロア様に会わせてください!」
「「お願いします!!」」
胡散臭さは否めないが、その据わった瞳から、彼らがどれだけネロアと会うことに賭けているかがわかった。
「わかった。今から都合がつくか聞いてみるね。怪しいことしないでね」
「「「あ、ありがとうございます!!!」」」
今日のネロアは部活がないので、家にいる。
なのでユノスがメッセージで連絡して、学校の近くに来てもらうように頼んだ。
すると彼女は快く了承してくれた。これにe-Sports部の三人はますますネロアへの尊敬を高めてくる。
ユノスは生徒会の掃除を終えたあと、三人とともに学校近くのハンバーガーショップでネロアと会う。
部室に一度入る可能性もあると予想して、ネロアは律儀に制服まで着てくれた。
ネロアがソファ席に着席してすぐ、一ノ瀬は両手をテーブルについて頭を下げる。
「直属の後輩ですらもないのに、ド休日に呼び出してすみません……ネロア様」
「いえ、特に用事もなかったので大丈夫ですよ」
「本当にすみません」
一ノ瀬は部員二人と会釈した。
挨拶はこれくらいにして、ネロアは本題に切り出す。
「それでは皆さん、どうしてまた僕を呼んだのでしょうか?」
「はい、オチから言うと、我々e-Sports部は近々、この辺で開催されるFPSの高校生大会に出場するのですが、まるで勝てそうになくて困っています」
百式高校e-Sports部は、取り扱う競技が競技なので、様々な部活が存在する当校でも一際若い。
それでいて、ここまであまり実績を出せていない。
人員と熱量は十分にも関わらず、各種ゲーム大会で爪痕を残せていないのだ。
結果不足なので廃部する……というところまでは行っていないが、それでも他の部活から『学校来てゲームやってる』とナメられているのだという。しかも同じ文化部からも。
来年度に迎えたい後輩たちへ、せめて入部への自信を持ってもらいたい。
なので一ノ瀬部長と、それに次ぐ実力者である二宮、三木はこうして、かつて部活に誘い損ねたネロアに再接近したのだ。
「そのFPS……『ヴァーテクス・ガンナーズ』は世界レベルで大流行しているゲームです。注目度もそれ相応。
ここで成果を出せれば、汚名返上どころか、校長先生が諸手を挙げて褒めてくれる栄誉を得られるはずです!」
ここでユノスが三人に尋ねる。
「あれ? そういう大会って正式な部員じゃないと参加できないんじゃないの?」
すると三木が自分のカバンから、大会ルールを印刷したものを二人に渡す。
「要約すると、スタメンは部員でないとダメのようですが、そちらが急におやすみした場合の補欠は、同じ高校の生徒であれば誰でもいいとのことです」
ネロアはプリントを見通して、三人へ返す。
「つまり僕はその補欠という形で、大会に出場するということでしょうか」
二宮は口にしかけたシェイクをすぐにトレーに戻す。
「目ざといなあ、ネロア様。
ああ。明後日俺たちとスクワッドを組む予定だった四方君には仮病を使ってもらうことにした。ネロア様が入る枠を確保するにはそれしかなくてな……」
「それは責任重大ですね……その、ヴァーテクス・ガンナーズというゲームはやったことがありませんので、ご期待に沿えないかもしれませんが……それでも僕に助太刀させてもよろしいでしょうか」
「はい、是非お願い致します!」
「俺たちが手取り足取り教えますんで、あまり気負いせずに!」
「どうか俺たちに勝利をもたらしてください、ネロア様!」
ネロアはコンマ一秒で応答した。
「わかりました。ではチームメンバーとして、百式高校代表として恥じない活躍を致します」
「「「ありがとうございます、ネロア様!!!」」」 三人は息を揃えてテーブルにおでこをぶつけて、ありったけの感謝をネロアに捧げた。
「これから暫しの間、一緒に頑張りましょう、三木さん、二宮さん、一ノ瀬さん!」
こうしてネロアは一時的にe-Sports部と共闘することになった。
「あの……ボクから一言いいですか?」
ここで仲介人という役割のため、あまり話に参加できなかったユノスが割り込む。
「いいですよ、ユノスお姉さん。いかが致しました?」
「えっと、二宮さん、でしたっけ? さっき貴方、『明後日』っていいませんでした?」
「あ、はい……ユノス様。はっきり言いました」
