第191話 家庭を守る料理を続ける ――ワノの荒稼ぎ・料理動画編――
十二月下旬のある日。満月家にて。
「いくら金が欲しいとはいえ、やっていいことと悪いことの区別も付けられないのか貴様ァ!」
「ひぃぃぃ、ごめんなさいっス! ごめんなさいっス!」
怒髪天を衝くサバキへ、ワノはただひたすら頭を床に擦り付け、誠意いっぱいに謝罪していた。
お風呂から出てきて早々、これに出くわしたネロアは、たまたま近くにいたイバラに問いかける。
「何があったんですかこれは……?」
イバラはワノが現在に至るまでの経緯を語る……
*
話はさかのぼること一日前。
「あーお金欲しいっスー」
ソファで横になり、一切合切行けそうにない観光スポットの紹介番組を見ながら、ワノはそうつぶやいた。
そのソファの脇に体育座りし、スマホをいじっているピコリは言う。
「ワノ、ジャスト五分毎にそれ言うのやめてくれない? そのおふざけどういう切り口でツッコめばいいかわかんなくて毎回困るんだけど」
ワノはこの注意をガン無視し、ソファから起きあがり、
「そうだ、イバラ使ってお金稼ぎしよっス」
「話の導入急過ぎない? 師走と言えどこんな局所で急ぐ必要ないよ?」
決断したらすぐ実行。ワノはキッチンに向かう。
ついでに、ただならぬ予感がしたピコリはワノについていく。
イバラは調理台にもたれて、スマホを見ていた。
「イバラ、今暇っスかー?」
「かねもうけ……ことわる……」
「あ、そうスか、わかったっス。じゃあ、今回イバラには料理動画を撮ってもらいたいんスけど……」
「わたし……いまことわった……」
「しかも話の導入が急だし!」
この後、ピコリに口下手なイバラの分までコテンパンに注意されたワノは、改めて今回の要件を、いつもどおり卑しく語る。
「今回、イバラには料理動画を撮ってもらいたいんス。
最近は自炊需要とかもあって、世間は色んなレシピを欲しがっているんスよ。
プロの本気の料理から、だいぶ緩めのズボラ飯まで、色んなジャンルの料理人が活躍してるっス。
どうすか? なってみたくないスか?」
これをいつもの真顔で聞き終えたあと、イバラはそのままの顔で尋ねる。
「こうこくしゅうにゅう……レシピほん……テレビしゅつえん……かんしゅうしょうひん……じってんぽ……」
「おお! 察しが早いっスね〜!」
「それはホントに察し早いね、イバラ。ベタなネット発の料理人の出世ルートをたどってら」
「じゃあそれだけ含蓄があるのなら、売れるのも早そうっスね! それじゃあ行きましょうか!」
イバラは五度ほど首を傾げる。
「は……?」
「な、何でスか? イバラの料理に文句言ったヤツなんてどこにもいないっスよ」
(この家にいる人間以外は食べたことないからね。仮に言おうものなら銃突きつけられるし)
と、ピコリは胸の内でつぶやいた。
「わたしがりょうりするのは……いえのため……わざわざひけらかす……ひつようある……?」
「いやいや、そういう人が活躍してるんスよ。本屋に並んだレシピ本を見てみたことはあるっスよね? 著者だいたい主婦か主夫っスよ?
