第186話 ネロアアンドワノズ・エクスプレスアドベンチャー
十二月下旬の某日。
ネロアとワノは、二人隣り合わせで電車の席に座っていた。
二人の通う百式高校は冬休みに突入しているので、各々の私服でいる。
当然冬仕様の温かいもので、かつ、機動性のいいものをチョイスした。
二人は、自分たちの最寄り駅を含む路線も交差するターミナル駅で降りた。
構内にある他路線の窓口へ行き、
「すみません、謎解きゲームのキットを二セット購入したいのですが」
「ああ、はい……『タイムトレイントラッカーズ』ですね。少々お待ちくださいませ……はい、こちらをどうぞ」
常駐していた駅員が、カウンターから冊子を二冊手渡した。
「どうか、時空の乱れを収めてください、捜査官の皆さん」
と、駅員に半端に気合の入った一言を受け取った後、二人は窓口から離れる。
「のっけからあんなことされると恥ずかしいっスよね、ああいう余計な台詞」
「まあまあ、参加者に雰囲気に入ってほしいんでしょうよ」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
タイムトレイントラッカーズとは、二人が普段使わない路線で開催されている、期間限定のリアル謎解きゲー厶である。
付属の一日乗り放題券と、各種ヒントが書かれたキットを元に、指定の駅周辺スポットに行き、謎を解いていくという、体験型のイベントだ。
ゲーム内の世界観としては、悪名高い犯罪者が仕掛けた世界を滅ぼす爆弾を、時空を渡り歩いて見つける。というもの。これがさっきの駅員の台詞の理由である。
駅構内の待ち合わせのベンチに座り、二人はキットを開封する。
A4サイズの冊子を開くと、ゲーム全体のヒントが書かれている。加えて、新聞のチラシスタイルで、はがきサイズのその時その時に使う意味深な紙五枚が挟まっていた。
二人は冊子を開いてすぐ、二ページ目にある、目的地を示す最初の謎に取り掛かる。
「『青い閃光……それが私がこの事件を思いついた始まりの瞬間であった。万が一のため、オレンジの光と重ならない地点に、ヒントを残す
犯人と思しきものが残した走り書き』
……これは簡単っスね」
「ここに来るまでにあった広い通路のことですね」
「そうっスね。まあ、最初から難しいとやってられないっスからね」
二人は来た道に戻り、片側の壁に青いラインが施された、各路線の改札を結ぶ大通りに行く。
ラインの上には広告の電子看板、下には非常用と思しき照明が、それぞれ異なる間隔で配置されている。
この二つの光源がピッタリ上下に重なり合うところにいけばいい。
最初の謎解きらしい簡単な答えを脳裏に浮かべ、二人は大通りを歩く。
年末年始の休暇を待ち望み、それ以外の一切の感情をシャットアウトしたような社会人と何十人もすれ違い、お目当てのものを見つけた。
りんごの名産地・青森への観光案内と、フランスからの超有名バレエ団の来日公演のポスター。
その二つの電子広告に挟まれている、この謎解きゲームの広告の手前に二人は立つ。その足元で、照明がオレンジ色に輝いていた。
「これはあちこちで見た看板っスね」
「この道中でも見ましたよね。あ、でも見てください。端の方にQRコードがありませんか?」
「あ、ホントだっス」
よく見ると、この電子看板の右下角に、QRコードらしき白黒の集合体があった。
断定しなかったのは、それが左半分しか残っていないからである。
「で、これを使うんじゃないっスか?」
ワノは片手に持っていた冊子から、はがきサイズの紙を一枚取り出す。
設定上は、犯人が時空捜査局に送りつけた犯行予告状。
文は激ヤバ犯罪者らしい語りがツラツラと。
右下には犯人が己の象徴としている、五つの点を結んだマークが印刷され、そのリアリティを高めていた。
こちらもよく見ると、縁取りの装飾に紛れて左上がQRコードになっていた。
ワノは電子看板と予告状を重ねて、隠されていたQRコードを作り出し、それをスマホで読み込む。
『犯人が残したと思しき証拠が新たに発見されました。 断片ワードNo.1:ゴールド』
というメッセージのみが書かれた特設ページが開いた。
「これだけなら片方がやればいいっスね。はい、メモしとくっス」
「ありがとうございます。ワノさん」