「その明後日って、もしかしなくても大会本番の日のことだったりしないかな?」
「「「……」」」
e-Sports部の三人は、しばらくの間、バツが悪そうに互いを見合った。
そして一ノ瀬が部長としての責任を取る。
「はい……すみません、なかなか声をかけるチャンスがなかったので……他の姉妹様にもちょっと……」
するとユノスは、ハンバーガーの包み紙を握りつぶして、淡々と言う。
「だとしてももう少し早く来られなかったの? こんな無茶なお願いしている自覚はなかったの?」
「はい……」
「はい……」
「すみませんでした……」
「まあまあ、ユノスさん、ここはそういう試練と捉えてみませんか……」
「だとしたら世の中に遅刻って言葉はないよ」
ここからユノスは、二十分ほど『頼む側としての不手際』に関する説教を行った。
*
昼食を終えたネロアとe-Sports部員トップスリー、それと妹の雄姿を見学したくなったユノスは、部室に行く。
黒いカーテンを締め切っていて薄暗く、それでいてホコリっぽい。
備品のパソコンが放つ七色の輝きと、シィィィンなどの静かな稼働音が、実にe-Sports部の本拠地らしい雰囲気を醸し出していた。
「パソコンでゲームするのは何気に初めてなのですよ」
「へえ、今時意外ですね」
ネロアは空きPCに座り、一ノ瀬のサポートを受けつつゲームを起動する。
ヴァーテクス・ガンナーズは、一つのフィールドに百人のプレイヤーが集められて、各所に落ちている物資を集めて戦い、最後まで生き残る、バトルロイヤル形式のゲーム。
明後日の大会では、四人でチームを組んで戦い、最後まで一人でもメンバーが残ったら勝ちの『スクワッドルール』で行われる。
一人ひとりのプレイスタイルだけでなく、チームの力を柔軟に集結・分散できるかが勝利のカギとなる。
一番気を使うべきは、臨時メンバーのネロアと、元々練習していた三人の間での、連係プレイの調整だろう。
とは言えども、ネロアの腕前がどれほどかわからなければ何も始まらないので、試しにソロでのバトルロイヤルをプレイしてもらう。
ゲームを起動し、マッチングを待つまでの間、ネロアは一ノ瀬に尋ねた。
「ちなみにソロの場合、どのような立ち回りをすればよろしいでしょうか?」
「ヴァテガンの鉄則はと言いますと、まずは最低限の武器を集めておく。次は余程自信がないとき以外、無闇に動き回らない。終盤は銃声とか、死んだプレイヤーの遺物として落ちている武器とか、建物の破壊具合とかで敵の所在をじっくり推理したうえで試合を進めていくべき」
「なるほど。わかりました」
「がんばれー、ネロア」
実のところ、ユノスは過去にこのヴァテガンをプレイして、最後の一人になったことがある(※第36話参照)。
(けどその時は、籠城と待ち伏せ狙いのキルでどうにか生き残ってた、あれは正直運だったと思うもんね……ネロアだったらどう頑張るんだろう)
ネロアはパラシュートを展開して、他九十九人のプレイヤーとともにバトルフィールドに着地する。
ネロアが開始地点に選んだのは、中心にある名前のついた街から、やや逸れた位置にある材木工場と思しき建物。
「物資は室内によく落ちています。でもって、そういう名無しのエリアを着陸地に選んだのはいいセンスしていますね」
ネロアはそこで、ショットガンとアサルトライフル、回復系のアイテムなど、初期の優秀な装備を揃えた。
それからネロアはすぐに、中心の街へと潜り込んでいく。
「そこは建物が多いので物資も多いですが、それを求めるプレイヤーの数も多いんですよ。序盤に行くにしてはハイリスクハイリターンですね」
街に来てすぐのところにあったビルに、ネロアは突入する。
ドアを開けてすぐ、逆にこのビルを出ようとしていたプレイヤーと鉢合わせた。
だが出会い頭で慌てることなく、ネロアはショットガンを構えて、至近距離で散弾を相手の頭に浴びせた。
たちまち相手プレイヤーは塵となって消滅した。
ネロアは余韻に浸ることなく、すぐに相手が落とした物資のいくつかを回収して、ビルの三階に上がる。
そこの窓から外を覗くと、こちら側にまた別のプレイヤーが走ってきていた。
さっきのショットガンの音を聞き、漁夫の利を狙いに来たのだろう。
ネロアはすみやかにアサルトライフルに持ち替えて、無防備に走るプレイヤーを狙撃。一分も間隔を空けずに二キル目を達成した。