謎に長い帽子被って、皿のデカさに合わない量の料理をバカ高い値段で売ってるような奴らよりも、セコい手も使う家庭感満載の人が好かれるんスよ」
「両陣営とも敵に回してない、ワノ?」
「きっとイバラの腕を必要とする家もどっかにあるはずっスよ。というわけでどうスか、料理人として世の中に役立つことをしたくないっスか?」
「イバラ、この人はこういう人の善意に付け込んで、そこで生じる利益を吸い取ってウハウハする吸血鬼だからね」
このようなワノの手口に、ピコリはこれまでに三、四回ほど遭遇している。
姉として、ピコリは彼女の危険性をイバラに訴えた。
「いいよ……やる……」
「いややるんかい!?」
相変わらずの無表情であるので、その真意は伺えないが、ワノはこの返答に大満足。
彼女の肩に手を回して、ご満悦の様子で身体を揺らす。
「ありがとうございますっス〜! これから一緒に頑張って行きましょうっス〜!」
「いえー……い……」
こうして、ワノとイバラの料理チャンネル運営が始まってしまったのだった。
*
ワノとイバラ(と、ピコリ)はまず庭に出た。
ここでワノはチャネルバットを四体召喚。十分なスペースを確保して、それらの口からパーツを射出し、ものの数分でプレハブ小屋を組み立てた。
ドアを開けるとそこには、小規模ながらもしっかりとしたキッチンスタジオがあった。
ワノは先んじて中に入り、その壁をコンコン拳でつつきながら言った。
「これはマックス四畳くらいのサイズで、お望みの設備機能の小屋を作れるアイテムっス。謎に定期的に地形が変わる世界『ログナイース』の住民の必要物らしいっス」
「いつぞやの修学旅行での事件で使ってたヤツだね(※第94話参照)。で、この名前は何?」
「『マイホームやめました! 住めばどこだってタワーマンション宣言!』っス」
「一回どっかでコピーライティングのお勉強したほうがいいと思うよ?」
とりあえず何か一品作って撮ってみることに。
イバラは使えそうな食材を、家からスタジオに持ってくる。
現所有者のワノにも原理はわからないが、水と電気とガスが使えることを確かめて、
「タイトルコール……いる……?」
「どういう構成かまだ考えてないんで、それは別でっス。じゃあ適当に始める系のワード言ってくださいっス。そしたらアタイがカメラ回すんスで」
「はじめるー……」
まずイバラはキャベツ四分の一玉をザク切りにしていく。
それの手元をワノは自分のスマホで撮影する。
「てもとだけ……とるんだ……?」
「イバラも観てるだろう料理動画も、手の作業だけ映してるっスし。顔映して欲しくないっスでしょうし」
「それは……そう……」
次に、ボウルへ卵一個、小麦粉大さじ六、お水百ミリリットル、それからダシ顆粒……
「ちょい待てっス」
イバラが傾けた顆粒の瓶の前に、ワノは手のひらを差し込んでガードする。
「なに……?」
「ちょっとダシ顆粒は使わないで貰えるっスか?」
「なぜ……?」
「ネットだと『料理人がダシ顆粒を使ってはいけない』っていう風潮があるんすよ」
「けど……これにはひつよう……」
「だとしても、なんか十把一絡げに『使うな使うな』言ってくる奴らがいるらしいスから、リスクヘッジで使わないようにしてくださいっス」
「はあ……」
……ダシ顆粒の瓶は蓋を閉めて置く。
ボウルの中に入れた具材を一度よくかき混ぜ、さらにザク切りキャベツも加えて混ぜた。
あらかじめ油小さじ一を敷いて熱していたフライパンに、豚バラ肉を二枚伸ばして置く。
表面がいい感じに焼けたところで、ボウルの中身を上から流して、平らにする。
中火で三分ほど焼いたあと、裏返してフライパンの蓋を閉め、火を一段階弱めて五分焼いた。
蓋を開けて、焼けた一枚をお皿に移し、ソース、マヨネーズ、青のり、かつお節を適量でかければ……
「かんせい……おこのみやき……」
「……はいっ、オッケーでーす!」
無事にインサートまでを撮り終えて、ワノはスマホカメラを停止した。
「で……どう……とれだかは……」
「料理番組に撮れ高とかないっスよ。あとはこれをテンポよく編集してけば動画になると思うっス。効率性重視でショートでいいっスかね」
ここでカメラ後ろに控えていたピコリがワノDに尋ねる。
「音はどうするの? イバラだから解説とか気の利いたコメントとか、素材の段階だと入ってなかったけど」
「そうっスね。わかりやすくなるように聴覚情報も入れておくっスか。スマホカメラじゃASMRになるほど高音質じゃないスし」