冊子の裏には、この断片ワードをメモする枠が五つあり、その一番上に二人は『ゴールド』とメモする。
すべての謎を解いてキーワードを組み立て、それを駅員に見せれば特典が貰える。というのがこのゲームの最終目標だ。
二人は次の謎を求めて、冊子をめくる。
ここに犯人が来た痕跡あり。捜査官は調査を求む――という体で、次に行くべき駅が示されていた。
電子看板の近くには、ちょうど改札があった。
二人は乗り放題券を使ってそこを潜り、ホームに下る。
二人が乗車口手前に立ったとき、ちょうどあと一分で到着と、発車標に書かれていた。
……のだが、その時間になっても来なかった。さらに一分、二分経っても、電車が来る気配がない。
ワノは小刻みにホームのタイルを鳴らしながら、
「……遅延してるならはっきり言えっスよ」
「気長に待ちましょう、ワノさん」
「アタイこういうタイプの遅延が嫌いなんスよ。五分以内ならいちいち謝んなくてもいいと思ってるようなプチ遅延が。
アタイら暇じゃないんスよ。電車賃に二千円上乗せして払ってここいるんスから」
「それも思い出作りの一部として、ここはこらえましょうよ」
「厳密に言うとトークネタ集めっスけどね」
二人は冬休みに、勉強関連以外の厄介な宿題を貰っていた。
始業最初のLHRで冬休みの思い出を、一人ひとり発表する。というイマイチ必要性の見えないものだ。
無難にクリスマスパーティーや、年末年始に遠出したという話をするのも、面白みがないだろうし、満月姉妹の誰かしらと被る。
人と少し違うことを好むネロアと、平凡さを嫌う妙なプライド持ちのワノは、それを避けたかった。
そこで二人は、通学下校の途中でこの謎解きゲームの広告を見て、これくらいトリッキーなネタなら、クラスの皆に『つまんねー』と言われないだろうと思い、参加したのだった。
「無事楽しい謎解きであって欲しいんスけどね。まあ、ダメだったらダメだったって愚痴トークとして調理するっスけど」
「なら僕は好きなゲームの攻略話でも……」
「それは詳しくないと聞き所がわかりづらいからやめろっスよ」
そうこう雑談すること五分。ようやく電車が到着した。
『この電車は、お客様対応のため、八分ほど遅れて運行しております。お急ぎのお客様、大変申し訳ございません』
三駅上ったところで下車した二人は、次の謎を探す。
二人は改札を出てすぐにある、線路を上から見渡せる窓壁の手すりに寄って、冊子に挟まっていた紙……
「あーっけねっス! 滑り落ちやがったコイツっス!」
……冊子に挟まっていた紙の二枚目を見てみると、子どもがクレヨンで書いたような絵があった。人の形のような木の絵だ。
「これはきっと、この駅の近くにトピアリーがあるのではないでしょうか?」
ワノは振り向いて、壁の窓に映る光景をくまなく見通す。
「ここからじゃ見えないっスね。なら一旦駅から出ないとダメみたいっスね」
「ですね」
二人は二つの出口のうち、東側の方の階段を降りた。
すると、線路を挟んだ向こう側に何やら木々の多い公園があるのを見つけた。
「クソッ! 二分の一を外したっス!」
二人は階段を登って降りて、西側の出口と直結した公園に入る。
外周に様々な形のトピアリーが植えてあったのだが、その中に、あのクレヨンの絵にあるような、マッスルポーズのような形に切られたものがあった。
その足元には、真新しい看板が立っていた。
――裏をかけ。という一文が頭にある、一部の文字がサイコロに置き換えられた三つの暗号があり、最後のそれがそのまま断片ワードNo.2となる。
「ヌ『6』グル『4』……はいはい、これは楽勝っス」
「サイコロの裏の数で語呂合わせするだけですね」
二人はせっせと冊子裏のメモ枠……
「おっと失礼、僕も落としてしまいました……!」
……メモ枠に『ヌイグルミ』と記載する。
「ワノさん、近くに百円ショップがありますので、そこでバインダーか何か買っていきません?」
「……仕方ないっスね。いちいち落としてたらやってられんスし。つーか鉄道会社側がクリアファイルぐらい付けとけっス」
二人は軽く寄り道してから、駅に戻った。
*
『えー、この電車は、お客様対応のため、六分ほど遅れて運行しております。お急ぎのお客様、大変申し訳、ございません』
七駅下った駅で降りて、二人は三つ目の謎を探す。