ネロアは、覗いていた窓から外へと飛び出す。
下りて数歩進んだところで、ネロアから逃げるプレイヤーの姿が画面に映った。当然、ネロアはその背中を追いかける。
「あの人、漁夫の利の漁夫の利をしようとして、中止したんだな」
「弱った相手を攻撃するのは至極真っ当な戦い方ですけど、これは臆病ですね」
と、ネロアの初プレーを観戦していた二宮と三木は、画面上の相手を責める。
二人に文句を言われた相手は、近くの建物に逃げ込もうとする。
と、その前にはグレネードが転がっていた。
ネロアがそこに立てこもると呼んで、先回りして山なりに投げていたものだ。
ドカーン! と、SEがなると同時に、そのプレイヤーの死亡情報が画面左下に流れる。
「どうやら、意外とやれそうですね、このゲーム」
と、ネロアは連続三キルを果たした喜びを、こうしてつぶやいて表現した。
ここからネロアはさらなる物資をかき集めて、街を守るスーパーヒーローめいてこの街に陣取る。
不用心に立ち入ったプレイヤーを片っ端から排除した。
その中でネロアは非常に優秀なアイテムを確保した。『エアロブレード』という剣で、超接近戦においてはどの銃器よりも火力が出やすく、ホバリング機能でダッシュよりも早く移動できるという優れモノだ。
陣取っていた街がダメージゾーン(※いるとスリップダメージが発生するエリア、ゲーム内時間の経過で狭まっていく)に被ってしまったので、これが役に立った。
別の安全地帯への避難にも、能動的に一位を狙うべくあちこちの敵を狩って回るプレイヤーへの対処にも。
こうしてネロアは次々と敵を撃破していき……
「これが終焉の鐘の音だ!」
逃げ惑う最後の相手の眉間をスナイパーライフルで射抜き、優勝の文字を画面に飾った。
そこまでのキルスコアは、二十五だ。
ネロアは椅子を回して、e-Sports部員とユノスを向いて、
「これなら大会が明後日にあるとしても、どうにかなりませんかね?」
e-Sports部員の三人は、ユノスに向く。
「……ボクに返事を委ねないでよ。有識者はそっちだよね?」
三人はネロアと目を合わせて、
「「「た、確かに……」」」
と、言ってから、改めて口を丸くした。
*
この日の下校時間までと、翌日にかけて、ネロアは三竜将とスクワッドを組んで何度も練習した。
ちなみにユノスは二日目には来ていない。このゲームにあまり興味が無いからだ。それでも、大会当日は流石に会場に来て鑑賞してくれるようだが。
スクワッドルールは、ソロ以上に注意すべきものが多く、運が悪ければ一対四の構図になるルールである。
あれだけの無敵っぷりを発揮したネロアを加えても、一同の生存率はそこまで高くはなかった。
それでも四人はめげず、散会しての警戒、一点集中砲火など、各種チームワークのスキルを磨いて、五回に四回は優勝できるように仕上げていった。
二日目の午後三時頃。
「ようし、また勝てたぞー……ほいじゃ休憩です、皆さん。いい感じの時間になったらまた再開しましょう」
「ありがとうございます、部長……」
「失礼します。あのエナドリ、スーパーまで行かないとないんだよな……」
そして部室はネロアと一ノ瀬の二人きりとなる。
一ノ瀬は先ほどの試合の命中率などの記録を、ネロアはスマホで各武器の詳細値を、それぞれ無言で調べていた。
やがて、パソコンの排熱音だけの静けさが嫌になり、一ノ瀬はネロアに尋ねる。
「……その、いかがでしょうか、僕たちと協力プレイをした感想は?」
ネロアはスマホをポケットに素早くしまった。
「はい、大変助かっています。気をつけていますが、僕は少々無茶をしてしまいますので……」
「そちらは僕たちが不甲斐ないプレイばかりして、状況を打破できないのもありますから……
じゃあもう一個聞きます。その、競技的な部分ではなく、楽しさとしてはどうでしょうか?」
「はい、楽しいです。そういえば僕、ここ最近はあまり人と協力してゲームをする機会がなかったので……」
「なるほど……」
こんな時に言うのも人として失礼だろうが、e-Sports部の看板を背負う部長として、一ノ瀬は膝上に置いた手を握りしめ、勇気を出す。
