第188話 末っ子魔王は我流余暇を楽しみたい!
十二月下旬。
とある夜の満月家にて。
その二階にある自分の書斎兼寝室で、チヨはノートパソコンと向き合っていた。
先月、ベーカリーカフェ・ミツキ二号店の開店に影響した細々とした仕事を、年末年始に持ち込ませないためである。
「せめて正月だけは仕事忘れさせておくれ〜……」
と、ボヤキつつ、チヨは画面上の表に並んだ、キリが悪すぎる数字と格闘し続ける。
その途中、ドンドンとドアを叩く音がした。
「サバキだぞ! 今すぐ伝えたいことがある! 開けてくれんかい!」
と、やけに力んだサバキっぽい声が聞こえてくる。
「……あ、はい、今行きまーす」
チヨはチェアを百八十度回し、重たそうに腰を上げて、ちょうつがい側の壁に立つ。
そこから手を伸ばしてドアノブを下げて、少し開けてすぐ、素早く手を戻す。
すると、あちら側から力が加わりドアが一気に開いた。
「家宅捜索だー!」
そこからルシェヌがカエルのように飛び出し、抱きつこうとした。
だがチヨはその方向に居らず、「へぶっ!」ルシェヌはチヨのチェアの背もたれにキスする羽目になる。
チヨは後ろ手にドアを閉める。
「その手には乗らないからね」
ルシェヌは背もたれからずり落ち、座面に顎を乗せた状態で、
「な、なぜバレたのじゃあ……? サバキのモノマネしてたのに……」
「残念だけどあんまり似てないもの。声も口調も何もかも」
「そんなあ……ものすごく練習してたのにのう……」
ルシェヌは首を倒し、座面に顔をうずめた。スーハースーハーと深い呼吸音が聞こえてきたので、チヨは大至急彼女をチェアから引き剥がした。
チヨは、ルシェヌを部屋の真ん中で正座させて、自分がそのチェアに座って彼女と向き合う。
一度咳払いをして、いよいよ説教開始。
「ルシェヌ、あなたがあたし好きなのはわかるし、隙あらば抱きつきかキスかを仕掛けたい気持ちはわかるんだけどさ……いくらなんでも芸がなくないかな?」
実のところ、ルシェヌはこの声と名前を偽って油断を誘う奇襲作戦を、冬休みに突入してから毎日決行している。今日で三日目になった。
最初はイバラ。ボソボソ声で喋ればイケると思ったようだが、本人以上に聞き取りづらく、ドアの遮音性に完敗してしまった。
続いてはコーリン。ただ声がデカいだけでまるで似ていなかった。
「どれもこれも自信作だったんじゃがのう」
「自信過剰と錯誤してるってばそれ。
なんか順番間違えた感あるけど、ルシェヌ、ちょっとこういうイタズラするのやめてくれない?
あたしマジで仕事終わらせたいの。いやでしょ? クリスマスとかお正月とかに、あたしがずっとノーパソカタカタ言わしてたら」
「アタシは仕事熱心なお母さんの姿も大好きじゃぞ!」
と、ルシェヌは屈託のない笑顔で言ってみせた。
それに特に反応せず、チヨは自分のペースを維持する。
「ルシェヌ、あなた、アタシに構うこと以外にやることないの?」
「あるぞい! モノマネの練習が!」
「それは『アタシに構うこと』のサブタスクだからダメ!