それに使うだろう、三枚目の紙は、四ワードほど欠けたクロスワードパズルが印刷されている。
しかもその空きマスは、妙にカラフルになっているというものだ。
「大枠がワード集めだってのに、その中でクロスワードやらされるのは違和感があるっスね」
「僕もです。もう少しバリエーションが欲しかったところではあります」
「あ、ここは同感なんスね」
この駅は、どうやら数年前にリフォームされたらしく、ところどころに木材を使った、開放感のある和モダンの内装だった。
その割には、あまり利用者がいないのが気がかりだが。しかも冬休みシーズンにも関わらず。
二人はヒントになるであろうカラフルなものを探して、しばらく構内を歩き回る。と、出入口付近に、展示コーナーを見つけた。
どうもここは江戸時代の頃に染物で有名だった土地らしく、その伝統を受け継いで作られた色とりどりの手ぬぐいがショーケースに飾られていた。
そしてその手ぬぐいの一部は、クロスワードの空きマスと色が合致している。
「この手ぬぐいの柄をクロスワードに当てはめていけばいいのでしょう」
「そりゃそうっスね。けど、説明文とかカギとか無いんで何のワードを入れれば、いいのかわからんスよ? アタイそういうのどうでもいいんで。この白々しく飾られてる黒と緑のヤツの名前もわからんぐらいっスし……」
ネロアは紙に夢中で、ワノの愚痴は聞いていなかった。
「……おい、聞いてるんスか?」
「これはゲンゲで、こちらはセイガイハ、あとはレンジュモン、で、今ワノさんが指していたのがイチマツです!」
ネロアは完成したクロスワードを誇らしげに見せた。
「いや何で知っとるんスか!」
「前いた異世界で通っていた小学校の修学旅行で、染物のお店に行きまして、そこで覚えていました」
「ならツッコミを変えるっス。いや何で覚えてるんスか!?」
「いやあ、すみませんね。僕こういう細かいこと覚えるの得意なんですよ」
と、ネロアはクロスワードを完成させるのに使ったペン(ゲームの参加特典)で頭を掻きながら言った。
「あっ、そうスか……」
(そういやコイツ、歩くムダ知識辞典の変人だったっス)
と、思いつつ、ワノはクロスワードを書き写す。
それで出た断片ワードNo.3は、『ゲイジュツ』であった。
「ところでこれ、一般の人はどう解けばいいんスかね」
「さあ、検索して頑張るとかでしょうか?」
ちなみに正規の攻略法は、駅から徒歩十分のところにある工芸館で調べることだった。
*
『んんっ! この電車はお客様対応のため……十分遅延しております。お急ぎのお客様、大変申し訳ございません……』
三駅下った四つ目の謎が呼ぶ土地は、商店街が有名なところだった。
四枚目のヒント紙は、写真だった。
アフタヌーンセットを前にして無垢な笑顔を作る子どもが写し出されていた。
「冊子本体には『有用な情報屋を発見した。必要な情報を注文せよ』ってあるっスね」
「なら、これはその店に行くのでしょうね」
有名なサッカーチームの旗がはためき、『自転車通行禁止』の看板の側を自転車が平然と横切る、商店街の道を歩くこと、おおよそ十分。
アーケードの端辺りに、写真にあるテーブルクロスと色が合致した看板を掲げる洋菓子店を見つけた。
「いらっしゃいませ〜!」
小気味いいドアベルの音と、元気のいい女性店員の挨拶、それと甘い小麦の焼ける匂いが飛び込んでくる。
そんなことはさておき、二人は写真片手に店内をくまなく見渡す。
「写真とおんなじマカロンがあるっスね」
「となるとスパイ映画方式で、特定のメニューを注文すれば、ワードを頂けるのでしょう」
「じゃあこれは簡単っスね。この写真にあるお菓子を注文していけばいいんスよ。それと順番っスけど、多分アフタヌーンティーは下から……」
「それは簡単ですね。アフタヌーンセットは下から上へ食べていくものなので、その順番で言えばいいかと」
「……あ、それも知ってるんスか?」
「あちらの世界で通ってた中学校一年生のときのALTの方がイギリス出身でしたので、そこ経由で聞きました」
「……」
ワノは首を少し後ろに下げた。
(もうアタイお荷物じゃないっスか、これ……)
そうした軽い屈辱を噛み締めつつ、二人は店員のいるカウンターへ進む。
(……いや、けど待てっスよ。その『下から上』ってノーヒントで考えなきゃいけないっスかね?