「……でしたら、転部とかは考えてないでしょうか? ネロア様はこちらに転校してからまだあまり経ってないので、『合わなかった』と言えば、すんなりできるかと思いますが?」
そう来たか。ネロアは微笑み、しばらくこの七色にうっすらと照らされた空間を見渡してから、こう返事する。
「それは前と同じです。僕はゲームのことを『楽しむもの』と捉えていますから、真剣勝負としてプレイするのは、合わないと思いますので……」
「なるほど……それは失礼しました……」
一ノ瀬は握った両拳へと視線を落とす。自分のパソコンの排熱音が、異様に大きくなった気がした。
その視線の間に、ネロアはそっと優しく左拳を差し込む。
「だからこそ、明日の大会では絶対に皆さんに優勝を与えたいと思います。ここにとっての希望を与えて、皆さんのようなゲームに対して真摯に挑む方々に、居場所を与えたいですから」
「……本当に、恩に着ます!」
一ノ瀬はネロアの左拳に、慎重に慎重に、己の左拳を合わせた。
休憩に出かけた二宮と三木が戻って来たあとは、今日も下校時間までぶっ通しで練習を重ねた。
*
翌日。
この地域の中で最も大きなイベントホールにて。
ネロアの百式高校e-Sports部を含む、二十五の高校生チームが、会場中央に並んで入場する。
ユノスは、その勇姿を見届けに来た観客の中に混じっている。
「頑張ってね、ネロ……」
そこでユノスは、目を疑うような光景に出くわす。
自分の席のすぐ側に、甲子園などにいるような昔ながらの硬派な応援団がいたのだ。
観客席最前列の空間では、二人の騎手が『私立垓泉高校』の金文字が刺繍された旗を意気軒昂に振っている。
「あれ、ここ、県総体でしたっけ……?」
開会式の開始待ちをしているネロアも、否が応でもそれに目を引かれた。
すると一ノ瀬が小声で自分の頭のデータを披露する。
「垓泉高校はレスリングやフェンシングやカヌーなどの、様々な体育部が好成績を上げている名門校です。
まだe-Sportsという言葉が生まれる前からゲーム大会を席巻していたプロゲーマーが、何故か四、五人いたことから、e-Sports部にも力を入れまくっている強豪です」
「なるほど、それは僕たちのライバルとなりそうです」
「まあ、N連覇どころか、優勝みたいな、確固たる成績は今のところないですが……」
ネロアは注意されない程度に、上半身をコクっと傾けた。
すると二人の後方から、二宮と三木がこっそりと告げる。
「だけどよ部長。今年はいよいよトロフィーを持っていかれるかもしれないですぜ」
「どうやらあちらには最終兵器が加わったようですから……」
部員二人が示す方を、ネロアと一ノ瀬が向く。
垓泉高校のチーム四人の中に、赤いロン毛と、毛先の金色が存在感を放つ少年がいた。
「そうだ、僕としたことが、あの姓憶のことを忘れるなんて……」
「姓億さん?」
「さっき言ってた四、五人のOBから薫陶を受けてる次世代のキングオブプロゲーマー候補です……何やら中学生の時点で、ヴァテガンの非公式大会で大の大人を泣かせまくったとか言われているとか」
「なるほど、それはまさしく最終兵器ですね……」
ここでようやく大会実行委員長が、会場のステージに登壇して、ゲームの歴史を端から端まで絡めたスピーチをつらつらと述べたあと、
「それでは選手宣誓、姓億選手、ご登壇ください!」
「はいッ!」
やるスポーツを間違えているのではと思うほどの威勢の良い返事をして、姓億は委員長が立っていた台へ移る。
「宣誓! 我々選手一同は! 長い月日の努力と、鋼よりも硬いチームの絆を元に、既存のスポーツを追い越すレベルで、この次世代本格e-Sportsを未来永劫、人間の文化として語り継がせるような戦いを行なうことを誓います!」
この情熱に満ちた宣誓に、会場にいる誰もが、考える前に手を出し、万雷の拍手の一部となることを進んで行わざるを得なかった。
「カリスマ性まであるとは、これは強敵ですね……!」
「姓億さんは父親が声優で、母親がプロレスラーってのもありますけどね」
*
開会式後、二十五チームは、大会スポンサーが用意したゲーミングPCセットの前にそれぞれ着席する。
試合中のメカニカルトラブルがないように、一同はレフェリーの指示に沿って確認作業を行なった。
「ヤバい、俺、吐くかも……」
「落ち着け、二宮。私たちにはネロアがいるだろう」