なんていうかさ、今、冬休みでしょ? 時間ダダあまりしてるのに、それを活かせるような趣味とかやらないの?」
「ほう、趣味……」
チヨの部屋に、ルシェヌの口から『み』の音の残渣がかすかに漂うこと約二分。
「……アタシは他の姉妹と誰に近い声をしているのかえ?」
これは流石にチヨは吹き出してしまった。
「……ほら、コーリンの読書とか、マジナのカードゲームとか、サバキのパズルとか……なんか自分が熱中できること、無いの?」
「ああ、そういうことなのじゃな。無いぞい」
「言い切ったねー、ルシェヌ」
チヨはここでふと気づいた。
よくよく考えてみると、ルシェヌがイタズラのための準備や画策以外で、自分だけが熱中できる物事に取り組んでいた姿を見たことがない。
帰宅部なので放課後すぐに帰宅しては、自分のベッドで夕寝を決め込み、就寝時間までの空き時間は家族の誰かれにちょっかいをかける。
そういうイメージしかチヨにはなかった。母親なのに。
「じゃあさ、ルシェヌにクエスト課す。明日、なんか自分の趣味に出来そうなものを一個見つけて。
別に成果報告とかレポートみたいなのはいらないけど、ちゃんとやってね」
「ほう、クエストじゃな! わかった、この魔王ルシェヌにお任せあれなのじゃ!」
「おお心強ーい。じゃああたしは仕事戻るから、早く部屋出てって」
「わかったのじゃー!」
ルシェヌは素直にお母さんの言葉に従い、部屋から出ていった。
直後、チヨはチェアを回して机の方へ向き直り、手元にあったスマホを持つ。
メッセージアプリを起動し、すぐにユノスとのトーク画面を開いた。
*
「で、ボクが今日はナビゲーターになったの」
「ほ、ほう……」
翌日の午前。
リビングのソファでごろ寝していたルシェヌに、ユノスが詰め寄っていた。
「まさか、忘れたとか言わせないよ」
「忘れてなどおらんわ! ほれ見ろ、アタシはお母さんの約束だけは守るのじゃ!」
ルシェヌはユノスにスマホを見せる。そこには犬のショート動画が映されていた。
「これは……」
「動画鑑賞じゃ! どうじゃ、これもまた立派な趣味じゃろう!」
「うん、まあ、最近はそういうのも認められてるけどさ……もうちょっとしっかりめのものにしようか」
「えー、厳しいのじゃ」
チヨとのメッセージ上のやり取りで、このようなものがあった。
ああいったくだらないことをするのは、魔王として誇りたいからというのが一番の理由だろうが、次点として『暇だから』と考えられた。
もっとマシな時間の使い方を見つけておけば、きっとルシェヌは大人しくなるに違いない。
それが今回、チヨが考えたクエストの真意である。
ユノスはルシェヌを無理くり起き上がらせて、隣に座る。
「じゃあ今からボクとそういうことを考えてみようよ。
まず、ルシェヌは他に何か良さそうなのはある?」
「そうじゃなあ……漫画読みとかどうじゃ! アタシ、学校で読書の時間になったらよくわからん偉い人の漫画読んでるぞい!」
嬉々としてプレゼンするルシェヌとは対照的に、ユノスは渋い顔をする。
「それだと、マジナお姉ちゃんと被らないかな?」
「は、マジナがどうしたのじゃ?」
「マジナお姉ちゃん、カードゲームの印象強いけど、その次くらいに漫画を趣味にしてるから(※第43話参照)」
「そうなのか……え、被っちゃいけないのかえ?」
「うん……ほら、ルシェヌは絶対そういう共通点見つけたら、自分のほうがすごいってマウント取るタイプだもんね。『アタシのほうがいっぱい読んでるのじゃー!』とか」
ルシェヌは頬を膨らませて言う。
「アタシはそんな間抜けな喋り方しないのじゃ!