ワノはいつの間にか入れていた動画編集アプリを用い、イバラの料理工程を八十秒にまで圧縮した。
その後、イバラのレシピ解説の音声を収録する、のだが……
「まず……キャベツよんぶんのひとたま……ザクぎり……
つぎに……ボウルにたまごいっこ……こむぎこ、おおさじろく……」
ワノは録音停止ボタンを勢いよく押した。
「カット! そんな小声でダラダラ喋ってたら誰も最後まで観てくんないっスよ! このタイパ至上主義の時代に逆行しちゃダメっス!」
「ごめん……ワノおねえちゃん……」
イバラは自分の口下手とローペースを自覚している。
それをワノにハッキリと指摘されたことにより、イバラはスタジオ背景へ片手を突き、思いきりうなだれた。
戸惑うワノへ、ピコリは超弱めのエルボーを肩に当てる。
「ワノー、ビジネスパートナーを大事にしなさいよー」
「さ、さーせんっス」
レシピ解説は、機械音声に代読させることにして、どうにかシェフの機嫌を取り戻した。
ちなみに出来上がったお好み焼きは三等分して美味しく頂いた。
*
ワノは完璧に仕上げたショート動画を専用チャンネルにアップした。
それから数時間経った夕方。
イバラが家のキッチンで夕食の支度を進めている間、ワノはダイニングテーブルの一席に座って、動画のアナリティクスを確認する。
「八千……ショート動画にしてはしょっぱい再生回数っスね」
「えー、そんなもんなの? ちゃんと誰でも作りやすそうな簡単なレシピだったし、味も美味しかったのにー」
と、ピコリがその横から画面を覗いて、口を開いた。
その言葉を聞くと、ワノの顔から八千再生ゆえの険しさが消えた。
「それが原因っスね。誰でも作りやすそうな簡単なレシピだからこそいけないんスよ」
「どうして? 料理動画ってそういう人がこぞって観るんじゃないの?」
「だからこそ、そういう需要を先駆者に存分に取られている可能性が高いんスよ。
最悪の場合、本当の料理初心者は『動画観るのもかったるい』ってなって、検索して最初に出たレシピサイトに言っている可能性も高いっスし」
ワノはこの場で八千の屈辱を晴らすため、次のビジネスプランを考える。
ASMRは、さっき思った通り、専用の録音機器がないとお客さんに満足して貰えない。ボツ。
高級食材を用いた見栄えのいい料理を作る。立ち上げの段階では経費がかかり過ぎるため、博打になる。ボツ。
料理の上級者にして、動画投稿者の初心者が取るべき最良の作戦。それは……
「かくなる上は……数撃ちゃ当たるでやろうっス!」
ワノはキッチンにいるイバラへ、号令のように叫んだ。
「イバラ! 明日は六本撮り、お願いするっス! 品はアンタのやりやすいもので結構っスよ!」
「はいわかった……おねえちゃん……!」
イバラは特に驚く様子を見せず、うなづいた。
「仕事人だね、ホント……」
未だにどういう動機であのワノと共闘しているのかはわからないが、ピコリはその不動の感情に、今一度舌を巻く。
*
次の日。
ワノとイバラは朝から料理動画撮影に注力した。
焼きそば、オムライス、生姜焼き……イバラが他人のレシピを見ずとも、自己流ですぐに作れる料理を次々と作っていく。
「かんせい……てんどん……」
ワノはイバラがほんの少し持ち上げた天丼の中身をじっくりとスマホカメラに収めて、
「はい、オッケーっス! ありがとうございましたーっス!」
動画四本目の撮影を完了させた。
その時の時刻は十一時半。四品のストックがあるが、これらは撮影用の一人分。姉妹全員分の昼食にはできない。
「今のとこ、あと二本撮ったら終わりっス。じゃあ午後、もうひと踏ん張りお願いしますっス!」
「うん……わかった……」
イバラは例の真顔のまま、撮影小屋から家の玄関へと歩いていった。
ワノはしばらくスタジオに残り、軽く素材を見ておく。
「いやあ、だいぶ撮れたっスね。これは後の編集が大変そうかもっス……」
「いやイバラほどじゃないでしょ!」
「はっ、その声は……!?」
ピコリである。
生姜焼きの段階からこのスタジオのドアを開けて、こっそり撮影風景を観覧していたのだ。
彼女はズカズカとスタジオに入り、ワノを睨め上げる。
「ワノ! いくらなんでもイバラをこき扱い過ぎだよ!」
「ああッ!? 一体どの口が言ってるんスか、ピコ姐!?」
「イバラのピコ姐でもあるウチがだよ! そりゃ駆け出しの動画投稿者が成り上がるにはありったけ手数を出す他ないのはわかるよ、ウチも異世界でアーティストやってたときはそんなスタイルだったし!