「そうだ。何度も見ただろう、この勝利の女神がエアロブレードで相手をスクワッド単位でなぎ倒す姿を……」
確認作業が終わり、いよいよ試合開始のコールのみ……というタイミングで、レフェリー陣が何やら台の上で一枚の紙と向かってゴチャゴチャ話していた。
そしてその中で、唯一金色の腕章を付けているレフェリー――ジャッジマスターが神妙な面持ちでマイクへ向かう。
「緊急でお伝え致します。ゲーム運営サイドからのお知らせで、エアロブレードに深刻なバグが見つかったとのことで、本大会では当アイテムがスポーンしないように設定致しました。急な対応で申し訳ございません」
あちこちのデスクからやんわりと文句が飛ぶ中、二宮と三木は、部長を睨みつけた。よくもフラグを立ててくれたな。と、言わんばかりに。
一ノ瀬は高校側で用意してくれたチームTシャツに汗を染み込ませながら、どうにか言葉を紡ぎ出す。
「あ、安心してくれ……それはこの二十五チーム全部に対するデバフだ」
ネロアも剣呑な雰囲気を察知して、にこやかにフォローする。
「そ、そうですよ! 剣一本なくなったとしても、なんとかなりますよ、僕たちは!」
試合開始後。
『すごいぞ百式高校チーム! ゲーム開始から四チームを欠員なく壊滅させたー!』
なんとかなった。
たとえエアロブレードがなかろうとも、このゲームの基本理念である、銃の打ち合いの意識と、チームワークを徹底して立ち回ることはできる。
ネロアたちは進撃を繰り返して、まるでシミュレーションゲームのように、着陸地点の南西部を制圧した。
『一方で、本大会の優勝候補、垓泉高校チームも快進撃が止まらない! 二チームの撃破と、四チームでの大乱闘を損害なく突破したー!』
この実況はプレイ情報漏洩防止のため、選手には聞こえていないが、元のゲームに搭載されているバトルログで、あらましは伝わってくる。
姓憶が誰々を撃破しました。というメッセージが滝のように流れてくるのだ。
これをプレイ中に脇見した二宮と三木は、こっちの背中でも滝を作っている。
部長の一ノ瀬は流石の貫禄で、ポーカーフェイスを決め込んでいるが、
「距離的に、姓憶たちは俺と反対側にいるみたいですけど……ぶつかったらたまったもんじゃないですね……」
弱音の方は止められなかった。
「『最後の最後でも相手を殺す手段を持ち続けろ』……ですよ、一ノ瀬さん。まだ目を合わせたこともない敵に負けることを考えちゃダメです」
「で、ですね……失礼しました」
百式高校チームは、ダメージゾーンを避けるために、森林地帯を北東に向かって慎重に進んでいた。
すると森の境目辺りで、木々に紛れて二チームが撃ち合いをしていた。それぞれの人数は三。既に手負いのようだ。
「いかが致します、ネロア様? 片方が負けるまで待ちますか? 両方まとめていきますか?」
「漁夫の利が来ると、四チームの乱戦になる恐れがあります。速やかにあの二隊を蹴散らして、早いところ抜けましょう」
「「「ラジャー!!!」」」
ネロアたちはプレイヤーキャラにダッシュさせて、片方のチームの側面に集中砲火をぶちかます。
そのチームは、こちらに銃口を向ける時間すらなく、たちまち全滅した。
「うわやべえ!」
「百式の連中じゃんか!」
ネロアたちは一旦木の裏に隠れて着実にリロードを行い、残る一チームも掃除しにかかる。
ネロアが一番先に木々から顔を出すと、三人の敵がこちらに猛ダッシュして来た。
「ショットガンで一撃必殺を試みているようです」
ネロアたちはサブマシンガンやアサルトライフルで、迫りくる敵チームめがけ弾幕を展開する。
対する相手は、それぞれが持っているだけのグレネードをHPの続く限り連投してきた。
「アイツら……勝ち目がないのがわかって特攻してきてます!」
その狙いがわかったときには手遅れだった。
ネロアの周囲には、足の踏み場もないほどグレネードが落ちていたのだ。
「……!」
ネロアはすみやかにショットガンに持ち替え、狂奔状態の三人に連続ヘッドショットをお見舞い。その刹那、彼女の周りで爆風の連続が起こり、エフェクトが消えるとそこに人の姿はなかった。
『ここで百式高校が、チームの要を一人失ったようです! これは痛い!』
「ネロアー!?」
これには観客席のユノスも叫ばざるを得なかった。
「「「いけいけ垓泉! いけいけ垓泉!」」」