情報屋という扱いになっている、店員さんがわざわざヒントをよこしてくれそうにもないっスし……)
アフタヌーンセットの食べ方をしくじっただけでも、一家没落の原因となりうるほど、陰湿な蹴落とし合いが連日繰り広げられる、貴族間政争が行われていた異世界に身を置いていたワノ。
それで養われた勘が頭の中で警鐘を鳴らしたため、ワノは試しに写真を裏返してみる。
「いらっしゃいませ、ご注文は何にいたしましょうか」
「えっと、キウイフルーツサンド……」
「違うっス、ネロア! 抹茶マカロン二個が先っスよ!」
と、ワノはネロアを制したあと、すかさずヒント写真の裏を見せる。
そこには設定上の犯人が残したメッセージがあり、『うちの娘はおてんばだから、マナーを無視して自分の食べたいものから取っていくんだ……』という冒頭から、写真に写ったお菓子をバラバラの順番に記述していたのだ。
「危なかったっスねー。こんな初歩的な謎解きを無視してっス!」
「で、ですね! さっきの手ぬぐいで、僕たちの知識を試してると深読みし過ぎていました……申し訳ございません、ワノさん!」
改めて。二人はアフタヌーンティーに写ったお菓子を、指定の順番と数で言った。
するとその店員は苦笑いし、店中のあちこちに視線を泳がせてから、
「す、すみません……一旦後ろに戻ってもよろしいですか?」
「はい」
「どうぞっス」
「本当にすみませんっ!」
二人がカウンター奥の作業場を覗いてみると、その店員が焦った様子でスマホを耳に当てている。
「すみません、お休みのところ失礼します、店長! あの……うちで謎解きゲームとコラボしてたじゃないですか? 今それをしてるっぽいお客さんがいるんですけど……まず何を言われたら正解なんでしたっけ……」
二人はその電話に耳を澄ませていた。
そしてネロアはこめかみに手を当てて、苦笑いし、ワノは腕を組み、近くの壁に寄りかかった。
十分後。
店員は店の奥から『ロンドン』と書かれたパネルを持ってきた。
「はぁ、はぁ、お待たせしました! 『ロンドン』がその……謎解きの答えでした!」
「はいじゃ失礼しましたーっス」
「ありがとうございます!」
ワノはネロアの片手を引っ張って退店し、ドアベルが全く聞こえなくなったところで、
「大勢の人間が関わるようなイベントで、グダグダやってんじゃねえっスよこの!」
と、たまたま近くのコンビニにいた小学生トリオがビクつくほどの剣幕で叫んだ。
「し、失礼しました〜」
*
『だあーもーっ……はぁ、当電車はお客様対応のため、十五分ほど遅延しております。お急ぎの方申し訳ございません……よし』
二人は最後の謎を目指して、電車に乗って十二駅上っていく。
「今更っスけど、この路線遅延多すぎないっスか?」
「確かに……年末が近いからでしょうか?」
「ならもっと余裕をもたせたダイヤを組めって思うんスけど」
駅を出てすぐのところに、『端山寺はこちらから徒歩十分』と、フリー素材のお坊さんのいらすとを添付した看板があった。
ここで二人は最後のヒント紙を確認。
犯人が遺棄したアジトに残された古文書……という設定で、抽象的で難解な文章が、ところどころ虫食い状態で書かれていた。
しかし、最初の一文のみは穴抜けがなく、はっきりと『高く端であれど、人里近い信仰の拠り所』と読めるようになっている。
「最初の一文はこの端山寺のことを指しているのは間違いないかと。
端山というのは『人里に近い低めの山』っていう意味がありますから」
ネロアはこういう難解な文章にも強いのである。時折中二病のモードを使う際に必須だからだ。