けどあなたはイバラにだけ負担掛けすぎだって! ただでさえ大家族の三食を作らなきゃいけないのってのに……ご家庭の食卓のサポートをするためのチャンネルの実態がこんなのなんてヒドイよ!」
するとワノは烈火の如く怒り出す。
「うるさいじょピコ姐ッ!
こちとら金が欲しいんだじょぉ! 卵をメレンゲにしたパンケーキとか、お湯につけた乾燥ワカメとかみたいに、アタイのお小遣いを大幅に増やしたいんだじょぉ!
大体にしろ、野菜に卵とかお肉とかタンパク質系の食材を加えて、そこに一パーセントの塩分を加えりゃ大体料理になるっていうのに、どいつもこいつもプロの品を意識し過ぎるからいつまで経っても自炊意識が浸透しないんだじょお!
そういう半端に意識の高い奴らが幻想の中では料理人として振る舞えるようなカギをアタイはとお〜くべつに作っているんだじょぉ!
そんなアタイなりの慈善活動にケチ付けられる権利など、誰にもないんだじょぉッ!」
このワノの金銭欲にまみれたドス黒い本意を聞いたピコリは、
「……も、もうダメだ……この人、手に負えない……」
とぼとぼとスタジオを去った。
そして家に、リビングに入る。
イバラは当然の如くキッチンにいた。大鍋で人数分のお蕎麦を茹でているところだった。
(もうマジで料理長じゃん。ずっとキッチンいて平気でいられるとか……)
今日はもういいよ。後はウチがやる。
と、言って快く鍋を譲ってくれるような性分をイバラは決して持っていない。
それをピコリは、イバラの直ぐ側、シンク前を通り過ぎたところで気づいた。
突然近づかれたので、当然イバラはこっちを見てくる。
なんでもない。と、すっとぼけるのも味気ないので、ピコリは代わりに、どうにか振り絞った質問を放つ。
「ねえ、イバラはどうして料理を始めたの?」
「……」
「なんか本業の殺し屋の隠れ蓑としてやってたというのは聞いてるけど? ほら、どっちが先なの? 働いてたお店がそういう組織だったのか、組織に所属したらそっちも任されたのか。って?」
イバラはサラッと答えた。
「そしきにはいって……そっちもならった……」
イバラが今くらいの料理の腕になったのは、ほんの数年前だという。
組織に入る前……勇者パーティーに属していたときは、仲間たちと同様、魔物の肉を素焼きするレベルのことしかできなかった。
そこから追放されたのち、ギャング組織に流れ着いた時から、表の顔を守るために、先輩ヒットマンたちから教わったのだという。
「あたらしいいえ……まもるため……それもひつようだった……」
「思いの外ハードめな話だったね」
「……」
イバラは茹で上がったお蕎麦をザル付きボウルに移し、
「ちょい……どき……」
「おっと失礼」
それをシンクに置いて、流水で冷やす。
「で、この満月家でも、家族の健康とかお腹を守るために料理を続けてるんだね」
「あと……このせかいだと……ころしエヌジーだから……こっちのうでしかいかせない……」
「それは本当に、そう! イバラは本当に家族思いなんだね、偉いよ……」
イバラが冷凍庫から出した氷をザルボウルに入れたのと奇しくも同時に、ピコリの頭にキーンと衝撃が走る。
これは何かの手違いでピコリの頭に氷が降り掛かったための頭痛ではなく、閃きによるものだ。
「……だったらさ、ワノのビジネスに付き合うのやめない?」
「なんで……?」
「やっぱりイバラの料理は、本当にこの満月家のためのものだからだよ。
別にイバラがあれだけ頑張って、家庭料理のレシピをネットに上げなくていいって。
暇な時に軽く検索してみたけど、ワノが言ってた通り、マジで主婦か主夫が書いたレシピ本が多いし、なんなら栄養士とかの資格で完全防備している人もいたから」