……まあ、魔王たるもの、誰にも真似できない我が道を歩んだほうがカッコいいじゃろうから……他のにしよう」
ルシェヌが自己解決してくれたことに、ユノスは内心感謝した。
「じゃあ漫画がダメなら、アニメ鑑賞はどうじゃ?」
「それはトツカと被らないかな?」
「トツカはあれ一個の作品しか見ておらんじゃろうに……まあいい。なら、ゲームじゃ!」
「それはネロアとモロ被りしてるよ」
「確かに、アイツと同じ土俵には立ちたくないしのう……」
ルシェヌは自分でも楽に出来そうな趣味を絞り出そうと、頭を必死に回転させる。
(ここまで眉間にしわ寄せてるってことは、やっぱり何も考えて来てないみたいだね)
そしてルシェヌは目を見開いて、
「わかったのじゃ! ブロックじゃ! こないだルシェヌ親衛騎団を作ったとき(※第163話参照)みたいに、ブロック遊びを極めるのじゃ!」
「それはブリギッド・アクセルロッドさんと被るからナシでお願いします」
と、ピコリが横からしゃしゃり出て言った。
「ブリギッド・アクセルロッド……?」
「誰じゃ、それ?」
「作者の別作品『4Iワールドエンフォーサーズ』の登場人物。その人もブロック遊び好きだったよ?」
「ええ、アタシ、別作品の奴らとも被らないようにせんといかんのかえ……?」
「まあ、既にユノスと、あっちのティモシー・ベルさんとで『映画鑑賞』が趣味被りしてるけどね。
けど二作に渡っておんなじこと扱うのもなんだから、ルシェヌにはもっと新機軸のことに取り組んで貰いたいんだけど」
この姉の言葉に、ユノスはややぎこちなく、首を縦に振る。
「まあ、ボクが詳しくないことに詳しい人が身近にいると嬉しいから、斬新なことやってよ、ルシェヌ」
「なんか、趣味って楽しいものじゃろうに……ハードルがぐんぐん高くなってる気がするのじゃ」
ここでピコリは尋ねる。
「ていうかさルシェヌ、マジックは趣味じゃないの? 学校の昼休みだと毎日のようにやってたけど?」
「あれは学校の者どもの注目を集めるためにやっておる。家で貴様ら向けにやってもしょうがないじゃろうが」
「それもそうだね」
(あとウチらはタネも仕掛けもマジの魔法だって知ってるし)
ルシェヌは、これ以上の新案を思いつかなかった。
なので、
「じゃあボクがあらかじめ考えてた案をやってみようよ」
「しょうがないのう、今日だけは従ってやるぞい」
「あとピコリお姉ちゃん、場がとっ散らかったときの対策として、ボクたちと同行してくれる?」
「おっけっけー。ツッコミもウチの趣味みたいなもんね」
三人は二階の自分たちの部屋に移動した。
ルシェヌに自分のデスクへ座ってもらい、ユノスは自分のタブレットを手前に置く。
ITワカッテル検定対策サイト。それが画面に表示されていた。
「ボクが提案する趣味その一。資格勉強。
この『ITワカッテル検定』っていうのは、ITの初級知識が問われる国家試験で、中学生でも取れるくらいのほどよい難易度だよ」
「ちょうどいいじゃん。ルシェヌ、そういうのって得意でしょ? 切り札みたいな魔法になんかIT用語みたいなの入ってるし。『導く火のブートストラップ』だかなんだか」
「それは適当にそれっぽいカタカナを付けてるだけじゃよ。
全く、舐めおってユノスめ。中学生レベルのテストを私にやらせるなどと……」
試しにルシェヌは、サイトにある問題集を解いてみることに。
■
第1問
次の選択肢の中から正しいと思うものを答えなさい
A:差出人不明の確認できないメールに添付されたURLを開いた
B:仕事を早く終わらせるため、会社のノートパソコンを上司に無断で持って帰り、家で仕事をした
C:席を立つとき、パソコンの画面にロックをかけて行った
D:ブラウザを使用中『ウイルスに感染しました、排除するために100万円を支払いください』とメッセージが出たので、指定の口座に代金を振り込んだ
■
この問題を両サイドから覗いたピコリとユノスは、かすかに微笑む。
(これはITっていうよりかは、常識問題じゃん)
(この手の問題は、勝手な行動するのはだいたいハズレだもん)
と、思うほどの優しい問題であるが、それと一番向き合わなきゃいけないルシェヌは、タブレットの画面を凝視して、固まっていた。
「これ全部、正しいじゃろうが……?」
「は?」
「え?」
「ハエじゃないじゃろうが。貴様ら頭使っとるのかえ?
Aはせっかく添付されてるんだから開かないと無礼じゃろ?
Bは仕事を早く終わらせたいのだから必要じゃろ?
Cは覗き見されたら嫌じゃろ?
Dはウイルスをお医者さんに見てもらうためには、お金が肝心じゃろ?