「じゃあそっち行くっスか。電車遅延よりも短時間なのは助かるっス」
二人は緩やかな傾斜の歩道を進む。
二分ごとに配置されている看板と、ゴツゴツしたブロック塀ばかりの風景を流し見して、目的地の端山寺に着いた。
その入口付近には、ガラスで閉ざされた掲示板があり、二枚の紙が入っている。
片方は今取り組んでいる謎解きゲームのチラシ、もう一つはお寺によくある格言の書道だった。
「『十を知るためには一が大切。一を大事にすれば、十一も知れる』……まあ、深いこと言ってるっスね」
「つまるところ温故知新ということですね」
二人は阿吽像が左右に内包された門を潜り、境内に入る。
まっすぐ行った先にある本堂は、赤くて丸い柱で支えられた建物。そこに至る参道の脇には、周囲の民家より半分高い、小規模な五重の塔が建っている。
全体的に、日本に仏教が来たばかりで、まだ自国流に落とし込めていない頃を彷彿とさせる雰囲気だ。
「なんか思ってたより派手な寺っスね。」
「ここは法相宗のお寺ですからね」
「あ、そっちの知識もあるんスか、ネロア」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
法相宗とは、インドから経典を持ち帰って訳したことで知られる三蔵玄奘をルーツとする、国内では最古の歴史を誇る仏教の宗派の一つである。
信仰よりかは哲学的な学問を重視する宗派として知られている。そのため、日本仏教にしては珍しく、壇家はほとんど持っていないことでも有名だ。
「ちなみにどういう感じの信仰スタイルかわかるっスか?」
「現実にある全ての感じられるものは、『阿頼耶識』という人の中の最も深い感性によって作り出されているもの。
この阿頼耶識のせいで余計な感情やものに苦しめられるから、修行でこの認識を清浄化しよう……というのが大まかな目的です」
ワノは、五重の塔のてっぺんを朦朧としながら見つめて、
「ネロア? 急に中二病モード入れるのやめてくれませんか?」
「え、僕は真面目なときはそういうことしませんのに……?」
閑話休題。
本殿に向かって参道を歩き、五重の塔を過ぎたところで、垂直に交わる二つの分かれ道があった。
右側には『オススメ見学コース』と立て看板が置かれている。
少し遠くを覗いてみると、手の凝った庭に『資料館』と書いてある建物が見えた。
一方、左側にはお手洗いの小屋と、最近設置されたばかりのパネルが置いてあった。
「あれっスね、謎解きは」
「みたいですね」
二人は『オススメ見学コース』に背を向けて、パネルへと近づく。
四つほど単語が並んでいて、それぞれ一部が絵文字に置き換えられている。
■
倉庫の中をあ[泣いている猿]と、
ま[笑っている豚]の裏に焼き付いた、
帰りぎ[怒っているワニ]見た光景を思い出す、
あの日行った名所のことを忘れない『旅行[穏やかな顔のお坊さん]』。
※『』の正しい読み方が断片ワードNo.5だ!
■
「猿、豚、ワニ、お坊さん……? 西遊記っスかね? ワニいるのは変っスけど?」
「沙悟浄が河童とされているのは日本の翻案からで、原作だとワニの妖怪が有力らしいです」
「そのさっき言ってた法相宗らしく、原典に忠実にやってるってことスか?」
「そのようですね」
ネロアはワノと共に、パネルを凝視しながらこの暗号を解読する。
(シンプルに動物名で読めば、あサル(漁る)、まブタ(瞼)、ぎワニ(際に)となりますが……旅行[穏やかな顔のお坊さん]がわかりませんね……?
やはりここはお寺ですから、仏教に基づいた謎解きなのでしょうか?