「わたし……りょうりするの……くじゃない……」
「だったらできれば、ウチらのためにやってくれないかな? 新しいレパートリーを増やすとかさ。ね、お願い?」
ピコリはポンと手を合わせて、イバラに懇願する。
するとイバラは、氷水でしめたお蕎麦を再びお湯に戻して言った。
「ピコリおねえちゃん……おそばは……のびるもの……」
「お、おっし! わかってくれてありがと!」
*
そして三十分後。
ワノは先程撮影に使った焼きそばで、昼食を済ませていた。
そこにイバラ(とピコリ)が小屋に戻ってくる。二人とも、本番に臨む真剣な眼差しをしている。
「休憩できましたっスか、イバラ?」
「……」
この時の、イバラの人を刺し殺せそうなほど鋭い目線を、ワノはあっさり無視する。
「じゃあパパっと二本撮っちゃいしょうっス!」
「こんりんざい……ことわる……!」
「……は? 何でっスか? アンタは全国のご家庭をお助けする……!」
「もしほんとうにそうおもうのなら……キサマがじぶんひとりでやれ! あんたスーパーけいえいしてたんだろ!? ならりょうりもいくらかできるだろ!?」
「ギイイイッ!?」
かつてイルミネーターズとして共に行動していたが故に、イバラが勢い良く台詞を言ったときの危険性は十二分に理解している。
その鋭利な図星を食らったワノは、顔をこわばらせて後ずさり、セットのキッチンにもたれる。
確かにワノは過去に異世界でスーパーを経営していたが、料理は部下に任せっきりでほぼ経験がない。惣菜部門も企画立ち上げと試食以外ほぼ関与していない。
「いけー、やっちゃえー、イバラー!」
「さあ……どうするんだ……ワノおねえちゃん……あなたがやるんだ……!」
「い、嫌だじょおおおお! こんのへらこい下郎がぁあああ!」
ワノは、背後にチャネルバットを召喚し、イバラめがけて剣を五本射出する。
「ごめん……ピコリおねえちゃん!」
「うびゃー!?」
イバラはその場でバックジャンプ。ピコリを背中で安全地帯へ押し飛ばしつつ、剣を避けた。
バク宙の要領で軽やかに着地したとき、さっきまで開いていたスタジオ小屋のドアが閉まっていた。
さらに、そのプレハブ感満載の白いボードの壁が、黒い鋼鉄に置き換わる。
「ハーハッハッハー! 緊急で防弾仕様に作り変えてやったっス! これなら手も足も出まいっス!」
防弾小屋の内部から、ワノの卑しい笑い声がする。
それをイバラは、壁の直ぐ側に立って耳にした。彼女の足には、恐竜の上下顎を模したすね当てが装備されていた。
彼女が有するアーティファクトの一つ、【凶暴を謳うアギト】だ。
「ふん……」
イバラはその場で軽くジャンプ。するとその地面に大振動が起こり、防弾小屋が九十度転がる。
キッチン台や各種調理器具がズレ動く音と、それに対するワノの悲鳴がこだましていた。
イバラが装備していたすね当てが消える。代わりに彼女の両手それぞれに腕輪がはめられていた……これもアーティファクト【破壊を示すイカリ】だ。
イバラは小屋の接地面に指を差し込み、この腕輪により得た怪力で、あたかも空の段ボール箱を持ち上げるように、軽々と小屋を持ち上げた。
そこから頭上で揺さぶったり、縦軸にグルグルと回すなどして、中のワノをセットもろともシェイクしていく。
「ギャアアア! アタイこういう三半規管系のアトラクションはダメなんスよ〜! だ、出してくれっス〜! イバラぁ〜!」
「わかった……」
イバラは小屋を正しい向きに戻したあと、ドアとその対面方向にガタガタと揺する。そしてワノは、神社のおみくじ棒のような勢いで飛び出した。
「ぎゃあー! と、止めてっスー!」
「じゃあな、いってくるぞ……って!?」