「でもって、そんな必死に応援する必要あるの!? 向こうのみんなヘッドホン付けてるのに!?」
そして隣のやかましい応援団に当たった。
「そんな、俺たちの勝利の女神が……」
「これじゃあ、また平凡部活に逆戻りです……」
主力のネロアを失ったショックにより、思わず支給されたコントローラーを落としかける二宮と三木、
「「いいや、まだです」」
そこでネロアと一ノ瀬は同時に言った。
一ノ瀬は自キャラを、爆撃地点へと動かし、そこに落ちていたネロアの武器と、光り輝くエンブレムを拾う。
「一ノ瀬さん……本当にやるんですか?」
「はい、今からリサージェンスに行きます」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
ヴァーテクス・ガンナーズの二人以上の対戦モードにおいて、チームメンバーが撃破された場合、元々所持していた物資の他に、エンブレムがドロップされる。
このエンブレムを、『リサージェンス・ポート』という場所にセットすれば、撃破されたメンバーを復帰させることが可能なのだ。
ただし失ったものを元に戻すのには、大きな代償を伴うのが世の常であり、ゲームの中にもおいてもそう。
リサージェンス・ポートは、どの試合においても激戦区となりうる名前付きエリアにしか設置されていない。
また、セットしたあとに、一分半という大勢のプレイヤーが動き回るゲームにおいては長すぎる待機時間が発生する。
さらに一チームで復活可能な人数は、最大一人だけという制限もある。
もちろんその間に生き残ったメンバーが全滅すれば、元も子もない。
それでも一ノ瀬は覚悟していた。
「わざわざ部員じゃないネロア様を、無理を言ってここに呼んだ身分だ……なんとしても生き返らせる、それが僕たちにできる、唯一の罪滅ぼしか恩返しだ! ついてきてくれるか、二宮、三木!」
「おう! 部長の言うことだったらなんなりと!」
「それと、仮病で休ませた四方さんのためにも、あっさりネロア様も見捨てられない!」
「だろうな! よし、早くリサージェンスへ行くぞ!」
三人のe-Sports部員たちは、直ちに森を抜けて、一番最寄りのリサージェンス・ポートにたどり着く。
無事にネロアのエンブレムをセットしたあと、三人はそのオブジェを背に、三方へ警戒を向ける。
ここは古都のようにレンガ造りの建物が多いエリアで、ポートは街のシンボルとも言える、中心の噴水のすぐ側に設置されている。
四隅にある建物の屋上なり、十字に伸びる大通りなり、ポート利用者をカモにできる空間はいくらでもあった。
三人は揃って脇を引き締めてコントローラーを握り、視点操作の左スティックをグリグリ動かす。
そして……三木がスナイパーライフルを構えて、南東にある建物の屋根に弾丸を放つ。
「ちっ、外した!」
それでも場所は明かされた。南東から狙撃を目論んだチーム四人が、続々と顔を出し、中距離武器の弾丸を撒き散らしてくる。
三人は、遮蔽物としては心もとないが、ベンチの側にかがみ、一度体勢を整える。
「これでも食らえ!」
そして二宮がグレネードを屋上めがけて投擲。敵チームが一度引っ込み、銃撃が収まった。
爆炎は確実に屋根の上で巻き起こっていた。だが、ログには撃破情報は表示されていない。
ネロアの復活まで残り六十秒。それまでにあのチームが諦めて他所に行ってくれるといいが……と、自嘲的な楽観を三人がしていると……
「危ないっ!」
二宮が一ノ瀬のキャラの右に素早く移る。直後、彼のHPの七割が消し飛んだ。
三木はすかさず南西の建物に、グレネードをぶん投げる。急な対応だったため、屋根の上には乗らなかったが、そこに四人のプレイヤーが立っていたことを示す目印にはなった。
「大丈夫か、部長!」
「君こそ大丈夫か、二宮!?」
「まだ死んではいません。死に安です!」
「そうか。けどこれは……マズイことになってしまった……」
南東と南西の建物には、橋なり地下道があるわけではない。そちらに移るためには、南に伸びる大通りを横断しなければならない。
だが三人と、撃破されたプレイヤーの特権として彼らの視点を見られるネロアも、横断した四人の姿を見ていない。
ともすれば、考えられるのは最悪の事態……
「二チームに目をつけられた!」