百八あるとされる煩悩の中に、特に人を苦しめる三毒というものがあります。
欲しいものを求め続ける『貪欲』、自分の思い通りにならない『憎悪』、道理を理解できない『無知』……この三体の動物の表情がそれと合うような気が……こじつけが過ぎるでしょうか)
やはり、Uターンして見学コースを見て回らないと解けないようになっているのだろうか。
そう考えたネロアは、ワノにその了承を取ろうと首を回す。
するとその時、ワノが目を丸くして言った。
「あ、わかったっス!」
「何……だと……!? それは真実であるか、ワノ殿!」
「ここでやっとそのモード入ったっスか!?」
ここからワノは、自分の導き出した答えを言う。
「この絵文字は、そのまま動物名で読めばいいんスよ。
あサル、まブタ、ぎワニ……そしてお坊さんは、『旅行ニン』っス」
「なるほど。ですがそんな安易な答えでいいのでしょうか……」
「それはアタイも思ったっス。けど、さっきのネロアの話を思い出して、こっちが合ってると確信したっス。ほら、アラヤダシキだかなんだか」
「阿頼耶識……? そうですか! 法相宗の教えのように、この動物たちの表情は無視してシンプルに考えればよかったのですね!」
「そういうことっス! 全く、ネロアは考えすぎなんスよ!」
というわけで、二人は冊子の断片ワードNo.5の枠に、『リョコウニン』と記入。
そのページ角にQRコードから、五つのワードを入力する特設サイトがあるため、そこで答え合わせをすると、『調査完了!』の大文字が現れた。
二人はパネルの前でハイタッチを決めて、
「うっし、じゃあ戻るっスか!」
「ええ、行きましょう!」
先ほど通った仁王門へ歩いていく。
すると、あの見学コースの方から年配のお坊さんが一人、横から近づいてきて、尋ねる。
「すみません。君たち……あの謎解きゲームの参加者ですか?」
「はい、そうです、和尚さん」
「和尚です。細かいんですけどうちの宗派はそう読むんですよ」
「失礼しました……今謎を解き終えたので、最後の謎に向かうところです」
まず嫌な顔、次にニヤけ顔を一瞬の内に点滅させてから、ワノは聞く。
「あ、和尚さん、もしかして……」
「和尚です。私たち法相宗と真言宗はこう読むんです」
「すみませんっス。参拝料払わないとここ入れなかったっスか? それとも、なんか無料のプレゼントとかっスか?」
「いえ、参拝料も無料のプレゼントもございません……別に強制ではありませんが、一度あちらを回って行かれてはどうでしょうか?」
お坊さんが指さした先は……当然、見学コースの方だった。
「私と弟子が日々丹精を込めて整備している日本庭園と、最古のもので奈良時代からある歴史資料館、あと、三色団子おしるこが自慢の和カフェがございます。
和カフェはクラマのチベダイーノよりもうんと安いものばかりですので、せめてコーヒーくらいいかがでしょうか」
「あ、すいません。アタイたち色々立て込んでますんで……」
「またの機会にお願いいたします、すぐに去ってしまってすみません、和尚さん」
「和尚で……あ、しまっ……わ、わかりました……」
ネロアとワノが門を潜り出たあと、せっかくの観光者に早々と出ていかれてしまい、思いきり肩をすくめる和尚であった。
*
『ただいまこの路線全体で、車両の不具合のため、ダイヤが乱れております。お急ぎのお客様、大変申し訳ございませんでした』
という、絶妙な抑揚のアナウンサーの録音音声が流れる電車内で、ネロアとワノは並んで座っていた。
次の目的地は、このゲームの始まりの場所である、ターミナル駅。
そこに最後の謎がある……というわけではない。
最後の謎はさっきの『調査完了!』のページから移行できるサイトにあった。
この路線を行ったり来たりして疲れた人のために、スマホの充電が残っていればどこでもできるようにしていたのだろう。
そのサイトには、五文字の入力欄がある。
『調査の末に爆弾を発見した! パスコードを入力して世界を救え!』
という設定で、最後の謎が二人に課せられた。
電車が一駅一駅進んでいく中、二人は各々のスマホを睨んで考える。
「一体、何を入力すればいいのでしょうか……?」
「最後の総まとめとして、ここまで集めた断片ワード五つが鍵を握ってるのは予想がつくんスけど……それをどう扱えばいいのかわからんっス」
「ゴールド、ヌイグルミ、ゲイジュツ、ロンドン、リョコウニン……『ゴヌゲロリ』?」
「流石にここまで付き合わせといて、そんな頭文字取っただけとか、怒るっスよアタイ。『後半飽きてんじゃねーっスよ!』って」
「僕も悲しくなります。だとすると、これは過去の資料をヒントにして解くタイプの問題でしょう」
「なるほど、それは総決算にふさわしいっス」
二人は貰った冊子や、ヒント紙五枚をくまなく見て、入力する五文字の糸口を探す。