全部正しいことを言っておるではないか?」
「「……」」
二人は目を点にするばかりだった。
「あ、そういうことか。一番すごく正しいことを答えろってことなのじゃな! ようし! じゃあDじゃ!」
その結果、タブレットには不正解の文字と、解説文が現れた。
「は、どういうことじゃこれ!? まあいい、次じゃ次!」
ルシェヌは解説文をろくに読まず、次の問題に進む。
■
第2問
9+6の答えを二進数化したものを選択しなさい。
A:1111
B:1100
C:1110
D:1101
■
「はあっ!? どういうことじゃこれ!? 15が答えじゃろ? 何で全部四ケタあるのじゃ!?」
(……問題文読もうよ、ルシェヌ)
(ごめん、ボクが悪かったかも。ルシェヌに頭使う系の趣味はダメだったんだ)
「ルシェヌ、難しいなら他の候補もあるから、やめたいならすぐボクに言ってね」
「いいや、アタシはこの程度で降参せんぞ!」
ルシェヌが『二進数』の三文字に目もくれず、01の四ケタ数字を見つめること……0011秒後。
「やっぱもう無理じゃあ! 頭がパンクしてしまうのじゃ!」
「了解。じゃあ次の趣味見つけに行こうか、ルシェヌ」
「だねだね。作者もそれっぽい問題文考えるのめんどくさいだろうし」
*
ユノスとルシェヌ(とピコリ)たちは、必要物を入れたカバンを各自持って、外に出た。
家から徒歩圏内にある商店街の中で、ユノスは趣味候補に必要な場所を指す。
「ボクが提案する趣味その二。ガチャトイ集め。
最近のガチャガチャで出てくるおもちゃは質の良いものが多くて、人気が高まってるんだ。
で、こういうガチャガチャ専門店も増えてきてるの」
「そうだね、あちこち増えてきてるよねー。雨後のタケノコ式にね」
と、ピコリはガチャガチャ専門店と、右隣にあるブランド品の買取専門店の看板を見上げながらつぶやいた。
自動ドアを潜ると、まるで迷路のように三段重ねのガチャマシンがズラリと並んでいた。
人気キャラのストラップや小さいフィギュア、ムダに精巧な動物のネタ模型など、こぶし大のサイズに詰まったそこそこの価値のあるおもちゃが、イキイキと窓に写っている。
フレッシュな雰囲気付けの洋楽が流れる店内に入り、三人は狭めの通路を縦に並んで歩く。
「ルシェヌはこういうとこ好きだったりするもんね。いつだか人気漫画のストラップを大事にしてたときあったし(※第54話参照)」
「ああ、あったのう、そんなの。結局、人にあげたのじゃがな」
一通り店内をぐるっと見て回ったところで、三人は別行動をとり、最低一つ、何かしらのガチャをゲットしてくることにした。
「お菓子のパッケージのストラップもあるのかえ?」
「こんな小さいトランプ、何に使えばいいのじゃ?」
「よくも歴史の偉い奴をこんな魔改造できるのう……」
などなど、最近のトリッキーなガチャトイの数々に感心していると、ルシェヌはようやく巡りあえた。
「お、これはオシャレじゃな」
地面に突き刺さった剣や、王冠など、特に原作のないファンタジーアイテムのミニチュアのガチャだ。
「魔王として、こういうもの持ってこそじゃろ。全て勇者っぽいから、勝者の気分になれるしのう」
早速ルシェヌは財布を取り出して、コイン三枚を投入する。
「王冠出ろ、王冠出よ、王冠出い!」
ルシェヌは念を込めた気持ちで(魔力を込めたら色々面倒事になるので)、ハンドルを回した。
ガタンガタンと音を立てて口にカプセルが転がってくる。
ルシェヌは目を輝かせてカポっとカプセルを開けると、そこにはビニールの包装に包まれた斧があった。
「斧か……アタシはパワータイプじゃないからいらんぞい」
ろくな趣味を持たないルシェヌは、お金の使い道もあまりないので、意外とお小遣いが貯まっている。
ルシェヌはさらに百円玉を三枚、このマシンに投入した。
次に出てきたのは、弓のミニチュア。
「違う、王冠じゃ! 弓ならエルフのイバラにでもくれてやれ!」
ルシェヌは粘り強く、このガチャに挑み続けた。