三人は再びベンチの側に屈んで隠れる。しかし、真正面からの銃撃でベンチが壊れてしまう。
南東の屋根にいた別チームが、大通りに出て、比較的近距離に移り、攻撃し始めたのだ。
三人は二宮をかばいつつ南東の建物の壁際に退避する。距離があったので被弾数はそれほどでもなかったが、かなり手痛いダメージを負ってしまう。
「どうします、まだ四十五秒もありますぜ……」
「たとえ今すぐ復活しようとも、このままだとチームもろともお陀仏してしまいます……」
「「どうします、部長!!」」
と、部員二人が決断を迫ってくる。ネロアは死人に口無し。と、言うように黙って画面を観ている。
一ノ瀬は、脳細胞すべてを直列に繋ぐようにして、おおよそ五分ほどの脳内会議を一秒内に済ませた。
そして、彼は自信を持って指示を出す。
「全てをネロア様に託す! 玉砕覚悟で敵を減らすぞ!」
「「はいッ!!」」
HPに余裕のある一ノ瀬と三木は、建物の角から躍り出て、大通りの敵四人めがけて乱射をお見舞いした。
二宮はその場に留まり、南西の建物の部隊を牽制する。
だがあえなくライフルの弾を浴び、仲間たちの視界の外で消滅した。
三木のヘッドホンから、弾切れの音が鳴った。
速やかに別の武器に持ち替えるも、それも弾がない。
「嫌な敵のやり方をパクるのは心苦しいが……うおおおお!」
故に三木は、持っていたグレネードをぶん投げながら、大通りの部隊へと突進。そして四キルの表示と、HPがゼロになった表示を両方、モニターの画面に映し出した。
「三木ぃぃぃッ!? ……僕も今から追うぞぉぉぉ!」
三木を看取る間もなく、部長・一ノ瀬は、ワイヤーロープを南東の建物に投げて、一瞬にして屋根に昇る。
屋根の部隊は突然の接近に驚き、そちらにスティックを回すのが遅れた。
「……後は頼んだぞ、ネロア様!」
「どうか死神の慈悲があることを……一ノ瀬殿!」
ネロアがリサージェンス・ポートから再出現してから僅か一秒後、一ノ瀬は屋根の上の部隊と撃ち違えたのだった。
*
ここからネロアは単騎で戦場を歩むことになる。
いくらゲームの達人であるネロアであっても、一対四を制することは無茶だった。できなくもないが、その後の回復が大変なのだ。
なのでネロアが取った作戦は、ゲリラ戦じみた奇襲行動だった。
遠くから相手を狙撃し、メンバーの一人を眠らせてから、身を隠して撤退する。
このスクワッドルールは人数差が物を言う。後は他のチームに倒してもらえればそれでいい。
『満月選手、たった一人になりながらも油断できない存在感を放ち続けています! 果たしてどのチームこの戦場の死神を追い払うことができるのでしょうか!』
「頑張れー、ネロア!」
この粘り強いプレイには、ただ身内が出るからというだけでやって来たユノスも流石に興奮した。
ダメージゾーンの拡大により、バトルフィールドは段階的に狭まっていった。
やがてプレイヤーが居られる場所は、もはや隠れる場所がないような、目視で半径五十メートルほどの小面積になった。
「ああっ! この、やられた!」
そこでネロアは、一人のプレイヤーを撃破した。
そしてその脇にいた、残るチームメンバーが二丁拳銃を向けてくる。
「かなりの時間差があったが……これでオレ以外は全員やられちまった……お見事と言ってやろう。そちらから、何か言いたいことはないか?」
対するネロアも、コントローラーをしかと握り、己の分身にマグナムを構えさせる。
「地獄の底から貴様を殺りにきた」
「……そんな覚悟では欲しい物は手に入れられん。オレとお前の……覚悟の違いを分からせてやろう。新兵」
「幾万の屍を積み上げ、ただ一人を待つ……貴公も、知るがよい。死神の刃、ネロアを。敗れを知らぬ戦いを」
「我が道を阻む者、すべて打ち倒すのみ!」
という、プロゲーマーがただゲームが上手いだけでは成り立たない職業であることを示す、言葉の前哨戦を交えたのち、両者はお互いのコントローラーを動かす。
僅か半径五十メートルの空間の中で、縦横無尽に動き回り、ここまでの旅路で拾い集めた銃器を惜しみなく撃った。
だが、銃弾が双方の気迫に負けて逃れるように、まともに当たらない。
なら一発一弾にも相応の魂を込めればいい。開戦から二十秒後、二人は相手にかすり傷を幾度と当てた。