するとネロアが「あっ!」と声を上げた。そして周りにいた他の乗客にビクっとされてしまう、手遅れながら両手を口に置く。
「何かわかったんスか、ネロア?」
ワノは姉の失敗を元に、小声で尋ねる。
「はい、これがヒントのようです」
ネロアがワノに見せたのは、最初の断片ワード『ゴールド』を見つける時に使った、設定上の犯人の予告状。
その右下の角にある、犯人のマークを示して、
「この五つの点を一本の線で結んだマーク、これのとおりに断片ワードを辿れば、答えが出るかもしれません」
「そこから来たんスか。やっぱりネロアはトリッキーな見方してるっスね」
ネロアはゆっくりと首を振る。
「いえ、お寺の門にあった言葉を思い出しました。『十を知るためには一が大切。一を大事にすれば、十一も知れる』――つまり、温故知新を」
「てなわけで最初のヒントをもう一度引っ張りだしたんスね」
幸い、断片ワード五つのメモ欄は格子状になっていたので、相対座標で点を結ぶことができた。
それで導き出された五文字は『イミロゴ二』。
「……結局なんの意味もないワードじゃないスか! イミって付いてるっスけど!」
思わず他の乗客を振り向かせたことに、ワノは数秒経って気づき、そして口を塞ぐ。
「いいえ、これは正解の五文字です」
「ほんほっフは、ヘホハ?」
ネロアは自分のスマホの入力画面を、改めて示す。
「『調査の末に爆弾を発見した! 《パスコード》を入力して世界を救え!』……そう、パスコードです、つまりここで入力するのは数字なんですよ。」
なんか馬鹿らしくなったので、ワノは口から手を外して、
「なるほど、じゃあ『イミロゴ二』は逆語呂読みして、『13652』ってことっスね」
「その答えは、実際にやってみてからのお楽しみです」
ネロアは入力画面に、その数字五文字を打ち込む。
確定を押した瞬間、画面で円が回り――『爆弾解除成功! 駅員に報告せよ!』の文字が躍り出た。
二人は互いにお互いの顔を見合い、
「や……!」「よ……!」
双方二度も同じ失敗はせず、無言で優しくハイタッチする。
ターミナル駅に着く前に、ワノはネロアと同じ画面に行き着いておく。
数時間前に行った窓口へ行き、揃ってこのクリア後画面を見せる。
「お……ありがとうございます、捜査官のお二人さん! 報酬をお受け取りください!」
と、クサい演技をしてから、カウンター下に常備していたオリジナルのハンカチタオルを手渡した。
「よかった、あの洋菓子店みたいにグダらなくて」
「もう許してあげましょうよ、そこは」
二人はそれと、ここまでの謎解きに使った用紙を、カバンの中に入れて、窓口から去った。
「またの調査をお待ちしております!」
自分の家に近い路線電車に乗るため、あの青いラインが壁に入った通路を歩く。その途中で、二人は今日の感想を口にする。
「まあ、思ってたよりかは面白かったんじゃないっスかね」
「はい、冬休み中に誰とも被らない話題を作れてよかったです」
「ワンチャン同じクラスの奴もこれやってたら終わりっスけどね」
「だったら僕なりに着色して、どうにかします」
「それで和柄とか仏教とかのうんちく駄弁って、クラスメートの頭をパンクさせないようにしてくださいっスよ」
「大丈夫ですよ。『十を知るためには一が大切。一を大事にすれば、十一も知れる』というように、一の知識だけでどうにかしますから」
「ネロアの一はルートみたいな変な表し方になってるっぽいっスけどね。あとその格言気に入り過ぎっス」
「あはは、そうですかね……!」
道中、ネロアは急に立ち止まった。
彼女はまるで運命に導かれたように、壁の電子ポスターに目を引かれた。バレエと謎解きと青森、この三枚のポスターに。
「うわ、ネロアそこにいたんスか!? あ、これ最初に見たヤツっスね? なんでそんな超短期間のノスタルジックに浸ってるんスか」
ワノの声は届かなかった。ネロアは青森のポスターの側に寄る。
カバンから、設定上の犯人の予告状を再び出し、九十度回転させて、ポスターの左下の縁にあてがう。
すると、予告状の縁取りの装飾と合わさり、新たなQRコードが出現した。
ネロアがこれをスマホで読み取ると、『このメッセージを見つけてくれてありがとう……』という書き出しで、設定上の犯人の独白文が記載されたページが現れた。
そして最後には、『※こちらのページを駅員に見せると特別な景品を貰えます』とある。
ネロアはスマホの画面を閉じてポケットにしまう。
ネロアはこの青森のポスターと向き合いつつ、その場で跪き、鎮魂の意を捧げるように両手を組んだ。
その真後ろに立っていたワノは、吐き捨てるように言った。
「ネロア、早くもっかい窓口行くっスよ。『ダ・ヴィンチ・コード』みたいなことしてないでほら」
隠しページを見せた特典は、クリアファイルだった。
【完】