そうして当たったのは、斧、斧、弓……「もうよい! やってられるかこんなガチャ!」
ルシェヌは斧と弓のミニチュア計五個を持って、他二人と決めた合流地点に行く。
「ボクはモモキキドーナツのストラップにしたもん」
「ウチは昔懐かしCDコンポのミニチュア〜。あ、おかえりルシェヌ、そっちは何買ってきたの?」
ルシェヌは無言で、弓と斧のフルハウスを見せた。
「あれま、盛大にダブっちゃってるね」
「魔王らしく王冠か剣、せめて魔法の杖が欲しかったというのに……」
三人の合流地点は、店が設置したジオラマの撮影スポットがあるところだった。
せっかくなので、三人は各々の当てたアイテムを飾って、写真を撮ってみる。
ユノスはベタな公園の敷地に、ドーナツのストラップを置いてみて、
「……うん、こういうのってまず、なんらかの人か動物を置かないと成立しないよね」
一方のルシェヌは、月下の城のジオラマに置いた、斧三つと弓二つを手際よく片付けていた。
「あれ、早いですねルシェヌさん。もうお帰りですか?」
「そうじゃ、ピコリ! こんなの趣味にならん! こんなプラスチックごときに振り回されるなんて屈辱でしかないのじゃ! こんな偏った当たり方、アタシは気持ち悪くてしょうがないのじゃ!」
ルシェヌはコンプリートしないと気がすまないタイプだったようだ。
「ですって、じゃあどうしますユノス?」
「次のところに行くに決まってるよね、ピコリお姉ちゃん。ここに長居し過ぎたのもあるもんね」
というわけで三人は、ガチャ専門店を出て、次の目的地に向かう。
*
商店街からさらに二十分ほど歩いた先にある、市民プールにて。
「もうここまで来たらいちいち言う必要ないと思うけど……
ボクが提案する趣味その三。水泳」
三人は既に水着に着替えて、プールサイドに立っている。
後ろでは、水かけしあって遊んでいる子どもや、脂肪燃焼に励むマッチョなどで、バチャバチャうるさくなっていた。
ルシェヌは腕を組んで尋ねる。
「それで、何故水泳なのじゃ。体動かさせたいとしても、他に色々とスポーツがあるじゃろうに」
「こういう施設なら季節問わずできるからだよ」
ピコリはなんとなくでストレッチをしつつ、つぶやく。
「こんなタイミングで水着回かあ。ま、学校指定のセパレートタイプだから、期待はさせないけど」
これ以上御託を並べるのは御免なので、三人はプールに入る。
しばし水を浴びせ合ったり、独創的な潜り方を試したり、適当に泳ぎ回ったりした。
それと、ビート板に立とうとしてあらぬ方向に拭き飛ぶのも一応やった。
それらに飽きてきたところで、ルシェヌは二人に提案する。
「せっかくプールに来たのじゃから、ひねり無しで泳ぎ対決でもしないかのう?」
「えー? ルシェヌから勝負仕掛けてくるの? なんかやな予感がするんだけど? 魔法とか使ってズルしたりしない?」
「泳ぎが速くなる魔法などアタシは持っておらんぞ? こっちは正々堂々やるつもりじゃぞい!」
(またまた、水流とかでジェット噴射とかやれるクセに……)
と、言っても、ルシェヌの頑固さから絶対にラリーが増えるだけなので、
「わかった、じゃあもうやること尽きてきたし、気持ちよくそれで締めにしよっか? いかがいたします?」
ピコリは、今回の趣味探しの監督、ユノスに尋ねる。
ユノスは揺れる水面と、その先の黒線を見下げつつ言った。
「うん……いいよ……」
二人は仕切りロープをいくつか潜り、中級者向けのレーンの端に三人並んで立つ。
そして三人は息を合わせて、一往復(百メートル)自由形レースのスタートキックを決めた。
初速が上手くいったのはピコリで、他二人より三メートル先に頭を突き出している。
(へへん、実はウチ、ライブの体力づくりの一環でプールには通ってたんだよね〜)
この勢いそのままに、リズムよくクロールをしてグングン前進していく。
その左を、ピコリがヨットとすると、プロ選手を揃えたカヌーのような速度で追い抜く人影があった。
「ごぼぼぼぼごぼぼぼ、ごぼぼ!」
(台詞言えてないじゃんルシェヌ!)