満タンになるように管理していたHPが、春の陽光を浴びた雪だるまのように減っていく。
その地面は、着弾のエフェクトによって黒点に塗りつぶされていく。
この想像を絶する激戦に、観客席は利害を忘れて息を呑むばかりだった。
『おお、おお……』
こういう時こそ何か言わなければならない実況者も、まともに声が出せなくなった。
――そして決着の時が訪れた。
姓億のショットガンが火を吹く寸前、ネロアのマグナム弾が彼の眉間を一閃、
「なるほど……オレの、負けか……土に還る……時が来た……風が吹き、雨が……降る……強い者が……弱者を……これで……良かったのだ……」
姓億はいかにもな捨て台詞を残しておいて、消滅した。
直後、第三のチームの残党一人が、ダメージゾーンから抜け出してきた。その手にはライフルが握られている。
全ての武器はリロードを待っている。回復する余裕も時間もない。ネロアは、このプレイヤーを迎撃する余力はなかった。
「……おめでとうございます……」
と、ネロアは画面に向かって笑って言った。
*
イベントホールのエントランスにて。
ネロアとユノス、一ノ瀬、二宮、三木らe-Sports部はベンチに横並びで腰掛けていた。
一ノ瀬の手には、二位のガラス製トロフィーが握られている。
「いやあ、惜しかったね、ネロア。あとちょっとで優勝できたのに」
ユノスの言葉に、ネロアはゆっくりと首を振る。
「いえいえ、そう言うよりかは、思ったより上位に食い込めたな。と、僕は思いました」
「ホントですよそれ!」
「スクワッドルールで、一人になってからあれだけ粘れたんですから!」
と、三木と二宮もネロアの奮闘を称えてくれた。
ネロアはそういった慰めがなくとも、晴れやかでいる。
その一人と二人に挟まれた部長……一ノ瀬は、トロフィー越しに床を見つめていた。
「あの、一ノ瀬さん……最大の功績はあげられなくてすみません」
「いいえ……違います。これは悔しがりは悔しがりでも、これをゲットしてしまったことの悔しがりですよ」
e-Sports部の実績を作る。という野望のために、部員以外の助っ人を呼んでしまった。
優勝のものではないが、これも立派なトロフィー、実績だ。だが、そうして得た実績に意味はあるのか?
この大会を終えて、そうした疑問が一ノ瀬の頭をもたげてきたのだ。
そうした一ノ瀬の後悔を、ネロアは彼の不自然な微笑から読み取り、助言する。
「だったら……次は皆さんだけで勝てばいいじゃないですか。何がともあれ入賞できましたから、これで皆さんも自信とやる気がついたはずです。 だから、きっといつか、もっと綺麗なトロフィーを貰えるに違いありません!」
「……そうですね。次こそは、僕たちだけで、一位を掴み取ってやりましょう!」
そして一ノ瀬は立ち上がり、二宮と三木の前に移る。
部長の意思に言われる前から応え、二人も立ち上がった。
「よし、じゃあ来年二月の格ゲー大会で、次こそ結果出すぞ! 百式e-Sports部……ファイトーッ!」
「「ファイトー……!!」」
(野暮だけど、こっちの三人は台詞が陳腐だね……野暮だけど)
と、ユノスは横目で眺めていた。
(オレたちも期待しているからな……二ヶ月後、そこで待つ!)
数十メートル離れた場所から、姓憶たちも三人の一歩成長した姿を、横目で見守っていた。
それから五人はまたいずれどこかで会うかもしれないことを約束して、それぞれの帰路につく。
途中の電車の中で、ユノスは冗談半分で尋ねてみた。
「ねえネロア、やっぱりあなたe-Sports部のほうが向いていると思うよ? 今からでも考え直さない?」
ネロアはアハハとやや大げさに笑ってから、
「それ、一ノ瀬さんにも言われたことですが……結構です。僕としては、やっぱりゲームは楽しむものという認識なので。
競技としてやると、全身のいたるところに変な力が入るような気がして、疲れてしまうんですよ……実際今もそうです」
「だよね。異世界のほうでも定期的に楽しむ間もないくらい振り回されてたこともあったらしいしね……とにかくお疲れ様、ネロア」
「ありがとうございます……はあ、明日の他校との練習試合、最大のパフォーマンス出せますでしょうか。
僕一年なのに、先発を任されてしまいまして……二年生の何人かが早めに旅行に行くようでして」
【完】