飛び出した先には、家の玄関から出たばかりのサバキがいた。
サバキは目を疑いつつも、こちらへ突っ込んでくるワノの頭をキッチリセーブした。
「あ、ありがとうございますっス……」
「礼は不要だ。その前に事情を説明してもらうか……!」
サバキは射出されたワノと、イバラが小屋を持ち上げている姿を、己のカンでふるいにかけ、粗方事情を察したようだ。
「そりゃ決めつけにもほどがあるっスよ、サバね……」
「黙れ! どうせ貴様のことだ! またくだらない悪巧みをしていたのだろうが! さあ、キサマを家に連行するぞ!」
「いや、サバ姐! なんか出かけようとしてたけどいいんスか〜〜!?」
こうしてワノはサバキに現行犯逮捕され、厳しい取り調べからの説教を受ける羽目になった。
「ピコリおねえちゃん……このこや……どうする……?」
「……一旦元の位置に戻しとこうか。あとでワノに回収させよ。てかワノじゃないと片付けられないしさ」
*
「というわけです」
「そうですか、それはお気の毒に……」
ネロアの同情に、ピコリは一言。
「ワノが間違ってにんにく原石食べちゃったときに取っといたほうがいいよ、そのリアクション」
「うう、アタイのマージンが……アタイのマージンが」
「とにかく、この事件は母さんにも報告する。そして厳粛かつ相応な罰を受けてもらうからな……」
「う〜、ううう、あんまりだ……あァァァんまりだァァアァ!」
と、ワノは泣きじゃくり、感情爆発の衝撃により家から出ていってしまった。
「ああ、待ってくださいワノさん!」
それをネロアは、よせばいいのに追いかけていった。
「元ネタの人は平気でダイナマイト食うくらい余裕あるってのに……!」
数分後。昼下がりの河川敷にて。
涙を流すだけ流しきったおかげですっかりクールダウンしたワノは、
「……今日のアタイは一体どこで間違えてたんスかね?」
そう問いかけられ、彼女の隣で芝に座るネロアは答える。
「イバラさんを信用する余り、ワノさん自分の腕を忘れてしまったからではないかと。せっかくスーパー事業やっていたのですから、食材などには多少の知識はあったのでは?」
「やっぱそうなるっスかね……はぁ、確かに惣菜部門は部下に丸投げしてましたっスけど、事業開始当初は、色々調べた上で、あっちこっちの農家に『アンタの野菜は都会でも売れるっス』ってプレゼンして、品を充実させてたっス。
だったらいい野菜の見分け方とか教えるチャンネルにしとけばよかったっスね……」
「それですね。ワノさんにもお金になる立派な知識はあるんですから、そこを活かせば今度こそ、ちゃんとしたお小遣いになると思いますよ!」
「ははは、じゃあまたしても、アタイは失敗で勉強したってことっスね。ありがとうっス、ネロア」
と、反省とネロアへの感謝を済ませたところで、ワノは芝生から立ち上がる。
「もう落ち着きましたか、ワノさん」
「あったりまえっスよ。アタイはたかが一度のアイデア調理の失敗くらいでいつまでもクヨクヨしないっス。さっさと帰って、次の金策を考えるっス」
「そうですか……その不屈の精神、流石はワノさんです!」
こうして、明日に昇るために今は沈んでいく夕日を背に、ワノはネロアと帰っていった。
ワノの大金への夢は、まだ続く……
「ワノ! いくらお金が欲しいからってイバラを馬車馬みたいに働かせるのはダメでしょう!」
「母さんの言うとおりだ! とくと肝に銘じろこの守銭奴が!」
「ご、ごめんなさいっス〜!」
それと説教もまだまだ続く……
ちなみに撮影済みの料理動画は、もったいないので、すべて編集して投稿してみた。
天丼の動画だけ何故か二万再生に到達したらしい。
【完】