ルシェヌは一瞬ピコリを脇目で捉えたあと、ドンドン向こうの端との距離を縮めていく。
彼女は、一年間クロールを教わった犬のような、なんとも言えない泳ぎ方をしていた。
それでもピコリを追い越したのは、彼女が魔王であることに理由がある。
種族としては悪魔であるので、人よりも身体能力が遥かに高いため、ろくな水泳テクニックが無くても、意外となんとかなるのだった。
(こんにゃろー! ルシェヌなんかに負けてたまるかー!)
ピコリはバタ足と伸ばした両腕に力を込めて、さらなる推進力を生み出して追いつこうとする。
それによって、二人が向こう側のレーン端に到達したのはほぼ同時だった。
ここでピコリは逆転する。クイックターンの技術がまだギリ残っていたことが、五メートルの差を生み出した。
(左から失礼!)
(ああっ、ピコリめ小癪なのじゃ!)
ルシェヌもまたパワープレイに乗り出した。
モーターボートでも運転しているのかと思うほどの水しぶきを伴いつつも、ルシェヌはさらなるスピードで泳ぎ、そして折り返しから十メートル(累計六十メートル)のところで再度逆転する。
「ぶばばばば! ぼぼぼぼ、ぶぼぼぼ!」
(口に水入っても知らないよルシェヌ!)
そう口に出せないツッコミをしている間にも、ルシェヌとの差は、ドンドン水をあけられていた。
追いつこうにも、折り返し前に踏ん張り過ぎたために、足の筋肉が休憩したがっている。
ピコリは勝負を諦めつつあった。
(ダメだー、やっぱ人外には勝てないってば……)
こうなったら二番を目指そう。負けたら殺されるとかいう真剣な試合でもないし。
ピコリは程々に力を抜いて、スタート地点へ戻っていく。
その途中、ピコリは思い出す。
(あれ? そう言えば同じ人間仲間のユノスは……?)
ゆったり泳ぎ、ピコリは中間地点の印である赤ラインを再び過ぎた。
そこで息継ぎをした瞬間、ピコリはプールの底めいて顔を青ざめさせる。
左隣にユノスがいて、手足を四方八方にバタバタさせて浮いたり沈んだりしていたのだ。
「なんかT-1000みたいなことになってるー!?」
ユノスはピコリと同じ、種族:人間であるかつ、運動経験はあまりない。部活も美術部兼生徒会でもある。
そのため彼女は、スタートからこの地点に来たとき、まずは左足、次に右足をツってしまい、溺れかけていたのだった。
「ぶはーっ! はぁ、はぁ、どうじゃ! みたかアタシの泳ぎはー!」
「それどころじゃないってのー、ルシェヌ! ちょいこっち来て救助手伝って!」
この後、ユノスは何事もなくプールサイドに生還した。
「ありがと、ね……ピコリお姉ちゃん。もうプールは来年までこりごりだよ……」
施設の入口にあった自販機のコーヒー牛乳を飲みながら、ユノスはいつも以上にか細い声で言った。
その側で、ルシェヌは胸を張って高笑いする。
「ハーハッハッハー! 今日は楽しかったのじゃ! これにてアタシの趣味は水泳に決まったのじゃ!」
「「……」」
ユノス(とピコリ)は、その調子に乗った姿を見て、ただただ言葉を失った。
ちなみに後日、ルシェヌは他の姉妹に声をかけて、同じように水泳勝負を挑んだところ、コーリンやサバキなどのフィジカルタイプに思いきり負けた。
そしてその日の内に、フリマアプリでファンタジーアイテムのミニチュアを購入して、どうにかメンタルを保ったそうな。
【完】




